「……あれ?」

 遥か遠くの空に一筋の光を見つけ、登校中だった私は途中で自転車を止めて空を見上げていた。

 一瞬いつものナノマシンのきらめきかと思ったけど、どうやらそれとは違うみたい。

 辺りには学生の姿はおろか、出勤する社会人の姿もほとんど見受けられないので、たぶんそれに気がついているのは私だけ。

 ……って、私が思いっきり寝坊してしまったからなんだけど。

 今の時間は、もうすぐに10時半を回ろうかというところだ。

(まいったな……)

 普段はちゃんと起きられるはずなんだけど、昨晩は新しいレシピに挑戦していていつもよりずっと遅くまで夜更かししてしまったから……

 しかも、いつもなら寝坊しそうになると私を叩き起こしてくれるはずの母さんは、今日に限って朝から実験があるとか何とかで父さんと一緒に早くから出かけちゃうし。

 学校に着いたら担任の先生にどう言い訳するかを考えながら、空を流れる光へと意識を向ける。

「流れ星か……」

 なんだっけ? こういう時は、消える前に3つの願いを言えば叶うとか叶わないとか……

 昔から伝わる迷信としか思えない言い伝えを思い出して、私はとっさに胸のネックレスに手を当てながら願いをつぶやく。

「いつか地球に行けますように。

 立派なコックさんになれますように。

 素敵な王子様が私を迎えに来てくれますように……って」

 3つの願いを言うんじゃなくって、1つの願いを3回言うんだっけ……?

 自分の間違いに気付いた私は、あわててもう一度流れ星へと視線を向ける。

「よかった、まだ消えてない………?」

 そこで私は、その流れ星がどんどん地表に近づいてきていることに気付く。

「もしかして、あれって流れ星じゃなくて隕石……?」

 隕石に願いをかけるときって、どうするんだっけ……

 そんなことを考えているうちに、その隕石は遠く離れたところに消えてしまう。

「あっ!!

 こんなことをしてる場合じゃなかった!!」

 例え遅刻は確実であっても、急げば3時間目にはまだ間に合う時間帯。

 休み時間からいれば、授業中に入るより教科担当の先生には何も言われないはずだ。

 そんな結論に達した私は、止めてあった自転車に乗り再び学校へと続く道を爆走していくのでした。











機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness ――





Chapter0:再び見る『悪夢』

stage1





ズガァァァァァッッ!!!



 視界を染める眩い閃光とともに失われていた意識が、激しい振動を受けて覚醒する。

 次の瞬間、その揺れは自分の乗っている機体が爆発の影響で吹き飛ばされるように地面に叩きつけられているものだと気付き、急いで姿勢制御をかける。

 しかし傷付いた機体は言うことを聞かず、そのまま地面を削っていく。



ガガッ! ガガガガッッ!!



 あまりの勢いと時折岩にぶつかるような激しい振動とともに機体が分解していくのが音で感じられるが、もはや俺になすすべはない。

 せいぜい少しでも早く機体が停止するように悪あがきをしながら、かろうじて生き残ったメインスクリーンに目を向ける。

 メインスクリーンに映るのは、目前まで迫りくる氷壁……!

 そして俺は、来るべき衝撃に備えて身構えるのだった。



ドッゴォォォォォンンンッッッッ……………!!!







「木星方面より飛来する、チューリップ確認!

 真っ直ぐに火星へと近づいてきています!!」

 火星圏地球連合軍駐屯基地、その発令所。

 つい最近になってその存在を確認されたチューリップと呼称される謎の無人兵器の到来に、将校達は半ばパニックに陥っていた。

 無理もない。

 地球外からの未知の勢力の侵略などということはいくらフィクションや物語などではありふれていようと、実際に自分が体験しようなどとは誰ひとりとして夢にも思わないだろう。

 しかも、その戦闘力が我々地球連合軍とは比べ物にならないほど高いときている。

 私とて、この老骨の身でもう一度戦場に立つことになろうとは夢にも思わなんだ。

「フ、フクベ提督……!」

 すがりつくような視線を向けてくる副官を目で制し、発令所内の将校達に活を入れるように大声を上げる。

「例え相手がいかなる存在であろうと、やつらの侵略をこのまま見過ごすわけにはいかん!

