機動戦艦ナデシコif・・・

〜旅人達の遁走曲〜
第四楽章



その日、テンカワ=アキトは狼狽していた。

堅苦しさを覚えて目を覚ましたアキトはベッドから起きると自分の格好を見て驚いた。


「な・・・なんでこんな格好をしているんだ?」


彼の格好を説め・・・解説すると、燕尾服にベストにネクタイを着用している。そしてその全ては白である。

要は結婚式の新郎の格好・・・とでも言えばいいだろうか。彼が寝苦しさを覚えたのも当然である。


「えっと、セイヤさんがオペレーターシートを増設したよな。

 その日のうちにラピスとのリンクを切断・・・そのままだと生活に支障があるからってすぐにオペをして成功・・・」


狼狽していてもしょうがないと考えたアキトはこれまでの経緯を思い出し始めた。


「それで・・・ルリちゃん達に抱きついて・・・そうだ、イネスさんが精密検査をしたいと言い出したんだっけ」


イネスの精密検査が頭に引っかかったようだ。その時の状況を詳しく思い出そうとするアキト。


「確か・・・イネスさんの部屋に入った。そしてベッドに横になった・・・ここまでは良いよな。

 それで・・・注射を打たれ・・・注射!?」


ジグソーパズルに最後の1ピースが嵌めこまれた。そんな感じだった。

アキトは急ぎ部屋を出て走ってイネスの部屋に向う。

何を言われても良いように覚悟を決めてイネスの部屋の前に立つアキト。

ドアを開けるとそこには・・・ラピス、エリナ、イネス、ミナト、リョーコ、ヒカル、イズミ、メグミ、ホウメイガールズ・・・

そしてウェディングドレス姿のルリが居た。ドアが開いた音に全員がアキトの方を振り向いた。

ナデシコA時代の女性クルーが殆ど揃っている事に驚く。


「みんな・・・どうして?」


アキトの呟きの答えは全員分のスリッパと怒号の嵐だった。


『アキト(君、さん)、花嫁を式の前に見てはいけません!!』


その言葉と一斉に投げられたスリッパがアキトの顔に命中し、ドアが閉じられる。

スリッパに意識を奪われながら倒れこむアキトの視界の片隅に移ったのは新婦控え室と書かれた紙だった。

それからアキトが再び意識を取り戻した時、周囲に人影が見えた。


「誰だ?」


アキトが誰何する。気配から察するにその場に居るのは片手より多く、両手に満たないくらいだろうと推測する。

自室のベッドに寝かされていたアキトが目を開けながら上半身を起こすとそこに居たのはウリバタケ、アカツキ、サブロウタ、ハーリー、

ジュン、プロスペクターの6人。


「おやおや、新郎はやっとお目覚めかい?」


いつもの如く軽いアカツキの言葉にアキトは怪訝な顔を隠さない。


「・・・新郎とは誰の事だ?」

「何言ってんの?アンタの事だよ、幽霊ロボットのパイロットさん?」


今度はサブロウタ。


「幽霊ロボット?」


アキトは目の前に居る人物よりも幽霊ロボットの方が気になったらしい。


「ブラックサレナの事だよ、テンカワ。軍ではアレの事をそう呼んでいたんだ。もっとも、僕が知ったのは事が全部終わってから

 だけどね」

「ジュン?まさか・・・俺を捕まえに来たのか?」


アキトはジュンが自分の前に居る事から推測したがそれもプロスペクターの言葉により否定される。


「いえいえ、違いますよテンカワさん。貴方とルリさんの結婚式の為に皆さんが集まって下さったんです」


プロスぺクターがまるで我が事のように破顔してアキトに告げた。

