時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第22話その3 輝く季節へ




現代戦は情報戦でもある。 空・海軍や宇宙軍のような派手さはないが、陸軍もそれは同じだ。

敵がどこにいるのか知らねば銃口の向けようがなく、意図をはかりかねれば失敗する。

情報戦の基本は『相手が何を考えているのか』を察し、『こちらの意図を強要する』ために利用することだ。



戦争における戦闘とはこちらの意志を相手に強要することが目的であって、敵の殺傷は手段に過ぎない。

自称平和主義者が言うような人殺しが目的なわけではない。 単に暴力による強制が一番効果的だから使用するのであって、

相手が納得して従うならサッカーの試合だろうがジャンケンだろうがオセロだろうが何でもいいのだ。

じゃあ、もっと平和的に解決しろと言われそうだが、そもそも前段階として『話し合い』が失敗したから戦争になる。

話せば分かるというが、分かればケンカも犯罪も起こるまい。 残念ながらこの世の中はそんなに上手くできていない。

アフリカ方面軍の参謀たちもそのことを切に噛み締めている最中だった。



「カキツバタが交戦許可を求めていますが?」



「下がらせろ。 待機だ」



「しかし……」



「命令だ」



バール少将はそう言って会話を打ち切った。

彼としては決定したことを参謀ふぜいにぐちぐちと意見されるのは指揮官としての能力を他の部下に疑われかねないと思ってのことだが、

奇襲を受けたさいの対応の稚拙さ ―― 仮眠中に起こされての第一声は「なんだ! 俺は眠ってないんだぞ!!」だった ―― もあって、

能力にはとっくに疑問を抱かれているのだが、気付いている様子はない。

というかバール少将にとってそんな些事よりも、いかにして自分の失点を取り戻すかということで頭が一杯だった。

そんな指揮官の様子にさらに参謀たちは不信を募らせていくという悪循環が出来上がっていた。

だが、参謀は指揮官の頭脳に過ぎない。 結局は指揮官の決定に従わねばならない。

それが例えどんなに愚かしいものであっても、それが軍隊における指揮系統というものだ。

何を馬鹿なと思われるかもしれないが、結局のところバール少将個人の無能はそんな人間を指揮官に据えてしまう組織が悪いということになる。

そして同じ組織に所属する軍人にもその責任はある。 いわば自業自得とも言えた。



もっとも前線で戦い、死んでゆく兵たちは決してそんな『正論』には決して賛同しないだろうが。









「なぜだ!」



カキツバタの艦橋では『新たな命令』を受け取ったシュンが怒声を上げていた。



「後退だと? 戦いを眺めていろというのか!」



さすがにこの展開には艦長であるジュンも眉をひそめている。



「発信は欧州連合軍司令部になっていますが……上で何かあったのかも。

 少なくともミスマル提督やあのクロフォード中将は積極策をとるタイプですし」



「なら簡単だ。 命令を出せるのはグラシス中将しかいない」



「それにしても後退は解せない。 あるいは別の企みがあるのかも。

 クロフォード中将はその手のひねくれた作戦を立てさせたら連合軍屈指ですし」



どうします?と言ってジュンは未だに怒りのおさまらないシュンを見た。

艦長はジュンだが、カキツバタは第13機甲戦闘団の一部であり、最終的な決定権はシュンにある。

そして命令は欧州・アフリカ方面軍の連合軍司令部となれば正式なものである以上、従うしかない。



「後退する。 先の対空戦闘でスターチスがだいぶ弾薬を消費したはずだ。

 補給隊と合流し……」



「そして出番を待つ」



「ああ、総予備の言葉を信じるしかない」



実のところ命令文に添えられてきた『貴艦は総予備なり。 軽率に動くなかれ』というのはバール少将の嫌味だった。

しかし、命令そのものは欧州連合軍司令部の許可をとった正式なもので、決してバール少将個人のいわゆる私物命令ではない。

カキツバタを後退させるという案自体はグラシス中将も認めたことだった。

市街地戦に突入してしまえば『戦艦』は役立たずとなる。

野戦でなら砲兵として活用できるだろうが、建造物の乱立する市街地では火力が大きすぎて都市を吹き飛ばしてしまう。

立て篭もった敵ごと問答無用で制圧するならそれでも構わないだろうが、建前上、そんなことを許可するわけにはいかない。



そして、何より『戦艦』は陸軍のものではない。

カキツバタはネルガルからレンタルされている形になってはいるが、本来は宇宙軍に所属する兵器だ。

グラシス中将を含めた陸軍の面々は戦闘指揮の主導権を自分たちが握ったことで陸軍のみでこの戦いを終わらせるつもりだった。

それはこの戦闘が終わっても続くであろう他の三軍との派閥争いのため。

まさしくこのときのシュンたちには『知らぬが仏』の展開であった。









遠雷のような砲声が響く。

甲高い音とともにリニアバレルから155mm砲弾が吐き出され、はるかな成層圏へ、そして母なる大地へ。

土煙と共に破壊された兵器の破片、粉砕された家屋の残骸、もはや元が何だったかも分からない代物までが等しく宙へ吹き飛ばされる。

大気を叩き割るような暴力の連鎖が次々と着弾する。



「まずいな。 うん、よろしくない」



陸軍の誇るスターチス砲兵連隊の全力射撃の様相を見ながらマコトは呟く。

砲撃は市街地を念入りに叩いている。 ピンポイント攻撃が可能な誘導砲弾を使っているとは言え、

いくつかの民家や雑居ビルが巻き込まれて倒壊する。



「熱心すぎる」



「ええ、あれでは機械化歩兵部隊の前進に支障が出ます」



蒼空から市街へ、戦場は場所を変えながらも続行中である。 カキツバタからでもその様子はモニターできた。

マコトとアリサは共に愛機のスーパーエステを整備班に任せると、真っ先にブリーフィングルームへ足を運んだ。

作戦前にその要旨を確認する以外にも、作戦後の報告も行う場所であるからだ。

最近はエステのデータリンクのおかげでパイロットがいちいち細かいことまで報告する必要はなくなっているが、

それでも当事者の判断したプロセスなどは本人にしかわからないため、やはり作戦後のデブリーフィングは必須だった。

そしてそれを終えればあとはわずかな休憩をはさんで再度のブリーフィングと出撃、のはずだった。

しかし、現状で彼女らに与えられた命令は待機だった。



「カキツバタを下がらせて砲兵で市街を破壊していれば世話はない。

 あれでは大昔の艦砲射撃と一緒だ。 制圧はできるだろうが、効率が悪すぎる」



カキツバタのレールカノンでは威力が大きすぎて市街地をピンポイントで攻撃するのには向かない。

それこそ野戦で平野に展開している大部隊を根こそぎ吹き飛ばすならともかく。

ゆえに市街地への制圧射撃はスターチスが担当しているのだが、

155mmリニアカノンの砲撃は前方の市街地を更地にしかねないほどの勢いであった。

二足歩行の機動兵器はあまり足元に瓦礫が転がるような場所ではその真価を発揮できない。

まあ、それでも歩兵部隊の使用する装輪装甲車よりは動けるだろうが、程度の問題だ。



「装軌(キャタピラ付)のIFVでもまともに動けるかどうか疑問だな。

 連中、影におびえて障害物を自ら増やしている」



市街地戦の主役は歩兵、そしてその支援に回る機動兵器だ。

それは戦車が陸戦の王者であった時代から変わらない。

市街地戦における装甲車両の役割は火力支援と、防御力を生かして盾となること。

ここに航空機と戦闘ヘリが加わっても基本は変わらない。

なぜなら、蒼空の覇者は地上の王者たりえないから。

土地をかせぐことができる、言い換えるならその場所に居座りつづけることで土地を確保できるのは歩兵しかいない。

戦争をするのも、市街地の建物を使うのも人間なのだから、それを制圧するのも人間の役割だった。

自然と市街地戦における歩兵の損害は増す。

  小部隊同士の不期遭遇戦が多数発生し、数百、場合によっては数十mの至近で撃ち合うような戦闘が続けば当然だ。

兵士の値段が跳ね上がった20世紀末から21世紀の戦争において、市街地戦は避けられないと同時に非常に厄介なものとなっていた。

結局のところ戦場を一変させた戦車も戦闘ヘリも歩兵が携帯できるほどに小型化された対戦車、あるいは対空兵器によって必ずしも安全とは言えくなった。



しかし、技術の発展は二足歩行兵器に三次元の動きを与えた。

戦闘ヘリのごとく軽快に動き回り、しかし歩兵や戦闘車両のようにも振舞える人型兵器は何度目になるか分からない革新を戦場にもたらした。

初期の頃はほとんど市街地でしか役に立たない代物であったが、やがて戦車を陸戦の王者から引き摺り下ろし、この戦争では陸のみならず空や宇宙でも主力の座を獲得しつつある。

