─ 2096年9月10日 ウィルシア サンディエゴ海軍基地 ─

海軍大将の階級章を付けた男はカップを持ち上げたところで動きを止めた。彼のもっとも信頼する腹心が報告に現れたからだ。

因達羅インダラか」

「は。ご報告を申し上げます。クルーガー閣下の予想通り“異形の黒”が現れましたが、抹殺を達成できなかったようです。航空戦艦〈ムスペルヘイム〉も撃沈され、招杜羅ショウトラさんは戦死。〈エステバリス〉も撃破されました」

「そうか、“異形の黒”め、この世界でも鋼鉄くろがねを護り私の邪魔をする気らしいな」


クルーガーは優雅な手つきでカップを口元につけコーヒーを一口飲んだ。芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


「副目的の“英雄”の殺害も“異形の黒”に阻止されたようです」

「“連合海軍の英雄まがいもの”など討ち漏らしてかまわん。廃棄寸前の旧式超兵器を撃沈しただけで英雄と呼ばれている存在など取るにたりん。所詮はこの世界の影護四補の代役・・・・・・・、哀れな道化にすぎん、いずれ私が殺す」


そう言い捨て嘲るようにクルーガーは笑う。毒素が滲み出てくるような嘲笑だった。


「閣下、それと招杜羅さんのエステバリスから送られた“英雄”の艦の映像が届いてます」


インダラはVTRのリモコンを操作しエアウィンドウに映像を映した。巨大な艦橋をもつ巡洋艦と思しき艦がVLSからミサイルを発射し、轟音と共に双胴戦艦から撃ち出された砲弾を打ち砕いた。


「・・・ほう」


そう言ったきり映像を眺めている。


「これは懐かしい老兵だな。私が新米少尉の頃 環太平洋合同演習リムパックで良く見かけたものだ」


傲岸をそのまま体現したようなクルーガーの顔にわずかばかりの懐古が伺えた。


「艦橋は6層、マストはラティス構造。日本海軍、いや海上自衛隊・・・・・の〈こんごう〉級か」

「はい、我らが世界に存在した日本のイージス艦です。ネームシップの〈こんごう〉は朝鮮動乱時に突然消息不明となっています。原因は不明ですが北か中国の潜水艦に沈められたという推測がありましたが・・・」

「その2国の潜水艦にやられるほど合衆国の武器は欠陥品ではない。あの時点で最高の対空・対潜性能を持っていた艦だ」

「はっ、失礼しました。〈きりしま〉は同じく朝鮮動乱でテロにあい戦没、〈みょうこう〉〈ちょうかい〉は日本動乱時にテュランヌス軍に接収され、その後我が国の艦隊と戦い戦没しています。

超兵器大戦後の日本では15800トンのイージス巡洋艦〈たかちほ〉級に変わっております」


手元のバインダーを見ながら因達羅の報告が続く。


「なるほどな、イージスか。この世界独自の技術で〈始祖鳥アルケオプテリクス〉を墜とせる物はないと思っていたが・・・これでアレが落とされた理由がついたな」

クルーガーの鋭い視線がエアウィンドウに映っている〈こんごう〉を見る。


「は。ですがこれは一体・・・」


自分たちの与り知らない転移艦の存在。“異形の黒”を除けば彼らが連れてきた艦以外に転移艦が存在するという事態に因達羅の顔に戸惑いが浮ぶ。


「少なくとも我らが《遺跡》の仕業ではない。だが・・・これでこの世界にも“転  移ボソンジャンプ”を司る存在を確認できた。

因達羅、全力でこの世界に隠されている《遺跡》を探し出し入手するのだ。“ニブルヘイム”にいる〈タッカ・シャントリエリ〉を呼び戻し捜索に当たらせろ」

「はっ!」


因達羅はクルーガーの言葉に敬礼し、踵を返すと執務室を出た。



─ 2096年9月10日 ウィルシア サンディエゴ基地 ─

「どうした、祐樹」

「え?」


因達羅こと相馬祐樹は声をかけられ慌てて振り向いた。

因達羅はクルーガーの執務室を出、現状の把握と今後の作戦をどうするか思案していた。そのせいで仲間が近づいてくるのを察知できなかったのだ。普段の彼ならそんな事は有り得なかったが相手が足音と気配を絶つ人間では仕方がないだろう。声をかけてきたのは因達羅と同じ特殊部隊・一二神将が一人、ハイラ・シェファード中佐だった。

彼は部隊の副将とも言える人間で“性格に難があるが腕は超一流”という基準で選抜されている一二神将の中で唯一といっても良い常識人だった。リーダーの因達羅が暴走した場合、引止役はほとんど彼に押し付けられる。さらに単独行動の多い因達羅に代わり部隊の統率は彼が執る事が多かった。


「・・・あ、波夷羅ハイラさん。どうしたんですか?」

「閣下からの呼び出しだ」

「そうですか」


そっけなく返事をした相馬に不審な物を感じたハイラは目を細めた。


「どうした、いつもと雰囲気が違うが」


ハイラは心配そうに相馬の顔を覗き込んだ。


「はい? 雰囲気、ですか・・・そんな顔をしてましたか?」


ハイラの指摘に相馬は不思議そうに首を傾ける。


十二神将われらのリーダーは常に毅然としているからな」

「買いかぶりですよ、それ」


ハイラの言葉に相馬は苦笑を浮かべ頭を振った。だが少し思案するような表情を浮かべるとハイラを誘った。この場では人が多すぎてとても機密を話せるものではないからだ。


「ハイラさん、少し時間ありますか?」

「少し待っててくれ、閣下にお会いした後だ」

「わかりました」


そういうとハイラはクルーガーの執務室に足早に向かっていった。





─ 2096年9月10日 ウィルシア サンディエゴ市街 ─


クルーガーとの接見を終えたハイラと相馬はサン・ディエゴの海岸沿いにあるバーのテラスにいた。お互い部隊創設から参加している古参で気心は知れているのでビールを片手に世間話をするような雰囲気だった。

「そうか、この世界ここにも《遺跡》があると言われたのか、閣下は」


無精髭をこすりながら波夷羅はビールを一口飲んだ。


「ええ、北海にいる〈タッカ・シャントリエリブラックキャット〉を探索に向かわせます」
「〈タッカ・シャントリエリブラックキャット〉か、スティルス戦艦〈マレ・ブラッタ〉級4番艦だな。確かに隠密で探すにはもってこいの艦だが」


相馬の持ち出してきた話題は自分たちの存在を揺るがしかねない物だった。彼らは“異形の黒”との戦闘中、アクシデントに見舞われこの世界に飛ばされてきた。転移した事実を受け入れた時、真っ先に前世界で《遺跡》の隠されていた“ニブルヘイム”を捜索した。そこに行き、《遺跡》を手に入れれば元の世界に戻れる可能性が高かいのではないかという結論だったのだ。

ところが探せど探せど自分たちの世界にあった《遺跡》は影も形もなく、あったのは巨大なクレーターだけだった。それが自分たちの預かり知らぬ転移艦〈こんごう〉の存在で、確実にこの世界に《遺跡》があると確認できたのだ。


波夷羅は空を見上げる。抜けるような真っ青な空に真っ白い雲が流れていく。ここも転移世界むこうも同じ空の色をしている事を思い出す。


「向こうでの戦いはともかく、ここでの我らが戦いは向こうの世界に戻る為の物だった。その為に我らの持つオーバーテクノロジーを合衆国に提供し、その見返りとして何者にも邪魔されぬように敵を寄せ付けぬほど強力な〈ヴォルケンクラッツァー・ツヴァイ〉を建造したはず」


ハイラの呟きにも似た言葉に相馬はビールを一口口に含んだ。


「こればかりは閣下の御心次第ですよ。僕たちは閣下の手足です、余計な事は考えないことです」

「それはそうなんだがな」


相馬の言葉に苦笑を浮かべ、ハイラは残ったビールをあおる。その飲み方はやるせないと暗に言っているような感じだった。実際のところハイラの言っている事は皆分かってはいたが《遺跡》のゲートキーパーたるクルーガーの言う通りに動くしか手がないのも事実だった。

ハイラの表情を見た相馬は話題を変える事にしたようだ。


「それと僕個人の考えなんですが・・・」

「どんな事だ?」


突然話題を変えた相馬の言葉に戦いの意味を今考えても仕方ないと思ったのだろう、ハイラは乗ることにした。


「閣下の仇敵、この世界の影護四補は僕たちが来た時点ですでに死亡していました・・・・・・・・・・

こちらの“異形の黒”と思しき人間と我が世界で日本の首相だった御劔省吾、“深紅の夜明けライジングサン”リーダーの桜樹周作だけではなく、この世界で我らに仇なす可能性のある人間を、いわゆるあの大戦のキーマンたちを排除しています」