しかしアキトの方はまるで理解できないとばかりにプロスペクターを見つめる。

そんなアキトにウリバタケが声をかけた。


「アキト、これを見ろよ」


そう言ってウリバタケはウィンドウを開いた。そこにはコードの付いたヘッドセットのようなものをかぶせられた黒いバイザーを

掛けた黒ずくめ・・・テンカワ=アキトが映っていた。


『アキト君、準備はどう?』


ラピスとのリンクを切断した時のアキトが映し出されている。

しかしラピスとのリンクを切断している為アキトには何も感じず見ることも出来ない。

唯一、聴覚だけは比較的マトモな状態だったためどうにか聞くことは出来る・・・そんな感じだった。


『ああ・・・いいぞ。心も平静な状態だ・・・』

『そう。じゃあ始めて』


ガラス越しに見えるイネスがマイクを通して別室のアキトに話しかける。

ラピス、ルリ、エリナ、ウリバタケ・・・皆アキトを見つめていた。


『ボソン粒子を感知・・・ウリバタケ、今よ!』


パネルの前に座ったウリバタケが何かのスイッチを入れる。

アキトは虹色の光に包まれる。その光が消えると10センチくらい移動した場所に現れた。


『アキト君・・・どう?』


恐る恐る・・・と言った感じでイネスはマイクに向って話しかけた

アキトは答えるのでは無く再び虹色の光に包まれた。


『まさか・・・暴走!?』


アキトが虹色の光に包まれるのを見て叫ぶイネス。その横には血の気を失ったルリと、ルリの服をギュッと掴んで離さないラピス、

今にも倒れそうなエリナと悔しそうなウリバタケが居た。

イネスが何かの操作をしようとマイクの付いたコントロールパネルに手を伸ばす。

しかしそれも中断される。イネス達の居る部屋に突然現れた虹色の光によって。全員がその光を注目する。

そして・・・光が消えるとアキトが現れた。

アキトはバイザーをゆっくり取ると目を開ける。

そしてルリとラピスを抱きしめると一言、彼女達の耳もとで囁いた。


『只今・・・ルリちゃん、ラピス』


その言葉にルリもラピスももう離さないとばかりにアキトを抱きしめて泣き出した。

それを見て涙ぐむイネス、エリナ、ウリバタケの三人。

しかし、先程アキトが目を開いた時に気付いた者はいただろうか・・・アキトの瞳が金色であった事に。

それから5分くらい延々とその映像は続き・・・唐突に映像が切り替わる。

場所はイネスの部屋となっていた。アキトはイネスと相対する椅子に座っている。


『アキト君、調子はどう?』


オペの翌日、アキトが精密検査を受ける前の風景だった。

オペ終了後にも視力、聴力、味覚、臭覚、触覚などの簡単な検査は受けて常人と変わりない・・・いや、常人以上という検査結果が判明した。

その時にアキトの瞳の事を気付いたドクターがユーチャリスでオペレーションの性能を試した所、ルリやラピス並みの性能を叩き出したのだ。それはアキト自身が知らなかった副産物でもある。

当日はそれで帰して貰い、次の日に検査をすると約束をした。

アキトは映像をみながらその事を思い出していた。


『じゃあ・・・注射をするわね』


イネスが取り出したのは毒々しい蛍光色を発したピンク色の液体が入ったアンプル瓶であった。


『イネスさん・・・それは?』

『ん?コレ?大丈夫、心配ないわ』


イネスは言うがアキトはなおも疑わしい視線をイネスに向ける。その視線に気付いたイネスはアキトに向ってアンプル瓶のラベルを見せた。そこにはネルガル製である事を証明するロゴが入っていた。


