─ 2096年11月5日 佐世保・御統の部屋 隼人 ─



「じゃあ、これから御統提督の部屋へ行くか」

「は? ずいぶん急だけど・・・」


隼人はいきなり移動する準備を始めた義父に面食らった。


「ちょうど娘さんが提督の部屋へ来ているそうだ」

(あらかじめ今日、隼人が来る事を知らせておいたからな)


「・・・分かりました」

(謀ったな、オヤジ)


沖田と隼人はそれぞれ心の中で独り言を言いシニカルに笑いあうと部屋を出た。特に隼人は今の状況が沖田の思惑通りに進んでいる事に彼の意図的な策略を感じずにはいられなかった。


隼人と沖田は連れだって御統が利用している最上階の部屋へ移動する。
ドアの前に立つと沖田は控えめにノックした。沖田と御統は同格の連合海軍大将だったが御統の方が先任の上、沖田は連合海軍最重要な基地の司令なのに対して御統は日本海軍の総司令官という立場を考慮してだった。


「沖田です」

「どうぞお入りください」


中から野太いが非常に丁寧な口調が返ってきた。

ドアを開け沖田と隼人は中に入った。

正面の席に座り何かの資料を読んでいた。日本海軍の将官服を着て相変わらず立派なカイゼル髭をはやした偉丈夫が一人。

2人は御統の前に立つと敬礼した。御統もゆっくり立ち上がり敬礼を返す。


(久しぶりに逢ったけど・・・相変わらず立派なひげをはやしているな、御統大将は)


場違いな感想を持った隼人だったが、相手の紫がこの部屋にいない事に安堵した。古流上段者である隼人は人の気配を察することができた。

安堵したのはいきなり鉢合わせして夢で見るあの娘の顔が実物として目の前にあったら自分はどうなるか分からなかった。


「沖田提督、今日はお互い私的な話です、堅苦しいことは止めませんか?」


御統提督はにこやかに笑いながらそう提案してきた。沖田も大きく頷くと部屋を見回す。


「そうですな。おや、娘さんは?」

「はっはっは、双岳艦長が来ると聞いて、慌てて着替えに行きましたよ」


御統はこりゃまたお恥ずかしいと言わんばかりに頭を掻きながら自分の娘が行ってる事を説明した。


「おやおや(笑)」


その言葉に沖田の顔にも笑みが浮かんだ。隼人は2人の将官を前にどうすべきか迷う。


「久しぶりだな、あの時は世話になった。双岳少佐、壮健そうでなによりだ」

「はっ、ご無沙汰しています、御統提督。提督もご壮健そうで」


敬礼。


「わっはっはっは、私は強健・元気だけが取り柄だからな。少佐、今回は娘の我侭で手間をとらせてすまんな」

「いえ」


御統提督は厳しい顔付きでじっと隼人の顔を見ている。

いきなりフッといった感じで笑った。


「相変わらず良い面構えをしている。堅くならんで良い、沖田提督にも言った通り今回は私的な招きだ。楽にしてくれ」

「はっ」




「どうだね、前線の状況は」


御統の薦めに従い部屋にあった応接セットのソファーに沖田とともに腰掛けた隼人だったが、浩一郎は先ほどの“私的な招き”という言葉を忘れたように軍務の話をしてきた。

軍人同士、世間話的な意味で聞いてきたのかと隼人は考えたが浩一郎の目を見て考えを改めた。

浩一郎の眼差しは真剣でとても世間話を望んでいるようには思えなかった。彼は日本海軍総司令、いや連合海軍の将として兵を預かる司令官なのだ、最前線で超兵器と戦う“連合海軍の英雄”の意見をこの機会に聞いておきたいのだろう。

