「テンカワ君達は無事作戦を成功させたそうだね。」

ネルガルの会長室でエリナに問いただす。

「はい、これにより社長派の勢いもなくなっていくでしょう。」

エリナは現在の状況をまとめた資料をアカツキに差し出す。

アカツキは資料を読みながら

「ん?この女性を助けたというのは・・・」

「彼女は1週間前に社長秘書を辞任しているとの旨を社長本人から伺いました。」

アカツキは少し険しい顔をして

「ふん、尻尾を切ったか・・・エリナ君、彼女とは同期だったよね。」

「はい、おっしゃる通りですが・・・」

アカツキはフフンと少し鼻で笑うとエリナに

「彼女をテンカワ君達のいる事務所に派遣しよう。」

「彼女が納得するでしょうか?」

「会長命令だと伝えてくれれば良い。」

「わかりました。ではそのように手配します。」

「ああ、そうしてくれ。」

そう言うとアカツキは会長室から出ようとするがエリナに呼び止められる。

「何だい?まだ何かあるのかい?」

「会長、まだ仕事が残っています。」

アカツキはげんなりした顔で

「代わりにやっておいてくれ・・・と言うわけにはいかないんだろうね・・・」

観念した顔で会長席に座りなおす。

「これが今日中に決済しておかなければならない書類です。」

「ゲッ!こんなにあるのかい?」

「ええ。」

―これ本当に全部やるの?

机の上には山のように積み上げられた書類があった。

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ Re Try 外伝2 『祭り』の前

 

 

 

 

 

 

 

「ヒマやな・・・」

「ああ、ヒマだな・・・」

「ヒマね・・・」

ラピスを救出してから3週間・・・

最初のうちは引越しだラピスの戸籍偽造だ

ラピスの転入届だとアキト達は忙しい日々が続いていたのだが

それらが一段落すると当面の仕事も無くアキト、カズマ、アヤの三人はヒマを持て余していた。

アカツキが聞いたらさぞうらやましがるであろう。

ラピスはアカツキの手配した学校に現在は通っているため

それなりに充実した日々を送っているみたいだ。

最初のうちはアキト以外に懐こうとしなかったラピスであったが

アヤやカズマと仲良くなり、学校でもどうやら友達も出来たみたいだ。

元々ラピスは明るい性格でもあったみたいだ。

その事はアキトを喜ばせたものだった。

しかし、アキト達はヒマであった。

「だぁぁぁ!こんなんやったら死んだほうがましや!

何や刺激が欲しい!」

カズマが子供のように駄々をこねる。

「暑苦しいわね、仕事が無いんだからしょうがないでしょう?」

アヤがうんざりしたような顔でカズマを見る。

「せやかて一週間やぞ!なぁんも仕事があらへんっちゅうんはどない事やねん。」

「いつもの事じゃない。それより、本当に仕事が無いのかしら。」

「メールボックスにも掲示板にも仕事の依頼は無い。

ちなみに現在この事務所の賃貸料金が3ヶ月未納になっているのだが・・・」

アキトが事務所に備え付けられている端末を操作しながら呟く。

「え?この前の仕事でアカツキ君から依頼料が・・・」

カズマがそうっと部屋を出て行こうとする。

アヤは一足飛びでカズマの前に立ち愛用の日本刀をすらりと抜く。

「カズマ・・・あんた・・・」

「し、しゃあないやろ!ワイにも付き合いっちゅうんがあるんや!」

「このままだとこの事務所を引き払わなければならない・・・

それはわかるわね。」

アヤの顔は笑顔であったが目が全然笑っていない事にアキトは気が付いた。

―まるでルリが怒っている時みたいだ・・・

そう思わずに入られなかった。

「か、堪忍や・・・仕事かて今に来るって・・・」

「覚悟は良いわね・・・」

アヤが日本刀を上段に構える。アヤからの殺気がどんどんふくらみ爆発する寸前、

事務所に備え付けられている電話が鳴った。

 

 

