時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第24話その1 『真実』の嘘







通話終了を知らせるツー、ツーという味気ない電子音を確認して受話器を置く。
ほとんど見かけることのなくなった公衆電話だが、それでもないと困る場合がある。

例えば無線では盗聴の危険性がある場合(暗号化されているので可能性は限りなく低いが)や
電波が混み合いすぎてつながりにくくなったりする大規模災害時の緊急連絡用、
あるは戦時のように公共の電波を優先するために民間の周波数を制限する場合などだ。
この国もその例に漏れず、戦時である現在は民間の周波数がかなり制限されている。
さすがに必須となっている携帯端末の周波数帯域までは制限はかかっていないが、
それでも時折、つながりにくいと言うことはあった。
しかし、カイトが公衆電話を使うのは別の理由からだった。

「終わりましたか?」

「ごめん、待たせたね」

「いえ」

銀髪の少女の簡潔で短い返答。 初めは嫌われているのかとも思ったが、ルリは大抵の人間に対してこうだ。
特別に多弁になるのはユリカ、アキトの2人を相手にしたときくらいだろうか。
ナデシコの中でも2人は特別だったのだろうと思う。

なぜだろうか?

カイトが調べられた限りの情報ではナデシコに乗艦するまでルリは研究所暮らし。
アキトは火星に居たときの資料は開戦時のごたごたで喪失してしまいはっきりとしないが、
地球にきてからはラーメン屋に住み込みのアルバイトだった。
ユリカは全寮制の宇宙軍士官学校。
アキトとユリカはそれでも幼いころに出会っている。
しかし、この2人とルリとの接点はナデシコ以前にはない。

……なぜだろう?

もう一度、声には出さずに呟く。
ナデシコが就役してからクルスク戦の後に解体されるまでの期間は約1年(ジャンプによる誤差があるので実質は5ヶ月程度)。
それなのに、3人が寄り添う姿に違和感を感じていない自分が居る。
わずか1年。 その間に育まれた絆はそれほど深かったのだろうか。
絆の深さと積み重ねた時間は必ずしも比例するとは限らないが、それでも共に過ごした時間の長さは重要だと思う。

「……1年か」

カイトがナデシコに居た時間は更に短い。
火星から帰還してからのわずかに2ヶ月ほどだった。
考えてみればその間だけでも相当なことがあった。
北極圏にまで出向いて新型機の回収、テニシアン島でのチューリップ調査、そしてクルスク戦。
確かにこの短い間でも生死を共にしたならば絆は深まるだろう。
今でも時折、ミスマル家を訪ねてくる旧ナデシコクルーの顔を思い出しながらそう思いなおす。

しかし、やはりルリがアキトとユリカにだけ特別な態度を示す理由はわからない。
ナデシコが解体されたとき、いくつか問題になったことの1つはルリの身柄についてだった。
当然、ネルガルは貴重なマシンチャイルドであり実戦でその成果を上げたルリを手放すつもりなど毛頭なかった。
少なからずルリの研究所での待遇を知っていたクルーは同情的ではあったが、どうにかなるものでもない。
最後まで研究所へ戻すことを強硬に反対したのはハルカ・ミナトとミスマル・ユリカの2人だった。
派手な外見に反するように母性の強い古風な女性であるミナトはルリを引き取るとまで言った。
一方でユリカも同様のことを主張し、プロスペクターとゴート・ホーリーの2人を困らせた。

2人としてもルリを研究所に戻すことがどういういことか理解していなかったわけではない。
これが平和な時勢であればネルガルも世論を気にして無茶なことはしまい。
しかし、今は地球の命運をかけた全面戦争の真っ最中。 軍需産業も大いに盛り上がっている。
そんなときに優秀な『商品』たりえるルリに『人権に配慮した丁寧な扱い』など期待できるはずがない。
死なれては元も子もないとは考えるだろうが、それ以外は無視するだろう。
言葉を飾らなければ実験用のモルモットと大差ない。

そのことを理解しているだけに、2人は相当に苦悩したことだろう。
ミナトやユリカの言うことはわかる。 しかし、彼らはネルガル側の人間だった。
すべてを投げ打ってまでルリを助けるには多くのものを抱えすぎている。
特にゴートとミナトの2人は悪かった。 ミナトにとってルリはかけがえのない相手だった。
ゴートの中でルリは確かに助けるべき存在だった。 しかし、優先度は1番ではない。

ゴートは良くも悪くも現実主義者に過ぎた。 自分の力量を把握し、その限界を知っていた。
だから、自分ではルリのことはどうしようもないと告げたのだろう。
それは事実としては正しかったのかも知れないが、それに対するミナトの返答は「あなたはそこで諦められるの?」だった。
どうしようもないのかもしれない、だけど何もしないのは罪悪だというのが彼女の持論だった。
その思いの差が2人の間にすれ違いを生んだようだ。 これに恋愛がからんで更に事態は悪化している。

結局、プロスの妥協と粘り強い交渉の結果、ルリはミスマル家に預けられることになった。
ただし、条件としてネルガルの実験に協力することが義務付けられた。
ミナトではなくユリカに預けられたのは、ユリカはナデシコ解体と同時に軍へ復帰しており、
父親であるミスマル・コウイチロウは極東艦隊の提督にある高級将官。
少なくとも一介の民間人であるミナトに預けるよりは軍への影響力と言う点でネルガルに利がある。

