目の前で椅子に座っている男には、見覚えがあった・・・

かつては自分達の指導者として尊敬していた・・・

彼の言う熱血を信じ、悪の地球を滅ぼす為に闘ってきた・・・

だが、愛する女性が出来た・・・

悪と信じていた地球の女だ・・・

その瞬間、目の前に居る男の言葉が信じられなくなった・・・

「久しいな、白鳥少佐・・・いや、今は昇進して大佐か・・・

それとも木連外務次官殿と呼んだ方が良いかな?」

皮肉を込めた口調で言う。

「草壁・・・中将・・・」

木連中将の軍服とは違う、赤と白をベースとした軍服を着ている。

「妙な考えは起こさない方が良い。貴様の武器は全て取り上げてある。

無論、義手と義足に取り付けられているモノもな。」

白鳥は、自分の奥の手が使えないとなると

脱出は不可能と思った。なぜなら部屋の外には、殺気も感じられる。

恐らく、草壁に賛同する兵士達だろう。

「何が・・・目的です。」

「貴様には、色々と役立ってもらわねばならん。

我らが世界を手に入れたときの『敵役』と言う立派な役目がな。」

見下すような視線を草壁は白鳥に向ける。

「そんな事・・・すぐに止めてください。

世界は、ようやく平和に向かって歩き出そうとしているのですよ。」

「ふん、偽りの平和など無きに等しいわ。

我らが作る真の秩序こそ、平和に繋がるのだ。」

「それは、草壁閣下を中心とした独裁政権ですか?」

白鳥は、草壁の目を真直ぐ凝視する。

「改革をドラスティックに断行するには、独裁政権が一番だろう?」

最もな政治理念だ・・・だが・・・

「閣下・・・その考えは間違ってます。一人の人間による支配など・・・」

「白鳥・・・それは今の政治体制と、どう違うのだ?

地球から支配されるコロニーや火星・・・我は彼らの為に立ち上がったのだ。」

白鳥は、ジッと草壁を見る。そして、小さくかぶりを振る。

「閣下・・・閣下が、どんな理想を掲げようとも戦争は悲劇しか生みません。

それに、戦争を引き起こした時点で、どんな理想も泡沫と化してしまいます。

どうか、バカな考えは止めて下さい。」

「ふん、白鳥・・・もはや矢は放たれたのだ。

貴様は事が成就するまで、我らと行動を共にしてもらう。」

草壁は、そう言うと白鳥が居る部屋を出て行った。

「また・・・戦争になるのか・・・ミナトさん・・・」

白鳥は、遠く地球に居る女性の名をそっと呟くのであった。

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ Re Try 第2部

〜第4話〜 襲撃、暗躍、希望、そして・・・爆破?

 

 

 

シンジュクシティ・・・永遠に眠らない街として知られるところである。

ホウメイの店を出たユリカ達は、時間を潰す為この街に来ていた。

「ねぇ、艦長・・・一体ドコに向かっているの?」

いい加減、疲れ果てたミナトがユリカに尋ねる。

「え?・・・あ、あははははは・・・」

ユリカは笑って誤魔化そうとするが、

振り向いたユリカの目は完全に泳いでおり

道に迷った事は、誰の目から見ても明らかだ。

現在は、路地裏らしき所を延々と歩いている。

「もう、迷ったら迷ったって言ってよね。」

「そうですよ、昔っからそう言うトコってありましたよね。」

「う・・・ゴメンナサイ・・・」

ミナトとミサキに責められ、小さくなるユリカだった。

「艦長、この近くだと私の知り合いの店があるので、そちらに向かいますか?」

エレは、ユリカに進言する。

「え、じゃぁお願いしちゃおうかな。」

ユリカはニッコリと笑いながら言う。

「でも・・・」

「そのまえに・・・」

エレとミサキが急に険しい顔になる。

「え?どしたの?」

「いい加減、出てきたらどう?」

「・・・よく解ったな。ミスマル=ユリカ、一緒に来て――」

ゲシィ!!

ミサキに誘われ物陰から出てきた男を、エレは電光石火の速さで殴り倒す。

「獲物を前に舌なめずり・・・三流のする事よ。」

「艦長とミナトさんは、私のそばに来て!」

エレが次の目標に向かう。

ユリカとミナトは慌ててミサキの後ろに隠れる。

ミサキは神気を練りながら辺りを警戒している。その間、エレは二人目の男を倒す。

「このっ!」

一人の男が壁際から銃を突き出す。

―狙いは・・・ユリカさん!?

ミサキは、瞬時にそう判断すると、銃を向けていた男に向かって正拳突きを繰り出す。

ただし、他の人間から見ると、何もない空間に拳を突き出しただけのように見える。

「氷狼の牙!!」

当然、5mも離れていたら直接当たる事は無いのだろうが・・・

「ぐわぁ!!」

銃を向けていた男は、プレッシャーに弾き飛ばされる。

しかも、その体には霜が付着し、腕の部分が凍傷に掛かっている。

「やるじゃない。」

エレは、構えていた銃を降ろし、残りの敵に向かって走り出した。

と、突然エレの足元がバッとはじける。遅れて銃声が聞こえた。

―着弾の後に銃声・・・スナイパーか!

エレはそう思ったと同時に、サッと物陰に隠れる。そこに着弾と同時に火花が起こる。

―対象の前後から挟撃か・・・やられたわね。敵の数が多すぎる・・・あのスナイパーを何とかしないと・・・

エレは、チラリとユリカ達の様子を見る。すると、ミサキと目が合う。

―ココは彼女に任せるか・・・

スナイパーを倒さない限り、この状況は動かないと判断したエレは

光学迷彩を使い周囲と同化する。それは、よほど注意してみないと

そこに人が居ると判断できないほどである。

ただし、光学迷彩にも弱点はある。水に触れると、電気的な火花が発する事と

近くにいると、オゾン臭がするという事だ。幾分、改良されてきてはいるが

こればかりは、開発初期から指摘されてきた事であり、

科学者達は必死に改善しようとしてはいるが、成功したという話は伝わってこなかった。

エレは、一気に駆け出すと射線からスナイパーの位置を割り出す。

―あの廃ビルの屋上か!!

エレは、ビルとビルの間を三角飛びで一気に駆け上がり、

スナイパーの居るビルへ一気に飛び移る。

着地と同時に光学迷彩を解除し、スナイパーの後頭部に拳銃を押し付ける。

「両手を後ろに上げなさい。あなたには聞きたい事が色々あるのよ。」

「どうやって・・・いや、俺達の作戦は失敗したということだな・・・」

男は観念したように言うと。両手をゆっくりと上に上げる。

「お前・・・何者なんだ・・・」

「そうね、今は単なる護衛・・・」

男はゆっくりと振り返ると、エレの顔を見る。

「貴様は・・・ドールマスターか!」

振り向いた男は、エレの顔を見ると驚愕する。

「知ってたの・・・私を・・・」

「俺も、傭兵としてヨーロッパにいたからな。

硝煙と人が焼ける臭いの中を相棒と一緒に駆け巡った。」

そう言うと、男はチラリと狙撃銃を見る。

兵士にとって最も信頼できた自分の相棒・・・

生死を共にしてきた狙撃銃だ。

「だが、今の世界は何だ!俺達が必死になって戦った結果がこれか?

戦いのない偽りの平和・・・兵士が生きていけない世界なんだぞ!

こんな世界では、俺の存在意義が失われてしまう!

だったら!」

エレは、男に銃口を突きつけたまま言う。

「世の中に不満があるのなら、自分を変えろ!!

それが嫌なら、目と耳と口をつぐんで孤独に暮らせ!

もし、それでも嫌だというのなら・・・」

エレは、引き金にかけた指に力を入れる。

「そうだな・・・俺には兵士以外に生きる道は無いのかもしれん・・・

だったら俺は、地獄の果てまで戦い続けるさ。」

男はそう言うと、ライフルの銃身をエレの身体に叩き付ける。

エレは、それをかわすとハンドガンの引き金を引く。

銃弾は寸分たがわず男の心臓を貫く。

「ぐほっ・・・・さ・・・すがだ・・・・

最後に・・・兵士・・・として・・・

死・・・ね・・・る・・・」

男は、満足したように息を引き取る。エレは、そっと男のまぶたを閉じてやると

何処かに通信機を使い連絡を取り、死体の回収と現場の処理を手際よく頼む。

「平和に生きる事が出来ない兵士・・・私も一緒だ・・・」

エレは、そうつぶやくとユリカ達の所へ急ぐのであった。

 

 

 

