時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第16話 やっぱりいつもの『キス』・その4








白、白、白。

一面の白にあらたな白が加わった。

リョーコの目の前から『見えない何か』が派手に吹き飛んで

地面を転がっていったさいに巻き上げた雪煙が原因だった。



そして一面の白に反逆するかのような漆黒の機体が降り立った。

その機体が飛び蹴りをぶちかましたのだということを理解するのに少しの時間が必要だった。

雪煙の方と目の前の漆黒の空戦フレームを3回ほど見比べ、リョーコはようやっと口を開いた。



「アキト! 何だってお前がここに居るんだ!!」



「……いや、だってリョーコちゃんの悲鳴が聞こえたから」



「向こうの連中はどうした!」



「…………」



「いや、わかった。 何にも言うな」



アキトの表情を見れば一目瞭然だった。

『しまった、忘れてた』、そう顔に書いてある。

ちなみにそのころ、テツヤがフリークライミングの真似事をしながら毒づいていることを知る由もない。



「これじゃあ、何のためのチーム編成かわからねえだろ」



「……うっ、ごめん」



殊勝に謝るアキトにリョーコは溜息をついた。

そんな顔されたら何も言えなくなってしまう。



それに、どうやら助けられたらしいと言うこともわかった。

雪煙が晴れると、そこには周囲に溶け込むような白い装甲の機体が佇んでいた。

それはリョーコたちが待ち構えていた敵機に間違いなかった。

両手に装備されたクローが、さきほどリョーコを襲ったものと同一だったからだ。



「ええ、嘘!? なんで?」



混乱したようなヒカルの声。

自分たちが見張っていたはずの輸送機から敵機が出てきた様子はない。

それなのに、それは現実にそこにいる。



「きっと非合法な機体なのよ」



「どういう意味だ?」



「モグリこむのが得意……くっくっく」



「アホか!」



イズミにつっこんでいる間に再び敵機は消えていた。

周囲に視線を這わせるが、影も形もない。



「まさか本当に潜ったのか?」



両手の爪で地面を掘っていく様子を想像してみるが、

その光景はどう考えても豚が木に登るほうがリアリティにおいて勝るようなものだった。

リョーコたちはお互いに背を合わせるような陣形で周囲を警戒するが、アキトは単機でその場に留まっていた。



「おい、アキ……」



「静かに!」



強い調子で一方的に告げると、アキトは完成したばかりのDFSを取り出した。

IFSを通して意識を集中すると、ディストーションフィールドが収束され、赤色に輝く刃が生まれた。

これでほとんど自機は無防備に近くなってしまったが、これは誘いだった。



どうやら敵にも多少の知恵はあるらしく、より脅威度の高い標的から狙っている。

この場合はリョーコの重機動フレームである。

だから、その敵機の注意を引くためにわざとアキトはDFSを使った。



刹那、動きがあった。



雪原が弾け、空気が動く。

風が唸り、無機質な殺気がこちらへ突進してきた。



「 ――― ふッ!」



アキトは空戦フレームのスラスターを使って反転。

気配だけを頼りに下からすくい上げるような軌道で赤い刃を振るう。

交差は一瞬だった。

だが、傍目にはアキトがいきなりDFSを振るったようにしか見えなかっただろう。



しかし、数秒の間を置いて切り払われた腕が重い音をたてて雪原に落ちた。

断面からはどす黒い機械油が流れ出し、処女雪を汚していく。



「くっ、空戦だと踏ん張りがきかないな」



下が雪と言うのもあるが、踏み込みが浅かった。

DFSの刃はわずかに急所を外れていた。

