時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第26話その2 シャクヤク強奪









――― コドクだな

眼下に広がる光景を男はそう評した。
場所は月の軍管理下にある工廠。
そこは元来、軍事施設らしく装飾の「そ」の字さえ見当たらない殺風景な空間だった。
つい数日前まではただ鈍色の空間が四方に渡ってそこに在るだけだった。
それがいまや盆と正月がいっぺんに来たような騒ぎになっている。
戦艦は無理でもミサイル艇や駆逐艦までなら収納できる多目的スペースは数機の機動兵器と
それにまとわりつく人々、そしていったいなんに使うのか見当すらつかないような機材で埋まっていた。

「孤独?」

「いや、蠱毒だ」

「壷の中に毒虫を放り込んでおいて共食いさせて、最後に残ったやつを使う呪いのアレか?」

ヨーロッパ系のくせになんでそんな妙なことにばかり詳しいのかと半ば呆れつつタカマチ・シロウ少将は
隣で飽きもせずに作業風景を見ているファルアス・クロフォード中将に応じた。

「これは毒だ。 戦争のための毒。
 それを共食いさせて我々は最強の毒を求めている」

「……まさに呪いだな」

会話が途切れる。
妙な話をしているという自覚はあった。
将官が2人、いい歳した大人が男二人でなにをしているのかと。

「面白いか?」

「いや、まるでわからん」

だよなぁ、とシロウもやや消極的に同意を示したように、はっきり言って見ていて面白いものではない。
全長が10m近くにもなる兵器が組みあがっていくのを刻一刻と観察するならそれはそれで見応えがあるだろうが、
小一時間ほど眺めていてもやけに小さく見える人々が横たわる人型の周囲をウロウロしたりちょこまかしたり
ときどき立ち止まったり、そしてまた小走りに……あ、ケーブルを引っ掛けて転んだ。

とまあそんな具合で作業のほどの進捗がまるで視覚的変化として現れない。
工場のラインでもないのである意味当然と言えるのだが、退屈極まりない。
ケーブルの類を各所につけられ、簡易ベットに固定されている機体とその周囲で動き回る人々の姿は
まるで小人の国に流れ着いたガリバーのようにも見える。
基本的にここで行われるのは試作機の組み立てと最終検査、調整になる。
とくに試作機はどこにどんな不具合が残っているか予想しづらいので試験は徹底的に行われる。
それでも生産に移行してからの初期不良はなくならないのだから、念を入れて入れすぎることはない。
特に相手のあるトライアルともなれば「試験」というより「試合」に近くなる。
それだけ入念に行われる検査はやはり入念にやるだけあって時間を食う。
例えるなら試合前の体調確認とストレッチは重要ではあるが絵的に見ていて楽しいか、ということだ。

本職でなければ何をしているのか見ても理解できるものではないし、
そもそも見て理解できるような技能の持ち主は気安く見学などさせてもらえない。
2人の男……ファルアス・クロフォード中将とタカマチ・シロウ少将の2人にはその危険はないと判断されていた。
事実その通りで、この2人の場合は兵器そのものに精通しているわけではなく戦術・戦略指揮にその能力は向けられている。
兵器のスペックを知識として溜め込んでも運用を知らなければ意味がないし、逆に運用法を確立していればスペックを丸暗記する必要もない。
車を使う人がエンジン馬力や空力特性、整備法を必ずしも知っていなければならないわけではない。
知っていて悪いことではないが、それよりも交通法規や運転の仕方を覚える方が優先するのと同じだ。
彼らはマニアや軍事雑誌の編集者ではなく、職業軍人という現場のプロフェッショナルなのだから。
それを思い出したわけでもないが、ファルアスは話題を自分たちの職域に関するものへ変えた。

「で、こいつを見てどう思う?」

「すごく大きいな」

シロウは正直に印象論を返す。
それで、と言いたげなファルアスの視線を受け、続ける。

「まず既存の機動母艦だと運用できない。
 エレベータに入らないからな」

「ダイアンサス級でも無理か?」

「無理だな」

機動艦隊の主力は言うまでもなく機動母艦とその艦載機になるのだが、
ダイアンサス級は宇宙軍初の本格的機動兵器運用母艦として建造されたシレネ級機動母艦の拡大発展型だった。
従来が商船改造か航宙機母艦を流用した改装母艦で、多くて30機程度の搭載数の小型母艦であり、
また運用にはかなりの制限がついたものだったのに比べシレネ級は最大で70機 ――― 小型のエステバリスの場合で無重力化を利用して天井まで使った場合であり、
地上での運用ではせいぜいが50機前後、艦載機を大型のスノーフレイクに変えてからは更に数字は下がる ――― の機動兵器を搭載し運用することができた。
実のところシレネ級の目玉はその搭載数よりも(無論、倍加した搭載数もウリの一つではあるが)機動兵器『専門』の『運用』母艦ということだ。
それまでの小型母艦は『乗せて放り出す』くらいのことはできても本格的な整備や修理が艦内でできるほどの設備がなかった。
可動部が多く、構造が航宙機に比べてはるかに複雑な機動兵器は整備の複雑化を招き、それは必要とされる機材・人材の増大を招いていた。
その他にも発着艦の際の誘導装置、多数の機を同時に管制できる指揮通信設備、艦載機の燃料や武器弾薬の保管スペースなど。
上げていけば枚挙に暇がないほど多くのものを必要とする。
そして機動兵器に必要なそれらすべてを備えるには航宙機母艦の船体は小さすぎた。
商船ならスペースはあるものの、設備を備えるにはそれなりに電装系や船体をいじくる必要があり、
そこまでしても根本的に軍艦構造でないがゆえの損傷時の脆さは問題とされた。
例えば軍艦は戦闘を想定している以上、「どこかが壊れる」というのは大前提に組み込まれている。
商船にはそれがない。 「なるべく壊れないように。 万が一に壊れてもいきなり大事にはならない」程度の対策だ。
例を挙げるなら軍艦の弾薬庫は装甲板や防火シャッターで厳重に防御され、被弾した際も延焼と誘爆を防ぐために弾薬庫の空気を抜いてしまう構造になっていたり、
万が一に爆発が起きても爆圧を外へ逃がすようになっていたりする。
商船の格納スペースはそんな重防御を施す理由がないのでデブリ対策に多重船殻で覆われているくらいのものだ。