 火星圏の全兵力を、今すぐ集結させるのだ!!」





「う……うぅ………」

 俺はコンソールに突っ伏していた体を起こしながら、飛びかけた意識を無理やり引き戻す。

 頭を振りながら自分の状況を確かめるが、自分がどうしてこんなところにいるのかも思い出せない。

 激突の衝撃が思った以上に大きかったのか、いまだに少し意識にもやがかかったような状態だ。

 だが、そのもやも意識を覚醒させていくにしたがって少しずつ晴れていく。

 俺が座っているのはエステバリスの操縦席。

 そして、俺の名前はテンカワ・アキトだ。

 システムがダウンしているのか、スクリーンがすべて沈黙していて外の状況がわからない。

 仕方ないので、やや混濁したままの意識を引きずりながらエステバリスのコクピットを開けて外に出る。

「ここは、どこだ……?」

 氷壁にめり込む形で何とか停止した自分の機体を振り返り、続いて辺りを確認する。

 辺りが一帯は氷原でここがどこかはよくわからなかったが、空を見上げると独特のナノマシンのオーロラが見えることから火星じゃないかと判断。

 続いて、自分の置かれた状況を確認する。

 まずは自分の愛機……ブラックサレナに視線を向けるが、装甲のほとんどはボロボロになって剥がれ落ち、剥き出しになった中の黒いカスタムエステバリスも今の出来事で激しく傷ついている。

 長々と続く氷原をえぐった跡と氷壁のめり込み具合から、よく完全に分解しなかったものだと感心させられる。

 さすがはネルガル、なかなかいい仕事をしているようだ。

 続いて自分自身。

 先ほどの衝撃による打ち身などで所々痛みを感じるが、骨などは折れてなく内臓も傷ついていないようだ。

 この程度なら、行動に支障はないだろう。

「………『痛み』、だと?」

 そこで俺は自分の体のことを思い出し、その違和感に気付く。

 本来なら、火星の後継者達に弄ばれたこの体は五感などほとんど残っていないはずだ。

 それどころか、ラピスかシスイのサポートなしではひとりで動くことすらままならないというのに……

『五感の戻る確率は、ほとんど0といっても過言ではないわ。

 このまま放っておいても、自然に回復することなんて絶対にありえない。

 回復する唯一の可能性だけど、火星の後継者達があなたに施した実験の資料さえ見つかれば、それに合わせた処置はできるかもしれない……』

 悲しそうにそうつぶやいたイネスさんの顔が、俺の脳裏に浮かび上がる。

「いったいどういうことだ……?」

 それなのに俺は、当然のように自分の力だけでエステバリスのコクピットから降り、辺りの景色を確認し、体の痛みにさいなまれている。

 風の音と匂いが確認でき、試してはいないがおそらく味覚も回復しているのだろう。

 自分の置かれた状況が理解できずに、俺は呆然と立ち尽くしていた。

「はっ……!

 そんなことより、今の状況は……!?」

 今さっきまで戦闘中だったことを含めてすべての記憶を思い出し、今はその疑問を振り払う。

 最後の悪あがきをする北辰と、それを阻止すべく追いかけていた俺。

 夜天光のコクピットに突き刺さる、ブラックサレナの拳。

 北辰をしとめた感触はあったものの、一瞬間に合わずに北辰の攻撃も遺跡の演算ユニットに届いていたはずだ。

 一緒にいたはずの夜天光の姿も見えないため、事態がどうなってしまったのか全然予測が立たない。

≪ラピス! ラピス!!≫

 リンクが切れているのか、ラピスからの返答はない。

「くっ!」

 何もわからないこの状況で俺は、出てきたばかりのエステバリスのコクピットに戻る。

 システムさえ生きていれば、ユーチャリスと連絡が取れるはずだ。

「ユーチャリス、応答しろ!