『大丈夫よ、市販の薬品だから・・・それとも何?説明して欲しいとか?』


イネスの言葉にアキトはぶんぶんと首を横に振った。いかにも残念そうな顔をイネスはするが、アンプルの先端を折ると注射器でその中身を吸い出す。


『アキト君、腕を出して』


イネスの言葉にゆったりとした検査着の、少し躊躇した上で左腕を出すアキト。やはり利き腕は何か支障があった時は困るのだろう。


『はーい・・・じゃあ、いくわよ』


そう言ってイネスはアキトの腕に針をつき立てる。薬液がシリンジから押し出されてアキトの中に入っていった。

針を抜くとアキトは言う・・・


『イネスさん・・・何だか・・・無性に眠いんですけど・・・』


言うのが早かったか眠るのが早かったか・・・どちらとも分からずにアキトはその目を閉じて正面にイネスにもたれかかるような格好となった。

するとイネスはカーテンの方に振り向き声をかける。


『いいわよ、三人とも・・・出てらっしゃい』


閉じられたカーテンが開いて、出てきたのはエリナ、ラピス、ルリの三人。


『上手く行ったわ・・・これでアキト君が目覚めたら式当日のはずよ・・・』


イネスの言葉に笑みを浮かべる三人。その笑みは微笑みとかいう笑みではなく・・・万人に聞けば万人が『ニヤリ』と笑ったという答えを返してくる笑みであったが。

そしてイネスからアキトを受け取りつつ、ルリは言った。


『あそこで私達を心配させたんだから・・・このくらいの事はしても良いでしょう』


その言葉に頷くルリ以外の三人。彼女らはオペ当日の事を言っているのだ。


『と言う訳でアキトさん。目が覚めたら結婚式です。覚悟は宜しいですね?』


ルリがアキトに・・・というか、カメラに向って言ったのだろう。ルリのズームアップとその言葉を最後に映像は終わり、ウィンドウは閉じられた。


「って事だ、アキト」


ウリバタケがアキトに向って言った。そしてここに至って漸くアキトは全てを理解したようだ。


「やっぱりドクターの注射が原因だったのは間違い無かったか・・・」


アキトは呟く。それを見てウリバタケとプロスペクターは部屋から出て行った。


「皆は行かないのか?」


アキトは残った人に訊ねる。


「この人たちはたちはそれぞれテンカワ君にに訊きたい事があるんだって」


アカツキが言う。


「訊きたい事?まぁいい・・・俺に答えられる事なら何でも。誰からだい?」


アキトが言うとまず、ジュンが口を開いた。


「テンカワ・・・何故・・・何故ユリカを諦めた?」

「ユリカ・・・か。ジュン、お前に訊くが記憶を閉ざしたユリカと俺が一緒になって幸せになれるか?」


ユリカの名を聴いたアキトは一瞬だが遠い目をした。そして答えたアキトに椅子から立ち上がったジュンは叫んだ。


「答えになってない!」


それを落ち着けようとアカツキがジュンを宥める。


「まぁまぁ、アオイ君・・・答えは最後まで聞かなきゃ分からないだろう?」


アカツキに宥められ座りなおすジュン。それを見て言葉を続けるアキト。


「で、どうなんだ?」

「それは・・・」


アキトに問いかけられそれ以降の言葉が続かないジュン。少し待ってアキトが続ける。


「俺はユリカを諦めた・・・そう取られても仕方の無い事だろう。見捨てた・・・と言っても過言ではないかも知れない。ただ言える事は俺は俺なりにユリカの幸せを願っている・・・それだけだ」


そう言うとアキトはベッドサイドの引き出しから一枚のディスクを取り出すとジュンに手渡す。


「ジュン。一人になったらこれを見てくれ・・・」

「これは?」


手渡されたディスクにジュンは困惑の視線を送る。


「ユリカの親父さんからだ」

「ミスマル指令から!?」

「ああ・・・ルリちゃんが俺に渡してくれと頼まれたらしい」


しばし呆然としたジュンだったがそれを手に部屋を出てゆく。居ても立ってもいられないのだろう。

それを見ながら次に口を開いたのはサブロウタだった。


「初めまして、テンカワさん。ナデシコB副長の高杉三郎太っス。俺の質問は・・・貴方は艦長・・・ホシノ少佐から逃げませんか?
 
