時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第9話 「運命の再会」みたいな・その3






テラフォーミングが進んだとは言え、火星の大地の大半は未だに太古よりの姿を留めた荒地だ。

赤く焼けた大地に緑は少なく、生命を拒絶するかのようでもある。

戦神の名前を受けた星にふさわしい光景と言えるかもしれない。

あるいは……



「案外、人間は地球で満足してたほうが良かったのかもな」



愛機のサマースノーを時速60キロの高速で疾駆させながら、ロイはそう思わずにはいられなかった。



「それでも……そうだったとしても、この星が私の故郷です」



同じく右を併走するアンネニールが言う。

彼女も自分も、この火星で生まれ、育ってきた。

仕事柄、地球や月に赴く事も多かったが、やはり青と赤の混在するこの星を見たときは『帰ってきた』と思った。



「俺も同感です。 この星が故郷です。

 例え、どんな事があってもこの星が」



アキトの言葉に頷いて同意を示す。

その言葉の重さを完全に理解できなくとも、そこに込められた思いは伝わった。

失ったものへの哀惜と憧憬と。



「まだ遠い目をして故郷を懐かしむ歳でもないだろう。

 今はその故郷を取り戻す事を考えるべきだな」



「……君はリアリストだね。 もう少し感傷に浸らせてくれよ」



「ここが敵の勢力圏内であることは事実だ。

 故郷を見に行ってそれっきりなんてのは笑い話にもならん。

 せっかく往復分のバッテリーを持ってきたんだ。

 俺の苦労を無駄にしないようにな」



「うん、了解。

 でも、そんなに心配しなくても、テンカワ君もいるんだし」



テツヤの言葉に軽く肩を竦めて答える。

言葉は悪いが一応は心配してくれているらしい。

そう思うと笑みもこぼれる。

ナデシコで最初にあった頃はもう少し冷たい印象を受けたのだが。



「でも、もう少しで着きますから。

 俺の出番なんてないほうがいいんですよ、本当は」



アキトが苦笑まじりに言い、ロイも笑って返す。



「うん、確かに。 君の出番は厨房だけに留めておきたいものだね。

 戦闘で怪我でもされたら、艦長とルリちゃんに何て言われるか……」



「うう、きっと罰ゲームです。

 この前は『恐怖の昆布ダシ釜茹で地獄』でしたから、

 次はきっと『激烈・ユデタマゴンの逆襲』に違いありません!」



……どんな罰ゲームなんだろうそれは?



アキトはそう聞き返したい衝動にかられるが、前回に自分が体験した数々の『お仕置き』が脳裏を過ぎり、

その考えを脳内で焼却処分した後にコンクリートで密封。

然る後に深層意識の奥底に重り付きで沈めた。



「それよりも、方向はあっているのか?

 GPSが使えない以上は地図とコンパスが頼りだぞ」



「それは分かってる。

 コースは間違ってないわ」



開け放たれたコクピットから身を乗り出しながらライザ。

ハッチ内部の金具に命綱をつけているとは言え、

本来はこういった走行中にハッチを開ける行為は禁じられている。



が、今回はナデシコの通信圏外からも外れての行動になったため、

当然、ナデシコからの誘導も期待できず、人工衛星も火星会戦のときにほとんど喪失したため、

衛星のネットワークを利用するGPSも使用不能。



あとは昔ながらの方法 ――― 地図とコンパスを照らし合わせての行軍しかない。

しかも、火星はどこも似たような地形ばかりで、よほど慣れた人間でなければ、

自機の位置すら把握できなくなってしまうだろう。



「ライザさんも先輩に負けず劣らず変な裏技もってますよねー」



「……そこのと一緒にしないで。 私のは立派な技能よ」



「でも、編集さんなのにランドナビゲーションなんて、軍の特殊部隊みたいな ―― 」



「女の嗜みよ」



「でも、編集 ――― 」



「嗜み。 料理とか裁縫とかと同じ、嗜み。

 あなたの先輩とは違うの。 よろしいかしら、お嬢ちゃん?」



「失敬な。 アニーは見た目は中学生でも……ついでに中身も中学生でも、

 実年齢は24だから君よりも年上だぞ」



「だから、年齢を強調しないで下さい!」



「『お嬢ちゃん』とか『中学生』とか言われたのは無視か?」



「若く見えるのはいいことです」



前回までとは違って、えらく騒がしい一行になってしまった。

指向性の強いレーザー通信を使っているから、傍受の恐れは少ないとは言え、

目立っているのではないかと、アキトは気が気でない。



「それに私は……っと、見えましたね」



何が、とは聞くまでもない。

小高い丘に阻まれていた視界が一気に開ける。



巨大なドーム。 半壊して今は見る影もないビル群。

しかし、そこには懐かしさがある。

自然とその名が漏れた。



「……ユートピアコロニーだ」





○ ● ○ ● ○ ●





機動戦艦ナデシコ



「問題ありますよね?」



「……いいんじゃない?

