お弁当も食べ終わってしまった私達は、さっきから自己紹介をしたりいろいろと他愛のない話に花を咲かせていた。

「アヤナお姉ちゃんのネックレス、綺麗だね〜」

 羨ましそうにネックレスを見つめるアイちゃん……先ほど泣いていた女の子のこと……に、私は笑って手渡してあげる。

「これはね、お姉ちゃんが16歳の誕生日プレゼントにお父さんからもらったんだよ」

「いいな〜……」

 小さくてもやはり女の子。

 アイちゃんはどこかうっとりとした表情で、ネックレスにはめられている青く透き通った輝石に心を奪われている。

「ねえねえ、お姉ちゃん。

 これって、なんていう宝石なの?」

「う〜んとね、お姉ちゃんもよくわからないんだ。

 でも、お父さんの財布の事情を考えるとそんな高価な宝石でもない気が……」

 そう言えば、以前私がお父さんに尋ねたときも上手くはぐらかされて教えてもらえなかったっけ。

「アイも、大きくなったらこんな首飾りが欲しいな〜……」

「………後で、お父さんと相談してみるわね」

 キラキラと瞳を輝かせるアイちゃんに、私達は顔を見合わせて苦笑するのでした。











機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness ――





Chapter0:再び見る『悪夢』
stage3






「全高6メートルほどの、見たことない種類の黒い人型兵器だと……?」

 隊を率いて謎の敵虫型兵器群から基地を守っていた俺だが、攻撃が不意にやんだかと思うと中で情報収集をしていたはずの仲間からそんな報告を受ける。

 なんでも、どこからともなく鬼のように強いロボットが現れて、敵をことごとく葬り去っているとかいないとか。

「ったく、冗談だろ……」

 俺達軍人が1個中隊と最新の装備やらなんやらをひっさげてで何とか建物ひとつ守るのが限界なのに、たった1機の機動兵器で無数の敵と渡り合うなんて信じられる話じゃねぇ。

 なのに、それを否定できる材料がどこにもない。

 現に敵の関心はその人型ロボットに集中しているらしく、今までこの基地に群がって来てた敵の姿がなくなっているのだから……

 とは言っても、すべての状況を考えると戦況が好転したわけではない。

『クライブ隊長、我々はどうしますか?』

「どうもこうもねぇだろ。

 せっかく敵さんがいなくなったんだ。

 今のうちに民間人を収容して、とっととシャトルを発射させるぞ!!」

 遠くコロニーの端に見える巨大な柱のようなものに視線を向けながら、怒鳴り返す。

 いったいお空から何が降ってきて、どうしてこんなことになっちまったのかはよくわからねぇが、どっちにしろこのユートピアコロニーはもうダメだろう。

 落ちてきたあの変な柱のせいで、コロニーの半分は消滅。

 さらにそっから出てくる謎の虫型兵器のおかげで、残った半分ももはや火の海だ。

 今はまだ何とか基地に避難してきた民間人を守ることが出来ているが、無尽蔵に湧いてくる敵さんを見ているとこの戦線が維持できるのも時間の問題だろう。

 残された時間は、もうほとんどない。

 ならば敵さんのいなくなった今このチャンスを逃さず、少しでも多くの民間人をこの基地から脱出させてやらなきゃな。

 火星はもうダメでも、地球まで逃げ延びられれば何とかなるだろう。

『民間人の収容、完了しました!!』

 部下からの報告に、俺も決断する。

「んじゃ、シャトルを援護しつつ俺達も撤退するぞ!!」

『隊長?!

 でもそれでは、他のシェルターに残された人達が……!』

 部下の言葉が俺の胸をえぐる。

「んなこたわかってらぁ!

