『大人への階段』

 

 

 

 

 

 

序幕 ナレーション

 

 火星の後継者によって引き起こされた悲劇もついに終結の時を迎えた。

 火星極冠遺跡に居を構えていた火星の後継者達の反乱を静めたのはナデシコの名を持つたった一隻の機動戦艦だった。

 だが、人々は知らない。

 人知れず火星の後継者達と戦っていた存在を。

 復讐に身をやつした青年とそこに寄りそう少女の姿を……

 

 

 

 ……まあ、そんなもんは今回の話とは関係ないのでぺいっとあっちに放っておこう。

 

 さて、今回の舞台は機動戦艦ナデシコ。

 時代はアキトが西欧方面軍よりナデシコに帰って来てからしばらく後。

 そして、悲劇にして喜劇のヒロインはそこに住む一人の少女。

 彼女こそ誰あろう!! 火星の後継者と闘い続け、

 火星極冠遺跡の闘いでも戦艦を操り参戦した ……火星では大して役には立てなかったけど、

  美しき電子の精霊ラピス・ラズリ!!

 

 外見は6歳だがもう心は立派な11歳!!

 ボソンジャンプの暴走により、愛しのアキト及び、その他大勢のお邪魔虫と共に過去にへと飛ばされたのだ。

 11歳もまだ十分に子供だとは思うが、ラピスはそんなこと爪の先ほども気にしていない。

 

今回はそんな彼女の活躍を見てみる事にしよう。

 

 

 ラピスがハーリーと共にナオによってナデシコに連れてこられてから暫しの時が流れた。

 ナデシコでの生活は研究所の生活と異なり、楽しみと喜びに満ちていた。

 (主にアキトと共にいられることが大きかったのだが)

 

 だが……

 

 

第一幕 オモイカネ・ダッシュ

 

 今日はラピスの7歳の誕生日だった。

 といっても本当の誕生日じゃない。ラピスが自分で決めた誕生日だ。

 山田さんの言葉を借りるなら『魂の誕生日』。

 

 ラピスが自分で誕生日を決めたのには理由がある。

 

 過去(未来?)の世界でラピスは自分の誕生日を知らなかったらしい。

 何でもラピスがいた研究所が襲われた時にその記録が失われてしまったんだそうだ。

 だから、ラピスはまだその記録がある今の内にそれを見ようとしたんだ。

 もちろん、僕も手伝ったよ。ハーリーも一緒に手伝った。考えてみるとあれが研究所内での初めての

3人の共同作業だったのかもしれない。

 

 そして、僕たちは目的のデータを見つけた。

 だけど、そこにはラピスの誕生日なんて書いてなかった。

 

 ただ一言……

 

『製造年月日』

 

 自分が作られた日。生まれたのではなく製造された日。

 

 …ぶち

 

 その時、僕は確かにラピスの中で何かが切れる音を聞いた。

 その日のラピスの事はあまり思い出したくない。

 

 ただ、ぶち切れたラピスが落ち着くまでに研究所のデータの半分が消え去った。

 その間、ラピスを止めようとしたハーリーによる恒例の『ハーリー泣き』は実に十数回を超えて、

最後には連絡がつかなくなっちゃったけど、とりあえずそれはどうでもいい。

 その一連の騒ぎの中で、アキトさんから頼まれてたプロジェクトのデータを護りきれたのは我ながら良くやったと思う。

 

 ラピスが口を開いたのは、ハーリーからの連絡が途絶えてしばらくしてからだった。

 

「ダッシュ。私、自分で誕生日を作る」

『え?』

「そうよ、こんな研究所の人達の言うことなんか真に受けることない。自分の誕生日くらい自分で決めるんだから」

『で、でも、ラピス。研究所にあるデータはどうするの?』

「データ? あのデータ、何か変?」

 

 ラピスの言葉の意味に気づいてデータを確認してみた。

 ……中身が、変わってる。

 あれ、この日付って…

 

『ラ、ラピス。この日付って…』

「そう、私とアキトが始めて会った日だよ。私とアキトの思い出の日。あの日私は生まれ変わったの。

 まさに記念すべき誕生日よね!!」

『い、いや、ラピス。それは流石に…』

「ダッシュ、いい考えだと思わない?」

 