「もっとも御劔省吾は日本の首相などではなく、ナーウィシアの一般人でただの艦艇技術者だった。桜樹周作も普通の陸軍士官だったがな。もしかしたら・・・我らは早まったのかもしれん」


腕を組み相馬の言葉をじっと聞いていたハイラは自分の考えを話す。この事に関しては自分なりに考察はしていた。特に宿敵とも言える“異形の黒”の存在は無視できないからだ。


「どういう事です?」

「特に“異形の黒”の存在がな。こちらの存在がなくなったが故に我らの世界の“異形の黒”を呼び込んだとしか思えぬのだ」

「この世界に存在は常に1人という事ですか」

「そういう事だ」


ハイラは深く頷くと相馬を見た。


「祐樹、君はどう思う?」

「わかりません。実際“異形の黒”が存在し、僕たちの前に立ちふさがっています。そして僕が出来るのは彼と戦う事だけです。閣下の為だけじゃありません、僕自身の戦いをします」

伐折羅バサラの仇をとるつもりでいるのか?」


ハイラは自分の言葉が相馬の逆鱗に触れるのは分かっていたが聞かずにはいられなかった。


「まさか、そんな気はありませんよ。僕は負け犬になりたくないだけです、この世界で死ぬのはゴメンです!」


相馬は口を引き結びギリギリと奥歯を噛み鳴らすとハイラを睨みつけた。彼にとって“異形の黒”に破れ死んだ伐折羅は負け犬の象徴でしかなかい。ハイラの冷静な、自分を観察するような表情を見て激昂していた感情がすっと静まった。

相馬は他人を揶揄しその反応を観察して楽しむ悪癖があったが自分がその対象になるのはごめんだった。


「すみません・・・感情的になっちゃいましたね」

「いや、こっちこそすまなかった」

「死んだと言えば招杜羅さんが戦死しました」

「先程、閣下から聞いた。そうか、また“異形の黒”に狩られ同志が減ってしまったな。我が一二神将も残り6人、こちらで補充した3人を除けば向こうの世界から付き従っているのは祐樹、俺、真達羅ワイズ・ベクターの3人しかない」


溜息交じりの言葉は剛毅という印象を持つハイラには相応しくない台詞だった。


「波夷羅さんらしくないですね、寂寥・・・ですか?」

「そうかもしれんな。同志だけではない、私の家族は向こうにいる。できれば元の世界に帰りたいと思っているよ。祐樹、君はどうなんだ?」

「僕、ですか? 僕の守りたい物は向こうにはありませんから。僕は僕を必要としてくれる閣下についていくだけです」


ハイラには感情を殺し無表情で海を見つめている相馬の顔は寂しげに見えた。


(口ではどう言おうとバサラの事を一番気にしていたのは祐樹、君だからな)


ハイラは持っていた空になっているバドワイザーの缶を握りつぶし、死んだバサラを悼むように2本目を軽く掲げるとプルトップを開けると一気に飲み干した。


相馬はその姿を見ながら彼女のことを思い出す。ハイラには強く否定したが普段はなるべく思い出さないようにしているだけだった。

あの時・・・相馬の本当の意味での同志であったバサラの死の間際の顔を思い出す。“異形の黒”との戦いに敗れた彼女の長い黒髪は乱れ、身体は真っ赤な血に塗れていた。そしてもっと生きる事が出来たのに“生を受けた以上、どんな事があっても必ず生き残る”と約束した相馬の目の前でそれを拒み、死んでいった。

相馬にとって自分の生を否定したバサラは負け犬でしかなく、彼女のように死ぬのはゴメンだった。生まれてきた以上、自分はどんな事をしても必ず生き残り、最後まであがく。そして、最後に彼女を得る事で自分は完璧になれる。


“異形の黒”の傍にいる、あの銀の少女。ヒトを超越したプリムローズ、リース・プセウド-ナルシスを手に入れる為に。

 

 

 

 

連合海軍物語

第24話 零号艦、その名は〈和泉〉


─ 2096年9月15日 ナーウィシア青天中学校3-A 始業前 ─

キーンコーンカーンコーン



高台にある白亜の校舎に個性のない5分前の予鈴が鳴り響いた。もっとも個性があったからといって彼にはどうでも良い話だったろう。


ここ3-Aの教室で彼こと針井達也は窓際にある自分の席に座り、鳴った予鈴に頓着もせず物憂げに窓の外に広がる青空を見ている。


ナーウィシアの首都・水都から40キロ沖合いにある海岸線400キロもある大きな島。

“風雅島”と呼ばれるこの土地は基地・研究所として開発されたとはいえまだまだ緑が残っており、熱帯雨林特有の緑の濃い風景は長閑で戦争をしている事を忘れさせる。

だが長閑な風景とは裏腹にこの島は連合海軍、いや地球連合軍の兵器開発の最重要地として名が知られており、実はもっとも長閑という言葉から遠い土地でもあった。

ナーウィシアいや、連合海軍の技術の中心地であるこの島には海軍工廠があり、数多くのドックや研究施設には数万の技術者たちが働いている。

当然、技術者によっては家族を連れてきており、この学校・ナーウィシア公立青天中学校はその技術者たちの子弟が通う学校だった。生徒によっては水都から40キロという距離の短さを利用して、本土から出ている高速連絡船〈いるか〉や〈しゃち〉で通学する者もいたが大部分はこの島に住んでいる。


ナーウィシアは人材育成の一環として教育に力を入れている。軍と教育に結構な額の国家予算が費やされていた。

義務教育は日本と同じで中学校までになっており、高校から先は自由に進路が選べる。高校は公立、私立と2つに分けられているが公立の方が生徒たちの親に優しい。すなわち懐に優しい為、人が集まりが良く必然的にレベルが高くなっている。

もちろん私立でも低価格・高レベルな教育を文句に誘致を行っているが、私立という営業形態ゆえ国の補助が受けられる公立より分が悪かった。

さて公立校に入学した子供の場合、優秀な成績を残し卒業した者はそれまでの教育費が免除され、進学・就職の優遇措置が行われる。

普通の成績の者でも卒業時半額免除、高校卒業後は軍関連に就職する場合は就職の斡旋と融通、日本の長崎県佐世保にある連合兵科大を希望する者は受験教科の特定科目の免除が行われる。

当然、優秀な者は無試験の推選枠が取られており今の時勢を考えてこちらに進学する人間も多い。

大学に関しても入学は容易だが卒業は難しい。少なくともバイトや遊びに明け暮れている人間はまず間違いなく進級・卒業試験に落ちる。某国大学生のようにバラ色のキャンパスライフとやらを送りたければその国の大学に留学すれば良い。

特別な理由がない限りそのまま留年が確定する。補習や補講? 救いの道はないのかと言われそうだがそんなものある訳がない。自己管理の出来ない人間は外に出せない、これは会社だろうと軍だろうと一緒だ。

バイトで自分の教育費を支払うという人間もいるがその為に時間を費やし、学を疎かにするのは本末転倒なので補助金制度がある。それでも生徒自身が続けたいと希望した場合は自主性を考慮して学校側はそれ以上何もしない、限界を迎え必要になれば利用すれば良いという考えになっている。


真剣に学を求める生徒には好条件だがやる気のない人間に対して甘くない。教育費の全額支払いが求められ(それでも他国より安い)、容赦なく留年・卒業保留・放校という道が待っている。使われているお金は国民から徴収した税金だからだ。

税という物に対しての認識は小学校時から教育が行われている。ナーウィシア国民の認識は極端な言い方をすれば税を無駄使いする者は非国民扱いだ。

特に政治家・官僚に対しては厳しく見ており、私的流用の場合、政治家・公務員職追放、悪質な者にはより重い重罰が科せられる。その分、給与は責任と地位に見合うように高くなっているのだが、欲深い人間はどこにでもおり、そういった人間は見せしめに近い形で罰を受ける。

国民からすれば誰しも汗水垂らして働いて稼いで納税した物を無駄使いしてもらいたくはないだろう。それを知っていて彼らは私的流用を行うのだ、制裁に遠慮はいるまい。


そういった事もありナーウィシアは能力第一、能力次第で幾らでも上にあがれるあたり学歴尊重の日本と違って米国に近いものになっている。能力主義だけに偏よると問題があるので精神教育の方も教育期間中を通して行われていた。