(歴史を見ればそれも時間の問題ではあろうが)今のところ市街地戦の主力はこの人型機動兵器だった。

そしてそれは市街地という錯綜した状況に適応したが故のことであるのだが、今の砲撃は市街地を廃墟に変えている。

わざわざ機動兵器にとって最上の戦場を自らの手でぶち壊しているも同然だ。

瓦礫の上を走り回るなら安定性に群を抜く装軌の方が有利だが、生憎とIFV(歩兵戦闘車両)程度の火力と防御力ではとても敵の正面には出せない。

使えそうなのはやや鈍重ではあるが火力と防御力、何より不整地の走破性能に優れる重機動フレームくらいか。

先の奇襲攻撃がよほど応えたらしい。 進路上に存在するすべてを根こそぎ吹き飛ばして安全を確保するつもりか。



「おいおい、俺の出番あるのか」



ヤマダ・ジロウが呆れ混じりにぼやく。 彼の愛機であるカイラーは基本的には対人型機動兵器戦闘用の武装しか持っておらず、

先のカナブン・バッタの無人兵器群を相手にした戦闘には不参加だった。

カキツバタには彼のカイラーを含め、試作機扱いの機動兵器が他にも2機搭載されていたが、いずれもまだ戦闘に参加していない。

特にブラックサレナは戦力として大いに期待されていたが、試作機に特有の初期故障が多発して整備兵たちがかかりきりで修理していた。

いっそのことシュバルツ・ファルケ単体で使用するほうがいいのではという意見も出るくらいだ。



「出番がないならそれに越したことはありませんわ。 カキツバタが必要になる状況を考えれば特に」



「確かに。 だけど、砲撃だけでは敵を潰しきれないさ」



「私たちの出番があると?」



「さあ、そこまでは。 俺が不思議に思うのは奇襲以降、まったく敵のエステモドキが出てこないことさ。

 機動兵器には機動兵器をぶつけるのが最良だとするなら、市街地戦で必ず出てくる」



その言葉はまったく真実をついていた。









無駄が多かろうが、叩かれている方はたまったものではない。

防御力の高い一五試戦でなければ砲弾の破片や飛散するビルの残骸などだけで行動不能に追い込まれてしまいそうだ。

たかが破片、とは言えない。 榴弾の類は大型の破片となるように炸薬を調整されている。 対機甲兵器用の誘導砲弾ともなれば最悪の場合、直撃さえ受けかねない。

全周から襲い掛かってくる破片は全身を覆うように展開されたDFでないと防ぎようはなく、それができない尖隼は退避壕に篭っている。

無人兵器も相当数がこの砲撃でやられている。 装甲など気休めにしかならないし、装甲で覆われた部分ばかりではない。

特に弱い関節部などは爆発の衝撃波や破片を噛んだだけでもダメになってしまう。 

それに、こうも砲撃が激しいとろくな防御力をもたない部隊は移動すらできずに無力化する。



「贅沢なものだな!」



万葉は倒壊したビルの残骸に機体を潜ませながら罵った。 

陸戦の経験が絶無だった木連には対砲兵戦などという概念すらない。

長距離砲で狙い撃ちにされたらひたすら亀になって耐えるのみだ。

だからこそ航空優勢を確保して空から敵の砲兵を叩かねばならないのだが、それもスノードロップとの空戦でカナブンを失い、

カキツバタの駄目押しのグラビティブラストでバッタの部隊が壊滅したことで不可能になった。

同時に敵の航空攻撃も潰しはしたが、兵力で劣る木連側がドローでは意味がない。



不意に視界の隅に小さな物を見つけた。 拡大すると、それは捨てられた人形のようだった。

小さな女の子が持つような安っぽい生地に綿を詰めてつくるものだ。

薄汚れ、綿がはみ出した人形。 戦争映画の一場面のような光景そのままに。



「くだらない」



映画ならそれを見つけた兵士が持ち主の運命に思いを馳せ戦争の愚かさを嘆くところだが、万葉はそうは思わなかった。

あるいはこの人形は戦火から逃れる少女の手から離れてここで無残な姿を晒しているのかもしれないし、

あるいは持ち主もこのような運命をどこかの戦場で辿っているかもしれない。

同じようにあるいはこの人形は店頭に並んでいただけのもので、ビルが倒壊したことによってこんなところに転がっているのかもしれない。

もしかしたらゴミとして捨てられたのかもしれない。 その場合、ボロボロなのは元からか。

つまるところ、そんな人形を見て何かしらの運命じみたものを感じるのはまったく無意味だ。

人形に何かしらの感情を抱くなら、同様にその辺に転がっているマンホールの蓋にだってドラマを見出せるだろう。

例えば、あの蓋の下に潜っていた人々は今は別の地で、同じように潜っているのか、それともこの地で土砂に埋もれているのか、など。



そこまで考えて自分のあんまりにもあんまりな想像にうんざりする。