「はぁい、K・K探偵事務所ですぅ。」

電話を取ったアヤのいきなり豹変した口調に思わずズッコケるアキトであった。

ちなみにカズマの懐古趣味もあってか

電話は20世紀後半に事務所などで使われていた

システム電話を使用している。

「はい、お待ちしておりますぅ。」

ガチャリと受話器を置くとアヤは

「ほら、仕事よ。しゃんとしなさい。」

てきぱきと部屋を片付けていくアヤを呆然としながらアキトは見ていた。

「アキト、いつもの事や・・・慣れれば何ともあらへん。」

カズマが達観した表情で言う。

「そ、そうか・・・」

それから少し経って依頼人らしい金髪の女性が姿を現した。

「こんにちわ、プルセル=キンケードです。

あの時はありがとうございました。」

「君はあの時の・・・」

アキトはラピス救出作戦のときに肩を撃たれた女性が彼女であると認識した。

「おぉ、あん時肩撃たれとった姉ちゃんか。」

「もう良いの?」

「はい、何とか。」

その言葉を肯定するようにまだ彼女の腕は三角巾でつられている。

暫くお互いを紹介しあったのち、プルセルから依頼の内容を聞く。

「実は依頼と言うのはネルガル社長の身辺調査をお願いしたいのです。」

「ネルガル社長って・・・もしかしてこの前の件で?」

「はい、スズキ社長は私を解雇していました。

もちろん、私から辞職したと言う形を取っているみたいですが・・・」

アキトはアヤの入れた紅茶を飲みながら

「・・・蜥蜴の尻尾切りか・・・よくある話だ。」

「ええ、私も最初はそう思っていました。

でも何かおかしいんです。

あの研究所はクリムゾングループに乗っ取られていた・・・

でも何時から乗っ取られていたのかがわからないのです。

研究所の職員は現在意識不明ですから事情がわかりません。」

アキトとカズマは顔を見合わせる。

二人の攻撃を受けたのだから命が助かっただけでもマシ・・・

そう思っていたのだが証拠をつかむためには意識が戻らなければならない・・・

「研究所の職員達はネルガルの病院で治療を受けていますから

意識が戻ればシークレットサービスによる尋問が待っている筈です。」

「そんで?姉ちゃんはどう思っとるんや?」

「はい、ネルガルの社長はすでにクリムゾングループと通じている・・・

それが一番可能性として高いのです。」

「どうしてアカツキ君に言わないの?」

「・・・アヤさん、私はネルガルに入って社長秘書という仕事を手に入れた。

そしてスズキ社長と共に色々な仕事をしてきた。

でもそのスズキ社長に裏切られた・・・

所詮会社のトップなんてこんなものだと思ったら会長に相談出来る?」

「そうね、出来ないわね。」

「それにネルガルをクビになった私が頼れるのはあなた達だけです。

もちろん報酬はお支払いします。今までの蓄えがありますから。」

「スズキ社長を告発するのか?」

「わかりません・・・でも、このまま泣き寝入りはしたくありません。」

プルセルはそう言うと俯いてしまった。

暫く沈黙があたりを支配する。

「・・・これはラピスの手助けがいるから報酬は4人分だぞ。」

アキトがプルセルに言う。

パッとプルセルはアキトを見る。

「ありがとう・・・ございます。」

「何、お互いの利害が一致しただけさ。

俺もネルガルの社長はこのまま許しておくつもりはないからな。」

アキトは両親をネルガルによって殺されている。

その時命令を下したのはアカツキの父親だったかもしれない。

だがテンカワ夫妻を殺すという事を提案したのは

当時統合研究室長であった現社長のスズキである事が最近のラピスの調査で明らかになった。

アキトにとって今更復讐など考えてはいないのだが

サツキミドリの件や今のプルセルからの依頼の事もあり協力する気になった。

そして、ラピス救出後にラピスはルリからの依頼でもある社長派のありとあらゆるデータを集めていた。

「だから大船に乗ったつもりでいてよ。」

アキトはプルセルに笑顔を向ける。

プルセルは赤い顔をして

「よろしくお願いします。」

と答えた。

せやからその笑顔は反則やっちゅうねん・・・

また女を落としやがった・・・エリナの姉ちゃんに続いて二人目・・・

いや、ラピスも合わせたら三人目か・・・

カズマはチラリとアヤを見る。

―そういやアヤの奴はアキトに興味ないような感じやけど・・・

女心は解らへんからな・・・

「よっしゃ、久々の依頼や。今晩はパァッといこか!」

「カズマ・・・あんたアルツハイマーにでもなったの?

そんなお金あるわけ無いでしょう。」

「う・・・そんなんアキトのツケでなんとでも・・・な・・・る・・・」

「ほほう?」

アキトの視線がカズマを射抜く。カズマは絶体絶命のピンチを迎えていた。

片や仙術気功闘法『神威の拳』の使い手でもあり、

自分より数段上の実力を持っているアキトと

片や戦国時代から脈々と受け継がれてきている『飛天流』剣術の使い手でもあるアヤ・・・

しかも一旦『スイッチ』が入ると手足の一本や二本は覚悟しなくてはならない・・・

その二人を怒らせたのだ・・・

―くっ・・・絶体絶命のピンチっちゅうんはこの事を言うんやな・・・

まだスナック”ドーベルマン”のユキちゃんを口説いとる途中やのに・・・

それにしても腹減ったなぁ・・・今日の晩飯なんやろ?

