ゴソゴソ、ゴソゴソゴソ……

「……せまいね」
(……コクン)
 窮屈な空間で小さく身じろぎをしながら、もはや何度目になるかわからないほど繰り返されたやり取りを、私はまた繰り返す。
 狭くて真っ暗なこの闇の中に隠れてから、すでに1日半が経過している。
 誰にも見つからないように乗り込む方法がこれぐらいしかなかったし、今はまだ見つかるわけには行かないからここを出るわけには行かないとは言え、さすがにそろそろつらくなってきた。
「……暗いね」
(……コクン)
 できることはなく、かと言ってずっと眠りつづけることもできないため、私は言ったところでどうにもならないとわかりきっている言葉を繰り返す。
 この真っ暗な闇の中では、話しかけてる相手の姿はおろか自分の姿さえもまともに見えないのだけど……
 それでも、その相手が私の言葉を聞いて頷き返してくれたのだけはわかる。
「……お腹、空いたね………」
(……コクン)
 それからまだしばらくの間、私たちは意味のないやり取りを繰り返して暇な時間をつぶすのだった。










機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness ――





Chapter2:戦いの『理由』
stage3






ドンドンドンッ
 誰かが私の部屋のドアを叩く音に、ちょうどこれから着替えようと思っていた私はその手を止める。
 こんな時間から私の部屋を訪ねてくるなんて、いったいどなたでしょうか?
 時計に目をやると、今はまだ朝の7時50分。
 常識外れ……と言うことほどではありませんが、普通に誰かの部屋を訪ねる時間としては大分早いでしょう。
 寝起きが弱い人や仕事が遅番の人たちは、下手をすればまだ寝てるかもしれないというのに……
『アヤちゃ〜ん! 起きてる〜?』
 ……って、この声は姉さん?
 聞き覚えのある呼び声と私の名前の呼ばれ方から外にいるのが誰かを理解した私は、「姉さんなら」と納得する。
 あの人は良くも悪くもマイペースだから、時間とか他人の迷惑と言った類のことをあまり気にしないんですよね……
 その上姉さんは血圧が高いのか、結構早起きのようですし。
「はーい。ちょっと待ってください!」
 とりあえずそれならと、中から少し大きな声を出して返事を返す。
 コミュニケがあるのにそれを使わないってことは、さほど急ぎの用ってわけじゃないのでしょう。
 姉さんのことだから、朝食後の暇つぶしかなにかかな……?
 そう言えば、この艦に乗ってからまだ姉さんとまともに話をしてませんでしたしね。
 そう推測した私は、それほど急ぐこともないでしょうし、一度姉さんと話始めたらどれだけ時間がかかるかもわからないので、先に着替えてしまうことにする。
『アヤちゃ〜ん、まだ〜〜?』
ドンドンドンッ
 パジャマを脱いで、畳んで、下着を取り替えて……
『……ちょう〜。とりあえず……きたけど………は?』
『ん〜…… さっきから呼んでるんだけど、どうもまだ何かしてるみたいで……』
 この制服、どうもサイズが違っていたようでちょっとぶかぶかなんですよね……
 プロスさんに渡された黄色い制服……食堂のクルー用の制服を眺めながら、小さく溜め息をつく。
『……もしかして、まだ寝てるんじゃないか?』
『まあ、まだ朝も早いし寝ててもおかしくない時間ね。
 アヤナちゃんって、今日の仕事はお昼からなんでしょ?』

 頼んで取り替えてもらうか、今後の成長に期待してこのまま着続けるか……
 少し悩みどころですね。
ドンドンッ
『でも、さっき声かけたら返事あったし……』
『そうなの?』
『はい。それに、アヤちゃん寝起きよかったからちゃんと起きてるとは思うんだけど……
 ……あ、そう言えば私、マスターキー持ってたんだっけ♪』

 ……はい?
 外から何か不穏な単語が聞こえた気がして、慌てて耳を澄ませるように動きを止める。
『と言うわけでここは『艦長権限』ってことで、確認してみましょう♪』
 えっ? えっ?! それはどう言う意味……っ!?
『お、おい待て、それは……!』
『ちょ、ちょっと艦長…!? 勝手にそれはマズイんじゃ…』
プシューッ!
 外から聞こえてきた声にに私が何らかの反応を返す前に、ちゃんとロックしてあったはずの扉は何の抵抗もなく開いてしまう。
「ア〜ヤ〜ちゃ〜ん♪ もう朝だよ〜! ちゃんと起きてるか……な………?」
 突然のことに、私の思考が停止する。
 当の、私の部屋のドアを開けたユリカ姉さんも、部屋の中の状況を見て驚きに固まってしまいます。
「えっ………?」
「あら、まあ………」
 そして、その姉さんと一緒にいた、ミナトさんとテンカワさんのおふたりも………
「す、すまない!!」
「……!!」
 顔を真っ赤にして慌てて後ろへ向き直るテンカワさんを見て、止まっていた私の思考がようやく動き始める。
 そして私がまず最初に取った行動は、自分の体を隠すようにしゃがみこんで、大きな悲鳴をあげることだった。
「キャーーーーッッッ!!!!」
「………っ!!」
「ひゃんっ?!」
「キャッ!」
 私の叫び声にテンカワさんはビクッと体を震わせ、同様に時が止まっていた姉さんとミナトさんも正気を取り戻す。
「ご、ごめんなさい、アヤちゃん!
 あの、その、なんて言うか、まさか着替え中だなんて思ってもいなかったから……!!」
「そ、それはともかくとして、今は早くドアを閉めて部屋から出てってください!!」
「は、はい! わかりました!!」
 そして私は慌てて取り繕うように言葉を述べる姉さんに怒鳴り返し、みんなを部屋から慌てて追い出すのでした。