ただひたすら耐えるだけしかできない状況では余計なことばかり考えてしまう。



いっそのこと先制して攻撃に出ればいいのだが、奇襲ならともかく市街を出て平野で撃ち合うのは不利だ。

一五試戦はそのリソースの多くを防御に割り振っている。 二式戦までの反動と言えばそうなのだが、その分のツケはある。

例えるならゲームであるように合計100ポイントで各パラメータに数値を割り振ってオリジナルキャラをつくれと言っているようなものだ。

ここで何の脈略もなくポイントが倍になったり、チート済みで全パラメータMAXとでもしない限りは実用的なものをつくろうとすれば似たようなものになるだろう。

木連はスカーレットに開発を依頼することで何とか120ポイントくらいには上げているが、基本は同じだ。

キャラエディットなどでもあるていど能力を均等に割り振ればあとは何を重視するかという話になるが、それに木連は防御力を挙げた。

人口が少なく、パイロットが貴重な木連の実情に合わせればそれも当然と言える。



しかしながら当然、防御に回した分のポイントはどこかを削るしかない。

その一つが作戦可能範囲の狭さだった。 これはある意味仕方ない。

木連の機動兵器は基本的に前線までチューリップで移動するのだから航続距離を気にする必要はなかった。

それでも二式“局地”戦闘機装兵といわれた飛電と大差ないというのはいかがなものか。

迎撃戦にしか使えないというのはあまりに使い勝手が悪い。

それを『何とかする』ための手段はいくつか講じられていたが、先の奇襲では全機が増漕プラス追加バッテリ装備でギリギリだった。

(増漕は攻撃前には捨てなくてはならないから、片道しか使えない)

今も別の『対策』が実行中であるのだが、それは万葉の心をかき乱しこそすれ安心させる材料とはなっていない。



「御剣隊員、敵部隊の前衛との接触が半刻後に予想される。 警戒せよ」



「了解しました。 坂宮大尉殿」



その『対策』からの通信に硬い声を返す。 彼(相手は男だった。 すなわち、優華部隊の人間ではない)は鷹揚に頷いてみせる。

本人は気取っているつもりなのかもしれないが、万葉としては鬱陶しいとしか思わない。

坂宮は優人部隊から舞歌が借りてきた人材だった。 他にも白鳥九十九・月臣元一朗・秋山元八郎の三羽烏が参加しているはずだった。

万葉は三羽烏にあたらなかった不幸を恨めしく思う。 少なくとも彼らならここまで不快には思わなかっただろう。

しかし、三羽烏はそれぞれの婚約者たちと行動を共にしているはずだ。 それは風紀上の問題もある。

誰だって自分の婚約者が別の女と行動を共にしていれば気分が良いはずがない。

なお、同じ風紀上の理由から神楽坂三姫の婚約者である高杉三郎太の参加は見送られた。

理由は言うまでもないが、やはり『風紀上の問題』だった。



その代わりに志願してきたのが坂宮というわけだが、万葉はどうにもこの男と相性が悪かった。

悪意があるわけではないのだろうが、彼の行動の端々には木連の『女尊』の観が見受けられた。

地球に比べて男女比で男性の割合が圧倒的に多い木連では基本的に『女性は慈しみ、守るべきもの』という考えがある。

地球でそんなことを言おうものならフェミファシストから猛抗議がきそうなものだが、とにかくそんな感じなのだ。

万葉としては必要以上に丁寧に扱われるのはなんとなく『貴女は弱いから守ってあげますよ』という自己陶酔がありそうで嫌だった。

三姫などは三郎太に爪の垢を煎じて飲ませたいなどと言っていたが、やはり万葉にとっては不快な相手だった。



今にしてもわざわざ彼は万葉を『隊員』と呼んでいる。

これは優華部隊が実戦投入されることに少なからぬ方面から抗議があり、

苦慮した軍部は「あれは支援部隊です。 ですから階級もありません。 だから軍人じゃありません」

という詭弁でもってやり過ごしたのだが、故にそのときは太平洋の端っこにある某島国を真似て兵士を『隊員』と呼び変えたりした。

いまさら戦争になってそれはないだろうというのが優華部隊の中での大多数の意見であったが。

それもいいかげんに通信や文書のやり取りで混乱をきたすので第四次月攻略戦以降は優華部隊も軍の一部となり、呼称も改めていた。

坂宮に会うまでは万葉も『隊員』などと呼ぶのは一部の政治屋か暇な自称良識派の人々くらいかと思っていた。



「それから」



「まだ何か?」



「無事を祈る。 本来なら私が直接に地球人と銃火を交えたいものだが……」



それで撃破されたらどうするつもりなのか、困るのはこちらなのにとは言わなかった。

万葉にとって戦争とは浪花節や安易な感情で語るべきものではない。 それをこの男は分かっているのだろうか?