 何があっても?」


長髪で金髪、赤のメッシュを入れた青年・・・高杉三郎太と名乗ったその上っ面は軽そうな青年の問いに答えたのはアキトではなくアカツキだった。


「高杉君・・・だっけ?君は彼が今までどんな状態だったか知ってるのかい?」


上っ面は軽そうな三郎太の質問の響きは真摯なものがあった為、アカツキはワザと軽薄を装い三郎太に話しかけた。


「貴方に聞いてませんよ・・・会長さん」


先程のジュンとは違い椅子から立ち上がる事も無いが、アカツキに視線も向けずに言い放つ三郎太。


「いいからいいから・・・話は最後まで聴くもんだってさっきも言ったろ?」

「しつこいっスね・・・知りませんよ!」


言い切って初めてアカツキの方を向く三郎太。しかしその目を見た途端に大人しくなる。

口調こそ軽薄なものの、アカツキの目は真剣そのものだった。


「じゃあ、話してあげようか・・・いいよね、テンカワ君」


アキトに確認を取るアカツキ。アキトが頷くのを視界の隅で捕らえると話し出した。視線はあくまで三郎太から外さない。


「テンカワ君はね・・・火星の後継者の実験で五感のほぼ全てを失ったんだ。そしてその時点で寿命は数年・・・それでも木連式を会得した。

 師匠は君も知ってる・・・ 月臣君だよ」


聴いていた三郎太の表情に驚きが走る。


「柔だけじゃない。抜刀術、拳術、合気・・・そして暗殺術。君なら分かるよね。それがどれ程のものかを」


続くアカツキの言葉に頷く青い顔の三郎太。彼も木連の軍人だった。だからこそなおの事その大変さは分かる。


「そしてユリカ君を救出した。まぁ、実際に救出したのは君らだけどね。その後の彼は君達から逃げるように姿を消した・・・だろ?」


これにも頷くしかない三郎太。


「そして追いかけても追いかけても逃げてゆく・・・だから彼を信じる事ができない。違うかい?」

「その通りっス」 


ここで口を開いた三郎太。アカツキの語るアキトの過去に呑まれていた彼は漸くそれだけを言葉に出来た。


「君は・・・ホシノ君のことを何て聴いた?」


アカツキが三郎太に問いかける。


「艦長は・・・ナデシコC単艦のワンマンオペレーション中、火星の後継者の残党を駆逐していて相討ちとなった・・・って聴きました」

「それは上からの報告だろ?君達の間では?」


三郎太の返答にアカツキは何かを見抜いたようだ。


「テンカワ=アキトと交戦となり・・・相討ちとなった・・・です」


本人を前にして苦しげに・・・彼は言った。三郎太は軍人だ。人を見る目はある・・・と自負している。

その彼が苦しげに言ったのは・・・今、目の前に居るテンカワ=アキトはそんな事をする人物ではないと自分の目が言っているせいだ。


「で、本人を目の前にして君の意見はどうなんだい?」


その葛藤を見抜いたアカツキは敢えて三郎太に訊ねる。


「そんな事はない・・・と思いました」


呟くような声と共にやっとの事でアカツキに答えた。


「テンカワ君はね・・・五感の無い状態だった。これはさっきも話したよね?」


頷く三郎太。


「そして五感を治すための手術・・・前例は無し、成功率も未知数、それが始まる前に彼は言ったよ。何を言っても信じてもらえないから

 これからの行動で証明してみせるから待ってて欲しいって。信じろとも言ってない。ただ待ってて欲しいとだけ。そしてさっきの映像に繋がるわけだけど・・・ルリ君は待っていた。これが何を意味するのか・・・分かるね?」