 うぅっ……、テンカワさんに見られた………
 どうにか着替えを終わらせて部屋から出てきた私は、自分でも頬が赤くなっているのを意識しながら、視線の端でテンカワさんを盗み見る。
 テンカワさんはどこかバツが悪そうにたたずんでいるが、私と顔は合わせづらいようでその視線はどこか宙を泳いでいる。
 下着は残っていたとは言え、初めて異性の人……しかも、少なからず好意を持っている相手に……に裸を見られたと言う事実に私はパニックに陥りそうになるが、意識を諸悪の根源たる姉さんへと向けることで、どうにか気持ちを落ち着かせる。
 当の姉さんはと言うと、怯えた様子で私の視線から逃げるようにミナトさんの影に隠れている。
 ……まあ、意味がないことがわかっているのか、逃げ出そうとしないことだけは感心できますね。
 とは言え、お仕置きを手加減するつもりはまったくありませんが。
 私と姉さんとの間に挟まれたミナトさんは困惑しながら苦笑いを浮かべているけど、私は容赦なく姉さんに対して冷たい視線を向けます。
「………で、姉さん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
 ニッコリと微笑みながら呼びかけると、姉さんは背筋をピンと伸ばし、声を裏返らせながらも慌てて返事を返してくる。
「どうして私の部屋のドアを勝手に開けたりしたんですか……?
 ぜひとも、私が納得できる理由を教えていただきたいのですが………」
「あ、あのね、アヤちゃん。
 今のはホント、運の悪い偶然の事故だから、その、何か悪意があったわけじゃなく、たまたま不幸な事故が重なったと言うか、運命のいたずらって言うか、なんて言うか、その…………10年越しの感動的な再会に免じて、情状酌量の余地はありませんか?
 姉さんは身振り手振りを交えて切羽詰った様子で言い訳を始めるけど、私の冷たい視線に徐々にトーンダウンしていき、最後にはすがるような視線で私に許しを求めてくる。
 その姿はまるで子供が母親に許しを請うような様子……もしくは、捨てられた子犬がすがり付いてくる様子や、荷馬車に乗せられて売られていく子牛の悲しげな様子でも構わない……を彷彿させ、見る人の哀れみを誘いますが、幼い頃から何度も見慣れた私は容赦なくそれを無視します。
「ご、ごめんね。私も止めようとしたんだけど、まさか本気だとは思ってなかったし、艦長ったら静止する前にいきなり開けちゃったから……」
「すまない。俺も一緒にいたんだが、突然のことでつい反応できなくて……」
「テンカワさんとミナトさんはいいんです。言うなれば、おふたりはただ単に姉さんの巻き添えをくってしまっただけですから」
 姉さんとは違い、素直に頭を下げてくるふたりには穏やかに微笑み返します。
 確かに恥かしいは恥かしいですが、ミナトさんは別に同姓の方ですからそれほど気にしませんし……
 問題はテンカワさんですけど、今のテンカワさんのこれ以上ないってくらい申し訳なさそうな様子を見ていると、怒る気も失せてしまいます。
 それに、テンカワさんだったら別に見られても………って、そうじゃなくて!!
 つい妙なことを考えてしまいそうになり、慌てて思考を切り替えて言葉を繋げる。
「で、でも、できればさっきのことは忘れてくださいね。やっぱりその、恥かしいですし……」
「あ、ああ。可能な限り善処する」
 大真面目に頷き返してくるテンカワさんに内心苦笑しながら、再びニッコリと微笑みながら怯える姉さんに視線を移す。
「それに、悪いのはいきなり人の部屋のドアを勝手に開けた姉さんですからね……!」
「そ、そんな〜……」
 私の言葉にあたふたと慌てながら、姉さんは本気で泣きそうな声をあげて弁明をしてくる。
「だ、だって、アヤちゃんと私は家族も同然だから……」
「家族でしょうがなんでしょうが、勝手に部屋の鍵を開けて無理矢理侵入してくれば立派に犯罪ですよ」
ガシッ!
「ヒッ?!」
 ニッコリと微笑みながら、引きつった表情で言い訳をするユリカ姉さんの肩を軽く捕まえ、真正面に引き寄せてその両のこめかみに握りこぶしを添える。
「ユ・リ・カ・姉さん……!
 人の部屋に断りもなく入ってこないでと、お隣さんだった頃からあれほど言っておいたでしょう……!?」
 そして、その頭に直接言い聞かせるよう、思いっきり力を込めてグリグリと圧迫していく。
グリグリグリ……!
「あいたっ?! いたたたた……っ!!
 ごめ、ごめんなさい!
 ギブ! アヤちゃんギブギブッ!!」
 姉さんはわたわたと両手をばたつかせて助けを求めるけど、私はにこやかにそれを無視しながらどんどん力を込めていく。
 その際、冷や汗を浮かべながら引きつった笑顔を私たちに向けているテンカワさんとミナトさんに関しては、とりあえず無視しておきましょう。
 それよりも何よりも、姉さんをきちんと教育しておくことが最優先ですからね。
「いったい姉さんは、何度私に同じことを言わせれば気が済むんですか……?
 姉さんのこの頭には、学習能力っていう文字はないんですか……っ!?」
「ご、ごめんなさい!!
 反省してます! 海よりも高く、山よりも深く反省してますから〜〜っ!!」
「……それはつまり、全然反省してないってことなんですねっ?!」
「ふぇっ?!」
「……艦長、それを言うなら逆でしょ?」
 ボソッとつぶやくミナトさんの言葉を軽く聞き流しながら、さらに強く力を込めていく。
グリ、グリグリグリ……!
「割れちゃうよ! 頭がスイカみたいに割れちゃうよ……!!」
「……この際、姉さんの頭にどれほど脳みそが詰まっているかを確認するためにも、一度割ってみるのもいいかもしれませんね」
「ひぃぃっ?!」
 満面の笑みを浮かべながら告げた言葉に、苦痛にゆがんでいた姉さんの表情が今度は恐怖にゆがむ。
 そしてその言葉を実現するかのごとく、さらに限界まで力を込めていく。
「ロープ! ロープ……ッ!!」
「そんなものはどこにもありませんよ、姉さん♪
 さあ、今日という今日こそは、とことん反省してもらいますからね………!!」
「だ、誰か助けて〜……!!!」
グリグリグリグリグリグリ……!!
 フロア中に姉さんの悲痛な悲鳴が響き渡る中、私は姉さんが本気で泣き出すまで折檻を続けるのでした。




