時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第8話・その1 氷室君、「後悔日誌」






○月×日

先のコロニーでの戦闘報告があった。

結果はまったくの予想外。

あの北辰殿が機体と部下まで失った。



撫子……将来、木連にとって脅威となるかもしれない。

八雲様も考え込んでおられたご様子だ。

副官として、健康面も気になるところだ。





○月□日



八雲様が体調を崩された。

日頃の激務から疲労と心労が溜まっての事だと言う。

心配が現実のものになってしまった。

同時に、予防できなかった己の不甲斐なさを恥じる。

八雲様の代わりに私が四方天会議に出席する事となった。

責任は重大である。

気を引き締めていかねば。





記:木連突撃優人部隊司令付高級副官 氷室京也





○ ● ○ ● ○ ●





閣議は初めから重い雰囲気ではじまった。

それも当然だろう。



ナデシコへの攻撃は完全に失敗。

北辰は最精鋭の六人衆の内の一人を失ったのだ。

これは大きな痛手だ。



「そうか……遮光が死んだか」



「はっ、申し訳ありません閣下。

 御預かりした貴重な機体ばかりでなく、

 部下まで失いながらおめおめと戻りました」



北辰の言葉にも苦いものが混じる。

今まで数々の困難な任務をこなしてきた彼にとっては初めての敗北だろう。



「いや、よく戻った。

 しかし、撫子の実力はそれほどということか」



「閣下、これは早急に対処すべきです。

 撫子はいずれ木連にとって脅威となります!」



南雲の言葉はそのまま京也の内心も代弁していた。



「しかし、南雲さん。 具体的にどうするんです?

