覚悟
〜エリナの場合〜






これは・・・会長に報告しなきゃね・・・

私は急いで会長室に向いノックもソコソコに会長の部屋に入り込む。


「会長、大変よ!」

「おやおやどうしたんだい、エリナ君?血相変えて君らしくもない」


全く、それどころじゃないってのに、この極楽トンボは・・・

私は持っていたファイルを思いっきりアカツキの机に叩きつけたわ。


「これは?」


何て顔してんのよ!アンタが調査をしろっていうからしたんじゃないの!

いいから早く読みなさいよ全く!


「会長が調査を指示した例の一件の詳細です」


分かった・・・分かったから、そんなに怯えた表情は止しなさいよ。

その報告書を読めば私が血相を変えていた理由も分かるから。


「ああ、あの一件ね・・・ちょっと待っててよ」


そんなに気楽に構えていられるのも今のうちなんだから・・・

私はそのファイルを読み始めた会長の顔を見ていたわ。

私が思っている以上に彼は苦悩の色を表に出していたわね。

でも、その理由は分かる。少なくとも・・・


「エリナ君・・・早速で悪いが、プロス君を呼んでくれたまえ」


人が考え事してるんだから・・・そう言おうと思ったけど止めたわ。

会長が・・・アカツキ君があまりにも苦しそうだったから・・・

私は返事をせずにコミュニケで通信をしようとしたわ。でも止めた。いえ、正確に言うとする必要は無かったのね。


「私ならココに居ますよ」


何故なら既にこの場に居たんだから。ま、今更驚かないけど。

よく考えればこの男も分からないわよね。

様々な『交渉』を一任される男。そして会計の責任者。『ネルガルシークレットサービス』通称『NSS』の総責任者でもあるわね。

常に微笑みを絶やさず・・・それでも目は笑っていない。

いえ、いつでも『哂って』いるわ・・・彼自身をね。

プロスペクターの過去に何があったのかは殆どの人が知らない。

知っているのは彼自身と・・・歴代の会長くらいかしら。


「エリナ君、考え事もいいんだけどさ。プロス君にこれを読んでおかせてくれ。別室で僕なりの結論を出してくるから」


それだけ言うと部屋を出て行こうとしたアカツキ君を私は止めた。

それは彼が苦しそうな表情・・・というか、それすらも通り越して苦悶の表情を浮かべていたから・・・


「アカツキ君、何一人で抱え込もうとしてるのよ!?私達は戦友でしょ?だったら・・・」


その時・・・私の肩に手を置いたのはプロスだった。

私を見ると首を横に振る。そしてアカツキ君に向って一回だけ頷くと私に向って言ったわ。


「大丈夫ですよ。会長は『僕なりの』と仰いましたからね。私達と話す前に自分なりの結論を出しておきたいというところなのでしょう」

「そう・・・ね」


私達のやり取りを見ていたアカツキ君が別室に消えるとき、少しだけ嬉しそうな表情をしたのが見えたから、私はプロスの意見に賛成した。

そのプロスはというと、アカツキ君の机からファイルを取り上げると読み始めた。

私はそんなプロスを見ていたんだけど、その表情は読み取れない。

目だけが厳しいものに変化していくのが分かるくらいだった。

そして読み終えると彼・・・プロスペクターは私に言ったわ。


「エリナさん・・・貴方はどうしますか?」


初めはその質問の意味が分からなかった。彼は助けるとばかりに思っていたから・・・


「どう・・・って?」

「そのままの意味ですよ。もし実行するなら相当の損害を出す覚悟が必要になりますよ」


私はその時点で気付くべきだった。

しかし、対象が親しい人間だという事が私の目を曇らせていたらしい。


「何言ってるのよ!?助け出すに決まってるでしょ?損害を覚悟?そんなのとうぜ・・・」


当然・・・と言いかけて私はプロスの視線に怯んだ。いえ、怯えたと言ってもいいかもしれない。