 だがな、この連中を見捨てるわけにはいかねぇだろうが!!」

 残されちまう連中にはわりぃが、生きてるかどうかわからねぇ連中より俺達は今ここにいる連中を守ってやらなきゃならない。

 謎の敵が現れたのは地上だけじゃないのだから、無事シャトルを送り出したからと言ってそのまま放って置けるわけでもない。

 どちらにせよ、この基地ではもう敵を支えきれないのだ。

 下手にこだわってここに残っちまえば、今いる連中さえ守ることが出来ずに全滅しちまうかもしれねぇんだから……

『……了解。

 これより我々も装備をまとめ、撤収準備に入ります………』

 そして俺達も辺りを警戒しつつ、ひとり、またひとりとシャトルに乗り込んでいく。

 だが、頭ではわかっちゃいても心は納得してくれねえ。

『隊長。

 俺達軍人は、何のためにここにいるんでしょうね……』

 シャトルに乗ろうとしていた部下のひとりが故郷を振り返り、今にも泣き出しそうな声でつぶやく。

 それは、俺も若い頃にぶつかった壁だ。

「バカ野郎。

 俺達は神様じゃねぇ、所詮人間なんだ。

 できることなんて、たかが知れてるさ」

 だが、今もまだその答えは見つかっていない。

「だから、俺達はできることをひとつずつこなしていくしかねぇのさ」

 そして俺達は、助けることの出来た少しの人とすべてを守れなかった後悔を胸に、戦火に包まれた故郷を後にするのだった………





ダンッ! ダダンッ!



 シェルターの入り口まで辿りついた俺は、中まで侵入していたバッタを慎重に破壊しながら地下通路を進んでいった。

 エステバリスはここに来る途中でエネルギーが尽きてしまったため、すでに破棄してある。

 自爆装置を作動させてきたから、おそらく今ごろはあたりの敵を巻き添えにしてすべての役割を終えた頃だろう。

 しばらく進んでいくと、ちらほらと見かけていたバッタと出くわさなくなる。

 やつらが中にいた時点で一瞬手遅れかと思ったが、どうやらまだ奥までは侵入していないようだ。

 とりあえず安心した俺は、少し駆け足になって中に進んでいく。

 途中通路をふさぐ巨大な扉をいくつか通り過ぎたが、その扉が破壊されていなかったことから内部の安全を確信する。

 そして、避難ホールに通じる最後の扉に辿り着く。







ドン! ドン! ドン!



 不意に響くその音に、ここにいる誰もが皆ビクッと震え上がる。

 そして私も、アイちゃんとのおしゃべりに忘れていた状況を思い出す。

 まだ避難命令が解除されていないと言うことは、外がどんな状況に陥っていてもおかしくはないということだ。

 そして、私もアイちゃんも口をつぐんで音の鳴り響いた東ゲートへと視線を向ける。

 隣に視線に向けてみると、一度は泣き止んだアイちゃんが再び半泣き状態に陥ってしまっている。

 アイちゃんが少しでも落ち着けるように、私はその肩をぎゅっと抱き寄せる。

 それからもう2回、明らかにノックするように扉を叩く音が聞こえる。

 誰か逃げ遅れた人でもいたのだろうか?

 それとも、ついにここまで謎の異星人がやってきたのか……

 誰ひとりとして確認しに行く勇気を持てないまま、やがて外側から扉が開かれる。

 近くにいる軍人さん達が、警戒して銃を構える。

 だけど、そこから現れたのは黒いマントに身を包んだパッと見とても怪しげな……人。

 そう、『人』だ。

 普通に街中を歩いていたらこれ以上はないってほど怪しさ満点の格好だけど、どう見てもその姿は人間に他ならなかった。

 そして、銃を突きつけて周りを囲んでいる軍人さんにも気にしない様子で、明らかにホッとした表情になる。

 ……バイザーで顔の半分が隠されていて、口元だけしか見えなかったけど。

「貴様……何者だ?」

 意を決した軍人さんのひとりが、銃を突きつけたままその人に話し掛ける。

 だけど、勇気を出したその人も声が少し震えている。

「……自分が怪しい格好をしているのは自覚しているが、それが人に質問する態度には思えんな」

 軍人さんの問いかけに不快な様子を隠そうともせず、その人はマントについた埃を払い落としている。

「こ、答えろ!

 キサマは、謎の侵略者の一員なのか?!」

「銃を下ろせ。

 俺は、人間だ」

 そう言って外したバイザーの下から現れたのは、ごく普通のダークブラウンの瞳。

 その人……『彼』は私とそう年も変わらなさそうな男の子だった。

 視線は鋭く細められ、話し掛けてきた軍人さんをにらんでいる。

 それを見てようやく安心したのか、周りを取り囲んでいた軍人さん達は銃を下ろしてもとの場所に戻っていく。

「……すまない。

 この状況下だと、どうしても警戒せざるを得なくてな」

「構わん。

 あんた達も、民間人の安全を最優先に考えての行動だろう。

 それくらいは理解できるさ」

 謝罪の言葉を聞いて満足したのか穏やかな表情で彼は答え、ここにいる誰かを探すように辺りを見渡す。

 だけど次の瞬間、私達のほうを向いたところで彼の視線が止まる。

 そして何かを見つけたのか、無言で私達のいるほうへと近づいてくる。

 その行動にアイちゃんのお母さんが肩をビクッと震わせるが、彼からは別に害意は感じられない。

 彼はそのまま私達の前に来るとアイちゃんの前で立ち止まり、屈み込んでその涙を指でぬぐい取る。

「ごめんね、驚かせちゃったかい?」

 安心させるように話し掛けてくる彼の笑顔はとても優しく、とても綺麗で、私もアイちゃんも一瞬我を忘れたように見つめてしまう。

「う、ううん。

 別になんでもないよ。

 アイ、驚いてなんかいないもん」

「そうかい?

