─ 西暦2109年12月8日 ─

透明なキャノピー越しに見る空はどこまでも澄んでおり、かなり遠方まで見渡す事ができた。

その蒼穹の中をを鋼鉄の翼が大気を切り裂き、ジェットの轟音を撒き散らしつつ鋼鉄の猛禽たちが飛んでいく。


(電波状況は・・・良すぎるな)


F-15EJストライクイーグルを駆る久保谷大尉は内心で舌打ちしたい気持ちだった。苛立つ彼の気を殺ぐかのように後席に座っていた佐々木少尉が愚痴を漏らす。


「大尉、本当に戦うんですかねぇ」


少尉の声はのんびりしていたが語尾には僅かな震えが混じっていた。


「怖いのか?」

「武者震いですよ、と言いたいところですが・・・初陣ですから虚勢は張りたくありません」


朝鮮動乱に参加した自分と違い後席の少尉はようやくイーグルに慣れた新米ターキー。このレベルでの実戦は見合わせたかったのだが上からの命令ではどうしようもなかった。


「自分の好きな仮想戦記だとパイロットは毅然としているんでしょうけど」

「そりゃ物語だからな、俺だって実戦は怖いさ」


大尉はベテランらしく辺りに注意を払いつつ少尉の愚痴に付き合う事にした。少しでも彼の緊張を和らげ完璧とは言わないまでも任務が遂行できるようにしておきたかった。彼のミスは自分の生死にも直結するからだ。


「だがパイロットになった時点でこういう事態は想定できただろう?」

「そりゃそうですが、まさかこんな立場になってこんな作戦をするとは思いませんよ」


少尉の投げやりな返事が返ってくる。


「まあな」


大尉は少尉の返事に短く同意する。


(確かにこいつの言う通りだ。あんな物いせきさえ見つからなかったら・・・今でも俺は日本空軍のパイロットでいられただろうに)


大尉はなるべく考えないようにしていた事を思い出してしまった。彼の祖国・日本という国は存在していなかった。いや、存在はしているが中身は別の国となっていたのだ。


日本は自らが作り上げた〈テュランヌス〉という名の巨大戦艦の砲撃で日本の象徴でもある国会議事堂を跡形もなく爆砕された。その光景と原発を狙ったミサイル攻撃を予告された政府は何とか交渉を引き延ばし米軍の手を借りて状況を打開しようとしていた。だが〈テュランヌス〉から発射されたミサイルが原発近くに着弾する様を見て諦めざるを得なかった。

すでに国会議事堂への砲撃で民間人にも多数の死傷者が出ておりこういう状況を作り出した政治家たちに非難が集中し始めていた。彼らは国民や国体の維持より自分たちの利権と身の安全を保つ方を優先し、時の日本国首相・御劔省吾はテュランヌスへ降伏する事を選んだ。



そして日本を護るべき陸海空軍は戦う事も許されないまま消え去った。当然その決定に満足できない人間もいたがテュランヌス総帥アレスは容赦なく叩きつぶし、排除していったのだ。もっとも戦ったところでまっとうな勝負になるようなものでもなかったが。

テュランヌスとの戦闘を行わずほぼ無傷だった日本陸海空軍はテュランヌス軍に再編・編入され今回の作戦に参加させられていた。機転の早い人間は軍を辞めていたが自分は愛着のあった空軍を見捨てるなどという事はできなかった。そのせいで友好国だった米国の領土に向け侵攻する羽目になっている。



自分たちの後には日本海軍から接収したイージス艦〈みょうこう〉〈ちょうかい〉を主軸とした護衛艦群に守られた旗艦・航空戦艦〈テュランヌス〉以下大型空母〈アウルス〉6隻が長大な航跡を引きずりながら突撃している。


久保谷政志日本空軍大尉改めテュランヌス空軍大尉率いるストライクイーグル8機はヒッカム基地の空爆を行うべく一直線にハワイ・オアフ島に向け飛んでいく。“第二次真珠湾攻撃”と呼ばれる事になったこの作戦を完遂するために。




「攻撃が成功したらトラトラトラ・・・・・・とでも打電した方が良いのかな」




久保谷大尉は後席から聞こえたつぶやくような台詞とあまりにも苦すぎる現実を理解していると思えない佐々木少尉に怒りを感じた。生きて戻ったら鉄拳制裁をくれてやると心に決めると前方を見据え愛機を加速させていった。

 

 

 

連合海軍物語

外伝2「明人」


─ 西暦2109年12月9日 ─

青年は眩しい日差しを瞼越しに感じ目が覚めた。その途端、全身に襲いかかる激痛で呻き声がでてしまう。その激痛でぼやけていた思考が段々とはっきりしてきた。


(ぐうっ! 俺は・・・生きているのか?)