頭が錯乱して色んな事を考え始めたカズマは搾り出すように

「か、堪忍や・・・」

と言うが一旦スイッチが入った二人を止める事は出来なかった。

「いいえ、許せないわね。」

「どう言う事か説明してもらおうか?」

アキトの拳には金色の神気が集まり、アヤは日本刀をすらりと抜く。

そんなカズマを助けたのはラピスであった。

「ただいま。」

ラピスが学校から帰ってきて事務所のドアを開ける。

とたんにアキトとアヤから出ていた殺気が無くなる。

「おかえり、ラピス。」

―ナイスタイミングや、ほんま感謝するで・・・

カズマは自分の命が救われた事に感謝した。

ラピスにとって学校の授業などは退屈そのものだろうが

人間関係の醸成等は到底アキト達では教える事が出来ない。

同年代の子供達によるものが大きいからだ。

だからアキトはラピスを学校に通わせている。

それはラピスに対しての贖罪かもしれない。

あるいは単なる自己満足に過ぎないかもしれない。

ルリはナデシコという特殊な環境下で育ったためあまり危惧していないが

ラピスはずっと研究所で暮らしてきてる。

そんなラピスが少しでも社会に適応するために学校に通わせる事を考えついたのだ。

 

 

「今日は何処言ったの?」

「ショウコちゃんの家。」

ショウコちゃんというのはラピスにとって初めて出来た友達だ。

当初アキトはラピスの特殊な容貌でいじめられないか心配したため

アキトから担任の教師にラピスの事をお願いしたら

その先生が急にやる気を出し、

ラピスの事を特に目を掛けてもらっている。

おかげでアキトが思い描いていたようないじめも無く、クラスに溶け込んでいると

最近何故か頻繁に家庭訪問に訪れる先生によって報告されていた。

「そう、今度家に誘いなさいよ。」

「でも、そんな事したらアキトに落とされちゃうよ。」

「そうよねぇ」

そう言うと二人はアキトを冷たい目で見る。

「ラピス・・・」

一人さめざめと泣くアキトであった。

「久しぶりね。」

プルセルがラピスに挨拶する。ラピスは急に険しい表情になり

アキトの影に隠れる。

「嫌われちゃってるわね。無理も無いか・・・」

「ラピス、この人はもうネルガルと関係ない。」

「せや、それにラピスが連れて行かれてもワイらがまた助け出したる。」

ニィとカズマが笑う。

実際ラピスには常時ネルガルシークレットサービスが護衛についている。

また、ラピス自身は知らない事だが発信機も常に身につけている。

「ラピスは俺達を信じていないのか?」

「うぅん、私はアキト達を信じてる。」

「なら、それでいい。彼女は依頼人だ。

ネルガル社長の身辺調査を依頼された。

ラピスには個人情報の入手を頼みたいんだ。」

「いいよ、でも・・・あの人が帰ってからやる。

今は・・・まだ顔を見たくないから・・・」

そう言うとラピスはアヤと共同で使っている部屋に引っ込んでいった。

「アヤ、ラピスの事頼んだで。」

「ええ、でもまだ引きずってるんだ。」

「ラピスは生まれてからずっと研究所で暮らしてたんだ。

ここの生活では感じられないがラピスにとっての研究所での生活は

無機質そのものだったのだからな。」

「私、今日は帰ります。

また明日の昼にでもこちらに来ますので。」

「なんや、夕飯でも食っていけばええのに・・・

今日はアキトが当番やさかいまともなメシにありつける・・・」

そこまで言った時にアヤがカズマの後ろに立っていた。

「カズマ・・・覚悟は出来てるんでしょうね・・・」

「だぁぁぁ、そんなん自分でまずいメシ作ってますゆうとるんと同じやないけ!」

「何ですって!」

何時ものごとく二人の喧嘩が始まったので

アキトはプルセルを事務所の入り口まで送っていく。

「それじゃあまた明日。」

「はい、ありがとうございます。」

そう言うとプルセルは帰っていった。

「これはアカツキにも連絡しておいたほうが良いな・・・」

アキトは一人呟くのであった。

 

 

 

 