一方、ミサキと共にユリカ達は、路地に突き出た柱に入る。

ユリカも軍人として一応、対人戦闘の訓練は受けているものの

素人に毛がはえた程度の腕では足手まといになると判断し、

ミナトと共にミサキ達の邪魔にならないようにしている。

そのミナトも、騒ぎ立てたりせず、じっと様子をうかがっている。

この辺りは、ナデシコクルーに選ばれた理由であろう。

「まずいわね・・・」

ミサキは本日2発目の『氷狼の牙』で敵を倒しながら呟く。

状況は最悪である。小さな路地裏で前は敵だらけ

角を曲がればスナイパーが待ち構えている。

中央突破しようにも、ユリカとミナトを守らねばならない・・・

そう考えた時だった。エレが突然消えたのだ。

以前、ウリバタケの所で見たことがある光学迷彩だと気がつくと

ミサキは勝負に出る。神気を最大限まで高め、爆発的な神気を右手に集中する

近くにいたユリカとミナトは、その神気に当てられ失神しそうになるのを必死にこらえている。

やがて、ミサキは敵に向かい突進する。一瞬、男達は戸惑ったものの、

ミサキに対して直ぐ反撃を開始する。

銃弾がミサキの頬をかすめるが、ミサキは右手に集中させた神気を一気に解き放つ。

「覇王氷撃陣!!」

ユリカとミナトは周囲が冷たくなるのを感じた。

「なに・・・これ・・・」

そう、ユリカが呟いたと同時に、ミサキの前方にある

あらゆる物が凍り付いていた。

そしてそれは、今までユリカ達を攻撃していた男達をも

氷の柱に閉じ込めていたのであった。

ミサキの持つ技の中で、最強の技である。

この技を受けて無事なのは、同じ神威の拳を使う人間だけだろう。

「なるほど・・・これが氷の最大奥義か・・・」

暗い声がミサキにかけられる。

プレッシャーを感じつつ声の方向を見る。

そこには、男が一人立っていた。

銀髪をざんばらに切り、鋭い目に、全体的に細い顔立ち、

肌は透き通るように白いくせに、黒い革パンツに黒いシャツを着ているため

男を一層と際立った存在に見せていた。

「つまらん仕事だと思っていたのだが、

こんな所で神威の拳を使う奴がいたとはな。」

男の周囲から黒い風が吹き出す。

すでにミサキは奥義を放っており、全力で闘える状態ではなかったが、

黒い風を扱う男に向き構える。

「しかも、誰かと思えばミサキじゃないか。」

男は嘲笑を浮かべながら言う。

「・・・ええ・・・久しぶりね、ミカゲ

相変わらずファッションセンス最悪ね。」

呼吸を整えつつ、ミサキはミカゲと呼ばれた男を挑発する。

「ふっ、俺のセンスは何歩も先を行っている。

凡人には到底理解出来んさ。」

「センス悪いって認めてるじゃない。」

ミサキは、足元に転がっていた拳銃を拾い、ミカゲに発砲する。

しかし、ミカゲの風が一瞬強くなったと思うと、弾丸が足元にパラパラと落ちる。

「俺に弾丸は効かないぞ。」

「ええ、試しただけだもの。これで死んでくれたらラッキーよね。」

ゆっくりと間合いを取りながらミサキは、なおミカゲを挑発する。

「お前も、氷の最大奥義を見せたのだから、

それなりのお返しをしなければな。」

ミカゲの神気が一気に高まる。

と、同時に黒い風がミカゲの周囲に吹き上がる。

「奥義って言うのは、いきなり見せるものじゃ無いでしょう?」

「まぁ、そう言うな。おれは借りっぱなしは好きじゃないんでな。」

ミカゲが言うと同時に、あたりに突風が吹き荒れ二人の身体が消える。

「き・・・消えた・・・」

「艦長・・・あれ・・・」

呆然とするユリカの肩をつつきながら、ミナトは上空を指差す。

「・・・飛んでる・・・」

ユリカが呟いたとおり、ミサキとミカゲは上空に存在していた。

「シンジュクの夜も、上から見ると夜景が綺麗ね。」

「ほう・・・余裕だな・・・」

「ええ、この展開は2度目よ。

いい加減、別のパターンで私を驚かせて頂戴。」

肩をすくめながらミサキは言う。

「・・・やはり重力を完全に、コントロール出来るようになったのか。」

ミカゲは、物理法則をまったく無視した言い方をする。

そう、ミサキは神気を使い重力をコントロールし、上空に浮いているのだ。

「ならば遠慮なく行かせてもらうぞ!」

ボッと、ミカゲの足元で何かが爆発したと同時に

ミカゲの身体がミサキに向かい突進していく。

「いくぞ!天翔空撃刹!」

ミサキに向かい、突進していたミカゲの身体が

爆発的に、加速する。

「くっ!」

ミサキは、咄嗟に身をひねり、攻撃を避けるがミカゲの身体に纏われた

黒き風の神気が、ミサキの肌を切り裂いていく。

「避けたか・・・しかし、攻撃を避けると傷ついていくだけだぞ。」

ミサキの右腕は、傷つき血が流れている。

「ええ、そうね。風の結界を身に纏うと同時に、

その後方で空気を圧縮した後、一気に開放すれば、

圧縮空気の開放による衝撃波で、空中に浮かんでいる自分が加速出来る。

そして、その突進力で相手を攻撃、避けられても風の結界付近は

一時的に真空状態になり、カマイタチ現象で相手の皮膚を切り裂く・・・

そんな所かしら?タネが判れば結構単純な技ね。」

「だが、単純ゆえに効果は絶大だ。」

確かに、風の結界に触れるだけで怪我をする

ミカゲの防御陣は完璧に思える。

「そうね。じゃぁ、私はこうさせてもらうわ。」

ミサキは、フッと笑うと急降下を始める。

重力のコントロールを切り、自由落下を開始した為だ。

「逃げるつもりか?空は俺の領域だぞ。」

ミカゲは、自由落下を始めたミサキを追いかける。

ぐんぐんと地上が近づくにつれ、ミサキの姿も大きくなる。

ミカゲは、さらに加速する・・・と、その時ミサキの姿が視界から消える。

「???」

ミカゲには、一瞬何が起きたか判らなかった。

が、このままでは地表に激突してしまう為、ブレーキをかける。

ミカゲの身体が空中で停止する。

「あら?そのまま地表に大激突じゃなかったの?」

ミカゲの上からミサキの声がする。ミカゲは、一瞬にして理解した。

ミサキが消えたのではない、自分がミサキに肉薄する為

加速した瞬間に、ミサキは重力のコントロールを再開したのだと。

そして、ミサキはすでに必殺の体制に入っている・・・

「氷牙三連撃!」

ミサキの拳から、氷狼の牙が三連撃で繰り出される。

それは、寸分たがわずミカゲが身に纏っている風の結界を削り取る。

「まだよ!覇王氷撃波!」

先ほど放った広範囲の覇王氷撃陣ではなく、対個人限定技をミサキは繰り出す。

風の結界は、氷河三連撃と覇王氷撃波により、崩壊していた。

「くっ!」

ミカゲは、腕を交差し防御に徹するが、氷の神気に当てられ

腕は凍傷を起こしている。

この間も、ミサキとミカゲは地表に近づいている。

ミカゲは、最後の神気を放とうとしていた。

腕はすでに凍傷で感覚が無く、思うように動いてくれなかった。

キッとミサキを見ると、残っている神気を未だ健在な両足に籠める。

「疾風重双脚!」

ミカゲの双脚から出た黒き風がミサキを襲う。

「アイスウォール!」

しかし、ミサキは攻撃を続行するのではなく、襲ってくる神気を

防御陣で防いでいる。圧倒的な黒き風が、幾重にも展開された

ミサキの防御陣を打ち砕いている。

その間に、ミカゲは地面に着地し、ガクリとひざをつく。

そして、その上から・・・ミサキが防御陣を展開したまま落下してきた。

「ぬりかべアタ〜ック!!」

神気を使い果たしたミカゲは、ミサキを避けることが出来ず

そのまま、神気の防御陣に押しつぶされる。

丁度、上から落ちてきた看板に身体を潰された様なものだ。

ミサキの狙いは、最初からコレであった。

「ぐえ・・・」

カエルがつぶれたような悲鳴を上げて、ミカゲは地面に突っ伏す。

その上から、追い討ちをかけるように、ミサキが無防備な背中に、膝蹴りを喰らわすと

ミカゲは完全に気を失うのであった。

その様子を見ていたユリカ達は呆然としている。

神気が見えない彼女たちでも、ミサキの『ぬりかべアタック』と言う言葉で

どんな攻撃なのか、想像出来てしまったからだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・艦長、ミナトさん、怪我はありませんか?」

ミサキは、胸を押さえ肩で息をしながら言う。

神気の・・・しかも連発で放った為、かなり疲労しているようだ。

「う・・・うん、大丈夫だけど・・・ミサキさんは大丈夫?」

ユリカはミサキに尋ねる。

「大丈夫です。それより・・・早くココから離れましょう。」

ミサキは二人を誘導しながら言う。

「え・・・でも、エレさんは・・・」

そうユリカが言った途端、空気の揺らぎと共にエレの姿が現れる。

「どうやら、終わったみたいですね。

応援は呼んだのですが、間に合わなかったわね。」

エレはそう言うと、ミサキの肩を支える。

「無理しなくて良い。力を使い切って疲労しているのだろう。」

「・・・修行不足ですね。

私の先祖は神気で、軍事衛星を落としたと言い伝えられてますが・・・」

ミサキは、エレに寄りかかりながら悔しそうに言う。

「そんな、竹やり・・・うぅん、気合で爆撃機を落とすような事・・・」

ユリカは笑いながら言うが、途中でそんな事が出来そうな人物を思い浮かべる。

「・・・アキト君だったらやりそうよねぇ。」

ミナトも、その考えに至り思わず口に出してしまう。

「とりあえず、この場を離れましょう。

後のことは、私の仲間が処理しますから。」

エレはそう言うと、ミサキの肩を担ぎながら歩き出す。

ユリカとミナトがその後に続いた。

「それにしても、あの連中・・・一体何だったの?