 一通り姉さんへのお仕置きを済ませた後、とりあえずもう二度と勝手に部屋に侵入しないよう約束させ、私は気を取り直して姉さんへと話しかけます。
 ……もっとも、能天気な姉さんのこと、いつまでその約束を覚えているかどうかとても不安ですが。
「それで、姉さん。いったい何の用だったんですか?」
「ふぇっ……?」
 まだ痛みが残っているのか、頭を抑えながら廊下にへたり込んでいた姉さんは、私の言葉にキョトンとした表情を返してきます。
 その様子に、姉さんを見る私の視線が再び冷めたものに変わっていく。
「……もしかして、用もないのに私の部屋に勝手に侵入してきたんですか……?」
「えっ?! あの、えっと、その………!
 そ、そうだ! 確か、整備班のウリバタケさんがアヤちゃんを呼んでたんだ! エステバリスのことで話があるから、後で格納庫まで連れてきてくれって!
 まだ早い時間だったから、後で伝えておいてくれった頼まれてたの!!」
「……答える前に少し考え込んだと言うことは、姉さん。もしかしなくても忘れてましたね?」
 大慌てで告げる姉さんに、冷たい視線を投げかけながら問いかける。
「ちゃんとこの部屋に来たときまでは覚えてたも〜ん……
 アヤちゃんがグリグリしてくるから、そのせいで忘れちゃってただけ…」
「人のせいにしないで下さい!
 元はと言えば、姉さんが私にお仕置きされるようなことをするからいけないんですからね?!」
「あうぅ〜……!」
 私が怒鳴り返すと姉さんはいじけてしまい、廊下のすみにしゃがみこんで『の』の字を書きながら、半泣きになりながらちらちらと私に恨みがましい視線を向けてくる。
「あらあら。これじゃどっちがお姉さんかよくわからないわね〜」
 とりあえず私たちの会話が終わったところで、ミナトさんが苦笑いを浮かべながら声をかけてくる。
「あ、すいません。恥かしいところを見せてしまいました……」
「ううん、別に私は気にしないわ。
 それに、艦長ってばかなり能天気な性格みたいだから、たまにこうしてビシッと叱っといた方がいいみたいだしね」
「ふふっ、そうですね」
 少しだけ意地の悪い笑みを浮かべるミナトさんに、私も苦笑しながら同意する。
 姉さんの性格上、こうして叱っても忘れるまでの一時凌ぎにしかならないのが問題ですが……
「ほら、艦長。いつまでもそんなところでいじけてないの」
「うぅ……私の方がアヤちゃんよりお姉さんなのに〜………」
「はいはい。艦長がお姉さんだってことはちゃんとわかってるから、お姉さんらしくいつまでも泣いてないで、涙を拭いてしっかりとしましょうね〜」
 子供をあやすように姉さんを慰めるミナトさんに、私は小さく笑みをこぼしてしまう。
 パッと見、大人びたやり手のキャリアウーマンと言った感じのミナトさんですが、案外保育士とか小学校の先生とかが似合うのかもしれませんね。
 そんなことを思いながらふとテンカワさんに視線を向けると、テンカワさんも同じように微笑を浮かべて姉さんたちを見ている。
 でも、私にはその笑みが微妙に気になり、ふたりから少し離れてテンカワさんに小声で話しかける。
「あの、テンカワさん。どうかしましたか……?」
「……ん? どうかしたって、なにが?」
「あ、いえ、テンカワさんの表情がどこか寂しそうだったので、何かあったのかなって……」
「寂しそう……?」
 自分では意識せずに浮かべていたのか、私の言葉にテンカワさん自身驚いたような表情を浮かべる。
「はい。先ほどの私たちのやり取りを見ているときのテンカワさんの笑みが、どこか懐かしがってるような、それでいて寂しそうなものの気がしたんですが……」
「そう、かな………?」
「あ、でも、私がなんとなくそう感じただけなので、もしかしたらただの気のせいかも」
 慌てて取り繕うように私はそう付け足すけど、テンカワさんはどこか困ったような苦笑いを浮かべながら返してくる。
「一応、そんな顔してるつもりはなかったんだけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。ただ、ふたりのやり取りが微笑ましいなって思ってただけだよ」
 そう言って、テンカワさんは私に向かって微笑み返してくる。
「ゴメンね。どうも、俺のことで心配させてしまったようで……」
 それは、さっきみたいに寂しそうなものではなく、以前見せてくれたものと同じ優しい笑み。
 その笑顔を真正面から向けられ、私はなんだか急に恥かしくなってきてしまい、慌てて視線をそらす。
「いえ、私が勝手にそう思って気にしただけなので、テンカワさんが謝られるようなことじゃないです…!
 そ、それより、そう言えばテンカワさんはどうして姉さんたちと一緒にいたんですか?」
「ああ、俺もアヤナちゃんと一緒だよ。ウリバタケさんが用があるらしいからって、ミナトさんが呼びに来てくれたんだ」
「そうなんですか……って。
 そう言えば私たち、ウリバタケさんに呼ばれてるのにいつまでもここでこんなことやってていいんでしょうか?」
「あ………」
 私の言葉に、テンカワさんは虚を衝かれたような気の抜けた表情を浮かべる。
 どうやら、テンカワさんもそのことを忘れてたみたいです。
「そうだな。いつまでに来いとは言ってなかったみたいだけど、いつまでも待たせるわけにも行かないだろうし」
「はい」
「そう言えば、艦長たちも何か格納庫に用があるんじゃなかったのか?
 俺たちを直接呼びにきたのもそのついでだってミナトさんが言ってたが……」
「はっ……!! そう言えばそうでした!
 今度こそ本気で、すっかり忘れてました!!」
 テンカワさんの言葉に姉さんが反応し、慌てて駆け寄ってくる。
「そう言えば聞いてなかったが、艦長と操舵士がわざわざ格納庫に行くなんていったい何の用があるんだ?」
「私たちだけってわけじゃなくて、プロスさんからの要請で暇なブリッジクルーが全員集められてるわよ。
 何でも、副提督がもうじき到着するからそのお出迎えですって。
 だから、お留守番のルリちゃんとフクベ提督以外のブリッジクルーはみんな格納庫に集まってるはずよ」
「そうか……」
 ミナトさんの言葉にテンカワさんは納得したように頷き返し、私は感心したような声をあげる。
「は〜……、ブリッジの皆さんもなかなか大変なんですね〜」
「まあ、相手が地球軍から出向の軍人さんだからね。
 サセボで一度置いてきぼりにしちゃったし、その分のご機嫌取りでしょ」
「そんなことどうでもいいですから、みんな早く急ぎましょう!
 もし時間に遅れでもしたら、またプロスさんに怒られちゃうよ〜!!」
 そうして私たちは姉さんに急かされながら、格納庫へと足を運んでいく。