その時の彼は私の良く知る『プロスペクター』では無かったから。

その顔は『NSSのGM』だったから。


「エリナさん。会長が何故苦悩するのかは分かりますか?」

「目的がユリカさんだから・・・でしょう?」


私の答えは答えになっていなかったのかもしれない。

でも、それを答えるだけで私は精一杯だった。


「それでも助けるか助けないかを悩むのは何故ですか?」


プロスからは更なる問いかけが返ってきた。

私はテンカワ君夫妻の状況をアカツキが知って悩んでいるのだと思っていた。

でも、プロスはそれもあるが他にも原因がある・・・と言いたいらしい。

私は数分考えて首を横に振ったわ。

何故か・・・何故かは分からないけど、悲しそうな瞳で私を見ながらプロスは質問をしてきた。


「では・・・私が言った『損害』の意味は?」

「事が表に出たときの損害・・・ではなくて?」


これには私も答える事ができた。はっきり言って自信さえあった。

でも・・・答えは違った。


「無論、それもあります」

「じゃあ・・・」


私が言いかけたのを手で制してからプロスは言葉を続けた。


「エリナさんは・・・先程当然と仰いかけましたね。でも、その当然の損害は何でしょう?

 お金ですか?評判ですか?もちろん、それもあります。しかし・・・もっと大切なものがあるのではないですか?」


彼は私の目から視線を外す事無く、まるで諭すように話しかける。


「不謹慎な話ですがこれは一種のゲーム。しかしベットされるチップは命なんですよ・・・」


プロスの言葉に私は彼が何を言わんとしているのかを漸く気付いた。そして先程から向けている視線の意味も・・・


「ごめんなさい・・・」

「いえ・・・ただ、貴方には知っておいて欲しかったのです。そして少なくとも会長はその事でも苦悩されておりました」


私は・・・私は自分が成り上がる為なら何をしても良いと思っていた。

他人の命などチェスの駒も同然。私の為にあるべきだ。そう思っていた。

しかし、それでは何も変わらない・・・テンカワ君夫妻を拉致したヤツラと・・・

ただ、今回は当事者が『友人』だったから・・・だから感情が動いた。

だから掛け値なしに助けよう・・・そう言えた。

もし『友人』でなかったら?

私には・・・私には助け出そうとは言えない・・・


「エリナさん。復讐を成し遂げた後には・・・何が残ると思いますか?」


唐突に話題を変えてきたプロス。


「何が・・・って、やり終えた満足感とか、充足感とか?」


彼の意図は私には分からないが話にのってみる。


「そんなものは残りません・・・残るものは虚無感ですよ」

「えっ?」


私は彼の答えに唖然とした。それは私には分からない事だったから。


「もう何も無い・・・ただその感情に支配されるのですよ。それを会長も知っているから・・・それについても悩んでおいでなのです」

「・・・そんな・・・」


プロスの答えは私を愕然とさせるのには十分だった。


「あのファイルは・・・テンカワさんを救出した時の情報を元に作成されたものなのですよね?」

「ええ・・・」

「彼は復讐を望んでいる。そして、彼に手を貸す事は・・・」


プロスはそこで一旦口を閉じた。しかし視線が私に問いかける。『わかりますよね?』と。

今なら・・・プロスの先程の言葉の意味が、視線の意味がよく理解できる。

それはつまり・・・私にも『殺人者』たる覚悟があるかを問い質したもの・・・

何も敵だけではない。味方やそれ以外の巻き込まれた人々の命に対しても責を負えるか・・・彼はそう聞いてきているのだ。

私が言いかけた『当然』という言葉。それは失う命に対しての冒涜。

立ちくらみを覚えた私はプロスから視線を外すと会長室のソファーに座り込む。

浅く腰掛け背もたれに体を預けるとそのまま上を向き目を閉じた。

どのくらいの時間が過ぎたのだろう?