隼人は偽りなく前線の状態を浩一郎に述べた。


「かなり厳しい状態です。現世型超兵器の性能がかなり転移型に近づいており、それに伴って既存兵器の超兵器化が進んでいます。このままいけば連合海軍は負けます」


楽観的な意見が出てくるとは想わなかったが、前線で苦労している人間の言葉だけになおさら浩一郎には重みを感じた。


「そうか、やはり厳しいか。ウィルシアめ、兵器改良を続けているようだな」


浩一郎の言葉は憂いに満ちている。彼の指揮する日本海軍は一部の艦、DF改装中の〈はりま〉を始めとする3隻を除けば超兵器に対抗し得ないのだ。憂いに満ちるのも仕方がない。

DFを搭載し転移技術を使った最新鋭の駆逐巡洋艦〈汐海〉級を量産し艦隊に編入中だったが、級名に巡洋艦と名は付いているものの、あくまでも大きな駆逐艦に過ぎない。転移技術のおかげで多少用途は広いものの基本的に従来の駆逐艦の使い方しか出来ない。大型戦艦や超兵器を相手にする事には向いていないのだ。


それまで黙って隼人と浩一郎の話を聞いていた沖田が口を開いた。


「朗報と言えるか分からないのですが・・・」


その言葉に浩一郎と隼人は沖田の顔を見る。


「どうしました沖田提督」

「実は・・・ナーウィシア海軍に超兵器の接触がありました」


敵である超兵器が連合海軍に接触してきた・・・その言葉の意味を理解した浩一郎と隼人の目が大きく見開かれた。


「な、なんだと!! そ、それは本当なのか!?」

「沖田提督、それは本当なんですか!」


沖田の衝撃的な報告に2人の腰がガタっと浮き上がった。


「ええ、その戦艦の艦長と会談を持ちました。今のところ、彼らは連合海軍の敵に回る気はありません」


その言葉にほっとする浩一郎と隼人。

ただでさえ連合海軍は押されているのだ、ウィルシアに新たな超兵器が加わわらなかっただけでも僥倖とさえ言えるのだ。


「では連合海軍の味方になってくれるのか? その超兵器は」

「今のところ、彼らには独自の目的があるようです。詳しいことは説明してくれませんでしたが」


隼人と浩一郎は沖田の言葉に残念そうに彼の顔を見た。


「あくまで中立の立場を取るって事ですか」

「そのようだな。ワシたちに味方してくれるならこれほど心強い味方はおらんのだが・・・」


(明人は俺に何を隠しているんだ? 自分の目的も教えてはくれなかったが。それにあの娘は・・・)


沖田は自分の親友であり盟友だった桜樹明人の顔を思い出す。

南方にある小さな島に隠されてる《遺跡》の祭壇で再会した2人だったがサングラスで顔を隠した明人からは昔の、自分の知る明人からは感じなかった不穏な物を感じた。


「で、明人。〈エグザバイト〉でナーウィシア、いや連合海軍に協力してくれるのか?」

「俺たちは連合海軍はおろかナーウィシアの人間じゃない、協力する気はない。いや、気が向けば・・・だな。それに俺たちには目的がある」

明人は四補の問いにあっさり断りを入れた。その答えに多少の苛立ちを含め、沖田は銀髪の少女が側に寄り添い、壁を背を預け佇んでいる明人に視線を投げた。


「気が向けば・・・か、いい加減な答えだな。明人の目的とはなんだ?」

「・・・四補、“蜃気楼”っていう人物を知っているか?」

「“蜃気楼”? いや知らんな。コードネームか何かか? どういった人物か分かればナーウィシア諜報部で調べてみるが」

「知らないならそれで良い。これで話は終わりだ。リース、行くぞ」


そう言った四補ににべもなく答えた明人は壁から背を離し入り口に向かって歩き出した。


「はい、明人さん」


鈴を転がすような繊細な声で返事をした少女。

彼女は四補に向け丁寧に一礼すると明人を追って祭壇を出ていった。四補には何も言わなかったが彼女の目は押さえきれない何を必死に我慢した上で、何かを訴えているように見えた。


四補は明人たちが出て行った入口をずっと眺めていた。



沖田は明人の態度や行動にも不審なものを感じている。自分がいなくなった後の世界の事はぜひ知りたい情報だったが、結局何一つ教えてもらえず、ただナギがずっと自分のことを待っているとしか言わなかったのだ。

