機動戦艦ナデシコif・・・

〜旅人達の遁走曲〜

第二楽章




そして翌朝。目を醒ましたラピスが向ったのはアキトの部屋。

二人は昨晩何事も無かったかのように話をしていた。


「アキト、ルリ、おはよう」

「おはよう、ラピス」

「おはようございます、ラピス」


まだ眠そうに目を擦るラピス。二人に挨拶をすますとちゃぶ台の前の自分の座布団にちょこんと座る。


「アキト、ご飯」

「ああ、分かった」


ソファーから冷蔵庫へと立ちあがろうとするが、隣に座っていたルリが遮る。


「私がやりますから」

「そう・・・じゃあお願いするよ。冷凍庫の方を開けてレンジに放り込んでくれればいいよ。ルリちゃんも一緒に食べちゃいな」

「はい。ありがとうございます。お言葉に甘えて・・・でも、アキトさんは?」

「俺はいいよ。レーションがあるから」

「そうですか・・・」


どことなく失敗したと感じてしまうルリ。そのルリを見ていたラピスがルリに向って一言。


「ルリ、歩き方が変」


何かを股に挟んだような歩き方・・・俗に言う内股というヤツである。

その言葉にルリが盛大にずっこける。


「そう言えばアキト、目が真っ赤。肌もカサカサ」


そしてそそくさとレンジの方に去っていくルリを見る。


「ルリも目は赤いけどお肌は艶々。それに、昨日と何か感じが違う」


それを聴いたアキトの目が泳ぐ。バタフライで急速に遠くに去っていくようだ。

そんなアキトをじっと見ているラピス。


「そういえば昨日はルリと一緒だった・・・もしかして・・・ルリがラピスのお母さんに?」


どうやらラピスは『ナニ』があったのか悟ったようだ。

それがリンクで伝わったのか、覚悟を決めたようにアキトはラピスに問いかけた。


「ラピスはルリちゃんがお母さんだったら嫌かい?」


アキトとルリに見つめられ、アキトから視線を逸らして少し考え込むラピス。そしてその返答を待つ二人。


「アキトの大切な人なら私にも大切な人。ただ、条件は一つだけ。三人一緒じゃなきゃいや」


二人を見渡すように答えるラピス。


「そうか・・・分かった。約束するよ」


アキトの返答に喜色満面なルリ。そして更にラピスから一言。


「私、妹がいいから。宜しく。弟でもいいけど」


その言葉に顔を真っ赤にして下を向くアキトとルリ。

しかし、後に続く言葉は二人の気分を霧消させるには十分なものだった。


「ユリカはどうするの?ユリカもアキトにとって大切な人・・・でしょ?リンクから漏れてたから、アキトが大切に想ってる事は知ってる」


アキトは少し悲しそうな顔をしたがルリはアキトを見つめた。

それはルリとて知りたかった事なのだから。罪悪感が無いと言えば嘘になる。しかしそれよりもこれからの事がルリには大事だろう。

下を向くことはせずにアキトをずっと見つめている。


「ユリカは・・・」


その続きを言おうとした時にレンジが調理を終わった事を告げた。それを聴いたアキトは


「ご飯を食べてからにしよう」


と言う。


「分かった。でもちゃんと話してよ。これからも私は家族なんだから」


昨日、ルリに触れて・・・というかルリの話を聴いて家族というものの概念が出来たらしいラピスは自分もこれからは家族だと主張しているのだ。


「ああ、もちろんさ・・・」


その返答にとりあえずは納得したのか、ラピスはルリの運んできてくれたトレーから自分の分を受け取ると食べ始める。

そんなラピスにアキトから声がかかる。


「ラピス、挨拶は?」

「あ、そうだ。いただきます」


ルリはそれを見て微笑んだ。と同時にアキトがユリカの事に対して何と言うのかに対して思いを馳せる。


「ママ、醤油とって」

「はい?」


考え事の途中にいきなりママとラピスに呼ばれて面食らうルリ。


「ルリはアキトの奥さんになったんでしょ?だったら私のママ。アキトは私の親権者。つまり父親。パパ。だからママ」

「それは分かってますけど・・・」

「じゃあ、いいじゃない。ルリの事はこれからママって呼ぶから」

「何やら面映いですね・・・」

「イヤ?なら今までどおりルリって呼ぶけど・・・」


少し寂しそうなラピスを見てルリは思わず抱きしめてしまう。


「いいですよ。ママって呼んで下さい」

「うん。じゃあ、アキトはパパって呼ぶ」


今まで完全に蚊帳の外で自分の淹れたコーヒーを飲んでいたアキトはそれを噴き出した。


「パパ、汚い」