それでも向けられた爪は二の腕の中ほどからバッサリと斬り落とされていた。



「なっ……透明化かよ」



アキトに斬られたスノーウィンドは動揺したように(実際はジェネレータ冷却のため)ミラージュコロイドを切って姿を現した。

片腕を失ったためか、少しよろよろとしている。

だが、すぐに斬られた腕を関節から投棄して後退する。



「逃がすか!」



すかさず追撃を仕掛けようとするアキトだったが、警告音がそれを阻んだ。

ミサイル警報。



すかさずDFSを振るう。

それだけで4発の中型汎用ミサイルは全て叩き落された。

それを確認する前にDFSから刃を消す。

DFSは強力な武器ではあるが、機体のDFを収束すると言う性質上、ノーマルエステでは防御を犠牲にして使うしかない。

この場合、もっとも恐ろしいのは流れ弾と爆風を生じさせるミサイルだった。

再び効力を取り戻したDFによって爆風と爆炎、そして破片を遮りながらその勢いで距離をとる。



「もう一機!?」



事前のブリーティングでは輸送機一機につき積荷は2つと言っていた。

つまり、そのもう一つの積荷が今のミサイルを放ったと言うことだ。



ガーゴルームの中から這い出してきたもう一機は、重機動フレームを連想させるようなシルエットだった。

あるいはブラックサレナからウイングバインダーを取り外してもう少し装甲を削ったものか。

特徴的な脚部は、スラスターでもついているのか、地面からわずかに浮いていた。

ただし、片一方だけ。

さすがに墜落時の衝撃からは無縁でいられなかったらしく、左足を酷く損傷していた。

機動力半減どころか、まともな機動ができるかどうかすら怪しい。



見た目の印象を信じるなら、機動力よりも火力を重視した砲戦型のように思える。

明らかに透明化するほうの敵機よりも運動性能は悪そうだが、

その代わりに強力な火砲を用いるプラットホームとしての重厚さがあった。



戦後に登場した火力重視の砲戦フレームが砲台フレームとあだ名され、

パイロットから使いづらいと不評だったことを考えるといまいち有効性には疑問が残る設計思想だ。

火力と防御を重視するとどうしても機動力が犠牲になるから、“機動兵器”としてそれはどうなのだろうか。

単に大砲を撃つだけなら人型であるのは逆に不利であることだし。



だが、アキトの考えに抗議するように、新手の敵機は手にしていたミサイルランチャーを投げ捨てると、

背中からスライドしてきた長砲身砲を構えた。

砲身長が目測で5mほどもありそうな、まさしく物干し竿のような代物だった。

恐らくはAGIが実用化に成功している携帯式のレールガンだろう。

砲身は折りたたまれていたらしい。

そうでなければあんなでかいものを背負ったまま輸送機の格納庫に入るはずもない。



「散開ッ!」



リョーコの指示が飛び、アキトもそれに従った。

固まっていては狙い撃ちにされるだけだ。



一瞬遅れてすさまじい速度の弾丸……と言うより、砲弾と言ったほうがしっくりくる代物が

後方にあった氷山の一角を粉微塵に吹き飛ばした。

戦術コンピュータの分析によると、60mm程度の砲弾を使うレールガンであるらしい。

重機動フレームの120mmカノンと比較しても口径は半分で、重量にいたっては4分の1程度の砲弾だが、

初速が半端ではなく高いために結果として運動エネルギーだけでもとんでもない破壊力となる。



背中にもう一基同じものが装備されているが、そちらは砲身が半ばからへし折れていた。

今使っているのは右側のもので、左側の砲は使用不能で、同じく左足も損傷している。

墜落時に左半身を強くぶつけた結果だろうが、まぎれもなくそちらは死角になっているはずだ。



「リョーコちゃん、援護して。

 突っ込んで斬る!」



「任せろ! 