「あいかわらず美味いなぁ、アキトの料理は。」

「ほんと、こんな料理が毎日食べられるなんてナデシコはいいところみたいね。」

「わたし、アキトの料理好き。」

3人がそれぞれアキトの料理を食べて感想を言う。

アキトは相変わらず料理に対して至上の喜びを感じており

欠食児童さながらの3人が本当に美味しそうに食べるので

料理のし甲斐が合った。

「ラピス、学校のほうはどうだ?」

「うん、今日もショウコちゃんのところに遊びに言ったし

あ、アキト・・・授業参観があるんだけれど・・・」

そう言ってラピスは学校から持って帰ったプリントをアキトに差し出す。

「日曜日・・・4日後か・・・」

今の所、依頼はプルセルからの物だけだ。

「ああ、行けると思うよ。」

「私たちも言って良い?」

「うん、でもカズマはおとなしくしててね。

皆ビックリしちゃうから。」

「なんやて?」

「あんたが煩いからよ。」

カズマに突っ込みを入れるアヤ。

ラピスは構わずに言葉を続ける。

「それでね、アキトは出来る限り目立たないようにしててね。」

「何故だ?」

「だって・・・マイ先生がアキトに落とされちゃうでしょう。」

ちなみにマイ先生というのはラピスの担任である。

―ラピス・・・すでにマイ先生はアキトに落とされていると思うわよ・・・

だってあれほど熱心に家庭訪問に来る訳無いもの・・・

カズマに合うためなんて天と地がひっくり返っても無いのだから・・・

アヤは心の中でそう思っていた。

「そやな、アキトに掛かれば普通の人間ならイチコロや。

ましてや当日は人妻も来るからそれらも落としかねん。」

「なんたって人間磁石だものね。」

「おまえら、そんなふうに俺を見ていたのか・・・」

アキトは一人でいじけていた。

「せやかてなぁ、エリナの姉ちゃんに加えて今日のプルセルといい・・・

アキト、ワイはお前を殴らなあかん・・・全人類の男を代表して・・・」

「はいはい、もてない男のひがみなんてみっともないだけよ。」

「アヤ、お前何ちゅう事ゆうねん・・・

ワイかてモテモテやぞ。」

「飲み屋でお金を持っている時だけ限定でね。」

「くっ、このアマ・・・いつかギャフンと言わせたる・・・」

「それは何時の事かしら?

少なくとも今世紀中に何とかなるの?」

「・・・いつかや。」

二人のやり取りを見ていたラピスはアキトに

「ほんとに仲が良いんだね。この二人・・・」

「ああ、そうだな。」

「「違う!」」

またもや二人そろって否定したのであった。

 

 

 

その夜・・・

アキトはラピスを連れて、とある場所にやってきた。

そこには各種電子機器が所狭しと並べてあり

中央にモニターとIFSの操作端末が置かれている。

そこはまるで戦艦のブリッジを思わせる場所だった。

「ラピス、そろそろやろうか・・・」

「うん、ネルガル社長の資金の流れを出すよ。」

そう言うとラピスは次々とアキトの前に資料を出していく。

「ラピス、ちょっと止めてくれ。」

アキトがある資料を見つける。

それは何の変哲も無い物であったがアキトに引っ掛かりを感じさせた。

「ラピス、こいつをもう少し詳しく調べてくれ。」

「うん。」

ラピスがさらに詳しく資料を調べる。

やがて、パスワードを入力してくださいと言うメッセージが現れる。

「ラピス。」

「わかってる。」

ラピスがパスワードを入れる。

すると・・・

「こいつだ。クリムゾングループからの資金がピースランドの銀行を経由して

それからスズキ社長に資金が流れている。」

「それじゃあ・・・」

「しかしこれだけではまだ弱いな・・・

まだ何かあるはずだ・・・」

ラピスが引き続きあらゆるデータを検索していく。

「アキト・・・これ・・・」

ラピスがとあるデータをアキトの前に表示する。

「・・・これは!!」

 

 

 

 

 

 

