時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第18話その3 遠すぎた艦




視界の一面が白に染まっていた。

北極海で見た一面の雪景色よりもさらに白い、無色の白。

しかもそれは人の手によって作り出された光だった。



「あれ? なんで……わたし……」



ルリはベットに寝かされていた。

事情が飲み込めないまま体を起こすと、やはりその先には白い壁。

体にぼんやりとした違和感を覚え、試しに手を握ったり開いたりという動作を2、3回繰り返した。



白い壁にはどこかの田園風景を写した写真付きのカレンダーがかけてある。

それが天井と壁を見分けられる唯一の点だった。

あまり面白みのある風景とは言いがたい。

医務室などそんなものかもしれないが。



「イネスさん?」



部屋の主の名を呼び、シーツの裾を握り締める。

だんだんと意識が覚醒するにつれ、体の違和感は大きくなっていった。

それが服装によるもの ――― いつものオレンジ色の制服を着たままベットに寝かされていたことによるものだとようやく気づく。

支給品のベストに皺がついてしまったことは別段気にするようなことではない。

ユリカと一緒に選んだ白のワンピースにカレーうどんの致命的な染みを残したときよりは。

あの時は……



「混乱してます」



首を振る。

頭痛が痛い。



「日本語が変です」



「しっかりしなさい、ホシノ・ルリ」



また視界に新たな白が現れた。



「イネスさん………。

 !状況は!?」



急激に意識が鮮明となる。

それと同時に頭痛も激しくなった。

鋭くもしつこく続く痛みに眉をしかめる。



「落ち着いて、と言いたいところだけど、良くはないわ。

 ナデシコは巡航ミサイルを右舷のエンジンに受けて不時着。

 タイミングを計ったかのように敵の侵攻。

 まるで前回と同じ……いえ、もっと悪いわね」



何があったの?