 ……って、言いたいところだけどな。

 輸送機に当てるわけにはいかねえから、大して期待すんな」



恐らくリョーコも同じことを考えていたのだろう。

返事は即座にきたが、あまり期待できるものではなかった。

だが、状況を考えれば仕方がない。

その背後に輸送機がなければアキトだってDFSの遠当て系の技で撃破するところだ。

乗員が生きている可能性は低いとはいえ、それを確認したわけではない。

そうである以上は、わずかな可能性にかけてみるべきだというのが共通した思いだった。







アキトの支援に回されたのは120mm砲弾の凶悪な唸りではなかった。

気の抜けるような軽い炸裂音が周囲に響く。



「煙幕か、さすがにいい判断をしてくれる」



視界を遮ることで敵からの射線を外し、その間に接近するというのは使い古された手段ではあるが、

それは有効であるから使い続けられているということの証左でもある。

乳白色の煙が視界を覆いつくし、カメラからの光学情報が遮られた。

これが単なる煙でないことは、赤外線センサーの反応も消失していることから明らかだ。

即座にコンピュータが、カメラを切り替え、最適な視界をパイロットに提供すべく手段を模索した。





現代戦において一番の索敵手段といわれるレーダーは、煙幕展開と同時に重機動フレームのECMによって妨害されていた。

欠点を言うなら、広域バンドを妨害するために味方のレーダーにまで影響してしまうことと、

電力を喰うために高出力を誇るエステなどでなければ強力なものは使いにくいことだった。



通常の光学処理と赤外線映像を諦め、最終的に選択されたのはパッシブソナーによる音源測定だった。

稼動中の機動兵器というのは潜水艦と違って騒音の塊である。

昔の陸戦でも対砲兵戦闘での位置特定に使われたことだってある手だ。

母艦とのデータリンクを駆使したエステバリスは、他の3機からもたらされる情報と、

さらにはナデシコのレーダーが捉えた敵機と自己の位置から相対的に敵機位置を割り出す。

そこに音源測定の情報を加えて修正を施された視界がアキトに提供された。



白い幕を抜けた先はやはり白い大地。

そして白い機体。



意識を集中し、機体のDFをDFSへ収束。

赤色に輝く刃が手の中に出現する。



煙幕を抜けるギリギリまでDFSの使用を控えていたのは、この刃が発光するという特徴を持つからだ。

ウリバタケによると、極限まで圧縮された空間の歪みを光が通ると、その部分だけ光の進行速度に差ができ、

結果として相対的には波長の長い光となってでるために赤い光となるらしい。

また、収束された空間がレンズのような収斂効果を生み、発光しているように見えるらしい。

ほかにも高エネルギーの刃に空気中の塵が当たることで、蒸発し、それが光を生んでいるとの説もある。



その辺の説明はアキトにはチンプンカンプンだったが、要するに赤く発光するというのが問題だった。

せっかく煙幕を張っても、光る剣を持っていたら目立ってしかたない。

だからアキトはタイムラグが生じることを承知の上でDFSの使用を待った。



だが、それが仇となった。



横合いから飛んできた爪がDFSを握る右腕をガッチリと掴む。

普段なら避けるなり叩き落すなりしているところだったが、DFSを使うために集中したのでわずかに反応が遅れた。



「くッ」



わずかにバランスを崩しながらアキトの空戦フレームは地面へ引きずり落とされる。

素早く向けた視線の先には、何かの冗談のように半身だけで浮いている人型。

それが絵の具が滲み出るように全身を現した。

エステの腕に喰らいつく爪はその残された腕から伸ばされている。

母艦からのサポートが得られない状況にも関わらず、透明化していた方の敵機は空戦フレームの位置を捉えてたらしい。



アキトは知らないことだが、透明化するYTM-17<スノーウィンド>は、その特徴ゆえにある種の問題を抱え込むことになった。

簡単にいえば、せっかくのステルス性をレーダー等のアクティブセンサーの使用が駄目にしてしまう。