男は女を守るべきものと勝手に規定するのは自由だが、そのせいでこちらの作戦行動まで阻害しないで欲しいと思う。



「心配無用です。 貴方が役割を果たしてくれるなら、一五試戦は易々と撃破されません。

 それは先の戦闘でも証明されました。 ですから、貴方は御自分の役割を果たしていただきたい」



それだけ一方的に告げると万葉は通信を切った。 まったく、これでは無線封鎖の意味がないじゃないか。



「隊長〜、もう少し優しくしてあげたらどうですか?」



不快な男に代わって通信を入れてきたのは万葉と同じビルの陰でしゃがみ込んでいる一五試戦のパイロットだった。

優華部隊のパイロットたちは皆若い。 小型機動兵器のパイロット育成そのものが会戦後に始まったからだ。

そして若い女性ばかりがあつまれば、当然のようにその手の話になる。



「准将は隊長とのお見合いも兼ねて大尉をつけたんだと思いますけど」



「男の紹介なら舞歌様の方にこそ必要だろうに。 私はいい迷惑だ」



むすっとしたまま部下に答える。

同じように婚約者が居ない紫苑零夜の方へ行けばお互いのため……とも言えないか。

零夜は零夜で「北ちゃん」こと北斗にかかりきりになっているはずだ。

そして2人は予備として後方の巡航艦<陽炎>の護衛に尖隼の1個中隊と共についている。

あとは優華部隊の士官クラスで特定の相手がいないのは百華くらいのものだが、

彼女も長距離偵察任務についているため、目立つような真似は厳禁であった。

そう考えると結局のところ行き場所は万葉の部隊しかなくなる。

万葉にとってはいい迷惑だが。



「坂宮大尉は隊長のこと気に入ってるみたいですよ」



そう、加えて相手の方はなぜか万葉を気に入っているようだった。

自分で言うのもなんだが、凛とした態度の万葉はどちらかというと同性に人気があり、逆に男性は引く傾向にあるようだった。

木連の男の中では女性は守るべきものであり、それを正面から否定するような態度の彼女は扱いづらいのだろう。

その点から言うなら坂宮は貴重でありがたい存在なのだろう。 万葉のほうは気に入らないが。



まあ、だからと言って同性に走る気もさらさらないのでしばらく独りでいい……と思う。

一瞬、月攻略戦のときに出会ったナデシコのパイロットの顔が浮かんだが、それは関係ないはず。

きっと戦場にいるから思い出したのだ。



「とにかく、今は目先の敵に集中しろ。 地球人は手強いぞ」



「りょうか…」



返答を聞き終える前に新たな着弾。 今度は近い。

閃光と大音響に反応して自動的にスピーカーと画面にリミッタがかかる。

狙いが正確になっているというよりは、徹底して舐めるように砲火を浴びせているのがたまたま近くに来ただけのようだ。

コンクリートの破片がDFによって弾かれるのを確認しつつ、士官に戻った万葉は確認の為に通信を入れる。



「各機、状況報告!」



「虫型甲種4機が行動不能。 残存17」



「一五試戦は全機戦闘可能です」



やはり尖隼やバッタとは防御力が違う。 さすがに直撃されれば撃破されるが、間接砲撃に強いというのはいい。

だが、砲撃は敵を叩くものであると同時にほとんど無防備で前進する味方への攻撃を躊躇させるためのものでもある。

防御力が高くてもDFを展開している間はまともな攻撃はできないから、これでも十分ということだ。

その戦術のセオリー通り、敵部隊は前進を続けた。 機動兵器だけなら不整地であろうともかなりの速度が出る。

万葉たちの部隊と敵部隊との距離はみるみる縮まっていった。



「引きつけろ、引きつけろ、まだだ」



自分に言い聞かせるように万葉は繰り返した。 先の奇襲では使えなかった重火器も今は揃っている。 敵は正面に展開している機動兵器だけでも200は下らないだろう。

大地を踏みしめ、装具を鳴らす音が聞こえてきそうだった。

逃げ出したくなるような恐怖を感じるが、万葉は苦労してそれを押し込めた。

孤児であったが故に受けてきたいわれない差別の数々を思い出せば、どんなことにも耐えられる。



「敵との距離1700……よし」



一呼吸置く。 それだけで手の震えは小さくなった。



「全機、撃ち方はじめ!」



半壊していたビルの合間から次々と凶器が向けられる。 大慌てで引き起こされた火砲が一斉に火蓋を切った。

まるで火山が噴火しような勢いで火力が叩きつけられた。

黒煙を上げていた建物のそこかしこで煌きが次々と起こり、それが先行する人型の集団に飛び込んで爆発を起こす。

一方的殺戮の立場が逆転した瞬間だった。 









その光景を後方の指揮所から確認したアフリカ方面軍の参謀たちは低くうめいた。

あれだけ激しく行われた砲撃はなんの損害も与えていないように思われた。

正面の市街地にはまだ多くの機動兵器が潜んでいる。 奇襲攻撃に参加したものよりさらに多い。



「足りなかったのか」



呆然とバール少将が呟く。



「敵はよほど入念に偽装と防御を施していたようです」



参謀の一人が上官に応じた。

上官よりさらに険しい、血の気がまったく感じられない表情になっている。

この砲撃から始まる一連の攻撃の要旨を立案し、実行させたのは彼であるからだ。



しかし、彼らには打つ手がない。

すでにアフリカ方面軍は市街戦に必要な備えを可能な限りおこなって、総攻撃を開始している。

スターチスの1個大隊による砲撃は手持ちの弾薬量から逆算して必要分を確保した上で行われた。

味方を巻き込みかねないギリギリまで砲撃を行って制圧することで損害を減らす目的もあった。

しかし、旅団規模の砲兵を持ちながら実際に砲撃を行ったのは1個大隊のみというのは甘かった。

せめてあともう1個大隊の火力支援があればよかったのかもしれないが、

そちらのスターチスは装備を88mmレールガンや中・短SAMに変更して防空任務についている。

空軍のCAP機は先の空戦で消耗しており、必ずしも防空が足りているとは言えなかったからだ。



観測機を飛ばそうにも航空優勢がどちらに転んでもおかしくない状態では的にしかならないし、

地上の観測中隊でさえ敵の火砲が激しくてまともに動ける状態ではなかった。

生身の歩兵など論外だ。 ミサイルの破片でさえ危険だというのに。



「撤退させますか?」



「馬鹿な! ハーテッド中将が見ているのにか!」



撤退も論外だった。 そんなことをすれば指揮能力の不足から解任されかねない。