 艦隊は地球から離せませんし、本国の警備を疎かにもできない」



西沢の言葉ももっともだった。

しかし、京也には腹案があった。

もちろん、八雲の了承を得た案だ。



「それについてなのですが、発言許可を頂けますか?」



この場における京也の立場はあくまで八雲の代理。

彼の言動はすなわち八雲への評価にもつながる。

緊張しながらも、慇懃な態度を崩さない。



「許可しよう、氷室大佐」



「ありがとうございます、閣下」



胸中に過ぎる複雑な思いを押し殺し、ただ淡々と自分の案を語る。

今は八雲の副官と言う立場に徹せねばならない。



「今までの戦闘記録から類推しますと、あの艦は実験艦の領域を出ていません。

 設計思想としては戦艦の火力と駆逐艦の機動力、空母の機動兵器と、

 各艦種の長所をすべて一つの艦にまとめようと言うものでしょう」



「馬鹿な! そんなものができれば苦労はしない」



南雲がそう言うのも無理はない。

もちろん、以前にもそういったコンセプトの艦は研究されたことはある。

戦艦の速力を重視したタイプの巡洋戦艦や、とんでもないところでは戦艦空母や潜水空母、

航空巡洋艦など様々ではあるが、そのいずれもが失敗とされ、兵器の歴史から消えていった。



理由は簡単。

えらく中途半端なものしかできないのだ。

200年ほど前の某ゲームのモンスターに例えてみる。



『暴れ牛鳥』というそれは、

牛なのだが鳥なのでその程度の攻撃力しかなく、

当然、牛なので空は飛べない。



……素晴らしい。



きっと開発者は牛の攻撃力を持った鳥、

もしくは鳥の機動力を持った牛にするつもりだったのだろうが、

そううまくいかないのが世の中だ。



「しかし、現に撫子はその性能要求を満たしています」



「では、どういうことなのだ?」



「はい。 その答えも単純です。

 撫子はアレでも『中途半端』なんです」



思わず一同が呻く。

それが真実だとするなら、地球の技術は木連のそれをはるかに上回る事になる。



「あの技術で戦艦や駆逐艦、空母を造れば、単体での性能はさらに上がるでしょう。

 使い方さえ誤らなければですが」



「現に相転移炉式空母なら既に出てきているな」



相転移炉式空母 ――― これはシレネ級の事だが、さすがにネルガルとAGIが

まったく別々にこれらの艦を開発したとは彼らは思っていない。

ナデシコの技術をフィードバックして建造されたものだと考えていた。

実際はAGIとネルガルの間に協力関係はなく、双方ともまったくの極秘で建造していたのだが。



「話が少し逸れましたので戻しますが、あれは実験艦。

 それ故に大きな欠点を抱えているのです」



「……欠点だと?」



真っ先に北辰が反応した。

実際に戦ってきた彼としては気になるのだろう。



「それは、データの不足によって運用の練り込みができていないことです。

 我々は無人艦隊や無人兵器に関して、何年も研究をしています。

 そしてそれに合わせた戦術も採ることができます。

 ですが、地球側にとっては相転移炉も重力波砲も、歪曲場もまったく新しい技術」



「なるほどな。 そこを突くのか」



南雲が感心したように呟く。

考えもしなかった発想だ。



「撫子を火星まで引きつけた後に主力を持って当たります。

 相転移炉は宇宙でこそ真価を発揮するものです。

 大気圏内では出力も半減。 頼みの重力波砲も連射はできない」



「そうなれば、単純に数が多い方が勝つ!」



「非効率的ではありますが、単艦で行動している撫子は消耗戦に弱い。

 少数精鋭ではなく、多数の凡兵を持ってあたるのが吉かと」



おお、と感嘆の声が上がる。

北辰ですら驚いたように頷いていた。



「よし。 その作戦を採用する!」



「ありがとうございます、閣下」



思えば、この時こそ彼の絶頂だったのかもしれない。

登り切ってしまえば、あとは転がり落ちるのみ。



「具体案を東少将と協議してきて欲しい。

 今現在、彼は療養中の身、となれば、すまんが今回の議事録を届けて欲しい」



「………私が、ですか?」



議事録を届けると言うことは、すなわち東家に行かなければならない。

京也の脳裏を数ヶ月前の出来事が過ぎった。



……アレは悪夢だった。 言うなれば、燃料片道で敵艦隊に突っ込んで来いと言われたような。



しかし、草壁はその通りだとばかりに頷く。



「いえ、実は私はこのあと用がありまして……西沢さんは、八雲様と親しいとか」