それに、ミサキさんの知り合いもいたみたいだけど・・・」

ミナトがユリカに尋ねる。ミサキは、エレの肩に支えられている状態で

とても話の出来る状態ではなかった。

「私も知りたいよ。エレさんは何か知ってる?」

「・・・ミサキさんと戦っていた相手は知りません・・・

ですが、襲ってきた連中には心当たりがあります。」

エレは、ピタリと立ち止まる。そして、ビルの地下へと皆を誘導する。

階段を下り、古ぼけた扉をくぐると、中は寂れたバーになっていた。

2、3マスターと小声で話をすると、

エレはそのまま、奥の扉へ向かい中へと入る。

「ココは・・・」

ユリカとミナトは絶句している。

中は、様々な機器が所狭しと並んでいる。

「私が使ってるセーフハウスの一つです。

ココなら盗聴の心配もありません。」

ミサキをソファーに座らせ、ユリカ達にも席を勧める。

エレは、備え付けられている流し場でコーヒーを作り始める。

ミサキは、内気孔を使い体力を回復している。

しばらくは口も開けないほど疲労していた。

「エレさん、もしかして私の護衛をしているのって、さっきの連中と関係ある?」

ユリカは流し場に居るエレを見ながら言う。エレはゆっくりと振り返りながら

「はい、奴らの狙いはA級ジャンパーの誘拐でしょう。」

ユリカは、ハッと息を呑む。世間一般では、ナデシコ艦長ミスマル=ユリカは

遺伝子改造を受けたB級ジャンパーとしてアカツキ達が情報操作していた。

その事は、一部の人間を除き、極秘扱いとなっていたはずだが、

情報が漏れているようである。

「そんな・・・でも・・・」

「奴らは、非合法なジャンプ実験を繰り返していました。

被験者の命を何とも思わない方法で・・・

それは、アマテラスで入手した情報でご存知ですよね?」

エレは、ユリカ達にコーヒーを差し出しながら言う。

コーヒーの香りが部屋の中に充満する。

「ひょっとして、そいつらが艦長の誘拐を?」

ミナトは、差し出されたコーヒーを受け取りながら言う。

「十中八九、間違いないでしょう。」

「エレさんは、奴らのことを知っていたみたいだけど?」

ユリカは、コーヒーを一口飲んだ後、エレにたずねる。

「私達を襲ってきた連中は知りませんが、アマテラスでスバル中尉が交戦した人物は知ってます。」

「北辰の事?」

ユリカの問いにエレはゆっくりとうなずく。

「私は、戦争終結後ヨーロッパのある街で、復興支援のボランティアをしていました。そして・・・」

エレは、ギュッと手を握り締める。

「・・・そして、その街は北辰達の手で壊滅したのです。」

エレは、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

エレは連合陸軍少佐として大戦中、その街を拠点とし木連と戦っていた。

歴史の古い建物が多く、古臭い感じがするところだったが

住民達は、エレ達に協力的だった。

これは、他の部隊が他の街で次々と敗北していく中でエレ達が、奮戦していたからだ。

ただ単に、木星蜥蜴を撃退するのではなく、常に住民の安否を気遣い

戦闘による死者は皆無と言う、奇跡的な戦果をあげていた。

戦争が終わり部隊が解散すると、エレと数人の部下はその街に残っていた。

街は、エレ達が必死になって守っていたが、

それでも戦争の爪跡は随所に刻まれていた。

丁度、マーベリック社の施設がその街にあり、会社へは半ば強引に要請し

エレはボランティアとして街の再建に力を貸していた。

連合陸軍時代のツテを使い、物資を融通してもらって

街の人々に分けたり、自ら自警団を組織し治安維持に努めていた。

そして、ようやく復興の兆しが見え、人々に笑顔が戻ってきた時・・・

悲劇が街を襲ったのだった。

その日、エレは乏しくなった食料を手に入れる為、農村部を訪れ

生活用品や軍で使用していた工作用機械と引き換えに

大量の食料を手に入れていた。

大半は、小麦や大豆など保存が多数であったが

リンゴ等の果物も多少あったため、

エレも街の子供達に、果物を配れると喜んでいた。

小麦は、最近流れ着いた夫婦がパン屋を営んでおり子供達に人気が高かった。

そこに頼んで、パンを焼いてもらおうと考えジープを走らせていた。

街に近づく頃には夜になっており、普段であれば満天の星空が見えるはずであったが

赤く染められた空に焦げた臭いが漂っていた。

エレは、アクセルを踏み街のすぐそばまで来ると

人々が避難しているのが見えた。

「どうした!何が起こった!」

エレは食料を積んだジープから飛び降りながら叫ぶ。

復興した街並みは、炎によって蹂躙されていた。

「わ・・・解らない・・・俺達も何が何だか・・・」

そう言った男の左腕はダランと力なく垂れ下がり

頭から血を流していた。

「怪我人の手当てを頼む!」

エレは部下の一人に命令すると、街の中心部に向かい走り出した。

遠くから悲鳴が聞こえる。エレは悲鳴のあがった方向に向かう。

そして、そこには一人の女性が倒れていた。

その女性は、黒い髪に東洋系の顔立ちで年の頃は20代前半だ。

エレは、その女性がパン屋の女房である事を、即座に思い出した。

「おい!しっかりしろ!」

エレは、女性が生きている事を確認すると

通信機で部下に連絡をする。

「しかし・・・この女性は・・・」

と、呟いたと同時にエレの腹部は、衝撃と一緒に大きな穴が空いた。

義体ということもあり、生命に別状は無いが、とりあえず敵の出方を見るため

女性を庇うように倒れる。人工臓器を包む溶液が体から流れ出る。

オレンジ色の溶液であったが遠目で見ると血に見えなくもない。

やがて、遠くから聞こえてくる足跡が、次第に大きくなる。

人数は複数・・・エレだけなら何とか脱出できるだろうが

パン屋の女房を、かばいながらの脱出は無理だと判断する。

「・・・目標は?」

「確保しました。こちらも、かなりの被害が出ました。」

冷徹な声が聞こえた。周囲は炎の勢いが激しくなりつつあった。

「そうか、奴でも即効性の薬物には、敵わなかったようだな。

撤収するぞ。」

チラリと、その男をエレは見る。編み笠をかぶり

蛇のような目をした男だった。

「この女は?」

「利用価値の無い女など放っておけ。

どうせ、この炎の中では生き残る事などできぬ。」

エレは、自分の下に居る女性を何とか助けたかった。

早く立ち去って欲しい・・・ほんのわずかな時間だとしても

エレにとっては無限とも思えた。

周囲に炎が立ち込めていたことも、エレにとっては幸運となった。

どんなに鍛え上げられた生身の人間でも、

この火勢で生きながらえることなど出来ない。

その男は、そう判断した。

「撤収!」

男達が、疾風のごとく立ち去るのを見届けると

自らの傷を確認し、応急処置をする。

感覚器官を切っているので、痛みや炎の熱を感じない体に少し感謝した。

だが、それは逆に死が目前に迫っても、身体からの異常を察知できない

リスクを伴う行為であった。

しかし、今は目の前に倒れている女性を助けるのが先決だ。

そう考えたエレは、女性を助け起こし、周りを見る。

すでに、炎はエレ達を飲み込もうと、その勢いを増していた。

エレは、自分の着ていたジャケットを女性にかぶせ、炎から守る。

そして、パン屋の女房を背負い、炎の中を一気に駆け抜けた。

いくら全身が義体だと言っても、生身の部分は存在する。

エレの場合、脳と神経組織の一部が生身の部分だ。

特殊金属で出来た脳殻に覆われているとは言え、

熱で脳停止がおこる可能性がある。

脳が死んでしまえば、いくら義体とはいえ動けなくなってしまう。

その恐怖は、全身を義体化して感覚器官を切っているはずのエレに、寒気を感じさせた。

それは、まだ生身だった頃の感覚を、脳が覚えていたのかは解らないが

恐怖と言う感情が、炎が襲い掛かってくるたびに沸きあがった。

炎の中を無限とも思える時間を過ごし、ようやく炎を突き抜け、

安全な場所にたどり着いたエレの体は特殊皮膚が溶け、

撃たれて穴があいた部分からは、人工臓器が損傷した影響か火花が出ていた。

幸いな事に女性は軽いやけどを負ったものの、目立った外傷は無く

直ぐに良くなるとの事だった。

しかし、何らかの精神的ショックを受けているみたいで、何を聞いても

涙ばかり流し、何も話そうとはしなかった。

その事を、エレは義体の修理が完了し、新たな機能を試している時に聞いたのだった。

エレはその足で女性が入院している病室に向かった。

「こんにちわ。具合はどう?」

「・・・・」

女性は、エレをちらりと見るが、直ぐに天井を見つめなおす。

「復讐・・・するつもりなの?」

エレは、女性の瞳に暗い闇を見た。

何度か見たことのある、復讐者の持つ独特の瞳・・・

「・・・わ・・・から・・・ない・・・」

それは、女性が入院してから初めて発した言葉であった。

「そう・・・ねぇ、何があったか話してくれない?

もしかしたら、力になれるかもしれないわよ。」

エレは、女性の側に座り手を握る。

女性は、しばらくエレの顔を見つめ、やがて口を開く。

「奴らに・・・彼を連れて行かれたの・・・」

それは、心の底からしぼり出すような声であった。

「奴ら?奴らって誰?」

「・・・北辰・・・」

女性は、そう言うと唇をかみ締める。

「解ったから、少し休みなさい。」

エレはそう言うと、静かに病室を後にするのだった。

 

 

 

 

エレはそこまで話すと、ユリカを見る。

「私は、その時襲ってきた人物が、元木連特殊部隊隊長の北辰であることを突き止め

北辰の足取りを追いかけました。そして、行き着いた先が艦長だった・・・そういう事です。」

「その女性って・・・まさか!」

「はい、イツキ=カザマ・・・かつて艦長たちの仲間だった女性です。」

ユリカ達は少なからずの衝撃を受けた。

「私も、何度か彼女と話をしました。

かつてナデシコに乗っていたこと、主人の事、今の生活の事・・・

彼女は、パン屋をして生活していました。

もちろん、ご主人であるトオルさんもパンを焼いていましたけど。」

「あの・・・スメラギが・・・パン屋・・・」

ミサキは想像がつかなかった。圧倒的とも言える殺気、

神気をもはじき返す強靭な肉体・・・

カズマやアヤと三人がかりで立ち向かい、敗北した相手・・・

思い出しても身震いするのだが、そんな彼がパン屋だとは・・・

「でも、アキト君も食堂でみんなの料理を作ってたわよね。」

「そうでしたね。」

ミナトとミサキは懐かしい、あの頃を思い出す。

「で、その後イツキさんはどうなったの?」

ユリカは、エレに詰め寄る。

「その後・・・私達の所にマーベリック社から

復興支援として、何人かのボランティアとドクターが来ました。

そのドクターに任せたので詳しい事は・・・

ただ、そのドクターから、マーベリック社の極秘情報と言う事で、艦長の事を聞いたのです。

艦長がA級ジャンパーである事、そして命を狙われている事・・・

そして、その頃プロスペクタ―と本社から連絡を受けて、

極秘に艦長の護衛任務をする事になったのです。

マーベリック社としても、ネルガルとの業務提携が進んでいましたから

私の出向は、すんなり認められたようです。」

ミナトは、へぇ〜と感心する。

「じゃぁ、ミサキさんが闘っていた相手は?」

ユリカがミサキに尋ねる。

「彼はミカゲ・・・キョウゴク=ミカゲと言います。

私と同じ神威の拳を代々伝える一族で、

彼は・・・その・・・私の婚約者でもあるのです。」

「「「えぇぇぇぇぇぇっ!!!」」」

ミサキの言葉に、驚く三人。ポリポリと頬を掻きながら

少し赤くなっているミサキ。

「あ、婚約者と言っても、祖父の代が勝手に決めた事ですから

私には関係ないですよ。」

手をブンブンと振りながらミサキは言う。

「でもぉ、チョッとは気になるんじゃないの?」

ミナトがミサキの肩をつつきながら言う。

「ミカゲは、私より15も年が離れてます。

その彼が、当時中学生だった私をレイプしようとしたんですよ?