「おやおや、思ってたよりもずいぶんと時間がかかりましたね」
「す、すみません、プロスさん! 遅くなりました」
 息を切らせながら大慌ての様子で駆け込んで来た姉さんを、プロスさんが苦笑しながら出迎える。
 そして私たちも、姉さんと違って普通に歩きながら格納庫へと辿り着く。
「いえいえ。副提督が到着されるまではまだ多少時間がありますから、そんな慌てなくても大丈夫ですよ」
「え、そうなんですか?
 よかった〜……」
 プロスさんの言葉に、大いに安堵した様子でへたり込んでしまう。
 どうやら、ゴートさんの説教だけでは足りないようだからと昨日半日ほどかけて行われたプロスさんの説教……床に正座させられたまま5時間近く艦長としての心得を説かれ続けたらしい……により、姉さんの中でプロスさんは「怖い人」、もしくは「怒らせてはならない人」と認定されたようですね。
 あの怯え方は、私を怒らせてくれたときと同じ反応ですし。
 そんな姉さんを横目に、私たちもプロスさんに声をかけます。
「おはようございます、プロスさん」
「おはようございます」
「はい、おふたりともおはようございます。
 ミナトさんも、おふたりへの言伝ご苦労様でした」
「別に、これくらいどうってことないわ。
 まあ、ちょっとしたアクシデントがあって遅くなっちゃいましたけど」
「アクシデント、ですか……?」
「ええ。実は艦長がね、アヤナちゃんの…」
「わっ!? わわっ!? なにを言い出すんですか!!!
 何もありません! 別に、プロスさんの気にかかようなことは何もありませんでしたから気にしないで下さい!!」
 先ほどのことの詳細を口にしそうになるミナトさんの口を慌ててふさぎ、たたみかけるようにプロスさんに告げる。
「そ、そうですか? なら別に構いませんが……」
 私の剣幕に押されるようにして、プロスさんはどもりながらも頷き返す。
 そして、ミナトさんに対して「あのことは絶対口外しないで」という意味をこめてにらみつけ、ミナトさんがコクコクと頷き返してきたのを確認してから口をふさいでいた手を離す。
 プロスさんもそんな私たちの様子に何か触れてはいけない何かを感じてくれたようで、慌てて話題を変えるように姉さんへと視線を移す。
「しかし、艦長たるもの艦の最高責任者としてそう簡単にクルーに頭を下げてもらっても困るのですが……
 まあ、とは言ってもナデシコは軍艦ではありませんし、別に構いませんか。
 艦長がこうだからと言って、艦の運航に支障があるわけでもありませんしね」
 未だに地面にへたり込んだままの姉さんを見て苦笑を浮かべながら、やれやれといった感じでプロスさんは小さく肩をすくめる。
「姉さんの性格は天然ですからね……
 それより、ウリバタケさんはどこにいるか知りませんか? 私たち、ウリバタケさんに呼ばれて格納庫まで来たんですけど」
「ウリバタケさんですか?
 確か、先ほどまではそこでエステバリスをいじってたと思いますが……」
 そう言って、プロスさんの視線の先にあるエステバリスに視線を向ける。
 格納庫の片隅に寝かされているそれは先日の戦闘で私が壊してしまったやつでしたが、もうすでに修理が済んだのか元の姿を取り戻しています。
 もっとも、あの時損失していた左腕を始めとする修理された部分の装甲は金属の色がむき出しで、まだ塗装などは終わってないようでしたが。
「あっ! このエステバリス、もう直ったんですか?」
「ええ。ウリバタケさんたち整備班の方々ががんばってくれてますから。
 とは言えまだ全部が終わったわけではないようで、つい先ほどもウリバタケさんがなにやら調整していたのですが……」
「あ、ウリバタケさん!」
 噂をすれば影。
 そんなことを話していると、エステバリスと床の隙間から仰向けになった状態のウリバタケさんが這い出てきます。
 どうやら、ちょうどエステバリスの下で作業をしていたため、格納庫内を見渡しても姿が見当たらなかったみたいです。
 そして私たちはプロスさんに礼を言ってウリバタケさんのところへと向かい、ウリバタケさんも私たちの存在に気付いたようで、工具を置いて立ち上がり声をかけてきます。
「来たか、おふたりさん」
「はい」
「すいません、遅くなってしまって」
「いや、気にするな。別にそれほど急ぎでもないから、今日中に来てもらえればそれで構わなかったんだ」
 申し訳なく思いながら頭を下げる私に対し、ウリバタケさんは苦笑して小さく肩をすくめながら答える。
「それで、私たちにいったいどんな用ですか?」
「こいつのことで、ちょっとな」
 ウリバタケさんは首だけ後ろに向け、先ほどまでいじっていたエステバリスを指差す。
「この、エステバリスのことですか……?」
「ああ。お前さんが正式にパイロットを続けるって言うから、お前さんに合わせてきちんとカスタマイズしようと思ってな。
 それで色々と聞きたいことがあって、わざわざご足労願ったってわけだ」
「……カスタマイズ?」
「ああ。エステのアサルトピットは基本的に各パイロット専用にひとつずつ用意されるから、搭乗パイロットの特性に合わせて各種の設定をカスタマイズするのが普通だ。
 ヤマダのヤロウなら近接格闘戦仕様の攻撃力重視タイプ、テンカワのは高速機動戦仕様の万能タイプと言った感じでだ」
 何のことだかよくわからないといった感じで小首を傾げる私に、ウリバタケさんが簡単に説明してくれます。
 そう言えば、以前プロスさんがエステバリスの説明をしてくれたときにもそんなことを言っていた気もしますね。
「それで、お前さんの得意分野を教えて欲しいんだが……」