上記のように機動兵器に対して母艦の支援設備は必ずしも十分ではなかった。
しかし、シレネ級は(その当時で)機動兵器に必要とされる設備の一式を当初からすべて備えていた。
パイロットだけでなく指揮官や支援要員にとって実にありがたい代物だったのである。
ではなぜ更にダイアンサス級が建造されるようになったかと言うと、シレネ級でさえ機動兵器の発達に追い抜かれてしまったからだ。
艦載機は全長6m、全備重量でも5t以内、活動範囲は母艦のエネルギーウェーブの届く範囲。
フレーム換装方式でユニット化された各パーツは整備も楽々(航宙機に比べればそれでも複雑だが)というエステバリスから、
一回り大きく体積も増えて武装も増えて重量も一気に10t、20t単位になって、エンジン整備の手間も増えて、
使い捨て当然の火薬式ライフルからレールガンなんていう繊細な武器の整備もしなければならないスノーフレイクに変わった。
ついでにスノーフレイク用の増加装甲のアスフォデルは高機動ユニット込みで全長10m越え。
6mで基本的に直立しているために床面積は少なくてすむエステからいきなりミサイル艇ばりの10m越え。

結論:エレベーターに載りません。

普通ならエレベーターのサイズに合わせて機体の寸法も決定されるのだが、このときばかりは逆だった。
つまり、「エレベーターを拡張しろ」。

反論:改装のために数ヶ月間は母艦が動けなくなりますが、それでもやれと?

おりしも地上戦の華やかなりし頃。
反攻に出た軍にとって対バッタ用に機動兵器は1機でも多く欲しいところ。
バッタに対抗するにはエステでもまだいけるのに1隻で50機ものエステを迅速に戦場へと運んで展開できる母艦を戦列から外すことができるだろうか?(反語的表現)
艦載機で対艦攻撃ができるようになるというメリットと母艦群による対地支援がなくなるデメリットを比べると、重要度は後者が勝る。
対艦攻撃は戦艦でも十分間に合っているが、対バッタは防空艦や戦闘機ではまるで不足しているからだ。
それに陸軍が強硬に反対することは目に見えている。 宇宙軍としても火星と月を失陥したマイナスの分だけ
ここで地上軍にも恩を売って自分たちに文句を言いにくいようにしておきたい。
かくしてシレネ級の改装は見送られた。

ではアスフォデルはお蔵入りでいいのか?
いや、AGIとの付き合い上のお布施として買ったが、せっかく買ったものを使わないのももったいない。
基地で使えばエレベーターの問題はないし、それで行こう。

かくしてアスフォデルは基地運用の攻撃機として運用が開始され、その有効性が確認された。
そうなるとやはり機動母艦でも使いたい。 かと言ってシレネ級は外せない。

結論:そうだ、コスモスを改装しよう。

この頃、ナデシコが火星で消息を絶ち、ネルガルは軍との和解を模索。
コスモスはそのための人身御供として軍へ売却されていた。
しかし、軍としてもこの珍妙な『超重武装のナデシコ級専用ドック艦』の扱いには困った。
ナデシコ級の整備用なのに他にナデシコ級はなく、ドック艦なのにへたな戦艦より重武装。
はっきり言ってどう使おうか持て余し気味だった。
そこで出た案が『整備スペースに格納庫をつけて戦闘機動母艦化』だった。
これでとりあえず整備スペースは使い道が見つかったわけだ。
誰かがその改装に乗じてコスモスにアスフォデルの運用能力もつけてしまえと主張したらしい。
結論から言うとそれは実行され、成功した。
同時にアスフォデルの対艦攻撃は戦力集中という戦術原則に従い、有益であると確認される。
使えるとわかるや否や宇宙軍の行動は早かった。
シレネ級の拡大発展型の新型機動母艦の案を出し、それにはコスモスの運用データも組み込まれることになった。
そうして建造されたのがダイアンサス級機動母艦。
第四次月攻略戦に間に合った数隻も含めて目下、第1機動艦隊の主力になりつつある。

アスフォデルの運用を前提とされたダイアンサス級はエレベーターも余裕を持って大型化されていた。
しかし、そのダイアンサス級でも眼下の機動兵器は運用できそうもないという。