 ラピス! シスイ!」

 コクピットから専用のコミュニケを取り出し、ユーチャリスに交信する。

「ラピス! シスイ!!」

 外装の損傷は激しいもののシステム自体は無事だったようで、若干の不調の後ユーチャリスのシスイと繋がる。

≪マ……スター………?≫

 永らくの眠りから覚めるかのごとく、どこか歯切れの悪い様子でシスイが返事を返してくる。

「シスイ、現在の状況を教えてくれ。

 ユリカ……遺跡と火星の後継者達の現状。

 それに、ラピスとルリちゃん……ユーチャリスとナデシコの状況も」

 どれだけ気を失っていたかはわからないが、辺り一帯は静まり返っていてもはや戦闘は終わったようにも思える。

 だが、俺が思った以上に遠くまで吹き飛ばされてしまった可能性もある。

≪マスター、本当にマスターですか……?≫

「何を言っているんだ?」

 焦って状況確認を求める俺とは裏腹に、シスイは何かに戸惑っているようだ。

「俺は俺に決まっているだろう。

 そんなことよりも、状況はどうなっているんだ……!?」

 みんなの安否が気にかかっていた俺は、シスイの妙な戸惑いを無視して状況確認を優先させる。

≪申し訳ありませんが、それらの疑問に関して私はほとんどの回答を出せません。

 遺跡と火星の後継者達の状況は不明です≫

「どういうことだ……!?

 草壁……それに北辰はどうしたんだ!!」

 普段ではあるはずのないシスイの曖昧な回答に、俺は言い様のない不安に襲われる。

≪ナデシコに関しても不明。

 現在、この空域にそれと認識できる戦艦は存在しません≫

 この空域からすでに離脱したということか……?

 なのに、さっきのシスイの言い方が微妙に引っかかる。

≪次いでユーチャリスですが、現在はここより200kmほど離れた谷底に墜落、大破した状態です。

 ほとんどすべてのシステムがダウンし、相転移エンジンに関しても致命的な破損個所があるため完全に航行不能な状況に陥っています≫

「何……?!

 ラピスは無事なのか!?」

 まさか、あの状況で何者かにユーチャリスが堕とされたと言うのか……?!

≪……わかりません≫

「何だと?!」

 戸惑う俺をよそに、シスイは淡々と報告を続けてくる。

≪少なくとも、ラピスと認識できる生体反応は船内に存在していません。

 かと言って艦内には死体も血痕も発見されず、先ほどの何らかの現象により死んでしまったとも思えません。

 ただ単に、いないんです。

 ユーチャリスの中に≫

 淡々と報告しているように見えるが、シスイ自身でさえ困惑しているように思える。

≪そして、重要なことがあといくつか≫

「そんなことよりもシスイッ……!!」

 俺の質問を無視して報告を続けるシスイは、更に驚くべき事実を突きつけてくる。

≪1つ、現在は西暦2195年です。

 ユートピアコロニーの管理システムに接続して、確認しました。

 間違いありません≫

「なに………?!

 ユートピア、コロニーだと……?」

 かつて、第一次火星会戦の際のチューリップ落下によって失われたはずの、懐かしい故郷の名前。

 その崩壊は、俺自身が自分の目で確認したはずだ。

「どういうことだ……」

 嘘のような出来事を前に、うめくように声をあげると同時に状況を把握しようと頭をフル回転させる。

 ボソンジャンプ……遺跡による時間移動か?