イネスは視線でそう問いかけてきたが、ルリはそれに答えるより先にコミュニケを操作する。



「ユリカさん! マスターキーは!?」



<ルリちゃん? 大丈夫なの?>



「はい。 それよりも早くマスターキーを……」



<抜いてあるよ。 これでナデシコはほとんど動けないけど>



頷く。

マスターキーは艦長であるユリカか会長であるアカツキにしか抜けない。

アカツキがここで正体を明かすようなことがなければ、マスターキーはユリカしか扱えない。

ほとんど直感に近い行動だとは思うが、今回もそれに救われた。



マスターキーがないとナデシコ機能は最低限の生命維持や艦内通信を除いて使用不能になる。

今回のミサイル誘導に使用されたデータリンクも当然、マスターキーを抜かれた時点で強制的に遮断された。

結果としてそれが他の艦との明暗を分けたと言える。

ラムジェット方式の最新型高速巡航ミサイルは運動エネルギーだけでも戦艦クラスのDFを撃ち抜くことができる。

軽装甲しか持たない駆逐艦や護衛艦はそれだけで致命的な打撃を受けるほどに。



ナデシコも火星において朝霧からの高速ミサイル攻撃で相当な損傷を負った。

そのことと、前回に起こった似たような事件のことが頭にあったのだろう。

最後の最後でナデシコからのデータリンクを切られたミサイルは標的を見失って大地へとその破壊力を解放することとなった。

むしろ損傷が右舷エンジンのみに留まったのは僥倖かもしれない。



<軍の人にはコンピューターウイルスだって言っといたけど、実際はどう?>



ユリカが言っているのはオモイカネのことだ。

前回、オモイカネは地球圏脱出時に連合軍と交戦し、そして彼らを敵だと学習した。

しかし、火星から帰還したのちは状況が一変し、ナデシコは連合軍に編入されることとなった。

だが、オモイカネはこのある種の矛盾に耐えられなかった。

わかりやすく言うならストレスから癇癪を起こしたのだ。

その時も連合軍に対して攻撃をしかけたのだが……



「概ね、それで正しいと思います。

 一瞬ですけど、オモイカネから強制的に弾かれる直前に見えたんです。

 敵の中にわたしと同じマシンチャイルドがいます。  今回のこれは敵からのクラッキングです」



先程からの頭痛はその時の後遺症だった。

パイロットなどもIFSを介してコンピュータを操作することがあるが、

ルリのようなマシンチャイルドの場合はそれがもっと深いところまでいく。

例えるなら意識の半分くらいをコンピュータの中に置くような感じだろうか。



オモイカネの仮想人格とコミニケーションと取りつつ艦を操るといった感覚で、

パイロットなど一般のそれが機械的な操作に限りなく近いのに比べると、だいぶ感覚が違う。

マン・マシンインターフェイスとしては現状における最高のシステムだろうが、それ故に弱点も多い。

今回のようにオモイカネから強制的に接続を遮断された場合、かなりの苦痛を伴う衝撃がルリを襲った。

IFSに保護防壁がなければ、最悪の場合、脳をやられていたかもしれない。



「ナデシコの主導権を完全に奪われました。

 たぶん、敵は何らかの手段で内部からファイヤーウォールを抉じ開けたんです。

 一瞬だったと思います。 でも、その一瞬で表層のOSを制圧して、オモイカネを封じられました」



オモイカネは世界最高の艦載コンピュータと言って過言ではない。

その演算能力はその辺のスパコンなど電卓と大差ないほどに隔絶している。



しかし、それはハードウェアのこと。

ソフトウェアに関しては他と大差がない。

オモイカネの深層意識と呼ばれる部分は別にすれば、ナデシコを動かしているのは通常のOSとその上で動く各種アプリケーションソフト。

敵が狙ったのはこのOS部分だった。



現在のオモイカネは表層のOSを制圧されたために封殺されている状態だ。

オモイカネの自我意識は抵抗しているようだが、手足を縛られたのでは身動きが取れるはずもない。

ましてや、ルリというサポート要員を失っているのだから。



「幸い、ユリカさんがマスターキーを抜いたのでOSはすべて停止状態にあります。

 オモイカネ本体は内蔵の電源でスタンバイ状態にありますから、わたしが前回同様にオモイカネに潜ります。

 今回はオモイカネの説得じゃなくて、彼と協力してナデシコの機能を奪還することになりますけど」



<わかった。 でも、ルリちゃん一人じゃ危険だよ>



「はい。 ウリバタケさんと……」



そこまで言いかけてルリは躊躇した。

ウリバタケともう一人。

彼がいれば……。



しかし、敵が眼前まで迫っている状況でそれを頼むのは気が引けた。

一度はオモイカネの内部に潜ったこともある彼なら、安心できる。

誰より、ルリが。



<わかった。 アキトに同行してもらうね>



「でも、ユリカさん……」



<ルリちゃん、私はルリちゃんを安心させるためだけにアキトを選んだんじゃないよ。

 現状で最優先することはナデシコの機能を回復させること。

 外の敵は軍の人たちが対処してるから、私達はそのためにも早くナデシコを戦列に復帰させないと>



「はい」



<うん、いい返事。

 頼んだよ、ルリちゃん>



ユリカからの通信が切れるとルリはまだ痛む頭を抑えつつベットから下りた。