「はっはっは、いや……私も『長征計画』について部下と調整をしなくてはならないので」



思いっきり目を逸らしながら言われても説得力がない。

しかし、立場的にそれ以上の追求はできない。

仕方なく矛先を変える。



「南雲様、八雲様が機会があれば是非にとおっしゃっていましたから、

 この機会に訪れてみては……」



「あっ、いや……私は……そうそう、政治部の倫理審査委員会があって。

 うむ、まことに、いや、まことに残念ながら次の機会にでも」



『そうそう』などと言っている段階で怪しいが、仕方ない。

上官が黒と言えば雪でも黒なのだ。



「北辰殿は? 八雲様も詳しい話を聞きたがられると思いますが」



「……むぅ、しまった。 今さらながらに傷が痛むわ」



誰もが必死だった。

ある意味であそこは鬼門である。

しかも、外道を自称する北辰ですら近付きたがらないと言うのは

比喩ではなかったらしい。



「……では頼むぞ、氷室大佐」



退路は完全に断たれていた。





○ ● ○ ● ○ ●





「……いや、まだ舞歌様が居る!」



そう、自分が直接行かなくても舞歌に頼めばいいのだ。

八雲の関連になれば彼女の反応は過剰とも言えるものになる。



思い立った日が吉日、ではないが、さっそく優華部隊の司令部に足を運ぶ。

<零月>内部に集中して官舎が設置されているので、そう時間はかからない。

ただ、面倒なのはセキュリティーチェック。

しかし、普段は面倒なそれも一向に気にならなかった。



あの家を訪れることを回避できるなら、

ヤマザキラボの実験体にだって志願したかも知れない。



……さすがにそれはないか。



自分で思い浮かべた想像を却下する。

どちらかと言うと、どっちも同じくらい嫌だ。

人の尊厳を捨てる事に違いはないのだから。



二重三重のチェックと手続きを終え、ようやく司令部に入る。

目的地はすぐそこだった。







「舞歌さまなら、今日は休暇を取っていますが?」



京也を出迎えた舞歌の副官で、優華部隊隊長の各務千沙は無情にもそう告げた。



「休暇って、何でまた?」



「お兄様……八雲さまの看病をなさるとか」



「しまったーー!?」



考えてみれば、舞歌の行動パターンからいってそうするはずだ。

愛する兄が体調を崩している時に公務に来るような人間ではない。

ただでさえ仕事をサボりがちなのに。



「八雲さまの奥様も、その妹さんも居るのに舞歌さままで休む事はないのに……」



そう言ってため息をつく千沙。

その苦労はわからなくもない。

きっと舞歌のことだから仕事を全部……とまではいかないにしろ、千沙に頼っている部分が多いのだろう。

ひょっとしたら、舞歌が四方天になるようなことがあれば、その苦労は自分が背負っていたかもしれない。



「各務さん……『奥さん』と『その妹』が居るから、舞歌様も休んだんですよきっと」



「…………そうですね、きっと」



八雲の性格はもちろん知っている。

誠実で優しく、それでいて一本筋が通った人物。

もちろん、尊敬している。

が、それとこれとは話が別だ。

八雲はともかく、その周辺の女性が問題なのだ。



八雲の細君となっている女性は別名『割烹着の悪魔』と呼ばれる木連随一の策略家。

戦略や戦術では八雲の方が上かもしれないが、彼の場合は性格ゆえに謀略や計略といったものに向かない。

謀略や計略は北辰か、さもなくば舞歌とその『割烹着の悪魔』の領分だろう。



しかも、北辰と舞歌、『割烹着の悪魔』は互いに仲が悪い。

北辰は彼の娘に関することで女性陣に軽蔑されているし、

女性陣は八雲をめぐって嫁姑対決のような構図が出来上がっていた。



「仕方ない。 覚悟を決めて行くしかないようですね」



「氷室さん……御健闘を」



特攻にでも赴くような心境だ。

千沙に丁寧に礼を言ってその場を辞す。



さすがに千沙に頼むわけにはいかない。

これを託せば彼女が生贄になることは目に見えている。





○ ● ○ ● ○ ●





何度来ても大きい。

虫型機動兵器が通れそうなほどの門。

何の意味があってここまで大きいのか分からないが。



問題はそこに書かれた文字。



『この門をくぐる者、すべての尊厳を捨てよ』



「尊厳!? なぜ尊厳まで!?」



物言わぬ看板に突っ込んでも仕方がない。

あの字は舞歌だろう。



「氷室です。 八雲様は?」



インターホンに向かって話しかける。