青年は生存本能に則って五体の無事を確認し始める。まず目を開けようとしたが眩しくて開けられなかった。鼻をひくつかせると何かが燃える異臭がする。耳は・・・びゅうびゅうという風の音と何かがガラガラと崩れ落ちる音が聞こえる。それと微かに人の声も聞こえた。

さらに自分の状態を知る為にまず右手を動かす。指先にサラサラとした砂のような物が感じられた。左手は・・・自分の体は仰向けに倒れており顔が左側に向いていたため薄目を開けると同時に差し込むような強い光で眩しさに目が潤んだ。目をしばたいて何とか事で指先まで健在なのを確認できた。両足は・・・激しい痛みはあるが動いた。



(どうやら・・・五感もあるし五体満足か)



体には無数の打撲や擦過傷があり、一番酷いと思われる左腕は折れているようだが五体満足なら時間をかければそれなりの動きができる、そう判断して青年はとりあえず安堵した。そうこうしているうちに砂を踏むジャリジャリという音がだんだんと大きくなり自分の側まで来ると瞼に感じていた光が遮られたのが解った。



「ちょっと君! 生きているの? しっかりして!!」



女性の声が聞こえた。若々しい・・・20代くらいの声だった。

軽く揺さぶられると同時に彼の全身に激痛が襲いかかり青年はその痛みに呻き声をあげる事しか出来なかった。


「・・・ぐっ!」

「あ! 生きているわ、良かった!!」

「紗々羅! どうした!!」


青年は痛みを堪えつつ耳を澄ませる。女性の声に混じって野太い男の声が聞こえた。


「お父さん! 生きている人がいるの!! 早く助けてあげて」

「わかった! おーい、生存者だ。早くタンカと医者を呼んでくれ!!」


青年は女性が影になっている事で眩しさが抑えられているため、うっすらと目を開けた。

目の前には亜麻色の長い髪をした女性が心配そうに覗き込んでいた。その後ろから布と棒で作った簡素なタンカを持った男が数人走ってくるのが見えた。

辺りを伺うとビルが崩れ瓦礫の山となっており、至る所で人が倒れていた。少し先には火の手が上がっている。先ほど感じていた異臭は人や建物が燃える臭いだというのにようやく気づいた。今自分の見ているところだけでも街の惨状は目を覆うばかりだった。



(ここは・・・戦場だろうか?)



青年は再びぼんやりとしてきた意識の中でそんな事を考えた。人の声を聞けた安心感からかまた意識が徐々に薄れてきたが、意識が途切れる前にこの場所が何処か確認しなければと思った。


「貴方、大丈夫?」


女性が心配そうに声をかけてくる。しょぼつく目を瞬いてはっきりさせる。大人しそうな顔つきは彫りが深い南方系で瞳は碧、瞳の色から察するにハーフだろうか。日に焼けた肌は健康的な褐色で清楚な白いワンピースとのコントラストが美しい。惜しむらくはワンピースの白色が煤などで薄汚れ、ところどころほつれて破れていたことだったが彼女の魅力を失わせる物ではなかった。


「こ、ここは何処・・・だ?」

「え? ここはオアフ島です、ハワイの」

「ハワイ?」

「ええ」


女性は不思議そうな顔をして青年の顔を覗き込んで小さく首を傾げ、持っていた布切れを青年の額に当てた。布越しに感じる女性の手の暖かさが痛みを和らげるようだった。



(ハワイだと? なんで・・・俺はこんな所に居るんだ)



「ねえ、貴方。名前は?」

「俺の名前は・・・」


女性に問われ青年は自分の名前を思い出そうとするが霧がかかったように記憶がボンヤリしていた。さらに思考を邪魔をするようにズキズキと頭が痛い。右手を額に持っていくとぬるりとした感じがあった。手の平を目の前に持ってくるとべったり血が付いていた。女性は血止めの為に額に布を当ててくれていたようだ。