まだ自分のような小娘でも頼ってくれる人がいるうちはいつまでも寝ているわけにはいかない。



「頼まれますよ、ユリカさん」





○ ● ○ ● ○ ●





やるべきことを確認し、気持ちはいくらか落ち着いていた。

ナデシコが損傷を負ってグラビティブラストによる敵の排除ができなかった場合と言うもの事前の想定にはあった。

ユリカの予想ではそれはナナフシの攻撃によるものだろうということだったが、まさか味方のミサイルにやられるとは、皮肉以外の何物でもない。



「作戦は機動部隊を主に据えた乙案に切り替えます。

 エステバリス隊は?」



<こっちはいいよ。 でもさ、いいのかい?>



「なにがですか、アカツキさん?」



「ボクがリーダーってことがさ。

 テンカワ君とかスバル君とか、もっと適任が居るんじゃないの?」



乙案の内容は前回のナナフシ戦のときと大差ない。

エステバリス隊の隠密浸透によってナナフシを叩く。

その間のナデシコの防衛は陸軍機甲部隊と宇宙軍機動部隊(呼称は違うが中身はほぼ同じ)に頼ることとなる。



もともと艦載機の搭載数の関係から少数精鋭にせざるをえなかったナデシコ側からエステ隊を出すのは道理だった。

しかし、その際に問題となったのは指揮系統をどうするかだ。

元が民間船であるだけに艦長や副長などの役職はあれども、階級というものがナデシコには存在しない。

エステ隊の中では全員が同列であり、なんとなくリョーコが性格的なものからリーダーシップをとることが多かったが、

今回のような綿密な作戦においてはリーダーを決めておかないと、意見が対立した場合に問題が起きる。



普段の戦闘ではナデシコからの指示が得られるからそれでも問題はなかった。

大抵はユリカかジュンが指示を出して、それに従うという形で済んでいた。

それが今回の作戦に限ってはそうもいかない。

隠密行動が前提であるため、近距離のレーザー通信意外は使用できず、ナデシコから出発した後は

エステ隊は独立して活動することとなる。

そこでユリカがリーダーに指名したのはアカツキだった。



<ボクはそういう柄じゃないんだけど?>



「大丈夫ですよ。 信じてますから」



確かにリョーコというのも考えたが、彼女は直情的な面があり、冷静な判断ができるかという点に関して不安がある。

アカツキは伊達や酔狂でネルガル会長をやっているわけではない。

決断力と的確な判断力があればこそ、ネルガルをアジア最大の企業としているのだ。

軽薄を装っている理由は知らないが、能力に関して疑問はない。



<信じる、ね。 まあ、いいけど。

 ボクの経験から言わせてもらうと、信じて“すくわれる”のは足元だけだよ>



「あっ、うまいこといいますね」



それでもにこやかに答えるユリカに呆れたのか、また別に思うところがあるのか、画面の中でアカツキが肩を竦めるのが見えた。



「5分後に陸軍の砲兵大隊から支援砲撃が1分続けられます。

 そのうちの何割かは煙幕弾ですから、それに紛れて出撃してください」



<了解>





○ ● ○ ● ○ ●





強襲揚陸艦4隻分の機動兵器はその名に恥じない迅速さで兵力の展開を終えていた。

工兵隊の手によって即席ながらも陣地らしきものも出来上がっている。

前縁にはエステバリス隊を中心とした機械化歩兵大隊が陣取り、それを側面から援護するスノーフレイク隊、

後方から支援砲撃を行うスターチス隊、指揮中枢である連隊本部は強襲揚陸艦<天城>の中に置かれているが、陣地の全長は数キロに及ぶ。



相手が比較的低速の戦車であることも幸いした。

こちらは十分な準備をした上で迎撃にでることができる。

ゴルコフ准将は天城のCDCに幕僚と共に移っていた。

各部隊からの連絡と、こちらからの指示を送るスタッフたちの声が混ざり合い、混沌を形成している。



「敵の中に例の人型は確認されていないのだな?」



メガネの貧相な相貌を持つ情報参謀は生真面目さを示すようなカクカクとした動きで頷いた。



「前進観測班からの連絡では戦車だけだそうです。

 あるいはこちらの逆襲を見越して温存するのか」



ありえない話ではない。

敵は徹底して駆逐艦や護衛艦、戦艦と言った砲艦を狙ってきた。

艦砲射撃を警戒するが故だろうが、逆にこちらの機動兵器の大半は無事だということだ。

それがわからないはずはない。



「わかった。 相手が旧式兵器ならやりようもある。

 ああ、それから、砲兵大隊に指示。

 ナデシコからエステ隊が出る。 支援のために敵の鼻先に先制攻撃を撃ちこむ。

 弾種は徹甲誘導砲弾と……3割を煙幕だ」



「イエッサー」



すぐさま指示が伝えられる。

砲兵大隊を構成するのはスターチスが主だった。

これはスノーフレイクや、エステに比べてすら兵器としては旧式の部類に入る。

明日香インダストリーが拠点防衛用に開発したほとんど自走砲台とでもいうべき代物だった。



スターチスは原型となったブルースター(2188年配備開始)を戦争にあわせて改修した代物で、

機体の6割を再設計することでスノーフレイクと同様のエンジンを搭載することを可能とした。

しかし、やはり設計の古さはいかんともしがたく、機動兵器は機動力が命という戦訓から見ても移動砲台としか使えない