 本人が仕事だって言ってるんだし」



「編集者が付いていく必要性がありません」



「ついて行かない理由も、ね」



「私、今からでも追いかけたい気分です」



メグミとミナトのこのやり取りももう3回目だ。

アキトが故郷を見たいと申し出て、それをゴートが却下し、

結局はフクベ提督の鶴の一声で許可されたのが2時間前。

それにロイとアンネニールが乗じて、最後にテツヤが同行取材を申し出た。



さすがにナデシコの保有する最大の戦力と、機動部隊の半数が離れる事に難色を示したが、

やはりこれもフクベ提督によって許可された。



『故郷を見ておく権利は誰にでもある。

 それが若者ならなおさらな』



との事だが、その裏に火星を見捨ててしまったと言う罪悪感があったのは言うまでもない。

ただ、現時点でそれを知るのは本人を除けばごくわずかだった。

だからメグミの不満は別のことにある。



「私が連れてって下さいって言ったら、テツヤさんってば『遊びに行くわけじゃない』って断ったのに、

 ライザさんにはあっさりOKを出したんですよ!?」



「まあまあ、メグちゃん。 きっと彼も本当に仕事なのよ」



むしろストレートに『邪魔だから来るな』と言われなかっただけマシと言うものだ。

ちなみに、ストレートにそう言われたチサトは自室でむくれている。

慰め役のチハヤはきっと今のミナトと同じような心境だろう。

つまり、大人気ないなぁ、と。



「仕方ないよ、メグちゃん。 私だってアキトと一緒に行きたかったのに〜」



と、これは艦長席からユリカ。



「ダメだよ。 艦長が艦を離れるなんて」



「はーい。 でも、ルリちゃんもそう思うよね?」



「えっ? はい、まあ」



急に話を振られて思わず間の抜けた返事を返してしまうルリ。



「そうだよね〜。 私もユートピアコロニーの出身なのにね」



「えっ、艦長もなんですか?」



「うん。 アキトとは幼馴染なんだよ。

 昔は『ユリカ、ユリカ〜』って私の後をついてきて」



それはむしろ逆では?

その場の全員がそう思ったが、あえてつっこむ無謀な人間もいなかった。



「そう言えば確か、パイロットのイツキさんも火星の出身でしたね」



「へー、すっごい『偶然』だね」



「……ユリカさん?」



「ん、どうしたのルリちゃん?」



言葉の中に含まれたモノに思わず聞き返すルリ。

しかし、ユリカはいつもの笑顔のままだった。



本当に、いつのもままだった。





○ ● ○ ● ○ ●





ユートピアコロニー跡



そこにはチューリップはなかった。

第一次火星会戦においてリアトリスが特攻をかけることなく、

当時の実験機動艦隊(現在は第1機動艦隊に合併)の火星脱出作戦を支援するために

『犠牲の盾』となったためである。



アキトはその事情までは知らなかった。

従って、こう判断するするに留まった。



「……思った以上に歪みが大きいのか?」



前回も今回も歴史を変えないようにしていたつもりではあるが、

アキトを取り巻く状況はそんな彼の意思など関せずに動いていく。

サツキミドリ二号の一件といい、今回のことといい。



確かに、そこにチューリップはなかった。

その代わり、と言うわけでもないだろうが、

アキトたちの眼前には巨大な船体が横たわっている。



全長はナデシコに匹敵するほどだ。

全幅も似たようなものだろう。

目測では在るが、全長は300m近く、全幅は150mほどか。

ただし、それはナデシコよりも巨大に見える。

箱型に近い艦型がそう思わせるのだろう。



「……UE-SP−CVPT−005」



入念な擬装が施されてはいるが、艦舷にはそうペイントされていた。

長い歳月を経たかのようにペンキは剥げ、船体そのものにも細かい傷が見受けられる。



「シレネ級機動母艦として2196年5月14日に就役。

 第35任務部隊に編入され、ナデシコ拿捕作戦中にチューリップの中に消えた。

 間違いないわね。 地球で見たあの<アルバ>よ」



近くで何やら調べていたライザがそう結論付けた。



「なぜそれがここにある?