それと明人の側に常に寄り添い、影のように付き従っている美しい銀髪の少女。どこかで見覚えのある顔に沖田の心はなぜかざわめいた。


話を戻すと四補にはこの世界をあるがままの姿に戻すという制限がある以上、テュランヌスの総統アレスやクルーガーが行ったように無制限で《遺跡》の力、オーバーテクノロジーを使う訳にはいかなかった。向こうの世界同様、この世界にも《遺跡》のオーバーテクノロジーは過ぎた力なのだ。

それが分かっている以上、《遺跡》の技術を無制限に引き出して使う事はできず、かと言って超兵器の脅威に晒されているこの世界を護る為にはもどかしい限りだが、既存技術と世界の秩序を壊さないレベルの《遺跡》の力を使うしかなかった。


それなら明人の駆る超兵器級戦艦〈エグザバイト〉の力を借りようとしたのだったが・・・あの時、彼に断られたのだ。


「その証として彼から技術情報を貰いました。ナーウィシアが開発した5式戦〈疾風〉、戦略爆撃機〈飛鳥〉はそれを元に造られています」

「あの新鋭戦闘機と重爆もそうなのか、どうりで桁外れな性能を持っている兵器だと」

「じゃあ提督、〈和泉〉にも・・・」


隼人は沖田に向け期待を込めて聞いてみた。


「ああ、あの艦の副砲、205ミリレールカノンがそうだ」


沖田と隼人の会話に出てきた〈和泉〉という名の艦の名前と実用化が想像されている兵器の名前に口を挟んだ。


「〈和泉〉? レールカノンは・・・」

「もうお話して良いでしょう。ナーウィシアは〈和泉〉という名の超兵器を、双胴戦艦を建造しています」

「な・・・っ!」


そう言ったきり絶句する浩一郎。


「わが軍にも・・・ついに超兵器が。で、その艦は何時頃使えるのですか?」


超兵器に対抗する術はなく、ただ撃ち減らされるだけかと思っていた浩一郎は沖田の言葉に希望が見えた。ただ気になるのはナーウィシアが技術を集中して開発できるとはいえ、他の国々に比べあまりにも開発力が突出している事に気づいた。

だが今はそれを詮索している余裕はない、少なくとも太平洋を安定に導くまではナーウィシアの力が必要だった。


「残念ながら予想される今回のウィルシアの侵攻には・・・間に合わないでしょう」

「そうなのですか」


ほんの少し気落ちした浩一郎だったが改めて考え直した。彼にとって今回の侵攻に間に合わなくても超兵器が自軍にあり、いずれ行われるであろう反抗作戦に投入できる事に安堵した。時間はかかるかもしれないがその超兵器の技術は日本に、連合全体に回ってくるのだ。

それにウィルシアに一方的に殺られることがなくなるだけでも、彼には朗報だった。絶対勝てないと分かっている相手に向けて大事な部下たちに突撃命令など出したくはない。それは単に犬死だからだ。自分も含め、日本海軍の兵は皆、意味のある死に所を求めている。それが日本海軍の伝統でもあり、その場を作る事は日本海軍総司令である御統浩一郎の義務なのだ。


「少し時間はかかると思いますが、いずれその技術もお渡しできます」

「期待して待ちますよ、その艦や技術を」



(ん? 紫さんが戻ってきたみたいだな)

隼人はドアの外にたつ人間の気配を感じた。殺気とは無縁の優しい気だった。



トントン!