 怖かった。

 そういって笑ったラピスの顔はものすごく怖かった。

 僕にはただ、黙って肯定することしか出来なかった。

 

 

こうしてラピスの新しい誕生日が生まれた。

 

 

 

 ラピスの誕生日も、もうじき終わる。

 だが、ラピスは一人部屋の中で暗く沈んでいた。

 アキトさんが帰ってくるまでまだ時間がかかる。

 ラピスを元気付けるのは僕の仕事だ。

 

『ラピス』

「…何?」

 

 よかった。ちょっと元気が無いけどちゃんと返事してくれた。

 

『誕生日パーティ。楽しかったね』

「…うん」

『僕、誕生日パーティって初めて見たよ』

「私も。なんだか、うれしかった」

『プレゼントもいっぱい貰ったもんね』

「うん」

 

 テーブルの上にはプレゼントと思われる品物が山となっていた。

 どれも皆、ナデシコのクルーからもらったものだ。

 ラピスはプレゼントの方に目を向け、口元を綻ばせた。

 プレゼントを受け取った時のことを思い出しているのかもしれない。

 

『アキトさんからも貰ったしね』

「うん」

 

 ラピスは自分の首にかけられたペンダントにそっと手をあてた。アキトさんからのプレゼント。

 アサガオを象った銀細工のペンダントだ。ラピスの儚い感じとあいまって良く似合っていた。

 聞いた話ではアキトさんの手作りらしい。

 

 ラピスの表情が穏やかなものとなった。

 

 やっぱりアキトさんの威力はすごい。

 これで、もうちょっと女の人に強ければ……

 

 ちなみにユリカさんからは空色のワンピース、ルリさんからは髪飾り。

 その他、本当に色々な人が色々な物を送っていた。

 話したこともない整備班の人達からプレゼントを渡された時のラピスの驚いた顔は何とも言えず可愛いかった。

 アキトさんもそんな様子を、暖かい微笑を浮かべて眺めていたから僕と同じ事を思ってたんだろうな。

 ふと、カメラ・アイの先に動くものが見えた。ウリバタケさんからの贈り物だ。

 大きさは全高約30cm。形は何かのロボット……だと思う。

 問題なのはラピスが受け取ったときは、掌に乗るサイズの髪飾りだったということ。

 ちなみに少し前までは15cmほどの飛行機の形をしていた。

 なんだか、着実に成長してる気がする(汗)

 

「……」

『……』

「ダッシュ」

『何?』

「あれ、何?」

『さあ?(汗)』

 

 一体何をどうすればこんなのが出来るんだろう?

 そもそも機械なのかな、これ?

 すでに『質量保存の法則、何それ?』って世界に行ってるんだけど……

 

『どうする? ラピス』

「せっかくのプレゼントだから」

 

 うーん、ラピスも大人になったね。

 でも、流石にこれを部屋に置いとくのは危ないような気もするんだけどな。

 あれ、ラピス。その袋どうするの?

 

「貰っておくの。気持ちだけ

『……そだね』

 

 アキトさんもラピスがあの物体をウリバタケさんから貰った時に『こういうのは気持ちが大切だから』

とかいってたし。

 なんだか冷や汗流してたけど。

 今から考えると何かあるって気づいてたのかもしれないな。

 そんな事を考えてる内にラピスはその物体を袋に入れてごみ箱に投げ込んだ。

 何かガチャガチャと勝手に動いているような気もするけど気にしない。

 

 

『そういえば、アキトさん遅いね』

「……」

 

 あっ、今のラピスにこの話題は事は禁句だった。

 ラピスは俯いたまま黙り込んじゃったよ。

 どうしよう。せっかく落ち着いてきてたのに。

 

「……ダッシュ」

『何? ラピス』

 

 ラピスの声にはさっきまでの沈んだ感じはなかった。

 なんだか決意みたいなものが感じられる。

 

私、大人の女になる!!

『……は?』

 

 ラピス、何いってるの?