スターチスはバッタやジョロに真っ向から対抗することは不可能だった。

エステバリスやスノーシリーズの実戦配備が始まったことでますます配備数は減少している。



ただ、スターチスには利点があった。

エステバリスで最大の火力を有するのは重機動フレームだったが、ミサイルは近距離用で、火砲も120mmカノンのみ。

スノーフレイクにはD型と呼ばれる面制圧用の重装パックがあったが、これは近接支援用だった。

対するスターチスは火力だけは群を抜いており、特に155mmリニアカノンは間接射撃を可能とする高性能砲だった。

改修によってFCSを強化したことでその精度はますます増した。

他にもロケット弾や長距離ミサイルなどを搭載できるように改修されている。

こうしてスターチスは現在の砲兵として生き残る道を確保したのだった。



その真価はいま試される。





○ ● ○ ● ○ ●





甲高い飛翔音の後に訪れたのは圧倒的な破壊の嵐だった。



スターチスの155mmリニアカノンから音速の2倍の速度で撃ち出された砲弾は成層圏近くまで上昇すると

ブースターに点火して飛距離を伸ばしつつ目標点まで飛んだ。

内臓の補助ブースターを使いきってしまうと後は単純だった。

重力の腕に絡め取られるままに落下を続ける。



変化が現れたのは地表まで300mの高度に到達したときだった。

気圧の変化によって所定の高度に到達したことを察知したコンピュータが赤外線シーカーを作動。

手ごろな目標に対して自身を誘導し始める。

とは言っても、ミサイルのように推進力を持つわけではないので、砲弾の後ろにつけられたフィンを動かすだけだ。

砲弾の本体に比べれば小さなその羽は懸命に空気を捉えて自身の最後の場所へたどり着こうとする。

果たしてそれは成功した。



155mm滑腔砲の直撃にも耐える正面装甲を持つレーヴェだが、全ての装甲がその能力を与えられているわけではない。

全体にそんな装甲を施していたら重量は莫大なものとなり、今度は機動力が損なわれ足回りに無理が出る。

限られたリソースを活用するために戦車の装甲は正面が一番厚く、側面、上下面の順で薄くなっていく。

吸着地雷、あるいは対戦車ミサイルはこの部分を狙って放たれるのだ。



スターチスが放った155mm徹甲誘導砲弾もその例に漏れなかった。

エンジンの排熱を捕らえた赤外線シーカーは自身をそこへ誘導。

レーヴェのエンジングリルを吹き飛ばした。



似たような光景は各所で発生していた。

命中精度は良くても30%を越えるかどうかといった程度でしかないが、時間単位の投射量は圧倒的だった。

オレンジ色の炎が吹き上がり、それだけでも数tはある砲塔が空へ舞い上がる。

履帯を切断されて動きが止まったところへ2発目が直撃し、弾薬の誘爆を起こして吹き飛んだ戦車もあった。



「とんでもないね、これは」



眼前で繰り広げられる光景に呆然とアカツキが呟いた。

工兵隊によって作られた即席の塹壕に身を潜めつつ慎重に外の様子を垣間見る。

コクピットは胴体にあるため、エステは顔だけだして胴は塹壕の中だ。

彼の重機動フレームの他にもナデシコからはリョーコら3人が陸戦、イツキが重機動、ヤマダが陸戦の1−B型で出撃していた。

ナナフシ攻撃に向かうのはこの合計6機となる。



「スターチスの155mmリニアカノンですね。

 砲兵まで搭載してきたとは、かなりの念の入り様です」



イツキも感心したようだった。

重機動フレームは彼女とアカツキの2機のみ。

あと1機ナデシコは搭載しているが、それはテツヤが使っている。

今は後方だ。



やがて砲弾の炸裂の中に別種の色が混じり始めた。

乳白色の煙幕が塹壕の手前を覆い始めている。



<砲兵大隊より。

 『これより最後の砲撃にはいる。

  たとえ無神論者であっても神のご加護を』以上です>



ナデシコのメグミから通信が入る。

声の震えを極力隠せているのは流石だろう。

この陣地の後方にナデシコが不時着している。

つまり、ここを敵に突破されればたとえナナフシを排除できたとしてもナデシコの危険は変わらない。



これまでとは違い、陸戦は圧倒的な至近で行われることとなるだろう。

砲撃で第1波は相当な損害を出したようだが、それでもまだ300両以上が残っている。

ナナフシを攻撃するには敵を迂回しながらたどり着くしかないが、万が一にでも出くわした場合は孤立無援だ。

アカツキが久しぶりに感じる恐怖だった。



<だんちゃーく! 今!>



最後の砲弾が降り注ぐ。

炸裂音、紅蓮、爆発。

その只中に彼は飛び出した。



「いくぞ、全機続け!」



煙幕の効果時間は長くはない。

敵の目からこちらの姿を隠してくれると同時に敵の姿も隠してしまうからだ。

近接戦闘になった場合、それではこちらが不利になる。



行動は可能な限り迅速に行われた。

塹壕から這い出し、鬱蒼とした森の方へ全力で疾駆する。

それでも全てが予定通りとはいかなかった。



煙幕を抜けて眼前にレーヴェが現れる。

互いに予期せぬ接触。

とっさに120mmカノンを構え、一瞬遅れて相手もアカツキの存在に気付き、砲塔を旋回させた。



―― しまったッ!