浩一郎は大きく頷いたところでドアがノックされ控えめな声が聞こえた。


「お父様、紫です」

「あいとるぞ、紫」

「失礼いたします」


浩一郎の声に白いワンピースを着た女性が優雅に入ってきた。

隼人はその姿に無意識に鼓動が高まった。あの子が本当に存在しているという事に感動すら覚えている。


「お、戻ってきたか」


浩一郎はそう言うとソファーから立ち上がり娘の側に歩いていった。


「はい、お父様。お待たせして申し訳ありません。お話の方、終わりましたか?」

「ああ、すまんな。今終わったよ。双岳少佐」

「はっ」


浩一郎の呼びかけに隼人はソファーからすっと立ち上がった。


「わしの自慢の娘だ。美人だろう?」

「ちょっと、お父様」


御統提督はそう言って娘を押し出すように隼人の目の前に立たせた。

先ほどまでの厳しい顔がふにゃりと崩れた顔になったのに隼人と沖田は内心で驚いた。あの顔がこんなににやけた顔が出来るのかというぐらい御統浩一郎の顔はダレていた。


((御統提督は・・・これほどまでに親馬鹿だったのか?))


奇しくも沖田と隼人の感想は同じだった。

その2人の思いをよそに浩一郎の紹介に恥かしげに少し顔を俯けた白い姿が隼人の前に立った。


「はじめまして、双岳さん」


真っ白いワンピースを着た紫が伏目かちに挨拶してくる。

嫌味に感じないほのかに漂うコロンの香りに隼人の心臓は爆発しそうだった。腹の前で組まれた白い手が緊張からだろうか、小さく震えているのが見てとれた。


隼人は挨拶を返そうと彼女の顔を正面から見た。彼女の方が背が低いので覗きこむような格好だ。

前髪で目が隠され整った鼻立ちと妙に艶っぽい唇しか見えなかったが、上品な色の口紅で塗られた形の良い口唇にドキリとしてしまう。


そして彼女が隼人を見上げた。



(あ、またノイズが・・・)


俯いて伏目がちのあの娘。

【アキトがキスしてくれたら・・・頑張れるから。もちょっと頑張れるから】


潤んだ目で隼人を見上げる、あの子。

これはデジャビュなのか?


「・・・ユリカ」


無意識に出た隼人の呟きを聞いて、人差し指を頬に当て可愛らしく首をかしげる紫。


「はい? 双岳さん、あの・・・女性の前で他の女性かたと間違えるのは・・・その。それに私はゆりか・・・ではなくゆかり・・・です」


呆然としていた隼人はその指摘に慌てた。


「はっ! ああああ、すみません!すみません! 紫さん、失礼しました。自分は双岳隼人です」

「今度は覚えてくださったんですね」


ぱっと花が咲くように微笑んだ紫の顔は隼人の知る彼女そのままだった。


(やばい、何としても誤魔化さねば! スマン、副長には死んでもらおう。さっきのお礼もあるしな(にやり)


隼人はこのピンチを乗り切るべく頭を巡らせた。


「副長に教えられた名前がゆりか・・・だったんでつい。暁副長も困ったヤツです、人の名前も覚えられないとは。後で教育しなおします!」


隼人は躊躇せずに暁副長を贄に差し出した。

「酷いですよ、艦長〜!」という叫びが聞こえた気がするが幻聴だろう、隼人は気にしない事にした。


「・・・馬鹿」

(そんな嘘、すぐにばれるに決まっているだろう、隼人)


沖田提督は“処置なし”といった感じで額に指を当て頭を振っている。

ところが・・・紫の反応は違った。


「まあ、そうだったんですか! では暁さんに教えてあげてくださいね、私の名前はゆかり・・・ですから」


(し、信じてしまうのか! そのバレバレな言い訳を!)

(ほ、本当に信じちゃって良いのか、紫さん!)


隼人と沖田はガビーンという擬音が付きそうな間抜けな顔で紫を見ている。


「でも・・・面白い方たちですね」

「はぁ、どうも(苦笑)」

(良かった、どうやら怒ってはいないようだ)


そう言って笑った紫を見て隼人は実は嘘だと分かっていて彼女は合わせてくれているのではないかと思ったが、本気でそう思っているようにも見えた。何にしても天真爛漫な性格と外見があまりにもミスマッチだった。


(それにしても・・・なにもこんな時に“あの娘”が出てこなくても良いだろうに)