返事はすぐにあった。



≪京也さまですね。 

 八雲さまは現在療養中ですが、お会いにはなれます≫



「今日の会議の議事録を届けにきました。

 それと、ご様子を伺いに」



≪どうぞ、今、門を開けます≫



とりあえず、その場で深呼吸を二つ。



覚悟完了。

ちなみに迎撃の用意はまったくなし。



「こちらへどうぞ」



出迎えてくれたのは見覚えのある少女だった。

木連では珍しい、専門用語で言うところのメイド服姿。

赤みがかかった髪は肩のあたりまで伸ばされ、頭には白のレース付カチュ−シャ。

どこからどう見ても正統派のメイド。



ただ、それ以上に彼女を特徴付けるのは鮮やかな緑色の瞳。

それは彼女が遺伝子改造を受けていることの証左でもある。



「翡翠、八雲様の容態は?」



「疲れが溜まっておられたのでしょう。

 休養が何よりの薬だと姉さんも言っていました」



京也に翡翠と呼ばれた少女はほとんど表情を変えることなく答えた。

この辺が『人形』などと北辰に揶揄されるのだが、意外と表情豊かだと言うことを京也は知っている。

ただ、それが人より微妙な変化としてしか現れないのだ。



ちなみに、翡翠の言う『姉さん』と言うのは、八雲の細君で、名を琥珀。

京也をはじめ、西沢や北辰、南雲まで恐れる『割烹着の悪魔』。

彼女も遺伝子改造を受けている。

地球で言うところのマシンチャイルドと言うやつだ。

医術の心得もあるらしい。



容姿は翡翠とほとんど変わらない。

違いは金色の瞳と、あとは和服を好む事だろう。

ただ、中身は正反対だが。



「八雲さま、京也さまが……」



「あはー、いかず後家は大人しく職務に励んでるがいいですよー」



「何ですってこの雌狐!」



襖の向こうは八雲の部屋であるはずなのだが、

なぜか京也には禁断の領域に思われた。



「八雲さんには『妻』の私が特製の薬膳粥を用意しましたから」



「お兄ちゃんには私の愛情がこもった雑炊がいいのよ!

 あんたの怪しげな薬が入った粥なんて、お兄ちゃんは食べないの!」



180度回頭して全速離脱したくなる衝動を必死にこらえる。

職務に忠実たらんとする意識だけが頼りだ。



「失礼します。 八雲さま、京也さまがお見えです」



さすがに翡翠は慣れたものだった。

嵐ともいえるその中を悠々と横切り、八雲に告げる。



「ああ、氷室君。 よく来てくれました。

 ゆっくりしていってください」



「……議事録です。 それでは私はこれで」



「ゆっくりしていってください」



「いえ、お身体に障るといけないので、これで」



「『ゆっくり』していってください」



八雲も必死だった。

何より目が必死だった。



「八雲さんは妻の愛情料理の方がいいですよね」



「お兄ちゃんは生まれてからずーっとの付き合いで好みも熟知してる私のほうがいいわよね?」



嵐、再襲来。

八雲がアイコンタクトで必死に翡翠に助けを求めているが、

翡翠は我関せずとばかりに少し離れた場所で立っている。



「琥珀、舞歌、少し落ち着いてだね……」



「それじゃあ、私のを食べてくれますよね?」



「どさくさ紛れになに言ってるのよ!」



八雲の説得もまるで聞いてはいない。

ひょっとして八雲が倒れたのは仕事じゃなくて、こっちが原因では?

そんな風にさえ思える。



「う〜ん、そうだ、私は決められないから、ここは氷室君の意見を聞きたいな」



「なぜです、八雲様!?」



専門用語で生贄の羊とも言う。

そこは腐っても木連随一の戦略家。



……使いどころが思いっきり間違っているにしろ。



「あはー、そうですね。 で、どうなんですか氷室さん?」



「どっちなの、氷室君?」



「……え゛」



迂闊なことは言えない。

たぶん八雲は京也の意見で決めるつもりだ。

と言うか、選んだ責任を京也に押し付けるつもりだ。



はっきり言ってどちらも選べない。

個人的には舞歌なのだが、琥珀の恐ろしさも身にしみている。

しかも、琥珀は八雲の妻なのだ。

普通なら妹より妻だろう。



が、舞歌は普通の妹ではない。

八雲と琥珀の結婚式で「お兄ちゃんの浮気者〜!」などと絶叫して

優華部隊の面々に強制的に退場させられたという逸話があるほどのブラコン。

ちなみに、なぜか八雲はその後、北辰に親しげに肩をたたかれていた。



「さっさと選んじゃって下さいねー」



「もちろん、私のほうよね、氷室君」



(……絶対、血を見る)