そんな男をどうして信用できると言うんですか?」

キッパリと拒絶の理由まで話すミサキに、一同は納得する。

「た、確かに・・・」

「嫌うには充分な理由ね。」

「それで?あの男と戦うのは二度目って言ってたけど・・・一度目は・・・まさか・・・」

ユリカがミサキの言わんとすることを察する。

「ええ、もちろんレイプされかけた時です。

あの時は、助けに来たカズマとアヤの3人がかりで

徹底的にボコりましたし、とどめに私が氷の神気を

ミカゲの急所に思いっきり叩きつけましたから

治療が遅ければ壊死して使い物にならなくなったでしょうね。

今思えば、あの頃はまだ若かったですね。」

からからと笑いながら、さらりと話すミサキに、ユリカ達は青い顔になる。

「それって、過剰防衛っていうんじゃ・・・」

ミナトが、苦笑しながら言う。

「だから、若かったって言ったでしょう?」

「ちなみに、今だったらどうしてた?」

「もちろん、2つの内一つだけ残すくらいの情けはかけますよ。」

ミサキはフフフと暗く笑う。

「そ・・・そう・・・」

そんなミサキを見てミナトは苦笑する。

「さっきは、そんな余裕無かったけど、次にあったときは・・・」

「ほ、程々にね・・・」

エレは、楽しそうにしているミナトをチラリと見る。

何事か言いにくそうにしているが、やがて意を決して口を開く。

「それと、ミナトさん・・・これは・・・まだ未確認の情報なのですが・・・」

「なぁに?」

「木連外務次官・・・つまり、白鳥氏が訪問先のコロニーで消息を絶ちました。」

「え・・・それって・・・」

ミナトは突然告げられた事態に頭が混乱した。

「これは、私の推測なのですが、誘拐されたのではと思われます。

白鳥氏は、木連やコロニーに多大な影響力を持つ人物です。

敵は、その影響力を利用しようとしているはずです。」

エレには確信に近いものがあった。

ミサキがミナトの護衛として張り付いている。そして、先程の敵襲では

自分とミサキにしか攻撃をして来なかった。

その事が、ユリカとミナトを利用しようという敵側の意図を明確にしていた。

「プロスペクターの情報では、白鳥大佐の救出任務に

ネルガルの特務部隊が動いているそうです。

そして、ミサキさんがミナトさんの護衛についているのも・・・」

「・・・ええ、そうよ。プロスさんから連絡を受けたからなの・・・

ミナトさんが何者かに狙われている可能性がある。

ネルガルとしては、元ナデシコクルーの護衛を強化する・・・と・・・

白鳥大佐の事は、知らなかったけどね。」

「やっぱりね〜・・・ミサキさんが突然会いに来るなんて

何かあったんだろうな〜って思ったんだけど・・・

そういう裏があったのね・・・じゃぁ、私だけでなく、ユキナにも?」

「はい・・・ネルガルの動きを監視している私の仲間からの情報では

アオイ中佐と月臣大佐達が護衛任務に当たっていると

報告を受けましたから、大丈夫でしょう。」

「まぁ、ジュン君だけじゃぁ頼りにならないわよねぇ。」

「そうですよねぇ。」

ミナトとミサキはそう言うとクスリと笑った。

「あ〜っ!ひっど〜い!ジュン君はユリカの大切なお友達だよ。」

大切なお友達を知っているユリカは、頬を膨らませて言うのであった。

 

 

 

 