「あれだ、月面フレームの焼き直しのイメージだな」

「相転移エンジン搭載機というわけか」

「月面か、基地仕様ってのも同じだな」

ネルガルがAGIの新型に対抗して用意した機体は2機。
同一機体の武装バリエーション違い程度の差らしいが、この2機は相転移エンジンを搭載している。
相転移エンジンが生み出すパワーとほぼ無限の行動可能時間は実に魅力的といえる。
このへんは相変わらずスノーフレイクのエンジンの発展型を搭載するAGIの新型にはないウリだ。
しかし、この有効性に関してファルアスは懐疑的だった。
相転移エンジンは地上では極端に出力が落ちる。
カキツバタのように特別仕様のものならまだマシだが、それも程度の問題だ。
艦艇のように核パルスを補助エンジンで積んだりするならともかく、現時点で相転移エンジンを機動兵器に積む意味はあまりない。
居住性のある艦艇なら航続距離を稼げるのはいいが、一人乗りで居住性など絶無の機動兵器にはさして必要とも思えない。
パワーに関してもいったい何をするためにそこまでするのかという問題はある。
ジンタイプを相手にするにもフリティラリアの57口径88mmレールカノンがあれば事足りている。
そしてその電力はエンジンを双発にすることで間に合わせている。
それ以上は対艦ミサイルの出番だ。
高価極まりない相転移エンジンを搭載した機動兵器など量産できるとも思えない。
とても費用効果に見合う ――― かけた金額に見合う使い勝手の良さを持った物ができるとは思えなかった。

「端っからケリはついてるようなものだな」

「ああ、当て馬だ。 我々に必要なのはあくまで艦載機だ。
 基地運用の大型機ではない」

「……理由を聞いてもいいか?」

「反攻作戦がある」

「それで、か」

シロウは納得した。 彼とて第1機動艦隊で任務部隊群の1つを預けられる将官なのだ。
機動艦隊というものの運用に関してはよく理解している。
反攻作戦があるということはこちらから攻めるわけだが、そうなるとどこを攻めるのかという問題がある。
最終的には火星を目指すのだろうが、その足場を固めねばならない。
その第1段階が月の奪還だった。
なら次は?

その答えが今回のトライアルにも関係している。
次は月−火星間に数多く残されているステーションの確保だ。
ナデシコが立ち寄ったサツキミドリ2号は月軌道にも近い位置を周回するステーションの一つだった。
これらの多くは木星蜥蜴に占領されたままになっている。
それを放置して一気に火星まで遠征しようなどというバカはさすがにいない。
飛び石作戦のようにそれらの1つ1つを確保して点を線に、そしてそれを広げて面を確保していく。
何しろ地球側にはチューリップのような後方と前線を一瞬で結んでしまうという
補給計画に苦慮している事務方を狂喜乱舞させるような便利アイテムはない。
地味だが堅実な作戦だ。

そしてその為に必要なものは、と考える。
決まっている。 ステーションコロニーを守る艦隊を撃破し、内部の無人兵器を排除できる戦力だ。
施設の占領にはどうしても歩兵が必要だが、生身の彼らにとってはバッタやジョロも大きな脅威となる。
それを排除できる兵器は施設内での活動を考えるなら6m〜7mが限界だろう。
つまりエステバリスやスノーフレイクなどの人型機動兵器ということになる。
そしてそれを効率的に運用するためには母艦が必要であり、母艦を守るために護衛艦艇必要となる。
つまり、機動艦隊の出番というわけだ。

基地運用しかできない機体では出番がない。
AGIの新型は対艦用途に絞っているため施設制圧には使いにくいが、その前段階での敵艦隊・敵大型機動兵器の排除で活躍が期待できる。
とくに防衛戦となればジンタイプは攻撃に対して無防備な揚陸艦艇の類を優先的に狙うはずだとファルアスは考えていた。
(これは半分はずれていた。 優人部隊のパイロットは戦艦などの大物狙いをする傾向にあった)
揚陸艇を守るのに戦艦や駆逐艦では衝突の危険があってステーションにあまり近づけない。
ギリギリまで護衛できる機動兵器は揚陸作戦では頼もしいことだろう。

結論からいうなら、ネルガルは遅すぎた。
まだ守勢に立たされているときならば拠点防衛用にルナ2、月基地、各ステーションに配備も考えただろうが、
攻勢に向かっている今、基地運用しかできない機体の必要性は低い。
よく言われる「遅すぎた名機」でしかない。

「結果はわかりきっている」

「なら、ネルガルはなんで高い金出してこんなものを?」

「意地、だろうな」

「合理主義の権化たるクロフォード中将が言いますかね?」

半ば皮肉混じりのシロウの言葉にも反応せず、ファルアスはそれこそ合理主義の権化そのままの口調で続ける。

「言い換えるなら、未来のためだ。 ここで負けても次に繋げるため。
 なんら手を打たなければそれこそ差は開く一方で、挽回不可能になる。
 少なくともただ負けているわけではないと示す必要がある」

「それが、意地か」

「日本人はそういうのだろう?」

「どうかな。 最近は流行らない」

それを意地と呼ぶなら、確かにそうなのだろう。
ただ日本の文豪はこう言っている。

――― 智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を張れば窮屈だ。
――― とかくこの世は住みにくい。