二人の笑顔に底知れない恐ろしさを感じながら断定する。

そして、最期の言葉を残す死刑囚の気分で重い口を開いた。





○ ● ○ ● ○ ●





○月×日



…………生きて朝日が拝めた事をゲキガンガーに感謝する。



舞歌様もあんなに怒らなくてもいいのに。

琥珀さんの薬とどっちがマシだったろう。



翡翠に看病してもらわなかったら本当に『名誉の殉職』を遂げていたかもしれない。

あの北辰殿ですら哀れみの視線を送ってきた。

珍しいものを見た気分だ。



八雲様が復帰されたのは喜ばしいが、同じことがない事を切に望む。

私の命が危ない。



記:木連突撃優人部隊司令付高級副官 氷室京也





○ ● ○ ● ○ ●





次の日から八雲は普通に出てきた。

いや、無理に出てきたのかもしれないが、少なくとも表面的には平静を装っていた。

気持ちはわからなくもないが、優華部隊の医療担当、飛厘から「八雲様は何か辛い事でもあったのか?」と

しつこく聞かれたので、何かあったことは間違いないだろう。



「八雲様、もうよろしいのですか?」



だから京也もそう聞かざるをえなかった。

もちろん返事は「もう大丈夫です」としか返ってこなかったが。

上官の性格は熟知しているし、また、実際問題として八雲にいつまでも休んでいられては困る。

体調は気になったが、仕事の話に切り替えた。



「一日休んだだけで仕事はけっこう溜まりますね」



書類を眺めながら八雲が言う。

その後で「氷室君に文句を言っているわけではありませんよ」とフォローしたが。



実際、書類が溜まったのは京也のせいばかりではない。

どうしても八雲の承認が必要なものも多いわけで、それ以外は彼がこなしていた。

もし京也がサボっていたら、書類はこの数倍に膨れ上がっていた事だろう。

その場合の例は、優華部隊の方にある。



「最優先報告があります。

 北辰殿が持ち帰ったデータですが、やはり零式は不備な点が多いようです」



「やはり、ですか」



それは八雲と京也の間では共通の認識だった。

零式 ―― こと、零式戦闘機装兵はプロトタイプ・エステバリスが原型である。

元々が敵の試作機なのだから、問題が出ないと考える方がどうかしている。



そして、案の定と言うか、零式は実戦でさっそく弱点を露呈した。

武装や動力を追加した事により原型機よりも重量が増したことが思った以上に悪影響を出している。

元々ギリギリまで軽量化を狙った設計をしているエステは、反面、発展性に乏しい。

何しろエンジンすらオミットしているのだから当たり前だが、

零式は木連にはエネルギーウェーブ発生装置がないため、動力は別の形で確保しようとした。



そのため付け焼刃ではあるが、バッタを背中につけて動力を確保させたのだが、

デットウエイトが大きく、出力も足りなかった。

エンジン出力は馬力を上げる改良を施せば解決できる(また、それが技術的に可能であると判断された)が、

そうすると今度はエネルギーバイパス経路から、フレームの強度から見直さねばならず。事実上の再設計に近い。

結論から言えば、零式はこのままでは大して使い物にならないと判断されたのだ。



「元が試作機ですし、量産性に関しても疑問が生じます」



「それで、解決策は?」



「北辰殿が敵のコロニーから制式採用型のデータを持ち帰りましたから、

 それを元に技術部が事実上の再設計を行っています」



バッタのエンジンが流用可能と言うことは零式で証明されたから、

改良型では馬力を上げた専用の物を搭載する予定だ。

同時にフレーム強度や出力系統回路も見直さねばならないから、

新型は零式とは見た目は近くても中身は別物になるはずだ。



「完成すれば一式戦闘機装兵となるはずです。

 これが優人・優華部隊に制式採用されます」



「一式戦<尖隼>ですか……まだエンジンもできていないのに?」



「技術部はあと半年でものにしてみせると意気込んでいます」



原型があるとは言え、異常なまでのスピードだろう。

通常は新型の開発は早くても3〜5年はかかる。



「ジンタイプの開発班に対抗意識を燃やしているんですよ。

 ジン開発班以外のところは冷遇されていますから」



「ああ、なるほど。 僕は使い物になればどちらでもかまいませんけどね」



ジンタイプは優人部隊の主力機動兵器として開発されている。

木連では聖典とさえ言われるゲキガンガーを模したジンには大きな期待がかけられていた。

精鋭の優人部隊に配備される機体だけにスペックも凄まじい。



現在は大型艦にしか搭載されていない相転移エンジンを装備し、

一撃必殺の威力をもつグラビティーブラスト、戦艦並の強度のディストーションフィールド。

漢の浪漫である『ロケットパンチ』まで忠実に再現!