「は〜っくしょん!」

「や〜ん、きったな〜い!」

お約束とも言うべきか、そんなユリカ達の会話が行われている頃

ユリカの大切なお友達であるジュンはユキナと共に、

連合宇宙軍本部から少し離れたレストランに来ていた。

ここは、ユキナの住んでいる寮に近いのと、

比較的料金がリーズナブルであり、料理も美味しいし

何より、穴場的なところで、利用客が少なく

プライベートが保たれるということもあり、よく利用していた。

マスターは、どこぞの金持ちで料理が趣味なので

この店を出したと言っている。

「・・・風邪かな?」

「もう・・・夏風邪は、こじらすと大変だよ。」

ユキナは、机に置いてあったナプキンをジュンに差し出しながら言う。

「それより、どういう風の吹き回し?ジュンちゃんが誘ってくれるなんて。」

ジュンは、ユキナに手渡されたナプキンで、ち〜んと鼻をかむ。

「いや、最近の事件で約束をすっぽかしてばかりだから、その埋め合わせさ。」

ジュンは、テーブルに出された赤い液体を飲む。

ジュンが飲んでいるのは、ノンアルコールのぶどうジュースだとユキナは知っていた。

何時、軍本部から呼び出しがあるか解らないからと

以前、ジュンは笑って言っていた。

「ところで、ジュンちゃん・・・ミナトさんと連絡が取れないんだけど

何か聞いてる?」

ジュンは、ぶどうジュースを飲む手をピタリと止める。

「その顔は何か知ってるわね?」

「い、いやぁ・・・君には関係ないことさ。」

ジュンは明後日の方を向きながら言う。

「あやしいなぁ〜。」

ユキナはジト目でジュンを見る。

「と、とにかく今日は寮まで送るよ。」

ジュンは、伝票を取りながら言う。

ネルガル学園は全寮制であり、ユキナもそこで暮らしている。

当然、門限などもあるが、ジュンの社会的信用と

以外にも優秀な成績を収めているユキナの優等生ぶりで

大目に見てもらっていた。

もっとも、優秀な成績を収める背後には、ミナトの依頼で

週一回、エリナが時間を取ってユキナの家庭教師をしているからである。

ネルガル本社に入社し、会長秘書を勤めるだけあって、

非常に優秀な成績を収めていた。

また、ジュンやミナトでは、どうしても甘えが出てしまうが

その点、エリナは勉強に関しては厳しかった。

木連の教育水準では、どうやっても追いつけないだろうと思っていた授業に

1年で追いつき、今では学年で10位以内を確保するほどである。

これには、九十九やミナト、ジュンと言った面々を驚かせ

エリナにいたっては、早くも自分の部下にしたいと公言していた。

そんな事もあってか、最近ではエリナとも仲が良くなっていた。

「部屋に寄ってく?」

最近、エリナのおかげで化粧も覚え、特に大人っぽくなったユキナに

上目使いで誘われるとジュンはドキドキする。

「ば・・・何を言ってるんだ!」

ジュンはユキナの一言で、顔が真っ赤になる。

出会った頃は、まだ子供と思っていたが

最近は化粧だけで無く、ふとした仕草でも女性を感じさせた。

学校では陸上部に所属し、周りからの受けも良い活発な少女である

と、ジュンは思っているのだが、どうやらミナトやエリナと言った

大人っぽい女性を本人は目指しているつもりらしいと

この前、ユリカが笑いながら話していた。

もっとも、ユリカは何で自分を目標の中に入れないのか不思議がっていたが

ジュンは、あえて本人の目の前で答えを口にする事は無かった。

「やぁねぇ、冗談よ」

ユキナはカラカラ笑いながら言う。

途端に、何時ものユキナに戻り、ジュンはホッとする。

「大人をからかうんじゃないぞ。まったく・・・」

「冗談じゃないんだけどな・・・」

ユキナはポツリと呟く。

「え?何か言ったかい?」

ジュンはキョトンとしてユキナに尋ねる。

ユキナは慌てて首を振る。

「ううん、何でもないの。それより・・・

ねぇ、ジュンちゃん・・・次は、いつ頃会える?」

「そうだなぁ・・・今度の騒ぎが一段楽したら・・・ってとこかなぁ?」

実際、ジュンはこの騒ぎがいつまで続くのか、わからずにいた。

続々と草壁に賛同するものが現れ、連合の非主流派の国々も

非公式ながら草壁を支持する動きが出ている為だ。

おまけに、統合軍内部でも造反が相次ぎ、内部は疑心暗鬼でガタガタになっていた。

反面、連合宇宙軍はコウイチロウ子飼いの部下達で固められている。

個人の為に戦うのは、軍閥化の第一歩だとジュンは思っているが

コウイチロウが権力に執着を見せていない為、

その心配は、今のところ皆無だと考えていた。

「じゃぁ、今度は・・・」

ユキナがジュンに、お願いをしようとしたとき、

二人の座っているテーブルの周りに、黒服を着て日本刀らしき物を持った、

とても葬式帰りとは思えない連中が立っていた。

「何だ?お前達は?」

ジュンは警戒心を前面に出す。相手は6人・・・

一人で相手をするには、少しばかり数が多い。

軍人として、ある程度の武術を修めてはいるが、

ジュンに近寄った事すら感じさせないあたり、

一人一人が明らかに、ジュンより一枚も二枚も上手だと感じられた。

「白鳥 ユキナだな。我々と来てもらおう。」

リーダー格と思しき男が、ユキナを睨みながら言う。

「何よ・・・人に頼みごとをするときは、まず自分の名前を名乗りなさいよ。

もっとも、黒服なんか着て群れてる連中なんて信用できないし

一緒に行くにしても、私はジュンちゃんと一緒じゃなきゃ嫌よ。」

ユキナは一通りまくし立てると、ジュンの影に隠れる。

ジュンはユキナを背に、ジリジリと壁際まで後退する。

「痛い目を見たくなければ、おとなしくする事だ。」

「くっ・・・」

ジュンは、何とかユキナを守ろうと必死に辺りを見回す。

カウンターにいたマスターは、殴られて気絶しているようだ。

「ユキナをどうするつもりだ。」

「ふん、我々は命令されただけだ・・・白鳥 ユキナを連れて来い

ただし、生死は問わないとの事だったがな。」

ニヤリと男の一人が笑いながら、手に持った刀をゆっくり抜刀する。

と、同時に他の男たちも抜刀した。

「・・・何とか隙を作る・・・逃げろ!」

ジュンは一応、銃を持っているものの

目の前に居る男達は、間違いなくジュンより実力は上だろう。

銃を抜いた瞬間に、斬殺されるのは目に見えている。

そんな状況で、ユキナを守りながら戦うことは出来ない。

しかも、この状況になっても護衛を引き受けているはずの

月臣たちは現れない・・・何かトラブル・・・

いや、向こうも襲撃されているのだろうと、ジュンは推測していた。

「ジュンちゃん・・・でも・・・」

「良いから行け!」

ジュンは、横の椅子に置いてあったユキナのバックを

素早く取り上げると、男の一人に投げつける。

「ぐわ!」

男の一人がバックに潰される。ユキナのバックには鉄アレイが入っている為

想像よりも重たいバックに驚いたようだった。

ユキナとジュンにとって、その隙は絶好のチャンスだった。

が・・・

「残念だったな・・・」

「ジュンちゃん!」

出口に向かい走り出したジュンの目前に

白刃が突き出される。リーダー格の男だろうか・・・

背はジュンよりやや高め、がっちりした顔つきだが少し頬がこけている。

「くっ・・・」

リーダー格の男は、まったく無防備といっても良いジュンやユキナに対しても

先程から油断する事無く、かなりの殺気を放っている。

「貴様に怨みはない・・・が、これも任務だ。

悪いが、死んでもらおう・・・」

リーダー格の男が、ジュンに刃を振り下ろそうとしたその瞬間・・・

「貴様がな!!」

その言葉と共に店の扉が壊れ、木連の軍服を着た男が突っ込んできた。

まさに、電光石火のごとき突進力で、入り口とジュン達がいる場所まで間合いを詰める。

そして、鋭い斬撃でジュンの前にいた男の刀をはじき飛ばす。

「サイトウさん!」

「遅くなったな。」

サイトウは、ジュン達の方を振り向かずに言う。

「サイトウ・・・貴様か・・・」

「落ちぶれたものだな・・・イトウ中佐・・・

元木連特殊部隊参謀長だった貴様が、女の誘拐をするとはな・・・」

サイトウは、自身がもっとも得意とする平突きの構えを取る。

「ふん、ネルガルの”狗”に成り下がった貴様に言われたくないな。

それよりどうだ?また我等と一緒にやらんか?」

「お前らとつるむ気は無い。」

サイトウがそう言いはなつと、イトウと呼ばれた男は

ゆっくりと後ろに下がる。

「貴様・・・正義がどちらにあるのか解ってるのか!」

イトウの部下が叫ぶ。

サイトウは口元に冷笑を浮かべながら

「正義?フンッ・・・俺の正義は”昔”から変わらん・・・

悪・即・斬・・・ただ、それだけだ。

少なくとも、女を誘拐しようとする人間の、何処に正義があるのだ?」

サイトウの鋭い眼光が殺気を放つ。

「くっ・・・退くぞ!」

イトウは、そう言うと一目散に逃げ出した。

ジュンとユキナは、その場にへたり込んだ。

「助かったよ・・・」

「いや、俺の方こそ遅れてすまない・・・

月臣大佐もこちらに向かっている。」

サイトウは刀を納めると、ジュン達を助け起こす。

「それにしても、奴らは一体・・・」

「先程も言いましたが、木連の特殊部隊です。

奴らは、敵と戦ったことがありません。

むしろ、木連内部の不穏分子を始末する為に存在していたのです。」

ジュンは、陰鬱な気分に浸っていた。

この先、草壁の攻勢も本格化するだろう・・・

そんな中で、ユキナを守りきれるだろうか・・・

「ねぇ、どうして私を?」

ユキナは、すがるような目でジュンを見る。

ジュンは、困った顔をする。

「それは・・・その・・・」

「ジュンちゃん・・・お願い・・・何が起きているのか知りたいの!」

ジュンとサイトウは顔を見合わせる。

やがて、大きくため息をついてジュンが口を開く。

「落ち着いて聞いてくれ。白鳥大佐・・・つまり、君の兄さんが誘拐された。

誘拐したのは、草壁の一味だ。君にも危害が加わる恐れがあるので

月臣大佐とサイトウ中尉も一緒に護衛をしている。」

ユキナはびっくりした表情でジュンを見るが、

やがて視線を地面に落としコブシをプルプルと震えさせる。

「じゃぁ・・・じゃぁ何?ジュンちゃんが私と一緒にいるのは、任務のため?」

「い、いや・・・そういう訳じゃなくて・・・その・・・」

しどろもどろに言い訳をしようとするジュン。

「ジュンちゃんの・・・ばかぁ!!」

ユキナはそう叫ぶと、店を飛び出し走り去っていった。

「ユキナ!」

ジュンは慌てて後を追うが、現役女子高生で中距離部門での

インターハイ出場が内定しているユキナの足に

最近デスクワークばかりで、少し運動不足気味のジュンが

追いつけるわけがなく、ゼイゼイと息を弾ませる。

「いやはや・・・最近の女子高生は・・・人の話は最後まで聞くものでしょうに・・・」

ジュンと一緒に、ユキナを追いかけたサイトウがあきれたように言う。

こちらは、普段護衛などの肉体労働を行っているだけあって

息ひとつ切らしていない。

「あのなぁ・・・月臣大佐はどうしたんだ?」

「我々も足止めを受けてましたので・・・大佐は奴らを追っています。」

木連三羽烏とまで呼ばれ、優人部隊で艦長という職務を遂行していた彼らは

個々の戦闘能力のみならず、あらゆる面で他人より優れた能力を持っている。

「ふう・・・ユキナの機嫌は中々直らないぞ?」

「それは、中佐のご尽力しだいです。」

サイトウは、あさっての方を向きながら言う。

面倒ごとは御免だと言う意思表示らしい。

「それより、ユキナの護衛はどうなってるんだ?」

「私の部下がやっております。穏行術に優れてますから、

気づかれずに護衛できるでしょう。中佐の護衛は私が行います。」

「やれやれ・・・守ってるんだか、守られてるんだか・・・」

ジュンは肩をすくめて、やれやれと言った感じで呟く。

「それほど中佐の名前は重要だということですよ。

あなたは知らないかもしれませんが、火星の後継者達のテロ標的リストに

名前が載っている事をご存知でしたか?」

サイトウは懐からタバコを出し、口にくわえ火をつける。

「・・・そんな、たいした人物じゃないんだがな・・・」

自嘲気味の笑みを浮かべ、ジュンは言う。

本人は感じていないが、連合大学でユリカに次ぐ次席で卒業した秀才で、

ナデシコの副長を務め、現在は連合宇宙軍のエリート街道まっしぐらである。

火星の後継者達から見れば、ブラックリストに載ってもおかしいくない人物である。

もっとも、本人にとってはエリート意識など全くないので、迷惑な話ではある。

「ご謙遜を・・・それより、ナデシコが動くそうですね・・・

乗られるのですか?」

「ああ・・・テロの標的を一箇所に集めるのは得策では無いが

奴らをおびき出す餌にはなる。宇宙軍も奴らを一網打尽にするため準備を進めている。」

ジュンの顔は軍人の顔であった。サイトウは吸っていたタバコを

携帯用灰皿に放り込む。

「誘いに乗りますかね。」

「乗らなければ、余計な戦闘にならなくて済む。」

ジュンはそう言うと、宇宙軍本部ビルに向かい歩き出した。

サイトウも、その後に続く。空は、都会の光にさえぎられ、数えるほどしか星は無かった。

 

 

コンコン

ネルガル本社ビル、会長室の扉がノックされる。

「ああ、入って良いよ。」

会長室の主であるアカツキは、仕事の手を休める事無く言う。

ガチャリ・・・

中に入ってきたのは、アカツキが信用する人物、プロスペクターであった。

「お連れしました。」

「こんばんわ、アカツキさん。」

「久しぶりです。」

プロスが連れて来たのは、芸能界で活躍中のメグミ=レイナードと

テラサキ=サユリの二人であった。

「やぁ、二人とも久しぶりだね。とりあえず、座ってよ。」

アカツキは仕事を中断し、二人に部屋に備え付けられたソファーに座るよう進める。

「プロス君も、ご苦労だったね。」

忙しい二人のスケジュールを裏で色々手を回し、

この対談を実現させたプロスペクターにアカツキは礼を言う。

「いえいえ・・・ところで会長・・・お二人に話とは・・・」

「ああ、プロス君も無関係という訳では無いから君も座りたまえ。」

アカツキは、メグミとサユリが座ったソファーの反対側に座る。

「プロス君から聞いたと思うけど、3代目のナデシコを我々で運用する計画がある。」

アカツキの言葉に、メグミとサユリはうなずく。

「私達ならいつでも復帰できるわよ。」

サユリが自信満々の表情で言う。

「いや、今回は遠慮してもらおう。」

「どうしてですか!」

声優・歌手・司会者としてマルチな活躍をするメグミが

持ち前の発声量でアカツキを問い詰める。

「まぁ、落ち着いて・・・

メグミ君の代わりはプルセル君が務めるし

今回の作戦は短期決戦だから食堂運営も無い。」

アカツキの言葉に、メグミとサユリは言葉を詰まらせる。

「だが、君達にしか出来ない仕事がある。」

アカツキは、メグミとサユリを見る。

芸能界で活躍する彼女達は、一本芯が通ったような力強さを感じる。

「平和を願うのは、何も白鳥君だけじゃない。

地球にも、コロニーにも、月にも沢山居る。

だけど、その願いを届ける手段が現状では無いに等しい。そこで・・・」

「私達にメッセンジャーになれ・・・と。」

メグミは、瞬時にアカツキが言わんとする事を理解した。

そして、そのプロデュースをプロスペクターにさせようとしているのだと・・・

「でも、戦争になった方がネルガルは儲かるんじゃないの?」

サユリがアカツキに問いかける。

「手痛いねぇ・・・確かに、戦争になればネルガルは莫大な利益を得る。

だけどね、そんな事をしてたら怖いお兄さんが、僕を脅しに来るからねぇ。」

「怖いお兄さん?」

メグミは、ふとプロスを見る。

「この場合・・・私の事じゃ無いでしょうな。」

ネルガルの社員であるプロスペクターは、そういって首を振る。

「プロス君、この部屋にある監視カメラは・・・」

「現在、全て眠らせてあります。内緒の相談でしょうから、

警備部のサーバーにチョッと細工しておきました。」

プロスは悪びれず言う。アカツキが命令する前に

的確な処置を施してくれるプロスに感謝しつつアカツキが口をひらく。

「なら、遠慮なく話そう。コレはまだエリナ君にも打ち明けてない事だから

くれぐれも内密に頼むよ。」

メグミは、アカツキの表情が真剣であることに気が付く。

いつも、口元に冷笑を浮かべている彼が、身を乗り出して秘密を打ち明けようとしていた。

「実は・・・」

その後、ネルガル会長室では、メグミとサユリの涙が

そして、アカツキに対する、プロスペクターの物言わぬ抗議が続いていた。

 

 

 

宇宙では、ターミナルコロニーをめぐっての攻防が繰り広げられていた。

その中の一つ、ターミナルコロニー”サクヤ”では、統合軍が

持てる兵力のほとんどを裂いて、コロニー奪還に動き出していた。

”サクヤ”に今回の首謀者である草壁が訪れているらしい・・・”

この情報を統合軍情報部が幕僚達にもたらした時、

統合軍首脳陣は、狂喜したという。

確かに、サクヤには火星の後継者と称する反乱軍が

集結しており、情報の信憑性を高めていた。

そして、腑抜けと化した(と信じている)連合宇宙軍に知らせるまでもなく

自分達だけで、決着をつけ統合軍の優秀さをアピールできるだろうとの打算が働いた為だ。

もちろん、この情報はニセ情報であり、当の草壁本人は『X-18999 』から一歩も外を出ていない。

「持ちこたえろ!もう直ぐ援軍が来る!」

火星の後継者軍の司令官、原田大佐は部下を叱咤激励する。

”サクヤ”を中心に十重二十重に包囲する統合軍と

全力で防衛する火星の後継者軍・・・圧倒的な物量で

統合軍は優勢に立っていた。戦闘が始まって未だに持ちこたえているのは

ターミナルコロニー『サクヤ』を統合軍が無傷で手に入れようとして

無茶な攻撃が出来ない為、機動兵器によって一隻ずつ

戦艦に攻撃を加えていた為である。

もし、統合軍がターミナルコロニーの被害などお構いなしに

総攻撃を加えていたら、あるいは違った結果になっていたかもしれないだろう。

そして、統合軍の旗艦『しなの』では、楽勝ムードが漂っていた。

「艦長、先程”クシナダ”を落としました。」

副長が戦艦を撃沈した戦果を報告する。

明らかに優勢となっている状態なので、その口調もどこか余裕を感じさせる。

「そうか、これで敵の防衛網が薄くなるな。」

統合軍司令官の太田准将は、この瞬間勝利を確信した。

敵反乱軍の士気は依然として衰えては居ないが

圧倒的な物量を前に沈黙しつつある。

後もう一押しで、確実に戦線は崩壊するはずだ。

「右翼艦隊が敵防衛陣を突破しました!」

「よし、全軍に突入命令。」

太田准将の命令を実行に移そうとした瞬間・・・

艦全体が激しく揺れ、照明が非常用の赤い照明に切り替わる。

「機関部に被弾!手がつけられません!」

「どう言うことだ!」

太田准将は混乱した。そもそも、ディストーションフィールドを展開している限り

通常弾やグラビティブラストを受けても、こんなに被害が出る事は無い。

「ボース粒子反応!本艦のフィールド内に多数!」

「なんだと!」

次の瞬間、ブリッジは光に包まれる・・・

ブリッジにいた全員の意識は、その瞬間途絶えた。

それは、一瞬にして攻守が逆転した瞬間であった。

統合軍艦隊のフィールド内に、次々と現れる機動兵器により

あれほどの物量を誇った統合軍が、一瞬にして宇宙の藻屑と消え去った。

統合軍の損耗率は9割・・・おまけに、指揮系統まで寸断された統合軍宇宙艦隊は

その瞬間、瓦解したのであった。

 