 
沈黙する三郎太を前にアカツキは気にする訳でもなく話を続ける。


「ルリ君は待っていた・・・つまり彼の言葉を信じていた。彼の言葉を通して彼を信じていたんだ。

 これは彼女の願望だったのかもしれない。彼を信じていたいって言うね。」


ここで一旦言葉を切るアカツキ。三郎太の反応は・・・ない。黙ってアカツキから視線を逸らさず話を聞いている。


「そして彼は彼女の願望に応えた・・・彼女の元に帰って来たんだ。つまりは行動してみせたって事。

 でも、そんな彼を信じる事が出来ないって事は、ルリ君を信じていないって事になるよ。さっきの論法からいくとね」


アカツキの言葉に今度こそ激昂する三郎太。


「そんな事はない!!」


椅子を蹴飛ばし立ち上がりアカツキに向う。元・・・とは言え木連の軍人であった彼は信頼を疑われると言った事は自分を侮辱されたに等しいのだ。

しかしアカツキは落ち着いたもの。先程の言葉を続けようとした時にアキトが口を挟んだ。


「高杉君」


アキトの言葉に気付き、アカツキに詰め寄るのを止めた三郎太。


「今は俺の事を信じてくれなくてもいい。ただ・・・ルリちゃんを信じているのなら、ルリちゃんを通してでもいい。

ルリちゃんが 信じてくれている限り・・・俺を信じてくれないかな?頼む・・・」


三郎太に向って頭を下げるアキト。そんなアキトを見て興奮が鎮まったのかまず謝る三郎太。


「取り乱して済みませんでした」


その言葉に顔を上げるアキト。そして三郎太はアキトと視線を絡ませ一息つくと


「分かりました。今は貴方を信じますよ、テンカワさん。ただ・・・もしもの事があったら・・・」


言外に許さない事を匂わせる三郎太。アキトは微笑して『ああ・・・』と言うだけ。

その言葉に蹴飛ばした椅子を直しハーリーに話を振る。


「俺はこれでいいっス。さ、次はハーリーの番だぞ」

「初めまして、テンカワさん。宇宙軍所属、戦艦ナデシコBオペレーターのマキビ=ハリです」


自己紹介をするハーリー。


「僕が訊きたいのは・・・テンカワさんは艦長を・・・ルリさんの事を好きんなんですか!?」


憎憎しいとさえ言える視線をアキトに向けるハーリー。

それに対してアキトは先程の微笑を崩さずに答える。


「好きだよ、女性としてね」


その言葉に泣き出して部屋をダッシュで出てゆくハーリー。


「アイツ・・・艦長の事が好きでしてね・・・」


ハーリーの出て行ったドアを見ながら苦笑して言う三郎太。


「俺も・・・まさかあそこまでストレートに訊かれるとは思っても居なかったよ」


同じく苦笑のアキト。


「俺はハーリーを慰めに行ってきます」

「宜しく頼むよ」

「ええ。じゃ、失礼します」


ハーリーを追って部屋を出て行った三郎太を見送るアカツキとアキト。


「すまないな、アカツキ。慣れない事をさせて」

「いいっていいって」


苦笑まじりに謝辞を述べるアキトに応えるアカツキの表情は明るい。


「ルリ君も・・・いい仲間をもったね・・・」

「そうだな・・・彼らが居たからルリちゃんも・・・」


続けて言うアカツキ。それに同意するアキト。少々の沈黙の後、プロスペクターから連絡が入る。


『会長、テンカワさん。準備が出来ましたので式場の方へどうぞ』


ウィンドウが開くと蝶ネクタイ姿のプロスペクターが言った。


「わかった。ありがとうプロス君」

『女性陣がお待ちかねですぞ』

「ああ、今行くよ」


ウィンドウを閉じるとベッドから起きて上着を着ているアキトが居た。


「テンカワ君、行こうじゃないか」

「そうだな・・・ところで・・・式場ってどこなんだ?」


アキトの問いも尤もである。

この施設内にはそんなものはどこにも無かったはずだ。


「ん〜・・・着いてからのお楽しみってやつだね」


アカツキの答えになってない答えに多少の疑問を覚えたアキトだが、この施設内なら歩いているうちに分かるだろうと考え、素直に着いていく事にした。

廊下を歩く二人。そして二人が向った先は・・・


「なぁ、こっちってドックじゃないか?」

「さぁ〜ね〜」


問うアキトにあくまでとぼけるアカツキ。

そしてドアを開くと・・・そこはやはりドックであった。


『新郎の入場です』


プロスペクターの声がスピーカーから聞こえると全員がドアの方を注目する。

クラッカーでも鳴るかと思いきや意外と静かなお出迎えである。

アキトは入場して祭壇の手前の階段まで進むとそこで立ち止まる。


『続いて・・・新婦の入場です』


ドアが開くとルリが入ってきた。隣を歩くのは・・・ウリバタケである。

賛美歌を歌うのはメグミ&ホウメイガールズ。オルガンはホウメイが弾いている。

歌声が響く中をアキトの前まで来るとウリバタケから離れたルリはアキトに手を引かれて階段を昇ると祭壇の手前で立ち止まる。

アキトとルリが所定の位置まで来たのを確かめると神父姿のゴートがプロスペクターの後ろからやってくる。

神父の口上が続き賛美歌の斉唱。そしていよいよクライマックスとなった時・・・突如ゴートが自分の服を引きちぎる。

そして現れた格好に唖然とする一同。感動も何のその。

その服装とは・・・ティアラとセーラー服。そして何故か三日月の付いたロッド(杖)を持ち金髪のツインテールのお下げのヅラをつけてい

る。その格好の異様さにアキトは思わず周りを見回した・・・そして彼は見てしまう・・・祭壇の十字架が蒲鉾でできている事を!

ゴートが首から提げているロザリオのネックレスも・・・蒲鉾をかたどっている事を!!