レーダーは非常に便利な道具ではあるが、電波を発振してその反射波を受信することで目標を探知しているので、

ミラージュコロイドで隠れているときにレーダーを使うのは、闇夜で黒装束をまといながら懐中電灯で周囲を照らしてまわるのと同じだ。

標的を察知できるかもしれないが、こちらの存在も暴露する。

だからと言ってレーダーを完全に撤去するわけにもいかず。

けっきょくAGIの開発班が選択したのは、隠密時のためにパッシブセンサーを充実させることだった。

こちらが考えることは敵も考える。

アキトの機体を捕らえたのは、空戦や陸戦、そして重機動フレームと比較してすらだいぶ精度のいいパッシブソナーだった。



完全に引きずられることがなかったのは幸いだったが、逆に引き返そうとしても相手はびくともしない。

数メートルは積もっている処女雪のせいで踏ん張りがきかないし、

そもそも重量からして大人と子供ほどの差もあるのだから、こればかりは力押しというのは不可能だ。



「引いて駄目なら ――― 」



だから、アキトはあっさりと力比べを捨てた。

元々彼が習得したのは『柔』であって、その真髄は『柔を持って剛を制す』なのだから。

軽く引いてそれに抗おうとする力を引き出すと、その一瞬を逃さずにスラスターを噴射。

引いて駄目なら押す、というか、突っ込むとばかりに最大出力の低空飛行で空戦フレームが跳んだ。



迎撃しようにもスノーウィンドのほうは片腕を切り落とされているために武器がない。

対してアキトはDFSを持った腕は封じられているものの、もう片方は空いていた。

ここで採るべき行動は掴んでいる腕を離して引き戻すか、離して回避に専念するしかない。

だが、ヤドカリの電子頭脳はそんな“とっさの判断”に関してはまだ甘かった。



回避すべきか、離すべきかの判断に関して迷いが生まれ、けっきょくそのどちらかを選択する前に眼前に空戦が迫っていた。

透明化できるという異能もこの距離と状況ではまったく意味がない。 DFが収束された拳が胸部に突き刺さり……控えめな表現だ。

実際は圧縮された空間の力場があらゆる物理特性を無視して対象物を周囲の空間ごと引き裂く。



本来なら人が鎮座しているはずの場所に寄生していたヤドカリも例外ではなかった。

言葉どおりの意味で心臓部を失った機体は力なく崩れ落ちる。



「次ッ!」



放って置けば雪原に同化しそうな機体を容赦なく蹴飛ばすと、

その反動を利用してもう一つの目標へ跳んだ。

遠距離では脅威になるレールカノンも、近付いてしまえば取り回しの悪い邪魔者になる。

それに足を損傷している状態で人型機動兵器が満足に戦えるはずもなかった。

あたふたと砲身をこちらへ向けてくるのを軽く払い除けるとDFSの刃でコクピットを貫く。



同じように崩れ落ちる敵機を確認して、ようやくアキトは一息ついた。



「………すげえ」



そんなリョーコの呟きを聞きながら。





○ ● ○ ● ○ ●





「こんなもの?」



「かもしれませんね」



一連の戦闘を見ていた舞歌は、大して面白くもない劇がようやっと終わったとでも言うように、感動もなにもない声音で告げた。

それに答える月村忍技術少佐の声もあくびを噛み殺しているようだった。



「私としては、あの光る剣の方に興味が惹かれますね。

 レーザーや荷電粒子の類でもなさそうですし」



「それはそうだろうな。

 ディストー……ああ、時空歪曲場にその手の光学兵器は通用しないし」



「あなたは知らないの?」



「はじめて見る。 うん、コンバットマガジンや『丸』にも載ってないよ」



忍の疑問にロイ・アンダーソンは嘘をついてもしかたないし、と付け加えてから答えた。

確かにこの男は嘘をつかないだろう。

ほんとうに重要なことと、話たくないことは話さないだけで。

ここ数ヶ月の付き合いで舞歌たちはなんとなくそう気付いていた。



事実、ロイはその『光の剣』がナデシコ内で怪しげな物体を日々生み出し続けるウリバタケ工房で試作されたものだろうと

見当をつけていたが、それ以上のことはまったく語ろうとしなかった。