また、ルリ自身がそれを望んだと言うこともあった。
彼女はアキトがナデシコ解体後にネルガルから軍への派遣を志願したと聞いて少なからず驚いたようだったが、
それでも日本から出航するカキツバタを見送る際にこう言った。

――― 帰ってきます。 今度は……約束しましたから。

12歳を迎えたばかりの少女の胸中にいかなる思いが渦巻いていたのか、カイトに知る術はなかった。
ただ、彼には皆と同じようにカキツバタを見送ることだけしかできなかった。
今でもルリが何を考えているのかわからないことのほうが多い。
何を考えているのか読めないという点ではユリカも同様だったが、この場合はベクトルが違う気がする。
ユリカの場合は記憶喪失の人間にペットの名前を付けたり、行き場のなくなったカイトを居候させたり、
いまいち行動が読めない。

……男なんだけどな、一応。

なんというか、ミスマル家におけるカイトの扱いは本家の『カイト』、つまりは昔飼っていた犬と大差ないように思えた。
別に犬小屋に住まわされてるとか、ドックフードしかもらえないと言うことではない。
なんというか、まったく男として意識されていない。
幼いルリはまあ分かるとして、ユリカからもまったく男として見られていないというのは悲しくなってくる。
いいお友達2号(1号はカキツバタ艦長として欧州へ出向中)の扱いだった。
もしかしてユリカの中で特別なのは「王子様」であるアキトだけで、それ以外の男はすべてモブかなんかと同じなんだろうか。

……恐るべし、幼馴染パワー

なんと言っても10年越しだというのに。
毎朝起こしに来るお節介なお隣さんや天然ボケ犬チックな幼馴染に恵まれていない我が身が恨めしい。

「カイトさん」

「なに、ルリちゃん?」

「時々、声に出てますよ」

「……教えてくれてありがとう」

「いえ」

短い返答。 それっきり沈黙が流れる。
元々、ルリは多弁ではない。 しかし、今のカイトには沈黙がきつかった。
必死に話題となりそうなことを脳内検索してみるが、Hit数は芳しくない。

「ルリちゃんは、今日は何をするの?」

「いつも通り、バイタルチェックから入って接続試験と調整をした後はシミュレーションです。
 今日はナノスキンによる機体の表面整流効果。 あと、新型複合装甲の対弾実験のデータ整理を手伝う予定です。
 レールガンのような超高速飛翔体では装甲も弾体も流体的に振舞うので浸徹理論のシミュレートが複雑化するんです。
 だから表面のナノスキンで少しでも流れをそらすことで避弾経始のかわりを……」

「ごめん、わるかった、降参」

聞いてもわかるはずがない。 とにかく小難しいことをやっているようだ。

「カイトさんは?」

「うーん、俺のほうは、ちょっと。
 秘密なんだ、ごめん」

「いえ」

短い返事。

「でも」

「うん?」

「気をつけてください」

飾らない言葉。 ひどく簡潔で、それだけの言葉。
だが、それがカイトには嬉しかった。
少しだけでも距離が縮まったようで。

「うん、それじゃあ、また後で」

「はい」

彼が今はもう失ってしまった家族の絆を取り戻せるようで。
本当に、ずっとこんな穏やかな日が続けばいいと、そう思っていた。
記憶喪失のフリをし続けるのも、彼女たちを騙し続けることも。
ずっとこの嘘が続けばいいと、そう願っていた。


○ ● ○ ● ○ ●


カワサキ・シティにあるネルガルの研究所は他とは比較にならないほど厳重に警備されていた。
エリア51とタメがはれると言われるほどだが、そのわりに市街地に近い。
一説には新型機を開発しているためとも言われるが、機動兵器の試験に必要な広大なフィールドがここにはない。
実際は新型装甲の開発や機動プログラムなど一部が行われているだけだった。

それにも関わらず、厳重極まりない警備がなされているのはそれとは別の研究を行っているためだった。
ある意味で新型機動兵器よりも秘匿せねばならないモノ。
この戦争の在りようを一変させるかもしれない技術。

「……ボソンジャンプ」

イネス・フレサンジュは眼下の巨大な物体を一瞥して呟いた。
モノが大きすぎて全体を見渡すことはできない。 一部だけ見えているのは岩塊のようにゴツゴツとした表面だけだ。
だが、逆行者であるイネスはその正体を知っている。
Cellular Hangover from Unkown Labyrinthine Intelligenceof Prehistorical age(先史時代の謎めいた未知の知性が残した細胞質の遺物)、
つまりは長いので誰も正式名を使わないが、それはCHULIPだった。

「確かに公開はできないわね」

DF発生装置に四方を囲まれてはいるが、それは決して安全を意味しない。
チューリップは単なるゲートに過ぎない。 つまり、この入り口を通れるサイズならいかなるものでも送り込める。
なりふり構わなければ暴走状態にした相転移エンジンを放り込めば出口の向こうでは周囲数kmが文字通り『消滅』するだろう。
木連の技術ならそれは十分に可能だろうが、それをやらないところを見ると、まだ戦略的にはまともなことを考える人間が居るらしい。
戦術としては有効かもしれないが、同じことは地球側だってできるかもしれないという恐怖があるのだろう。
そうなればコロニー群で生活する木連の方が不利になる。 穴が開いただけで中の人間は全滅しかねない脆さを持つコロニー住民の恐怖はいかほどばかりだろうか。
WW2以来、後方に対する大規模な戦略攻撃は当然のものとなった。 戦場で兵器を破壊するだけでなく、生産力を叩くことで国力を疲弊させる戦略攻撃は
多くの一般市民を巻き込むという側面もあるために非人道的との謗りも免れないが、あいにくとそれで戦略攻撃を控えた例は少ない。
現に木連も無人艦隊を使って都市部への無差別攻撃を行っていた。 火星ではこれで多数のコロニーが壊滅した。
地球でも北米のデトロイト、欧州のルール地方、日本の北九州など主要な工業地帯が攻撃対象とされている。
地球側がこの報復を行わないのは単に木星は遠すぎるという物理的問題に過ぎない。
ボソンジャンプの制御技術を戦争中にモノにできるなら、コロニー群やプラントへの攻撃を躊躇するはずがない。
特に生産力の低い木連にとってプラントは生命線だ。 これを地球から叩けるなら間違いなく戦争は早期に終わる。
地球側の圧倒的勝利で。