「こんにちわ。」

「いらっしゃい、プルセルさん。」

次の日の午後、プルセルはアキト達の事務所にやってきた。

「あれ?アキトさんとカズマさんは?」

「アキトとカズマぁ?朝から二人とも出かけてるのよ。

私に内緒でまったく・・・」

「あの?ラピスちゃんは・・・」

「ああ、今日は学校。

最近帰りがだんだん遅くなっているからアキトからも注意させとかないと。」

「そうですか。」

プルセルはホッとした表情を浮かべる。

自分のしたことではないとはいえ、一人の少女を苦しめたのだ。

たとえ直接的な原因ではないにしてもラピスから見れば

自分も同類なのだ・・・そう思わずに入られなかった。

アヤはそんなプルセルをソファーに勧め、紅茶の入ったティーカップを

プルセルの前に置き、自身もソファーに身を沈める。

あまりクッションのいいソファーでないとは言えアヤはこのソファーが気に入っていた。

この事務所を立ち上げるときにカズマと一緒に色んなところで品物を見て

結果、あまりクッション性は良くなかったのだが

デザインが気に入ったアヤを見たカズマが何も言わずに購入したものだからだ。

「昨日の依頼についてだけど・・・本当にいいの?」

「スズキ社長を告発する事になるかもしれないって事ですね。

私も一晩考えました。今の私に出来る事は復讐に身を焦がす事ではないと

わかってはいます。心の中ではしょうがないって思っています。

でも私は真実を知りたいのです。」

「たとえそれが自分自身の身を滅ぼす事になっても?」

アヤが鋭い目でプルセルを見る。

「・・・覚悟は出来ています。

もし私が死ぬような事があっても依頼料が払えなくなる事はありません。

私が死ぬと保険金の受け取りはネルガル会長宛としています。

そして、私の遺言が入ったディスクをアヤさん・・・あなたに預けます。」

「・・・わかったわ。」

アヤは目の前にいる女性・・・プルセルに感じられるものが何であるかわかっていた。

・・・死・・・

プルセルの死を覚悟したその姿にアヤはいたく感心した。

アキトは明るい笑顔を見せながらも何処となく死のイメージを感じる。

時折見せる表情はとても自分達より年下の人間がするものではない

自分達には想像もつかない人生を歩んできているのではないかと思う。

自分とカズマは武術家の端くれでもある。

自分が一番強いと思ってはいない。

カズマにしても今日出来なかった事は明日になれば出来ると公言しているが

自分が一番強いとは言っていない。

自分だってそうだ。飛天流後継者となってすでに何年か経つが

世の中には自分より強い人間なんて何人もいる。

武術なんてものは結局『人を殺すための技術』であり

決して武道のように道を説くためのものではない。

人を『斬らなければならない』ときに『斬れない』のでは自分が死んでしまう。

逆に『斬られる』覚悟が無いと『斬る事』など出来たものではない。

ラピスはつい最近まで死んでいたも同然の生活をしていた。

研究所での生活は苦痛の連続であったであろう。

訳もなく体を調べられIFSを使うためにさまざまな実験を繰り返される・・・

そんな幼い少女にとって研究所以外の世界など知る由もなく

研究員の目を盗んでネットの中で生きるしか手は無かったのだから・・・

考えてみれば普通の人間でもあるプルセルが死を覚悟するには

相当の悩みがあったであろう。

それでも真実を知りたい・・・そう願っているのだ。

そして、その思いは自らを破滅へと導いていくものかもしれない。

しかし一旦覚悟を決めたのだ。

これはプルセルの闘いで自分が解決するわけには行かない。

プルセルの手伝いをする事が自分の仕事だ・・・

アヤは少し考え込んで、やがて口を開く。

「・・・あなたの覚悟は解ったわ。

アキトには私のほうから伝えておくわ。

それからこれは夕べのうちに調べておいたものよ。」

そう言うとアヤはラピスが調べ上げた社長派の資金の流れを現しているものを

プルセルに見せる。もちろん裏帳簿であるため限られたものにしかわからない物である。

「こんな・・・わたしはこんなの知りませんでした。」

「あなたに任せるほどあなたは信用されていなかったと言う事ね。」

「・・・これはラピスちゃんが?」

「ええ、なんだかんだ言ったってあの子はアキトの為だったら

たとえこの世界を敵に回してもアキトの味方になるわ。」

確かにラピスからはそんな印象を受ける。

ただアキトとしてはそんなラピスより普通の生活をしているラピスの方が理想ではあるのだが

アキト達に関ってしまえばそんな生活など出来ない事はアキト自身わかっていた。

「不思議な人ですね、テンカワ=アキトという人は・・・」

「そうね、そんな人だからあなたが好きになったのもわかるわ。」

そうアヤにいわれるととたんに真っ赤な顔をするプルセル。

「そ、そんな・・・」

「でもね、気をつけてね。エリナさんもアキトを狙っているみたいよ。

ラピスもアキトのことが好きだから・・・」

「あの・・・アキトさんには恋人がいるんでしょうか?」

「さぁ?ナデシコに乗っている間のことはあまり知らないんだけれど

あの笑顔に落とされた人って結構いると思うけれど。」

「それって恋人がいるって事ですか?」