 

 

 

火星極冠遺跡・・・火星の後継者達軍が集結している場所である。

臨時司令部では、戦局を見ていた将校達が感嘆のため息を漏らす。

『ぶい。』

ウィンドウに現れたヤマサキは、

満面の笑みと共にブイサインを作る。

「これは、成功と言って良いのかね?ヤマサキ君。」

『イメージ伝達率97%、大成功です。』

得意満面の顔でヤマサキは答える。

「だが、一体どうやったのだね?」

将校の一人、藤堂少将はウィンドウ越しにヤマサキを見る。

40代のがっちりした体格の男で、部下からの信頼厚く、評判も中々の男だ。

『はい、これを使いました。』

ヤマサキの手にあるのは・・・

核戦争後に現れた救世主の物語を描いたもの、

7つ集めればどんな願いも叶える事が出来る不思議な玉を描いたもの、

ある学園内の柔剣部と執行部の闘いを描いたもの、

平安の時代より無手で人を殺す修羅を描いたもの、

古代中国に迷い込んだ少年を描いたもの、

名物塾長のいる、ある塾の塾生達の闘いを描いたもの、

星座の聖衣を身にまとうものなどの漫画であった。

「格闘漫画?」

「どういうことだね?」

山崎は得意げに話し始めた。

『はい、従来のジャンプは我々のイメージする地点を

無理やり人間翻訳機であるスメラギを通して遺跡に伝えてましたが

これでは、スメラギの精神力が圧倒的に強く、ナビゲーターが

イメージ負けしてしまい、ジャンプが不安定になっていました。

しかし、今回はジャンパーのイメージに格闘漫画の熱い世界と

少年漫画の友情・努力・勝利をミックスして

スメラギの見ている夢に刷り込んでみたんです。

今頃、彼は愛する女を守るため、自身の為、強くなる為、ライバルと必死に戦っていますよ。』

ヤマサキは、ニヤリと笑う。

「しかし、よく格闘漫画のイメージを刷り込む事が出来たな。」

参謀の一人がヤマサキに質問する。

『はい、それに関してはクリムゾングループから

情報提供がありまして・・・これです。』

ヤマサキは、藤堂の前にウィンドウを展開させる。

そこには、クリムゾングループに雇われる時書いた

履歴書があり、特技の欄に『格闘漫画を読む事』と堂々と書かれており、

ヤマサキが付けたのであろうか、大きな赤丸で囲われていた。

「・・・普通書くかね?こんな事・・・」

絶句している火星の後継者幹部達・・・

『当時のクリムゾン・ジャパンに入社するという形をとったらしく

履歴書が必要だった用です。ですが、これで我々は

ボソンジャンプを手に入れたのです。』

「と、言うことは勝った・・・と言う事だな?」

藤堂少将は立ち上がりながら、腰の日本刀を抜く。

「諸君、これで地球人どもに我々の鉄槌を下すことができるぞ!

草壁閣下も、じきに合流するだろう。」

幕僚達は高揚感に包まれる。

この戦いが終われば、自分達は地球圏の支配者になることができる。

そんな思いを彼らは思っていた。それは、果てしない欲望の産物でもあったのだった。

 

 

 

 

統合軍宇宙艦隊が壊滅した翌日・・・

ネルガル本社ビルの会長室には、アカツキとエリナがいた。

エリナが定例報告を次々と行っていく。

アカツキは、資料を見ながらエリナの報告を聞いている。

「会長、ナデシコCの最終調整が間もなく完了します。」

「そうか、エリナ君・・・君にはナデシコへの乗り込みは許可しないからね。」

エリナが最後にナデシコ関連の報告を行うと、アカツキは静かに言う。

「どうしてですか?納得いきません!」

机をバン!!と叩き、エリナはアカツキに食って掛かる。

エリナとしては当然、ナデシコCに乗り込むつもりだったのだ。

「僕には、草壁の狙いが地球へのボソンジャンプによる直接攻撃だけでは無い・・・

そんな気がしてならないんだ。」

アカツキは、目の前にある報告書を見て言う。

つい先程、連合宇宙軍司令長官であるミスマル=コウイチロウと会談をしたが

その席で、コウイチロウはボソンジャンプを使用したピンポイントの襲撃で、

地球連合各所の主要設備を占拠する作戦が

火勢の後継者軍に取って、もっとも有効な戦術であろうと言っていた。

事実、統合軍に対して取った戦術は、ジャンプによる奇襲作戦であった。

それと同じ作戦を、今度は地球の中枢部に対して行うだろう、とコウイチロウは言った。

アカツキも、それと同じ考えをしていたし、少ない人数で目標を速やかに制圧できる利点が敵にはある。

だが、アカツキは『X−18999』の存在が大きくのしかかっていた。

草壁が、あのコロニーを放っておくだろうか?自分なら・・・

最悪のケースを想定して、寒気を覚えた。

そして、あのコロニーに向かっているだろう人物に

全てを託すしかないと考えると、自分に出来る事を実行する事にした。

「エリナ君、地球連合総会を予定通り行ってほしい・・・と、議長に要望してきてもらえないかな?」

「良いですけど・・・総会出席者を一同に集めるんですか?」

「ああ、これはフェイクだ。議員の中にも、クリムゾンの息がかかった者もいるだろう。

その連中をあぶり出す意味もある。もっとも、他の議員連中には、

少し怖い思いをしてもらうことになるがね。」

「解りました。クリムゾンと関係の深い人物リストはこちらです。

プロスペクターが調査したもので、裏づけは既に済んでいます。」

エリナはアカツキに持っていた資料を差し出す。

「エリナ君、君をナデシコに派遣しないのは、こういった仕事が出来る人材が

君の他に居ないからだよ。」

アカツキの言葉にエリナは感銘する。

確かに、エリナがナデシコに乗り込んだとしても、出来る事は知れているだろう。

かつての自分は副操舵士であった。しかし、今回の作戦は前回ほど長くならないだろう。

操舵士もミナトがいるのだから、自分の出る幕は無い。

だが、こちらの仕事は政治・経済に対して総合的な判断が必要となる為

アカツキ以外では、エリナにしか出来ないであろう。

そして、それはアカツキがエリナを、ビジネスパートナーとして信頼している証拠でもある。

「では、この資料を公表するタイミングは・・・」

「君に任せるよ。ああ、それと地下のB−8倉庫に行って、中にあるモノに

補給と整備をしておくように。ウリバタケ君は月へは行かず、

こちらを手伝ってもらうことになってるから、彼と話をするように。」

エリナは、アカツキの突然ともいえる言葉に狼狽した。

「B−8倉庫?あそこは何もないはずですけど・・・」

記憶を総動員してネルガル本社ビルの中を思い出すが

地下300mにあるB−8倉庫は、現在使用されていないはずだった。

「行けばわかるよ。これが、中にあるモノの資料とB-8倉庫のカードキーだ。」

アカツキは、机の中から封筒を取り出す。

封筒の中身をエリナは見るうちに、エリナの顔は驚きと戸惑いが同居したようになる。

「・・・こんな・・・いったい・・・誰がこんなモノを扱うというんですか・・・」

エリナは搾り出すような声でアカツキに尋ねる。

「今は、まだ話せない。全てが終わったら詳しく話す。」

アカツキは短く言う。エリナは、それ以上は聞かなかった。

こんな時のアカツキは、詳しく話そうとしない。

それは、長年の付き合いで分かっていた。

「ああ、それから僕は暫く病気療養としてくれ。」

「・・・どうされるのです?」

「月臣君には、ボソンジャンプで奇襲攻撃をして来た敵に対処してもらう。

僕は、サツキミドリ1号に向かう。」

エリナは、記憶を総動員してサツキミドリ1号を思い浮かべる。

サツキミドリ1号は廃棄された資源衛星で、現在は連合宇宙軍がある物を貯蔵している施設である。

「・・・まさか・・・彼らは・・・」

「エリナ君、この事は他言無用だよ。僕一人で何が出来るわけじゃないけれど

出来る限りの事はしてみるつもりだ。」

アカツキはそう言うと総務課に電話をかける。

「ああ、僕だ・・・そうか、用意できたか・・・じゃぁ、すぐに行くよ。」

ガチャリと電話を切ると、エリナに後の事を任せて退社する。

「さて・・・後は最悪の事態にならなければ良いんだが・・・

彼らに、全てを託すしかないのか・・・」

社用車に乗り込みながら、アカツキはつぶやく。

想いをはせるのは、遠い宇宙にいる頼れる仲間の顔であった。

そして、運転手に行き先を告げ、しばらくすると深い眠りに付くのであった。

今回も、皆が無事で帰れることを願って・・・

 

 

 

 

連合宇宙軍の石崎大佐が率いる戦艦『ゆうがお』を旗艦とする

第5パトロール中隊は『X−18999』の哨戒エリアまで進出していた。

「ココまでは・・・順調ですな・・・」

石崎の副官である小島中佐が言う。

今までのところ、敵の攻撃は無く順調にL−3宙域に入り

目的地である『X−18999』まで近づく事が出来たのだ。

もっとも、敵が総力をあげて自分達を攻撃してくれば

一瞬で宇宙の藻屑と消えるだろうが

現在、統合軍がターミナルコロニー『サクヤ』を奪還すべく

総力戦をあげているはずだから、こちらに注意が向かないであろうと考えていた。

「それにしても、出撃前にネルガルから搬入されたモノは一体なんですか?」

出撃前、石崎達はネルガルからコンテナを受け取っていた。

大きさは丁度エステバリスが一機入る程度のものであった。

「俺にも解らん。新型のエステバリス・・・らしいのだがコンテナのロックが厳重でな・・・

未だにコンテナの中身が何かわからんのだ。」

石崎がネルガルから受けた依頼は、『X-18999』付近まで

コンテナをもって行ってほしいとの事だった。

中身については企業秘密で押し切られのだった。

整備員達に中身の確認を頼んだのだが、熱反応からX線まで

ありとあらゆる検査を試みたが、総重量とコンテナ寸法が分かるくらいで

X線や熱反応は、コンテナ外壁に阻まれて結局分からなかったのである。

「薄っ気味悪いですね。」

小島は依頼の内容や、コンテナの出す雰囲気に気味悪さを感じていた。

「まぁ、アノ企業は戦争やってたときから、

あんな感じだったようだからしょうがないさ。

それより、警戒を怠るな。」

石崎が小島をはじめとする部下に命令する。

「コロニーより機動兵器発進!」

オペレーターが報告する。

「戦闘態勢に移行!通信回線・・・無駄とは思うが一応開いてくれ。」

石崎は通信士に命令する。

「は、はい!こちら、連合宇宙軍第5パトロール中隊。

貴官らの所属を明らかにせよ!」

「機動兵器、準備急げ!」

「ディストーションフィールド出力チェック!」

「艦内、戦闘態勢整いました!」

「奴らの様子は!」

「こちらに近づきつつあります。」

『ゆうがお』のブリッジは喧騒に包まれる。

「奴らのほうが数が多い!まともにやり合ったら、こちらが不利だ!