そういった意味でもボソンジャンプの技術は非常に価値の高いものだった。
ネルガルがこれを独占できるなら、戦後も間違いなく世界を支配できる。
比喩でも大げさでもなくこの技術にはそれだけの価値がある。
戦後のヒサゴプランとその生み出した莫大な利益を知るイネスから見れば明確だった。
だからこそ、その『独占』を崩す存在であったA級ジャンパーが火星の後継者に狙われたのだ。
イネスにとってもそれは他人事ではない。 ユリカが遺跡と融合させられ、アキトは復讐鬼と化し、
また自分が命を狙われる原因ともなった。
イネスとしてはできるだけA級ジャンパーの存在は秘匿したいと思う。
しかし、それもいずれ限界が来る。 そのときに備え、彼女は様々な手を打っておく必要がある。
敵は火星の後継者、あるいは木連だけとは限らない。
ネルガルも、そして地球連合政府さえ信用するわけにはいかない。

しかし、そのためには同時にジャンプの研究に関わらねばならない。
目を瞑り、耳を塞ぎ、口を噤んでいては流されるだけになってしまう。
できることなら自分の手で研究を『制御』しなければならない。
恐らくボソンジャンプ技術は核エネルギー以来の技術革命となるだろう。
だが、それは同時にまた一つ人類が業を背負うことでもある。

……原子爆弾を開発した科学者たちもこんな気分だったのかしら。

いや、彼らはもっと気楽だったのかもしれない。
あるいは苦悩したのは煉獄の炎を召還したその後だったかも。
ジャンプ技術も似たようなものだ。
それが悪魔の奸智によって使われるまでその危険性に誰も気付かず、まるで夢の技術のように思っている。

「どう、この研究所は?」

エリナ・キンジョウ・ウォンもその一人のようだった。
彼女にとってジャンプ技術は自分の野望を達成するための道具に過ぎないのだろう。
その気持ちは分かる。 現にイネスも火星の後継者事件にあうまでジャンプ技術は便利な移動技術という認識しかなかった。
過去に跳ばされるという事故を経験したイネスでさえその程度だったのだから、他の人間に関しては推して知るべしだ。

「施設そのものは悪くないわ。 でも、チューリップを置くのはどうかしら」

聞き入れないだろうとは思いつつ、イネスはエリナに告げる。

「心配いらないわ。 戦艦並みのディストーションフィールドで周囲を囲ってあるし、
 研究所内にもエステ隊が待機しているもの」

「……エステバリスね」

正直なところ心もとない。
例のジンタイプが相手ではエステは火力不足だ。
せめて重機動フレームが必要になる。
一流揃いのナデシコのパイロットたちでさえ緒戦ではあれだけ苦戦したのだ。
果たして企業の私設部隊がどれほど役立つのか。

「何か言いたげね」

「ちょっとね。 エステはいつまで使えるのかと思って」

その言い方にエリナはムッとしたようだ。

「心配しなくても後継機の開発は進めているし、スーパーエステだってあるじゃない」

「そうね。 でも、欧州戦でのレポートは読んだでしょう?
 例の大型機動兵器相手ではスーパーエステでも厳しいんじゃない?」

実はそんなことはない。 ジャンプのパターンを読めれば運動性能の低いジンはスーパーエステの敵ではない。
だが、そのパターンを読めるほど情報がなく、ジャンプの意味さえ良くわかっていない現状では脅威だ。
あとは強固なDFを貫通できるレールカノンは必須になるが、肝心のそれは数がまだない。
想定された敵がバッタだったのでラピッドライフルで十分だと考えられていたのが主な原因だ。
重たく、大きいために機動力を削がれる上に取り回しに難のあるレールカノンはエステ向きの武器ではない。
カスタムやスーパーエステがそれらを装備していたのは単にステルン・クーゲルへの対抗上だ。
クーゲルが存在しない現状ではそれはスノーフレイクへの対抗としてオプションとしてあるだけだ。
必要性を感じないものをわざわざ揃えようとする奴はいない。

「……それは」

痛いところを突かれたと言わんばかりにエリナは言葉に詰まる。
イネスが体験した過去ではそれでも月面フレームという化け物がこちらにもあったが、今回の歴史では月面フレームの計画は潰れている。
レールガンを装備したスノーフレイクや対艦ミサイルを運用できるアスフォデルという艦載機もあるのに、
わざわざ相転移エンジンを搭載して10m越えになってしまい基地でしか運用できない上にやたら高い月面フレームを使う必然性を軍は感じなかったのだ。