 北辰との戦闘中に、遺跡の内部で包まれたあの純白の閃光を思い出す。

 確かにあの場所なら、CCやジャンプフィールド発生装置の助けなしでも機動兵器ごとボソンジャンプできるだろう。

 遺跡そのものが、巨大なCCみたいなものなのだから。

 それにとっさのことだったし、ボソンジャンプの前触れだとも思っていなかったのでまともにイメージングなんかしていたわけがないから、どこに跳ばされようともそれほど不思議ではない。

 それが例え、過去であったとしても。

 それならばナデシコはまだ建造されていないので、シスイに状況の確認を求めたところで報告しようがないのは納得できる。

 火星の後継者もまた同じで、木連自体がまだ地球と敵対状態なのだから存在するわけがないだろう。

 遺跡とて、この時期ではまだ極冠遺跡の奥で眠っているはずだ。

 だが、それではシスイがここにいる理由がわからないし、ラピスがいない理由もわからない。

 しかし、ボソンジャンプ以外での時間移動は考えられない。

 となるとやはり、遺跡の近くまで来ていたユーチャリスごとボソンジャンプに巻き込まれたと考えるほうが妥当だが……

≪それと、マスター≫

 考え込んでいた俺はいったん思考を中断して、シスイの報告に意識を向ける。

 正確に現状を把握するためには、今は少しでも多くの情報が必要だ。

≪マスターの現在の年齢はおいくつですか?≫

「……?

 23だが、そんなことはお前も知っているだろう?

 何をバカなことを聞いているんだ……?」

≪……マスターの現在の映像、出します≫



ピッ!



「?!」

 そこに映っていたのは、普段見慣れていた自分より幾分か……いや、だいぶあどけない顔つきの俺。

 ブラックサレナ専用のパイロットスーツ姿のままで、ボサボサの髪型も変わっていない。

 なのに、外見だけが若返っている。

 確かに俺がテンカワ・アキトであることは疑いようないが、23才だと言われてもとてもじゃないが信じられないだろう。

 強いて言うならば、この時代の俺の年齢である17才だと言ったほうがよほど信じられる。

 そう言えば、23歳の俺の体形でピッタリに作ったはずのパイロットスーツも少しぶかぶかに感じる。

「どういうことだ……?」

 信じられない状況に、思わずパニックに陥りかける。

 だが、シスイが俺に嘘をつくわけがないし、今嘘をついたところで何か得があるとも思えない。

 おそらくこれが真実なのだろう。

 なるほど。

 最初にシスイが俺のことを本当にテンカワ・アキトなのかと疑問を持ったのも、今なら頷ける

 自分自身、この姿を見て本当にこれが俺なのか迷ってしまうほどなのだから……

 だが、なぜ突然こんなことに……?

 時間逆行とともに、肉体までもがフィードバックしてしまったということか?

 バカみたいな推論だが、ボソンジャンプの仕組み自体がほとんどブラックボックスのままなので可能性がないとも言い切れない。

≪そしてここからが肝心なのですが、この火星にテンカワ・アキトという人物は存在しません。

 私がこの地に墜落してから2週間ほど火星全域のネットワークを通じて検索しましたが、公にされている全ての記録からは見つけられませんでした≫

「なに……?」

 ユーチャリスが『2週間前』にこの地に墜落しているのにも驚いたが、この時代の俺が存在しないと言うのはどういうことだ?

≪月と地球圏全域でも調べてみますか?