隼人は自分の見る白昼夢が気にかかった。

その様子を苦笑しながら浩一郎は見ていたが紫を促した。


「紫、ここで立って話すのはなんだ別な部屋にしよう」

「はい、お父様。お口にあわないかもしれませんが、私が準備したお料理があります、そちらで」


紫の言葉を聴くと浩一郎はぴくりと眉を動かした。見る見る顔が青ざめていくが呆けている隼人と沖田は気づかなかった。



「お食事ができてます、こちらへ」


そう言って紫は美味そうな料理が並んでいる部屋へ沖田と隼人を案内した。


(ん? 御統提督、青ざめたような顔をしているが体調でも悪くなったのか)


沖田は心配そうに浩一郎の顔を見る。その視線を感じた浩一郎はなんでもないというように顔を振った。


「さ、まずは双岳少佐、食べてみてくれたまえ。紫が君の為に心を込めて作った手料理だ」


そう言って熱心に隼人に料理を勧める浩一郎。


「お父様・・・そんな」


浩一郎の言葉に紫は真っ赤になって俯いてモジモジしてしまう。


(どうしたんだろう?愛娘の手作り料理なら喜んで食べそうなのに)


隼人は浩一郎のその態度に一抹の不安と不思議さを感じつつも箸をつけ食べてみる。

固唾を呑んで見守る浩一郎。


(なんなんだ、一体? あれ・・・別に何ともないけど。美味いじゃないか、この料理)


「美味い、美味いですよ、紫さん」


隼人の声に深い溜息をついた浩一郎。

隼人は料理が趣味の一つでもあるので舌がある意味肥えている。その彼が美味いと判断しているのだから不味い料理ではない事に安心した沖田も手をつけた。浩一郎の顔と態度を見て下手をすると“紫は料理の腕が拙い”のではと考えていたのだが一口食べた物は十分美味だった。


「そうですか、それは良かったです」


紫は隼人の賞賛に嬉しそうに、だが少しだけ寂しそうな顔をした。


(ん、褒め方が足りなかったのかな?)


パクパクと紫が作った料理を食べながら隼人は首を捻った。自身も料理を作るので食べた人間が満面の笑みを浮かべて“美味しい”と言ってくれる事は最大の喜びなのだ。その評価を受けても紫の顔には陰りがあった。


隼人と紫、沖田と浩一郎たちは美味い料理に舌鼓をうちながら楽しく談笑した。時間がたったところで沖田が気を利かせたのか、


「では、この場は若い2人にまかせて無粋なジジイどもは消えますかな」

「そうですな、どうです沖田提督。先日の葬儀には出席できなかったので伊達元帥の追卓も兼ねて」


そういって親指と人差し指で丸を作り傾けるしぐさをする。

その言葉に沖田の顔は一瞬固まったがにこやかな笑みを浮かべると浩一郎の誘いにのった。


「良いですな、行きますか。きっと伊達も喜ぶでしょう」


(・・・オヤジ)


沖田の微妙な反応に隼人は心を痛める。


(本当は伊達さんとの絆が切れて凄い悲しいはずなのに)


態度にはほとんど出さず、新たな絆を結ばせようと自分の為に労をとっている事に尚更隼人の心は痛んだ。乗り気ではない隼人ではあったが沖田の心遣いに対しては頭を下げざるを得ない。


「・・・沖田提督」

「がんばりたまえ」


心配そうな顔を向けた隼人に軽く笑いかけると沖田は部屋を出て行く。その後に浩一郎も続き、隼人に声をかけた。


「紫を頼んだぞ、双岳少佐」


そう言って出て行く提督2人。


「・・・」


心配そうにドアを見つめている隼人に紫が声を声をかけた。


「・・・双岳さん?」


(いかんいかん、紫さんを放っておく訳にはいかない)