今までの十字架は蒲鉾の板の裏だった。それをゴートがスイッチで180度回転させて蒲鉾を表にしたのだ。

皆がフリーズした死にすら似た静寂の中ゴートが言った。


「汝テンカワアキト・・・健やかなり時も病める時も富める時も貧しき時も妻、テンカワルリを愛すると我が神に誓うか?」


その台詞に機械的に『イエス』と答えるアキト。


「汝テンカワルリ・・・健やかなり時も病める時も富める時も貧しき時も夫、テンカワアキトを愛すると我が神に誓うか?」


アキト同様『イエス』と答えるルリ。

二人ともフリーズしているためイエスと答えるしか出来ない。

もし、この瞬間を狙われたら・・・誰も防ぐ事は出来ないだろう。


「指輪の交換を・・・」


ゴートに言われて懐から指輪を取り出そうとするが、ゴートが二人の前に指輪を持ってくる・・・

それは・・・竹輪の薄切り・・・漸く再起動しかけた二人と会場の皆だったがその衝撃により再びのフリーズ。

二人が動かないためアキトとルリに竹輪をはめ、誓いのキスまで強引に済ませるゴート。

そしてゴートの宣誓・・・


「二人の結婚は我が神によって認められ、我が神の信徒となった!!」


ゴートが大声を張り上げた瞬間、全員が再起動に成功し、ゴートをボコボコにしたのは言うまでも無い・・・

多少のハプニングはあったが、夫婦の誓いからやり直し指輪の交換、そしてキスまでを滞りなく終えた二人。

そして会場は一気に披露宴へと雪崩れ込んでゆく。

アキトは女性陣から詰問され・・・もみくちゃにされる。

ホウメイが作った料理に舌鼓を打ち、自棄酒を飲んでいたハーリーは暴走し、ボコボコにされたはずのゴートは復活した途端にボコボコにされ、

今度はユーチャリスのグラビティブラストの発射口に吊り下げられる。もちろん、チタン製のワイヤーで縛られたあと・・・

そんなこんなで披露宴を終えた全員は各々のあてがわれた部屋へと戻って行く。

そして、アキト、ルリ、ラピスの三人はユーチャリスのブリッジへ戻るとこれからを話し合った。


「これから・・・アキトさん、どうします?」


ウェディングドレスから部屋着に着替えたルリがアキトに問いかける。

そしてアキトも部屋着である。


「ラピスはどうしたい?」


アキトはラピスに問いかけるがラピスはいつも通りの答えを返してくる。


「パパとママが居るところ・・・そこが私の居る所」

「そっか・・・」


ラピスの当然と言えば当然の答えにアキトは一つ頷きながら


「で・・・どうしようか?いつまでもアカツキ達に頼れないし・・・」


とルリを見ながら言う。


「火星なんかどうでしょう?」

「火星・・・か。いいかもね」


ルリの答えに同意するアキト。

火星に行って何をする訳でもない。ただ、行き先だけは決めておきたかった。


「じゃあ、行き先は火星で。出発はどうしますか?」

「出来るなら今日がいいかな」


アキトの答えに驚くルリとラピス。


「少し・・・急じゃありませんか?」

「エリナ達に何も言わないの?」


不意を付かれた形となったアキトの答えは、ルリとラピスに新たな疑問の提起と言う形で現れた。


「いや、急じゃない・・・これを見てよ」


アキトが言うとプライムにレーダーを表示させる。

そこにはこのドックを中心に半径1000kmの三次元宙域図が表示されている。

そして月軌道上の一点に向って集結する赤い点・・・


「これは?」


ラピスの問いにルリが答えた。


「恐らく・・・軍の艦隊。彼らも無能では無かった・・・という事ですね」


ルリの言葉に頷くアキト。そして言葉を続ける。


「ナデシコクルーは見張られていた・・・そう考えるのが妥当だろうな。相討ちとなったナデシコCの残骸は見つかってもユーチャリスの残骸どころか破片すら見つからないのはおかしいからね」