問いに答えようと青年は自分の名前を思い出そうとする。だが・・・目的の物は思い出せなかった。その痒いところに手が届かないようなもどかしさに青年は焦りを覚えた。



(俺の名前は・・・なぜだ! なぜ思い出せない? 馬鹿な、そんなはずはない、冷静になって思い出せ)


青年は必死になって霧の中にある自分の名前を探しだそうとする。


(俺の名は・・・あ・・・あき・・・明人だ)



「・・・明人」



薄らいでいる記憶の中から選び出した単語。ようやく思い出せた名前を女性に伝えると同時に青年・明人の意識は暗黒に飲み込まれた。




─ 西暦2110年1月9日 ハワイ諸島・オアフ島 明人 ─


風光明媚と言われ観光客も多数訪れたこの島もテュランヌスの攻撃を受け、いたるところで大穴が開き椰子の木が吹き飛び丘が崩れ家屋が全壊していた。さながら超巨大な台風が過ぎ去った後のようだ。もっとも人の意思で行われた鋼鉄の嵐より超大型の台風の方がちっぽけな人間の意思とは関係ない自然現象のため島の住民にとっては納得がいくかもしれなかったが。

オアフ島は真珠湾を中心にテュランヌス軍の空母艦載機による爆撃とミサイル攻撃を受けた。停泊していた艦船は脱出に成功した一部を除き鉄屑となり湾内に沈んでいる。攻撃の巻き添えを食ってパールシティやホノルルなども相当の被害が出ていた。今は戦火による人命救助作業も一段落し、町の復興を行うため瓦礫の撤去作業が始まっているという状況だった。


パールシティからさほど遠くない場所に戦災による難民キャンプが出来ており仮設病院が立ち並ぶ一角があった。


「明人君、退院おめでとう」

「ありがとう紗々羅ちゃん」


明人はその言葉をかけてくれた女性に心を込めてお礼を言った。今の自分があるのは彼女のおかげだった。

そしてようやく退院したばかりの小さな仮設病院を見るために振り返った。急造されたプレハブ小屋としか言いようのない病院の中には戦火で怪我をした人間が随分残っている。明人は治療と紗々羅の献身的な看病の甲斐もあり、かなり状態に回復しているためベットを空ける為に追い出されたようなものだった。明人はそれも仕方がないと思っていた、病院の中には自分より不幸なベッドを必要とする怪我人が幾らでもいるのだ。


自分の側にいる女性、桜樹さくらぎ紗々羅ささらと名乗った女性に発見されてからすでに1ヶ月が過ぎていた。そのまま臨時の野戦病院に担ぎ込まれて治療を受け、他国の救援支援を受け出来た仮設病院に移り多少の不自由はあるもののようやく退院できるところまで体が回復したのだ。

明人の傷は決して軽くはなかった。左腕は粉砕骨折、アバラも数本折れ両足は無理に捻ったのか腱が痛んでいた。さらに数多くの打撲や擦過傷などなど。《遺跡》が発見され医学の発達が進んでいなければ死んでいたかもしれない程の重傷だった。それほどの医療技術の発展にも関わらず、頭部に受けた傷のせいか彼の記憶は失われたままだった。


記憶については綺麗さっぱり消え失せたという訳ではなく薄ボンヤリとした曖昧な状態で、明人自身もはっきり思い出せず困惑していた。いっそ完全に失われていた方が新たな人生を送る為に踏ん切りがついたかもしれなかった。自分自身の記憶はそんな状態だったがそれ以外の記憶は所々欠落があるものの覚えており、一般知識や常識が残っているのは助かった。


「ねえ、明人君はこれからどうするの? って記憶がないのではどうしようもないかな」


明人に質問し勝手に結論を出してしまった紗々羅に内心で微笑しつつ明人は答えた。


「そうだね。これから自分でやれる事を探してみるよ」

「じゃあ・・・うちの手伝いをしてくれません?」


紗々羅は明人の前に回り込み見上げるように彼の顔を見る。淡い色の髪がさらさらと風に揺られて舞った。


「おじさんたちのボランティア?」

「そう、この島には戦災で焼け出された人たちがまだまだいますから」


紗々羅の家は父・周作が日本陸軍を退役したあと調理師の免許を取り、妻の地元・オアフ島でレストランを経営していたがテュランヌスの攻撃により店舗が失われていた。幸い家族は皆無事だったので、現在は難民キャンプを回りながらもっぱら戦災者に対する炊き出しなどのボランティアを行っていた。


