時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第20話その2 白銀の戦乙女




「ようこそ、我が部隊へ。

 本来なら茶ぐらいは出して歓迎の意を表すべきなんだろうな。

 ああ、残念ながらここの連中は俺も含めコーヒー党で、紅茶は切らせてる」



「はっ! よろしくお願いします、オオサキ中佐。

 茶葉は私物ですが、G.F.O.Pのものを持参しましたので。

 セカンドフラッシュですが、なかなかのものです」



「それは、ありがたい。

 聞いただけで趣旨変えしそうだな」



着任の報告を行ったアリサに対し、シュンは軽い冗談を口にしてみせた。

まことに野戦指揮官らしいふてぶてしさが顔に表れていた。

軍歴のほとんどを実戦部隊指揮官として過ごしただけはある。

アフリカ方面軍にいた頃は各地で多発するクーデター騒ぎに介入した連合陸軍の部隊を率いた経験もあるはずだった。

この戦争が始まる前から実戦経験のある指揮官というのは非常に稀有で貴重な存在だった。

更に今まで生き残っているというならなおさらだ。



しかし、それは軍事的な才能であってアリサが懸念する類の『才能』に関してこの中佐は不足しているように見受けられた。

ようするに女性うけするようには見えないということだ。

野戦服は泥と汗とそれ以外の赤黒い何かで入念にまだらの迷彩が施され、

さらにはほったらかしの無精ひげと寝不足によると思われる濃い隈がフェイスペイントを不要にしていた。

こう言っては何だが、町で春を売るその手の女性ですら断りかねない。

まあ、警戒状態を維持しつつけねばならない状況下の野戦指揮官などそんなものだが。



「中佐、サイトウ伍長以下、整備分隊7名帰還いたしました!」



「ご苦労、少し待て」



手渡されたカードを携帯端末に入れて情報を解凍。

整備備品の納入書にざっと目を通してからそのデータを保存し、カードだけ返す。



「やたら多いな、おい」



「はい、中佐。 なにしろカスタム機は互換性のある備品を探す方が大変なくらいですから」



そうだよなぁ、とぼやくシュンだったが、すぐに真顔に戻る。



「命令。 カキツバタへの物資搬入を済ませておけ。

 あとの細かいことは任せる。 以上」



「はっ、カキツバタへの物資搬入を行い、

 しかるのちに例の戦略物資に関しても処置を行います」



「作戦の成功を祈る」



にやりと笑みを浮かべたシュンが敬礼して去るサイトウに答礼をおこなった。

それから『例の戦略物資』とは何だろう?と訝しむアリサに向き直った。



「中尉、申し訳ないがさっそく仕事にかかってもらいたい。

 君たちの機体を積んだ輸送機が到着したようだ。

 悪いが、格納庫まで運んでくれ」



言葉遣いは丁寧だが、実質的には命令だった。

そして軍隊では命令は受けるしかない。



「了解しました、中佐。

 それで、機体はどこに搬入すればよろしいですか?」



当然の質問に、シュンはああ、と答えてから告げた。



「カキツバタ。 俺たちの……そして君らも乗ることになる艦さ」







カキツバタは優美と評していい艦だった。

1番艦であったナデシコのように破天荒な実験艦としたようなデザインでもなく、

2番艦のコスモスのように途中で艦種さえ変えられるような大改装を行ったような泥臭さも感じられない。

ナデシコ級において初の実戦型戦闘艦として設計されただけのことはあると思える力強さがそこにはあった。

船体中央に据え付けられたGBはナデシコの配置を踏襲しているが、

ナデシコとは逆に上下に配置されたブレードが騎兵の槍のように船体から前方へ向かって突き出している。

事実、このブレードはDFの展開用であると同時にレールカノンの砲身もかねている。

他にも艦舷側に連装で装備されたレールカノンを2基とVLSで各種ミサイルを運用することもできる。



それはまさしく人類が生み出した破壊兵器以外の何物でもなかった。

単艦の性能で見るなら恐らくは地球圏最強と言って過言ではないだろう。



ただ、問題は、

「搭載機が36と言うのは、少ないわ」



ナデシコから続く機動戦艦の血筋を受け継いでいるカキツバタも当然のことながら機動兵器を運用できる。

それもナデシコに比べれば常用36機、予備機8機とはるかに多い。

宇宙軍と陸軍では基本となる編成が異なるために一概に比較できるものではないが、36機の定数は陸軍では2個中隊相当となる。

宇宙軍では中隊を基本として部隊を運用するため、これでも問題はないのだが、陸軍は規模が違う。

通常の戦術レベルの戦闘でも作戦上での構成単位は中隊から大隊、更にその上の連隊を基本としている。

最近は汎用性の高いエステやスノーフレイクの登場で事情が変わってきているとはいえ、

諸兵連合が基本となる陸での戦闘ではいくつかの兵科の異なる部隊の中隊や大隊・連隊を組み合わせて戦闘団を形成する場合が多かった。



シュンの麾下にある第13戦闘団もその1つだった。

基幹となるのはエステやスノーフレイクを要する機動機甲部隊(宇宙軍では単に機動部隊)だが、

他にも砲兵や機械化歩兵、施設隊、整備隊まで含めると相当数に上る。

とてもではないが、カキツバタ一隻で運び切れるものではない。

逆にこの36機だけで何とかしようと考えているなら、それはそれで悪夢だ。

エアカバーも砲兵の支援もなしに吶喊するというのは遠慮したい。できれば永遠に。

そもそもカキツバタ個艦防空のための必要数しか積んでおらず、

機動兵器を陸軍のように侵攻(もしくは防衛)のための中核の戦力とみなしていない宇宙軍の思想から見れば別段これで不足はない。

が、それを無理やり陸軍で運用しようとするからこんなことになる。



「強襲揚陸艦がさらに2隻随伴します。 そっちにはスターチスやスノーフレイクも積むようですが」



案内を買って出たサイトウ伍長が説明する。

強襲揚陸艦はその名の通り、前線近くまで侵攻し機動兵器などの陸上兵力を揚陸するための艦である。

外観は宇宙軍の機動母艦と似て箱型に近く、相違点を上げるならカタパルトを有しないことと、ヘリやSTOVL機用のフラットな全通甲板を持つことだ。

他にも艦首に開門を持ち、そこから搭載機を発進させることができる点などがある。

搭載するのは何も機動兵器に限らず、歩兵戦闘車両や自走砲の類も乗せるし、兵員を輸送することもある。

一応は航宙能力もあるが、その場合は機動兵器を発艦させるには艦首の開門を開くか、エレベータで甲板まで上げる必要があるのだが、

機動母艦と違って格納庫に再与圧するような機能がついておらず、カタパルトハンガーと格納庫が隔離されていないというのもあっては