余談が長くなった、彼の話に戻ろう。


始業前のこの時間、彼のクラスメートたちは今日やってくるという転校生を肴に盛り上がっておりクラス全体が騒がしい。

達也は気分がローテンションなのでその輪に入る気にならず、真っ青な空と雲を眺めていた。


「おい、ハーリー! 何、黄昏ているのよ?」


ちなみにハーリーとは達也の苗字、針井がなまってそうなった。級友たちのほとんどが“達也”ではなく“ハーリー”の方で呼んでいる。

声をかけてきたのは彼のクラスメートであるラピス・ラズリ。彼女の印象は一言で言えば“元気”。腰まである赤みがかった茶髪と小柄な体躯。ライトブラウンの瞳には活力が漲っており、動きも機敏、動物で例えるなら猫だろう。それも大人しい家猫ではなく、俊敏で知恵が働く山猫といった方が合っている。

ラピスの親とハーリーの親は職場の同期で、家族ぐるみで付き合っており、結構親しいという仲だった。事実とは違っていたが級友はハーリーをラピスの“彼氏”という風に認識している。だがラピスがハーリーの“彼女”と言われないあたりクラス内でのラピスとハーリーの立場を物語る。

ハーリー自身は幼なじみとも言えるラピスを女性として見ていなかった。もちろん彼女の事が嫌いではないが変に否定すれば級達の格好のネタになる。それが元で気兼ねのいらないこの関係を崩したくはなかった。

彼にとって少し面白くないのはラピスの方が3ヶ月ばかり早く生まれたのですぐに姉貴風を吹かせる事。ほんの少し癪だったが事実そうであり、現実が変えられないのがもどかしかった。さらに意思の弱い自分がラピスの尻に敷かれているという認識もあったので尚更だった。


「うっさいよ、ラピス。別になんでもないよ」


気分が鬱なせいかつい邪険に扱ってしまった。その言葉に眉を跳ね上げたラピスがハーリーを向けて含みのある笑みを浮べる。


「ふ〜ん、私に対してそういう事言うんだ」

「え? あ、いや。ゴメン、ちょっと気分が悪いんだ」


いつも以上に覇気のない返事をし突っかかってこないハーリーにラピスはつまらなそうに鼻をならした。


(あ〜、なんだかいつも以上にローテンションだね。ハーリー、転校生に興味ないのかな? 結構可愛い子らしいけど)


ラピスは正当に評価して何とか美形とも言えるハーリーの顔を見た。櫛は通してあるが整髪剤などを使っていないボサボサの黒髪が伸び放題になって目を隠している、まるで某ジャンルのゲーム主人公のようだった。


(それとハーリー、もうちょっと格好に気を使ったらもてるんだろうけど)


ハーリーは成績も良くクラス委員をしており顔立ちも悪くないのでクラスの女子の評価は悪くない。ただ他の男子より真面目でノリが悪く、そういう部分がつまらないと女子に評価されていた。

ラピスからすればノリだけの男の方が余程つまらないと思っていたが人それぞれなのでその評価については沈黙している。


「ねえ、マジで大丈夫? テストの成績でも悪かったの?」

「別にテストの結果のせいじゃないから」


そんなやり取りををしていると担任の篠片ささひら由真ゆまがやってきた。教師になってから3年目という新米から中堅教師になりかけた彼女だったが大雑把な性格で堅苦しくなく生徒たちのウケは悪くない。その担任の後ろから小柄な女の子が入ってきた。

すでにクラス内では転入は女子という事が(ご多分に漏れず)知れ渡っており、その娘のレベルが賭けの対象にもなっている。そんな訳でハーリーはなおさらその輪に入る気もおきずボーっと空を見ていたという。

ラピスは仕方なくハーリーとは反対の、廊下側にある自分の席に戻った。


「はーい、紹介します。今回、このクラスに転入する事になった暁瑠璃さんです」


「・・・はじめまして、暁瑠璃です」


外を見ていたハーリーの耳に転入生が発した消え入りそうな小さな声が聞こえた。ハーリーはクラス委員でもあるので転入生の面倒を見るという厄介事が回ってくるのが分かっていた。その事が今の憂鬱さの一部になっている。

さすがに最初から顔を合わせない訳にはいかないので仕方なく窓の外から教壇に顔を向け・・・固まった。


自分と同じ黒髪、いや日に焼けた自分の髪よりよほど黒い、黒檀のような黒髪と大きめの黒い瞳を持ち、日焼けとは無縁の真っ白い肌。

着ている制服はサイズが少し大きいようで袖が長く、手の平が半分くらい隠れていた。瑠璃の身体が小柄なので白いセーラー服に着られているといった感じになっている。白と黒のコントラストが妙に綺麗に見えハーリーはしばし見惚れた。


身近にいるラピスとは正反対な、静かで大人しそうな姿がハーリーのツボにはまる。


しばらく瑠璃に見惚れていたがほんの少しだけ彼女に違和感を感じた。


(あの子、表情が・・・変わらない? 緊張しているからかな)


最初はそう思ったが良く考えてみると緊張しているなら力が入る分、変化するはずだった。教壇に立っている暁瑠璃の白い顔は先ほどから少しも表情が変化していない。その無表情は人を寄せ付けないような冷たさは持っていなかったが、人形のようにハーリーには見えた。


「瑠璃さんは日本の星霜女学院からやってきました。星霜女学園は幼稚園から大学院までエスカレーター式の私立女子校です」


女子校という単語に「おおおっ!」と男子生徒がどよめく。ハーリーも例外ではなくマジマジといった感じで瑠璃を見つめた。由真はそんな生徒たちを面白そうに眺めながら説明を続けていく。


「共学は初めてという事なので男子はいぢめちゃ・・・コラ、そこの男子!」


瑠璃を見て私語をしていた男子に向けて由真はびしりと指差す。男子生徒、愛称サブが慌てて前を向き担任を見た。


「そっ、そそそそそ、そんな事するわけねーじゃねえか!」


サブは突然由真に言われた事でしどろもどろになってしまう。後ろでは草津みのりという女生徒が担任に怒られたサブの事を「ばーか、ばーか!」とからかっていた。それにムキになって突っかかるサブを周りが笑って囃し立てている。騒がしい教室も由真にとっては普通の事のようで同じように笑っていた。


「それなら結構。ということでいぢめちゃ駄目ですよ。女子の皆さん、いろいろと教えてあげて頂戴ね。じゃあ暁さん、針井君の隣の席が空いているので座ってね」

「・・・はい」


小さくそう答えると瑠璃はハーリーの隣にある机にとてとてと歩いてきて小さく頭を下げた。


「・・・よろしく」

「こ、こちらこそ」


瑠璃の挨拶の言葉にどぎまぎしてしまうハーリー。


「針井くんは学級委員なので暁さんに学校の中とか案内してあげてね。暁さんが可愛いからって人気のないところに連れ込んだりしちゃ駄目なんだから」

「あ、あ、あ、当たり前じゃないですか! 先生がそんな事を言って良いんですかッ!?」


由真のからかいに真面目なハーリーは真っ赤になった。目ざとくそれを見た級友達がからかいネタをハーリーに求め、冷やかしが始まった。それを面白くなさそうに見ているラピス。


「んー? 教育者だから先に言っているんじゃない、針井クン♪」


けらけら笑っている由真の物言いと級友達の冷やかしにハーリーのテンションがますます下がっていく。その様子を無表情で眺めている瑠璃だった。



─ 2096年9月15日 ナーウィシア青天中学校3-A 放課後 ─

休み時間の度に囲まれ質問攻めにあっていた瑠璃だったがさすがに授業も終わると級友たちも早く帰りたいらしく、囲まれる事もなかった。ハーリーはその事にほっとしている。

せっかく話かけようとしてもそういった状態では無理だった。カバンに教科書を入れ予め帰る準備を終えたハーリーは、隣の席に座っている瑠璃が自分を見ているのに気づいた。


「じゃあ、暁さん。学校を案内するからついて来て。教室に戻ってくるからカバンは置いといて良いよ」

「・・・針井君、瑠璃で良いから」

「え? ・・・でも」


無表情のまま瑠璃が突然言い出した事に困惑するハーリー。さすがに今日あったばかりでいきなり“瑠璃”と呼び捨てにはできないだろう、少なくとも根が真面目な彼には無理な話だった。


「んー、じゃあ瑠璃さんって呼ばせてもらうよ。僕はハーリーで良いから。みんなもそう呼んでるし」

「・・・わかりました、ハーリー君」


ハーリーの言葉にこっくりと小さく頷く瑠璃。その反応を興味深く見ていたハーリーは突然後ろから声をかけられビクリとする。


「ハーリー、暁さんを案内するの?」

「げっ! ラピス」


予想していたとはいえ、振り向くとラピスの顔があった。


「ちょっと、ハーリー。げっ! って何よ、げって言うのは!?