「俺は別にかまわないけど・・・何かできるかな」

「大丈夫、私が教えます」


明人の返事に紗々羅は嬉しそうに笑った。

怪我が完全に治りきらず若干身体の不自由な明人を気遣い、彼の手を引いて家族たちがいるベースキャンプに向けてゆっくりと歩き出した。

 

─ 西暦2110年3月3日 ハワイ諸島・オアフ島 明人 ─


「紗々羅ちゃん! こっちの料理があがったよ!」


明人は桜樹一家とともにキャンプを転々とする毎日を送っていた。紗々羅の父母は記憶のない明人を心配して受け入れてくれた。身も知らない明人を受け入れるのは不安のはずだが表面上はそんな事をおくびにも出さず、明人に料理を教え熱心にボランティアに参加していた。

明人は周作に料理を教わってはいたが、曖昧な記憶の中に料理の経験があるのか包丁捌きと料理の腕は素人とは思えないほど鮮やかで教師の周作、その妻ルミナと紗々羅を驚かせた。料理に関してはこれなら大丈夫と判断した周作は自分と明人は料理をする事に徹し、紗々羅とルミナに配給を頼んだのだった。


「はーい! ほら、そこ押さないでね、ちゃんとそっちまで回るから」


紗々羅が押し合いを始めた子供たちに声をかけ湯気のたつ大きな鍋から料理をすくいカップに分けて手渡していく。明人は鍋をかき混ぜながらその光景を眺めていた。今まで回ってきた戦災キャンプの中での事を思い出す。家を焼かれ全財産を失い嘆く男、子供の怪我を泣きそうな顔をして看護する母親、理不尽な暴力に身内が死に半狂乱になる老婆。


何の罪もない人々が財産や家族を失い焼け出され、すでに手遅れと判断された患者の中には薬不足もあって治療も受けられないまま死んでいく者もいる。明人はキャンプを巡ることでそのような風景をこの三ヶ月の間に何度も見てきた。その光景は記憶と身寄りのない明人でさえ魂の号泣とでもいうような心の痛みを感じている。

もし自分の大切な者が彼らと同じように理不尽に奪われたらどうするのだろうか? 黙って泣き寝入りか、それとも無謀を承知で向かっていくのか。明人は鍋をかき混ぜながらボンヤリとそんなことを考えていた。根拠はなかったがそのような事態になれば自分はどんな相手だろうと向かっていく、そんな気がしていた。


隣で料理をしていた周作は心ここに有らずといった明人を興味深く観察していた。




─ 西暦2110年3月3日 オアフ島・カネオヘ 明人 ─

カネオヘにある難民キャンプを訪れた時だった。

明人が使い終わった鍋を片付けていると難民の小さな声が聞こえてきた。


「おい、テュランヌスの士官と兵だぜ」

「ちっ、もともとここの州兵のくせにテュランヌスに尻尾を振りやがって」

「おい、また女の子が連れていかれるみたいだぞ、何とかならないのかよ?」


明人はその言葉に嫌な予感を感じ洗っていた鍋を放りだすと人垣に向け走り出した。

人垣を掻き分け明人が見たものはテュランヌス士官と兵に連行されそうになっている紗々羅だった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、家の娘が何をしたっていうんです!!」


彼らはそうやって気に入った女性を攫っていくのだ。以前それを阻止しようとした勇敢な男が射殺されて以来、逆らう者がいなくなったのを良い事に散々やりたい放題だった。常に武装し複数で行動している為、武器のない一般人では手も足も出ず連れていかれるのをただ黙って見ているしかなかった。


「テュランヌスに対するスパイ容疑だ。容疑が晴れれば無事に帰す」


周作が青い顔をして娘を取り返そうと必死になっている。それを一瞥した士官が紗々羅の罪状を読み上げた。

攫われた娘たちの何人かは帰ってきたが、心体ともにボロボロだった。難民たちは心の中で何が無事だと罵り声を上げている。戻ってきた女性たちを見れば何が行われたかは一目瞭然だったからだ。


明人は誰も紗々羅を助けようとしないのを見て苛立つ。このままでは紗々羅は連れていかれ、ぼろ雑巾のようになって帰って来るのが目に見えたからだ。周作が動くより早く明人は士官に向け走り出す。