宇宙空間でまともに運用できるかという点には疑問符がつく。

そういうわけで外観はともかく、運用に至ってはほとんど別物だった。



「実質、第13戦闘団は2個分の増強大隊となるはずです」



以前の規模に比べればこれは明らかに少ない。

ケルンでの戦闘以前では定数は1個連隊規模(4個大隊+本部中隊+支援部隊)からなっていたから、

半分とまではいかないまでもかなり人員も減っていることだろう。

そのことをサイトウに言うと、複雑、というか日本人特有の曖昧な笑みが返ってきた。



「ええ、戦闘員に限って言うなら確かに。

 大隊指揮所がカキツバタ内に設置されますし、整備もカキツバタや揚陸艦の設備が使える分、人員が少なくてすみます。

 でも、実際はカキツバタや揚陸艦のクルーを含めるとさほど人は減っていないんですが」



「戦力の方は?」



そう訊いたのは後ろを付いてきていた少尉だった。

人員が変わらずに戦闘員が減っていれば当然の懸念だろう。

特に戦力は兵力の自乗で効いてくるから、これは痛い。

が、サイトウはあっさりとそれを否定した。



「質的には向上してますよ、中尉」



「質的には?」



貧乏軍隊が良くやるのが規模を縮小して、逆に質を上げるという手段だ。

規模を拡大しつつ質の向上ができればそれが最良なのだが、主に予算面の制約からそれは難しい。

戦争中と言えども政治屋は軍に多大な予算をつぎ込むことにいい顔をしない。

量か質かと問われた場合、今の軍人の大半は質を取るだろう。

戦争初期においてバッタに手も足も出なかったことは記憶に新しい。

逆に搭載できる艦載機数の制限で数を減らすなら質を上げなくては戦力が維持できない。

質が向上するのは、それはそれで喜ばしいのだが、



「寄せ集めの大隊で、質的向上?……ちなみに言葉を選んでいるわよ」



「1つのシステムとしての現状を語るなら確かに。

 エステ2と小隊長以上にはスーパーエステが配備されていますが、

 連携と言う点では新兵よりややましといった程度でしょうね」



カキツバタをはじめとする最新鋭の装備が渡されているのは、

逆にいえば真新しい物だらけで慣れていないということでもある。

アリサの小隊は前線に近い部隊だったため、比較的最新の装備が揃っていた。

装備の更新回数が多い……つまり、すぐに壊れてしまうからだ。 時には中の人間ごと。



「ただ、個の質が桁違いに高いんですよ」



その言葉にアリサはここに来る前に見聞きした噂を思い出す。



「漆黒の戦鬼のこと?」



何気なく告げたつもりだった。

いや、現に声は平静そのものだ。

だが、アリサは胸にどろりとした粘性の感情を自覚した。



……嫉妬、だろうか?



自分はそんなに功名心のある人間だったろうかと自問。

答えは、否。

『白銀の戦乙女』と呼ばれることも煩わしさと紙一重だ。

では、何に嫉妬しているのか?



「はっきり言ってテンカワとシュバルツ・ファルケの組み合わせは凶悪です。

 使いどころさえ間違わなければ、単機でも戦況を塗り替えられるほど」



いや、いくらなんでもそれは……



そう言いかけ、サイトウの表情があまりに真剣で、複雑であったためにその言葉を飲み込んだ。

苦悩と羨望、そして僅かな畏怖の念と。

それらが混沌と入り混じったものが若い整備兵に張り付いていた。



「貴方の言うことを信じるなら、それは奇跡みたいなことね」



「ああ……そうかもしれませんね。 奇跡、月並みですがぴったりだ」



それからサイトウはポツリと囁くように告げた。

だとしたら、奇跡を起こせる彼は何者なんでしょうね、と。

だから英雄なのね、と答えたアリサは、しかし、また黒い感情が湧きあがってくるのを自覚した。







格納庫をまわる前に時刻は昼を少し過ぎていた。

通り道と言うこともあり、サイトウは先に食事を済ませることを提案し、

(カキツバタのメシはちょっとしたものですよとサイトウは自慢気に語った)

アリサは早くそのシュバルツなんとかを見たかったのだが、

熱心に勧められた上に姉のサラも今の時間なら食堂に居ると言われ、承諾した。



「サラさん。 妹さんが……」



「姉さん!」



サイトウがサラを呼ぶ前にアリサは姉のもとへ駆け出していた。

何事かと食事中だった兵たちの視線が集まるが、無視。



「アリサ?」



対するサラは突然の再会に目を瞬く以外の反応を忘れたような様子だった。

10mの距離を一気に詰めた妹に対し、ようやっとのことで微笑んでみせる。



「どうしたの、急に?」



「それは私のセリフです。

 突然……姉さんが……お父さんやお母さんも………」



「聞いたのね、2人のこと」



「ごめんなさい。 私、でも……」



そこで言葉を詰まらせたアリサに、サラは優しい微笑を浮かべたまま頷いた。



「今ならアリサの言ったことも少しわかる気がする。

 守るために戦わなければならないときもあるって」



「姉さん……変わったわ」



予想とはだいぶ違う姉の反応に、戸惑いと嬉しさが入り混じった微笑みをもらす。

思えば、両親のことを聞いてからずっとこんな風に笑ったことはなかった気がする。

(別種の笑みは浮かべたような気もする)



「そうね。 アリサ、女は恋をすると変わるのよ」



が、その一言で微笑は凍りついた。



「それって、例の、日本人の恋人の、ことですか?」



センテンスごとに力強く区切ってみる。

どう考えても絶対に他の意味には取れないように。



「それも聞いたのね」



対するサラの反応はあっさりしたものだった。

しかし、軽く頬を染めているあたりが初々しい。



「そ、そうですか。

 是非とも紹介してもらいたいです」



「え? 紹介するも何も……」



サラがそう言いかけたときだった。



「ああっ、中尉! あれがテンカワですよ」



なぜか焦ったようにサイトウがビッと一点を指差す。



「テンカワ・アキト?」



見ればサイトウが厨房の中で鍋をふるう青年を指差している。

年の頃はかなり若い。 が、東洋人は実年齢より若く見えるからもしかしたらアリサより年上なのかもしれない。

しかし、それを差し引いたとしてもだいぶ若い。

それに、広報で言う戦鬼のような猛々しいイメージもまったくない。

むしろ優しげとさえ言えるような眼差しと幼さを残した容貌だ。

加えてエプロン姿に手には中華鍋とあっては、ただのコックの兄さんにしか見えない。



「あれが?」



「はい。 あれが、です」



アリサのような反応には慣れているのだろう。

サイトウが微苦笑混じりに答える。



……もしかして、からかわれているのだろうか?