あ、ごめんね暁さん。私、ラピス、ラピス・ラズリ。よろしくね」


自分を忌避するような声を上げた彼に文句を言ったあと、瑠璃にぴょこっと頭を下げ自己紹介するラピス。それをイヤな顔で見ているハーリー。


「そうだけど・・・何か用?」

「私も付き合おうかと思って。ハーリーじゃ案内できないトコもあるしね」


ラピスの提案にますます渋面を作るハーリー。一緒について来られた場合、彼や瑠璃に対して何を言い出すか分からないからだ。なので思いっきり否定しておいた。


「そんなトコある訳ないよ」

「ふーん、女子棟にあるトイレや更衣室まで案内してくれる訳?」

「・・・」


(瑠璃さんは子供じゃないんだからそこまで案内しなきゃ分からないって事ないと思うんだけど・・・)


ハーリーがラピスの主張に反論しようと口を開いた時、ラピスがとんでもない事を言いはじめた。


「暁さん、ハーリーってムッツリだから気をつけてね」

「ちょ、ちょっとラピス! 勝手にムッツリだなんて決めないでよ!!」

「じゃあ明るいスケベ?」


ニコニコといった感じで笑って聞き返すラピス。その表情に思いっきり顔をしかめるハーリー。


「・・・それも嫌だ」

「我侭だね、ハーリーって」


ラピスは溜息をつき肩をすくめると呆れたように彼を見た。ハーリーは頭を掻き毟りラピスを睨みつけた。


「あー、もう! 僕がスケベじゃない選択肢はないの?」

「はいはい、時間もない事だし暁さん、行きましょ」


ラピスはハーリーの主張をあっさり無視して瑠璃を連れ、廊下に向かって歩きはじめた。すなわち彼の言う選択肢とやらはないという事らしい。ハーリーはがっくりと頭を垂れた。


「・・・わかりました。ハーリー君、いこ?」


瑠璃が振り向き項垂れたままになっているハーリーに声をかけた。

瑠璃の繊細な声を聴き顔を上げたハーリーは窓から差し込む光で瑠璃が浮き上がっているように見えた。逆光で瑠璃の表情は良く分からなかったがほんの少し笑ったように見えた。そう感じたハーリーの気持ちは明るくなり慌てて2人の後を追った。




─ 2096年9月18日 ナーウィシア青天中学校3-A ─


瑠璃が転校してきて数日。

ハーリーは休み時間や放課後になると彼女を連れて学校や市内を案内して回った。最初はいつも一緒にいる為、からかいネタになっていたが根が真面目なハーリーなので奴なりに一生懸命なんんだろうという事でからかいはすぐに収まった。

もっともクラス内の実力者でもあるラピスが裏で暗躍しているのは言うまでもない。そのラピスもハーリーを監視するように一緒についてきて案内していたのはお約束だったが。


最初に気になっていた無表情はここ数日一緒にいて分かった事があった。無表情故に瑠璃に感情がない訳ではなく、心の動きが表情や言葉に出づらいだけではないかと考えていた。話していても会話が短いのもあってそっけなく感じる時はあったが、雰囲気というかほんのわずかな変化で瑠璃の感情が動いているのが何となく分かるような気になっていた。

今日はラピスもおらずようやく2人きりで街を案内できそうだったのでハーリーの心は浮き足だっている。それを瑠璃に悟られないように真面目な表情をつくり校門に向け一緒に歩いていく。


(はぁ・・・せっかく2人きりなのに今日も17時までなのかな)


目下ハーリーの不満というか疑問は瑠璃が17時になると必ず帰ってしまうという事だった。

その理由だが瑠璃は学校を終えると葛城ラボに行き、ワンマンオペレーションシステムの開発を行っているのだ。プロジェクトチームが組まれ瑠璃の負担はかなり軽減したが、やはり彼女のプログラミング技術は突出しており根幹となる部分は相変わらず彼女に委ねられている。

瑠璃個人としては学校にいかずにO.O.S.の開発に没頭していたかったが(学力はすでに大学レベルなので今更中学生レベルの授業を聞いても無駄だった)、親である泰山や隼人に反対され精神学の博士号を持つ久遠愛のアドバイスもあってきちんと学校に通うことになった。一人で過ごすことが当たり前になっている瑠璃の感情や対応は未発達で、なるべく多くの人と生活させる事で普通の人と同じレベルになるように考慮した結果だった。

瑠璃は一刻も早く完成せたかったのでこの提案に難を示したが、それを却下したのは沖田だった。さすがの沖田も幼い少女を研究漬けにするのは嫌だったのか隼人たちと同じように賛成し瑠璃に命令という最終手段をとったのだ。風雅島最高指令でもある彼の命令では葛城ラボの研究員兼軍属となった瑠璃に拒否権はなかった。


そのことをを思いだし内心で溜息をついたハーリーに隣を歩いていた瑠璃が声をかけてきた。


「・・・ハーリー君。今日は急いでいるの」

「あ、そうなんだ。じゃあ、また明日」

「・・・また」


ハーリーは瑠璃の言葉に間の悪さに心の中で号泣すると彼女に別れの挨拶をして校門の手前で立ち止まり、ゆっくりと歩いている瑠璃の華奢な背中を見送った。


「ふ〜ん、あれがハーリーの惚れている子かぁ」


「うわわぁわあぁあっ!!」



瑠璃を見送っていたハーリーは背中からいきなり声をかけられて飛び上がらんばかり・・・いや実際飛び上がって驚いた。


「お前、面白い叫び声リアクションをするな」


聞きなれた声にハーリーは慌てて後ろを振り向く。そこに立っていたのは同じ武道道場に通う兄弟子、そして第七戦隊旗艦〈金剛〉通信士・瑞葉の同期の高杉三郎太その人だった。


「さっ、ささささッ、三郎太さん! い、いきなり声をかけられれば誰だって驚きますよっ! それに何でこんなところに居るんですか」

「んー、軍務だよ」

「軍務?」


ハーリーの質問に三郎太はあっさり答えると去っていく瑠璃を見た。ハーリーも三郎太の視線を追い誰を護衛しているのが気づいた。


「ああ、お前と一緒にいた、あの娘の護衛」

「へッ!? で、でも何で瑠璃さんに護衛なんて・・・」


たかが一介の中学生に軍の護衛がついている事にハーリーは信じられない思いだった。


「まあ、お前が思っている以上にあの娘はVIPって事だよ」

「じゃあ護衛は良いんですか? 瑠璃さん行っちゃいますよ!?」


のんびりした三郎太の表情にハーリーは慌てて走り出そうとするのを三郎太は顔を横に振ることで止めた。


「良いんだよ、今日の護衛はここまでだ。このあと時間が空くんで道場に顔だそうと思ってさ。で、お前と一緒に行こうと思って待ってた。

それにしても・・・お前も隅におけないなァ」


そう言って三郎太は真面目な表情を崩すとニヤ〜リと人の悪い笑顔を浮かべハーリーの首を絞めるように抱きかかえる。

ハーリーは後頭部越しに感じるその笑みに背筋にゾクゾクと寒い物を感じた。

三郎太の笑みはそう、ネズミをいたぶる前の猫の雰囲気だったから。


ハーリーはやっかいな相手に見られたと後悔する。

だがその後悔も長くは続かなかった。ゆっくり後からついていった二人の見ている前で瑠璃が一人の男と落ち合うのを見てしまったから。

おまけに瑠璃の小さな手がその男の手にそっと絡まる光景を見れば。


ハーリーは愕然とし口がぱくぱくと餌をねだる鯉のようになっていた。


「あらら」

「・・・る、瑠璃さん」


三郎太は瑠璃の相手の素姓を知ってはいたが素早く確認した。

予想通り自分の知っている人間だと分かった途端、哀れみを込めた視線を弟弟子に向ける。


「おいおい、ハーリー。お前勝ち目のない相手がライバルだったんだよな」

「勝ち目がないってどういう事ですかっ?!」


三郎太の揶揄にかっとなったハーリーの視線は鋭かった。

その視線を受け流しやれやれといった感じで話し出す。


「お前、あの人が誰か知っているか?」

「知りませんよ、そんなの!!」


ハーリーの頭は目前の男にせっかく2人きりの時間を邪魔された嫉妬のあまり視野狭窄をおこし深く考える事を放棄していた。

三郎太はその様子にさらに苦笑を深める。


(まったく・・・そういう部分がお子様なんだよ、それじゃアイツに勝てないぜ、と)