「紗々羅ちゃん!!」

「明人君、無茶だ! 無理をするな!」


周作の警告も聞かず紗々羅を助けようと割り込んだ明人。士官は素早く明人の突進をかわすと持っていた銃を明人の頭部に振り下ろした。ガツッという鈍い音と共に明人は地に伏した。


「フン、民間人のくせに邪魔をするな」

「あ・・・明人君!!」


士官は銃を手にしたまま明人を嘲笑する。殴り倒され地に伏せた明人のこめかみから血が流れてているのを見た紗々羅が悲痛な叫び声をあげた。さらに追い討ちをかけるように残り3人の部下も嘲笑を浮べ伏した明人に次々に蹴りを入れる。ボグドカッという鈍い音と共に明人の身体がくの字に曲がり呻き声があがる。


地に伏し呻き声を上げているだけの明人を嘲笑と一瞥をくれ去ろうとしていた4人のテュランヌス軍人。



「明人君!! 助けて!!」



紗々羅の切なる涙声を殴られ腹を蹴られた痛みでボンヤリした意識の中で聞くと同時に明人の中に眠る何か・・が目覚めた。

自分の大事なものが理不尽な暴力により失われる・・・・・・いつかどこかで見た風景。

頭の中に漂う霧の向こうにある記憶が一瞬だけ甦り、明人の心は自分の意思とは関係なく凶暴な何かに支配されていく。



(奴等を殺せ! お前から大切な者を奪い取ろうとする者を・・・殺せ)


その言葉に支えられるように幽鬼の如くゆらりと立ちあがる明人。

自分たちの背後でゆっくりと立ち上がった明人に警戒の色を示し3人の部下は銃を構え散開する。


(そうだ、奴等を殺せ)

4人の兵からは俯いた明人の表情は確認できなかったが、常夏の島のはずなのに自分の身体が冷えきっていくことには気づいた。



(殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)





「オオオオオッ!!」




明人は声無き雄叫びを上げ、いつの間にか拾った石を士官と死角になる兵に目掛けて投げつける。いきなり飛び道具が飛んでくるとは思わなかった4人の兵は一瞬あっけにとられた。

石は狙いたがわず士官の手首と兵の顔面に当たり、鮮血を撒き散らしながら倒れた。士官が痛みで拳銃を取り落とすのを確認、明人は士官と紗々羅に向かって体を低くして猛然と駆け出した。その動きは訓練された兵士、それも実戦を潜り抜けた者の動きだった。2人の兵も慌てて発砲するが明人のとった自分たちの指揮官を人質に取るような行動に動揺し狙いが逸れる。


「な、なんだと!!」

「・・・え」


囚われた紗々羅と兵たちは明人の表情とその動きに驚きの声を上げた。紗々羅は明人の餓狼のような形相に自分の身体が自然にカタカタと震えだすのを自覚した。士官は猛然と向かってくる明人の冷たい殺気に恐怖を抱き、慌てて取り落とした銃を拾おうとする。紗々羅を離せば少しは素早い動きができるはずだが明人の殺気にパニックを起こしかけた頭では判断ができなかった。


ようやく士官が手にした拳銃が明人に向くのと明人が士官の懐に飛び込むのはほぼ同時。明人は左手で拳銃を振り払って照準を外に逸らせ、その隙に右の拳を容赦なく士官の喉に叩き込んだ。急所への一撃に士官は紗々羅から手を離し口から鮮血を溢れさせながら倒れた。士官の口から飛び散った血が紗々羅の頬と明人の拳を濡らす。紗々羅は頬についたものを手で拭って目の前にもってきて血を確認した途端ぺたりと座り込んでしまった。

明人は士官が持っていたスミス&ウェッソン945を奪うと見事なシューティングポーズから連射、明人が士官の間近にいたため発砲できなかった2人の兵を撃ち倒した。


ぺたりと座り込んだ目の紗々羅の前で起こった出来事。血を噴出しながら壊れた人形のように崩れ落ちる兵たち。救助などで人の怪我を見慣れている紗々羅だったが目の前で人が殺され、血が舞う光景を見れば精神が失調してしまうのは当然だった。おまけにそれを行ったのが自分の知っている明人だったのがさらに現実味を失わせた。