そんな疑念が過ぎる。

まあ、確かめてみればいいか。



パイロットらしい即断即決でアリサは行動に移った。

サラに断ってカウンター越しに青年に声をかける。



「貴方がテンカワ・アキト?」



少し不躾だったろうか。

前置きも何もなしに誰何したのだから。

しかし、テンカワ・アキトの実物を目前にして気分がささくれ立つのを感じていた。

理由はわからない。

初対面の相手になんでこんなに腹を立てているのかも。



「え? アリサちゃん?」



いきなり名前にちゃん付けで呼ばれ、自分の所業は正しかったと思う。

同じく初対面の女性に対する反応としては馴れ馴れしすぎるとアリサは思った。

まるで、昔からの知り合いに思わぬところであったと言わんばかりの反応ではないか。



「アリサ・ファー・ハーテッドです。

 姉が……サラがお世話になったと」



「えっと、うん。

 でも、なんで俺のことを?」



「姉から聞きました。

 貴方こそ、なぜ私のことを?」



サラとアリサは双子かと思うほどよく似ている。

事前にアリサのことを知らなければ、サラと間違えてもおかしくない。



「あっ」



「『あっ』?」



あからさまに『しまった!! しくじった!?』と表情で全力主張している。

やっぱり自分は騙されたのかもしれない。

よくわからなが、この男はぜったい迂闊だ。



「……サラちゃんから話は聞いてたし」



「なぜ視線をそらしているんですか?」



姉さんまで名前で……と思ったが、恋人ならそっちの方が合っているはずだ。

納得はできないが、理解はできるというやつだ。 軍ではよくある。



「でも、それは本筋とは関係ありませんから。

 私が聞きたいのは、姉さんとのことです」



「サラちゃんとの?」



「そうです。 姉さんはとことん軍が嫌いでした。

 私の両親がそうだったように」



ああ、確かそうだったね、とアキトは呟いた。

視線はアリサを見たままだが、思考はどこかへ飛んでいるように焦点が定まっていない。

それがアリサを苛立たせる。



本当に、姉さんはこんな男のどこがいいのか。



「その姉さんが、軍の基地に居るなんて……」



「うん、それは確かに俺にも責任はあると思う。

 テアさんのところを紹介したのは俺だし」



テアさん、のところでアキトは苦いものを飲み込んだような表情になった。

それが何なのかアリサはわからなかった。 また、その表情から不用意に触れるべきではないと判断する。

従って、彼女は自分の意見を述べることにした。



「それには感謝します。

 でも……私は貴方が姉さんの恋人だなんて認めません」



「ちょっと待った、アリサちゃん俺は ――」



「待ちません」



きっぱりと言い切ると、さすがにアキトも黙る。

一方でアリサも自分の感情の正体に気付いていた。

これがある種の嫉妬であることには違いない。

だが、それが何に対するものなのかというのはわからなかった。

しかし、今はっきりと自覚する。



……私は両親を守れなかった。 だけど、この人は姉さんを守れた。



両親の死をアキトに責任転嫁できるほどアリサは気楽でも無恥でもなかった。

軍人として能力の限界というものを日頃から痛感していたこともあっただろう。

彼女は軍学校の初等教育での教官の言葉を今も忘れられない。

それは陸戦における市街地戦の講義でのことだった。



教官は『敵が市街地に迫りつつあり、しかしこちらは住民の避難が完了していない。 諸君らならどうするか?』

という題目(実際はもっと細かい状況設定がなされるのだが、ここでは端折る)で生徒同士に議論させた。

市街地外での野戦という意見が出たが、それは兵力の不足から敵に殲滅される可能性が高く、

同じ理由から迂回された場合に無防備な都市部を制圧されると言う理由で真っ先に却下された。



では市街地で戦うのか?