 大人って、ラピスは今日7歳になったばかりじゃないか。

 

「若さでアキトにアピールするのもいいけど、ちょっとだけ私は若すぎるのよ」

『そうだね…ちょっとだけ、ね』

 

 ラピスの言いたい事は大体分かった。

 ナデシコでのアキトさんとの生活を楽しんでいたラピスだったけど、ここにはライバルが多すぎる。

 しかもそのライバル達が皆、妙齢の美女ぞろいとくればラピスに焦るなという方が無理だろう。

 最初の内は『私が一番若いんだから、年増なんかに負けない』とかいってたんだけどね。

 いくら若い方が有利といっても、さすがに7歳は若すぎるって事に気がついたみたいだ。

 それでも、その特権を生かしてアキトと同じ部屋、同じベットで寝てるんだから十分有利だと思うんだけどね。

 でも、確かに真剣にアキトさんと恋人になろうと思うなら、7歳っていう若さなんてペナルティー以外の何物でもない。

 ルリさんも同じ苦しみを味わっているようだけどラピスはさらに分が悪いね。

 

 きっと、今日の誕生パーティでの事思い出してるんだな。

 

 拳を握り締めて決意の顔を見せるラピスを見ながら、僕も今日のパーティのメモリーを流した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 パーティの最中、主役であるラピスをそっちのけで女性陣がアキトさんの元に集まっていたのは、最早お約束

というのが恥ずかしくなるくらいいつものことだった。

 

「うふふ、ア〜キ〜ト!!」

「うわっ。なんだよ、ユリカ!! こら抱き着くな!!」

「ちょっと、艦長!! アキトさんから離れてください!!」

「ユリカ先輩。こっちで一緒に飲みましょうよぉ」

 

 酔っ払ってアキトさんに抱き着くユリカさんとそれを引き離すメグミさんとイツキさん。

 なんだか、イツキさんはメグミさんとは目的が違うみたいだけど…

 

「アキト。私、少し酔ったみたい」

「姉さん!! まだ、お酒ほとんど飲んでないじゃないですか!!」

 

 酔った振りをしてアキトさんに近づこうとするサラさんとそれを押さえるアリサさん。

 

「テンカワ君、今後のスケジュールでちょっと確認しておきたいところがあるんだけど…」

「姉さん。こんな場所で仕事持ち出してアキト君に近づくのは無理があるわよ」

「そう言うあなたが持ってるのは、ブラック・サレナの仕様書よね」

「……くっ」

 

 同じく牽制し合うキンジョウ姉妹。見ればリョーコさんとイネスさんも視線で牽制しあっている。

 ホウメイ・ガールズにいたっては見事な五亡星が出来あがっていた。

 ちなみにルリさんは飲み物に巧妙に混ぜられた酒によってあえなく轟沈していたりする。用意していた自分用

のジュースに酒を混ぜられたのに気が付かなかったのはルリさんのミスなんだろうな。

 まあ、犯人はわかってるし、証拠のデータもオモイカネ(オリジナル)に送っておいたから問題ないよね。

 

「……油断しました、ムニャムニャ」

 

 ちなみにラピスは入れ替わりお祝いに訪れるクルーのせいでアキトさんに近づくことすら出来なかった。

 ラピスが他の女といちゃつく(ラピスの思考)アキトさんの様子に一時はかなり怖い思考に陥り掛けたんだけど、

ミナトさんと一緒にがんばって宥めたんだ。

 その御陰でだいぶ落ち着いていた。ただ、未だに瞳の奥に燻る暗い炎が宿っていたりするんだけど、もう僕

たちにはどうしようもない。

 

 ここはアキトさんの冥福を祈ることとしよう。

 

 そんな中、笑いながらアキトさんの様子を眺めるシュンさんとナオさん。

 泣きながら一升瓶を抱えるジュンさんを宥めるカシズさん。

 轟沈したルリさんの横で幸せそうに眠るハーリー……

 

 ……ハーリー、君は目が覚めない方がいいかもしれないよ。

 

「……後でお仕置きです、ハーリ君(怒)。ムニャムニャ」

 

 ま、まあ、そんなこんなで時間は進み、誕生パーティはお開きの時間となった。

 騒ぎが一段落ついたのを見計らってプロスペクターさんが手を叩いて声をあげた。

 

「さあさあ、皆さん。そろそろ時間も遅い。この辺でお開きといたしましょう」

 