 その場合、本体であるユーチャリスが大破しているので時間がかかりますが……≫

「い、いや、構わない。

 それより、ネルガル研究所に繋げて親父達の……テンカワ夫妻の足取りを追ってみてくれ」

 まあ、少なからずショックを受けたが、予想外の驚くべきことが連続してる今ではこの程度なら十分許容範囲内だ。

 もしかしたら、俺の知っている過去とは違うのかもしれない。

 ならば、可能性としては研究者である父が地球に召還されて、家族全員で戻っているのかもしれない。

≪マスター、一応発見しましたが……≫

 そんな希望的観測に、控えめに俺に報告してくるシスイに悪い内容であることが容易に想像できる。

「構わん。

 ここまでくれば、どんな報告であろうと俺は驚かんさ」

≪……わかりました。

 確かにテンカワ夫妻はネルガルの研究所に登録されていましたが、2178年に事故で死亡したと記録されています≫

「そうか………」

 俺が生まれる1年前のことだ。

 ならば、この世界に俺が存在しているはずがない。

 やはりここは、俺の知っている過去とは違う過去……いうなれば、俺の知らない並行世界とでも言ったところか。

「他の歴史はどんな感じだ?」

 俺達の歴史とどこが食い違っているのか気になった俺はシスイに問い掛けたが、意外な答えが返ってくる。

≪微妙な違いはあるようですが、大まかな歴史の流れはほぼ同じであると考えられます。

 もっとも、マスターがいない以上はこれからどんどん食い違っていくと思われますが……≫

 つまりは、『俺のいない世界』か……

「くくくっ……

 はっはっはっはは………」

 ふと、そこで笑いがこみ上げてくる。

≪……マ、マスター?≫

「皮肉なものだな。

 ずっと俺は、叶うことなら過去に戻ってもう一度やり直したい。

 今度こそはみんなを守りたいと思っていたのに……」

 復讐の間中……いや、シャトルの爆破事故によりユリカを北辰たちの手から守れなかったときから、そんな儚い願いをずっと持ち続けていた。

 ……それが、叶わぬことだと知っていても。

 なのに……

「それが叶ってみれば……目覚めてみれば、俺の知らない『過去』だ。

 これじゃ、まるで出来の悪い『悪夢』だよな………」

≪マスター………≫

 そんな運命のいたずらに悲しみが溢れ、顔を手で覆い隠して空を見上げる。

 懐かしいはずの火星の空はどこか切なくて、こぼれ落ちる涙を俺は止められなかった……





「シェルター避難命令……?」

 学校に遅刻してきた私を待っていたのは、休み時間中のはずなのにいやにがらんとした静まり返った校舎と、そこに何人か残っていた遅刻してくる生徒を待っていた先生でした。

 事態が把握できていない私はその内にひとり、優しそうな壮年の男性教師に、声をかけてみたんですが……

「何かあったんですか……?」

「俺にもわからんよ。

 ただ、突然軍から避難勧告が出されてね。

 私らも一時授業を中断して、生徒達を避難させているという訳だ」

「はぁ……」

 結局、私の疑問は解決されないみたいです。

「それじゃあ、とりあえず私も避難しますね。

 どこのシェルターですか?」

「第23番シェルターだ」

 この学校の北東にある、ユートピアコロニー内で比較的大き目の部類に当たるシェルター。

 私も、学校の避難訓練で何度も中に入ったことがある。

 でも、似たような距離で学校の南にある第18番シェルターのほうが家に帰る際はずっと近い。

 どうせ避難命令が解除された後は家に帰るだけだろうから、それなら18番シェルターに行ったほうがいいかな……

「わかりました」

 そんな考えはおくびに出さず、とりあえず表面上だけは頷いておく。

「あ、そうそう。

 行く前にクラスと名前だけ教えておいてくれ。

 連絡のつかないやつをチェックしてるんでな」

「えっと、2−3のユウキです。

 ユウキ・アヤナ」

「ユウキ、か。

 よかったな、避難勧告のおかげで遅刻にならなくって」

「えへへへへ……」

 苦笑する先生に向かって、私も照れ笑いでごまかすように返します。

「それじゃ、私もシェルターに向かいますね。

 先生は?」

「まだ何人か連絡のつかない生徒がいてな。

 もう少しここで待ってみて、それでも来なかったら俺達も避難するさ」

「そうですか。