「あの、えっと、得意分野と言われましても、この間初めてエステバリスを操縦したばかりなので私にもそう言うことはよくわからないんですが……」
 と言うか、普通に考えればまずはきちんと動かせるようになる訓練から入るべきなんじゃないでしょうか?
 いくらエステバリスがIFSで私の思った通りに動かせるとは言え、戦闘そのものに関しては間違いなく私は素人なんですから。
 そんなことを考えていると、それを見透かしたかのようにウリバタケさんがニヤリと口の端に笑みを浮かべる。
「ま、そう言うだろうと思ってな。それでテンカワも一緒にご足労願ったわけだ」
「……俺ですか?」
 今まで横で黙って静観していたテンカワさんですが、唐突に話を振られて少し驚いたような表情を浮かべる。
「ああ。素人のユウキにいきなり得意分野なんて聞いても、自分でもよくわからんのが普通だろ?
 その点、テンカワならパイロットとしても技師としてもエステバリスのこともよく知ってるから、適切な判断が下せるしな」
「なるほど。俺はアヤナちゃんの素質を見極めるのに、呼ばれたわけですか」
「そう言うことだ。
 それに、お前さんならユウキの教育係に最適だろ?」
「最適……かどうかはわかりませんが、確かにガイよりかはマシでしょうね。
 猪突猛進なガイの性格を考えると、あまりそう言うことに向いてなさそうですし」
「そうだろそうだろ。
 つーかなんだ? お前もしかして、ヤマダ・ジロウのことをアイツの言う通りいちいち律儀に『ダイゴウジ・ガイ』なんて呼んでるのか?」
「……そう呼ばないと、なかなか返事してくれませんからね。
 そんなことでいちいち時間をかけるのもなんですし、これぐらいなら別に構いませんよ」
「ったく、仕方ねぇやつだな……」
 ウリバタケさんの言葉にテンカワさんは納得したように苦笑してますが、私は話の展開について行けず、仕方ないので小さな声でテンカワさんに問いかけます。
「……えっと、つまりどう言うことですか?」
「とりあえず、アヤナちゃんは俺と一緒に戦闘訓練をしてくれればいいってこと。
 得意分野云々はその際俺が勝手に判断するから、あまり気にしないでいいよ」
「えっ……!」
 私が、テンカワさんと一緒に……?!
 思いもよらなかったことに驚いて私が絶句していると、その意味を違う意味に取ったのか、きちんと説明するようにテンカワさんが言葉を続けます。
「素人のアヤナちゃんを、いきなり戦場に連れてくわけにも行かないでだろ?
 いくら本職ではないとは言え、パイロットを兼任することになった以上それなりに訓練は受けてもらわないと危ないからね」
「あ、いえ、そのことについてはもちろんわかってますが……」
「エステバリスの訓練はシミュレーターがあるからひとりでもできないことはないんだけど、アヤナちゃんもいきなりそれじゃ無理があるだろ?
 ひとりでやってもわかんないことが多いだろうし、俺が一緒なら色々と教えて上げられるから。
 それとも、俺なんかじゃ役不足かな?」
「そ、そんなことありません!!」
 その一言に、慌てて首を激しく振る。もちろん横にだ。
 さっきのは突然のことに驚いてしまっただけで、訓練とは言えテンカワさんと一緒にいられるのはとても嬉しいことですから。
「まあ、コックの仕事との兼任じゃ色々と大変かもしれないけど……」
「いえ! 自分で決めたことですし、別にそのくらい問題ありません!
 それに、それを言うならテンカワさんだってオペレーターの仕事を兼任されてるのに、わざわざ私なんかの為に時間を取らせてしまって……」
「いや、俺自身パイロットとして訓練をサボるわけに行かないし。
 だから、ちょっと言い方が悪いけどそのついでってことになるしね。
 それに……」
「それに、今のところサブオペレーターとしての仕事もありませんからね」
「っ!?」
 不意に声をかけられて慌てて振り返ると、いつの間に来ていたのか、テンカワさんの真後ろにいつも通りのニコニコとした表情で微笑むプロスさんが立っていました。
 私は全然気付かなくてかなりびっくりしたんですが、テンカワさんはプロスさんが来ていることに気付いていたのか、平然と苦笑しながらプロスさんに話しかけています。
「なんか、ルリちゃんに嫌われちゃったのか全然手伝わせてくれないんですよね。
 昨日もオペレーターの仕事を手伝おうとブリッジに行ったら、すぐに追い返されちゃいましたし」
「いえいえ。あれはあれで、ルリさんなりに気を使ってらっしゃるのですよ。
 今はまだオペレーターの仕事も忙しくありませんし、正式に出航しない限り遅くまで居残る必要もまだありませんしね。
 なら、パイロットとしては休めるときに休んでおくのも仕事のうちでしょう?」
「確かにそうですが……」
 他の人が働いているのに自分だけ暇をしているのが心苦しいのか、どこか困った様子でなにやらぼそぼそとつぶやく。
「それに、テンカワさんのことを嫌ってるってことはないと思いますよ。
 彼女の場合、嫌ってる人が相手だとその存在自体がどうでもいいって感じで無関心ですからね」
「……確かに、ルリちゃんの性格を考えるとそう言った相手はすげなくあしらうか、下手すれば無視しかねませんね。
 それを考えれば、丁重に断ってくるだけマシなのかな?」
「そうだと思いますよ」
 私はルリちゃんとほとんど話したことがない……一昨日エステバリスの通信を介してと、その後ブリッジで自己紹介をしたときに少しだけ……ので、彼女がどんな性格なのかあまりよく知りませんが、テンカワさんはプロスさんの言葉に苦笑している。
 言われてみれば、確かに私に対してもルリちゃんは無関心な感じでしたね。
 自己紹介のときも、いたって淡白でしたし……
 ……って、あら?