なるほど、その通りだ。


○ ● ○ ● ○ ●


この日、ヤマダ・ジロウは無断外泊をした。

戦時の軍人の行動とするなら大問題で、営倉入りか軍法会議がまっているところだが
彼の人事権に関する管轄は数日前からネルガルの人事部へ戻されている。
会社も無断欠勤すれば小言か解雇もありえる話だが、いちおうは休暇を申請してあることもあって
朝一番で連絡したこともありなんとか深く追求されずにすんだ。

慣れない酒で寝過ごしたか、徹夜でアニメでも見ていたと思われたらしい。
マコトにも連絡したが、こちらはさすがに少し事情を聞かれた。
まあ、いきなり走り出してそのまま消えたら誰だって何事かと思うだろう。
2、3日待って音沙汰がなかったら脱走の疑いありということで憲兵に通報していたかもしれないと言われてはさすがに平謝りするしかなかった。
考えなしと言われても仕方がないが、あの時はそれで頭が一杯だったのだ。

「それで、君の兄上はどうするつもりだい?」

「……あー」

考えていなかった、というより頭の隅にさえ残っていなかった。
物事には優先順位というものがある。
単純なところで友情より愛情。 辛いものより甘いもの。 熱いより冷たい。
もう少し複雑にするなら1000円の小遣いをどう使うのか?
空腹なら食事を優先するだろう。 暇ならゲームでもしにいくかもしれない。 あるいは本でも買おうか?
これらすべてを1000円ではできない。
だから順位をつける。
まず食事。 あまった金でマンガを買って終わり。 ゲームはまた今度。
人によっては本にすべてを注ぎ込んだり、それこそ借金まがいのことまでしてゲームにはまったりもするかもしれない。
なにを最優先とするかは人それぞれだが、必ず順位というものがある。
昨日のヤマダにおける優先順位は「見つけたイツキを逃がさないこと」が1位だった。
その次くらいに「事情を聞く」だとか「無事を確認する」だとかが来て、
取り残してきた面々のことはそれこそ番外に追いやられていた。
だから『忘れて』いた。

「……しばらく預かる」

「すまねえ。 身代金は払えないけどな」

期待してない、というマコトの言葉は苦笑の微粒子を含んでいた。
成り行きで匿った形ではあるものの、九十九はいわば『敵』であることを考えるならあまりにザルな対応といえるが、
ヤマダは九十九個人に関しては危険だとかいう感情を抱いていなかった。
本来は抱くべきなのだろう。 『敵』なのだから。
だが、同時にヤマダから見る九十九はありていに言って『いい奴』だった。
少なからず彼が混乱しているのは ――― 成り行き任せとは言え九十九をここまでつれてきたことからしてそうだ ―――
『敵=悪』でないということが知れたからだった。
『敵=悪』ならそれに対抗するものは正義になる。
『敵=悪 vs 自分=正義』実にわかりやすい構図だ。
だが、これが『敵=善』なら?
『自分=悪』であると考えてなお躊躇なく行動できるほどヤマダは図太くなかった。
同時に『自分=悪』と言う考えを肯定もしていない。

だから迷っている。 どちらかわからずに、迷っている。
一時的とはいえこの問題を頭から追い出したのも逃避のためかもしれない。
それを自覚し、情けねぇかぎりだな、と内心で呟いた。

「とはいえ」

「ん?」

「君も思ったよりやるな」

「は?」

「女性連れ、ホテルで夜明けのモーニングコーヒーか」

「 あ、な ――― !?」

なんでわかったんだという言葉を辛うじて飲み込んだ。
それが墓穴を掘る行為だと判断するくらいに理性は残っていた。

「シャワーの音が聞こえる。 君に朝風呂の週間はないと思ったが?」

今度こそ絶句するヤマダに明らかにからかいの口調でマコトは告げる。

「兄や私たちを置き去りにしてまで追いかけるとはね。
 初恋の彼女でも見つけたかな?」

「いや、そうじゃなくて ――― 」

「などと野暮なことは聞かないよ。 まあ、あまりはりきり過ぎないように」

と一方的に野暮なことを言った後はツーツーという電子音に変わる。
一方のヤマダはリダイヤルして事情を説明する気にもなれずがっくりと肩を落とす。
誤解だというのは簡単だが、そうなると事情を説明せねばなるまい。
その事情は簡単に説明できるものでも説明していいものでもなく、
それに一部は……本当にごく一部は

「カキツバタの方ですか?」

「あー、オオサキ隊長の娘の」

「マコトさんですか」

「そう、それだ」

部屋の入り口から顔を出したのはイツキだった。
長い黒髪はわずかな湿り気を帯びて艶やかな光沢を放っている。
室内は完全に空調が効いているために薄手のシャツ一枚でも寒くはない。
寒くはないが、それとは別の問題があるとヤマダは思った。
いかにその手の艶っぽい話とは無縁とはいえ、イツキの姿はDNAに刻まれた本能を刺激する。
見慣れた相手の性別を意識させられるという状況はヤマダにはなんとなく罪悪感を覚えさせるものだった。
外を確認するふりをして視線を逸らしつつ、携帯端末をしまう。