アフリカ方面軍の面々はそうした制約の中から可能なものを選び出し、準備を整えた。

今や彼らに悔やむ自由すらない。 成功を信じ、ただ待つしかなかった。









たとえ期待されていようが、結果はかわることはない。

まずもって前線の兵士たちは自らが生き残るために敵を打ち倒す必要があった。



「第2小隊前進! 敵機はビルの陰だ。  足を止めれば狙い撃ちにされるぞ!」



愛機であるスノーフレイクの足は遅い。 それもそのはずで近接火力支援用のD型兵装のせいで自重は倍以上重くなっている。

彼としてはとっととこんな重いものを放り出して身軽になりたいところだが、それでは先行するエステの支援ができなくなる。



「第1小隊は左前方のビルを火力制圧! 撃てッ!」



言葉と同時に小隊からロケット弾が叩き込まれる。 無誘導の代物だが、効果範囲が広いために相手を怯ませる効果が期待できた。

撃破はさすがに無理だろう。 敵の新型は防御力が異常に高いと聞いている。



「続いて第3小隊……」



叫び声を挙げかけたその瞬間、敵からの反撃が開始される。

何かが光ったと感じたのとほぼ同時に前衛のエステの一機が爆散する。

防御力には定評のある重機動フレームがほとんど腰からちぎれるように宙を舞った。

あまりに非常識な光景に、呆然としかけるが、すぐに我に返って指揮を続けた。



「誰でもいい、レ−ルガンの射程だ。 全火器一斉射撃用意!」



怒鳴りながらもジグザグに動き、少しでも火線をよけるようにする。

重すぎる兵装ともこれでおさらばできる。 そのためには止まって射撃姿勢をとらねばならないが。



「撃てッ!」



射点につくなり彼は命じた。 ロケット弾、対機甲ミサイル、ガトリング砲、迫撃砲といったあらゆる火器が一斉に放たれる。

そのほとんどは近接支援用ということもあって無誘導で射程も短いものだが、威力は絶大だ。

前方のすべてを薙ぎ払う劫火が一瞬にしてこの世の地獄を出現させた。

ビルの破片や舗装された道路に使われていたコンクリートが飛び散る中、それ以外のものも混じっているのを確認した。



「撃破1……か?」



足元まで吹き飛んできた見慣れない機動兵器の上半身を見ながら呟く。

しかし、それは一点だけ馴染みのある部分があった。 それは背中の ――――



「敵機確認! 残存2!!」



部下の報告に慌てて確認。

なんってこった。 あれで2機残ったのか?

スノーフレイクの全火力を至近から叩きつけてこれなら、火力で劣るエステはどうなるんだ。

暗澹たる気分になるが、敵は待ってくれない。 従って彼も待つことはない。

身軽になったスノーフレイクを遮蔽物の陰へ移動させると、頭部だけ除かせて敵機を確認。

確かに2機残っている。 1機は腕がもがれているが、まだやる気だ、畜生。



ブレードを抜刀した敵機との距離は1000m。

機動兵器にとっては近距離といって差し支えない。

エステ、スノーフレイクの区別なく連合軍兵士たちの下した判断は共通していた。

統制もなにもなく2機の敵機へ発砲を開始した。



片腕を失っていた一機はその砲火に耐え切れずに数秒で蜂の巣となる。

だが、盾のようなものを構えたもう一機は簡単にはいかなかった。

エステのアサルトライフルは構えた盾によって弾かれて有効にならない。

その間に2機が斬り伏せられた。



「足を狙って止めるぞ!」



言うなりスノーフレイクのレールガンを発砲。

盾を構えていない部分ならそれほどではないとの判断だった。

無論のこと敵も発砲する。 お互いに命中弾を得たのは700mの至近距離だったが、その結果は大きく違っていた。

スノーフレイクのDFは甲高い音を立てて30mm機関砲弾を弾き、こちらの放った40mmの高速徹甲弾は脚部を吹き飛ばした。

さすがに片足を吹き飛ばされてはバランスが保てるはずもない。

慣性に従ってそのまま転がり、それでも上半身だけ起き上がって銃口を向け……発砲する前に至近からマシンキャノンで胸部を打ち抜かれて沈黙する。

レールガンがあればほとんど使うことはない補助兵装だが、左腕に固定されているために『物干し竿』と呼ばれるレールガンより取り回しは楽だ。



「……何機やられた」



「4機が撃破。 ともにパイロットの生存はなし。

 1機が左腕損壊の中破です」



いきなり緒戦で5機の機動兵器を失った。 それが多いのか少ないのかまるでわからない。

人型機動兵器同士の戦闘など月攻略戦とクルスクでの戦闘くらいしか前例がなかった。

無論のこと連合軍でも対人型機動兵器の戦術諸々は研究されていた。

しかし、この新兵器をどう扱っていけばいいのか、まだ前例が少なすぎて手探りの状態でもある。

交換比率がほぼ1対1なら数で勝る方が勝つ。 だが、敵の数は知れない。



……畜生、何もかもが霧の中ってことか。



思考に費やせる時間は多くなかった。 すぐに部下から新たな報告が入る。



「敵影確認! 数9、方位0−7−0」



「小隊ごとに散開!」



その指示が実行に移される前に一機が胴を吹き飛ばされる。

ほとんど一瞬でDF、装甲、そしてコクピットを貫通した砲弾はスノーフレイクの背中、

最大の弱点といわれるエンジンブロックで炸裂した。

この時点でパイロットは叩きつけられた運動エネルギーによってコクピットごと分子レベルで自然へ還元されていたが、エンジンの爆発はさらなる犠牲を強いた。

もとより火力を重視しているスノーフレイクではあるが、特にD型兵装ではロケット弾や地対地ミサイルの類を満載している。

それがエンジンの爆発によって次々に誘爆を起こし、眩いばかりの火球を生み出した。

運悪く間近にいたエステが爆風によって派手に吹き飛ばされる。 重心の高い人型ではこんなときに転倒しやすいというデメリットがあった。

言うまでもないが、敵の眼前で転倒すれば待っているのは確実な死だ。



口の中だけで放送禁止用語を呟きながら機体を後退させる。

スノーフレイクのDFを遠距離から苦もなく撃ち抜くような兵器は限られる。

発砲時に強烈な電磁波を観測したことからも推測できるが、おそらくは電磁投射砲の類だ。

スーパーエステのレールカノン並に強力な代物だった。 遮蔽物の陰にいるからといってまったく安心できなかった。



「応戦しろ!」



怒鳴る。 が、応じる声はない。

そして発砲も起こらない。



馬鹿な!