瞬間的に自分のミスを悟る。

反射的に足を止めてしまったために相手の攻撃を回避できない。

かまわずに避ければよかったのだ。

重機動フレームとはいえ、エステにはそれだけの機動力がある。



破局は一瞬だった。

轟音と共に焔が吹き上がり、衝撃に機体が揺さぶられる。



「はっ………」



<足を止めるな。 さっさと行け>



通信機から無愛想な声が響く。

105mm対機甲ライフルでアカツキを狙ったレーヴェを狙撃したテツヤだった。

助けられたのは事実だが、その言い草に嫌味でも言おうかと口を開いた瞬間、2度目の衝撃が来た。



<2つ目だ>



舌を噛んでしまい、何も言えないアカツキに淡々と告げる。

貸しが2つ目ということだろうか。

今度は無言で進みつつ、弾が飛んできたと思しき方角をみたが、テツヤの機体は識別できなかった。

レーダー上にはしっかりとIFF反応があるのだが、その場所を見ても単なる山の斜面にしか見えない。

探知を避けるためにの擬装をしつつ常に一発撃ったら移動するという狙撃のセオリーを彼は忠実に守っていた。



結局、森の中に潜り込むまでにアカツキの貸しは5つに増えていた。





○ ● ○ ● ○ ●





HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を脱ぐと何回か目を瞬かせた。

木連のマシンチャイルドへの理解はまだ浅い。

ナデシコのように専用のIFSシートが用意されているわけでもなく、

オモイカネのように仮想人格すら備えた超高性能のコンピュータがあるわけでもない。

従って、琥珀が使っているのは急ごしらえの間に合わせもいいところの装備だった。



「あはー、目が疲れるのは問題ですね」



軽くおどけて見せると、傍らの月村忍技術大尉は微かな笑みを浮かべて答えた。



「地球のようにウインドウの投影技術があればいいんですけど。

 間に合わせですから、我慢してください」



「わかってますよー。 ちょっと贅沢を言ってみただけです。

 撫子に電子戦を挑んだんですから、疲れたのもありますしね」



オモイカネを制圧したのは琥珀だった。

とは言っても、正面から電子戦を挑んだところでナデシコと陽炎では電子戦兵装の質が違いすぎて勝負にならない。

中枢コンピュータの演算能力から言ってもオモイカネには遠く及ばない。



それでもナデシコを制圧できたのは内部に潜り込ませてあるスパイのおかげだった(それが誰なのかは琥珀らも知らない)。

彼 ―― あるいは彼女の手によってナデシコはほんの一瞬だけセキュリティに穴を空けられた。

データーリンクを行っている最中だったので、まずは宇宙軍の護衛艦に侵入し、そこを経由して琥珀はオモイカネに攻撃を仕掛けた。

ほとんど乾坤一擲の作戦だったが、その試みは成功し、IFFを混乱させることで敵のミサイル誘導を誤らせた。

懸念だった宇宙軍艦艇と水上艦艇からのミサイル攻撃はこれで無力化できた。

あとは陸上兵力……200機以上の機動兵器群をいかにして捌くかだ。



「インド洋の艦隊に動きは?」



指揮官席に身を沈めた舞歌の問いにすぐさま検索をかける。

偵察用のバッタを何機かインド洋に派遣しているのだった。



「いえ、ありませんねー。 ミサイルも使い切ったみたいですし」



「そう」



舞歌は短く答えて再び思索に戻る。



インド洋の艦隊はこれで遊兵化したと考えていいだろうか。

いや、まだ空母の艦載機という手が……



戦術パネルを叩き、調べてある限りの航空機(特に艦載機)のデータに目を通す。

どうやら艦載機のことは気にしなくても良さそうだ。



増槽をつけて飛んでもインド洋からクルスクの往復は航続距離が足りない。

長大な航続距離を誇る戦略爆撃機ならクルスクを攻撃して帰還することも可能だろうが、その場合はクルスク到達前にこちらの哨戒網に引っかかる。

現在のクルスク上空の航空優勢は木連の手にあり、ゆえに護衛機なしの攻撃は自殺行為だった。

あるいは空母から飛び立って着陸はクルスク近くの飛行場、という手もあるかも知れないが、そういった拠点は先制して叩いてある。



まあ、自殺志願の片道出撃なら別だが。

確か彼女の遠い祖先に当たる日本人は神風攻撃と言っていたか。

まったく馬鹿げている。

それはもはや戦争ではない。



いくら地球人でも完全な片道出撃などやらせるわけがない。

中には錯乱状態から自殺行為に近い攻撃を行う兵士はいたが、作戦レベルでそれを行うのは外道だ。

指揮官を侮辱する統率の外道。

特攻なんて追い詰められた側の最後のあがきに過ぎない。

その段階ですでに戦争を失っている。



今回のように堅実な作戦を立てられる人間が、そんな自棄の攻撃を行うとも思えないし。

だとすればナナフシの攻略は陸から部隊を送り込んでくるか。



……そう、それね。

一番確実で、こちらに察知されにくいのは少数精鋭の特殊部隊を迂回、後方へ浸透させること。



「舞歌様。 第1波の損耗率が4割を越えました。

 後退させますか?」



千沙の問いに思索を打ち切って舞歌は応じた。



「いえ、そのまま第2波を投入しなさい。

 それとナナフシ周辺の警戒を密に。 敵の特殊部隊が浸透してくるわよ」



通常なら兵力の3割を失った段階でその部隊は全滅(つまり継戦能力を喪失した)と見なされる。

戦力は兵力の自乗で効いてくるから、3割の損害と言えば部隊の戦力は0.7の自乗で0.49、つまりは半分にまで落ち込んでいることになる。

3人に1人が戦死(もしくは戦力として寄与しないほどの重傷)をという事態になったら、士気の低下も大きい。

しかし、それは有人の部隊の話であって、今現在投入されている無人の戦車部隊には士気などと言うものはない。



恐怖もない。 怯惰も存在しない。

ただ何も感じずに、何も思わずに命令に従うのみ。

まるでゲームだ。

とてつもなく悪趣味な。



「無人の戦車部隊だけならいくらでも叩かせるわ」



「わかりました。 第2波を投入します。

 それから、ナナフシ周辺の部隊の増強も」



指示が的確に実行に移されたのを確認しつつ舞歌は思った。



あるいはそろそろ地球人たちもこちらの意図に気付くころだろうか?





