時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第17話その2 Summer of War




テニシアン島は太平洋のほぼど真ん中よりやや南に位置する小さな孤島だった。

ハワイやフィリピンのように地政学上の価値があるわけでもなく、インドネシアのような資源もない。

かと言ってニューギニアのように良好な環礁が艦艇の拠点として使えるような場所でもない。

周囲は砂浜で囲まれ、徒歩でも2時間もあれば一周できてしまう。

水源は確保されているものの、大部隊を展開できるほどではなく、しかもそんな面積もない。

上陸にはうってつけなことに、海岸線はすべてなだらかな砂地。

極めて攻めやすく、守りにくい。



要するに純軍事的にはなんの価値も見出せないような島だった。

それゆえにハワイのように軍港として使われることもなく、ほとんど人の手が入っていない熱帯雨林が島の大半を占めていた。

人類の歴史上のいかなる戦争においてもその戦渦にさらされることのなかった証だ。

すべては無価値ゆえに。

皮肉な話だった。



ただし、本当の意味で自然そのままということの例外は島の中心部にぽつんと佇む木製の別荘とその周囲。

孤独を好むかのように周囲はまったくの更地にされていた。



「孤独は厚い外套だ。 しかし、心はその下で凍えている」



なんの引用だろか、と舞歌は思ったが、あえて問いはしなかった。

たぶん独り言だ。





その声は回転翼機……分かりやすい表現をするならヘリコプターのローター音にかき消されそうなくらいの呟きだった。

まあ、彼女としてはへましてローターを木に引っ掛けるなどをやらなければ水戸黄門のテーマを口ずさもうが、

ゲキガンガーを熱唱しようが一向に構わないのだが。



「はい、到着」



「翼さえついてれば戦闘機だって操ってみせる。 だけど、ロケットだけはかんべんな」と豪語(?)するだけはある。

木連ではこの手の航空機に関する開発と研究が滞って久しいために純国産のこれがまともに飛べるか心配だったのだが、その懸念は杞憂に終わった。

古臭いガスタービンエンジンの回転翼機を取扱説明書とわずかな慣らし運転でリムジンの乗り心地に変えてしまった。

地面に降り立った時でさえほとんど衝撃を感じさせないというのは、神業かと思えるほどだ。

ああ、もちろんリムジンでないから扉はセルフで開けなければならないが。



「お待ちしておりました」



無骨極まりない扉を開けると、またしても舞歌はリムジンで乗り付けたような錯覚を覚えた。

慇懃を形であらわしたような初老の男が一礼していたのだ。



「……執事ね」



「執事ですね」



「執事だな」



「というか、それ以外の可能性を思いつけないわ」



「あはー、ご同業ですね」



「……その『しつじ』ってのは?」



「うーん、えっと副官みたいなものかな?」



上から舞歌、千沙、万葉、飛厘、琥珀、北斗、零夜である。

若干一名を除けば全員が一致した見解を抱いたことになる。

それほどその男の容貌は自己主張の激しいものだった。



痩躯でありながらピンと伸ばされた背筋は鉄芯でも入っているのかと思わせるほどで、

きっちりと7:3に分けられた髪は年齢を感じさせる白髪混じりではあるものの清潔感が漂う。

服装もきっちりしたもので、この炎天下にご苦労さんと言いたくなるような黒のタキシード。

どこからどう見ても正統派の執事だった。

だから琥珀の言うところの『ご同業』に関しては反論する。



「琥珀、あなた似非女給じゃないの」



「いやですねー、甲斐甲斐しく八雲様のお世話や舞歌様の面倒も見ているじゃないですかー」



なぜ兄の場合は『お世話』で自分は『面倒』なのかと問い詰めたかった。

何か扱いがついでっぽくないかと。

それこそ小一時間でも問い詰めたい。

だが、目の前の状況はそれを許してくれはしない。

琥珀もそれが分かっているから言うのだろうからタチが悪い。



「それではこちらへ。

 アクアお嬢様がお待ちです」



だから舞歌もその言葉に頷くに留めた。

なんだか悪い意味で緊張感を削がれたような気がする。





○ ● ○ ● ○ ●





「私は退屈しているのです」



執事に付き添われて姿をあらわした少女は開口一番そう言った。

見事なまでの金髪が絹糸のように風になびき、サファイヤのようにきらめく瞳が陽光を反射した。



執事に通された部屋は接客用として普段は使われていない場所らしかった。

外観からは地球圏でも第3位の巨大企業の保有する別荘としてはこじんまりとした印象を受けたが、中身の充実ぶりはさすがと言えるだろう。

いかにも高級そうと言うものはないが、手触りなどでかなりの品質と分かるソファーにはじまり、環境破壊が進んだ昨今では『高級品』という表現ですら追いつかなくなった黒檀のテーブルなど、