 よかった」

 彼はにっこり目を細めて、あやすようにアイちゃんの頭を撫でる。

 ……なんか、子供っぽい行為のはずなのにアイちゃんがとても羨ましくなってくる。

 当のアイちゃんは、ものすごく嬉しそうだ。

 撫で終わると彼は立ち上がり、アイちゃんが名残惜しそうに見つめる中先ほどの軍人さんの所へ歩いていく。

「もう、すぐ近くまで敵が近づいてきている。

 早くここから逃げ出さないと、じきに見つかるぞ」

「なっ?!

 お前、それをどうして……」

 その言葉に驚く軍人さんは、一転して再び警戒した様子を彼に向けてくる。

「そう言えば、この状況下でお前はどうやってここに来たんだ?

 外は謎のロボットで溢れ返っているはずなのに……」

「……そうだな。

 逃げるなら、西ゲートから第12番シェルターに向かうといい。

 その方向が1番敵の数が少ない」

 腕時計か何か、手首につけたものを確認しながら彼はそう告げると、そのまま一方的に会話を打ち切って再び歩き始める。

 その先にあるのは、ここと地上を直接つなぐ北ゲート。

「こ、答えろ!

 敵の溢れ返るこの地上で、どうやってお前はここまで来れたんだ!!」

 銃を突きつける軍人さんを無視して彼はもう一度バイザーを付け直し、マントの内側から取り出した銃に弾を込めていく。

 その手つきは妙に手慣れていて、一度は安心した私達の心を再び緊張させる。

「答えてる時間は……もうないな。

 このままここで死ぬか、ここを逃げてわずかな可能性に賭けるか。

 決めるんだ」

 彼がそう言い終わった瞬間、先ほどとは比べ物にならない大きな力が扉に叩きつけられる音が響く。



ガンッ! ガンッ!!



「ひぃっ?!」

 扉の近くにいた人達が悲鳴をあげていっせいに後ずさり、扉に向けて銃を構える彼だけが取り残される。

 そして次の瞬間、何か激しい力を叩きつけられた扉が内側へと吹き飛ばされる!!







ガシャァッ!!



「とっととここから離れろっ!」

 扉を外側から蹴破って現れるバッタを、出てきた次の瞬間に迎撃する。



ドンッ! ドンッ!!



 この場に現れたのは、ゲートを蹴破ってきた1匹とその後ろにもう2匹のバッタ達。

 まず最初にゲートをぶち破ったやつのセンサーに1発目を撃ちこみ、その後ろに控えているやつを牽制する。

 すぐ後ろの奴の右前足の付け根を吹き飛ばし、バランスを崩したところで1匹目と同じようにセンサー部分を狙う。

 扱い易さを捨てて破壊力だけを特化させたこの銃は、バッタの装甲と言えど確実に貫くほどの威力を見せてくれる。

「……はっ!?

 う、撃て撃てぇっ!!」

 一瞬遅れて驚愕の表情から我に帰った軍人達も銃をいっせいに撃ち始めるが、威力が足りずにそのほとんどがあっさりと弾かれてしまう。

「やつらを仕留めたければ、装甲の継ぎ目やセンサー部分を狙うんだ!

 普通の銃ではあの装甲は貫けん!」

 お手本を示すかのように、次いで現れた3匹目の両前足の付け根を的確に貫き、最後の1発をセンサーに撃ちこむ。

 頭部を貫かれたバッタは、3匹ともその場で白い煙を噴いて沈黙している。

 そして俺は、それを確認するまもなく急いで空になった薬莢を捨てて弾を込め直す。

「ここは俺が抑える!

 あんたらはここにいる民間人を守って、とっとと逃げろ!!」

 視線はゲートから離さず、後ろにいる軍人達に怒鳴りつける。

 今この場に現れたのはこの3匹だけのようだが、シスイの索敵ではかなり数の敵が北と東のゲート側にいるはずだ。

 奥にはまだ何も見えていないが、耳を澄ませると微かにバッタの近づいてくる足音が聞こえてくる。

 しかも、それは徐々にこちらへ近づいてきている。

「し、しかし我々は……」

「今は迷っている場合じゃないだろう!