表向きはどんな態度をとっていようとも、彼が相手の言うところの捕虜であることに違いはないし、

ともすれば再び『敵』となりうることはお互いに承知している。

再度の敵対のときに自己の正義を以前ほど信じられるかどうかは別として。



「それじゃあ、頃合ね」



何が、ときくまでもなく、舞歌は手元のパネルのスイッチを一つ押した。

事前に諸々の手順は決めてあったために、あとは開始を告げる合図があればそれでいい。

艦橋に詰めている人間たちの視線が正面のスクリーンに注がれた。



そこでは悪い冗談のような光景が繰り広げられていた。

永久凍土の地面を飲みこむ大きな口。

まるで伝説の白鯨か、それとも宇宙戦争の映画に出てきたアリジゴクモドキのモンスターか。



それが地球側ではチューリップと呼ばれ、木連では次元跳躍門と名付けられている物体だとわかっていても、悪夢的光景と言えた。

慌てて空中へ、あるいは巻き込まれて飲み込まれないように距離をとる人型の群れ。

触手を伸ばして切り倒された2機の機動兵器を口元へ運ぶと、躊躇なくチューリップはそれを飲み込んだ。

続けてついでとばかりに輸送機も。



これで輸送機の乗員の生存確率はゼロになった。

対跳躍処置を施していない人間がチューリップに飲み込まれるとどうなるか、ロイは火星の護衛艦<クロッカス>という例を知っている。

あるいは自分のように運良く生まれながらに素質を持っていれば別だが、木連でも1人しかいないと言うし、確率は低そうだ。

実際、何が生まれつきの跳躍素質者とそうでないものをわけるかは、木連でも良くわかっていないらしかった。

ただそういう特殊な素質を持った人間がいるということだけが判明していて、それを擬似的に真似しているだけだとか。





まあ、あの墜落状況では生存者はいないだろう。

入念に固定された上に対衝撃材までつけられた機動兵器ですら損傷を負っていたのだから、

それより様々な意味で脆い人間が無事ですむ道理もない。



元が航空機パイロットであるロイはそう判断していた。

それと同時にいささか冷酷とも言えるものの見方をするようになったことを自覚した。

あの火星での戦闘が精神的な変質をもたらしたことは事実だろう。



――― その是非は別として。



「目的は果たしたわ。

 180度回頭。 機関第二戦速。 見つかる前にこの海域から離脱します」



「ナデシコを前にして?」



ロイの揶揄するような口調に、舞歌が意外そうな表情を見せた。

無理もない。

本来なら北斗あたりが口にしそうなセリフだった。



「作戦において重要なのは目的を達成することよ。

 決して、いかに多くの敵を殺すかではないのよ」



「戦争は、戦争における戦闘はそれが目的じゃないのか?」



「………それも手段の一つに過ぎない。

 少なくとも私はそう思います」



「口が過ぎたな」



「ええ、少しね。

 営倉に戻りたくなければ少し黙っていて」



……せっかくチャンスだったのにな。



そう思って内心舌打ちする。

ブリザートのせいでミサイルの誘導もまともにできないとあっては、攻撃するには機動兵器を使うしかない。

そうなれば彼も出撃できるかも知れず、そうなったらナデシコに接触する機会ができるかもしれない。

まあ、その可能性はかなり低いのだが。



「ふん、どうせ人形であれは落とせん。

 いずれまた機会を待てばいい」



「……いや、まあ、そうなんだけど」



なんとも彼らしい北斗のコメントにどう返事をしたものか。

いつもなら止めても飛び出すような気がするが、さすがにこの距離と視界の悪さではナデシコにたどり着く前に迷うとわかっているのだろう。

好戦的な笑みを浮かべて実に楽しそうにスクリーンを見つめていた。

実際、その機会はすぐに来るのだが、このときのロイはそんな北斗を見ながらこう思っただけだった。



……テンカワ君もえらいのに気に入られたな。





○ ● ○ ● ○ ●





作戦は成功といえたのか、どうなのか。

機体の回収率は50%。

生存者はたったの1名。

死亡を確認できたのは9名。