「後継機とは言うけれど、それにしたって間に合わなければ意味はないのよ?」

「私にだってそれくらい分かってるわ」

エリナはますます不機嫌になる。
とは言え、現状を正しく認識しているだけまだいいとイネスは思う。

技術者やパイロットの中にはエステバリスを過大に評価するものも少なくない。
確かにエステバリスは優れた機体だ。
徹底して軽量化された機体は現用の戦闘機よりも軽い。 本体重量1.5tはトラック並みだ。
軽いと言うことはいいことだ。 同じ出力なら重い機体よりもまず機動力を稼げる。
また、輸送が楽になる。 これは意外と大きい。
旧来の戦車など空輸では大型の戦略輸送機を使っても一度に数両しか運べなかった。
つまり戦略レベルで緊急展開するには向かず、緊急時の対処がどうしても遅れる。
その点、エステは6mと小型で軽量なため、一度にたくさん運べる。
ヘリで運ぶことだってできる。 戦場でも橋の重量制限を気にする必要もない。
機動力だけでなく、戦略レベルでの移動力にも優れることになる。

軽いということは重装甲を施せないと言うことにもつながるが、その点でもエステは十分だった。
まず装甲はミサイルに対する破片防御、機関砲の最初の一撃に耐えられればそれでいいと割り切っている。
この点は他の陸戦兵器とは違う。 装甲で重量をかさませるくらいなら、その分のリソースを機動力に当てると言う発想は戦闘機に近い。
しかし、戦闘機と違ってエステにはDFという強固な盾が存在する。
これがあるからこそ重装甲を施す必要がないのだ。

他の陸戦兵器や戦闘機がDFを装備できないのは、この装置が電力を馬鹿食いするために装甲車両やジェットエンジンでは
その電力をまかないきれないというのがある。
しかし、エステはこれをコロンブスの卵的発想で乗り越えた。
内蔵できないなら外部からエネルギー供給を行えばいいという発想だ。
小型化、軽量化、高出力化の二律背反どころか三律背反な難題はこうして解決された。

繰り返しになるが、エステバリスは優れた機体だった。
それまで手も足もでなかったバッタを相手にするために特化された機体と言ってもいいかもしれない。
その点でエステは大いに成功したと言える。 キルレシオは最大で1対20とも30とも言われる。
つまり、エステ1機が落とされる間にバッタはその30倍が撃墜されているということだ。
尋常の数字ではない。 ちなみにスクラムジェット戦闘機ではこの値は3対1にまで悪化する。
3機落とされてようくバッタ1機を撃破できる計算だが、とても割に合うものではない。
これは戦闘機が基本的には同じ航空機(戦闘機や爆撃機、ヘリなど)を相手にすることを想定してきたためだ。
例えるなら日本刀でリンゴの皮むき記録に挑戦するようなもので、できなくはないが向いていない。

そう、エステは『バッタキラー』として開発されたようなものだった。
人型とし、フレーム換装方式で多様な任務に対応できるようにはなっているが、
根本の設計思想は『艦を守る対バッタ用の移動砲台』というものだ。
ゆえにナデシコで運用される限り行動半径は艦の周囲で問題なかった。

同時にこれがエステの限界でもあった。
エステは対バッタ用に特化されすぎていた。
バッタの運動性能に対抗すべく徹底して小型軽量につくられた機体に余計なスペースはなかった。
バッタの対光学兵器用の弱いDFさえ貫ければいいという理由で威力と速射性能、扱いやすさの兼ね合いから採用されたラピッドライフルは、
そのバッタのDFが強化されたときに火力不足を露呈した。
フレーム換装方式にしても根本的に低い拡張性を補うには足りなかった。

何より、行動範囲の狭さが陸戦で問題となった。
自己完結性の低い兵器は空戦や宇宙戦なら何とかなっても、様々な地形が錯綜する陸戦では使えない。
単独では侵攻能力を持たないエステでは守ることはできても攻めることができない。
艦を敵の機動兵器から守ればいいというだけではダメだった。
陸軍が求めたのは単独でもあらゆる地形を走破し、障害物を乗り越え、阻止攻撃を潜り抜けて敵の拠点を攻撃できる、
そんな攻撃的な機体だった。
当初はそれでも他に使えるものがなかった陸軍はなんとかエステを使おうとした。
発電車両を随伴させたり、航空機に中継させたりして行動範囲の狭さを補った。

しかし、スノーフレイクの登場がすべてを変えた。
エンジンを装備したスノーフレイクはエステのように発電車両を随伴させる必要はなかった。
フレーム換装方式ではなく、ミッションパック方式で武装をすべて外装で交換できるようになっているのも大きかった。
エステは設備の整った後方の基地でないとフレームの交換ができなかった。
それがスノーフレイクでは前線でも野戦交換であらゆる任務に対処できる。
7mとエステより一回り大きく、整備も面倒という欠点はあったが、その性能と使い勝手の良さは陸軍に大いに受けた。
これはスノーフレイクが『自己完結性の高い陸戦兵器』として開発されたからだ。
その証拠にスノーフレイクの装備には明らかに対バッタ用にしては仰々しいものが多く含まれる。
主兵装たるレールガンなどその典型で、これは盾となっている障害物ごと敵機をぶち抜くという豪快な発想によるものだ。
ちなみに想定したのはエステ級の機動兵器らしい。
他にも無誘導のロケット弾や地対地ミサイルを満載したD型兵装などは一体に何を相手にするのか理解に苦しむ代物だった。
まるで昔の戦車が群をなして向かってくるような事態でも想定してるかのようだった。
(しかしこれはクルスク戦で現実となり、これの阻止攻撃に大いに役立った)