 この声に答えるように騒ぎも収まっていく。

 ……一部を除いて。

 

「ア〜キ〜ト。じゃあさ、二人でこの後どっかいこうよ!!」

「おい、艦長。何いってんだよ!! テンカワは俺と…」

「…アキトさん」

「レイナ!! 何アキトに抱き着いてるの!!」

「…姉さん」

「…そうね、レイナ。一度ゆっくりと話し合うべきね」

「アキト君、ここじゃなんだし医務室でゆっくり飲まない?」

「イネスさん、何いってるんですか!!」

 

 すでに収集つかない状況になってる。

 そんな中、事態に収拾をつけたのはホウメイ・ガールズの一言だったりした。

 

「「「「「ア〜キ〜ト〜さ〜ん。二次会しませんか?」」」」」

 

 綺麗にハモッた5つの声にアキトさんの周りにいた女性陣の動きが止まった。

 

「そうですね…」

「そこら辺が…」

「妥協案…」

「ですか…」

「これ以上争って…」

「アキトさんに迷惑もかけられないし」

「仕方ねーか」

「え〜、私はアキトと二人っきりがいい!!」

「あ〜、ユリカ先輩。待ってくださいよぉぉ!!」

 

 一部の不満は掻き消され、結局アキトさんは女性陣に引きずられて連れて行かれちゃったんだ。

 その間、アキトさんの意見が一切聞かれることがなかったのは今更ここで言うまでもないよね。

 

 ちなみに、ルリさんは今だに夢の中。

 アキトさんの周りの会話に幾度となく、耳が動いたり青筋が浮かんだりしてたんだけど、とうとう目覚める事

はなかった。もしかすると、隣で幸せそうに眠るハーリーに酒に薬でも入れられたのかもしれない。

 そういえば、パーティが始まる前に『僕がルリさんを守らなくちゃ』とかいって色々準備してたな。

 もちろん、その映像もオモイカネ(オリジナル)に送付済みだ。

 

「…絶対許しませんよ、ハーリー君(怒)」

「……(ビックゥ)」

 

 ルリさんの寝言に一瞬体を強張らせたハーリーは、その後目覚めるまで冷や汗が止まらなかったけど、それは

今は関係ないね。

 がんばれ、ハーリー。

 温かい目で見守っててあげるからね……助けないけど。

 

 さて、そんな中、今回の主役ラピスはどうしていたかというと……

 

「「「「「ア〜キ〜ト〜さ〜ん。二次会しませんか?」」」」」

「……アキト、私も行く」

「だ〜めだよ、ラピスちゃん。もう遅いんだし、子供はおねむの時間でしょ」

 

 アキトさんにたどり着く前にミナトさんに捕まっていた。

 ばたばたともがくラピスをミ、ナトさんがしっかりと押さえ込んでいる。

 見事な手際だった。

 ラピスには連れ去られていくアキトさんを見ていることしか出来なかった。

 ラピスの話だとその時、アキトさんを連れ去る女性陣の高笑いが聞こえたって言ってたけど、僕のメモリーには

そんなの無かったな。

 ただ、ラピスに向けられた女性陣の瞳が勝ち誇ったものだったのは間違い無いみたい。

 ラピスがアキトさんと相部屋なんで、他の女性陣もかなりラピスをライバル視してたからなあ。

 ラピスは小さな拳を握り閉めて、肩を振るわせながら遠ざかるアキトさんを見ていた。

 その姿は迫力があるというより可愛らしい。

 ミナトさんはその姿を微笑ましく見つめながら、ラピスを部屋へと引きずっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 回想が終わってもラピスは変わらず、拳を握り締めて立っていた。

 まあ、時間にして1秒も経ってないんだし当然かな。

 

『ラピス、やっぱり君が大人になるのはまだ無理じゃないかな?』

私はもう大人よ!! 今日でほんとなら12歳になるんだもん!!