「お前・・・風雅島ここにいるなら海軍の広報くらい見ろよな」

「だから!!」

「ったく、落ち着けよ。あの人は連合海軍の英雄・双岳少佐だぜ」

「・・・は?」


三郎太の口から出た名前に熱くなっていた思考が急速に冷えていく。中学生と云えどその名前は良く知っていた。寡兵で超兵器を沈めた英雄、自分の級友たちの中にも憧れをもって見ている人間が何人もいるのを知っている。

やれやれといった感じで頭を振り本人を前に堂々と男性評価を始めた。


「かたや幾ら優等生とはいえ、ただの中学生。強いて言えばルックスは良いか」

「強いて言わなくても結構ですッ!!」


三郎太の評価に対してハーリーが文句を言ったがあっさり受け流しさらに三郎太は話しを進める。


「一方、向こうは英雄という肩書きに地位は若くして戦隊司令、艦隊指揮だけじゃなくて素手での格闘戦ケンカも滅茶苦茶強いらしいぜ」

「つーか凄すぎませんか、ソレ(汗)。格闘も強いって・・・三郎太さんよりですか?」


三郎太はハーリーの問いにちょっと考えると苦笑気味に答えた。


「まず間違いなく俺より強いな」


その台詞にハーリーは驚いた。通っている古流道場の中で三郎太は一番強かったからだ。

そして今のところ自分の目標は三郎太に勝つ事なのだ。なのにライバルはずっとその上をいくという。


「戦ってもいないのにどうしてそんな事が分かるんですか?」


ハーリーは疑い深そうに三郎太を見る。いつものからかいかと思ったのだ。その顔を見て理由を話す事にしたようだ。


「少佐とは戦ってないがな、同等と言われる人に負けた。まあ、ナンパしたのが西堂中尉だったのが運の尽きだった訳だが」

「ナンパって・・・その中尉は女性ですよね?」


ナンパという言葉にハーリーは呆れたように三郎太を見る。ハーリーは海軍軍人たる者、スマートで軽々しく行動すべからずという印象を持っているのだ。


「当たり前だ、男をナンパしてどうすんだよ。その西堂彩中尉と同じくらい強いと言われているのが双岳少佐だよ。

女相手だから手加減していたんだが・・・馬鹿だった。全力でも中尉に軽くのされちまっただろうな」


三郎太はぼりぼりと頭を掻き悔しそうに呟いた。


「悔しいだろ、女にのされっぱなしっていうのは」

「もしかして・・・だから熱心に道場に通いはじめた?」


ハーリーは三郎太の意外な理由に再度驚く。確かに思い当たる節はあった、不真面目だった三郎太が急に真面目に通い始めたので変だとは思っていたのだ。熱血気味なところのある三郎太なだけにもっと熱い理由があると勝手に想像していたのだ。例えば“漢”を極めるとか。

それにしても・・・今日は三郎太には驚かされっぱなしだった。いつもはそういう事を聞いても軽く流され曖昧に笑って誤魔化されるのがオチだったから。


「ま、そんなトコだ。あ、俺の事はどうでも良いんだよ。

じゃ、お前との比較を続けるぞ。そうだな、ルックスも良い方だし優しいときたもんだ」


ハーリーと三郎太は何とはなしにお互いに見つめ合った。

変な間が2人の間に漂う。


「・・・すまん。これでお前に勝ち目のある部分って・・・あるのか?」


その間に耐えられなくなったのか三郎太は絶望的な表情を浮べ(もちろん演技だが)、ハーリーに向かって言った。


「な、なに言っているんですか! 僕には若さと時間があるじゃないですか、あんなおじさん・・・・に瑠璃さんは合いませんよ」


そこまで言われてハーリーで咄嗟に自分の有利そうな事柄を思い浮かべ三郎太に向けて唾を飛ばし、まくしたてるように主張した。


「・・・おい、ハーリー。俺も少佐どのと大して違わないんだが、そのおじさん・・・・ってやつには俺も含まれるのか?」


三郎太の底冷えをする声に自分の失言に気づいた。

慌てて両手を振り三郎太がいつも言っている台詞を拝借して言い訳にする。


「い、いえ、三郎太さんは別ですって。ほ、ほらいつも言っているじゃないですか! 永遠とわ二十歳はたちなんでしょう?」

「都合の良いときだけ持ち出してくるんじゃないよ」


三郎太は笑いながらコツンとハーリーの頭を軽く叩く。


「痛ッ!」

「でもさ、お前の言う“若さ”っていうのは未熟って事でもあるんだぜ。その未熟者がアイツを相手に勝てると思っているのか?」


ハーリーは叩かれた頭を抱え涙目になって三郎太を見上げる。


「そ、それは・・・」


そこまで言って悔しそうに黙り込んでしまうハーリー。出来の悪い弟を見るような顔をしていた三郎太だったが可愛そうになったのか、今度は励ます事にしたようだ。


「まあ、俺から見た少佐の感じを教えてやる。少佐殿にはな、“連合海軍最強の女たらし”という二つ名がある」

「そ、それ・・も最強なんですか! それじゃますます瑠璃さんが危ない!」


ハーリーは絶望的な表情と冷汗を満面に浮かべおろおろとし始める。その顔を見た三郎太は苦笑し、ハーリーの心配をフォローする。


「おいおい、あの人はロリコンじゃないから心配すんなって。瑠璃ちゃんだっけか、あの歳じゃ良くて可愛い妹ってところだろ。まあ、あの娘がどこまで本気か分からないけどな。

少佐の方だが、“たらし”っていう噂はやっかみだな」

「やっかみ?」


ハーリーは不思議そうに首を捻った。


「ああ。あの人の所属は試作兵器や試作艦の運用する実験艦隊なんだよ。当然、新鋭艦や新兵器が優先的に支給される」

「じゃあ、その事をやっかんで」


三郎太の説明にハーリーはなるほどと頷く。


「多分な。新兵器や新型艦があれば簡単に超兵器を沈められると思っているバカが多くて困るんだ。自分たちにも支給されれば沈めて見せるってな」


そう言ったあと、何かを思い出したのか三郎太は顔をしかめた。


「中学生に言ってもしょうがないんだが。既存兵器は散々使ってきて運用実績や整備が確立できていてトラブルも少ないんだ。反対に新型兵器や新型艦は運用実績がないだけにトラブルが多い。超兵器と戦っているときにそれが起こったらどうする?」

「そ、それは・・・」


三郎太の真剣な問いにハーリーはなんと答えようか迷った。


「すまん、マジで聞いちまった。別に答えなくていい」


ハーリーの困ったような顔を見た三郎太は苦笑し自分の質問を取り下げた。


(やれやれ、中学生にこんな事を聞いても仕方ないんだが。それにしてもこんな事をハーリー相手に口にしちまうなんて俺もまだまだだな)


護衛任務の前に上官から聞かされたウィルシア侵攻の可能性にナーバスになっているのかしれない。自分に自重すると表情を改め、自分の知っている事をハーリーに伝えた。


「俺の同期が旗艦に乗っているんだが、話を聞くと女に対しては優柔不断だとさ。まあ・・・その同期も少佐どのに惚れてる口だから余計そう思えるのかもしれんが」


卒業式のあの日、強烈な肘鉄を腹に食らい悶絶寸前だったことを思い出す。三郎太は気の強い女性が好みだったので瑞葉の事が気にかかっており、連絡だけは欠かさないようにしていたので知っている情報だった。


その話を聞きハーリーは溜息を漏らした。結局のところ、ライバルとしては新米戦士とドラゴンを比べるようなものだというのが分かった。


「はぁ・・・たらしではないけど、モテる人ってのは変わらないんですね」

「そうとも言うな。まあ、お前にはお前の良いところがあるんだ、少佐と比べてもしょうがないだろ」


三郎太がしたり顔で結論をまとめる。


「って、三郎太さんが勝手に比較したんじゃないですかッ!」

「あれ? そうだっけ?」


すっとぼけて明後日の方向を見る三郎太。

そんな彼を見ておもちゃにされたハーリーの顔は不満げだった。


「そうですよ。まったく」


ぶつぶつ言っているハーリーの後ろからのんびりついていく三郎太。


その姿を苦笑しながら見ていた三郎太は一人ごちた。






「ガンバレよ、少年」






ハーリーが主張したようにこれから先、彼には長い時間がある。未熟だと自覚するなら熱血と努力で男の磨がけば良い。やり方次第では本当にあの娘を振り向かせることも不可能ではないからだ。

目の前の少年はまだ15歳で、自分などより遙かに若い。そして彼には様々な可能性が広がっている。

その可能性に立ち向かい、困難を乗り越え───格好良い男になれ。


そういう意味で三郎太はハーリーにむけて声援を送った、彼に聞こえないほど小さくではあったが。こういった辺りが高杉三郎太という男の性格を現しており、真骨頂。


「なにやっているんですか、三郎太さん。稽古始まっちゃいますよ!」

「おう、悪ぃ悪ぃ!」


地平線に沈む直前の真っ赤な太陽の光を浴びてハーリーと三郎太の影がニューギニアの大地に長く伸びていく。


「よ〜し、燃えてきた! 瑠璃さん、見ていてください! 今日こそ男をあげてみせます。三郎太さんを僕の足元に平伏させ、無表情の貴女を驚かせてみせますからっ!」


ハーリーは拳を固め誓いを新たにし真っ赤な夕焼けに向けて吼えた。


「おい、ハーリー! 調子にのるんじゃない」



ぽかっ!