 この状況では数匹程度の足止めは出来ても、一斉に襲って来られたらひとたまりもないぞ!?」

 その言葉に、周りの連中がビクッと震え上がるのが気配で感じられる。



ズゥン……



 地上で何か建物でも崩落したのか、地下にまでその振動が伝わってくる。

「わ、わかった!」

 その揺れで決心がついたのか、軍人達が回りの人間を促して西ゲートに向けて行動を開始する。

「アンタはどうするんだ……?!」

「俺ひとりならどうにでもなる!

 俺に構っている暇があったら、さっさと逃げろ!!」

 通路の奥にバッタのセンサーの光が見えた瞬間その1機を撃ち抜くが、続いて4つ、8つ、12と数えるのも嫌になるくらいの赤い光点が浮かび上がってくる。

「う、うわぁぁあぁあっ!!?」

 北ゲートの様子を遠巻きに眺めていた連中が、我先にと西ゲートに向かって走り出す。

「み、皆さん!

 ここは我々が先導しますので、慌てずに落ち着いてついてきてください!」

 視線の端に、逃げていく人達の中にアイちゃんの姿を見つけ、一瞬だけ頬が緩む。

 彼女がボソンジャンプに巻き込まれないことでこの先の歴史が大きく変わるだろうが、もし逃げ延びられるならお母さんと一緒にいれたほうがいいはずだ。

 ナデシコに関しては俺が直接接触してでも何でも、どうにかして発進できる形にしてみせる。

 そんな考えが浮かんだのも一瞬のことで、すぐに意識をバッタへと集中させる。

 ここのみんなのことは軍人に任せて、俺は徐々に後ずさりながらバッタ達を牽制していく。



ドンッ! ドンッ! ドンッ!!



 1匹ずつ確実に仕留めていくが、後から後から湧いてくるバッタ達を食い止めきれずにホールの中ほどにまで後退する。

 どうやら、相当な数のバッタがこの部屋まで来てしまったらしい。



ガシンッ! ガシィンッッ!!



 硬く閉ざされたはずの東ゲートからも激しく物がぶつかる音が聞こえ、舌打ちをしながら弾を入れ替える。

「くそっ……!!

 まともに時間を稼ぐことすら出来んのか!!」

 辺りを動き回りながらバッタのミサイル攻撃を機敏にかわし、確実に1匹ずつしとめていく。

 しかし、どう考えても敵の数が多すぎる。

 そして、白兵戦用の武器が手持ちの銃しかないことが無性に悔やまれる。

 まさかこんなことになるとは予想しているわけがなかったため、予備の弾だってそれほど持ってきていない。



ドガシャァァァッ!!



 次の瞬間、轟音と共に東ゲートが爆発、四散する。

 どうやら、力ではゲートを破れないことに気付いたバッタがミサイルでぶち破ってきたらしい。

「なにっ!?」

 四散したゲートの破片がこちらに向かって飛んでくるのを見て、目の前のバッタから意識をそらして回避しようとする。

 しかし目の前のバッタはそんなことを気にはせず、その隙を逃さずにミサイルを撃ち放ってくる!!

「チィッ!!」

 とっさの判断で扉の破片を無視し、ミサイルの回避に全力を傾ける。



ザシュッ!!



「グゥッ!」

 破片のひとつが左脇腹に突き刺さるのを感じながらも、ミサイルの軌道から全力で体をそらして少しでも遠くに離れようとする。



ドッガァァァッ!!!



 何とかミサイルの直撃は回避したものの、その爆風が俺を激しく吹き飛ばす。



ドガッ!!