また、陸戦兵器として開発されながら、宇宙戦にもきっちり対応している。
しかし、やはりエステとは設計思想が違うらしく、アスフォデルという強化装甲で対艦ミサイルの運用能力を付与している。
スタンドアローンが可能な機体ならではと言えるが、艦載機にしてはやたら攻撃的だった。
機動兵器は個艦防空・艦隊防空を担い、敵艦を沈めるのは艦艇の仕事という宇宙軍のドクトリンに真っ向から反している。
海上と違って宇宙は何でもかんでも三次元の動きができる。 航空機と艦艇のような展開能力の差異は関係ない。
地球は丸いからレーダーは水平線の向こうを見れず、そのため水平線を遠くにとるためにより高位に位置する方が有利ということも宇宙では関係ない。
レーダーの探知距離はその電波出力が重要と言うのは変わらず、しかし地球上のような制限はないから単純に高出力のレーダーを積める艦艇のほうが探知距離は大きくなる。
火力に関しては言わずもがな。 大きい方が強力な兵器を積めることは自明の理。
艦載の機動兵器と艦艇の関係は海上における航空機と艦艇の関係ではない。 むしろ大型艦艇と水雷艇のような関係だ。
つまり普通にでかい艦ほど有利というのが宇宙戦だった。
まあ、さすがに戦艦だけでは内懐に飛び込まれたときに対処できないから駆逐艦や巡洋艦が存在するのだが。
さすがに艦載機で対艦攻撃を行うには相当に接近せねばならない。
宇宙戦ではそこまで近付くことなく遠距離での砲撃戦か、中距離でのミサイル戦に終始する。
第四次月攻略戦では戦艦隊の砲戦の合間をぬって艦載機が奇襲を仕掛けたが、これは地球・木連側双方が月という拠点を巡って戦ったために、
戦場が限定されたうえ、連合軍が反航戦(すれ違い様に撃ち合う戦術)を仕掛けて双方の距離が近付いたからできた奇策だった。
通常の艦隊戦は反航戦を仕掛けてもここまで接近はしない(どちらかが衝突を避けるために変針する)し、
相対速度をあわせて同航戦(ノーガードの撃ちあい)にもつれ込む場合がほとんどだった。

ある局面では役立つかもしれないが、その他ではほとんど出番がなさそうな代物をわざわざ開発するAGIも謎だが、
なぜかそう言ったものに限って役立っているのはなぜだろうか。
欧州戦でも「何を撃つんだコレ」とまで言われた88mmレールカノンを装備したフリティラリアは対十五試戦、対マジンで大いに活躍した。
これに気をよくした陸軍はフリティラリアの導入を進めているようだ。
何しろエステでは同クラスの機動兵器が相手では決定的に火力が足りない。
コンパクトにまとめられたエステは完成度が高く、ゆえにこれ以上はいじくりようがないほどに強化されつくした。
その集大成がスーパーエステであった。 しかし、時代はそれ以上のものを要求してきている。

連合宇宙軍第1機動艦隊はその質を異才、ファルアス・クロフォード中将の指揮のもと、その陣容を変革しつつある。
初期のころにあった『機動母艦を集中運用することで艦隊防空の効率を高める』という名目は彼方へ消えた。
第四次月攻略戦以降、主戦場が地上へ移行するとその任務は陸軍と協力しての地上攻撃が主となった。
1隻で50機以上、最新鋭のダイアンサス級機動母艦では80機以上の機動兵器を運用できる上に自己完結性の高い艦隊は強力無比な攻撃力を発揮した。
中規模の艦隊でも攻撃に参加できるのは100機以上。 大規模の艦隊なら防空専門の護衛機母艦を随伴しているから、シレネ級以降の正規機動母艦は
その艦載機のすべてを純粋な攻撃力として使用できる。 数にして300〜500機が波状攻撃で殴りかかってくるのだ。
母艦群にしてもエステを初めとする護衛機と護衛艦が十重二十重の防空網を形成している。
機動艦隊はかつての空母艦隊のごとく凶悪なまでの対地攻撃力を発揮した。

それを可能としたのがスタンドアローンが可能で、分不相応なまでの火力を備えたスノーフレイクだった。
当初よりファミリー化が図られていたアスフォデル・シリーズの強化装甲もこれを助けた。
宇宙軍の対艦攻撃機<アスフォデル>として、空軍の多目的攻撃機<フッケバイン>として、陸軍の対大型機動兵器用に<フリティラリア>として。
この利点はあくまで強化装甲であり、やはり野戦交換が可能で、使い終われば排除してしまえばスノーフレイクとして普通に使える使い勝手の良さだ。
部品がかなりの部分で共通化されているために高いと言われるコストを抑えられたのもプラスに働いた。
さらにAGIでは陸海空に宇宙軍まで加えた統合攻撃機計画と称するものまで進めている。
つまり今はアスフォデルのそれぞれの派生型で行っている任務を1種類の機体で済ませてしまおうと言う野心的な計画だった。
可能であれば今より更なるコストダウンが狙える。 AGIとしても4軍が買ってくれるなら、初期納入分でも1000機は下るまい。
これは実に魅力的だろう。