 

 ラピス、12歳でもまだ……いや、もう何も言わないよ。

 

『でも、外見が7歳じゃあ、難しいと思うよ』

「確かに、アキトの相手としては少し不利かも」

 

 ラピス、何か考えてるみたいだけど。

 変な事言い出さなきゃいいんだけど。

 

「ダッシュ。大人の女ってどんなのかな?」

『大人の女性?』

「うん、外見的には無理でも雰囲気さえ掴めれば、私も大人の女になれると思う」

『……(汗)(そ、それはかなり無理があるんじゃぁ)』

「さあ、ダッシュ。大人の女性の条件を検索して」

 

 僕の心の突っ込みも当然気づかず先を促すラピス。

 仕方なくそれに類するものを検索してみたんだけど。

 

『検索終了』

「どんなのがあった?」

『まず、外見が……』

「却下。次…」

『それじゃあ、服装かな』

「服装?」

『うん、外見が幼くとも服装や化粧によって大人っぽく見せることは可能だよ』

「……」

 

 ただ、それにも限界がある。

 せめて、ラピスがルリさんくらいの歳なら何とかなったんだけど……

 

 でもラピスはこの案が気にいったみたいだ。

 何か納得するように頷いてる。

 ミナトさんやエリナさんとかの大人の女性の姿が浮かんでるのかもしれないな。

 

「いいかもしれない。他には?」

『そうですね。大人の条件としてはお酒が飲めるなんてのもあるんですが、これは流石に今のラピスは

 やめたほうがいいですし……』

 

 実際、先ほどのパーティでもラピスだけは本物のジュースを飲んでいた。

 アキトさんとミナトさんが目を光らせていたからだ。

 本当はルリさんが飲まないようにも見張っていたのだが、まさか6歳のハーリーがルリさんに酒を飲ますとは

思ってなかったみたいで阻止出来なかったらしい。

 

「……」

 

 さっきからラピスが黙ってる。

 頬をうっすらと染めて虚ろな目をしてる。

 間違い無い……妄想モード発動中だ。

 

 とすれば、キーワードは『お酒』かな。

 なんか、想像するまでもなくラピスの頭の中が分かる。

 IFSでリンクしてるとかの問題じゃないよな、これって。

 妄想が流れ込んでくる。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 静かなムードの中、ピアノの音が流れる。カウンターにはうっすらと化粧をして大人っぽい服を着たラピス。

 その横にはタキシードで着飾ったアキトの姿。二人の前には真っ赤なカクテルが置かれていた。

 

「…ラピス」

「…アキト」

 

 見詰め合う二人。そして……

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……まさに、思った通り。

 

「…ああ、アキト。そんな、だめ」

『……ラ、ラピス?』

 

 いやん、いやんと首を振りまくるラピスを僕はただ黙って見守ることしか出来なかった

 

 

 

 

第二幕 ハルカ・ミナト

 

 困ったわ。

 ラピスちゃんが尋ねてきてくれてのはいいんだけど……

 

「えーと、ラピスちゃん。もう一回言ってくれるかな?」

「アキトを誘惑する為に大人の女性になりたいの。化粧品と洋服貸して」

 

 うーん、ルリルリを大人っぽくするって言うのはやった事あるんだけど……

 ラピスちゃんって昨日7歳になったばかりだし、流石に大人っぽくっていうのは…

 

「……可愛らしくじゃ、だめ?」

「だめ。それじゃあ、誘惑できない」

「……と、とりあえず中に入ってくれる?」

「うん」

 

 ラピスちゃんを部屋に入れたのはいいんだけど。

 どうしよう。

 

「…はぁ」

 

 思わずため息が出ちゃうわ。

 可愛らしくして欲しいっていうなら大歓迎なんだけどなぁ。

 きっかけは、やっぱり昨日のあれよね。

 こんな事なら行かせてあげればよかったかしら。

 

 アキト君を誘惑できるくらい大人っぽく?

 ラピスちゃんが期待の篭った目でこちらを見上げてる。

 ラピスちゃんの体に目を向けて小さくため息一つ。

 

 断言するわ。

 無理よ。

 体系が幼すぎるのよ。

 顔のほうは化粧で多少大人っぽくすることも出来るけど気休めに以上にはならないし。

 大体、体型とのバランスもあるのよ。

 顔だけ大人っぽくなっても変なだけだし。

 逆にラピスちゃんの可愛らしさが消えちゃう可能性の方が高いわね。

 妥協案としてリップを塗るだけで済ませるってのもあるんだけど……

 あの気合いの篭った瞳から考えると、それで納得してくれないわよねえ。

 

 と、なると服なんだけど……これもねえ。

 少なくとも私は子供服なんて持ってないし、ナデシコの購買で買うしかないんだけど。

 流石に無いわよねぇ。

 それに、そもそもラピスちゃんが望んでいるような大人の色気をかもし出すような子供服なんて本当に

あるのかしら?