「ぐはっ……!!」

 強烈な勢いで右肩から壁に叩きつけられた俺は、そのまま床に崩れ落ちるそうになる。

 思わず意識を手放したくなるが、ここで気を失えば間違いなく殺されるからと気力を振り絞って体勢を立て直す。

 だが、今ので思うように右手が動かせなくなり、仕方なく左手で突き刺さった破片を抜いて投げ捨てる。

 おそらく、先ほどの衝撃で右肩の骨が折れるかどうかしてしまったようだ。

 今の状態では、もうこれ以上はやつらを抑えきれないな……

 そう判断した俺はジャンプフィールド発生装置を起動させ、跳躍先をイメージし始める。

 しかし、ふと辺りを見渡した視線の先に思いもよらないものを見つけ、すべての行動を中断する。





「お兄ちゃんッ!?」





「アイちゃん……!?」

 移動中、いつの間にかはぐれてしまったアイちゃんを探して私がロビーまで戻ってきたとき、ここの状況は少し前までとは全然変わってしまっていた。

 ボロボロになった床は半分以上が火の海に覆いつくされ、その中にいて平然と無機質なセンサーを向けてくるロボット達がいる。

 そして、ボロボロになったマントを血にぬらしながら苦しそうに片膝をついている彼と、泣きそうな顔でホールの入り口で立ち尽くすアイちゃん。

 爆発音やらなにやら嫌な音ばかり聞こえてきていたので多少は覚悟していたつもりだったが、それでも私は一瞬驚きのあまりに呆然と固まってしまう。

「くっ?!

 何でわざわざ戻って来たりなんかしたんだ!

 ふたりとも、早くここから逃げろ!!」



ドンッ! ドンッ!!



 次の瞬間、私達に近づいてきていたロボットの頭を彼の銃撃が貫き、それはその場で沈黙する。

 彼は私達を守るように、傷ついた体を引きずって果敢に立ち向かっていく。

 どう見てもその体はもうボロボロなのに、その姿からは諦めはまだ感じられない。

 その姿に私は我を取り戻し、まだ呆然としているアイちゃんの肩を激しく揺さぶる。

「アイちゃん!

 しっかりして、アイちゃん!!」

「お、お姉ちゃん………」

 私の声にビクッと肩を震わせたアイちゃんは、呆然としたまま震える手で彼を指差す。

 彼は傷ついた右手を力なく揺らしながらも機敏な動作で立ち回り、左手のみで銃を扱い敵と戦っている。

 激しい戦闘の表れか、顔の半分を覆っていたバイザーはいつの間にかなくなっている。

 その素顔に違和感を感じた私は、声もなくそのまま立ち尽くす。

 激しい怒りを剥き出しにしてロボットをにらみつけているその瞳が、綺麗な金色に染まっていたのだ。

 ……どうして?

 さっき彼がバイザーを外したときは、普通のダークブラウンだったのに……

「そこは危険だ!

 早く離れてくれ!!」

 その怒鳴り声に、彼の瞳に見入りかけていた私は正気を取り戻す。

 だけどそれは時すでに遅く、背中をパックリと開いたロボットが無機質なセンサーの焦点をはっきりと私達に合わせてくる。

「くそっ!

 間に合うかっ?!」

 彼がこちらに向かって駆け出すのと一緒に、ロボットの背中から無数のミサイルが発射される!

 しかし私は、目の前に迫り来る死の光景にどうすることも出来ずただ立ち尽くすばかり。

 そして次の瞬間、視界が何かに覆われてブラックアウトする!!



ドッガァァァッ!!!



「「キャァァァァッ!!!」」

「……!!!」

 私とアイちゃんは悲鳴をあげ、なすすべもなく爆風に吹き飛ばされる。

 それは、本来なら私達に直撃するはずのミサイルの衝撃。



ドガァッ!!



「あぅぅっ……!!!」

 勢いよく壁に背中を打ちつけられて、呼吸が一瞬止まるような感覚と共に肺からすべての空気を吐き出してしまう。

 次の瞬間、痛みに震えながらも酸素を求めて激しく咳き込む。

 でもそれは、私がまだ生きていると言う証。

 あの瞬間、彼が私達を抱え飛びミサイルの直撃を回避して、その上爆風から身を呈して庇ってくれたのだ。

 私は全身がバラバラになるような痛みをこらえながら、私に覆い被さっている彼に視線を向ける。

 ボロボロのマントに、それ以上にボロボロな姿の男の子。

「…あ、あの……!」

「ぐぅっ……!!」

「……!?」

 抱き起こそうとして背中に回した手に、何か温かい……濡れた感触が広がる。

 目をそむけたくなるのを我慢してそれが何かを確認すると、右手がまるで自分の手じゃないように真っ赤に染まっていた。

「…………ぃや……」

 助けを求めるように彷徨う視線が、近くに倒れている女の子を見つける。

 少し手を伸ばせば手が届きそうな距離なのに、どうしても届かない距離にその女の子は倒れている。

「あ、アイ……ちゃ…ん………?」

 彼女はぐったりと倒れたまま、その背中はピクリとも動くことはない。

 倒れている床が一面赤なのは、元々赤茶けた感じの床だから……?