 そこまで考えたところで、私は微妙な違和感を感じる。
 テンカワさんとルリちゃんは、自己紹介のときが初対面なはずですよね……?
 なのに、今のテンカワさんの言葉はそれなりにルリちゃんの性格を理解してるような感じがしましたが……
 一瞬だけそんなことを考えてはみたけど、まあ昨日も顔を合わせたみたいですし、わかる人にはわかるんだろうなと言うことで適当に納得しておく。
「いいか悪いかは不明ですが、ルリさんはテンカワさんにそれなりの興味を持たれてるということですよ」
「そうなんですかね……?
 でも、おかげで昨日は1日やることがなくて、思わずここに来てエステバリスの修理作業を手伝ってしまいましたよ」
「えぇっ?!」
「おう。おかげで、昨日はずいぶんと助かったぜ。思った以上にこいつの修理が早く終わったぜ」
「ほぅ……それはそれは、お疲れ様でした」
「テ、テンカワさんって、パイロットやオペレーターの仕事だけじゃなくってそんなことまでできるんですか?!」
 さも当然のごとくテンカワさんの言葉に頷くウリバタケさんとプロスさんに対し、私は先ほどのことも忘れ、さらに困惑の度合いを深めていく。
 そんな私に、テンカワさんが苦笑しながら付け足してくる。
「パイロットとして初心者のアヤナちゃんじゃ驚くのも無理ないかもしれないけど、結構普通のことだよ。
 パイロットは自分の乗る機体に命を預けてるんだから、いざと言うときの為に簡単な整備や応急修理ぐらいなら出来るようになっておくのが望ましいからね。
 だからおそらく、普段から正義の味方を自称して悪を倒すことぐらいしか頭にないガイだって、必要にさえ迫られればそれくらいできるはずだよ」
「そ、そうなんですか……
 それじゃあ、私もそう言うことができるようにならないといけないんですね」
「ま、そうは言ってもユウキはまずパイロットとして一通りの訓練を受ける方が先だ。
 それまで、エステバリスのことは俺たち整備班に任せておきな」
「そうですよ。非常時のために覚えておいた方がいいとは言え、その非常時に陥らないようにできればそれが一番なのですからね。
 それに、なんと言ってもユウキさんのパイロットとしての仕事は兼任で、本職はコックさんなのです。
 無理に、専属パイロットの人と同じことができる必要はありませんよ」
「はい、わかりました」
 テンカワさんの言葉に少し考え込んでしまった私ですが、ウリバタケさんとプロスさんの言葉に納得したように頷く。
 パイロットとして半人前以下な自分がいきなりそんなたくさんのことをやろうとしても、結局どれもが中途半端なだけになりかねないことが自分でもわかるから。
「それじゃ、アヤナちゃんの訓練の件は了解しました。
 他にまだ話はありますか?」
「そうだな……
 後は適性判断が終わってからだし、それ以外だとユウキに好きな色でも聞いておくぐらいかな?」
「好きな色、ですか……?
 別に聞かれても構いませんが、そんなことを聞いてどうするんですか?」
「こいつがユウキの搭乗機になるにあたり、どうせならってことで塗装しなおそうと思ってな。
 それに、プロスの旦那からユウキはあまり赤が好きじゃないって聞いてた。
 別にどうでもよければ前と同じに塗っておくが、ユウキの方で要望があればそれを優先するぞ」
「あ………」
 その言葉に少し驚きながらプロスさんへと視線を向けると、プロスさんは小さく肩をすくめて苦笑している。
 確かに、プロスさんからナデシコの制服を渡されたときにコック用の黄色い制服とパイロット用の赤い制服のどちらがいいかを聞かれ、赤はあまり好きじゃないからと言ってコック用の制服にしてもらった記憶がある。
 どうしても嫌いってほどじゃないけど、赤はあの日の火星の光景を私に思い出させるから……
「確かにできれば別のカラーリングにしてもらえるとありがたいですが、突然言われるとそれはそれで困りますね……」
 プロスさんの気遣いに感謝しながら、私の乗機になるらしいエステバリスへと視線を向ける。 とは言え、嫌いな色はあっても特にこれといって好きな色はないんですよね……
 強いて言えば火星の大気のナノマシンのきらめきが好きでしたが、あれは再現できる色じゃありませんし、もし再現できてもそれはそれで目に悪いでしょう。
「えっと、例えばどんな色がいいんでしょうかね……?」
「そうだな。聞いた話によると、後で合流する予定の補充パイロットが赤・青・黄の3色を使ってるらしいから、それ以外の方がいいだろう」
 ……信号機?
「ヤマダはあの濃紺のエステが気に入ったとか言ってたし、テンカワのやつは黒だし……
 となると、残るは緑か白ってとこか?」
 赤・青・黄・緑・黒・白って、原色じゃないといけないんでしょうか?
 まあ一応、濃紺と言うのもあるみたいですが……
「……テンカワさんはどう思います?」
 私が決めかねて聞いてみると、テンカワさんは少し考えてから答えてくれる。
「それなら白がいいんじゃないかな?
 俺としては、なんとなくアヤナちゃんには白が合うんじゃないかなって思うよ」
「そうですか?」
「ああ。
 ま、この間再会したときのアヤナちゃんが白い服を着てたからって先入観もあるんだろうけどね」
 聞き返す私の言葉にテンカワさんは苦笑しながら答え、私もその言葉に決断する。
「そうですね。私も白は嫌いじゃありませんし。
 それじゃ、そう言うことでお願いします」
「おう、了解した!
 んじゃ、俺の用事はこれで終わりだ。わざわざ時間取らせてすまなかったな」
「いえ」
「それじゃ、ウリバタケさんも引き続きお仕事がんばってください」
 私とプロスさんの言葉を背に受け、ウリバタケさんは再びエステバリスの下に潜り込んでいく。