「うわぁぁあああああん!」





─ 2096年同日 風雅島バス停 隼人 ─

「どうしたの、瑠璃ちゃん。何か嬉しそうだけど?」

「・・・え?」


隼人は手を繋いでいる瑠璃の表情がいつもより嬉しそうに見えたので何気なく聞いてみた。


「・・・そういう風に見えますか?」

「うん。とっても嬉しそうだよ?」


そう言われた瑠璃はほんの少し焦って空いている方の手を頬に当ててみる。別段熱くなっている訳じゃないので少し安心した。最近の自分の周りを思い返してみて当てはまりそうな事に思い至った。


「・・・男の子の友達が、出来たんです」

「お、ボーイフレンド?」


隼人がほんの少しからかうような口調で聞いてみた。


「・・・違います、友達」



(私が嬉しそうな顔をしているとすれば憧れの人が近くにいるからなのに。確かにハーリー君も楽しくて良い人だけど私は隼人さんの方が・・・。

でもこういう聞き方する隼人さんって結構いぢわるだと思う)


「そうなんだ、ゴメンゴメン」


少しだけむっとしたような感じで思いっきり否定し、繋いだ手に力を込める瑠璃。その反応に隼人は苦笑し素直に謝った。

どうもハーリー君の前途は多難そうだ。


「・・・私、ずっと女子校だから。それにクラスの皆、楽しい人たちばかりなんです」


瑠璃の言葉を聞いて安心する隼人。ナーウィシアに移住することは瑠璃が自分で決めたとは言え自分の義父が呼び寄せたようなものなので、こちらの環境に戸惑っていないか心配だったのだ。

なので今日は気晴らしの為に彼女を誘い新しい艦を見に行く事にした。瑠璃には何を見せるか内緒にしており、ただ「艦を見に行こう」としか言っていない。

普通女の子を誘うならもう少しマシな場所があるはずだが隼人は迷わずこの場所を選んだ辺り気が利かないというかなんと言おうか。


「そうなんだ、良かった」

「・・・良かった?」

「うん、瑠璃ちゃんがこっちの生活に戸惑ってないか心配だったから」


瑠璃の方が背が小さいので覗きこむように顔を見る。優しい顔が間近にあるので瑠璃の心拍数は勝手に上がってしまう。


「・・・あ、ありがとう隼人さん、大丈夫」

「それに・・・ほらオヤジが我侭言ったろ? まったく強引なんだよなあ」


頭をかきながらぼやいていている隼人。自分の義父の強引さは身に染みて分かっているのでなおさらだった。

その姿を見た瑠璃は顔は無表情のまま内心でクスっと笑った。

この少佐と一緒にいるようになって彼にぼやき癖があるのに気づいたのだ。おそらく隼人自身は全く気づいてないので瑠璃は自分だけの秘密をもったようで嬉しかった。


「・・・確かに」


瑠璃は隼人の顔を見上げた。


「・・・それで今日は何処に行くの?」

「まだ内緒。ま、お楽しみって事で」


隼人は悪戯っぽく笑い、学校の近くにあるバス停にやってきた。このバスは島を循環しており、建造ドックや他の施設、バースなどを結んでいる。

時刻は調べてあったのでほとんど待つことなく建造ドック行きのバスに乗った。真っ赤な夕焼けが隼人と瑠璃の顔を赤く染めあげる。


「瑠璃ちゃん・・・後悔してない?」


濃い緑の木々に覆われ自然に恵まれた風雅島。木々の隙間から鳥の鳴き声が聞こえ空には鳥が飛んでいた。隼人は窓外の景色を見ながら唐突に瑠璃に聞いた。


「・・・少なくとも後悔はしてません」


同じように窓の外を見ている瑠璃が隼人の質問にきっぱりと答えるとほんの少しだけ寂しそうな雰囲気が隼人に伝わった。


「・・・東雲さんと離れてしまったことは寂しいけど新しい友達もできたから、大丈夫」


瑠璃の頭の中ではウィルシアに拉致・隼人に救助された後、今後の事を話す為にナーウィシアに寄った。その後日本に帰国した時の騒動が思い出された。

騒動というのは瑠璃の親友とも言える東雲摩耶に頬を叩かれたのだ。拉致された瑠璃を心配しているだろう摩耶に連絡するのが遅れ、彼女に怒られてしまった。瑠璃にも様々な事情があり、すぐに連絡が取れなかったのは申し訳ないことだったのだが。

さらに困った事に叩かれた方は無表情だったが、叩いた摩耶の方が大泣きしてしまい瑠璃を慌てさせる事になった。今まで生きてきて一番慌てたんじゃないかと思うくらい慌てた瑠璃だった。

心配をかけたお詫びに甘味屋で奢らされた(余談だが瑠璃のこづかいはここで暴走した摩耶に半分以上食べられ悲嘆にくれる事になる)。その店中であんみつを食べながらナーウィシアに移住することを彼女に話した。

軍機に触れる事なので詳しい事は言えなかったので自分の家の会社の都合という事にしておいた。事実、株式会社ネルガルも移転準備をしており本社はナーウィシアに、先日手に入れた建造ドックを運営する為に新会社「ネルガル重工」を設立した。

ナーウィシアに移住する社員には永住権が与えられるという事もあり希望者が多かった。また税金の高い割に医療福祉が弱いという日本に愛想を尽かしている人間も多いという理由もある。

海外移住ではあるがナーウィシアはもともと日本からの移民で成り立った日系国家で風習が日本に近くカルチャーギャップが少ない。何より日本語が基本で言葉が通じるので外国に居るという違和感が少ないというのは大ききいだろう。

どうしても日本を離れられない人間はネルガル重工の方に残る事になったが辞める人間は少数しかいない。重工の方は立ち上げ時なので優秀なネゴシエーター・黒須誠吾が代表となり切り盛りする事となった。



話を瑠璃に戻すと当然、摩耶にはこっちにいられないの? という問いがあったが瑠璃は首を横に振った。

心配してくれている親友に嘘をつくのは忍びなかったが、ナーウィシアに自分が必要とされていた瑠璃の方も譲る訳にはいかなかった。何より家族で暮らすという夢が叶うのだ。

移住は急なスケジュールだったが残り少ない時間を2人はなるべく多く過ごすようにした。瑠璃は瑠璃でワンマンオペレーションシステムを葛城ラボに託したおかげで時間ができ、今まで心配をかけどうしだった親友と一緒に女子中学生らしい生活を過ごす事が出来た。


日本を離れる日、摩耶は笑って瑠璃を見送ってくれた。彼女は瑠璃の言ったまた逢えるという約束を信じていたから。



バスは2人を乗せ地下ドックの入口にある停留所に着いた。隼人がドアを開けエレベーターを使い地下に降りていく。風雅島のドックはほとんどが防衛と機密の必要性から地下ドックになっている。エレベータを降り、幾つかドアの前にある照会装置に暗証番号を入れ通り抜けると巨大な鉄門が現れる。

分厚い鉄門の一枚には人間用と思しきサイズのドアがあり、その前には門兵が2人直立不動で警戒に当たっている。さらに詰め所にも数名が忙しそうに立ち回っていた。

隼人は臆することもなく門兵に近づき敬礼をする。


「ご苦労様」

「あ、双岳少佐!!」


隼人の姿を見て門兵がビシリと敬礼をする。隼人は零号艦の基礎設計者なので以前はこの場所には良く通っており門兵とは顔見知りだった。だが隼人の後ろに隠れるようにいる小柄な少女を確認するとに訝しげな表情を浮かべた。


「久しぶりです。中を見せてもらいますよ」


隼人は懐からパスを取り出し、門兵に渡した。


「あの・・・少佐。それは構わないのですが、そちらのお嬢さんは・・・」


そのパスを詰所の兵に渡し照会をしている間に瑠璃の事を聞いてきた。確かに最重要機密のドックにセーラー服着た少女を連れていれば誰でも不思議に思い聞くだろう。


「彼女? 中にある物の開発者の一人です」

「え? 本当ですか!?」


隼人の言葉に驚愕の表情を浮かべる門兵2人。

ドックの中にある代物は連合海軍の最先端技術の粋を集めた艦なのだ、どう見ても隼人の隣にいる少女に結びつかなかった。一般人の彼らが想像できるのは少女漫画やアイドルの方だが、普通に考えたら無骨な兵器など思い浮ばない。