宇宙軍 ――― 特に第1機動艦隊はかなり乗り気らしい。
その質を『艦隊防空専門部隊』から『機動打撃任務部隊』へと変質させつつある現在では特に。
ネルガルにとっては最悪なことに第1機動艦隊はエステの調達を打ち切ることを決定した。
護衛機母艦用にスーパーエステの調達は少数ながら続ける方針だが、エステ2に関しては次の2期の納入分で打ち切りだ。
陸軍もスノーフレイクへ主力をシフトしつつあるために調達数が減っている。
海空軍は初めからスノードロップとフッケバインに絞っている。
つまり、現状のままではエステバリスはナデシコ級で細々と使っていくか、第1艦隊、第2艦隊の護衛部隊しかなくなってしまう。
どう考えてもそれではまずい。 一応、現時点でも開発費諸々の元はとれたが、次が続かなくては意味がない。

「そのために欧州へAV−X計画の機を送ったのよ」

「……ブラックサレナね」

その名を複雑な思いで口にする。
復讐人の剣、黒百合、呪い。
正直、あまりいいイメージがないが、命名に関してはアキトが拘ったためにその名が付けられた。

「他の2機もね。 1機は大破、もう1機も中破よ」

これが普通の量産機なら修理するなり、廃棄して新しい機体にするなりできたのだが、
あいにくと大破したシュワルベも中破したカイラーも技術実証機 ――― つまり『こんな技術があって作れそうだけど
役に立つかわかんないから実際に作ってみました』という実験機に過ぎない。
量産を前提としないために特注品ばかりで予備部品も少ないために壊れると修理が非常にめんどくさい。
整備マニュアルさえろくにないために設計者が直接、部隊まで整備しに行っていたというのだから面倒の度合いが伺える。
ちなみにシュワルベの方の設計に携わったレイナ・キンジョウ・ウォンはエリナの妹でもある。

「でもデータはとれた。 ええ、このAV−X計画の技術、そしてボソンジャンプ。
 この2つを組み合わせればネルガルは必ず頂点に立てる」

エリナは笑みを浮かべる。 艶やかで、危険な笑みだ。
自分の目的を果たすために彼女は他を犠牲にすることに躊躇はない。
イネスは別にそれを不愉快とは考えない。 そうでなければ果たせないものがある。
叶えられない望みがあることを知っている。
だから、イネスはエリナを否定しようとは思わない。
別段肯定しようとも思わないが。

イネスにとって他人とは本当に他人だった。 自分のことでさえ他人事のようだった。
ジャンプによって過去に跳ばされたイネスは現在と言うものに対してどうにも現実感を感じなかった。
すべてを客観的に見つめ、分析し、行動する。 一種のルーチンワークだった。
今回も同じだ。 ボソンジャンプによって精神だけを過去に跳ばされたという違いはあるが、
イネスはやはりこの世界にも現実感を感じられなかった。 よくできた舞台装置の中に放り込まれたような気分だ。
ナデシコのバーチャルシステムを使っているのと近い気がする。

……ずいぶんと脚本は変わっているようだけど

声には出さずに内心で呟く。 史実よりも早いネルガルの落日、ナデシコの解体、欧州派遣。
どう考えても前回と同じとは言いがたい。 つまり、先が読めない。
いくつか想定されるパターンはあるし、大まかな流れのようなものは同じだろうが、
細かな部分のズレはどうしようもない。

「そのためにもボソンジャンプの研究者が必要なの。
 テンカワ博士の弟子であった貴女のような優秀な科学者が」

だが、それだけではダメだとイネスは内心で否定する。
ざっと資料を見たが火星で回収されたブラックサレナの解析はあまり進んでいなかった。
と言うより、その価値を良くわかっていないらしい。
あのサレナは対夜天光・六連に特化されている。 機動兵器としてみた場合、アンバランスで使い物になるとは思えない。
だが、そこにボソンジャンプとA級ジャンパーと言うファクターが加わると状況は一変する。
いかなる場所へもタイムラグなしで出現できる機動兵器の存在は大きな脅威だ。
対処する時間さえなくいきなり目の前に現れるかも知れず、またいつどこに現れるかも予想できない。
守る側としてこれほど厄介なものはない。

しかし、それはA級ジャンパーがいればこそだ。
サレナのジャンプ機構は単純に中身のテンカワsplのフレームにCCを組み込んであるだけだ。
マジンやアルストロメリアのようにジャンプフィールド発生装置や座標演算システムが組み込まれていない。
B級以下のジャンパーにとってはまるで意味がない代物と言える。
解析が進まないのも当然と言えた。 恐らくあれが単独でジャンプ可能と言うことさえわからないだろう。

「でも、どうするつもり? ナデシコはチューリップを抜けられた。
 だけど、クロッカスの乗員たちは……火星であなたも見たでしょう?
 何もかも、ボソンジャンプには分からないことが多すぎる。
 彼らと私たちの違いはいったいなんだったのかしら?」

ディストーションフィールド、そしてA級ジャンパー。
DFがなければジャンパー以外の人間はジャンプに耐えられず、
あのときにA級ジャンパーがいなければどこに飛ばされていたかわからない。
答えを知りつつもイネスはエリナに問う。
それは遠回りにこのジャンプ実験の無謀さを訴えるものだった。
これで実験が延期されれば、という狙いがあったのだが……

「それを調べるために彼を呼んだのよ」

「彼?」

まさかアキトだろうか、と考えてそれを否定する。
カキツバタはまだ欧州からの帰途にある。
インド洋上で補給を受けて明日にはヨコスカに到着するはずだが、アキトだけ一足先に来るという話もない。