 そして私はテンカワさんへと視線を移し、今の話についてどうすればいいかを問いかける。
「ところで、訓練ってどうしますか?
 と言うか、私はどうすればいいのでしょうか……?」
 何もわからない私が首をかしげると、テンカワさんは少し考えながら答えてくる。
「そうだな……
 俺の場合、毎日決まった時間シミュレーターでの模擬戦闘と、自分の体を動かしての基礎トレーニングとかをしてるけど」
「えっと、シミュレーターでの操縦訓練はわかるんですが、パイロットに基礎トレーニングも必要なんですか?
 IFSでエステバリスを動かしてるだけなら、そんな大変ではなさそうなんですけど……」
「そうでもないよ。
 実際、長時間戦ってると座ってるだけでも疲れるし、エステバリスの動きに合わせてそれなりのGもかかるからそれに耐えるだけの筋力も必要だ」
「あ……」
 なんとなく言った言葉だったけど、テンカワさんの言葉に納得し、特に深い考えもなしに言ったことが恥かしくなってしまう。
「それに、結局IFSは自分の手足の延長線に来るものだから、実際に自分の体も動かしておいた方がいいんだよ。
 いざと言う瞬間、大抵の人は自分の体を基準に考えてしまう。
 よく言うだろ? 頭より先に体が動いてしまうって。
 通常、自分の取れる動きはとっさに思い描くことができるけど、自分には不可能な動きだと例えそれがエステバリスには可能な動きでも普通は一瞬考えてしまう。
 そんなわけで、実際にエステバリスを動かすことと同じくらい自分の体を動かすことも重要だと俺は思うんだ」
「そうですね。ごめんなさい、少しパイロットの仕事を甘く見てたみたいです。
 それでは、私もそれにご一緒させていただく感じでいいですか?」
 テンカワさんと一緒だと言うことに恥かしさと嬉しさを覚えながらそう答えると、テンカワさんは了解したとばかりに頷き返してくる。
「となると、次の問題は時間だな。
 コックの仕事と兼任してると、時間を取るのが難しいんだよな……」
 テンカワさん自身もオペレーターの仕事を兼任してることもあり、少し考え込んでしまう。
 その様子に、先ほどから話の成り行きをずっと見守っていたプロスさんが提案するように口を挟んでくる。
「そう言うことでしたら、おふたりとも午前中にパイロットとしての訓練を行ってはどうですか?
 朝の9時から12時まで訓練を行い、1時間昼食休みを取って、午後からは各々の職務につくようにすればいいんじゃないですかね。
 食堂が忙しくなるのはどちらかと言うより朝より夜でしょうし、ルリさんにも夜遅くまで働かせずに済みますし。
 おふたりには少し大変かもしれませんが、それでよければ多少は便宜を計らわせてもらいますよ」
「そうですね……
 俺としては別に何の問題もないけど、アヤナちゃんはそれでいいかい?」
「はい。私も構いません」
「それではそう言うことで、ホウメイさんには私の方からもお伝えしておきますね」
「お願いします」
 とりあえず本格的な訓練は明日から始めると言うことで話が一段落し、私たちの話が終わったところで私はふとプロスさんに視線を移す。
「そう言えば、いいんですか? プロスさんたちは確か、副提督をお迎えにわざわざ格納庫に集まったって聞いてましたが……」
「はい。確かにそうなのですが、なにやら向こうの方でエンジントラブルがあったらしく少し待ちの状態なんです」
「そうなんですか?」
「ええ」
 確かにその言葉の通り、まだ格納庫の入り口は閉まったままで、姉さんたちは格納庫の隅で1箇所に固まり暇そうにしている。
 退屈そうにあくびをこらえている姉さんを見つけて私が苦笑していると、プロスさんはコミュニケを取り出してブリッジのルリちゃんへと通信ウィンドウを開く。
『はい、なんでしょう?』
「ムネタケ副提督の乗る輸送艇が近くまで来てると思うんですが、どの辺りまで来てるかレーダーで見つけられませんか?」
『ちょっと待ってください……見つかりました。
 向こうの移動速度から考えて、ここへは後5分程度で辿り着く距離にいます』
「そうですか。なら、そろそろ出迎えの準備を始めましょうか。
 済みませんが、格納庫の扉を開けておいてもらえますか?」
『わかりました。それでは』
 簡潔に用件だけを話し、プロスさんは通信を終了させて私たちに向き直る。
「そう言うことですが、よろしければおふたりも一緒にいかがですか?
 まあ、副提督をそこで出迎えるだけのことですけどね」
「はい。食堂での仕事が遅番で12時からなので、それに間に合えば私は全然問題ありませんよ。
 テンカワさんはどうですか?」
 私がそう声をかけるとテンカワさんは不都合でもあるのか、困ったような表情を浮かべる。
「もしかして、この後用事がありましたか……?」
「……いや。確かに今日もルリちゃんに追い返されたから、オペレーターとしての仕事はないんだが……」
 そして、そのまま何やら考え込んでしまう。
 どうやら、あまり乗り気ではないものの、これと言って断る理由もなく困っていると言う感じだ。
 基本的に、テンカワさんはいい人のようですしね。
 まあ、いくら相手が上司に当たる人だとは言え、わざわざ知らない人のお出迎えをするのは面倒だってとこでしょう。
 そんな感じで困っているうちにプロスさんからもお願いされ、結局テンカワさんも一緒に出迎えることになりました。
 私たちは姉さんたちと合流し、副提督さんの到着を待ち構える。
 そして、到着した輸送艇から現れたのは……
「動くな!!」
 軍服に身を包み、その手にライフルを構えたて私たちを取り囲むように展開した、無表情の軍人さんたちでした………