○ ● ○ ● ○ ●





「ちくしょう! どれだけ続くんだ!!」



カニンガム少尉の愛機のスノーフレイクは側面からレーヴェを撃ちまくっていた。

D型と呼ばれる面制圧用の重装パッケージはすでに使い果たしている。

ロケット弾を叩き込み、対機甲ミサイルを撃ち込み、収束榴弾を撒き散らす。

鋼鉄の獅子がその度に倒れ、破壊は拡大していった。

しかし、順調にいったのは最初のころだけだった。

ようやく凌いだと思ったその時、新たな戦車部隊を確認したのだ。



使い切ったロケット弾パックなどデットウエイトにしかならない。

それら全てを切り離して30mmガトリングガンに持ち替え、側面を狙って発砲を続けた。

正面装甲は30mmでは抜けない。

側面ですら角度によっては弾かれた。



スノーフレイクのメインウェポンであるレールガンなら40mmであってもマッハ8以上で発射されるために

正面からでもレーヴェの装甲を貫通できるが、如何せん弾数が少ない。

通常の戦闘ならマガジン1つあたり50発は多いくらいだが、敵の数はそれ以上に膨大だった。

ついにガトリングも弾切れで空回りするに至ってついに彼はレールガンに持ち替えた。

敵の人型兵器へ対抗するために温存しておくつもりだったが、それどころではなくなった。



彼の潜む塹壕の周囲にもレーヴェの155mm滑腔砲による砲撃が着弾しつつある。

ご丁寧にもしっかりとAPFSDSを使っている。

成形炸薬弾ではスノーフレイクのディストーションフィールドに防がれると言うことを学習したらしい。



塹壕の中を移動しつつ、こちらに砲身を向けていたレーヴェを狙撃する。

レーヴェの複合装甲は辛うじて40mm砲弾の貫通を防いだが、半ば溶解して液状となっていた40mm弾の運動エネルギーを全て殺すことはできなかった。

内部では部品の接合部などの弱い部分が弾け飛んで砲弾のように中の物体を切り裂いた。

外見上は原形を止めていても内部はぐちゃぐちゃにされる。

地球製の戦車のパーツと木連製のヤドカリが等しくスクラップとなって混じり合う。



「よしッ、つ……」



彼は最後まで言葉を続けることができなかった。

別の戦車によって放たれたAPFSDSのタングステン芯がDFを貫通。

スノーフレイクの装甲は液化して膨大な熱量と運動エネルギーを持ったそれに何とか耐えた。

アサルトピット方式を採用していたこともあり、装甲とコクピット間に敷き詰められた緩衝材の存在もあって、

最初の一撃は彼に衝撃をもたらしただけで済んだ。

だが、ほとんど同一箇所に間を置かずに2発目の砲弾が着弾したことで全ては無駄に終わってしまった。



神経が激痛を伝えるより早く、飛び散った破片が頚椎を切断していた。

速やかに意識の発生が途絶し、ブツンとテレビが切れたように彼の生命活動は停止した。

カニンガム少尉はこうしてクルスク戦における最初の戦死者として名を残した。



そこに幸運の要素を見つけるとしたなら、彼は何も感じることなく即死したことだろう。

そして、誰もがその恩恵にあずかれたわけではない。







ハンクス軍曹は連合陸軍に残された数少ないヴェテランだった。

だが、まさかクルスクまできて大昔の戦車と塹壕戦をやることになるとは予想もしていなかった。



「履帯を狙え! エステの火力では正面装甲は撃ち抜けん!

 履帯だ、履帯! 吸着地雷を使うぞ」



搭乗機は陸戦フレームだが、1−B型と言われる比較的重装備のタイプだった。

その点において彼は幸運だったと言える。

ノーマルの陸戦フレームでは20mmラピッドライフルが標準装備だ。

装甲の薄いバッタやジョロ相手ではそれでもいいが、古い代わりに装甲は分厚いレーヴェが相手では力不足は否めない。

1−B型ならバッテリーを使用してのレールガンがある。

最新型のスノーフレイクのものに比べると大きい上に25mmと口径も小さいが、塹壕にこもって使うなら大きかろうが問題はなかった。

地面に設置してひたすらに撃ちまくる。



立て続けに7両が擱坐し、さらに2両が吸着地雷で撃破される。

すでに正面陣地の前は擱坐した戦車が溢れんばかりとなっていた。

それでもどこから湧いてくるのか、敵の数はまったく減った様子がない。



「くそっ、弾がッ!」



レールガンの弾が尽きる。

際どいところまで迫った敵戦車に収束手榴弾を投げつけると、ハンクス軍曹は通信機に怒鳴った。



「アパム、弾持って来い! アパム伍長、弾だ!」



僚機の返答がないのに苛立ちつつ再度叫ぶ。



「どうした、アパム! アパーム!」



振り返って彼は凝結した。

そこに居るべき僚機の姿はない。

彼が僚機のエステと思っていたのは酷似した、しかし一点で致命的に異なる機体だった。

それは“敵”という一点において、彼とは異質だったのだ。



「ちくしょう、いつの間に!」



罵声を発しつつエステにイミディエットナイフを構えさせる。

それが彼の最期の意識的行動となった。

その機体は特徴的な盾からブレードを引き抜くとハンクス軍曹のエステを一刀の元に切り裂いたのだった。

エステの左肩口から右脇腹へ抜けるように通過した刃はハンクス軍曹の体を乗機と同じように切り裂いていた。

灼熱感が脳を焼き、ヘルメットの中が吐きだされた血液によって朱に染まる。

敵機の存在を知らせるべく伸ばされた腕はその先端を失い、べったりと赤い液体をパネルに擦り付けただけだった。

そうでなくてもすでに通信機は破壊されていたのだが。

彼が苦痛から解放されたのは止めにコクピットへ撃ち込まれた30mm機関砲によってだった。







光学スコープからの映像は鮮明だった。

それ故に前線が酷いことになっているというのも伺える。



「報告します! 敵は人型多数!  ええ、連中はこちらの弾薬が欠乏するのを待っていたんです!