「アキトさん・・・」


ルリは自分がそうだったように面食らったのだろうと思い苦笑する。事実、その通りであるが。


「ラ、ラピス、いきなり何を・・・」

「ダメ?」


言葉に詰まるアキトを先程のルリを見る視線で見つめるラピス。そしてラピスを抱きしめたままのルリも一緒にアキトを見つめる。

そんな二人に見つめられたらいくらアキトと言えども断りきれないだろう。


「・・・分かった。パパって呼んでくれ」


何秒か考えたようだったが、口調とは裏腹に顔は緩みきっているアキトだった。

それを見たラピスとルリは食事を再開する。何か物思いに耽っているかと思うと時々ニヤっと笑うアキト。

そんなアキトに二人は


「アキト(さん)、怖い(です)」


と思ったという。そしてアキトの意識がどこかにすっ飛んでいる間に二人の食事は終わった。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


二人揃って挨拶を済ますとラピスがアキトに先程の続きを話すように頼んだ。


「パパ、さっきの続き・・・」


そしてアキトはユリカに何があったのかを大まかに話す。途中でルリが補足を入れつつなのだが。

ラピスはそれを聴いている時もアキトから哀しみが伝わってきているのを感じていた。

その感情はいつものアキトの黒で覆われた哀しみでは無く、もっと透き通った蒼い色をした哀しさであると思ったという。

最後にユリカの事に対してどうするかという、話の核心に迫った時・・・

アキトの心は空っぽになっていたとラピスは感じたと、後にルリにそう語った。


「ユリカは自分の幸せを見つけてくれるだろう。あいつの幸せが何かは俺には分からない。今までなら俺といる事だったんだろうけど、これからは分からない」


その言葉を聴いたラピスは


「ユリカの幸せばかり考えてるけどパパの幸せは?私はパパとママ、家族でいることが幸せ。そしてパパが幸せである事が私の幸せ」


と言った。それを継いでルリも


「私もアキトさんとラピスが幸せでいられる事が私の幸せですよ。ユリカさんには悪いんですけど」


アキトに向ってそう告げる。


「大丈夫。アキトは一人じゃない。今も、そしてこれからも私もルリ・・・ママも居るから」

「そうですよ。それに、貴方は自分が幸せになってはならないと思っているかも知れませんが、アキトさんが幸せでなかったら少なくとも二人、ここに幸せでなくなる人がいる事をお忘れなく」


ラピスとルリの言葉がアキトの心を埋めてゆく。しばし黙り込んだアキトは少し経って


「ありがとう」


感謝の言葉を述べ、一息いれることを提案する。それを承諾したルリとラピスは思い思いに行動を起こす。

ルリがちゃぶ台からアキトの座るソファーに戻ると、冷蔵庫からジュースを取り出しちゃぶ台の自分の定位置に戻ったラピスがルリに訊ねる。


「そういえばさ、何でママはナデシコCを自沈させたの?」

「そうそう。俺もそれを聞いてなかったな」


アキトとラピスに訊ねられて昨日の続きになりますが・・・と前置きをしてルリは話しを始めた。


「ユリカさんが二度目に目覚めて何があったかは話しましたよね?」


ルリの言葉にアキトと先程事情を聞いたラピスも頷く。


「それからユリカさんは軍務に復帰しました。そして、自分が3年以上も眠っていたことを知り酷く驚いてましたが・・・

ミスマル指令の口利きもあり、指令の直属になりました。その後、私はナデシコCに戻ると指令から通信が入ってきたのです」

「内容の想像はつくよ・・・俺の捜索の中止だろ?」

「はい。ユリカさんの古傷を抉る・・・覚えてないとは言え不安材料に変わりはありませんからね」

「だろうな・・・」


ルリの言葉を聴き自分の想像が当たっている事に嘆息する。ラピスは口を挟まずにルリとアキトのやり取りに聞き耳を立てている。


「火星の後継者の残党も主な面々は片付けたと判断した司令部はナデシコCを任務から外しモスボールにする事を決定したそうです。

個人で持つ力としては大きすぎますからね。自分達にいつ牙を剥くか分からない・・・そんなものをいつまでも放っておくのは危険ですから」

「ルリちゃんとナデシコCが見せた火星圏全域のネットワークの掌握。その力を持つルリちゃんとナデシコCを操る事が出来れば世界征服も夢じゃないからね。この時代でネットワークを使用していない場所や施設なんて数える程にしかないんだから」