あとは判別不能なほどに遺体が損傷しているか、あるいは輸送機ごとチューリップに飲まれた。

数字を見ただけでもあまり成功とは言いがたい。

だが、敢えてミナセ・アキコ少将はこう断じた。



「あれだけの惨事にもかかわらず、生存者を救出できたのは僥倖です。

 ええ、もちろん殉職された方々の冥福をお祈りします」



2機の機動兵器が回収間際でチューリップに飲まれたことには敢えて言及しなかった。

それと、同じように飲み込まれた輸送機のことに関しても。



「ですが……」



そこでわざとらしく言葉を切って、溜め。



「結果としてはスバルさんたちを助けたとはいえ、独断で持ち場を離れたのはあまり褒められませんよ」



「はい、すいません」



アキトは殊勝に応じた。

結果として告げ口をするような形となったカイトがすまなそうな表情を向けてくる。

対してその横のテツヤは偽悪的な笑みを浮かべている。

2人の味わった苦労を考えるなら、非を認めるのはやぶさかではないが、

それにしても全体的に納得のいかない点はある。



「でもよ、先に積荷の内容を教えてくれたっていいじゃねえか」



リョーコの言葉にヒカルやイズミも頷いて同意を示した。

それはアキトも感じていたことだった。



「軍機だったからです。

 そのことに関して謝罪はしますが、今後も同じようなことはあります」



「んな、理不尽な」



「ええ、理不尽です。

 それが軍隊ですから」



リョーコの抗議をそれで切り捨てた。

そのあたりがアキトがどうしても軍を好きになれない理由でもあるのだが。



「提督、でも、アキトは集団戦闘の経験があまりないんです」



「そのようですね。 一通り経歴は読ませていただきました」



元が民間人にそこまで求めるのも酷というものだろう。

例外的に3人でずっと訓練していた3人娘や、第一次火星会戦以来の付き合いであるヤマダとイツキのコンビを除けば、

確かに集団戦闘の経験は少ない。



言うまでもなく素人に毛が生えた程度のナデシコ時代は元より、その後のブラックサレナを駆っていたときは単独の奇襲がメイン。

逆行してからも様々な事情から単独での戦闘ばかりだった。

むしろ一対多数の単独戦闘の方が身についてしまっている。

ユリカが言ったのはプリンス・オブ・ダークネスのころまで含めてのことだろうが、

アキトの現状はある意味でもっと深刻だった。



「そうですね、今回は編成そのものに無理もありましたし」



ナデシコ防衛に割いたのはヤマダ・イツキペアに加えてスーパーエステのアカツキ。

これは既にペアが出来上がっている2人をばらさず、エネルギー消費が激しくて遠出のしにくいスーパーエステをうまく使うための編成。

探索班のリョーコたち3人は言うまでもなく。

アキトたちは余った3人を寄せ集めただけに過ぎなかった。



「今回の件では、テンカワさんへの罰則は、副長から集団戦闘に関する講義を受けること。

 もちろん、カイトさんとカタオカさんも含めます」



「なんで俺たちまで……」



「……なにか?」



抗議の声を上げかけたテツヤだったが、アキコがどこからともなく、

ほんとうに軍服のどこから取り出したのか疑問が残るほど大きなビンを見て口をつぐんだ。

中身はオレンジ色をしたゲル状の物質。



「復唱。 俺たちは副長より講義を受けます」



「ヤッサー」



なぜかカイトも青くなって敬礼。

怪訝な表情をしたアキトを引きずり、ジュンを拉致して艦橋を後にした。

しかし、これは単に例のオレンジ色のゲル状物質による悲劇を少しばかり先延ばしにできたに過ぎないと言うことを、

3人は知ることはない。







またパイロットたちとは別にユリカも思うところはあった。



「提督、今回の任務は成功だったんでしょうか?」



機体の回収率は50%。

生存者はたったの1名。



しかもチューリップは取り逃がした。

恐らくは地面を掘り進むという非常識極まりない手段で地下に潜んでいたらしいチューリップは、

外部からの合図で行動を開始した。