成金趣味ではないが、金がかかっていそうなものがゴロゴロしている。

どうせなら舞台装置でもつけておけばもっと似合っただろうに、と皮肉混じりに思う。



「父母と死に別れ、クリムゾンの実権を握る祖父からは疎まれ、

 今となっては残るのはこの小さな別荘と、幼少より仕えてくれた僅かな者たち」



「おお、おいたわしや」と執事がわざとらしくハンカチで涙を拭う。

少女に比べてどうにも大根だった。



「そして私にもついに戦火の魔の手が!

 ああ、どうしたらよいのでしょうか!?」



「……さあ」



誠実で正直を極めたような回答を返しつつ舞歌は思った。



――― 帰っちゃダメ?



だが、さすがに声に出すまではしない。

それがこの場のほとんどの人間に共通する思いだったとしても。



「姐さん、言っとくけどまだ序の口だから」



「……そう」



ロイの言葉に耳栓の使用を脳内会議で本気で検討し始める。

結論、そんなのもってない。



「止められない?」



「うい、やってみましょう」



何とはなしに口にしてみた提案だったが、ロイは頷いた。



「ああ、そして私は思うのです。

 戦争はなぜ起こるのか? 悲劇はなぜ繰り返されるのかと。

 誰もが大切な人を失うようなことなど望みはしないのに」



「それはきっと兵士以外の指揮官と政治家が想像力に不自由しているからだろうな。

 災厄が降りかかるのは自分たちの上ではないと」



「それなら、彼らの上にも破局を見せるべきなのでしょうか、ロイ」



「それは残念ながらオレの手の届く議題ではないね。

 それはこっちの姐さんとやってくれ」



「久しぶりに会った幼馴染につれないのですね」



「あまり君に近づきすぎると怖い親父殿が睨むんでね」



ぞんざいに執事に視線を向け、すぐに外す。

舞歌が聞いた限りではこの執事とロイ・アンダーソンは親子と言うことだ。

そしてアクアに仕える執事の息子であったロイとアクアは幼馴染。

それがどういう紆余曲折を経てナデシコの機動兵器パイロットとなったのかは知らないが、

彼女にとって……と言うか、木連にとって重要なのは、ロイがクリムゾンとのパイプ役となりえるという事実。

言ってしまえばどうでもいい一介の捕虜が自由に動き回ったり、艦橋で無駄口を叩けるのもその重要性があればこそだった。



……なくてもあの男の態度が変わるとも思えないが。



「それでは貴方との再会を喜び合うのは後にしましょう。

 そちらの方々を紹介してくださるかしら?」



「承りましょう、お嬢様……と言いたいところだけど、残念ながらオレのモノ覚えの悪さはぴか一でね。

 本人に聞いた方が良いんじゃないかな」



それはまったくの嘘だった。

IFSなどによりかなり簡略化されたとはいえ、航空機やシャトルを飛ばすのは容易な技術ではなく、ましてや戦闘機や偵察機、人型機動兵器などの軍用機になればその複雑さは民間機の比ではない。

一つ覚えるのでさえ膨大なマニュアルを暗記し、数年の経験を必要とするとされるものを20代後半の年齢でほとんど覚えて、しかも自在に操れるのだから、人並みはずれた記憶力がなければ到底できるものではない。