 では」

 そう言って私は学校を後にし、来た道をシェルターへと向けて戻っていきます。

 このときはまだ、私や学校の先生たちは今自分たちがどんな状況に置かれているのか、全然理解していませんでした………





 それから少ししてどうにか落ち着いた俺は、自分の状況を整理する。

 遺跡の暴走か、はたまた防衛機構か何かなのか。

 おそらくはその辺の現象に巻き込まれた結果、俺達はランダムジャンプしてしまったのだろう。

 原因はおそらく(と言うかほぼ間違いなく)、北辰の最後の悪あがき。

 シスイと俺に跳ばされた時間の差があるのは、たぶんランダムジャンプの影響だ。

 そうして俺達は『テンカワ・アキトという存在のない過去』……つまりはある種の並行世界に辿り着いたというわけだ。



 次に考えたのは、元いた時代へと帰る方法。

 だが、いくら俺がA級ジャンパーである程度自由にボソンジャンプを操れると言え、それは空間跳躍に限ったことで時間跳躍の方法はよくわからない。

 俺の知るボソンジャンプの基本概念は、物質を一度ボース粒子へと変換して実際にその距離を移動するのにかかる時間分『過去』へと跳躍させ移動することにより、あたかも瞬間移動したかのごとくみせる技術だからだ。

 未来や、それ以上の過去への跳躍方法は完全に不明、並行世界なんてもってのほかだ。

 以前にナデシコで火星から8ヵ月後の月へジャンプしたことを考えると、未来への跳躍も可能なのだろう。

 だが、チューリップを通しての、しかもほとんどランダムジャンプに近い状態だったため、俺には再現不能だ。

 それに、もし未来へ跳べたとしても俺のいた世界に帰れるかどうかはわからない。

 もしかしたら、このまま『俺のいない世界』の6年後にジャンプしてしまうかもしれない可能性だってあるのだから。

 結局のところ、ボソンジャンプ自体がもともと人の手には余る技術なのだ。

 遺跡自体も巨大なブラックボックスのままで、俺のいた時代でも一部の利用方法以外は解明されていなかった。

 そんな不確かなものでは、上手く未来へ帰れるとは思いづらい。

 つまり、帰る方法も、帰れる確率も完全にわからないという結論に達する。

 元の時代に帰ること自体、不可能と言っても過言ではないだろう。



 まあ、俺自身あの世界に多少の思い残しはあっても、未練はない。

 ユリカとルリちゃん達のことが、少し気がかりなくらいだ。

 とは言え元の世界に帰る方法がわからない以上、どうしようもない。

 ユリカがあの状況からどうなってしまったか予測がつかないが、無事ならおそらくルリちゃんたちが助け出してくれるだろう。

 きっと、幸せになってくれると信じることと……祈るぐらいしか俺には出来ない。



 次に気になったのは、おそらくはランダムジャンプに一緒に巻き込まれてしまったであろうラピスのことだ。

 だが、ラピス自身B級ジャンパーであるということから、おそらくは無事だろう。

 もっとも、遺跡の暴走に巻き込まれたというならその結果がどうなったのかまったくわからないが……

 おそらく考えられるのは、どこか別の場所か違う時代に跳ばされてしまった可能性。

 それに、俺の知らない俺とは違う並行世界に飛ばされてしまったということも考えられる。

 可能性だけなら、無限にあるだろう。

 結論としては、シスイの力で発見できない以上俺が悩んでいても仕方ないということになる。

 ラピスに関しても、きっと無事でいてくれると信じることしか出来ない。



「くくく………」

 不意に、考えているうちに自分が可笑しくなって自嘲的な笑い声を上げる。

 結局、どんなに考えてもその結論には穴だらけ。

 推論や、そうなっていてほしいと言う希望的観測でしか成り立たない。

 自分自身では何もわからないし、俺の力ではどうにもならないことだらけだ。

 あぁ……、なんて俺は無力なのだろうか………

 だが、それでも自分の状況の整理はつく。

 現実に今、俺はこうしてここにいるのだから。

≪マスター、私達はこれからどうしますか?≫

 俺の考えがまとまるのを待ってくれていたのか、今まで黙っていたシスイが声をかけてくる。

「そうだな……」

 もとの時代に戻れなくなった今、俺達はこの世界で何をするべきか。

 そもそも俺は、どうしてこの世界にいるのか?