中にある物の開発者に一人には思えないのはいたって普通だろう。

詰め所の人間も同じような表情を浮べ、パスのチェックをしながら興味深く隼人と瑠璃の2人を見ている。


「ええ。俺自身、信じられない位なんだけど。沖田提督に照会して貰えば分かります」

「すいません、では確認させてもらいます」


隼人の言葉に詰め所の人間が慌てて何箇所かに電話をして確認を取っており、電話を耳にあて何度も頷いている。


「少佐、確認取れました」


隼人に言葉をかけた詰め所の兵は信じられないような顔をしている。隼人は疑問を呈した兵に笑いかけた。


「本当だったでしょう?」

「し、失礼しました!」


隼人に声をかけられた兵が慌てて瑠璃に敬礼する。


自分の父親ほど歳が離れた門兵の恭しい敬礼に瑠璃の慌てた雰囲気が伝わってくる。


「・・・あ、あの。中学生にそんなことしなくても・・・」


隼人はその様子を見て瑠璃に小さく声をかけた。


「瑠璃ちゃん、おじさんたちのお仕事なんだ」

「・・・あ、はい」


瑠璃は小さく頷いた。隼人は門兵に向き直ると門を開けるように言葉をかけた。


「じゃあ、通るよ」

「はっ」


門兵が慌てて人間サイズのドアに駆け寄りドアを開けた。その瞬間、機材の音や様々な騒音が瑠璃の耳に響いた。一瞬顔を顰めた後、隼人に続き門を潜った。



隼人たちが通りぬけ門を閉めた兵たちはお互いに顔を見合わせる。


「あのコ、本当に開発者だったんだな。上官や沖田司令が嘘をつくとは思えないが」

「ああ、今日はエイプリルフールじゃないことは確かだ」


未だに信じられないような顔をして詰め所の兵も会話に加わった。


「でもよ・・・」

「どうした?」


言いよどんだ兵に不審そうにもう一人の門兵が問う。


「ナーウィシアは本当に大丈夫なのか? あんな小さな子まで戦争の為に使っているんだぜ」


彼の目は閉められたドアの向こうにいる瑠璃に向けられていた。


「確かにな。ここは最前線じゃないし爆弾も降ってこない、だがれっきとした戦場だよ。いつからナーウィシアはこうなっちまったんだ?」


門兵と詰め所の兵たちは顔を見合わせ暗澹たる表情を浮かべた。連合海軍がウィルシアに押され不利なのは知っていた。だが未成年でも使おうとする最近の上層部の事は理解できなかった。

彼らは模範的な兵であり、軍務を離れれば常識を持ち合わせている人間だった。


(本当にヤバいのかもしれないな、ナーウィシアは。いや連合海軍はというべきか)




─ 2096年同日 風雅島地下ドック 瑠璃 ─

目の前の光景に瑠璃は視線は釘付けになった。自分の開発した物が載せられるという超兵器級戦艦〈零号艦〉いや、正式に〈和泉〉と名づけられた双胴艦の2つの巨大な艦首があったからだ。その横幅は日本海軍の誇る双胴戦艦〈はりま〉に勝るとも劣らない。

艦首形状はバルバスバウになっているが球根状の普通の形ではなく、細長く前方に伸びており安定性と速度を考慮した設計になっている。さらにシャッターのような物が左右に2つづつあった。瑠璃は開発員として護衛艦〈こんごう〉から得た転移技術を閲覧する許可が与えられ、熱心に読んでいた。その知識を元に考えるとあのシャッターはバウスラスターと呼ばれる操舵機構のはず。


「どうだい、瑠璃ちゃん?」


呆けた様に艦体を見ている瑠璃に隼人が声をかけた。


「・・・凄い。あのシャッターはバウスラスター?」

「ご明察」

「・・・やっぱり。それにバルバスバウの内部にはソナーだけ?」

「いや、〈こんごう〉と同じ三次元ソナーが入っている」

「・・・それを元に側舷のCIWSで弾幕を張って魚雷を迎撃ですか。水面下には張れないDFの代わりですね」


ちなみにこの世界のディストーションフィールドはナデシコ世界のDFのように綺麗な球状で艦が包まれてはいない。

水面下に張る事自体は出来たがその場合、DF内部と外部が隔離され、スクリューはDF内部の海水を攪拌するだけになり、推進力として機能しなくなってしまう。

その為、この世界のDFは夜天光に使われているフィールド発生装置を艦上に幾つも配置し、何重にも張り巡らせる事で対応している。DFに色をつけれたとするなら艦上には幾つもの泡に包まれたような感じになっているように見えるだろう。

砲の発射の際には発砲装置と同調させたDF発生装置だけをナノセコンド単位で解除する事で砲撃を行うようになっている。この発生装置の数と重なり具合をまとめる事が重要だった。1個の範囲を大きくした場合、解除した時の無防備部分が多くなり、瞬時とはいえ危険になる。

なら小規模な物を多数載せれば良いだけだけだがDF発生装置は重く、個々に電力を使うので多数を載せると電力不足になり艦の運営に問題がでた。そのような問題もあるので適度な数を使用して配置、解除した部分の面積を少なくするのがDF搭載艦の設計の妙なのだ。


「そうだよ。でも瑠璃ちゃん流石だね」


瑠璃の矢継ぎ早の質問に苦笑しながら隼人は瑠璃を連れ艦尾に回わる。


「・・・艦腹から出ているあの羽は?」

「制動スタビライザーっていうんだ」


そして300メートルほど歩いて艦尾に到達した瑠璃は再度絶句した。水上艦に有り得ざる光景だったから。


「・・・スクリューと舵が・・・ない?」

「そう、この艦は重力波推進がメインなんだよ。さっきの制動スタビライザーで艦の向きを調整するんだ。言ってみればあれが舵だね」


隼人はそう説明し、艦腹から生えている羽を指差した。


「・・・エンジンは?」

「相転移機関って言われているオーバーテクノロジーエンジンだよ」

「・・・デタラメな艦、どんな原理?」

「超兵器だからね」


瑠璃の言葉に苦笑し、隼人は双転移機関の説明をしながら今度は艦舷に臨時に設置されたエレベーターを使って艦上に出た。


「相転移機関は真空を取り込んでエネルギーに変換するシステムだよ。本当は宇宙空間のような真空中で使用するのが一番なんだ。大気圏内で使用するのは効率が悪いんだけど、それでも通常の機関より高出力を得られる」

「・・・じゃあ本来は宇宙戦艦のエンジン?」

「たぶんね。さっきも言った通り、大気中ではこのエンジンは効率が悪いでしょ。今の技術力だと水上を動かすだけなら問題ないんだけど、艦を浮かせられるほどこの相転移機関の完成度は高くないんだ。今の相転移機関で本当に艦を浮かせるとしたら大気中でも十分な出力の得られる別なエンジンが必要なんだよ。例えば〈こんごう〉のデータバンクにあった原子力エンジンとか」


原子力と言う言葉に瑠璃の眉がぴくりと動いた。


「・・・原子力はシドニー条約で兵器使用は禁止」

「そうなんだよね。でもウィルシアは作っている。こちらも対抗する為に葛城博士たちが研究しているんだ。危険な廃棄物の出る核分裂じゃなく融合の方を研究しているみたいだけど」

「・・・なんにもない」


広大な甲板には主砲座と構造物の土台の他は何もなかった。あるべきはずの前後楼や主砲は据え付けられておらずだだっ広い甲板が広がっている。


「武装はユニット構造で、構造物はブロック工法で建造しているんだ、あとで完成品が据え付けられる事になっているよ」

「・・・機密の考慮?」

「そう、この艦の建造に関わっている人間で全容を知っているのは一部の監督者と設計陣くらいだよ。たぶん、戦艦の部品を作っているくらいはわかっていると思うけど」

「・・・主砲は?」

「今のところ〈はりま〉と同じ50口径56センチ砲を3連装で片胴に4基、合計24門」


隼人はバーベットに近づきペタペタと叩く。瑠璃も鉄の塊とも言える構造物を触ってみた。ひんやりとした冷たさが否応なく兵器という物を想像させる。


「・・・砲撃力の塊ですね」

「うん、圧倒的打撃力でDFを貫通、敵にダメージを与えるんだ」

「・・・この艦がナーウィシアの切り札」


瑠璃は目を細めてはるか先に見える艦首を眺めた。この艦の完成した姿を想像しているのかもしれない。


「うん、完成したら俺が艦長になる事になっているんだ。その前に今、第一三独立実験艦隊で使用している〈高千穂〉級で戦艦運営の訓練をやるみたいだよ」

「・・・じゃあ〈金剛〉の次は戦艦艦長ですか、凄いです」

「でもね、戦艦の艦長は本来、俺みたいな若造がやるべき職じゃない。だけど他にやる人間がいないし、“連合海軍の英雄”としてそれが求められてるんだ。連合上層部の操り人形なんだよ、俺は。全然凄くなんかないんだ」


瑠璃の賞賛を聞いた隼人は彼女から視線を逸らせて自分の設計した艦を見る。


(隼人さん・・・やっぱり、“英雄”の称号が負担になっているんだ。私はどうしたら良いの? 隼人さんにしてあげられる事は?)