IFFを確認するが、そこにはつい今しがたまであったはずの反応がすべて消えていた。

襲撃から数分しか経過していないはずだ。 それを手品のように……



そこまで考えた瞬間、いきなり後方に反応が出る。

衝突防止のための警報が引きつったような音をわめき散らした。



――― ありえない。



一瞬前まではそこには瓦礫しかなかったはずだ。

反射的に振り返った視界に飛び込んできたのは円筒。

申し訳ていどにマジックハンドのような代物がついているだけの円筒。



それが自分を叩き潰すために振り下ろされた巨大な腕だと認識できたのは、意識が断絶する2秒前のことだった。









雲霞のごとくという表現がぴったりだった。

どこにコレだけの兵力があったのかと思えるほどに際限なく攻撃は繰り返される。

撃退してもその数分後にはあらたな部隊が突入してくる。 まるできりがない。

いくつかのウインドウを開きながら何かを計算していた琥珀がつっと顔を上げた。



「弾薬の消費量がめちゃくちゃです」



ため息混じりに説明するところではこういうことだった。



「敵の攻撃が開始されて3時間あまりですが、手持ちの3割5分を撃ち尽くしました。

 このままのペースでは1時間後にはさらに1割が消費されます。

 案外、地球人たちがちまちま砲撃してくるのはそのためかもしれませんねー。

 かき集められるだけは集めたつもりですが、ぜんぜん追いつきませんよ。

 とくに電磁投射砲の交換用砲身が尽きかけてます」



「一度の会戦くらいは持つって言わなかった?」



「それは私の見積もりが甘かったとしか言えませんねー」



そう言うわりに琥珀に悪びれた様子もない。

あるいは普段からそうにしか見えないとも言えるが。



「一五試戦用の電磁投射砲がレールガンやリニアカノンに比べてここまで消耗が激しいなんて正直なところ、想定外ですよー。

 ETC砲はそう言うものだとは思ってましたけど、いくらなんでも弾倉1つ撃ち切ると砲身1つ交換ですよ」



ETC砲……いわゆるElectlo Thermal Chemical Gunのことだが、あえて訳するなら『電熱化学砲』。

液体炸薬に大電流を流してプラズマを発生させ、その膨張圧と炸薬本来の爆発力とで砲弾を発射する砲のことだ。

電磁誘導によるローレンツ力を使うレールガンや磁力の力を使うリニアガンとはまた別の兵器だった。

レールガンやリニアカノンに比べれば消費電力が少なくて済むという利点があるが、砲身が高温のプラズマに晒されるためほとんど使い捨てに近いという欠点がある。



レールガンも砲身に大電流を流すために発熱する似たような欠点はあるが、AGIは素材工学発展が可能にした耐熱超電導素材を多様し、

抵抗値を抑えると同時に砲身に冷却機構を組み込むことで解決してみせた。 冶金技術に定評のある欧州の企業がその傘下におおいことも強みだった。

一方で一五試戦は防御に多くのリソースを投じているためにスノーフレイクほど思い切ってレールガンを主兵装に選択することはできなかった。

消費電力がとんでもなく大きいレールガンを使えば今度は防御を捨てるか、あるいは機動力にしわ寄せがくる。

機動兵器は機動力が命ということを至上とする木連がそんなことを許容すはずもない。

今までのように30mm機関砲で我慢するのも気に入らないとなれば多少の欠点に目を瞑ってETC砲を選択するしかなかった。

クリムゾンとて北米大陸とオセアニアに大きな影響力を行使できる大企業だ。 一五試戦の性能を見ても技術力の確かさは伺える。

ETC砲にしても砲身の交換を容易にしたり、砲の本体は簡略化してほぼメンテナンスフリーにするなどしていた。

それだけに寿命は5回の砲身と弾倉交換で本体もオシャカ、100発も撃てば寿命というほとんど使い捨てだが。

ゆえに某使い捨てカメラとかけて『撃てルンです』などと揶揄されてたりもする。



「問題は弾薬だけではないんでしょう?」



「はい。 損害の方も出てきました。

 先ほどの部隊も万葉さんたちが向かったようですが、間に合いませんでした。

 基本的に要塞化もされていない市街を守るには部隊が少なすぎます。

 1部隊あたりのカバーすべき面積が広くなり、相互の支援が疎になっています」



「そのために優人部隊から4人ほど借りてきたんでしょう?」



「はぁ、でもあの方法は結局のところ点でしか移動できませんから。

 面積を確保するのは点を結んで線を引き、囲むことですから」



「そして敵にはそれが可能だと」



「それだけの頭数はありますからねー」



まったくもってその通りだった。 市街地で粘るのにも限界が見えつつある。

一五試戦の防御性能のおかげで損害は抑えられているが、それで敵の数が減るわけでもない。

守りきるには敵の侵攻の意図をくじくしかない。 つまり、勝っても維持が不可能と思うほどの損害を与えなければ。



「そうね、ならそろそろ出番じゃないかしら」



「何がですか?」



「市街戦ではまったく役立たずな代物よ」









統合作戦司令部は混乱の極みにあった。

何しろ突入した部隊の何割かはいきなり通信途絶の憂き目に遭っている。

逆に撃破が確認された機動兵器はどんどん増えていく。



「攻撃は2ヶ所で行われています。 一つは市街の南方から。

 もう一方は南西からの突入。 どちらも結果は芳しくありません」



「敵兵力は? 概算、推定込みでかまわん」



「機動兵器がおそらくは大隊規模で3つ。 無人兵器に至ってはまだ400ほど。

 あとは……」



報告に来た士官はそこで言いにくそうにどもったが、促されて続ける。



「未確認ながら、巨人、と」



ほぼ全員に「何を言いだすんだこいつは?」という視線を向けられ、哀れな士官は縮こまった。

ただ、逆にユリカは青ざめファルアスも眉をひそめたが、お互いにその情報のもたらすものを考えるのに余念がなく気付かない。



「ボース粒子は観測されていますか?」



「はぁ、微量ながら。 おそらくは市街のど真ん中に居座ってるチューリップの影響でしょうな」



何を唐突に聞くのかと思いつつも、先の失言から話題を変えたいためにユリカの質問に答えた。