それでもロイがそう言ったのは、知っている情報のどれだけを話していいものかの判断を舞歌に委ねるためだ。

例えば彼が知っているのは舞歌は木連の軍人で巡航艦<陽炎>の艦長らしいという程度だが、この場合、木連の名前を出すかどうかでもだいぶ違う。

実際は木連の優人部隊の司令官である東八雲の妹で、自身も優華部隊の司令官で少将の階級にあるから、舞歌はロイが想像する以上に重要人物といえた。



「東 舞歌よ。 私がリーダーと言うことになるわね。

 で、こっちのが琥珀」



「東 琥珀です」



「あら、姉妹ですか?」



「あはー、義理の姉妹ですけどね。

 舞歌様のお兄様と私が夫婦なんですよー」



ちっ、余計なことを、と思うが、内心はともかく表面は笑顔。



「秘書の各務千沙です」



あえて副官と名乗らなかったのは、あくまで民間企業の代表、という建前で会見をセッティングしたからだった。

たぶんばれているだろうが、ハッタリと建前を貫くことは重要だ。



「あとは部下の御剣万葉、空 飛厘、御影北斗、紫苑零夜よ」



扱いがぞんざいですね、と言う万葉の声は無視。

今回の交渉ではたぶん出番がないだろうし。

というか、飛厘は技術解説という役割で選んだが、残りの3人は護衛なので、出番があっても困る。

それはたぶん交渉の決裂だけでない最悪の事態だろうから。



「アクア・クリムゾンです。

 あら、もしかしたら年齢とかもお教えすべきかしら?」



「ああ、ちょっと待った。

 スリーサイズはメモするか……いえ、黙ってます」



舞歌の誠意(握りこんだ拳)が通じたらしく、ロイはアクアと舞歌の中間に立って黙った。

この微妙な位置がこの男の現在の立場と言えるかもしれない。

あくまで現在であって、将来はまったく分からないけれども。



「ふふっ、相変わらずなのね」



「むしろ昔っからこうなのね?」



「ええ、素敵でしょう?」



「同意しかねるわ」



正直に舞歌が答えると、アクアは優雅に微笑んだ。

これだけ見ていると本当に良家のお嬢様と言った風貌なのだが、と一応は自分も名家の出身であることも忘れて感心する。



「男性の嗜好に関しては異論があったほうがよろしいですわ。

 だって、私が独占できないから。

 でも、一人の男性を巡っての悲劇と言うのにも憧れますわ。

 ですけど、今回のお話は意見が合意に至ることを望んでいますのよ」



「それがお互いの利となるなら」



アクアの瞳がわずかに揺れる。



「アルフレッド、お客様にお茶をお出しして」



アルフレッド・アンダーソンは執事の鑑のような実直さで「かしこまりました。 10分ほどでお持ちします」と告げると退室していった。

その間も久方ぶりの再会であったはずの息子の方を見ようとはしていない。

色々あるのだろう、きっと。



「さて、それでお茶が届くまでの10分間で外聞をはばかるような話は済ませましょうか?」



わざわざ10分かかると言った執事の言葉の意味を舞歌は理解していた。

護衛のSSですら室外で待機させているあたり、アクアもやばそうな話だとは思っているらしい。

それは正解ではあるけれども、危険人物扱いされているような感じだ。



「ええ、回りくどいやり方は苦手なのだけれど、そうしましょう。

 用件を要約させてもらうと、『私たちの会社に投資しませんか?』となるわね」



「あら、私にも一株買えと?」



「何しろ新しい会社ですから、信用がないんですね。

 ですから、名門のクリムゾンの名前をお借りしたいということです」



琥珀が捕捉する。

それは半分事実だった。

いきなりクリムゾンから援助を受けようなどと思っていない。

今回の目的は長期戦に備えて地球との直接の交渉ラインを確保すること。

そして、資源に乏しい木連のために地球の資源を有効利用する算段をつけること。

この2つの絞られる。

だから今、木連の名を出すのは時期尚早。

そのために適当に会社をでっち上げることまでした。



「社名はスカーレット」



「scarlet(緋色)? あら、それともscar-red(赤い傷痕)かしら」



「前者だよ。 後者の方がふさわしい気もするけど」



ロイが答え、舞歌が眉をひそめる。

英語を解さない者には意味不明のやりとりだったが、込められた揶揄の響は理解できた。



「それで……私に、いえ、クリムゾンにどんな利益をもたらせてくれるのでしょうか?」