さらには単独での跳躍まで可能とする夢のスーパーマシン!



とまあ、こう表現すると『無敵のスーパーロボット』のように思われるが、実際は問題も山積みだった。

まず、エンジンの小型化が困難であるため、全長は20mを超える巨体になる。

この時点で機動力や運動性能は期待できなくなった。

重量の増加は地上での活動を著しく制限する結果となる。

巨体ゆえの死角の多さも問題だろう。



ただ、開発班はそれらの問題を無視していたわけではない。

機動力は跳躍で補おうと考えていたし、死角も強力なDFで攻撃を弾けば問題ないとした。

巨体にいたっては艦のほうを大型化することで解決してしまった。

ジンタイプを搭載する事を前提とした<ゆめみづき>などがそれである。

普通は、艦の大きさに合わせて艦載機を設計するものだが、

このことからも木連のゲキガンガーにかける情熱が伺える。



反面、ジン開発班以外は冷遇され、予算が回されていなかった。

零式が不完全だったのも、ある意味これが原因と言えなくもない。

しかし、今回の一件で北辰から小型の人型機動兵器の有効性が説かれ、

草壁がこれを認めたために一式戦闘機装兵、通称を一式戦<尖隼>とする機体の開発が決定した。



もし、これを連合軍の機動部隊戦術に造詣の深いクロフォード中将などが聞いたらこうコメントするだろう。

「これがなければ、もう少し楽をできたものを」と。

それほどこの決定が後に与えた影響は大きかった。



「優華部隊の方はどうなっています?」



「零式を回してもらえなかったと、舞歌様が……」



「むくれていましたか?」



「……いえ、予備の零式を何機か改造用に持っていきました」



「…………氷室君、南雲さんに弁解よろしく」



南雲から苦情が来るのもそう遠くないだろう。

それは確信だった。



「よろしいのですか?」



「ダメといって聞くような相手ですか?」



「いいえ」



それだけで十分だった。

なんと言って弁明するのか考えておかねばならない。

少なくとも『知りませんでした』は通じない。

それが責任者というものだ。

地球側の腐敗した政治機構ならともかく、木連はその辺はまだまともだった。



「あとで各務さんと話してきます」



「お願いします」



今度は千沙が倒れる番かも知れない。

そんな不吉な考えがよぎった。





○ ● ○ ● ○ ●





○月▽日



ついに撫子が火星に到達したとの報告が入る。

これで作戦は実行される。

撫子に対する漸減邀撃作戦が。



ただ、私はふと思うのだ。

彼らはこれほどの危険を冒してまで火星に何を求めに来たのか、と。

単艦では無謀とも言える作戦だろう。

だが、それでもなお、求めてやまない何かが火星にはあるのだろう。



それが分かれば彼らの考える事も理解できるのだろうか?

彼らが、命をかけるその理由も。





記:木連突撃優人部隊司令付高級副官 氷室京也










<続く>






あとがき:

木連編再び。
『航海日誌』ではなく『後悔日誌』なのがポイントです。
別名『副官奮闘記』(爆)

そしてヒスコハの2人が登場です。
元ネタは『月姫』ですが、例によってマシンチャイルドだったりと設定に変更は多いです。
そういえば、アキトといい、八雲といい、テツヤといい、女難が多くなったなー(汗)

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

 

代理人の個人的な感想

・・・・・・・・ちょっと待て。

 

何故にヒスコハっ!

何故に八雲の嫁さんッ!

ちゅーかナニユエ木連にマシンチャイルドが!

大体本当にマシンチャイルドなら何故軍事利用されていない!?

 

・・・・・・それとも、「だから」八雲と結婚したのかな?

 

 

>二者択一

ここは一つ「両方食べてもらう」というのはナシでしょうか?(爆)