紗々羅は呆然と明人の顔を見た。その視線を受けて明人の顔が自分に向けられる。感情が失せた目、その空ろな表情を見てようやく失調しかけた自分の精神が戻ってくる。自分の知っている明人ではない、容赦なく人が殺せる“誰か”に紗々羅は無意識に脅えジリジリと後ずさり目を瞑った。


「紗々羅ちゃん、大丈夫か?」


その声におそるおそる目を開けるといつもの明人が立っていた。先ほどまであった虚無は消えてはいたが、変わりに自分がもたらした結果に自分の手と倒れている士官を見つめながら呆然としている。持っていた銃が落ちゴトリという音がした。


「・・・うん」

「紗々羅! 明人君、大丈夫か!!」


突然の出来事に固まったままの人間たちの中で真っ先に駆け寄ってきたのは紗々羅の父・周作だった。


「俺は大丈夫ですが、紗々羅ちゃんが」

「わ、私も大丈夫よ、お父さん」


紗々羅は立ち上がろうとしてよろめいてしまう。明人が手を差し伸べ紗々羅の手に触れた途端、彼女の身体はビクリと震え明人から離れようと後ずさった。その行動に明人は紗々羅の顔を見た。先ほどの紗々羅と同じように自分のに対して向けられた事のない表情を見てしまった。自分に対する恐れと嫌悪が伺えた事にショックを受け、明人の伸ばした手は力なく垂れ下がりぎゅっと拳を握り締める。


「紗々羅・・・お前」



周作の言葉にはっと気づいた紗々羅が慌てて明人の顔を見た。



「ご、ごめんなさい明人君。わ、私は・・・」

「構わないよ、紗々羅ちゃんがそう感じるのは当たり前だと思う」



明人は軽く頭を振って紗々羅から顔を背けた。紗々羅は何とか自分で立ち上がり明人の傍へ近寄っていく。そして血が滲むほど強く握り締めた明人の拳をそっと両手で包んだ。


「ちょっと驚いただけなの、ごめんなさい。さっきの明人君は私の知らない顔をしていたから・・・怖かった。でも今はこうして手を握ることも出来るわ。だから・・・そんな悲しそうな顔をしないで」


紗々羅は頬を赤く染めながらも必死に明人に向かって言葉を伝えようとしている。今の紗々羅に出来る精一杯だった。


「それとも明人君は助けてくれたお礼も言わせてくれないの?」

「そんなことないよ・・・でも俺は」


周作は不器用な2人、明人と娘を見て苦笑をした後、倒れた士官と兵を一瞥してため息をついた。


「しかし・・・彼らは自業自得とはいえ、まずい事になったな」


突然の出来事に固まっていた周りにいた難民たちが騒ぎだしている。このままだと騒ぎが広まり他の兵を呼び込みかねなかった。死体を始末し彼らの口を押さえる事は何とかなるだろうが・・・どちらにしろ巡回の兵が戻らなければテュランヌスのレジスタンス狩の手が伸びてくるのは必死だった。

周作はポケットから携帯電話を取り出しどこかに電話をかけはじめる。短い会話を終え携帯をしまうと明人を見た。


「すいません、殺すつもりはなかったんですが身体が自然に動いて・・・」


明人はその視線を受けて言い訳をするように言葉を漏らしたが徐々に小さく、そして消えてしまった。周作は明人の混乱が手に取るように分かった。確固たる自分の意思で行った訳でもない上、自身の記憶が曖昧なのに身体は人を殺す術を覚えている。その結果、向こうの自業自得とはいえ人を殺してしまった。その事実が明人にはショックだったのだろう。

明人は紗々羅の手をそっと解き握り締めた拳をじっと見ていた。そうすれば先ほど起こった出来事が消えるかのように自身の拳を睨みつけている。


さらに周作は明人の動きを見て青年の素性を考えていた。あれは余程の訓練か何度も実戦をこなさない限り、刷り込める物ではないからだ。


「分かっているさ。なあ明人君、君は軍人か何かをやっていたんじゃないか? 先ほどの動きは・・・訓練された兵士のものだ、それも何度も実戦をこなしている古参兵のな」


周作の顔はいつの間にかレストランの気の良いオヤジから歴戦の陸軍士官のものに変わっていた。明人はその変化に驚きつつ周作の顔を見つめた。


「俺にはわかりません。ですが・・・こんな事が自分にできるとは思いませんでした」

「やはり記憶は戻ってないのか」

「はい。ですがこのままではおじさんや紗々羅ちゃん、キャンプの人達に迷惑が掛かってしまいます、俺は一体どうすれば・・・」

「わ、私は迷惑だなんて・・・」


その時ジープが走ってくるのが見えた。

明人は慌てて周作を見る。ジープには武装した兵たちが乗っているが見えたからだ。だが周作は軽く頭を振るだけだった。

ジープは周作と明人の前に止まり5人の兵が降り立った。彼らは制服を着ておらず民兵といった感じだったが雰囲気は本物の兵士と変わりがなかった。2人が辺りを警戒する為、ジープの前後につくと周りにいた難民たちに銃を向ける。それを見た難民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げさった。