「紹介するわ……って言っても貴女も会っているはずだけど」

そう言うとエリナは「案内してきて」と警備員に告げる。
そしてその30秒後、イネスはあまりに予想外の人物と再会する。

「……カイトくん?」

「お久しぶりです、ドクター」


○ ● ○ ● ○ ●


初め目の前にあるものが何か理解できなかった。
全体では4〜5mほどのいびつな塊にしか思えない。
前衛芸術のオブジェと言われても信じただろう。
軽く触ってみると硬質の手応えが返ってくる。

「……硬い」

ほんのりと熱を帯びたその表面を手のひらでなでる。
遠目には紙か何かでできているように思えたが、それは特殊鋼か何からしい。
それが大きな手でくしゃくしゃに丸めたようなしわがついている。

「これは……」

いかなる力が作用すればこんな代物が出来上がると言うのか。

「これが3日前、跳躍門から吐き出されてきました」

「はあ」

そう言ったのは若い男だった。
それに気のない返事をしつつ白鳥九十九少佐は自分の見解をまとめる。

「おそらく跳躍事故だと思います。 イメージ伝達が失敗した場合に良く見られますね。
 ええ、つまり自己を固定できずにボース粒子変換された場合、再構成時にまともな形にならない。
 もしかしたら跳躍面境界の張力場でやられたのかも。 どちらにせよイメージ伝達の問題ですね。
 伝達ミスで遺跡に異物と判断されてうまく跳躍場に入り込めなかったんでしょう。
 跳躍場を境界面から内側に維持するための圧力が働いてますから、ひとたまりもないでしょうね
 無人兵器ならこんなことにはならないと思いますが……」

「ええ、それには人間の痕跡がありました」

痕跡などという言い方をするのは、つまり搭乗していたはずのパイロットの遺体はまともな形で見つからなかったのだろう。
イメージ伝達の失敗により跳躍場に入り込めず、内部の圧力で機体ごとグシャグシャに潰されてパイロットは死亡、
搭乗者の意識が途切れたことによって単なる物体と化したコレは遺跡から単なる荷物と判断されて適当な跳躍門から排出された。
おそらくそんなところだろうと見当を付けた。

「事故調査なら正式に委員会で行うべきでは?
 耐跳躍措置を施していない人間は跳躍門の近くでの作業を禁止されてるはずですし」

「いえ、そうじゃありません」

男は首を振って否定を示す。

「これは地球のものです」

「……地球の?」

もう一度目の前の物体を見る。
細部まで観察してみて、ようやくそれが人型ロボットの成れの果てだと気付いた。

「地球人も跳躍実験を始めたということでしょう。
 我々は遺伝子処置にたどり着くまで15年の歳月と94名の殉職者を出しました。
 安定して使えるようになったのはごく最近ですが」

「地球人はどうなんでしょう?」

「わかりません。 彼らは機動母艦1隻と撫子の生体跳躍を経験してます。
 私はそれを単なる偶然と考えていました。 今もその考えは変わっていません。
 しかし、これは無視できない」

「地球人も我々のように生体跳躍技術を手に入れると?」

「2度成功させている以上は、可能だと考えるでしょう。
 それはもしかしたら15年後かもしれない、しかし、明日かもしれない。
 正直なところ僕らにとっても跳躍は謎が多すぎる。
 なぜ、生体跳躍に耐えられる人間とそうでない人間がいるのか。
 その違いはなんなのかがはっきりしない」

確かにそうだ。 木連とて跳躍の原理を理解して使っているわけではない。
経験則からこうすればいいんじゃないか、という方法を得たに過ぎない。
その技術の大半はブラックボックスだ。

「撫子の乗員は遺伝子処置を受けていたとは思えない。
 なのに跳躍門を無事に抜けている。
 生体跳躍には僕らの知る方法以外のものだってあるのかもしれない」

遺伝子処置を施さずとも跳躍門を抜けられる方法。
それを明日にでも地球側が発見しないという保証はない。
もし、それが可能となったら……

「跳躍技術が地球人の手に渡れば、僕たちの有利は揺らいでしまう。
 彼らまで跳躍門を自在に使うとすれば、跳躍門は途端に諸刃の剣になってしまうでしょう。
 それは絶対に阻止すべきことです」

主旨はわかる。 しかし……

「なぜ私を?」

「これは危険な任務です」

男はあっさりと言い切った。
軍人にとって危険でない任務などないだろうが、
あえてそう言うということは生還率は呆れるほど低いのだろう。

「優華部隊は使えません。 捕虜になった際の危険が大きすぎる」

「地球人が我々のように女性を慈しむべき対象として扱う保障はありませんか」

男は首肯する。

「源八郎くんも考えましたが、彼は部隊指揮官として使いたい。
 元一朗くんはあれで熱くなるたちですから、この任務には向きません」

秋山源八郎は確かに指揮官向きの人材だった。
艦隊指揮を取らせたら恐らく優人部隊ではNo.2の実力を誇るだろう。
月臣元一朗は確かにその通りで、今回のような繊細な任務にはやや不向きだ。

「その点であなたなら例え任務達成後に捕虜となろうとも、
 決して諦めることなく虜囚の屈辱に耐えて生還してくれると信じています。
 いいですか? 必ず生還し、情報を持ち帰ってください。
 これは優人部隊総司令官、東 八雲少将としての命令です」