それに大して舞歌が採りえたリアクションはそれだけだった。

アクアの言葉に、自分も言葉を吟味しながら答える。



「ディストーションフィールド、グラビティブラスト、相転移エンジン」



むしろ楽しげに舞歌は応じる。



「の、うちもれなく一つを」



「抽選で?」



「今なら応募者が独占できるかもね」



つまり断れば他をあたると言っているのだった。

もちろんハッタリ以外の何物でもない。

今さらネルガルやAGIがそれを欲しがるとも思えないし、明日香インダストリーは妙なところで潔癖だ。

それ以外は木連が敢えてそこまで譲歩する価値のないような有象無象ばかり。



「困ったわ。 迷ってしまいそう」



デートに誘われて、というよりは応じた後で着ていくものに迷う少女のような声音だった。

悩んでいる内容には大きな隔たりがあるにしろ。



だが、この3つはクリムゾンにとっては一期一会の恋人のように欲しているもののはずだった。

バリア関係のシェアはネルガルやAGIに侵食され続けている。

機動兵器部門では完全に出遅れた。

もともと差をつけられていた造船部門は絶望的なまでの開きがあった。

もしネルガルが軍からの発注を独占するような事態にあったら、反ネルガルの結束は固かっただろう。

ことに同じアジア方面を拠点とする明日香インダストリーの反発は必至だ。



だが、現実には『ネルガル』対『AGI・明日香インダストリーの連合』という構図が出来上がっている。

この二極化が進んだせいで他の企業はネルガルかAGI・明日香連合のどちらにつくかで迷っているようだった。

反ネルガルを早い段階で掲げてきたクリムゾンだが、戦争の勃発によるAGIの台頭によって反ネルガル同盟は結束が乱れつつあった。

反ネルガルと言っても、それは市場を独占されて自分たちに利益が回ってこないのを防ぐための建前に過ぎない。

それよりも儲かりそうな手段があるならそれの方を選択するに決まっている。

新興の企業であるAGIは肥大する軍からの受注をさばくために特に重工系の技術を求めている。

今回の明日香との連合はその最たるもので、出遅れるなとばかりに他の中小企業もそれへ参加していた。

この場合、AGIに組した方が相手に売れる恩が大きいという企業としてはごくまっとうな判断ゆえであった。

クリムゾンは老成した帝国であり、今まさに衰退する落日の帝国となりつつある。



辛うじて守っているのはバリア関係だったが、その最後の砦も崩れつつある。

連合政府が定めた戦時標準型輸送艦は機関こそ従来型の核融合機関だったが、ディストーションフィールドを標準装備することが義務付けられたからだ。

実のところこの戦争において重視されているのはまずもって輸送艦だった。

月を含めた地球圏中が戦場となっているため、軍が部隊を維持運営するのには大量の輸送艦を必要とした。

一つの輸送船団で1個機甲師団が一週間全力射撃を行えるだけの物資を補給できるのだ。

初期のころこそ木連艦隊に対抗するためにゆうがお級戦艦やダイアンサス級機動母艦を大量建造したものの、

艦艇の数がある程度揃った現在では、最優先で量産性と汎用性を重視した戦時標準型輸送艦が建造されている。

あらゆる資源(その中には兵士の命も含まれる)を消耗する戦争のもう一つの戦場がここにあった。



もちろんこの発注を受けるのは民間企業。

最大手はやはりネルガルで、次いで明日香インダストリーが善戦していた。

AGIは改シレネ級大型機動母艦のダイアンサス級や、新型の巡洋艦の建造に追われているらしい。

ネルガルもゆうがお級戦艦の発注をこなしながらではあるが、造船能力ではAGIを遥かに上回っている。

明日香が2位なのは、明日香にはないDF関連の技術をAGIから手に入れられるからだ。

彼らはひたすら輸送艦の船体を建造し、艤装の段階でDF発生装置をAGIから仕入れてくればよかった。

以前であれば明日香は言うに及ばず、ネルガルですら艦艇用のバリア装置はクリムゾンから仕入れていたはずだった。



それが1年足らずでこの有様。

まさしくこれも一つの戦争だった。

そしてクリムゾンはそれに敗北しつつある。



「……まさしく今は戦争の夏Summer of War



そこにあるのは形は違えど流血に他ならない。

まさにこの上ないほどの悲劇。

しかもそれを自覚しながらクリムゾンに残された手は少ない。

そこでふと、アクアは思いつきを口にした。



「今の戦争にとって最大の悲劇はなんだと思います?