「我々は抗テュランヌス組織“真紅の夜明けライジング・サン”だ」


彼らは明人と周作に銃を突きつけてそう名乗った。


「ああ、このゴミを始末しておいてくれ」


周作は周りに聞こえないように小さな声でそっけなくリーダーと思しき男に命令した。


「了解」


リーダーと思しき男が残りの2人に顎をしゃくると兵たちは倒れている4人の州兵をジープに放り込んだ

周作とリーダーのやり取りとただならぬ様子に明人は度肝を抜かれた。


「あ、貴方は一体・・・何者なんですか?」

「ん? ただのレストランのオヤジさ。客の中にこういった人間がいる事を知っているってだけだ」


周作の物言いにリーダーは苦笑を漏らしたが何も言わなかった。


「彼は明人君というんだがあの兵たちを殺してしまった、あんたらが匿ってくれないか? このままだとテュランヌスに追われる事は必死だ」

「そうか。散々女に暴行を繰り返してきた奴等だ、当然の報いだな。君さえ良ければ我々は受け入れる、一人でも優秀なが欲しいんだ」


その物言いに明人は不愉快さを覚えたが今の自分の立場を考えるとそんな事は些細なことだと思った。このまま桜樹一家と一緒にいれば必ず彼らに迷惑がかかるのが目に見えているからだ。明人としては周作の提案を受け入れるのが一番良い選択だと思った。


「分かった、アンタたちと共に行く」


明人はリーダーに向けてそう言うと周作と紗々羅に向き再度自分の決意を伝える。


「おじさん、紗々羅ちゃん。俺、彼らと一緒に行きます。今まで散々お世話になったのに何のお礼も返せていないのが心苦しいですが」

「なに大した事はしていない。明人君、彼らの情報網を使って本当の自分を探してみるのも手だ。君の記憶が早く戻る事を祈っているよ」


周作は大きな手を伸ばし明人の手をがっちりと掴んだ。明人も今までの世話になった感謝の気持ちが伝わるように丁寧に握手をした。そして紗々羅には大事な女性に向けるのと同じくらい優しい笑みを向けた。

明人はリーダーに銃を突きつけられたまま(難民に対する演技で)ジープに向けて歩き出したが思い出したように振り向き周作に声をかけた。


「そうだ、おじさん。ひとつお願いがあるんですが」

「なんだい?」

「“桜樹”という苗字をお借りして良いですか? やはり名前の明人だけでは不便なので」

「別に構わないよ、その方が喜ぶ人間もいるからな」


周作は意味ありげに微笑し自分の娘を見た。この時ばかりはいつものレストランのオヤジの顔に戻った。

その視線を受けた紗々羅は「べ、別に・・・」と赤くなってそっぽを向いてしまう。

明人は紗々羅と周作に再度微笑むと“真紅の夜明けライジング・サン”のメンバーと共にジープに乗った。




去り行くジープを見ながら紗々羅は自分の父に問いかける。


「ねえ・・・父さん、明人君大丈夫かな」

「わからん、ただ俺のカンだが・・・明人君は生き残る術を持っているし使う場所も知っている。“真紅の夜明けライジング・サン”にとって得がたい人物になると思っているよ」


レストラン“アンバー”店主・桜樹周作はかつて日本陸軍習志野第一空挺団を率いていた元大佐であり、現“真紅の夜明けライジング・サン”リーダーという立場だった。彼の選択がいかなる結果をもたらすのか未だしばらく時間が必要だった。



こうして明人という名の青年は桜樹という苗字を得、“真紅の夜明けライジング・サン”のメンバーとなった。アジトに連れていかれた明人はさまざまな適正検査を受けた後、個人戦技と艦船を使用した戦術面で優秀さを認められた。明人自身は戦闘になど関わりあいたくなかったが組織は出来たばかりで一人何役もこなさなければならなかった。