その場合、避難が完了していない住民が兵の移動の妨げになる。

エステのような機動兵器があったとしてもそれは同様だった。

加えて避難民を戦闘に巻き込んで死傷者を出しかねない。

機動兵器から警告を与えながら移動してはどうかという意見もあったが、それだけで済む問題ではないのは現実を見れば明らかだった。

まさか踏み潰して前進するわけにもいかず、結局、白旗を揚げて教官に模範解答を求めたのだが、

生徒たちの議論を聞いていた教官はにやりと笑ってこう答えた。



――― 教官にも、わからん



ようするに軍にも限界はある。 何もかもがうまくゆく選択肢があるわけではないということだった。

そのときは単に呆れただけだったが、ケルンでの戦闘報告を読んだときアリサはこのときのことを思い出した。

ケルンでの状況はまさにこのときの通りであり、部隊指揮官はかつてアリサに限界を知ることを教えた教官 ――― オオサキ・シュン少佐(当時)だった。

向こうからしてみれば当時はその他大勢の扱いだったアリサのことなど覚えていないだろうが。



だからアリサはシュンのことを恨む気持ちにはなれなかった。

何もかもが泥沼のような戦場にあって、最善を尽くして多くの人命を救った指揮官に対しては

賞賛と敬意以外の何物をも向ける感性を持ち合わせていない。 しかし、それが逆にアリサ自身を追い詰めてしまった。

他者を安易に恨むには聡明であり過ぎ、しかたがなかったと諦観を抱くには両親の存在は大き過ぎた。

結局、その責は自分に向けられた。



「なんで、貴方は大切なものが守れたのに」



「そんなことはない」



小さな声だった。

危うく聞き逃してしまいそうになったほど。

だが、アリサはその言葉を聞き、そしてアキトを見た。



「……全部守れたなんて、そんなことなかった」



静かでまったく平坦な声のはずなのに、アリサは背筋が凍るほどの恐怖を感じた。

と同時に踏み込むべきではなかった話題に触れてしまったことを悟る。



「ごめ ――」



思わず謝罪の言葉を口にしかけ、しかしそれは最後まで紡がれることはなかった。

別種の緊張を呼び起こすけたたましいサイレンによって遮られたからだ。

その意味することは一つ。



「敵襲!」



誰かが叫び、一気に食堂は騒然となった。

アリサが状況を問い合わせ、ハンガーへ急行するように命じられる頃には

話どころではなくなって、すでにアキトもその場には居なかった。







ようするにこういうことだった。

うまくいかないことはとことんうまくいかないものだと。



「カキツバタは整備中で出撃できません。

 空軍にエアカバーを要請したようだけど、到着は遅れそうです」



コクピットに滑り込んだアリサにサイトウは手早く説明した。

白銀に塗装されたスーパーエステは既に整備を終えており、ジェネレータの低い唸りでもって主人を出迎えた。

彼女の体に合わせて調整されたシートはよく馴染む。



「援軍は来る予定ですが、それまで20分持たせてください」



「20分……陸戦では永遠にも等しい時間ね」



現代戦はだいたいにおいて30分でけりがつくと言われる。

エレクトロニクスの発展による兵器のハイテク化によって高効率の戦闘が行われるからだった。

例えるなら達人同士の決闘のようなもので、始まってしまえば勝負は一瞬でつくというようなものだ。

お互いに百発百中の武器で撃ち合えばどうなるかは想像に難くない。



「了解。 でも、テンカワ・アキトも出撃するのでしょう?」



意地悪くアリサが言った。

しかし、サイトウは首を振る。



「あいつには別の仕事がありまして」



それにシュバルツ・ファルケは実に難物でして、と付け加える。

試作機ゆえのメンテナンス性の悪さや初期不良と言うべきものが多発していることを示唆していた。

そんなものだろう、とアリサも思う。

結局のところ他人はあてにできない。



「……いいわ。 今度は私が守る番だから」



きつくグリップを握る。

IFSが輝きを増し、通常動作モードでシステムを起動。

正面のウインドウにチェック項目が流れていく。



「ハーテッド中尉」



ハッチが閉じられる直前、サイトウが声をかけた。

手元での操作 ――― と言ってもIFSで行えるものが大半だが ――― は止めないままアリサは顔をあげる。



「生きて帰ってください。

 そうでないと困る人が多くて」



「姉さんにこれ以上肉親を失わせるつもりはないわ」



「そうですね、まったく」



サイトウは快活な笑みを浮かべる。

が、次の瞬間にはそれを消して真剣な表情で告げた。



「それなら、あとで話があります。

 中尉にとっても大切なことなので」



「貴方にとっては?」



「重大で重要ですよ、もちろん」



まさか愛の告白だろうか? いや、でも会ったばかりだし。

確かに今までそんな経験が皆無と言うわけではないが。



「では、御武運を」



「ありがとう。 でも、心配は無用かもしれないわ。

 私は戦乙女らしいから」







出撃できないと言っても、なすべきことがなくなったわけではない。

カキツバタの艦橋でオオサキ・シュン中佐は艦長のアオイ・ジュンと共に部隊への指揮に追われていた。

本来は艦載機部隊の指揮権は艦長にあるのだが、陸軍で運用される戦艦であるカキツバタの場合はいささか事情が違う。

すべての部隊の指揮権は戦闘団の隊長であるシュンにあり、カキツバタにしてもその例外ではない。

戦艦でさえ不足している砲兵の代替という扱いでしかなかった。



「とにかく機動兵器を上げるしかない。 何機出せる?」



「掻き集めて現状では90機。 スノーフレイクを含めて170機でしょうね」



「敵は200だぞ。 くそっ、足りない。

 なぜここまで接近されるまで気付けなかったんだ!」



敵はほとんど目と鼻の先と言えるくらいまで接近していた。

基地防空隊と警備隊が応戦しているものの、中隊程度の兵力では壊滅は時間の問題だった。



「新型のステルス装置です」



こんなときですら冷静にジュンが告げる。

陸戦にはまったく疎いので作戦指揮に関してはシュンに一任し、参謀役に徹している。

ありがたいことにジュンは優秀で、しかも過大なプライドを持ち合わせていなかった。



「先行して侵入したバッタの何機かが背中に見慣れないものを積んでいました。

 装置そのものは見覚えがありませんが、レーダーはもとより、赤外線走査や目視の監視網すらすり抜けたとなると……」



「おい、聞いたことないぞ、そんな魔法みたいなもの」



魔法か、過ぎた科学は魔法にしか見えないというけど。

シュンはそう思い、内心で苦笑をもらした。 無論、表情は変えない。



「以前……ああ、ナデシコにいた頃の話ですが」



「前置きはいい」



「失礼しました。 たぶん、ミラージュコロイドです」



「そいつが魔法の正体か?」



“魔法”の部分を強調した発音で副官のタカバ・カズシ大尉が訊く。

階級から言えば彼の方がジュンに敬語を使ってもおかしくないのだが、この部隊ではあまりそういったものは気にしていない。

シュンにしてもいつのまにかナデシコに毒されていたらしく、カズシの態度はむしろ好ましいとさえ感じていた。



「パッシブステルスの一種で、AGIの試作機が搭載していました。

 エステの空戦フレームのセンサではまったく捉えられませんでした」



「なんでそんなものをバッタが?」



「その試作機はナデシコが回収しに行ったんですが、目前で敵に奪われましたから」



シュンが唸る。 カズシが賞味期限切れのケーキにかぶりついたような表情をした。



「全機に積んであるわけではないところを見ると、量産は難しいみたいですね。

 ペイロードの関係で大した武装もつめないみたいですし」



「だが、問題は……」



「そうです。 探知できない敵が何機侵入しているかわからないこと。

 そしてこれだけの“探知できる”敵に侵入を許したとうことは、警戒用のレーダー施設は破壊されていると見て間違いありません」



「対抗策は?」



「宇宙ならお手上げです」



意図してフランクな態度でジュンは告げる。

内心では冷や汗をかいているが、態度は平静を装うべきだった。

動揺を丸出しにして語っても意見を無視されるだけだ。



「ですが、ここは地上ですから宇宙では伝わらないものがあります」



その一言でシュンは理解した。

コミュニケを開くとすばやく整備班に指示を出す。



「ソナーだ! 振動センサと音響ソナーをあるだけ基地周辺にばら撒け!