「本当に知らないのよ。アキト、ナデシコの事を話してくれないから・・・

でも、もし恋人がいるとすればその人は相当苦労するでしょうね。」

アヤは笑いながら言う。

もしこの場にルリがいたとすればアヤが言った事を肯定するだろう。

「・・・アヤさんは・・・アキトさんのことをどう思っているのですか?」

「わたし?・・・う〜ん、そうね〜・・・武人としては尊敬してるわ。

でも・・・恋人にするのはちょっと勘弁して欲しいわね。」

「どうしてですか?」

プルセルはあらためてアヤを見る。

モデル並に背が高く、整った顔立ち、可愛いと言うより美人、美人と言うよりハンサム

何より昔の侍を思わせるような少し高めの位置で結わえたポニーテールが印象的である。

アキトと並んで歩けばさぞかし格好が良いだろう。

「う〜ん、私としてはアキトのことは気に入っているわ。

でもイコールそれが好きだという恋愛感情にはなってないのよ。

むしろ全力で闘ってみたい・・・そう思っているの。

それが恋だと言うのならば否定はしないわ。

私自身誰かを本気で好きになった事は無いのだから・・・

それに私はラピスのことを応援している。

その私がアキトを好きになる事は無いと思うわ。」

「・・・複雑なんですね・・・」

―でも、それはやはり恋というものでは・・・

プルセルはそう思っていたが言葉には出せなかった。

『ラピスを応援したい』

そんなアヤの気持ちに一点の曇りが無いことがわかったからだ。

「そうね。私なんかは一生独りで生きていくのも良いかもしれないわね。

でも心を許せる親友は何人いても良いと思わない?」

「・・・思います・・・私には親友と呼べる人はいないですから・・・」

プルセルは会長秘書をしているエリナとは同期入社である。

エリナのことはかなり意識している。

彼女が会長秘書になったのを知ったときは流石にショックだった。

実際彼女とプルセルは互いに甲乙つけがたいものがあったのだが

少しだけ違うところがあった。

性格である。

エリナはその気の強さが会長に認められたのだが

プルセルは気が弱かった・・・

事務官としては確かに有能なのかもしれない。

しかし与えられた仕事をするだけでなく自身も行動を起こすとき

どうしても気の弱さが抜けきらなかった。

そこでアカツキの主張していたマシンチャイルドの研究中止を推し進めたのだが・・・

結果として解雇されてしまった。

「そう、でもあなたにもきっと親友といえる人が出てくるわ。

それにこうして二人でお茶しながら話をしている姿を

他人が見たらどう思うかしら?」

「・・・そうですね。」

それから二人はしばらく話し込んだ。

まるで古くからの親友同士のように・・・

 

 

 

 

 

 

「なぁ、アキト・・・聞いてもええか?」

カズマが真剣な顔でアキトに問い掛ける。

「なんだ?」

「ここは何処や・・・」

「リオデジャネイロだ。」

「そうか・・・道理で言葉が通じんと思ったんや・・・って

ワイが聞きたいんは何でワイらがリオデジャネイロにいるかっちゅう事や。」

「ラピスの調べた資料の中で人身売買に関する項目があって

その取り引きが今日行われるからな。」

カズマの腕がプルプル震えている。

「そうか・・・それでワイをダンボールにつめて航空便で送ったんやな?」

「ああ、俺の乗るエステでは少々狭いのでな。」

アキトはアカツキの手の者により軍事物資輸送と言う形で

エステバリスのコックピットに潜んでリオデジャネイロまでやってきた。

しかしカズマは手続きが間に合わない事もあり

カズマが寝ている間にダンボールに詰め込み

そのまま航空便(特急)で送り付けた。

「さすがに帰りはまともに帰れるんやろうな?」

「・・・カズマ・・・おまえは今密入国者だ・・・

そんなおまえがまともに帰れると思っているのか?」

アキトがカズマの肩を軽く叩いて言う。

「好きで密入国したわけとちゃうわい!」

「まあそう言うな。帰りはアカツキが迎えにくる事になっている。」

現在アカツキの専用機がハワイ、サンフランシスコ、ニューヨークを経由して

リオデジャネイロに向かってきている。

わざわざ色々なところに立ち寄りながら向かってきているところから

社長派に感づかれるのを恐れてのことだろう。

「まぁええ、ちゃっちゃと終わらせてまわんと

ラピスの授業参観に間に合わんようになってまうからな。」

「そういう事だ。」

「それで?取引先はどこや?」

「この先のブルーノ一家というマフィアの屋敷だ。」

アキトは簡単にカズマに説明する。

ラピスの調査結果ではスズキ社長は複雑な経路を使いここからマシンチャイルド研究のための

素材を確保していたようだ。

この件を知ったとき流石のアキトも感情の高ぶりを抑える事が出来なかった。

「許せん奴っちゃらやなぁ。」

「そこで作戦だが、奴らは取引の前にパーティをするそうだ。

パーティをやっている隙に子供達を救出

その後、俺がエステで奴らを制圧する。

この案でどうだ?」

「文句無しや、ところでどないして潜入するんや?」

「俺に考えがある。」

そう言うとアキトはカズマを連れて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「遅いわね、アキト達・・・」