 

 うう、ラピスちゃんがこっちを見てる。

 

「……(じー)」

「…う」

 

 恨むわよ、アキト君。

 

 …まあ、ここにいない人に文句を言っても仕方ないわ。

今はそんなことよりも目の前の事を何とかしないと。

 

「え、えーとね、ラピスちゃん。私のところにラピスちゃんが着れるサイズの服ってないのよ。化粧品もあるには

 あるんだけど化粧品って人によって肌に合わない人もいるの。変に自分の肌に合ってないのを使うと逆に肌が

 荒れちゃうのよ。そ、それに、ラピスちゃんはまだ若いんだしお化粧なんかしなくても綺麗よ!!」

 

「……それで?」

 

 うう、ラピスちゃんそんな冷たい声出さないで。

 思わず動きが止まっちゃったじゃない。

 

 下手な言い訳は聞いてくれそうに無いわね。

 え、えーと、どうすれば…そ、そうよ、こういう時は!!

 

「そ、そうよ、ラピスちゃん。私は持ってないけどきっとエリナならきっと何か持ってると思うわ。

 エリナのところには行ったの?」

 

「ふるふる」

 

 ラピスちゃんが無言で首を振ってる。

 薄桃色の髪が勢いに振られ舞い上がって、室内の電灯に輝くその髪は何とも幻想的で奇麗。

 思わず見とれちゃったわ

 

 大人っぽくなくても、こんなに綺麗なのに…

 

 いったい何が不満なのだろう。

 ラピスちゃんもルリルリも他の人にはない美しさを持ってる。

 幻想的な雰囲気。

 例え、それが悲しい生立ちゆえに生まれたものであろうとそこから人々が感じるものっていうのは私達には

到底与えられないもの。

 

 隣の花は赤い、とはよく言ったものね

 

 私達がこの子達を羨むように、この子達も私達を羨んでいる。

 お互いが自分に無い物を求めて。

 結局、無い物ねだりはせず自分の長所を伸ばすのが一番いいと思うんだけどね。

 

 ……なんて、シリアスな思考にふけった所で当然のごとく事態は変わってない。

 相変わらずラピスちゃんが静かな瞳で見上げている。

 

「……(じー)」

「うっ、そ、それじゃあ、エリナのとこに行こうか?」

「いや」

「な、なんでかなぁ?」

「…恋敵の力は借りない」

 

 責任転嫁失敗。

 ラピスちゃんの瞳には決意の光が見えた。

 けど、そんなものが見えても、事態は悪化するだけよ。

 

 あああ、どうすりゃいいのよぉ

 

 

『ミナトさん、もう交代の時間ですよ。どうかしたんですか?』

 

 目の前にコミュニケが開いた。

 その向こうにはルリルリの姿。

 

 ルリルリ、ナイス!!

 

 まさしく、天の助けね。

 後でご飯おごったげる!!

 

「あ、ルリルリ。ごめんねぇ、すぐ行くわ。じゃあ、そう言うことだから。ごめんね、ラピスちゃん」

「…うん」

 

 ラピスちゃんは少し残念そうに頷くと部屋を出ていった。

 思わず安堵のため息が出た。

 

 ごめんね、ラピスちゃん。

 その問題は私の手に余るわ。

 

『…何か、あったんですか?』

「ううん、何でもないのよ」

 

 さってと、お仕事お仕事!!

 

 そういえば、今朝からハーリー君の姿が見えないわね。

 ルリルリに聞いても笑うだけど何も答えてくれないし。

 

 でも、ルリルリ。

 その笑顔はアキト君には見せちゃだめよ。

 

 ……脅えちゃうから。

 

 

 

 

 

後編に続く

 

 

 

 

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