「怒ってましたか?」

「いや、なんでだ?」

「その、デートをすっぽかしたみたいだったので」

デート?
聞きなれない単語を受け入れ、とりあえず思いつく意味を口にしてみる。

「ナツメヤシ?」

date:[名]《植》ナツメヤシの実, デーツ;ナツメヤシ.
[もとはラテン語dactylus(指). 指の形をしていることより]

「…………」

違ったらしい。
イツキは困ったような呆れているような微妙な表情を作る。

「買い物途中で荷物押し付けちまったのは悪かったけどな。
 そのくらいで怒るような奴じゃないだろ」

現に呆れの方が大きかった気がする。
もとを言うならほとんどはマコトの荷物であり、それを返しただけなのでそれに関して責められるいわれもないだろう。
文句を言われるとするなら気を使わせておいてそれを無下にしてしまった点だろうが、
マコトの方はヤマダが案外に元気そうなのでよしとしたらしい。
その辺はかなりアバウトだった。

「でも、すいません。 私のカードは使えなかったせいで……」

「いやそれは仕方ねえし、まあ、その、気にするな」

ヤマダが無断外泊する羽目になった理由はそれだった。
MIA……作戦中の行方不明とされているイツキが自分のカードで買い物するわけにはいかなかった。
彼女の主張では電子情報はすでに敵に押さえられており、自分の存在を暴露することになるとのことだった。
セーフハウスにもあまり現金は用意されておらず、とりあえず着替えと武器を確保するので精一杯だったとか。
その着替えからしてごてごてとしたポケットつきの防弾ベストや防刃繊維のタイツだったりして普段着として使えるものは少なかった。
確保できた数少ない普段着は目下洗濯乾燥中。
したがっていまのイツキはヤマダが自前で調達してきたYシャツをかりている状態であるが、

「とにかく連絡を取りたいんですが……」

無造作にベットに腰掛け、ノート型の端末を開くイツキ。
男物のYシャツはやはり大きいらしく、きっちりとボタンをしめているにもかかわらず生地の白さにも負けないくらい
滑らかで白いはだが隙間から覗いていたりして非常に目の毒だった。
ロイあたりなら「チラリズムとだぶだぶ服の相関関係に見る秘めてこそ花のエロス」とでも題して一席設けそうな光景だった。
ただ、端末をいじっているイツキの表情は真剣そのもので、話の大雑把な筋から推測できる現状は楽観の対極にあるようなものだったので
逆に妙に意識している自分がいかにもバカらしいと思えてくる。
そんな場合じゃねえだろ、という気持ちはあるのだ。

「……やっぱりダメですね」

「妨害されてるのか?」

「特定周波数帯のみを狙うスポットジャミングです。
 単純にノイズとなる電波を叩きつけて雑音だけにする荒っぽいやり方ですけど」

まるっきり妨害していますと全力で主張しているようなものだ。
凝ったものになるとデータの一部を欠損させるように偽装するものや暗号キーをまったく別のものに置き換えてしまうというものもある。
相手は機器の故障なのかはたまた敵の妨害なのかを判別しづらく、その原因究明にまた時間を食うという仕組みだ。
だが、それには敵の通信を徹底して傍受した上に解析しなければならず、とんでもない労力がかかるために単純な力技を使うことも多い。
妨害していることがばれても問題のない状況……例えば相手が手出しできないならなおさらに。

「外部……月以外の場所って意味ですけど、それができなくなっています」

「それじゃあアレか? 戦略情報軍の本部?みたいなのとも連絡できねえってのか?」

「はい」

あっさりと肯定されるが、それは事態がどこまで進んでいるかを実感させるには十分だった。
つまり敵はすでに行動を起こす寸前か、すでに起こしている可能性さえある。
自分たちの存在自体は晒しつつ(これは隠しきれるものではないから割り切る)も行動の詳細やその動向は秘匿する。
一方で敵のC3I(指揮:Command 統制:Control 通信:Communication 情報:Information)を妨害する。
軍隊が攻勢に打って出る直前の兆候そのものだ。
見事なまでに3つのCのうち2つを潰され、Iもまた不足気味。
唯一の救いは辛うじて統制だけは失っていないことか。
いや、それも怪しい限りだ。
指揮を伝える術がなければ兵は統制を保てない。
ラインが切れてしまえば機能しなくなる。
簡単な理屈だ。

「支援は期待できません」

はっきりとそう言い切る。
武器や金銭よりも人手と情報が足りないのが何より痛い。

「でもやるんだろ?」

「はい」

これもまた躊躇なく頷く。

「……なんか変わったな」

「昔はそんな無茶は言いませんでしたか?」

「いや、ときどき言うやつだった」

例えばペペロンチーノに唐辛子大盛りとか。
しかもそれを人に薦めるところとか。

「ヤマダさんはいつも無茶ばかりでした」

「だからイツキが止める役だった」

「4人だった時は……ロイさんが煽ってアンネニールさんがオロオロして」

「今は2人だからな。 俺はオロオロも煽る方でもねえ」

「止めてくれますか?」

悪戯っぽい声。
久しぶりに聞いた気がする。
そういえば、最近のイツキは何か考え込んでいたように思う。
それもこのことを知っていたからと思えば納得できる。
だとしたらいったいイツキはいつからこの事態を知り……そして抱え込んできたのか。

「お前の中で俺は無茶ばっかりだったんだろ?」

「……そうですね」

なぜか神妙な顔で頷かれてしまう。
おいそこは少しくらい否定してくれよと思わなくもない。

「でも、本当にいいんですか?」

「だからいいって ――― 」

「誰かを撃つことになっても?」

それが何を指すのか一瞬わからなかった。
が、考えてみれば当然だ。
敵が居て、それを止めようとするならそういうこともありえる。

「ヤマダさんはスパイに向いてません。
 声は大きいし、大雑把だし、すぐに暴走しますし」

それに、とイツキは静かに付け加えた。

「すごく優しい人だから」

――― なぜ殺した!