Stage4に続く


あとがき、です
 なぜだろう……?
 これから始まる大騒動の前のちょっとしたハプニングとエステの訓練の前振りを書くだけのつもりだったのに、いつの間にこんなに長くなってしまったんだ……?
 本来はこの話でムネタケが活躍(?)するはずだったのに……


 と言うことで、また大分間隔が空いてしまってどうもすみません。真咲和葉です。
 何だかんだで時間が取れなくて、しかももともと書くのが大分遅いもので、こんなに時間がかかってしまいました。
 一応少しずつ書いてはいたんですが、……
 もう少し更新ペースを早くできるようがんばりますので、よかったら見捨てないで下さいね……(苦笑)


 今回は、何だかんだでほとんどアヤナの視点だけになってしまいました。
 他の人の視点でも書こうとしたんですが、話の展開がアヤナ中心なだけにどうもそぐわなくて。
 ちなみに、冒頭の会話が誰のものかは、わかりきってるような気もしますが一応秘密です(笑)。
 そのうちちゃんと出てきますので、それまでは内緒と言うことで……
 で、次回はようやくムネタケ率いる地球軍の登場です。
 ムネタケが何を考えて命令に従っているか、今度こそわかるはず。
 そう言うわけで、次回もまたよろしくお願いしますね〜。


 

管理人の感想

真咲和葉さんからの投稿です。

今回は戦闘シーンもなく(お仕置きシーンはありましたが)、平々凡々に進んでいきましたねぇ

もっとも、次回はドタバタは決定的みたいですが(笑)

本人が機密とおっしゃるので、冒頭の会話には何も言いません(苦笑)

 

・・・どんな扱いを受けるんだろうな、キノコ