 同胞が争うことでしょうか?」



「そうね。 それも一つ」



舞歌に動揺は見られなかった。

暗に木連の存在を示唆したにもかかわらず。

これでアクアは半信半疑だった彼女らの正体を確信した。

こんな太平洋のド真ん中の孤島に半ば隔離されているとは言え、(あるいはだからこそ)アクアは実家であるクリムゾンの情報を徹底して収集した。

その中には当然、数年前から急増した使途不明金と、どこか途中で消えてしまう大量の物資の流れも含まれていた。

最初はどこかの第三世界……例えば未だに混乱続く中東や南アフリカへ武器の密輸でもしているのかと思ったが、クリムゾンがそこまでする意味はない。

万が一にでも連合に見つかったら、というリスクが常に伴うからだ。

加えて戦略情報軍が監視していた衛星による不審な電波発信の記録。

それは調査衛星が定期的に周回するほかは人工物すらないはずの木星に向けられていた。



そして今回の戦争。

眉唾物の話も現実味を帯びてこようというものだ。

木星蜥蜴は、100年前に月を追われた人類だと。



「でも、最大の悲劇は戦後ね」



陰鬱そのものといった調子で舞歌が言葉を続ける。



「おおよそ戦争のなかで、戦争に勝利することほどの悲劇はないのよ」



それから微かに嘆息する。



「……ただ一つ、戦争に敗北することを除けば」



笑い声が起こった。

歳相応の少女のようにアクアは笑っていた。

優雅さも、気品もない純粋におかしくてたまらないという笑い。



「まさにそれこそ悲劇ですわ。

 ええ、ほんとうに」



ひとしきり笑って、笑い疲れて。

舞歌の隣の千沙の引きつった表情を一瞥して微笑む。



「ごめんなさい。 悪意はなかったんです。

 もう一つだけ、確認させてもらいますけれど……」



「それで最初の答えがもらえるなら」



それに答えを返すことなく、アクアは言葉を紡いだ。



「あなたは、勝つつもりなんですね?」



「ええ、もちろん」



何に、とは聞かなかった。

また、その必要性も感じてはいない。

アクアが訊いたのは特定の何かに対してではない。

韻文的な表現を用いるなら、「運命」というべきだろうか。



「……わかりました。 私、アクア・クリムゾンはあなた方に投資させていただきます」



ドアがノックされる。

時間切れですわね、とアクアが告げた。

 