各自、防衛に心がけろ!」

石崎が命令する。

「敵機動兵器、ミサイル発射!

到達まで後20秒!」

「A・M・M(アンチ・ミサイル・ミサイル)射出!

エステバリス隊の発進を援護しろ!!」

石崎の命令で各艦からエステバリス隊が発進をはじめた。

コロニーから発進した機動兵器は、明らかに敵対行動をとってきた。

宇宙連合軍の名前を出した途端、攻撃を仕掛けてきたのだから間違いない。

だが、石崎はこの状況は予想していなかった。

敵対行動を取るにしろ、攻撃は散発的なものになるだろうと

ある程度楽観していたのだ。だが、敵は何かを守ろうと必死になっているようだ。

まるで、ココが自分達の拠点だと言わんばかりである。

ズズン・・・

艦内が大きく揺れる。

「フィールド出力低下!」

「エステバリス隊、損耗率78%!」

「艦長!これ以上は!!」

ブリッジの中は悲壮感であふれかえっていた。

戦闘開始からわずか3分でこの有様だ・・・

敵側の圧倒的戦力に対し、あまりに無力であった。

「艦長!艦内システムに異常発生!ハッキングを受けています!」

オペレーターの一人が異常を報告する。

「何!敵の新兵器か!?」

「い、いえ・・・ハッキング元は艦内・・・格納庫・・・ネルガルのコンテナからです!」

「ハッキングを食い止められるか?」

小島は冷静に言う。

「ダメです!艦内システム・・・え?」

「どうした?報告は正確に行ってくれ。」

オペレーターは呆気にとられていた。

艦内システムが、猛烈な勢いでハッキングを受けたかと思うと

突然、正常に戻ったのだ。

「艦長!第1発進ゲート勝手に開いてます!」

「ネルガルのコンテナはどうなった!」

「コンテナ・・・射出体制に入ってます!」

ブリッジは訳が分からなくなっていた。

突然の艦内システム乗っ取り・・・そして、コンテナの射出・・・

確かに、エステバリスの発進などはオートで行われる部分が多いので

コンテナ一つくらいなら、重力カタパルトに載せて射出は可能だろうが

一体、誰がこんなことをしてるのか不思議だった。

コンテナは敵機動兵器に真っ直ぐ向かっていた。

「こ・・・これは・・・」

石崎がおどろいていると、コンテナの外壁が吹き飛んだ。

そして、中から現れたのは漆黒の機動兵器だった。

「なんだ?一体・・・あれは・・・」

「センサー切り替え!熱紋照合!」

小島は漆黒の機動兵器が何者なのか確かめようとした、が・・・

「ダメです!あの機動兵器に関して調べることが出来ません!」

「ハッキングの影響か?」

オペレーターは泣きそうになっていた。

他のシステムは正常に動き、同じように敵の機動兵器を調べると

簡単に熱紋照合が出来るのだが、漆黒の機動兵器について

調べようとするとコンピューターが拒否するのである。

こんな事は初めての経験であった。

「機動兵器から通信!」

「こちらにまわせ!」

石崎が即座に言う。やがて、ウインドウが石崎の前に現れるが

音声のみを伝える『SOUND ONLY』の表示だけだった。

『これより俺達はコロニーに突入する。

あなた方は逃げてくれ!』

通信から流れてきたのは若い男らしい声だった。

「まってくれ!君は一体・・・」

石崎が慌てて訪ねる。

『・・・ダークネス・・・』

暗い、底冷えのするような声がすると同時に

通信が切れ、その旨を通信士が報告する。

「・・・ダークネス・・・だと?」

石崎は一瞬考える。漆黒の機動兵器、若い男の声

そして俺達と言ったからには少なくとも二人以上・・・

そして、コンピューターの異常・・・

「・・・まさか・・・だが、それなら・・・」

漆黒の機動兵器は一気に加速すると、敵のど真ん中に突っ込んでいく。

当然、敵も反撃するのだが信じられない機動力で避け、あるいは

機動兵器のフィールドで攻撃を防いでいた。

その様子は、石崎の頭にある結論を導き出すのに充分だった。

そして、絶望的な戦いから一転して、全員助かるかもしれないと言う

希望が突然見えてきた瞬間であった。

「艦長、どうしたのです?」

今まで絶望的な表情をしていた石崎が、急に明るくなったのを見た小島が言う。

「エステバリス隊収容急げ!エステバリス隊の収容後

全艦ありったけのミサイルを射出した後、急速反転!

この宙域を離脱するぞ!」

「は、はい!ミサイル全弾発射!」

「エステバリス隊に帰還命令!急げ!」

石崎率いるパトロール中隊はミサイルを全弾射出すると同時に

全速で『X-18999』より離脱するのであった。

突然の出来事に混乱するブリッジをよそに、

「後は任せます・・・ダークネス・・・いや・・・」

石崎は、まだ戦闘が続いている『X-18999』の映像を見ながら

感慨にふけるのであった。

 

 

 

 

 

一方『X-18999』の宙域に展開していたコロニー艦隊は大混乱であった。

地球に対して反抗の狼煙を上げるため

連合宇宙軍のパトロール隊を殲滅するはずであったが

漆黒の機動兵器が現れてからは、一気に醜態をさらすようになったのだ。

突撃してきた漆黒の機動兵器は一気に防衛線を突破すると

コロニー艦隊に肉薄してきた。

当然、コロニー艦隊は応戦するが

漆黒の機動兵器は信じられない機動性を誇っていた。

艦隊の攻撃はかすりもしない。しかも、信じられないことに

単独で戦艦のフィールド内へボソンジャンプしてきたのである。

そして、漆黒の機動兵器からワイヤーが射出されると

戦艦のシステムにウィルスを注入されてしまった。

そのウィルスは強力を通り越していた。

オペレーター達が必死に食い止めようとしたのだが

ありとあらゆる防壁が突破され、成す術もなく艦内システムが乗っ取られたのである。

そして、そのウィルスは通信を通して艦隊にあっという間に伝わり

コロニー艦隊は沈黙したのである。

そして、漆黒の機動兵器は悠々と『X-18999』へと突入するのであった。

そのコックピットでは・・・

『アンスラサクス』発動確認・・・これで彼らは5時間、無力化されます。

さすが、私の妹が作っただけありますね・・・」

長い銀髪をツインテールにした少女が言う。

その全身は、IFSを使用したときに起こる

ナノマシンの発光現象で美しく光っていた。

「ル・・・フェアリー、艦内システムはどの程度無力化したんだ?」

フェアリーと呼ばれた少女は後ろのを振り向く。

少女の後ろには黒髪をツンツンにした青年が座っていた。

通常、エステバリスに限らず機動兵器は一人乗りであるが

漆黒の機動兵器内は、ちゃんと二人乗り用に改造されているようだ。

そして、二人とも漆黒のマントに黒いバイザーで、目元が見えなくなっている。

こんな格好で街中を歩けば、間違いなく警察官に職務質問されるだろう。

「生活に必要なシステムは生きてます。

私達の事は、記録から削除しました。

少しは時間が稼げるはずです。

それと、機動兵器は自動的に母艦に帰還した後

全システムをダウンさせますから安心してください、ア・・・んっん・・ダークネス。」

少女と青年は、お互いの本名を思わず言いそうになったが

慌ててコードネームで呼び合っている。

「なぁ・・・別に今は名前で呼び合っても良いんじゃないのか?」

ダークネスと呼ばれた青年は疑問を口にする。

「ダメですよ!これからコロニーに突入してお互いコードネームを

使うんですから、今から慣れておかないと!」

フェアリーと呼ばれた少女が力説する。

この作戦を考えたのは、フェアリーである。

ダークネスは、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「・・・ひょっとして、楽しんでないか?」

確かに、ここまでの間コンテナの中で

フェアリーはダークネスに思いっきり甘えていたのを思い出したからだ。

「バレました?それより、コロニーに突入します。

作業用ハッチは・・・あそこです。」

フェアリーは、あっさり白状しぺロッと舌を出す。そして、すぐ本来の目的に戻る。

コロニー潜入・・・そして・・・救出作戦の実行・・・

「わかった。フェアリー、パスワード解析・・・」

「はい。」

少女は、コンソールを操作し、作業用ハッチを開放していく。

当然、こんなやり取りがあったなどコロニー艦隊は夢にも思ってなかった。

なぜなら、ウィルスは重力制御システムに侵食したため

艦内は大混乱となっていたためである。

ブリッジの重力制御は上下さかさま、格納庫は無重力状態

廊下は無重力ブロックがあったかと思うと

5Gにまで加重されてるブロックまで存在していた。

唯一無事だったのは、食堂や展望台と言った

戦闘には、まったく関係の無い施設に集中したため

サジを投げた乗組員はこれらの施設に集合するのであった。

 

 

 

 