 それから、敵が侵入している可能性がある。 警告を」



「どこの部隊にやらせます? 手の空いてる奴なんていませんよ」



「撒くだけならACV(装甲戦闘車両)にだってできる」



「失礼ですが、中佐」



ジュンが口を挟む。



「ろくな防御力も持たないACVでは撃破されるのがオチです。

 バッタを撃破可能で多少の被弾にも耐え、それでいて迅速に戦場を巡れる兵器が必要です」



「だが、機動機甲部隊は迎撃に……」



「はい。 ですから、彼らに出てもらいます」



ジュンの言葉の意味することを理解し、シュンは自嘲を浮かべた。



「確かに現時点では戦力外にカウントされてる連中だしな」



「それとテンカワも」



「必要か?」



頷く。

シュバルツ・ファルケは他のエステと違ってスタンドアローンが可能になっている。

スノーフレイクと違い、大容量バッテリーと高分子ポリマーバッテリーによって稼動するため、赤外線放射量も少なく、

加えて装甲も強化されており、そのくせ並みのパイロットでは扱えないほど圧倒的機動力を誇る。

現時点での切り札だった。



「チューリップがいます」



ジュンの言葉にカズシを見るが、首を振った。

つまり現時点における確定された情報ではないということだ。

それなのにジュンは断言して見せた。



「敵の発見率の増加が大きすぎます。 基地のレーダー網による遠距離探知ができないとはいえ、

 空軍のAEW(早期警戒機)が空中待機していますし、戦略情報軍のJ-STERS(統合作戦指揮機)も出張っています。

 それらからの情報を総合すると、どこかにチューリップがいます。 恐らくは1基」



「敵のECMでAEWの方も怪しいぞ」



「ですが、それは『探知できていない』方であって、これは探知された方の状況からの判断です。

 あとはミラージュコロイドの限界もありますし」



手早く意見をまとめ、ジュンはコミュニケに表示して見せた。

AGIが渋々ながらに提供した情報によれば、試作機 ―― YTM-16<スノーウィンド>に装備されていたミラージュコロイドは

消費電力が多く、バッテリーでは長時間稼動させられないという欠点があるらしい。

エンジンを止める必要があるのは、さすがにエンジンの廃熱までは隠し切れないからだった。

それにアクティブ系の探査手段(例えばレーダー)なども自己の存在を暴露するために停止させる必要があった。

ディストーションフィールドを探知できる空間走査センサが実用化された現在ではDFですらご法度である。

それを要約すればこうなる。



「ミラージュコロイドを使ったにせよ、唐突に現れすぎた。

 こんなに短時間に大部隊を展開するにはチューリップしかありえません」



いくらなんでもあれだけの大群が移動していて、誰も気付かないのはおかしい。

ソナーを使うように指示したことからもわかるように、音は隠しようがない。

はじめから隠密性を考慮されて静音処置が施されていたスノーウィンドならともかく、

バッタにそれほどの手間暇をかけて改造する意味も大してないだろう。



「ですから、僕らはなんとしてもチューリップを補足・撃破する必要があります」



「ソナーを撒きながら、補足した段階で急行し、これを撃破か」



「ただし、時間との勝負になります」



理由は明快だった。

時間が経てばそれだけチューリップから吐き出た敵の数も増えてゆく。

対するこちらの数は減る一方。

とてもまともなパイロットにできる仕事じゃないな、とシュンは自嘲した。

うん、だからこそ彼らなのだろう。







カキツバタからステルス機の存在を伝えられたものの、アリサにしてみればどうしようもないというのが正直なところだった。

目に見えているだけでもざっと30機を越える敵機が迫っている。

しかも……



「ヴァルキリー・リーダーより、鳳(おおとり)。

 敵機動兵器群を目視。 ゴマ粒のような大きさね」



AWACS(空中早期警戒管制機)を呼び出したアリサは手短に報告する。



「鳳よりヴァルキリー・リーダー。 正面正対戦は危険だ。

 右旋回17度」



言われるままに機体を旋回に入れる。

眼下の風景画が傾斜し、旋回による横殴りのGが機体を軋ませた。

しかし、慣性中和によってパイロットにはほとんど影響がない。

地味ではあるがこの装置こそがパイロットにとって最大の功労者と言えるだろう。

肉体的に弱い10代の若者でも対G訓練をほとんど受けないで18Gの旋回を容易にこなせるのだから。



「鳳、データリンクが途絶しているようですが?」



AWACSはエステに比較して桁違いの情報収集能力を持っている。

宇宙軍なら情報収集と管制を受け持つのは母艦だが、陸軍では空軍や戦略情報軍から出向しているAWACSやJ-STERSがこれを担当する。

通常ならエステと管制機はデータリンクで結ばれており、前線の情報は後方のAWACSに送られ、またAWACSが収集した情報も前線に送られてくる。

だが、今は肉声による指示はあっても戦闘のデータが送信されてくることはない。



<敵のECMだ。 こちらも先行した偵察機が撃墜された。

 以降の管制はボイスで行う>



「了解、鳳」



22世紀も末になったというのに肉声による管制とはなんとも前時代的だが、通信までは妨害されていないのでこれしか手はない。

エステのレーダーは先刻から真っ白に飽和していた。 スーパーエステのECCMをもってしても排除できないと言うことは敵は相当に本気だ。

それでもバッタが相手ならエステ2でも十分に渡り合える。 ましてやスーパーエステなら勝敗は明らかだ。

数の差は質とAWACSの存在で補える。



だが、そんな計算は一瞬にして破られた。

先行していた味方から切迫した声が上がる。



<敵機増速 ――― くそっ、こいつらはバッタじゃない!>



<鳳より、ヴァイス3。 増速を確認。

 敵機を目視したか?>



詳しい状況はわからないが、どうやら敵機はバッタにしては速すぎるらしい。

運動性能は桁違いに高いがバッタの最高速はスクラムジェットの戦闘機には劣る。

それならあるいは空戦に特化されたカナブン・タイプか……。



<薄い雲がかかって……いや、敵機視認(タリホー)。

 なんだって! 後ろにつかれた!?>



<ヴァイス3、詳しい報告を>



<――― 敵は人型だ!>



爆発音。

空電に向かって管制官が呼び出す声だけが残った。







銀の残光が視界の隅をかすめた。

それとほぼ同時に相手の方はイミディエットナイフによって胸部を貫かれている。



「よりによって……」