だが、執事が持ってきたのは紅茶とクッキーだけではなかった。

それは招かれざる客の来訪を告げる報告。

おかげで舞歌たちはせっかくの英国王室御用達の高級茶葉を味わい損ねた。



その招かれざる客は名をナデシコといった。





○ ● ○ ● ○ ●





白い砂浜は緩やかな曲線を描き、打ち寄せる波も穏やかなものだった。

そして、赤道に近いことを全力で主張してやまない太陽。

リゾート地として名高いハワイやグアム、サイパンにも劣らないないほどの好条件の砂浜だった。

任務の最中でなければ暑苦しい制服など脱いで水着に着替えたいところだ。

ただし、海水浴を行うには邪魔なものが一つ。

砂浜に乗り上げている小型のチューリップが趣味の悪いオブジェのように起立していた。



「……なかなか前衛的な光景ですね」



おそらく海面に浅い角度で突っ込み、水切りの要領で海面を飛び跳ねながら砂浜に突入。

柔らかな砂地はその衝撃を受け止めたものの慣性を殺しきれず、頭の方が地面にめり込み、そこを支点として後部が跳ね上がって直立したまま止まったらしい。

ナデシコは砂浜から距離をとって着水しているが、そこから見てもそれは異常な光景だった。



「ルリちゃん、チューリップ周囲に何かある?」



「はい。 バリア装置が四方を囲むようにして配置されています」



半ば確認に近いユリカの質問に答える。

ここからでは確認できないが、恐らくはクリムゾンの家紋が入っているに違いない。



「提督、ここからグラビティブラストでどっかーんってのは、やっぱりだめですか?」



「調査が目的ですから」



う〜やっぱり、とぼやくユリカに頑張って下さいね、と楽観的に言い放つアキコ。

中身の予想ができているユリカとしては、動き出す前にチューリップごと破壊するのが一番楽だった。

本音を言うなら、あのアクアがいる島になるべく上陸したくないという気持ちもある。



「えっと、じゃあ、アキトにズパッって、もう気持ちいいくらい一刀両断に……」



「艦長、調査が目的です」



「はい……それじゃあ、早く済ませて帰りましょうね。

 せっかく水着新調したんだし」



「気が早いわよ、艦長。

 アキトくんだって少しくらい待つわよ」



「でも、私も早くハワイに戻って泳ぎたいです」



「いいわね〜、艦長もメグちゃんも見せる相手がいて」



いつものからかうようなミナトの言葉。

だが、その内容にルリは首をかしげた。



「ミナトさん、恋人いないんですか?」



「うん、ま、色々とね」



「えー、モテそうなのに意外〜!」



驚くメグミとは別の意味でユリカとルリは顔を見合わせた。

確かこのころはまだゴートとミナトは付き合っていたはずなのだが、ミナトの微妙な物言いはらしくない。

もしかしたら元々付き合っていないのか、もしかしたらもう別れたのか。



「ちょっとあなたたち、ムダ話ばっかりしてないの!」



「「「はーい」」」



「あれは絶対恋人いないわね」



「……聞こえてるわよ、ホシノ・ルリ」



険悪なエリナの言葉に軽く肩を竦めてルリは答えた。



「少女のいうことですから」





○ ● ○ ● ○ ●





艦橋はずいぶん騒がしいことになっているらしい。

繋がったままのコミュニケからはエリナの金切り声が聞こえてきた。

ついでにユリカたちの笑い声も。



「イネス、質問」



「ん、なーに?」



ナデシコ艦載のエアクッション型揚陸艇(LCAC)の中はさほど広くない。

肩がくっつくほど近くに座った少女の問いかけに首だけ向けた。



「ルリが言ったのはたぶん本当。

 エリナの行動から類推すると特定個人と親密な仲にある兆候はなし。

 なのになんで怒るの?」



「本当のことだからよ」



「……難しい」



まるで子供のような……いや、事実子供なのだが、あまりに幼い反応を微笑ましく思う。

昔のルリもその辺の感情の機微に疎いところがあったが、こっちはこっちでまた疎い。

ルリと違って無関心というわけではないが、人の感情に関して理解できないという部分が多い。

ひょっとしたらマシンチャイルドというのはほとんどこうなのだろうか。



「ルビー、きっとあなたにもわかるようになるわよ」



「うん」



名前のとおり紅玉のような赤みを帯びた瞳を伏せて頷く。

こういった素直なところは可愛らしいのだけれどと思って溜息が出る。

このときは、素直にそう思えたのだ。



「くー、後ろは華やかでいいね」



「すいませんね、前はむさい男ばかりで」



LCACの運転をするのはプロス。

そして上陸に随伴するのは護衛のゴートとカイト、イツキ、ジュン。

調査班としてイネスとウリバタケ。

そして護衛なんだか単にイネスにくっついてきただけなのか、ルビーも一緒にいた。

北極海で回収して以来、彼女の面倒を見ていたのはイネス。

そのせいか妙に懐かれている。



<いいねー、ボクもそっちにすればよかった>



<なんなら今から生身でダイブしてみるか?>



空戦フレームで護衛を勤めているのはアカツキとアキト。

同様に随伴する機動揚陸艇(LCM)2隻には1隻につき2機のエステバリスが搭載されていた。

それぞれリョーコ、イズミとヤマダ、ヒカルの陸戦フレームが搭載されていた。

ちなみにテツヤの砲戦はナデシコの甲板上で待機。

彼の持つ105mm対機甲ライフルならそこからでも十分にチューリップを射程に納められる。

つまり、大抵のことには対処できる布陣と言うわけだ。



ただ、イネスは一抹の不安を感じていないわけでもない。

上陸作戦と言うのは一番無防備になるのがこの上陸前だった。

陸戦フレームは基本的に水に浮かないし、水中での活動に制限が付く。

LCMやLCAC自体は軽装甲がほどこされてはいるものの、小銃弾や砲弾の破片程度なら防げるが、ミサイルなどの直撃を受ければひとたまりもない。

無人兵器ならともかく、少しでも戦術的思考をする人間が相手なら間違いなく上陸前を狙う。

例えば……



<チューリップに動きがありました!

 プロスさん、回避を!!>



そう、今のように。





<続く>






あとがき:


ごめんナオさん、出番無いかも。
と言うわけで、アクア登場の回でした。

次回からまたバトルで。
それでは、次回また。

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・つくづくコイツも謎な男だなーw>ロイ

執事の息子というのは何とはなしに納得できましたが(何故?)

 

 

それと、改めて思ったんですがルビーやTVルリのような「異質(または無知)」なキャラクターというのは

やはり他キャラとの絡みが面白いですね〜。

自分とは明確に違う視点からの描写や思考というか、そんなものがいいんです。