「そうですね。こちらから連絡を取る事は出来ないのですか?」

「アキトもカズマもウインドウ通信の受信にプロテクトを掛けてるみたいで

こちらから連絡してもつながらないの。

向こうから連絡が来るのを待つしかないわね。」

あれからアヤとプルセルはかなりの時間話し込んだ。

おかげでお互いの考え方や趣味などが把握できた。

途中でラピスも帰ってきたのだがすぐに出かけてしまい

まだプルセルの事にこだわりを感じているのだと二人は感じ取った。

「アカツキ君なら何か知ってるかもね。」

「会長が?」

「ええ、どうも最近アカツキ君と頻繁に会っているみたいだから。」

アヤは早速アカツキに連絡を取るが不在であるとの返答を

エリナではなく受付けの女性に言われた。

「どうやら留守みたいね。」

「そうですか・・・私、今日は帰りますね。」

「まって、今日は泊まっていきなさいよ。」

一瞬プルセルはビックリした顔をしたがすぐに悲しい顔をする。

「ラピスちゃんに嫌われてるから迷惑じゃぁ・・・」

「そのラピスと一緒に今までのわだかまりを取ろうって言う私のセッティングを無駄にするかなぁ。」

アヤは少し笑いながら言葉を続ける。

「本当はあの子もあなたを嫌っているわけじゃないわ。

あなたがアキトと仲良く話していたからちょっとヤキモチをやいていただけよ。

それにあの子だったらナデシコの事も聞けるんじゃぁ無いかな?」

「どうしてですか?」

「あの子とナデシコのオペレーターは知り合いみたいなのよね。

アキトとあの子をつなげているのも

そのナデシコのオペレーターみたいなの。」

ラピスはアヤと同部屋であるためある程度ルリの事を話している。

ラピスがネットで知り合った『電子の妖精』・・・

ルリの語る世界はラピスにとって憧れであった。

そして、ナデシコの事も火星圏に到着するまでメールで送ってきていたので

まるで自分がナデシコに乗っているかのような感じがした。

そして、最後のメールに

『もう少ししたら素敵なナイトが

ラピスを助けに来るからそれまで我慢してね。』

と言う一文が添えられていた。

もちろん、ラピスもアキトの事をルリから聞いていたため

それがアキトの事であろうことを疑いもしなかったし

実際にアキトが助けに来た時は本当に嬉しかった。

「それに私が間に入ってナデシコの事をあの子から

聞き出そうって言う私の好奇心でもあるのよ。」

「そうですか・・・わかりました。

それでは着替えなどを取ってきます。」

「あ、私もついていくわ。

あなたの護衛はアキトから頼まれてるの。」

「え?アキトさんが?」

アキトはスズキ社長が裏の世界と

通じている可能性を感じていた。

それに自分達があからさまに護衛するより

アヤが護衛したほうが女同士でもあるため気兼ねないだろうとの判断だった。

「そう、だから安心して。」

「はい。」

そう言うとプルセルとアヤは事務所を出ようとしたその時、事務所の電話が鳴り響いた。

「あ、アキト達からかな?」

「そうでしょうね。」

そういいながらアヤは電話を取る。

「はぁい、K・K探偵事務所ですぅ。」

何時もの口調で話すが相手は意に介さないようだ。

『そちらの女の子を預かった。返して欲しければ女と交換だ。』

「あなた達・・・何者?」

いきなり真剣な顔をしたアヤを見てただ事ではない事を感じ取ったプルセルは

すぐに電話のスピーカーボタンを押す。

『今夜11時、場所は大井埠頭第5倉庫だ。ガチャリ

「もしもし!もしもし!」

アヤは切れた電話の相手に対して必死に呼びかける。

プルセルが青い顔をしている。

「わ、私独りで行きます。

アヤさんを危険な目に合わすわけには<バシィ!>

アヤがプルセルの頬を叩く。

「あなた自分が何言ってるのか解っているの?

ラピスを研究していた奴らなのよ?

そんな人たちがおとなしくラピスを開放すると思う?

あなた独りが言ったところで殺されてしまうだけだわ!」

プルセルは頬を手で押さえている。

「それにあなたの護衛は私の仕事なの。

あなたを見殺しにしたら私がアキトに殺されてしまうわ。

だからあなた独りの命ではないの。

私の命とラピスの命を背負っている事を頭に入れておいて。」

「アヤさん・・・でもラピスちゃんの命を助けるには私が行くしか・・・」

プルセルにはラピスの命を救う事こそ自分がラピスにしてやれる最大の謝罪であると思っていた。

そのためには自分の命など惜しくは無い。

アヤは拳をテーブルに叩きつけ

「いいから!・・・私に考えがあるの。

あの子には発信機が付けられているわ。

どうせ取引先に今から待機している訳は無いし

取引先に連れてくるとも限らないわ。」

「じゃあどうするんですか?