ユリカとしては話題を変えるどころか更なる情報をと言いたいところだが、ひたすら問いつめるわけにもいかない。

不審に思われでもしたら事だし、斜め上をいく木連の事実……『じつはそれってアニメのロボをモデルにした新兵器なんですよ』などと言ったら正気を疑われる。

ともあれ、アレがでてくるならエステでの対抗が難しくなる。 アレは機動兵器というよりポケット戦艦のような存在だ。

思い切ってスノーフレイクやスーパーエステなら真っ向から挑めるだろうが、それらは別に敵の機動兵器を相手にする必要がある。

手が空いていそうで、かつ戦場に急行でき、木連のアレに対抗できそうな戦力といえば。



「カキツバタを前進させるべきです」



言葉を選びながらユリカは告げる。 それは先の陸軍の方針に真っ向から逆らうことになるからだ。

しかし、戦術的見地からいうならそれは正しい。 後方に下げていても遊兵化するだけだ。

せめて前進させて砲兵として使ってもいいし、艦載機は最新のもので揃えられている。



「せめて艦載機だけでも投入して立て直さなければ市街に突入した部隊の損害が増すばかりです」



せめてどころかそれこそが目的なのだが、馬鹿正直にそんなことを言っても聞き入れられるはずがない。

ハーテッド中将は『まともな』部類の軍人ではあるが、アフリカ方面軍のバール少将がそれを嫌うだろう。

現場と上層部の意思が統一されていなければ今よりさらに酷いことになるだろうことは想像に難くない。

そして中将ともなれば立場上、政治的なことも無視できない。 特に陸軍は宇宙軍の介入を嫌う。

火星会戦であっさり負けたせいで駐留していた陸軍部隊が民間人を逃がすためにほぼ全滅に近い損害を被ったことを考えれば無理もないが。



「ハーテッド中将、陸軍の行った砲撃は敵を叩き切れていません。

 この上で市街地戦を続けるなら、損害が増すばかりです。 基本的に迎撃する側が有利なんですから。

 その上で勝利を望むなら……使えるものはすべて投入すべきです。

 第13機甲戦闘団は欧州方面軍の精鋭が参加していると聞きます」



そこで一息つき、続ける。 我ながら意地の悪い言い方だと自覚しつつ。



「中将の身内であるアリサ・ファー・ハーテッド中尉も」



グラシスの表情はかわらなかった。 しかし、他の陸軍の面子は露骨に嫌な顔をする。

ユリカは遠回しにカキツバタの艦載部隊なら陸軍だから面子に関わらないと諭した上で、

それとも自分の孫がいるから躊躇っているんですか?と皮肉をぶつけたのだ。

コウイチロウの娘であったユリカがナデシコで前線に出ていたことを考えるなら、本当に嫌味な言い方だ。

それに自己嫌悪に近い感情を抱きつつ、ユリカはグラシスの反応をうかがった。

わずかに目が合う。 まあ、別に「目を見ればわかる」などとエスパーじみたことを言ってくれるわけでもない。



「カキツバタを前線へ戻す」



その一言に安堵しかけ……



「チューリップから戦艦が出た。 確かに、カキツバタが必要なようだ」



運命とやらを呪いたくなった。









行けと言ったり、戻れと言ったり。 戻ればまた行けと言う。



「なんとも忙しいじゃないか」



マコトは皮肉半分というように言う。

忙しいという部分には大いに同意できたアリサは頷いた。



「ええ。 負傷兵の輸送に使われたり、対空砲台にされたり、忙しいこと」



今までのカキツバタはやることもないので病院船代わりに使われていた。

市街戦で負傷した兵を後方に運ぶにはトラックやヘリでは危険すぎる。v

その点でカキツバタはひどく贅沢に負傷兵を運ぶことができた。

艦の通路にまで負傷兵たちがあふれ、痛みに耐えるうめき声が満ちている。

だが、廊下に寝かされている兵たちはまだマシな部類に入る。 その辺に放っておいても死ぬことはないという程度の負傷だからだ。

重傷患者はそれこそ数少ないベットを占有しなければならないが、辛うじてベットは一杯になることはなかった。

そこまでの重傷を負ったものは艦内の医療設備で間に合わずに死んでいくからだった。

今はパイロットのみならず手の空いている者たちは区別なく駆り出されている。

特にそれが本職であるフィリスなどはほとんど休憩すらなく負傷者の救済に当たっていた。

その中にはどうにもならない者をこの世のあらゆる苦痛から『解放』してやることも含まれていた。



「アフリカ方面軍は酷いことになっているようだな」



「ええ、知り合いの顔を見つけないで済むのがせめて……」



そこまで言いかけて気付く。 マコトは欧州へ父親と共に移籍する以前はアフリカ方面軍に居たはずだ。

それを指摘していいものか、あるいは何も触れずに謝るべきか。

そんな迷いが顔に出ていたらしい。



「同期を3人ほど見つけたよ。 1人はまあ、生きていて、1人はベットで、1人は死体袋の中さ」



「無神経でした。 申し訳ありません」



結局、謝る。 マコトは相変わらず何を考えているのか読みづらい微妙な表情を浮かべて、



「生真面目だね、君は」



とだけ答えた。 初めの頃は馬鹿にされているのかとも思ったが、

それが彼女の概ねの態度であると理解した今では特に気にかからない。

人をからかうことに生き甲斐を見出しているように思えるマコトだが、こうした時は投げやりとも取れる態度だった。

そこからは知人の死に対していかような思いを抱いているのか、窺い知ることはできなかった。

あるいはアリサとはまた別の凄惨さでもって母親の死を体験した彼女にしかわからない複雑な感情でもあるのかもしれない。



「マコトさん」



不意に呼び止められた。 振り返るまでもなくその声の主は知れる。



「ドクター・フィリス」



白衣をべったりとした赤と、乾いた黒で汚した女医は、はいと答えて告げる。

表情が暗く、声に疲れが感じられる。



「先ほどの……えっと名前を失念しました」



「私の知り合い?」



「同期の方です」



ああ、と頷く。 今しがた話題に上がっていた3人のうちの誰かだろう。

一人はすでに過去にしか存在しなくなった人物だから、残る2人のどちらだろう?