 火星会戦で撃沈された艦じゃないのか?」



「これは相転移エンジンを搭載した最新型の艦よ。

 火星会戦時にそんな艦があったなんて話は聞いたことないわ」



テツヤの質問にもあっさりと答えて、また艦の周りをぐるぐると歩き回る。

テツヤもそれについていくが、外から見ていても自分では何もわからないというのが本当のところだ。



「テンカワ、お前はどう思う?」



「なぜ俺に訊くんだ?」



「お前以外訊く相手がいないからだ」



あっさりとそう返される。

確かに、ライザを除けばこの場にはアキトとテツヤしかいない。

ロイとアンネニールの2人は郊外の飛行場に行っている。

あの2人にとっては忘れられない場所なのだと言うことだ。



「俺だって詳しい事はわからない。

 ただ、この近くに人がいるかもしれない可能性は高いだろうな。

 停泊しているのか、動けなくなって放棄されたのかはわからないが、

 擬装を施したのは人間だろうし」



慎重に言葉を選びながら答える。

しかし、アキトにはアルバがここに在る理由は予想がついた。

ナデシコと同様に高出力のディストーションフィールドを展開できる艦なら

中の人員は無事なままチューリップを通り抜けられる。

狙ってそうしたとも思えないが、アルバはナデシコが火星から地球へ帰還したのと逆に、

地球から火星へ来てしまったのだろうと考えた。

何しろクロッカスの例もあるのだから。



アキトのその予想は一点を除いては当たっていた。

偶然ではなく、確たる意志を持って来たと言う一点を除いては。



「それよりも、そこの連中に訊けばいいか」



アキトの鍛え抜かれた感覚は周囲に隠れた人の反応を捉えていた。

この気配の隠し方は素人ではない。

明らかに訓練を ――― 特に陸戦の訓練を受けた兵士特有のものだった。



「気付かれてたのね。

 見たところ、人間みたいだけど?」



物陰から迷彩服をまとった兵士が現れる。

防弾ベストにヘルメットを装着し、アサルトライフルやサブマシンガンで完全武装した13人。

歩兵一個分隊に相当する兵力だ。



そして、その中心にいるのはすっぽりと頭からフードを被って口元を隠し、

さらにはサングラスまで付けて完全防備している人物。



「ナデシコから来たんだ。 あんたがリーダーか?」



「ええ、そう言うことになるわ」



リーダー格の人物の声には聞き覚えがあった。

ただし、予想していたものとはかなり違う。

はっきり言って、すぐにはその名が浮かばなかったほどだ。



理由はある。

まず第一に、まとっている雰囲気がまったく違った事。

第二に、こんなところで会うはずのない人物だった事。



「……ナデシコね、因果を感じるわ。

 まあ、招かれざる客にだってコーヒーくらいは出すわ」



サングラスを外して、アルバ艦長、ムネタケ・サダアキは笑った。





<続く>






あとがき:

キノコ再登場の回でした。
そろそろ前半で張ってきた伏線の回収です。
前半の山場が近いですね。

アルバの形式番号ですが、『UE-SP』が連合宇宙軍、『CV』が正規空母(正確には機動母艦)を表しています。
『PT』は『Phase Transition Engine(相転移エンジン)』のことで、
UE-SP−CVPT−005で連合宇宙軍所属の相転移エンジン式正規空母の5番目となるわけです。

余談ですが第4話で出てきた<アコーリス>は4番艦。
シレネ級の1番艦<ユニフローラ>と2番艦<アルペストリス>は欧州に、
3番艦<ボレデリー>は北米に配備されているという設定でした。
名前の由来はナデシコ科シレネ属の花から。
もう1つの『ナデシコ』ということで。

それでは、次回でまたお会いしましょう。

 

代理人の個人的感想

イネスのフリしてムネタケ再登場。(爆笑)

まさかとは思うけど・・・・・コイツも逆行者?

だとしたら凄い話だ(爆)。

 

>嗜み

嘘こけ(笑)。