二式局戦<飛電>の胸部を貫いたアリサは愛機のコクピットで呻き声を漏らした。

基地を強襲したのはバッタではなく無人化された飛電の部隊だった。

一式戦<尖隼>は欧州戦線に投入されていなかったため、アリサたちにとってはこれが対人型兵器の初実戦となった。

日頃の訓練ではむしろ仮想敵にエステやスノーフレイクを用いて模擬戦をやるため戸惑いは少ないが、



「手強いッ」



接敵した味方は一撃で7機が叩き落された。

こちらも相当数を落としてはいるが、何しろ数が多い。

いつものバッタほどではないが、少なくともこちらと同数以上はそろえている。

これが陸空宇宙を問わず木連が優勢を確保できている理由だった。

チューリップがあれば必要数を迅速に戦場へ展開することができた。

ベテランパイロットでも一度に何機も相手にするような戦闘を繰り返していればいつか疲弊してしまう。

今回起こった戦闘もその様相を見せていた。



飛電の30mm機関砲ではエステのDFを相手にするにはいささか火力不足だったが、当たれば無傷では済まない。

立て続けに被弾してついにはDFを破られ、コクピットを直撃した砲弾が容赦なくパイロットの生命を奪った。

逆にエステのアサルトライフルの高初速弾が飛電のスラスターを撃ちぬく。

轟音が響き渡り、誘爆を起こした燃料式スラスターによって腕を肩からごっそりと失った飛電がバランスを崩して降下してゆく。

それは回復することない死のスパイラルだった。



敵にとっての脅威は空にのみ存在するわけではない。

地上からは展開を終えたスターチス隊から猛烈な対空砲火の洗礼が浴びせられる。

味方に当てないように射撃が行われる空域は限定されているものの、それだけに密度は弾幕そのものだった。

運動性能を犠牲にして火力を稼いだスターチスはここぞとばかりに全力で自己主張を上げたのだった。

もっとも、それに対する返答もかなり過激なものだった。

飛電のミサイルポッドから30発以上のマイクロミサイルが地上へ降り注ぎ、仮初の煉獄を出現させる。

エステと違いDFの鎧を持たないスターチスが耐えられる道理もなく、兵装が誘爆して更なる地獄を撒き散らす。



スノーフレイクのレールガンの直撃を受けた飛電が運動エネルギーだけで頭部を吹き飛ばされた。

立て続けに胴を直撃した超音速の砲弾によって大穴が開き、強化樹脂とCCコンポジットの複合装甲材が空中に散華する。

が、次の瞬間には飛電を撃ちぬいたスノーフレイクも上空から降下してきた敵機に唐竹割に両断されて機械油と人体の破片を撒きながら爆散した。



まさに乱戦だった。

しかし、全体の優勢は連合軍の側にあった。

機体の性能差はエステ2と飛電に限るなら大してなかった。

スーパーエステやスノーフレイクに至っては運動性能と瞬発的な加速性能を別とすれば他の全てで飛電を優越していた。

何より連合軍にはAWACSがある。

多少の性能差など全体を俯瞰し管制できる存在に比べれば微々たるファクターに過ぎない。

今まではそれを圧倒するような数が敵にあったのだが、飛電の数はこちらとほぼ同数だった。



このままいけば損害を出しつつも負けることはないはずだった。

AWACSが存在しつづけることと、これ以上の敵が現れないことが前提だったが。

それは逆に木連側にも逆転の機会が十分に残されているということでもあった。

そして、それは同時に実行に移された。



<――― 全機緊急回避!>



コールサインもなしにいきなりの警告。

が、反射的にアリサはその指示に従っていた。

フットペダルを踏み込み急加速させた機体を地面に向かって降下させた。

一瞬の間を置いて空間を圧倒的なエネルギーの奔流が薙ぎ払う。

アリサのようにとっさの回避に間に合わなかった数機が巻き込まれて蒸発する。

地面との衝突をかろうじて避けたアリサがそこに見たのは圧倒的と表現する他ない代物だった。



「ヤンマ級!?」



木連の無人戦艦としてもっともスタンダードな双胴の船体を持った巨大な質量が宙に在る様はまさに圧巻だった。

しかし、その船体は艦首から半ばほどまでしかなく、中央からエンジンブロックまではそこに存在していない。

半分のヤンマ級戦艦は立て続けにインパクトレーザーを吐き出した。

それは真昼に幽霊でも見たような奇妙な光景だった。



エンジンブロックが存在しないのにどこからエネルギーを……

そこまで考えてアリサは気付いた。

慎重に機体を正面のやや下方、戦艦にとっての死角に潜り込ませる。

そこには案の定の光景があった。

空に虹色の境界面が生じている。

ヤンマ級はその境界面から生えているのだった。



「チューリップ!」



境界面からはヤンマ級を囲うように岩でできた角のようなものが4本突き出ているが、

それはまさにチューリップの開口部に他ならなかった。



ジュンたちの予想は半分正解で半分は間違っていた。

ミラージュコロイドで侵入してきたのは機動兵器ではなくチューリップそのものだった。

間近まで探知できなかったのも当然である。



「ヴァルキリー・リーダーより、鳳!

 チューリップは例のステルス技術で潜入している!

 どうしたの、鳳!?」



呼びかけるが、返答はノイズだけだった。

そこで悟る。 今の一撃はアリサたちを狙ったのではなく、AWACSを撃墜するためのものだったのだと。

管制機を失った部隊の統制は乱れていた。

こうなると純粋に数と個々の性能の勝負になってしまう。



「後退しましょう、中尉!」



小隊先任軍曹が具申する。

が、アリサはためらった。



「ダメよ」



その一言でアリサは部下の意見を却下した。



「私たちが最後の砦。 たとえ灰になっても敵を通すわけにはいかないのよ」



「たとえ灰になっても、ですか?」



軍曹の声は地獄で聖書の一文を読み上げるかのようだった。

ここで退けばあとは無防備な基地をさらけ出してしまう。

ろくな対艦装備を持たない基地守備隊では戦艦相手には無力だ。



「ええ、そうよ。 私は“戦乙女”。

 その矜持にかけて守り抜いてみせる!」



今度こそ守り抜いてみせる。

あの基地には大切な姉がいる。

今度こそ失えない人がいる。



「了解。 お供しますよ、我らが女神殿。

 たとえ弾尽き剣折れようとも、我らが矜持をかけて」







基地守備隊は勇戦した。

さらに戦艦から放出されたバッタに更なる損害を出しつつも再三に渡ってそれを退け続けた。

アリサたちの小隊も飛電を相手に同数以上の敵機を屠った。

ライフルの弾が尽きればアリサはフィールドランサーを振るって4機を撃墜した。

まさに戦乙女の異名に相応しい奮戦といえよう。



「状況報告ッ!」



「2機大破、1機小破ながら戦闘には参加可能!