アカツキ君がこの部屋に戻ってきて私の座っているソファーの向かいに座る。そしてその後ろに立っているプロス。


「ごめん、待たせたね」


いつも通りの軽薄な口調で話をしだしたアカツキ君。

しかし彼の顔は先程とは違い何かを決意した顔だ。


「テンカワ君の復讐に力を貸す」


何気なく、まるで軽く挨拶をするように彼は言う。

彼が目の前に座った時は下を向いていたが、その言葉に彼と視線を絡ませる。

言葉の出ない私に代わりプロスがアカツキ君に尋ねた。


「それは・・・ネルガルの会長としてですか?それとも彼の戦友としてですか?」

「両方さ」


事も無げにアカツキ君は言ったわ。

まるで当然だとでも言わんばかりに。


「分かりました。ゴートさんとこれからの話をしてきます」


いつもの微笑を浮かべたプロスは言い残すと部屋を出ていった。

この部屋に残ったのは私とアカツキ君しかいない。

私が視線を外すとアカツキ君が口を開いた。


「あれ?いつもなら公私混同は・・・とか言ってくるのに、どうかしたのかい?」


あくまでいつもと変わらぬ口調。


「今の私には・・・何も言えません」


それだけを言い残し席を立つ。

部屋を出て行こうとしたその時、アカツキ君から『会長』としての指示が出された。


「エリナ君。会長として君に命じる。プロトナデシコCを彼に。それと、彼専用機の開発も平行して行わせて」

「分かりました」


私はそう言うと逃げるように部屋を出た。

そう・・・私は逃げたのだ・・・

やがてユーチャリスが完成して・・・エステバリステンカワSplも幾多の改修を施しブラックサレナとなった。

月臣君から格闘技の手ほどきを受け、プロスからは諜報戦の、イネスからは科学を、私が社会や経済のノウハウを、彼に教えられる限り教えた。

そして・・・彼の復讐劇の幕は上がる。

コロニーの襲撃。ナデシコBの登場。何もかもがシナリオ通りだったのかもしれない。

ただ・・・私はその中にありながら、私の覚悟は決まってなかった。

死者が出るたび、私は彼に訊いた。


「死んだ人の事を考えた事があるの!?」


昔の優しい彼に戻って欲しかった。

心のどこかであのテンカワ君とは違うんだ・・・そう思うようになっていた。

幾度と無く肌を重ね、彼の腕に抱かれた。

しかし今の彼の考えは全く分からない。

そして彼が最後の決着をつける前に私に言った済まないという言葉・・・

あれは彼の、昔の彼の言葉だったのだろう。しかしそれからすら・・・逃げた。


「私は会長のお使いだから・・・」


覚悟を決められなかった私の逃げ道・・・

それがあの言葉・・・

私は彼を守る為に力を与え、そして彼を救おうとはした。

しかし、追いかけていたのは昔の彼。今の彼から逃げていたのだろう。

それが彼は私ではなく・・・ホシノルリを選んだ理由。

だから私は決めた。もう現実から逃げない。何者からも逃げない。

逃げ道は作らない。それが、私らしくだと思うから・・・














〜後書き〜

おはようございます、町蔵です。

いまいち上手く纏めきれてませんね・・・反省です。

今回も短編です。例の如く劇ナデを見ていたら湧いてきました。

あそこでエリナさんがあの台詞を言った(言わなければならなかった)必然性を考えてみたら私の中ではこんな結論になりました。

そして連載へと至る訳なんですが、何かこじつけっぽいですかね?(汗)

続きを書く上でもう少しキャラを掘り下げた方がいいかもという事で、短編が続くかもです・・・

それではご意見、ご感想、誤字脱字等ありましたら掲示板の方まで宜しくお願い致します。

それでは・・・



代理人の感想

両方通しての感想なんですが、やはりこちらもオチが弱いかなと。

淡々と進むので「持ち上げて」「落とす」という、言わばオチをつけられる構造になってないんですよ。

それはそれでもいいんですが、意図してやってないのならちょっと不味いかなと。