アリサがその疑問の答えに行き着く前にマコトはフィリスと言葉を交わし、頷いた。

アリサに顔を向ける。



「中尉、すまないが寄り道に付き合ってもらえるかな」



「なぜです? すぐにでも出撃……」



「いやなに、せめて家族に伝えるべき言葉くらいは聞いてやれるんじゃないかと思ってね。

 あとは、そう。 戦乙女なら迷わずにヴァルハラへ導いてそうだと思ってね」



遠回しな言い方だが、アリサは理解した。 確かに同期の最期くらい看取る権利はある。

そして、マコトはそれにアリサも付き合って欲しいといっているのだった。

アリサは迷うことなく頷いて了承を示した。









男は疲れきっていた。 だが、同時に為すべきことを知っていた。

尽きかけた命の最後の一欠片を使い切るまでそれを考えるべきだと思っていた。



「久しいね」



ああ、と答えたつもりだったがかすれた空気が漏れただけだった。

だが、眼前の女には伝わったらしい。 頷いてイスに腰掛けた。



「言い残すことは? 忙しい女を呼びつけたんだから、あるんだろ?」



気休めも前置きもない。 彼の命がもうないことを知っているのだろう。

こんなとき彼女は無駄なことは言わない。 言葉は残されたものの為にあるといつか言っていた。

だから、死んでいく者に気休めはいらない。 今、死に逝く立場となればまったく同感だった。

無になろうとするものにわざわざ無駄となる餞を渡すことは時間の無駄だ。



「……ぅ……せ……ぉ」



最後の意志力を振り絞って唇を動かす。 自分が見たものと伝えるべきことを託すために。

それは実際はほとんど言葉になっていなかったかもしれない。 だが、彼女は唇の動きが読める。

死にかけた男の最期の言葉を読み取ってくれる。 それを知っていたから彼は呼んだのだ。



「わかった。 推測込みだがありえるな。

 それに巨人の話も」



果たしてその期待に彼女は応えてくれた。 意識が途切れる直前に見た巨大な腕。

破壊した敵機の背中に見たもの。 ずっとそれを考えて、得た結論。

大丈夫だ。 彼女なら、きっと、俺とは違う……生き残って…………マコト



それっきり沈黙。 それは永遠の沈黙だった。



「死んだよ」



あっさりとマコトは告げた。 確認するまでもないだろう。

むしろ生きているのが不思議だったのだから。

ひっしゃげたスノーフレイクのコクピットから救助された段階では誰も生きているとは思わなかった。

男の体はフレームにはさまれて切断されながら、しかし一部が機械と融合したようになって生きていた。

いかなることがあればこんな様になるのか、予想もつかない。



「ドクター、死亡確認を。 家族への遺言はなかったよ。

 代わりに私が適当に考えておくから、遺品と一緒に送って欲しい」



「お友達、だったんですか?」



遠慮がちにのフィリスの問い。 さてどう言ったものかとマコトは考えた。

生き別れの弟ですとボケようかとも思ったが、人のいい彼女は信じかねない。



「同期さ。 機動兵器の操縦も一緒に習った。 私が教えてやる位下手くそでね。

 一時期は心が通じ合ってるかもって錯覚を共有してた。 浮気したのこいつが先だけど。

 2年位前に結婚式に出た。 浮気のときとは別の相手だったよ。 この間、ようやっとスノーフレイクに乗れたって」



嘆息し、髪を撫で付ける。 あまり楽しい思い出ばかりでもない。



「ぜんぶ、ムダになったね」



突き放したような言い方だが、アリサはマコトを誤解しなかった。

彼女の表情は冷酷とは対極にあった。



「一つ、最期に役立つかもしれないことがある」



「遺言のことですか?」



「ああ、実に仕事熱心だった。 少なくともいくつかの辻褄が合う

 検討する価値はある、と思う。 でも、期待しないで欲しい」



「どっちなんですの?」



「錯乱した男の戯言って可能性もあるってことさ」



「ご友人が命をかけて伝えようとしたことであっても?」



「うん」



やはりあっさりと肯定する。

アリサはやはりこの人は冷酷なのかしら、と思い確認した。



「悲しくはありませんか?」



「これが戦争だからね。

 けど慣れることはあっても、忘れることはあっても

 2度と出くわしたくないと思えるほどには嫌だね」



わからない。 やっぱり冷酷とは言い切れそうもない。

態度に出さないだけで悲しんではいるのだろう。

マコトが隠すように握った右手は震えていたから。

まったく、なんて複雑な人。 もう少し素直になれば……。



「さて中尉、ここで一つ仕事を思い出そう。

 いいかげん嫌になりかけているけど、私達は軍人だ」



「ええ、そうです。 その点に疑問はありません」



「うん。 まあ、私は仇討ちなんて柄じゃないが、

 死ねない理由は多い方がいいと思うんだ」



アリサは複雑な微笑を浮かべた。



「生き残ろうよ、お互いに」



それがマコトの本心からの言葉だと知れたからだ。

そして思う。 そう言えば、私は自分も一緒に看取った男の名前すら知らないわ。



このときのアリサはその名も知らぬ男の残した言葉の内容も、その重大性にも気付いていなかった。

だが、その死の重さだけははっきりと感じていた。



そしてカキツバタは戦場へ。 すべてを奪う戦場へ。





<続く>






あとがき:

長い上にまた男性陣の出番がない orz
次回こそサレナ出撃で、ガイvs万葉の再戦、ジュン君咆哮を!
このままだとあと2話くらい逝きそうな悪寒。

それでは次回また。



 

 

代理人の感想

確かに出番がない(笑)。

まぁ、活躍シーンがあるならそれを信じてぐぐっと待ちますか。w

 

ちなみに私、ジンシリーズって大好きなので「ついにきたか!」と小躍りしてるんですが、

まさかこれで活躍が終りってことはないですよね? ね?(爆)