「私とプライムでも出来るよ」


ここでラピスが初めて口を挟んできた。『プライム』とはユーチャリス搭載の超AIのことである。

オモイカネのコピーではあるがオモイカネとは別の自我を持っているが、教育したのがラピスであるためオモイカネのように人間臭くは無く、あくまでも『超AI』の域を出ていない。


「ラピスとプライムでも出来るけど、公式的にはラピスもプライムも存在しないだろ?だから権力者達が気にする必要はないのさ。

ルリちゃんとオモイカネは厳然とその力を示してしまったからね。同等の威力をもつ存在が無い限り不必要な力なのさ」


ラピスが口を挟んだことに対してアキトが答える。それに続けて言ったルリの言葉はそんなアキトの想像していなかった事だった。


「そして、私の暗殺・・・ナデシコCが無くなっただけでは不安なのでしょう。私の暗殺も同時に決定したと指令が教えて下さいました」


その言葉に凍りつくアキト。予想していなかった事ではない。しかし軍がそこまでやるとは考えたく無かったのだ。

アキトは何もいう事が出来ない。そのお陰でラピスの呟きがイヤにはっきりと聞こえた。


「飛鳥尽きて良弓しまわれ、狡兎死して走狗煮らる」


正にその意味の通りなのだろう。頷くルリとため息をつくラピス。

そこにある可能性を思いついたアキトが口を開く。


「ミスマル指令は・・・ユリカの親父さんが守ってはくれなかったのかい?」


アキトの問いかけにルリは懐から一枚のディスクを取り出す事で答えた。


「これは?」


ディスクを取り出したルリにアキトが訊ねる。


「ユリカさんの病室を出てミスマル指令をお話している時に渡されたものです。アキトさんと一緒になる事があったら見て欲しいと・・・」


そのディスクを受け取ったアキトはラピスに再生してくれるように頼んだ。

再生を始めると一枚のウィンドウが開きその中にはミスマル指令が映し出される。背景から察するにそこは司令部のミスマル指令の部屋らしい。しばらくこちらを見つめていた画面の中のミスマル指令が静かに口を開いた。

「久しぶりだね、アキト君。このディスクを見ているという事はルリ君は無事に君の許に居るのだろう。そこでユリカの事は聴いたと思う。

そこで親のエゴと捉えられても構わないのだが・・・ユリカとの婚約を解消して欲しい。とは言うものの・・・君は戸籍上は鬼籍に入っておるがね。ユリカは君の事が記憶から抜けている・・・ユリカのこれからの人生というものを考えた時に、ワシはこれで良かったと思っているよ。無論、君には辛い思いをさせると思うが」


ここで一旦言葉を切って茶をすする指令。その表情は無表情という名の仮面で隠されていて何を考えているのかは分からない。

そして息を一つ吐くと再び話し始める。


「それと・・・ルリ君の事なんだがね・・・軍部内で暗殺計画が持ち上がった。ワシに庇う事は出来無かったよ・・・ユリカの安全と引き換えにという事でな・・・ルリ君も娘であることには変わりは無い。ただ、ルリ君にはアキト君が居るがユリカにはワシしかおらんし、その逆もまた・・・無責任なようだがルリ君は君に預けるのが一番安全ではないかと思ったのだよ。そして、君が生きている事はアカツキ君から聞いた。彼を 責めないでくれたまえ。彼はワシに脅されたのだから。