 それとも………

「あ……、ぁ………あ……………!」

 目をそむけるように別の方向を向いても、辺り一面が火の海に覆われていて私を助けてくれそうなものは見当たらない。

 どこを向いても、赤、赤、赤……!!

 赤茶けた鉄板の赤に、辺り一面を覆う火の赤。

 そして、この手を濡らす暖かい血の赤――!!!



ガシャッ ガシャッ



 吹き飛ばされた私達を追ってくる、黄色い変な形のロボット。

 4つのセンサーの赤い光が、すべてを見透かすように私を見つめてくる。

「………いや………」



ガシャッ ガシャッ



 それは、先ほどまでと変わらない無機質な足取りで迫ってくる。

「……いや……………」



ガシャッ ガシャッ



「……き、君は……アイちゃんを………!」

 重傷の体で、それでもまだ何かをしようとする彼。

 なのに私は何も出来ず、震える手ですがりつくように必死に彼を抱きしめている。

「くっ……!

 今の衝撃で……イカレたのか………?!」

 何かをしようとしたけどダメになってしまっていたのか、忌々しげな彼の声。

 それでも彼は震える手で銃口をロボットへと向け、必死に抵抗をする。



ガシャッ ガシャッ



ドンッ! ドンッ!!



 震える手では銃口は定まらず、目の前のロボットの背中に弾は喰い込むもののそれは歩みをとめることはない。

 視線を持ち上げると、その無機質なセンサーと目を合ってしまう。

「いや………、いや……いや………!」

 震える声で、必死に目の前の現実を否定する。

 だけど、そんな私の声も意に介せずそれは徐々に近づいてくる。



ガシャッ ガシャッ



 死を告げる足音が、1歩、また1歩と近づいてくる。

 夢にすら見たこともないような、現実に目の前で繰り広げられる悪夢。

「君だけでも……ここから逃げろ………」

 彼はそう言って、私の手を振り払って立ち上がろうとする。

 ほとんど年齢も変わらないくらいの男の子が今こうして目の前で瀕死の重傷を負っているという、あまりの非現実性。



ガシャッ ガシャッ……



 そして、つま先に触れるか触れないかの位置まで近づいてくる無機質な死神。



ガシャッ……!



 視界が、赤く染まっていく………!!

「いや………いや……いや…いや……!!!

いやぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁっっっっっ!!!!!!!!!」

 次の瞬間、眩い光に包まれた私はそのまま意識を失うのでした。

 その光が赤ではなく、青白い感じの光だったことに幾分か心を安らげながら……











Interlude(chapter0-4)に続く


あとがき、です。

 いやぁ、なんと言うか………

 このままアキト君は亡くなってしまわれて、テレビ版のエピソードが始まる前に連載が終わってしまうのでしょうか……(核爆)

(最後にアキト君が「イカレたのか……?」と言っていたのは、ジャンプフィールド発生装置のことです)



 とりあえずアキト君、常人離れして『突出』した実力を持ってはいますがそれはあくまで『人間の範囲』でのことです。

 Benさんの「時ナデ」での昂氣のように、人間を『超越』した実力は持っていませんのであしからず(苦笑)。

(バッタと生身でやりあえる時点でもう十分化け物かもしれないけど(核爆))

 なお、この時期ではまだエステバリスは開発されていないので、軍人から見たエステバリスは「見たことのない種類の人型機動兵器」扱いとなっています。



オリジナルキャラについて若干補足

・ユウキ・アヤナ(16)

 外見的には黒い瞳と髪を持ち、長いストレートの髪を先っぽのほうでひとつに結った女の子。

 テンカワ夫妻が亡くなった為、ネルガルにその後任として火星に呼ばれてやって来た。

 もとは日本の研究所で働いていた研究者夫婦で、アヤナは火星で生まれた1人娘。

 両親がサンプルとしてもらってきたCCをペンダントとして誕生日プレゼントにもらい、肌身離さず持っていた。

 ちなみに、火星生まれと言うことはこの娘も……(ニヤリ)


 

 

代理人の感想

ああ、歴史はやはり繰り返すのか?

果たしてアキト、アヤナ、そしてアイちゃんの運命や如何に!?

・・・つーか、「イネスさん」がいるかどうかは調べなかったのか、テンカワアキト(爆)。

 

 

>オリキャラ補足

え〜と。テンカワ夫妻の代わりに呼ばれたのはアヤナの両親ですよね?

いや、この繋がりだとアヤナ本人が研究者のようにも聞こえるので(笑)