それは一般的な ――― もっとも多く見られるという意味においてのみ一般的なチューリップと違い、

艦隊を吐き出すのではなく、逆に触手を使って吸い込むタイプであった。

それにまんまと仕留めた機動兵器を2機と輸送機をさらわれた。

しかもそのあとは用済みとばかりに海中へ逃げられ ――― 追撃は不可能として帰還を指示した。



カイトらの報告から、無人の機動兵器を動かしていたのはヤドカリという情報が寄せられており、

恐らくは木星蜥蜴も墜落した輸送機を狙っていたのだろうと結論付けられた。



トンビに油揚げをさらわれたようなものだ。

敵機が逃げなかったのは、損傷によってそれが不可能だったのと、

チューリップが自分たちの真下まで来るのを待っていたのだ。



地下や海中ではレーダーによる探知は行えない。

最後の最後まで存在を秘匿し通したのは大したものだ。

まんまと騙された。

してやられた。



それがユリカの正直なところだった。



「艦長、私はよくやったと思います。

 ナデシコにとっては初の正式な任務でしたし。

 試作機は残念ですが、それでも出撃したパイロットは無事帰還して、生存者も助けられた。

 それで十分だと思いますよ」



「うーん……そうですよね」



「そうですよ」



「はい。

 ポジティブにいきます」



「頑張って下さいね。

 それに、帰りに事故なんてのは嫌ですから」



一転して明るくなったユリカに告げると、Vサインが返って来た。

思わず笑みを浮かべる。



輸送機の墜落原因に関してつっこまれなかったのは幸いだった。

このまだ若い艦長は、あれが同じ人間によるものだと知らない方がいい。



そう思い、戦略情報軍から第一機動艦隊司令部経由でもたらされた情報を思い出す。



『件の輸送機墜落事件に関して原因が判明。

 輸送機に仕掛けられた時限式の爆弾によるエンジンの破損が原因。

 なお、事件より8時間後にスウェーデンの反連合組織の過激派から犯行声明が……』



詳しい内容までは記憶していないが、犯行声明の概要はこうだった。



『世界を自己の都合のいいように支配せんとする体制に対する鉄槌である』



実にありふれた内容であった。

それだけに、気分も重たくなる。

結局、人の最大の敵は人というわけか。



ほんとうに全員が無事に帰還できたのは喜ばしい。

軍部の尻拭いにしても、これは死ぬ理由としてはあまりにもあんまりだ。

そういう意味で、全員が生還すればこの任務は成功だった。



わかっている。

軍部も同じように考えてナデシコを送り込んだ。

ようするにこの任務は、いわゆる失敗しても痛くないものだった。

軍が損をするわけでもなし。

AGIや明日香インダストリーは試作機を失ったが、またつくればいいだけのことだ。

データまで完全に失われたわけではないのだから。



だからこの任務はナデシコにうってつけだった。

成功すればそれでよし。

失敗しても軍の腹は傷まない。



わかっていた。

軍は理不尽なものだ。

だが、それでも軍は動き続けるだろう。

ナデシコもますますその理不尽の中に巻き込まれる。



なぜなら、まだ戦争は続くのだから。







<続く>






あとがき:

えー、しばらく更新スピードが落ちることになります。

理由は自分探しの旅にでるからです。
逆行の艦隊ももう16話。
火葬、火葬と言われ続け、黒サブレは思ったのです。
ここは開き直って火葬を極めるしかない、と。
まず手始めに霧島○智からはじめて甲州じゃない方の谷某氏、
そしてタイムマシンだったりする大和を……って、嘘です。

単に実家へ帰省するからなんですが、ネット環境がないので遅くなります。
それでは次回また。

 

代理人の感想

う〜む。

取りあえずイズミにザブトン一枚やるべきかやらざるべきか。

いや、妙に受けたので(爆)。

 

 

さて。

今回は軍とナデシコとの関係というか、色々な差が表現された回でしたが・・・

どうラストに影響してくるのか、少し興味を持ちました。

なにせその手の作品は殆ど読んでないのでさっぱり予想できないんですよ(苦笑)。