 なれどバッテリ残量がありませんぜ」



しかし、それだけに損害も大きかった。

2機が行動不能になるほどの損害を受け、アリサのスーパーエステも左腕を流れ弾で失った。

何よりも痛かったのは発電車両を喪失したことだった。

スーパーエステはバッテリを使っても戦闘機動では20分と持たない。

それでもアリサは戦い続けた。

満身創痍の状況で、拳を叩きつけ、槍を突き刺し、ナイフで切り裂いた。



それがついに限界に達する。



「中尉ッ! 後方に敵機!」



警告を受けて咄嗟にアリサは機体を旋回に入れた。

が、それは間違いだった。

バッタ程度ならこれで十分に振り切れるし、仮に格闘戦にもつれ込んでもエステの運動性能なら勝てる。

しかし、今回の相手はエステバリスに対抗すべく開発された二式局地戦闘機装兵<飛電>だった。

ターレットノズルは4基が完全に連動する方式のため傀儡舞のようなアアクロバットな動きはできないが、

スーパーエステを上回る運動性能を獲得している。

アリサの機体を捉えるのにそう時間はかからなかった。



アリサがここで打つべき手は推力差にものを言わせて急降下で振り切ってしまうことだった。

しかし、その場合さらにバッテリ残量を削ることになっただろうが。



(……振り切れない)



敵機も弾薬を使い果たしているらしく、腰に挿していたブレードを抜いている。

射程が短い白兵戦用の武器であるが、切りかかられたらDFもほとんど役に立たない。

覚悟を決め、重力波スラスターの片方へのエネルギー供給を一瞬だけ停止。

推力のバランスを崩してコマのように回る機体を懸命に制御して反転。

流れる景色のなかに敵機の血のように赤い塗装を見つけると慣性で後方へ進みつつ、タイミングを計って急制動。

残った右腕でランサーを振るう。

対する敵機も巧みだった。

ターレットノズルの特性を最大限に生かして回避。

すれ違いざまにブレードを振るった。



「外したッ!?」



ランサーの切っ先は敵機の左肘から下を切断するに留まり、敵機の一撃はアリサのスーパーエステの右足を奪った。

バランスを立て直そうとするが、その前に旋回した敵機が挑みかかってくる。



――― 回避できない



一瞬にして絶望的状況を悟る。

左右にかわしても飛電なら追従してくるし、上昇で振り切るにはもうバッテリ残量がない。

残るは降下だが、振り切れるほどの急降下では満身創痍の機体が空中分解を起こす。



「ごめんなさい、姉さん」



自然とそんな言葉が口を突いて出る。

警告のウインドウがいくつも表示されるが、それを見る気力すらなかった。



……ちゃんと認めてあげればよかったかも



嫉妬から激しい言葉をぶつけてしまった相手を思い出す。

それから自分の守れなかった両親と、姉のことを。



これが走馬灯というのだろうか、そんなアリサの思考は次の瞬間に破られた。



「3カウント、ゼロで降下。  3…2」



静かな少女の声だった。



「1……ゼロ」



同時にレバーを倒し、降下。

空中分解しないぎりぎりの速度であるため、敵機は容易に追撃してくる。

まったくの不用意に。



さらに次の瞬間に起こったことは見ものだった。

目の前のスーパーエステに夢中になっていた敵機は横合いからの一撃をモロに受けた。

その一撃はたやすくDFの防御を打ち破り、装甲をひっしゃげ、構造材を叩き折り、文字通り飛電をぶった切った。



「ゲキガンソード『飛燕一文字』!!」



大砲に撃たれたかのようにバラバラになって吹き飛ぶ敵機を他所に、乱入者は高々と剣を掲げる。

否、それは武器と呼ぶにはあまりに無骨で、大きく、大雑把な……エステの全長ほどもあるそれはまさに鉄塊だった。



「……ヤマダさんそれは『フルンティング』だと」



「はっ、そんなフルチ○なんて名前は断る」



「ふ、フ○チンではなく、フルンティングです!」



……ああ、なんだろう。 この助かったのにどうしようもないやるせなさは。



ちなみにフルンティングとは北欧の神話に登場する英雄ベオウルフの剣で、

魔物グレンデルの母親を倒すさいに用いられた剣のことだ。

(もっともその戦いのさなかで曲がってしまい、ベオウルフは別の剣で倒したという、いまいち役に立っているのかわからない剣だが)