涙を溜めてそう訴えた万葉のことが浮かぶ。
違う、と声に出さずヤマダはイツキの言葉を否定した。
『優しい』なんて言われる人間は誰かの大切な人を奪ったりしない。

「戦争と同じです。 いえ、これも戦争の一部ですから、誰かを殺し、誰かに殺されることはありえます。
 私の言うスパイを排除する、というのはそういうことです」

先ほどと同じように「構わない」とは言えなかった。
いまだに実感がない人を殺したと言う感覚と、あの時の万葉の言葉から感じた痛み。
果たしてどちらが本当に人を殺すということか。

「いまこのときにも月で動いている人たちが居る。 破壊工作か、諜報活動かそれは知れませんけど。」
 でも、その人たちは生まれてこの方ずっと諜報員やってたわけじゃないんですよ?
 誰かに育てられて小学校にも通ったし中学校にも通ったし、高校や大学を出たかどうかは知らないですけど、
 友達もいっぱいできて、ケンカもしてひと目惚れもしたかもしれません」

それはヤマダの痛いところを突いている。
あれだけカワサキやヨコスカで暴れ、イツキを奪った九十九をヤマダは匿った。
自分で手を下さずとも憲兵にでも突き出せばよかった。
だが……それができなかった。

「家族が居るかもしれません。 あるいは恋人が待っているのかも」

たくさんのことを話した。
九十九に婚約者がいること。 両親はすでにないが、妹が待っていること。
欧州で戦死した友人のことも聞いた。 その男にも婚約者がいたらしいことも。
ヤマダが殺したその男のことを、聞いた。

「そうだな。 たくさん大切なものがある。
 それを守りてえから、だから、死ぬまで戦えたんだよな。
 なんにもない奴は、そこまでできないよな」

「はい。 それを奪ってしまう覚悟が、ヤマダさんにはありますか?」

覚悟……覚悟ならないことはない。
だが、それはイツキが問うてきたものとは別種の覚悟だ。

「奪う覚悟はねえ。 あるのは奪われない覚悟だ」

「奪われない覚悟、ですか?」

「まあ、その……いつだかいったろ。
 守るものがないなら私を守ってくれって」

ずいぶんと懐かしい話だ。

――― それなら、今度は守り抜いてください。
――― 地球の平和とか、そんな大それた物じゃなくていいじゃないですか。
――― もっと身近な……ええっと、私なんか。

火星からの脱出行も終わりに近付いていたあの頃。
改装母艦の殺風景な格納庫で交わした短い会話。
思えばあの時からイツキとヤマダの縁は始まったのかもしれない。
そんな、懐かしい話。

「約束、しただろ?」

イツキはその言葉には答えず、ただこう返した。

「本当に、スパイには向かない人ですね」


○ ● ○ ● ○ ●


妨害をかけられている側の戦略情報軍とて無手であったわけではない。
近距離通信用のレーザー通信衛星をいくつも中継してなんとか月との連絡を確保しようとしたり、
ECCM(対電子妨害)を装備している艦艇などを中継してみるなどの手段を試みていた。
が、どれもいまひとつ上手くいかない。

レーザー通信は元々が近距離用であり、指向性が強いレーザーを長距離通信に使うには
偏角の計算や必要なレーザーの出力をどうするのかという問題があり、
短距離用のものを数を集めて中継すると言う案も衛星の数が足りずに断念された。
なにしろ開戦から第四次月攻略戦まで制宙権は敵の手にあったのだ。
ようやく破壊された衛星網の再建に着手し始めたばかりであったからそれも当然だった。

艦艇を向かわせるというのも危険が伴った。
ECM(電波妨害)を仕掛けられるような敵がいるということは、より直接的な妨害も可能ということだからだ。
もっというなら向かわせた艦艇が攻撃を受けて撃沈される危険があった。
敵の妨害を確実に排除するというなら専門の電子作戦艦がある。
これはその名の通り戦艦クラスの船体にこれでもかと電子戦装備と人材とシステムを詰め込んだ代物だ。
半面で直接的な戦闘力は低く、せいぜいが個艦防空のSAMや対空砲程度の武装しかない。
そんな艦が護衛もつけずにのこのこ出て行ったら? 当然、敵は好機とばかりに攻撃を試みるだろう。
電子戦で対抗できなくとも艦を撃沈してしまえばいいのだから。
電子作戦艦のほうもレーダーやセンサは並みの艦艇よりはるかに精度高く数も多いから事前に察知して逃げ出すことくらいはできるだろうが、
当該宙域に留まれなくては通信を中継するという任務は果たせない。
敵からすれば、撃沈できなくともそれを妨害できるだけで攻撃する意味は十分にある。
ならば護衛をつけて、ということになるのだが、あまり大規模な動きを見せてはこちらの意図を悟られる。
それに月に艦艇を差し向ければその分だけ他方面が手薄になる。