取引先にはやはり私が独りで行くしかないんじゃ・・・」

アヤはプルセルの肩に手を置き

「心配しないで、ラピスの命は私が助ける。

あなたの命も私が守る。

言ったわよね。考えがあるって。

私を信じて。」

そう言うとアヤは受話器を取りどこかに連絡を取り始めた。

「クサナギ=アヤです。<あら、アヤじゃないの。久しぶりね。>

・・・お久しぶりです。<どうしたの?あなたが突然連絡してくるなんて。>

・・・ええ、ちょっと困った事がありまして。<ひょっとして誘拐された女の子の事かしら?>

・・・そうです。良くおわかりですね。<裏の世界は狭いのよ。その女の子を助けるの?>

・・・はい、それでお願いなんですが。<私に手伝えって言うの?>

・・・はい、そちらの目的も果たせると思うのですが。<あら、脅してるの?まぁいいわ。手伝ってあげる。>

・・・ありがとうございます。<いいのよ。渡りに船とはこの事なんだから。ところで何処に行けばいいの?>

・・・何時もの場所に。<ああ、あそこね。わかったわ。腕利きを用意しておくわ。>

・・・はい、お願いします。」

受話器を置いたアヤはまたどこかに連絡を取り始めた。

「アヤです<あら、アヤさん。お久しぶりですわね。どうしたのですか?>

・・・先輩に頼みたい事があるんです。<あなたの頼みですって?凄く嫌な予感がするのですけれど>

・・・そんな事言わないで下さいよ。<まぁ聞くだけ聞きましょう。>

・・・この前紹介したラピスという子の事なんですけれど。

・・・はい、実はさらわれてしまいまして。<何ですって?>

・・・私の力不足です。<そうかしら?あなたは何が原因だと思っているのかしら?>

・・・あの子の自主性を尊重しすぎたからでしょうか?<違ってしまう。>

・・・そうでしょうか?<いい?あなたはあの子を見守るって誓ったんでしょう?>

・・・はい。<だったら、あの子がたとえ転んでもあなたは手を差し出すべきではない。>

・・・はい。<あの子が立ち上がったときあなたが誉めてあげなくっちゃ。>

・・・わかりました。<それにあの子にはうちに弟子

・・・ありがとうございます。それでは何時もの場所で待っています。」

プルセルは受話器を置いたアヤに尋ねる。

「アヤさん、今電話していた人たちって・・・」

「私の知り合いよ。下手な警察よりも頼りになるわ。」

そう言うとさらに受話器を取る。

「アヤです。ご無沙汰しております。<どうした、私に打ち勝てる自信がついたか?>

・・・いえ、滅相もありません。<となると厄介事か?>

・・・はい、お力を貸していただこうと思いまして。<話してみろ。>

・・・私の大切な人の命が掛かっています。<かどわかされたのか。相手は悪人か?>

・・・はい、悪人です。<久しぶりに悪人を斬るのも悪くないな。>

・・・思い出しますね。二人でヤクザ相手に技の練習をしたのを。<そうだ

・・・はい、何時もの場所でお願いします。」

アヤはそっと受話器を置く。

「さてと。」

アヤは軽く腕を振りながら事務所に備え付けられているロッカーに向かう。

中からはスポーツバッグと竹刀袋が出てくる。

「さてと、少しシャワーでも浴びてくるから。あなたはここにいてね。」

そう言うとアヤはシャワーを浴びに言った。

プルセルはひとしきり考え込んだ後

事務所にあったメモ帳を破り何事か書き込んだ後

事務所を出て行った。

メモ帳にはこう書かれていた。

『やはりこれ以上アヤさん達に迷惑は掛けられません。

私の事を親友といってくれた事、忘れません。』

アヤはそのメモ帳を見ると大きくため息をつき

プルセルが書き残したメモを握り締めると

スポーツバッグと竹刀袋を持ち事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 


 

アヤ:なに?この終わり方・・・

作者:本当は今回で外伝も終わる予定だったのだが・・・

アヤ:もしかして書ききれなくなったの?

作者:うみゅ、気が付いたら本編より外伝のほうが容量が大きくなってしまったのでね。

アヤ:過去最高だものね・・・でも、それだけじゃないでしょう?

作者:うん、折角外伝をやるんだからそれぞれのキャラクターにスポットを当ててみようと思って。

アヤ:今回は誰にスポットを当ててるの?

作者:・・・誰だろう?

アヤ:私だと思うのだけれどラピスも見せ場があるしプルセルにもある・・・

作者:カズマとアキトはあまり目立っていないな。というよりすっかりギャグキャラに成り下がりつつあるな。

アヤ:それじゃあネタばらしから、ネルガルの社長・・・スズキって

作者:今をときめく○○○ハウスの口利きをした人から。

アヤ:ブルーノ一家・・・もしかしてブルーノって・・・

作者:フルメタでマオ姉さんにSOCOMピストルを口の中に入れられた口のでかい人から。

アヤ:私が電話していたのって・・・

作者:アヤの言葉だけで想像してわかった人は凄い。

アヤ:電話で喋っている部分を良く見ればわかると思うわ。

作者:答えの解った人には・・・

アヤ:どうせ何もあげないんでしょ?

作者:うぅぅぅ貧乏が悪いんだー!

アヤ:いじけてるヒマがあるんだったらさっさと次回作を書きなさい!

 

・・・何時になったら本編に戻れるんだろう・・・

 

 

代理人の感想

・・・ま〜、脱線した方が面白いって事もあるしぃ(爆)。