 各所で突破されつつあり……そうです、迅速な支援を!!」



前線の地獄に比べればここは地の果てといえる。

擬装用のブランケットを被った2機のエステは砲兵隊への諸元を送るための前進観測員も兼ねている。

UAV(小型の無人偵察機)も投入されてはいるが、それはすでに残り2機となっている。

敵も砲兵の恐ろしさは熟知しており、真っ先に狙われたからだ。



と、不意に隣の機体が長大な砲身のライフル砲を発砲する。

それは秘めたる破壊力に比較して小さな音だった。

DFの斥力場を利用して発砲されるため、発射炎もない。

隠密狙撃には適している。



「移動するぞ、カイト」



「あっ、はい」



カイトとテツヤはナデシコの傍に残った。

テツヤの105mm対機甲ライフルは狙撃に使ってこその装備であり、狙撃はたいてい待ち伏せとなる。

そして狙撃手は狙撃を実行するさいは無防備となるため、傍らには観測手と護衛をかねて1機が付き添うのが機動兵器による狙撃のセオリーだ。

カイトはナデシコに合流してから日が浅いこともあり、今回のようにチームワーク重視の作戦からは外れた。

別段差別されているとかそういうことではない。

これは適材適所というものであり、それがわからない彼でもなかった。



「カタオカさん、あと何発残ってます?」



「13発だ。 今のマガジンに5発。

 最後の予備マガジンに8発」



無駄撃ちしたわけではないが、やはり少ない。

敵の狙いもこれだったのだろう。

まず戦車をぶつけることでこちらの火力を減じさせ、そこに真打の機動部隊を投入する。

まんまとそれに引っかかり、こちらは強力なレールガンや対機甲ミサイルの類を撃ちつくした。

結果として敵の突破を許している。 本末転倒も甚だしい。



「どうします? ナデシコまで引き返しますか?」



「いや、今動けば敵の侵攻を止めるものがなくなるぞ。

 砲兵の阻止砲撃は味方を巻き込むような撃ち方はできない」



正論だった。

突破された分は後詰めの部隊で阻止するしかない。

カイトはナデシコの方角を振り返った。

この場所からでは見えるはずもないが、その無事を祈らずにはいられなかった。





○ ● ○ ● ○ ●





アキトは落ち着かない様子で周囲を見回した。

ウリバタケ研究所とプレートが掛けられていた室内は、研究所のイメージとは程遠い浪漫のゴミ捨て場のような様相をていしている。

入室前に換気しなかったら臭いだけで凄まじいことになっていたかもしれない。

足元に転がる魔法少女のフィギュアを踏まないようにして、今度はゲームの山につまづきそうになる。



「ウリバタケさん、早く……」



「あー、わかってら。

 もう少し落ち着けよ」



もう何度目になるか分からないやり取りを繰り返してウリバタケは再び機材の調整にかかる。

しかし、落ち着けといわれても無理なものは無理だ。

またきょろきょろしてしまいウリバタケに注意される。



「あのなあ、アキト。

 敵が迫ってて落ち着かないのはわかるけどよ。

 お前が焦ったってどうにもならないことだってあるんだぜ。

 お前はお前のやるべきことに集中しろ。 

 その点、ルリルリはわかってるじゃねえか」



黙々とウリバタケを手伝うルリに確かに焦りは伺えない。

ただ、それが表面的なことであるのをアキトは知っている。



「『安心しろ、ぜったい大丈夫だ』なんて気休めは言わねえよ。

 だけどな、お前さんは何でも自分でやろうとしすぎるんだよ。

 ナデシコはお前だけで動いてるのか? エステは?

 ん、違うだろ?

 

 ナデシコには艦長も居るし、目立たねえが副長もいる。

 動かしてるのはルリルリだけじゃねえ。 メグミちゃんも、ミナトさんも居る。

 エステはパイロットだけじゃなくて俺たち整備班だって関わってる

 何もかも自分だけで何とかなるなんて、そりゃ傲慢て言うんだぜ」



「それは、わかって……」



「いや、わかっちゃいねぇ。

 お前はどっかで俺がみんなを守らなきゃって思ってる。

 悪いとはいわねえが……いや、やっぱ悪いな」



「どっちなんですか?」



ルリの冷たいツッコミも笑顔で流す。



「時と場合によるってことよ。

 ここはナデシコだ。 誰もがみんなそれぞれの役割で戦ってんだよ。

 いいか、アキト。

 確かに戦闘になれば俺たちの出番はないかもしれねえ。

 だけどな、お前みたいな小僧が全部背負って深刻そうに守ってあげますなんてのは片腹痛え。

 

 お前はお前の戦場で戦ってこい!

 誰かを守ろうなんてのはお前みたいなガキにゃ早い!

 いいな!」



「……はい。

 ありがとうございます、ウリバタケさん」



「けっ、ぼろくそ言った相手に礼なんて言ってんじゃねえよ。

 けどな、今回だけは一つだけ守らせてやる」



「ルリちゃんですか?」



「10年早え。

 1つだけってのは手前の命だ。

 生きて戻れよ、アキト」



一礼してアキトがHMDを被る。

バーチャルシステムを応用したシステムで、仮想的にオモイカネの中へ入ることができた。

しかし、それだけに危険も大きい。

電子世界での死が肉体にも影響を及ぼしかねないからだ。

現にこの点が問題となって過去に出た仮想体験型ゲームは禁止された。



「ウリバタケさん」



「なんだ?」



「いってきます」



そう告げるとルリもHMDを被る。



「おう……行って来い。

 行って、帰ってこい」



『いってきます』と告げたルリが微笑んだのは、目の錯覚ではないはずだ。





○ ● ○ ● ○ ●





一式戦<尖隼>の構えた盾に弾着を感じつつ佐脇敬二中尉は機体を前進させた。

尖隼の盾は30mm機関砲程度なら止めることの出来る防弾性能を持っていた。

作戦が功を奏し、敵からの攻撃はほとんどがラピッドライフルや機関砲による攻撃だった。



――― 行けるッ!