隼人のいらだしげな投げやりとも言える口調に瑠璃はそっと近づき手を握った。


「あ・・・」

「・・・頑張って」


瑠璃はそっけない言葉の中に自分の想いを込め、真剣な眼差しで隼人を見つめる。その心配そうな視線に隼人は自分の言葉がこの少女に不安を与え、不満をぶつけてしまった事に気づく。普段は押し込めている想いがつい出てしまった事に顔が赤くなる思いだった。それを誤魔化すように隼人は優しく瑠璃の頭を撫でた。


「・・・あ」

「ありがとう、瑠璃ちゃん。俺、やれるだけやってみるから心配しなくても良いよ。さぁ、見学会は終わり! ご飯でも食べていこうか?」

「・・・はい」


隼人の明るい言葉に瑠璃は頷くが彼の気持ちが晴れていないのを知っている。自分の出来る事を、彼にしてあげられる事がないかと考え始めた。



─ 2096年9月19日 翌日 ナーウィシア青天中学校3-A ─



「おはよ!」


ハーリーが何時も通り登校すると、3−Aのクラスはざわめいた。


「ね、ねえ。ハーリー、どうしちゃったの?」

「なに?」


ラピスがクラス代表らしく、恐る恐るといった感じで彼の元にやってきて、心境の変化を聞いてきた。ハーリーは彼女の言っている事が分からなかったので聞き返す。ラピスはハーリーの頭部をちらちらと見た。


「だって・・・髪型」


そう、ボサボサ頭だったハーリーの髪型はきちんと整髪料を使ったオールバックになっていた。少し格好つけて撫で付けるとラピスに向けてにっこり笑う。


「あ、これ? 少しは大人っぽく見えるかなと思って、似合わない?」

「ううん、見違えちゃった」


ほへ〜といった感じでラピスがハーリーを見つめている。頬が赤くなっているので少しは彼女の心境にも変化が出ているのかもしれない。

そこへ瑠璃が登校してきた。


「・・・おはようございます」

「あ、瑠璃さん。おはよう」


ハーリーが挨拶すると瑠璃の足がぴたりと止まった。まじまじといった感じで顔と頭を見比べている。


「・・・どうしたの?」

「え、あ、いや、少しは大人っぽく見えるかな〜って」


ハーリーの頭の中で昨日見た映像が浮んだ。普段は無表情な顔が嬉しそうに笑い少佐と手を繋ぐ光景。無表情な彼女にそこまで表情の変化をおこさせる男への嫉妬と憧れから対抗して髪型を変えてみたのだ。子供っぽい事だが今の段階では英雄に対抗するにはこれしか思いつかなかった。

これで少しでも瑠璃の表情が変わってくれたら・・・。いつか少佐に向けたのと同じ笑顔を自分に向けて微笑んでくれたら・・・ハーリーは彼女に告白しようと決めたのだった。

ハーリーはじっと瑠璃の顔を見つめた。そして変化している事に気づいた。じっくり見ないと分からない程度に目が丸くなり驚いた表情、その後ほんの少しだけ表情が和らいだ。それは本当に良く見ないと分からない変化。


「・・・似合ってる」

「ほ、ホント?」


こっくりと頷く瑠璃。ラピスは何だか見つめあっている2人に渋い顔をした後、にっこりと笑った。級友たちはその笑顔を見るとビクリとして、そろそろとハーリーの傍を離れだした。


周りの変化にも気づかずハーリーは心の中で快哉をあげ感涙している。


(やったー! 僕は瑠璃さんの顔をほんのちょっとだけど変化させたんだ!! これからもっと・・・)


告白という自分の野望? に一歩近づけた事にハーリーの心は舞い上がっており、自らの危険には全く気づいてなかった。



ゲシっ!




そしてハーリーの至福の時間を破ったのはラピスの蹴りだった。


「あいた! なにするんだよ、ラピ・・・」


ハーリーはラピスの顔を見て固まった。普段、彼女と一緒にいる事が多い(彼が望まなくてもいつの間にかいる)ハーリーでも見惚れるくらいのキレイな笑顔。でもそれは本気でラピスが怒っている顔、激怒という表情ではあったが。


「ま、まって、ラピス! は、話せばわ、分かるから。だから・・・」


怪しげなオーラを発しながらジリジリと迫ってくるラピスにハーリーは冷汗をかき、必死に弁解をこころみようとしているところに隣に立っている瑠璃から小さな言葉が聞こえた。


「・・・ハーリー君、ラピスちゃんと仲良いね」


その言葉にハーリーは慌てた。ラピスとは何もないと反論しようとしたが、まずは目の前の危機を脱する為に教室の外に向け駆け出さざるをえなかった。



「うわぁああああああん!」



心の中で「瑠璃さん、誤解! 誤解なんだ〜」と叫びながら。


ああ、ハーリー君の人生に幸あらん事を。



− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:お馴染みのご挨拶デスけど、最後まで読んでいただきありがとうございます!

隼人:ありがとうございます。

瑞葉:ハァ、6年ぶりくらいに登場したような気がしますネ。

隼人:外伝が長かったからな(苦笑)。でも瑞葉クンは向こうで出ていたろ?

瑞葉:なに言っているんデスか! あの人はアタシであってアタシじゃない人デス。同じ瑞葉でも別人ですよ、まったく。

隼人:そりゃ、そうだろうけど。まだ良いじゃないか、俺なんて瑞葉クン(ナギ)の回想にちょろっと出てきただけの逆タマ駄目男だよ(涙)

瑞葉:自分で恋人を選べないっていうのはこっちにも通じるような気が・・・。

隼人:おいおい、そんな事ないぞ、たぶん選べる。

瑞葉:たぶんって・・・駄目じゃないデスか、それ(笑)。

隼人:うっ!

瑞葉:
へ〜じゃあ試しに聞きますが誰を選ぶんデスか?(笑)

隼人:・・・(ヤバイ! 瑞葉クン、顔は笑っているけど目が笑ってないよ(汗)

瑞葉:
まさか外伝世界のように瑠璃ちゃんを選ぶんじゃないでしょうね? 手を出したら犯罪ですヨ? サァサァ、誰を選ぶんデスかぁ?。

隼人:・・・とりあえず戦争が終わるまでは選べないし、選ばない。

瑞葉:ほほ〜、その言葉を信じますよ、良いんデスね?

隼人:ああ、男に二言はない(ヤバイ、どうしよう(泣)。

瑞葉:へ〜、言い切りましたネ。じゃあ今回の追求は止めます。

隼人:うん。じゃあ次回だけど、第十三独立実験艦隊が登場するよ。準超兵器級戦艦〈高千穂〉をテストしている部隊だね。

瑞葉:へ〜。じゃあ、いよいよナーウィシアも超兵器を投入するんデスね。

隼人:太平洋戦域のほぼ全ての兵力が集中する戦いになるはずだから。

瑞葉:艦隊戦になると副長が喜びしますネ。

隼人:大規模になるんで書く方は大変だと嘆いていたよ、作者。

瑞葉:しかたないですよ、自分で選んだ道なんデスから。

隼人:まあな。じゃあ、そろそろ時間なんで。

瑞葉:了解。次回連合海軍物語二十五話「第十三独立実験艦隊」でお会いしましょう。

 

 

 

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代理人の感想

嗚呼栄冠は君に輝かない(笑)。

まぁあらゆる意味でこれからのキャラクターですから、こうなるのはしょうがないことですけど。

 

今回「ず」と「づ」で誤用が目立ちました(下記参照)。

こればっかりは慣れるしかないのですが、気をつけてくれるとありがたいかなと。

 

×「出ずらい」→○「出づらい」 この場合の「づらい」は「辛い」ですから「つ」です。

×「こずかい」→○「こづかい」 漢字で書くと「小遣い」ですから「す」ではなく「つ」です。