なにより電子作戦艦の派遣には宇宙軍が難色を示した。
なにしろ電子作戦艦は6隻しかない貴重品。
最新鋭のアルビナ級は1番艦<アルビナ>が第1機動艦隊の旗艦に充てられ、
2番艦<ユナネンシス>、3番艦<コロナリア>もそれぞれ第2、第3艦隊の旗艦。
その準姉妹艦の姉にあたるリクニス級3隻のうち、1隻はドック入りしており残る2隻も哨戒任務に出ている。
まわすとしたらこの2隻のうちどちらかになるのだが、そうすると哨戒網に穴が開く。
宇宙軍はそれを嫌がった。

しかし、他に手段がないのも事実。
ジンナイ・ケイゴ中将の有形無形の要請と圧力によりなんとか1隻を融通してもらえた。
護衛には戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦4、護衛艦2、軽機動母艦1がつくことになった。
妨害の規模からして敵も戦艦を持ち出している可能性が高く、対抗上こちらも戦艦を出さざるを得ないという判断からだ。
規模がかなり大きくなってしまったのでこちらの行動はほんどばれているはずだった。
妨害を行っているのは数隻規模の艦艇群だと推測されるが、それを発見するのは砂漠に落とした針を見つけるのに似ている。
制宙権はほぼこちらの手にあるとはいえ、宇宙は広大であり、また暗礁宙域などもあるため警戒は怠れない。
前衛を務める巡洋艦と駆逐艦のミサイル戦隊が睨みを効かせる一方で機動母艦からもCAPが随時上がっている。

電子作戦艦もその持てる能力をフルに使う必要があった。
装備は揃っている。 整備も行き届いている。 システムも順調に動作中。
ではあと必要なのは?
それを使いこなす人間だ。
道具は道具でしかなく、それを使う人間が必要になる。
そう、だから ―――

「だからこんな場所に居るんだよね」

大きすぎて落ち着かないシートの上でもぞもぞと身じろぎしながらハリはぼやいた。
わけもわからないうちに研究所から連れ出され、やはりわけもわからないうちにAGIへ移籍し、
今度もわけわからないうちにこの艦に乗せられている。

「いやーごめん、ごめん。 人手足りなくてさー。
 ほら、トライアルの準備で技術部員の半分が出払ってて、ルチルもいないし」

そう言って頭をかいているのはAGI技術開発部の第1課(機動兵器担当)所属しているローズ・クォーツである。
彼女の言うルチルとは双子の姉であるルチル・クォーツのことだ。
事情はわかるが、だからと言って名目上は6歳のハリを連れ出すのはどうだろうと思わなくもない。
軍の技術士官などはあからさまに迷惑そうだったのを覚えている。
そのことを指摘しても

「やー保護者同伴だし」

で済まされてしまって以来、ハリはこの女性に抗議する無意味さを悟った。
ちなみに双子ではあるがルチルとローズはまとう雰囲気が真逆だった。
姉の方はおっとりのんびりのほほんゆったり天然というような単語を列挙したくなるのに対し、
ローズはせっかちドタバタおおざっぱ行動的豪快などの単語が似合う……よく考えるとあまり褒め言葉になっていない
ような気もするが、とにかくハリが2人から受けた印象はそんな感じだった。
ある意味、双子で対になっているからいいのかもしれない。
余談だが、この姉妹は胸のサイズも対になっているが、それをローズの前で指摘もしくは示唆するとあとが怖いのでハリは黙っていた。

「君らは2人で1人前ってことでいいじゃない」

「僕とセルフィの年齢を足しても12にしかなりませんよ?」

「あー男のくせに細かいなぁ」

「それ、性差別ですよ。 それに細かくないです」

「その物言いも子供っぽくないなぁ」

「……それは認めますけど」

精神年齢は11歳だったのだからそれはそうだろう。
同時に常に大人たちとの付き合いを考えねばならなかったハリに世間一般でいう『子供らしさ』がないのも仕方ないだろう。
両親の愛情に不足はなくともその特異性からハリも普通の学校で同い年の子供たちと接する機会などなかった。
ハリにとって『普通の子供』はフィクションやテレビの画面越しでしか知ることのない存在だった。
それが当たり前だったのでいまさらどうとも思わない。
ハリ自身はどうとも思わないが……ハリとセルフィの生みの親であるフィリスはどうにかしたいと思っているらしい。
AGIの他の面子と違いネルガルに入るまでは比較的まっとうな生活を送っていた彼女ならではの感覚だろう。
程度の差こそあれ他の面々は研究所暮らしだったためにそんな発想はないらしい。

……でも、いまさらだよ。

いまさら学校へ行ってどうしろというのか。
いまさら普通の子供になることなんてできはしない。
いまさら何も知らなかった頃のように……

「兄様?」

後ろから声をかけられ、ハリは我に返った。
振り返ると薄桃色の髪を肩口で揃えた少女が微笑んでいた。

「ラ……セルフィ」

「兄さま、また姉さま間違いそうになりました」

「う、ごめん」

ハリの異父妹でありラピスの異母妹といういささか複雑な繋がりを持つ少女に謝る。
どうしても反射的にラピスの名前を言ってしまいそうになる。
ぼんやりしていたあとは特に。
それほどラピスとセルフィは似ている。
ただ、ラピスの瞳の色が金色なのに対してセルフィのそれは青い。
あとは口を開けばすぐに判別できる。