 ランダムジャンプであった以上、どこでもない場所や人の生きていけない空間に辿り着く可能性のほうが遥かに高かったわけだ。

 なのにここは、状況が少し違うだけで俺のよく知った世界だ。

 これがただの『偶然』だなんて、思いたくない。

「俺が何のために今ここにいるのか。

 それを確かめたい」

 そして、浮かんでくるのはいくつかの想い。

 贖罪。

 かといって、何をあがなえばいいのか。

 死ねば済まされるほど、俺の罪が軽いとは思わない。

 たったひとりの人間の復讐のために、幾千もの人々を巻き添えにしたのだから。

 だが、俺自身に罪の意識はあっても、この世界にそれを償うべき相手はいない。

 その罪さえ、この世界ではまだ犯されていないのだ。

 なのに、『俺のいない世界』で何を罪として、何を償うというのか……

 だからと言って、この罪を忘れることは出来ない。

 俺自身、自分で自分を許すことが出来ないのだから。

 ならば、未来を変えるか……?

 そんなおこがましいこと、言えたものじゃない。

 ひとりの人間に出来ることなんてたかが知れているだろうし、俺自身はこんなにも無力なのだから。

 それに、もともとが俺の知らない世界。

 この世界が本当に俺の知っている通りに歴史が進むとは限らない。

 悲劇が繰り返されるとは……限らない。

「だから俺は、俺の出来ることをする。

 かつて叶えられなかった願いを、今度こそ叶えたい」

 守ることの出来なかった大切な人達を、今度こそ守りたい。

 それに、俺の夢と大切な存在を奪い去った連中を放っておきたくない。

 そしてもうひとつ……

 自己満足に過ぎないのはわかっている。

 だけど、俺がかつて奪ってしまった命のためにも、少しでも多くの人を幸せにしたい。

 もう二度と、同じ過ちを……悲しみを繰り返したくない。

 そんな願いのために……





「そのためにも俺は、もう一度ナデシコに乗りこむ!」











stage2に続く


あとがき、です。

 とりあえず、エピソード0ということで過去の火星に跳んだアキト君です。

 といっても、現状をやっと把握したというだけでまだ何も進んでいませんが……(苦笑)

 ちなみに、とーぜんですがアキト君は『元の世界』がどれだけひどい状況になったかは知りません(苦笑)。

(当事者なのだから、仕方ないと言えばしょうがないのでしょうが……)

 なので、結構お気楽かも♪(核爆)

 あと、アキト君が若返ったり五感が戻ったのには、一応ご都合主義とかじゃなくある程度ちゃんとした理由が存在します。

 もっとも、それは物語の核心に触れてきますのでしばらくは説明できませんが……(苦笑)



 一応、エピソードはある程度TV版の進行に沿って進めていくつもりです。

 地球に跳んだ時点からエピソード1に入ります。

 どんどん歴史は変わっていきますので、途中からそんなこと関係なくなりますけどね(笑)。



 あと、ひとつだけ聞きたいんですがラピスの正式な年齢ってハーリー君と同い年(劇場版の時点で11才)なんでしょうかね?

 私の知る限りではどこにも正式な年齢は載ってないんですけど、ここではハーリー君と同い年っていうのがデフォルトになっているみたいで……

 ただ、私の見たことあるファンムック(?)にはラピスの年齢はおそらく13〜16才前後って書いてあったんですが……

 個人的にも、あまりハーリー君と同い年と思えないんですよね(苦笑)。

 ちょっと気になったもので、どなたか真相を知っている方がいたら教えていただきたいです。



 では、とりあえず今回はこの辺で〜♪


 

代理人の感想

ちょっぴり前向きになったアキト君の格好いい決意に水を差すようでなんですが、

歴史の違う世界だったら「ナデシコが発進することのない歴史」である可能性もある、

と言う事は気にしなかったんでしょうか(笑)?

 

>ラピスの年齢

私も存じませんねぇ・・・というか、公式設定には存在しないという話を聞いたような気が。

ただあの外見からして第二次性徴期に入ってるとは到底思えないんですが(苦笑)。