真紅の夜明けライジング・サン”としては個人戦技が優秀な明人を陸戦か諜報に配置したかったが彼の強い要望により米方面に配属される事になった。彼は“真紅の夜明けライジング・サン”に入る事になったあの出来事のせいか直接人を殺める光景が見たくなかったのだ。


明人が“影護四輔”と“新城ナギ”いう名前を知るのは今から半年後。さらに出会うきっかけになったバンクーバーの戦いはその1年後だった。

この2人との出会いが桜樹明人という人間とこの世界を大きく変えていったのは周知の通りである。



− あとがきという名の戯言 −

作者です、最後まで読んでいただきありがとうございます。

ようやく4ヶ月に渡った繁忙期が終わりました! 壊れたマシンも復活しましたし、これで連合海軍&外伝の執筆が進みそうです(笑)。

さすがに会社では思いっきり書けないし、家に居て思いついたネタがあってもマシンがなければメモれず忘れてしまうので、紙に書いておきましたがパソコンの便利さを覚えているため、なかなかメモれずネタの幾つかは頭の中だけで消えてしまいました。


って事で今回の話は明人が“真紅の夜明けライジング・サン”に参加するきっかけとなった話でした。改訂前は読者の“明人”というイメージに頼って描写を省略していた訳ですが(ナデシコキャラを使っているのはDFや重力波動砲ネタを使いたかったのも有りますがその方がイメージしやすいと考えたから)少しづつ書き足していこうかと。

それと改訂前ではあまり書き込んでいなかった謎の組織(笑)“真紅の夜明けライジング・サン”のリーダー、桜樹周作一家を登場させました。こちらも書き込み不足でなんじゃいこの怪しげな組織はみたいな感じでしたので。まあゲームの中でも主人公が所属するレジスタンスの組織構造は謎に満ち溢れていたのでそのままでも良かったんですけどねえ(苦笑)。

はい、次回ですが改訂前に載せた外伝2「マシンチャイルド」を若干手直ししたものです。シーンの追加や今回の話とリンクした逸話が出てきますが基本的な流れは変わっていません。大幅変更といきたかったのですが、なかなか上手くいかないのは作者の力量の無さ故なのでご勘弁です。

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

「周知のとおりである」ってーほど明人の軌跡は明らかになってないと思うんですよ、いまんとこ(爆)。

まぁそれはさておき。

 

>五体満足

片腕が折れてるのにこの表現はないと思うんですよ。

体のどこも欠損してないという意味で使っているんでしょうけど、

切断までは行かないにしろ手足が動かなくなるほどの深手なら「満足」とは言わないかと。

 

病院の中には自分より不幸なベッドを必要とする怪我人が幾らでもいるのだ。

ここは当然「自分より不幸な」「ベッドを必要とする」のそれぞれが「怪我人」にかかるわけですが、区切ってないと分かりにくいかと。

「自分より不幸なベッド」では何がなにやら分かりませんが、そう言う誤解を与えるような書き方は可能な限り避けるべきです。

まぁ、「自分より不幸な、ベッドを必要とする怪我人が幾らでもいるのだ」と点を一つ打てば済む事ですが。

 

>その光景は記憶と身寄りのない明人でさえ魂の号泣とでもいうような心の痛みを感じている。

表現が大袈裟過ぎ。

「魂の号泣」なんてのは心の底からの慟哭を表現するような言い回しじゃないですか?

表現は用法用量を守って適材適所に使いましょう。

 

>このままでは紗々羅は連れていかれ、ぼろ雑巾のようになって帰って来るのが目に見えたからだ。

この場合は「目に見えている」ですね。

 

>声無き雄叫び

多分適切というか、瑞羽さんの意図として適切なのは「言葉にならない雄叫び」かと。

 

>周作は意味ありげに微笑し自分の娘を見た。この時ばかりはいつものレストランのオヤジの顔に戻った。

ここだけではありませんが、「〜〜だった」「〜〜だった」 「〜した」など、過去形を連続させるのはNGです。

どうしてもテンポが悪くなりますからね。

「周作は意味ありげに微笑し自分の娘を見る。この時ばかりはいつものレストランのオヤジの顔に戻っていた」

などと、文章の時制を上手く調節すると、それだけで随分読みやすくなります。