アキト達の読みは当たっていた。そこに集結していたのは統合軍の艦隊。その数およそ100。

その艦隊はユーチャリスの拿捕、それが不可能ならばそれの破壊という指令を受けて集まっていた。

戦争から月日の流れた今でも宇宙軍と統合軍の軋轢は消えていない。その軋轢に根差した不信感が今回の行動に表れたのだろう。


「消えるなら・・・今しかない。少なくともあいつらにはナデシコCやこの艦並みのレーダーレンジは無い。

 だからボソン粒子反応も今なら観測される心配はないだろう・・・ラピス、アカツキに連絡を」


ラピスはアキトの言葉を受けアカツキへ通信を繋げる。


「何、どうしたんだい?」


急なアキトからの連絡に不審を抱いたアカツキが問い返す。


「アカツキ、急で悪いが俺たちはココを出る」


その言葉に愕然とした様子を隠せないアカツキ。


「それは本当に急だねぇ・・・理由は?」

「これを見てくれ」


アキトはアカツキに宙域の概況図を見せた。


「そういう事かい・・・分かった。行きたまえ。皆には僕から話しておくよ」

「済まない・・・何から何まで」

「いいって。物資は搬入済みだし、僕としてもその艦とその他諸々を見つかる前に持って行ってくれた方が助かるし・・・ね」

「重ね重ね礼を言う・・・ありがとう」


少々名残惜しげにアキトを見ていたアカツキだったが何かに気付いて部屋から消えた。

それをいぶかしんだアキトだが、コミュニケに映るアカツキの背景がドックの管制室のものだったので納得した。


「テンカワ君、ロックを解除するよ。準備は?」

「ルリちゃん、ラピス準備は?」


アキトの声にルリが答える。


「核パルスエンジン稼働率95%。相転移エンジンは60%です。ディストーションフィールド及びジャンプフィールドは展開可能」

「という事だ。いつでも解除してくれ」


ルリの言葉を受けてアキトは言った。


「OK。ロック解除するよ。どこに行っても構わないから・・・幸せになってくれ」

「言われなくてもなってやるさ、じゃあな」

「ああ・・・」


そう笑いあったのを最後にアキトとアカツキの通信は遮断される。


「ロックの解除を確認。ディストーションフィールド最大出力。ジャンプフィールドの展開も完了。いつでもジャンプできますよ、アキトさん」


ルリの言葉にアキトは口を開いた。


「目的地、火星・・・ジャンプ」


その言葉と共に虹色の光に包まれる船体。そしてそれが消えた後はガランとした空間が残されただけ。

管制室から一部始終を見ていたアカツキは誰に言うとも無く呟いた。


「これからが大変なんだよねぇ・・・彼女達への説明が・・・」


そして部屋を出て行こうとしてある事に気付き足を止めた。


「そういえば・・・ゴート君は?」


額からツツーッと流れる一筋の汗。

その頃ゴートは満足げな表情でドックの片隅に立っていた。

アキトとアカツキが話している時に気がついた彼は、チタン製の荒縄を『むん!!』と引き千切った後、ドックから退避しようとして

ユーチャリスがジャンプシークエンスに突入したのに気付く。そして彼は旅立った先に幸福があらん事を祈っていたのだ。

彼の神に。


「我が神よ・・・信徒二人の旅立ちに幸福があらん事を・・・むん!!」


そして付けていたネックレスを外すとフィールドの中のユーチャリスに向って力一杯投擲した。

どういう原理か・・・『それ』はフィールドを通り抜け、ユーチャリスの船体にめり込んだ。

それを見届け満足げなゴート。アカツキがそんなゴートを発見したのはそれから5分後の事である。












〜後書き〜

ども。町蔵です。

『旅人達の遁走曲』第四楽章をお送りします。

今まで読んで下さった方の中には甘甘な展開に辟易された方もいらっしゃる事と思いますが、

これからはちょっとばかり方向転換をいたします。

相も変わらずルリ×アキトで突っ走りますが・・・

ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

次回も読んでくださるとありがたいです。

ご意見、ご感想、間違いのご指摘などありましたら掲示板の方までお寄せ下さい。

それでは代理人様、宜しくお願いします。

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、脱力。

 

 

>でも、そんな彼を信じる事が出来ないって事は、ルリ君を信じていないって事になるよ。

ん〜、アカツキ君ちょいと(つーかかなり)強引。

「ルリの信じたアキトを信じる」は通しだけど、それを強制するのはなんか間違ってるでしょう。

故意にしても続くアキトが同じ論理で説得してることを考えると、ちとミスっぽいかなぁ。