「はっ!」

かかとを揃え、敬礼をする。

「こちらからは以上ですが、現地では間諜の支援があります」

「間諜の……北辰殿の配下ですか?」
 
「いえ、彼らはまた別件で動いています。
 詳細は教えられませんが、向こうから接触があるはずです。
 『眠れる苗』が符丁になります」

「眠れる苗、どんな相手なのですか?」

「北辰殿のように裏の仕事に手を染めているわけではありません。
 彼ら、あるいは彼女らははるか昔から地球人に成りすまして溶け込んでいるのです。
 正直なところ、僕も全貌は知らされていません。
 今回の作戦まで存在そのものも隠されていました」

優人部隊の総司令まで知らないと言うのなら、一介の少佐がそれ以上聞けるはずもない。

「撫子の中にも眠れる苗は植えつけられていたようです」

「そんなところにまで……」

宿敵と見なしていた撫子にもスパイが入り込んでいる。
その事実にいささかショックを受けながら、同時に納得もする。
火星で優華部隊が撫子を捕捉できたのはそのスパイの情報があったからか。

しかし、と九十九は思う。
結果的に撫子の乗員は仲間に裏切られていたということか。
それが誰であれ、あまり気持ちのいいものではないな、と。


○ ● ○ ● ○ ●


「はい。 はい、わかりました。
 ええ、ではそのように……准将」

受話器を置く。 吐き出されたカード受け取って、ポケットへ。
しかし、すぐには立ち去ることなくそのままジッと電話機を見つめた。
いや、実際は何も見ていなかった。
いま聞いた内容を反芻し、視界が暗転する。

「 ――― イツキ?」

「は、はい?」

気付くと背後にヤマダジロウが立っていた。
彼はラフなトレーニングウェア姿。
艦内は空調が効いているとは言え、1月にしてはやたら寒そうな格好だ。

「怪我はもういいのか?」

「えっ?」

問われて自分の手のひらに巻かれた包帯を慌てて背後に隠す。

「ええ、もう傷はふさがりましたから」

そうか、と特にイツキの態度を気にした様子もない。

「……あの、ヤマダさん」

「ん?」

「もし、もしもですけど……」

何を馬鹿なことを言おうとしているのかとイツキは自分を戒めようとする。
しかし、言葉は止まらない。

「誰かに、裏切られたらどうします?」

「誰かって言われてもなー」

「親しい人とか、身近な誰かでいいんですけど」

うーん、とヤマダは唸る。
イツキの真意を図りかねているのかもしれない。

「やっぱ悔しいんじゃねえか?」

「……そう、ですよね」

歯切れの悪いイツキに、ヤマダは心配げに問う。

「なんかあったのか?」

「いえ、なんでも」

明らかに嘘と分かる態度だったが、ヤマダはそれ以上追求してこなかった。
この男はずいぶんと不器用ではあるが、それでも気を使うことくらいはできるようになってきた。

「あっ、でもな」

「はい?」

「悔しいのとは別に、やっぱ心配するだろ。
 裏切るってのはなんか理由があってのことだろうしな。
 ゲキガンガーなんかだとアレだな、家族を人質にとられてとか。
 そうなったら……やっぱりつれえよな」

「…………」

不意にイツキは何もかもぶちまけたくなった。
自分の知ることを、今の電話の話も、すべて。
しかし、それはできない。 できるはずがない。

「まっ、俺は仲間を裏切らねえぜ。
 もちろん、お前のこともな」

「……はい」

だから、イツキはそう答えるのが精一杯だった。


○ ● ○ ● ○ ●


発:戦略情報軍第2課防諜班
宛:ヨコスカ基地司令部 ミナセ少将

本文:以前より内偵中のスパイに関する案件。
北極海及びテニシアン島における木星蜥蜴の動向は明らかに事前情報を得ていたと考えられる。
カキツバタ寄港の際は敵の破壊工作も含めて警戒を厳にされたし。
旧ナデシコクルーにおける各個人の履歴調査は続行中なれど、未だ確定できず。
なれど高確率にて絞込みは成功しつつあり。 添付資料にて詳細を確認されたし。

なお、こちらのエージェントも1名、旧ナデシコクルーに混じって引き続き調査を続行中。


発:ヨコスカ基地司令部
宛:戦略情報軍第2課 ミカミ准将

本文:委細了解。
当方でも旧ナデシコクルーの監視は続行す。
なれど貴方のエージェントの協力を得たし。
可能なりや?


発:戦略情報軍第2課防諜班
宛:ヨコスカ基地司令部 ミナセ少将

本文:当方はアンダーカバー故に身分開示は認められず。
情報漏洩の危険性を考慮す。


発:ヨコスカ基地司令部
宛:戦略情報軍第2課 ミカミ准将

本文:委細了解。




<続く>






あとがき:

おとボクの人気投票で男が一番になりそうです。
男でも萌えるのは瑞穂ファンだ。 男だから萌えるのは訓練された瑞穂ファンだ。
ホント、女装っ子萌えは地獄だぜ!(AA略)

以上、戯言でした。
さて前回に引き続いて今回も話としてはやや暗めになりそうです。
主役はカイトかな。 B3Yはここの資料でしか知らんのですが。

それでは次回また。



 

 

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代理人の感想

うーん。

こういう湿っぽい話はやっぱ苦手ですねえ。

それにナデシコって人の生き死にはあるにしろ、

こう言う梅雨空のような鬱状態が長々と続くような作品じゃないかなとも思いますし。