 多分、この映像を観ている頃にはルリ君も君の側に行っていることだろう・・・最後に・・・すまない。娘を天秤にかける事をしてしまって・・・

 ルリ君に幸せな人生を歩ませてやれなくて・・・そして何より・・・君とユリカを引き裂くような事をして・・・

 親のエゴだと罵ってくれても良い。責めは甘んじて受けよう・・・これからの君たちに幸多からん事を祈っておるよ・・・」


その言葉を最後に映像は途切れた。愚かとも言える正直さで自分の心中と起こった出来事を話した男、ミスマル・コウイチロウ。

アキトは映像が切れたとき黙って一礼をしただけだった。親としてのコウイチロウ。一人の人間としてのコウイチロウ。

両方をアキトには責める事が出来なかった。それは彼にも愛しい存在を奪われる事の怖さが分かっているから・・・痛みが分かるから。

そんな彼に何が出来ようか?いや、何も出来まい・・・

沈黙に支配される空間。ルリとラピスは押し黙って礼をしたまま頭を上げないアキトを見つめている。

そんな時間が永遠に続くかと思っていたその時、通信が入っていることをラピスが伝える。


「パパ、エリナから通信」

「ああ、ありがとう。皆、ブリッジへ行こうか」


アキトに促されブリッジへ移動する三人。今はこの部屋にあまり居たくない・・・誰もが思ったからアキトの行動に従う。


「こちらユーチャリス。何か用なのか?」


三人に対するディスプレイにはネルガルの社長秘書、エリナ=キンジョウ=ウォンが映っていた。


「何じゃなくてアキト君、ルリちゃんが!」

「私がどうかしましたか?」


ルリの言葉に二の句が告げなくなるエリナ。呆然自失とはこんな状態なのだろうという事を身をもって表してる。

そんなエリナにルリが先を促すように言葉を続ける。


「エリナさん、私がどうかしました?」


その言葉に我に返ったエリナは今度はパニックに陥ったみたいだ。


「なななな何でアンタがそこにいるわけ!?」

「アキトさんに助けてもらいました」

「えっ?それってどういう・・・」


傍目から見てパニックに陥っていることが分かったエリナに、ここから何を話しても無駄だと思ったのかアキトが戻る事を告げる。


「エリナ、詳しくはそっちに行ってから説明するよ」

「アキト君?そっちって・・・私は今、本社にいるんだけど・・・」


唐突にアキトが会話に割り込んできた事に何かを感じたのかエリナはそれを承諾した。


「月ドッグに行くから準備して欲しいものがあるんだ。ついでにセイヤさんも連れてきてくれないか?」

「分かったわよ。ウリバタケと極楽トンボを連れて向うわ」

「そのアカツキなんだけど・・・もう月ドックに居る頃じゃないか?」

「はぁ?」


アキトの予想に訝しさを隠さないエリナ。そんなエリナを誤魔化そうとするアキト。


「何はともかく、行けば分かるさ。ドクターは?」

「イネス=フレサンジュはいつも月ドックに居るわよ」

「そうだったな・・・」

「じゃあ、月ドックで待ってるわね」

「そうしてくれ」


通信が途切れる。そのタイミングを見計らってラピスがアキトに話しかけた。


「パパ、通常航行?それともジャンプ?」

「やりたい事もあるから、ジャンプで行こうか」

「分かった」

「ルリちゃんは俺の部屋で待っててよ。ブリッジにはシートが無いから」

「わかりました」

ルリがブリッジからアキトの部屋へと戻る。ルリが部屋に居るのを確認し、ジャンプシークエンスを開始するラピス。


「相転移エンジン臨界・・・ディストーションフィールド最大出力、ジャンプフィールド形成・・・アキト、いつでも跳べる」

「イメージング、ネルガル月ドック・・・ジャンプ」


その空間に存在した純白の戦艦は虹色の光に包まれる。その光が消えた後には何も残っていなかった。











後書き

二度目まして。町蔵です。

第二楽章をお送りします。

本来はもっと短くなる予定でしたが・・・というか、まだプロローグの段階なんですよね、コレって・・・(汗)

しかもまだ続くし・・・プロローグだけの短編にしようかハンペン本編もつけるか悩みちうです・・・

ちなみに・・・第三楽章もこんな感じになりそうな・・・

それではご意見、ご感想、誤字脱字&『てにをは』等々ありましたら掲示板の掲示板の方までお寄せ下さい。



それでわ代理人様の愛の鞭をお願いします♪

 

 

代理人の愛の鞭

 

 

 

・・・って、二回もやりませんよ(爆)?

 

 

 

代理人の感想

追いかけぇて♪

追いかけぇて♪

すがりつぅきぃたいのぉ♪

 

・・・・・・・・・それは恋の遁走曲(フーガ)

 

と、改めて一人ボケツッコミを終了させたところでこんばんは、代理人です。

 

なんつーか、基本はシリアスというより甘甘系のルリアキものに見えますが・・・・・・・・・

そこらへんどうなんでしょ(笑)。

後多くのルリアキものと違ってユリカとの関係を痛くない形で清算してるのでいいかなと。

甘ったるいのを許容できるかどうかはまた別なんですが(爆)。