「失礼しました。 私はイツキ・カザマ。

 旧ナデシコのエステバリスライダー、第13独立戦闘団に着任しました」



「俺はダイゴウジ・ガイ。 ガイと呼んでくれ」



「いえ、いま『ヤマダ』って……」



「おっし! ここは俺たちに任せてあんたらは後退しな!!」



アリサの疑問を強引に流してダイゴウジ・ガイ(ヤマダ?)は大剣を振りかざした機体を前進させる。

その上空を旋回するのは空戦フレームを一回り大きくしたようなシルエットの機動兵器。

どちらも新型だった。

大剣を備えたAV-X01<カイラー>は独語でイノシシを意味する強襲用の機体で、同じくAV-X02<シュワルベ>は独語でツバメの意。

改空戦フレームで電子戦能力を中心に強化された指揮官向けの機体だった。

ともに配備されたばかりの員数外だったのだが、襲撃で急遽駆り出されたのだった。



「待って! チューリップが……」



「大丈夫です。 ソナーの敷設に手間取りましたが」



その言葉が終わる前に黒い影が疾駆していった。

疾風のごとく、迅雷のごとく。

そして空間の一点で急上昇するとそこから赤い光が10メートル以上に渡って伸びる。

振り下ろされる先にはミラージュコロイドで透明化されたチューリップ。



「まさか透明化して基地周辺を回っているなんて、見つからないはずです」



地面を揺るがすほどの轟音が響き渡り、両断された戦艦とチューリップが落ちた。

そのあまりに現実感に乏しい光景にアリサは見入ってしまう。



「これが……漆黒の戦鬼」



「あまり本人は好きでないようですが」



「特別扱いを嫌うんだよ。 そんだから、あまりイジメないでやってくれよ」



「私は、そんな……」



言葉に詰まる。



「暢気にあいさつする暇もありませんね。 方位1−2−0。 数6」



母艦たるチューリップを失っても引く気配はない。

抜刀した飛電が接近してきた。

アリサの機体はエネルギー切れで動くことはできない。

が、不思議と安心感があった。

人に頼るとはこういうことだろうか。



「……いくぜッ!」



カイラーが肩と脚部の燃料式スラスターを噴射。

重力波スラスターとの併用で一気に機体を加速させるとそのまま機体を捻り、遠心力で剣を振るった。

剣そのものにもDFの斥力場を利用した簡易ブースターが取り付けられており、これが一撃にさらに加速を加える。

逆に刀身に当たる側にはDF収束装置がつけられ、鉄塊にすぎないそれを名剣の名を与えられるに相応しい凶器へと変えた。

凶悪な運動エネルギーが叩きつけられ、胴から両断された上半身や千切れた腕が飛散した。

並走していたことが災いした敵機は5機が一度にその餌食となって吹き飛ばされる。



「一機残ったわ」



距離が近く、大剣を振るうのは間に合わない。

戻すには慣性がつき過ぎている。



「5時方向、距離200」



イツキの冷静そのものの声に反応し、カイラーは振り返った。

大剣を振るった右腕はそのままに小さな盾を備えた左腕を突き出す。

そして衝突。



「ゲキガン・ナックル!」



「だからそれは……いえ、いいですもう」



盾に備えられた杭が飛電の胸部を突き破っていた。

木連の収束瞬間展開型のDF技術もまるで役に立っていない。

それもそのはずで、ヤマダの言うところのゲキガン・ナックル(正式名はリボルビングステーク)は

電磁石の反発力を利用してDF収束効果を利用した杭を打ち出す近接戦闘用の武器だった。

収束に使うDFはDFSの反省から防御用とは別途に発生させるようにしており、そのためのカートリッジ式発生器を

リボルバー式弾倉に合計で6つ搭載している。 つまり、一回の出撃で使えるの6回までで、射程も短いものの威力はこの通りだ。



「はっはーッ! いくぜ、真・ゲキガンガー!!」



「だからそれはカイラーだと何回言えば……」



それでも難なく敵を駆逐していく2機に対し、色々な意味で畏怖を込めアリサは呟いた。



「あれが、ナデシコのパイロット……」



漫才みたいですね、と呆然と呟く部下の言葉にも頷くしかなかった。

空軍の増援が到着し、敵部隊を完全に駆逐し終えたのはそれから20分後のことだった。









ハンガーでアリサは待っていた。

一足先に部下のエステに抱えられたまま帰還した彼女は、速攻で医務室に放り込まれ手当てを受けた。

もっとも、もとより大した怪我ではなかったのですぐに解放されたが。



「来ましたよ、中尉」



漆黒の機動兵器が降り立つと、周囲から歓声が上がった。

照れたように頭をかきながら、なぜか謝りながら道を開けてもらっている青年。



「……テンカワ・アキト」



認めなければならない。

彼がいたからこの基地は救われ、姉も助かった。

整備兵たちに取り囲まれて「手荒く扱いやがって」だの「ガタガタじゃねえか」などと嬉しそうに文句をいわれている青年。

とてもそうは見えないが、彼こそが漆黒の戦鬼と言われるパイロットなのだと。



「姉さん……」



取り囲む人々の中に姉の姿を見つけ、微笑む。



「負けるわ」



認めるべきだろう、姉とのことも。

ふと、こちらに気付いてアキトがかけて来る。



「よかった。 無事だったんだ、アリサちゃん」



「助けられたわ。 ありがとう」



素直に感謝の言葉も言えた。



「それに、また姉さんを助けてくれたし」



「ああ、うん。 そのことだけど」



「おじい様もきっと理解してくれると思うから。

 私も認める。 貴方が姉さんの恋人に相応しいって」



アキトは困ったような、どうしようか悩んでいるような笑みを浮かべ、



「サラちゃんの恋人って俺じゃないよ」



「…………はい?」



「勘違いしてるみたいだから誤解を解いておこうと思って」



「………えっと、でも姉さんの恋人は、この基地にいて、日本人で」



よく考えれば、具体的な名前は聞いていないしパイロットだと聞いた覚えもない。

では、本当に違うのだろうか?



「あー、中尉」



「サイトウ伍長?」



真剣な顔をしたサイトウがいた。

そう言えば「重要な話がある」みたいなことを出撃前に言われたが、



「その、サラさんと交際してるのは俺なんです」



「……………」



「ケルンでの脱出に付き添って、それから基地の近くで働くようになってから何度か店に行ったりして」



いったん言葉を切って、伺うようにアリサを見る。



「それから、その、付き合ってくれって俺から……」



「ああ、いいんです」



アリサは投げやりに言った。

ようするにアレか、盛大に勘違いしていたと言う奴か。

なぜか沸々と、今度は煮えたぎる感情を自覚しつつアリサは口を開いた。



「サイトウ伍長」



「はい、中尉」



アリサは女神に相応しい笑みを浮かべ、



「一発で許してあげます」



頭に“戦”の文字が入ることを証明するかのような一撃を見舞った。

こうしてサイトウ・タダシ伍長は戦闘終了後に負傷した稀有な整備兵となり、

同時にサラ・ファー・ハーテッドとの交際にその妹の公認を得たのだった。









○ ● ○ ● ○ ●







欧州での戦闘が一段落している頃、同じくミスマル・ユリカの『戦闘』も終結した。

徹夜続きの乱れた髪を整える手間さえ惜しんでパネルを叩き、

ディスプレイを睨んでいた彼女は徹夜による貧血以外の理由で青ざめた顔をしていた。

ハーリーとラピスから寄せられた情報、ルリが調べ上げた欧州の戦略状況、そして最近の軍の動き。

それら全てが在る一つの仮説を裏付けている。



「……連合軍は欧州で反抗作戦を計画している」



それは確信だった。

大量の輸送艦が移動していること、極東から陸軍兵力が引き抜かれていること、

修理を終えたドレトノートやコスモスといった戦艦群が月に集結しつつあること、カキツバタの欧州派遣とアキトの戦果の報道。

すべてが欧州を取り戻すための下準備だとすれば納得がいく。

すべては月の制宙権を取り戻したことによって可能となった。



「どうしよう」



迷子の子供のような力ない声でユリカは呟いた。

今の彼女には実質的に戦争に関われる力がない。

ナデシコは、もうないのだから。



「どうしたらいいの、アキト」



シミュレーションは彼女の最も得意とする分野で、それだけにはっきりとわかる。

欧州にいるアキトのことを思い、心臓が握り潰されるような重圧を感じる。

もう絶対に離れたくない、失いたくないと思っていたのに。



「このままじゃ、絶対にこの作戦は失敗する」



その場合、カキツバタは、アキトは……



「どうしたらいいの……わからないよ、アキト」



無機質な闇に覆われた部屋に小さな嗚咽だけがいつまでも残っていた。





<続く>






あとがき:


巫女スキー、キター!(挨拶)
ご無沙汰してます、黒サブレ@新社会人です。

ノーパソ買おうかなとたくらんでます。
今のところ平日はノーパソでもないとSS書けない状況なんで。
新入社員の安月給ではなかなか辛いですが。

 

 

代理人の感想

あー、「ハーデット」じゃなくて「ハーテッド」ですね。

 

それはともかくナイスオチ(笑)。

かと思えばなんか物凄いピンチの予感だったりして目が離せませんね。

そしてもっとも目が離せないものと言えば、もちろん我等がダイゴウジ・ガイ。(ぉ)

やってくれます見せてくれます。

好きなんですよね、こーゆーのw

 

しかし、木連の人工知能って凄い性能ですねー。

射撃に格闘に機動、それらを人型兵器で完璧にこなしちまうんですから。

まぁ、案外人間の脳ミソでも(ZAPZAPZAP)