『KEEP OUT』

そう書かれた黄色いテープが、厳重に張り巡らされている。

ネルガル月ドックで、カズマ達にあてがわれた控え室だ。

控え室と言っても、生活に必要なものは全て揃っている。

チョッとしたワンルームマンションといったところであろうか。

「なんや、このテープは・・・」

「そうね、誰かのいたずらかしら?」

部屋に入ろうとしたカズマとアヤが、首をかしげながら言う。

「何か事件でもあったのでしょうか?」

二人の後ろからプルセルが声をかける。

「何?どうしたの?」

「立ち入り禁止?」

プルセルの隣でふざけあっていたラピスとユウタも

何事かと首を突っ込む。

テープの中にはアルギュロスの制服を着たコースケが

仰々しい機械を使い部屋の中を調べていた。

「なんや、コースケかいな・・・どないしたんや?」

「カズマか、何者かがこの部屋に侵入した形跡がある。」

せわしなく動きながらコースケが神妙な面持ちで言う。

「何でそんな事が言えるの?」

「扉に挟んでいた俺の髪の毛が床に落ちていた。

君達に確認するが、この部屋から出て今まで帰ってきてないな?」

「ええ・・・でも誰か立ち寄ったのなら、監視カメラの映像で確認できないの?」

プルセルの一言で、コースケの動きが止まる。

「なんや・・・まさか、そないな事思わへんかったっちゅう事かいな?」

「・・・・・・・・肯定だ。その事は失念していた。

すぐ、本部に問い合わせる。」

「その必要ないよ。」

ラピスが皆の前にウィンドウを展開し、監視システムにアクセスした映像を映し出す。

確かに、ラピス達が部屋を出る時、コースケがドアに髪の毛を挟んでいる。

「この後ね。」

映像が早送りで映し出される。やがて、一人の男が

部屋の中に浸入しているのが解った。手には一輪の薔薇と、封筒らしきものが握られていた。

やがて、男はプルセルが何時も使用している机の引き出しに薔薇と封筒を入れるのだった。

「こ・・・これは・・・」

「へぇ、プルもやるじゃない。」

「そんな事言わないで下さいよ。」

驚きの表情を浮かべるコースケをよそに、アヤはプルセルの肩をつつき

プルセルは真っ赤な顔をする。

「っちゅう事は、問題あらへんやん。」

「いや、安心するのはまだ早い。

手紙の中に猛毒の細菌を仕込む事だってできる。」

コースケは、男があけた引き出しを調べ始めた。

「いや、だからね・・・」

「それに、男が引き出しにプラスチック爆弾を仕掛けていないとは限らん。

はっ!まさか薔薇の形をとっているのかも・・・」

コースケの調査対象はプルセルの机に集中する。

「そんな手の込んだ爆弾を作るテロリストっているのかしら?」

肝心のプルセルはあきれたようにコースケを見ている。

「・・・ココはやはり・・・」

ゴソゴソとコースケは机の周りに何かを取り付け始める。

「なんや、何つけてるんや?」

コースケはジェラルミンの盾を構え、身をかがめる。

「全員、耳と目を塞ぎ口をあけろ!」

何の事か分からない皆を他所に、コースケが手に持ったスイッチを押す。

ちゅど〜ん!!

オレンジ色の閃光と、激しい爆発の衝撃が全員を襲う。

やがて、煙が晴れると満足そうにコースケがうなずいていた。

「うむ。脅威は去った。安心して部屋を使いたまえ。」

「あほかぁぁぁっ!!」

すぱぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

爆発音を聞いて駆けつけたカレンのハリセンが

コースケの頭をクリティカルヒットした。

「毎度、毎度・・・あれだけ爆弾はダメだって言ってるでしょう!」

「む・・・しかし不審物を処理するのは爆破が一番の対処法であって・・・」

「いぃぃぃやかましいぃぃぃぃ!」

ボコォォォォ!!

今度はカレンのコークスクリューパンチがコースケの腹を直撃する。

「げふぅ・・・」

さすがのコースケも、うめき声を上げたかと思うと、ピクピクと痙攣し始めた。

「けほっ・・・けほっ・・・」

「ゴメンナサイ、大丈夫?」

カレンは、復活し始めたアヤ達を助け起こす。

「一体、何があったっていうの?

まぁ、どうせコースケが核爆発級の勘違いをした結果なんだろうけど。」

「それが・・・誰かが手紙をプルの机に入れたんだけど、それを・・・」

「机ごと爆破したと。」

カレンはコースケをギロリと睨む。

コースケはダメージが抜けていないらしく、まだ痙攣している。

「ところで、その手紙って何だったの?」

「それがね・・・」

「あ〜っ!アヤ言わないでぇ。」

プルセルの顔が一瞬で真っ赤になる。

「ラブレターらしいのよ。」

「ま、あの男の雰囲気から見て、間違いないわな。」

アヤとカズマはプルセルをはやし立てる。

「手紙?これの事か?」

コースケの手には、爆破されたはずの手紙があった。

カレンはダッシュで手紙を奪うと、中身を見た。

「どれどれ・・・

『あなた・・・・・・・・・・薔薇・・・・・・・・見・・・・・・。

・・・・・・・・・眠・・ない・・・・・・・。

・・・・う・・・・・手紙・・・・届くこと・・・・・・・・』

焦げてて解らないわね。」

コースケがカレンから手紙を渡される。

「ふむ・・・おそらく文面はこうだ。

『あなたを殺す予告として薔薇を送ったが、見ただろうか。

これから眠れない日々を送ることになり、精神的に疲労していくだろう。

優秀な護衛を雇おうが、この手紙が届くたびに一人殺していくぞ。』

ふむ・・・やはり殺人予告だな。」

得意満面の顔でコースケは言う。

「バカね、字数が違うじゃない。

それに、この紙かなり上等な物だし、

暗殺者がこんな達筆な訳ないでしょう?」

カレンがコースケをたしなめる。

確かに、手紙に書かれた文字には品を感じさせる。

「そうね、字ってその人を表すって言うくらいだものね。」

アヤはそう言いながらカズマを見る。

「そこでワイを見るんやない。」

「べっつに〜」

カズマにジト目で見られたアヤはフフッっと微笑む。

「って言うより、人の手紙を勝手に読まないでくださ〜い!」

プルセルは真っ赤な顔のまま抗議する。

「プル、何で照れてるのかな?」

「ラピ姉、プルの年を考えてよ。

もうとっくに『てきれーき』なんだよ。」

「そっか、『くりすますけーき』ね。」

ラピスとユウタの言葉は、つい先日26歳の誕生日を迎えた

プルセルの心にグサリと突き刺さる。

ラァ〜ピィ〜スゥ〜ユゥ〜ウゥ〜タァ〜・・・今、何て言ったのぉ〜」

プルセルの目が吊り上り、すさまじいまでのプレッシャーを発している。

「て、『てきれーき』はカズマに聞いたんだよ。」

「そうそう、『くりすますけーき』はアヤが言ってたんだよ。」

ラピスとユウタは、とっさにカズマ達を売る。

プルセルは、グルリとカズマ達に向き直る。

「あぁ!ずるいで二人とも!」

「そうよ、私たちはそんな風に育てた覚えは無いわ!」

「僕達だって命は惜しいよ!」

「そうよ、私達はカズマやアヤみたいに、頑丈に出来てないんだから!」

「大体、適齢期なんてアヤも同じようなもんやないけ!」

「何ですって!私はプルより若いわよ!

カズマこそ、メイファンとはどうなってるのよ!」

「ワ・・・ワイの事はどうでもええやろ!」

少し顔を赤らめるカズマ。

カズマは香港マフィアの一人娘、メイファンから

一方的に好意を寄せられていた。

だが、その方法は少々・・・いや、かなり過激であった。

ある時は、弁当のおかずにしびれ薬を盛られ

体が動かなくなった所を、襲われそうになったり・・・

(この時は、アヤとミサキによって未遂に終わった)

学校の保健室で昼寝(サボり)をしていたら、

クロロフォルムを嗅がされ、ダンボールに詰められ

航空便で香港に空輸されたり・・・

(隙を見て逃げ出し、日本人学校に駆け込んだ某国の

亡命人にまぎれて日本に帰った)

挙句の果てには、押しかけ女房よろしく

カズマの自宅に寝泊りした事もあった。

(朝、カズマが目覚めると全裸のメイファンが横で寝ており

それを見たアヤとプルセルにドツキまわされ、

九九の4の段が記憶からすっぽり抜け落ちた。)

本人は、かなり・・・いや、どこぞのモデルかと思う程の美人に迫られ

悪い気はしないものの、その過激な迫られ方では、どうしても一歩引いてしまうのであった。

「あ、やっぱりカズマって、そうだったんだ。」

「カズマやっるぅ〜」

ユウタとラピスが、カズマをはやし立てる。

「だぁ!ワイの事より、アヤかてこの前の男とはどないなっとるんや!」

「何のことよ?」

アヤは、頭にハテナマークを浮かべながら言う。

「知っとるんやで、こないだ男と映画館に入って行ったやろ。」

その言葉で、ようやく思い出せた。

古い映画館で、20世紀のオールドムービーを上映しており

クロサワ映画を満喫した時の事だ。

「ああ、あの時の・・・って、あんた人の後つけてたの!」

「カズマは、アヤの事が心配なんだって出かけたよ。」

ラピスが言う。この時、カズマはストリートファイト仲間から連絡を受け

すぐさま、アヤの後を追いかけに行ったのである。

「あ・・・そ、そんなんちゃうわい、し・・・心配になったんは相手の男や。」

「ちょっと、それどういう意味よ・・・」

「はん、ワイは相手の男がアヤに抱きしめられたら、背骨折れるんちゃうか思うてな・・・」

「なんですってぇ〜!」

もはや、プルセルの存在をすっかり忘れて

罵り合いから脱線をして、お互いの秘密を暴露し続ける4人。

誰か一人でも、プルセルの様子に気づいていたら・・・いや、カレンとコースケは

プルセルの発する、どす黒い瘴気に気づいていたが、

プレッシャーに押され、一歩も動けずにいた。

「・・・そう・・・もう良いのね・・・」

「プル?」

尋常な雰囲気・・・いや、この場合黒い炎が立ち込めているプルセルに、

4人の中で一番最初に気がついたアヤが、怪訝な顔つきで訪ねる。

その尋常ならざる雰囲気に、ようやく気がついた他の3人も

先ほどまで続けていた言い合いを止める。

「・・・もう、この世に未練は無いようね!」

プルセルの目が一瞬光ったかと思うと、カレンが持っていたハリセンを

一瞬で奪うと、カズマ達に襲い掛かった。

「キシャー!!」

そして・・・その日行われたプルの『お仕置き』は・・・

カズマ達の間では『黒歴史』と呼ばれ、永遠に封印される事となった・・・


 

―ようやく、彼と彼女を出すことが出来たけど・・・出番アレだけだと怒るかなぁ・・・

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

冒頭に出てきた狙撃手ですけど・・・・うーん。

あの「偽りの平和」というのは言ってる方が極めつけに異常(或いはお馬鹿)な人間だったからこそ出るセリフで、

通常の感性を持った、一般の兵士に言わせるセリフじゃあないんじゃないかなと。

まぁ、「兵士として死ねる」なんてセリフが素で出てくるあたり、十分異常っちゃあ異常ですが(爆)。

別に異常なのはいいと思うんですよ。

ただ、それをごく普通のこととして描写されると引くんですよね。