その思いは確信へと変わりつつある。

彼に続く尖隼は3機。

相互に支援しつつ的確に敵陣地の穴を突いていった。



先行させておいた戦車も思いのほか役に立っている。

優先すべき標的は尖隼の方だとわかっていても、戦車に撃たれっぱなしで耐えられるほど人間に神経は強くない。

敵機は戦車を撃つことで自らの位置を暴露していた。

そこにすかさずロケット弾を撃ち込み、煙幕を展開しつつ白兵戦を挑む。



地球人は近接戦闘に対して優人部隊の彼から見れば笑いたくなるほど稚拙な対応しかできなかった。

銃弾が尽きてしまえば戦う術も同時に尽きてしまうのが地球人らしい。



まさに怯懦千万!

栄光ある我ら優人部隊に比べてなんと脆いことか!

まさに貧弱! 貧弱ッ! 貧弱ゥ!



「見えたぞ! 撫子!」



最後の1機を切り捨てた彼は歓喜の声を上げた。

遠目からでもそれとわかる特異な艦影は紛れもなくナデシコ。

木連軍に何度も煮え湯を飲ませた仇敵。

阻むものは何もない。



「見える! 俺にも敵が見えるぞ!

 ふはは ――― 」



佐脇中尉は哄笑を発しかけ ――― 次の瞬間には微塵の肉片となった。

機械油とぶちまけられた血液が親しげに混ざり合いながら等しく分子レベルで分解された。

彼の肉体を破壊した白い繊手はその勢いを減じることなく尖隼を貫いた。

エンジンが破壊され、炎がスラスターの燃料へ引火するのは一瞬だった。

轟音と共に機体が四散し、周囲へ残骸をばら撒く。







佐脇中尉の機体が一瞬で仕留められるのをただ呆然と見ていることしかできなかった。

気付いたときには既に敵機は中尉の尖隼を素手でぶち抜いていた。



「化け物か……」



敵機は白い塗装を施されていた。

曲線が多用され、羽飾りのようなパーツが特徴的な、ある種の優美ささえ兼ね備えている。

だが、今そこから感じられるのは嫌悪と恐怖だけだった。

じっとりと手が汗ばみ、何度もグリップを握り直す。

三度目の深呼吸をした瞬間、敵機が動いた。



いかなる手段を用いたものか、一瞬で間合いを詰めると無造作とも思える動きで拳を突き出す。

それだけで僚機が構えていた盾ごとコクピットを貫かれた。

ピンポイント方式の時空歪曲場は何の気休めにもなっていない。



続けてブレードを構えた1機に向かってその機体はやはり無造作に手刀を振るう。

それで終わった。

一拍の間を置いて横一文字に切り裂かれた上半身が地面へ落ち、下半身も崩れる。



「……この化け物ッ!」



ゆらりとこちらを振り返る。

今度こそ彼は恐怖の叫びを上げた。







最後の一機が崩れ落ちる。

今度は爆発しないようにコクピットだけを潰している。

1機目は加減を間違えたせいで危うく爆発に巻き込まれるところだった。



「……うん、イネスと約束」



出撃する前、ルビーに対してイネスは心配そうに「怪我しないでね」と言った。

それに対して彼女は「わかった」と答えたから、それは約束だった。

ここには居ない彼女の友達であるフィリスは「約束は守らないとダメよ」と教えてくれた。

だから怪我をしないように頑張るのは約束だった。



幸い、彼女の愛機であるフェアリースノーは今のところ無事に動いていた。

駆動系のダメージは深刻化と思ったのだが、ウリバタケら整備班は同じく回収されていたスノードロップから使えそうな部品をとって

何とかフェアリースノーを修理してしまった。

そのことに関してルビーは整備班の一人一人に御礼をして回ったのだが、大半の人は複雑そうな顔をしていたのが彼女には謎だった。

『怪我は痛くてもすぐ治るし、私が痛いだけでみんなが大丈夫になれるなら、私も大丈夫だから』と言ったらジュンに怒られたのも謎だった。

まだまだルビーにとって『大人の事情』というものは謎ばかりだった。



帰ったらまたイネスに聞いてみよう。

きっと一時間くらいかけて説明してくれるだろう。

ルビーの最近のお気に入りはイネスの説明を聞くことだった。



そのためにも、ナデシコは無事でないと困る。

ぜったいに困るから、ルビーもここで頑張るつもりだった。





――― ナナフシ次発充填まで、あと3時間。





<続く>






あとがき:


実は本格的陸戦を書くのってはじめてだったり。
大部隊同士の激突ってどんな具合なんですかね。

アパーム、弾持ってこいのネタはプライベート・ライアンより。
でもこの映画見たことないです。 スターリングラードはちょっと( ´・ω・`)な内容でした。


それでは、次回また。

 

 

代理人の感想

ソ連軍の物量に圧倒されるドイツ軍・・・って喩えでいいのかな?

守るほうだし、戦車はドイツのだけど(爆)。

 

さて、次回は見せ場。

 

 

>「見える! 私にも敵が見えるぞ!」

これ、劣勢のほうが吐くセリフですよね。

こう言うセリフが出てくる時点で既に敗けは決まっていたと(爆)。