「許しません。 罰としてまたご本を読んでください」

「いや、悪いんだけど今は仕事中だし」

言い訳でなく、ハリは機材の調整中だった。
センサ類と中枢コンピュータのマッチングである。
計測器からの数値を正しく読み取っているか確認し、そうでなければ補正をかけたりする。
地味だが重要でしかも手間がかかる。
ハリが担当しているのはソフトウェア上での補正だった。
だが、

「いや、もう終わったよ、それ」

「……え?」

言われて画面を確認すると、確かに校正は終わっている。
確認のためのプログラムを走らせてみるが、異常はない。

「上の空でなにやってるんだか」

「……すいません」

「それで間違いない上に普通の人より……ううん、あたしらより早いんだからやっぱり君たちは違うんだ」

「……ラピスには負けますよ」

「あとナデシコのホシノ・ルリにもね。
 だけど、君に勝てるのなんてその2人くらいだと思うよ。
 あたしらが経験の差で互角に持ち込めるくらいで」

「そうなんでしょうか?」

「そーなの。 なんで君は自信ないかな」

それは火星の後継者事件の折だけでなく幾多の事件で間近でルリのすごさを見ていたからで、
ついでにラピスとの対決でも『勝った』と明確に言える実績を上げられなかったからだ。
普通の人間からすごいと言われても自分の中で自信に繋がる実績を上げていないのだから、
自信があるはずもない。

「だからいいよ。 本くらい読んであげな、お兄ちゃん」

「…………でも」

「こっちはしばらく軍人さんの仕事になるからいいよ」

「いえ、そうじゃなくて……本を読むのはいいんですけど」

「んー?」

疑問符を浮かべるローズにハリはセルフィの持ってきた本の表紙を見せる。
黒っぽい表紙には金字でタイトルが記されている。
厚みはそれほどなく、絵本と言われればそうだろうと思える。

「なんでタイトルが『アリ×キリギリス』なんですか!」

「ハリ君、それは『アリとキリギリス』と読むのさ。 有名な童話だよねー」

「嘘つかないでください! いや、原作はそうかもしれないですけど、
 なんでアリもキリギリスも擬人化されてるんですか!?」

「絵本じゃ良くあることだし」

「線の細い男の人じゃないですか。
 『アリさんはあなをほるのがとてもじょうずです』ってイラストが全然違いますよ!」

「ハリ君にこの暗喩ははやかったかねー」

「早い遅いじゃなくてずっと縁がなくていいです。
 映像化したらロバだらけになりそうな内容のものをセルフィに貸さないでください!
 『ウサギ×カメ』だって『かめさんのかめさんはさきばしって ふらいんぐぎみです』ってわけわかんないですよ!?
 ラピスと別方向でまずい方面に走っちゃったらどうするんですか!?」

「ハリ君は姉妹丼に走ればいいじゃない」

「セルフィは血の繋がった妹です!
 とにかく、普通の絵本にしてください」

「……なにげに意味わかってるし」

「とにかく『×』とかついてるの禁止で」

ちっ、とか舌打ちされたが、無視した。
ナデシコのラピスのよりも教育環境が悪い気がする。
このなかでセルフィをまともに育てたフィリスは案外に母親に向いていたのかもしれない。

「じゃあ、あまりないよ」

ないんですか……

脱力感を覚えつつ、それでも本を受けとるとセルフィを伴って席を立つ。

「いまのうちだよ。 本読んであげる暇があるのも」

「……かもしれませんね」

ローズの言葉に答えつつ、『かもしれない』ではなく確実にそうなるだろうとハリは考えていた。
この艦が通信を中継するようになればそれは自ら電波を発信し続けることになる。
暗闇の中で明かりを灯せばさぞ目立つだろう。
それと同じだ。

――― 敵は真っ先にこの艦隊を攻撃しに来る。

そのときには確実に戦闘になる。
任務の性質を考えるならそれは冒すべきリスクだった。
そしてその日は、すぐそこなのだ。



―――――― シャクヤク強奪まであと2日






<続く>






あとがき:

なのはA'sの主題歌が魔法少女モノとは思えないほど熱い件。

ついでにサウンドステージ01の発売決定に小躍り中。
俺たちヲタクは『予約する』って言葉は使っちゃいけない。
そんなこと考えてる時点で2流 だ。
『予約した』なら使ってもいい!(予約票握り締めつつ)

本題。
今回は起承転結のまんま『承』。
動きがあるのは次回からでしょうか。
タメってことでひとつ。


それでは次回また。



 

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代理人の感想

うーむ。

普通の人はアニメのサントラを聞いて楽しく感じるのだろうか。

こんばんは、歌はまだしも音楽には疎い代理人です。

 

で、感想ですが・・・・前半中盤のシリアスが、シャクヤクのマクー空間に引きずり込まれてあっさり消滅してしまいました。

ううむ、ロバモンスターの戦闘力が三倍になるだけはある。現在、脳内は乱舞するロバで一杯です。

っていうか誰の趣味だよあの絵本(爆)。