隼人は気分を切り替えると紫に笑みを向けた。


「あ、隼人で良いですよ、堅苦しいのはどうも」


といってにっこり笑う隼人に紫の頬はかすかに赤くなった。


「そうですか。では隼人さんと呼ばせていただきます。ここは息が詰まります、外に出ませんか?」

「そうですね、行きましょう」


隼人と紫は鎮守府の建物の外に出た。この鎮守府は小高い丘の上にあるので爽やかな潮風が吹き抜けている。天気も良く暖かな日差しが気持ち良かった。


「はぁ〜良い天気ですし、爽やかな風ですね」


そう言って大きくのびをする紫。名家の令嬢の行動としてははしたないのかもしれないが隼人にはそれが紫のごく普通の動作に見えた。


「ええ」

「まず・・・謝ります」


隼人の前にいて大きくのびをし終わった紫はくるりと振り向くと隼人にペコリと頭を下げた。隼人からすれば紫に頭を下げられるような事はないはずだった。自分にはかなりあったような気がするが。


「は、何故?」

「ゴメンナサイ、さっきの料理、私が作った物ではないんです。それにちょっと猫かぶってました、えへっ」


そういって可愛らしく舌を出した。その姿はごく普通の女の子。名家の息女という堅苦しい雰囲気は消えていた。


「そんな事構わないよ。俺の方が失礼な事したし」

「びっくりしました、ゆりか・・・って言われて」

「あはははは(汗)」


隼人にとっては冷や汗ものだった。笑って誤魔化すつもりだったが紫はさっきと違いこの話題を続けた。


「でも何となく聞き覚えのある名前なんですよねゆりか・・・って。自分の名前と似ているからって訳じゃないですけど。隼人さんに言われた時、違和感がないっていうか」

「・・・」

「ゆりかさんって・・・お知り合い、いえ彼女ですか?」


(やっぱり・・・紫さん、分かっていてあの場はフォローしてくれたんだ)


「・・・いえ。紫さんを見たらなぜか出てきたんです」


紫の真剣な眼差しを受けても隼人は真実を告げる事はできなかった。あまりにも馬鹿げた話だったから。仮に話したとしても紫が信じてくれるとは限らない、むしろ夢想癖のある人間として嫌われる可能性の方が高かった。

隼人からすれば紫に嫌われさえすればお見合いがこのまま終わる。自身の都合を考えればその方が良かったはずだがあの娘と同じ顔をしている紫になぜか嫌われたくはなかった。


「そうなんですか。もし知っているなら聞きたかったな、その女性ひとの事」


残念そうに呟く紫に罪悪感を感じながら隼人は気まずいこの話題から話を逸らせた。


「でもどうして猫かぶっていたんです?」

「え? 猫ですか? お父様の手前もありましたし・・・」

「大変そうだね、いろいろと」


苦笑を浮かべた紫に同情する。特に親が社会的地位が高い人間だと子には様々な苦労があるのを彼は知っていた。それに浩一郎の親馬鹿もあるのかもしれなかった。


「ええ、お父様、親馬鹿なんで」


隼人は一番気になっていた事を聞いてみた。


「どうして俺をお見合いの相手に選んだの?」


わざわざ自分を選ばなくても彼女なら相手には困らないはずだった。自身の美貌や機転の利く才覚、連合兵科大主席の学歴、親の地位、武門の名家という世間的評価。少なくても一般の人間が憧れるものを彼女はほぼ全て持っていた。


「そうですね、直感・・・・・ってヤツでしょうか」


紫は少し視線を空に向けた後、顔を隼人に向けた。長い黒髪がさらさらと風に揺れる。


「直感ですか。紫さんなら選り取り見取りだと思うけど」

「選り取り見取りというほど私はもてないですよ」


隼人の感想に苦笑を浮かべる紫。


「ですが、いろいろな方からそういったお話があって写真を見たり直接お話したのですが・・・ピンとこないんですよ」

「へぇ〜」


(やっぱりモテてるんだな、紫さん)


隼人は想像通りとも言える紫の言葉に内心で感心した。何しろ才色兼備、性格もおとなしそうだし、おまけに家は名家。男は逆玉の輿ってヤツかもしれないと思っている。


「隼人さんの写真は広報で良く見ていたんですが・・・あの顔、作ってらっしゃるでしょう・・・ ・・・・・・・・・・・・?」


紫の言葉に隼人はどきりとした。確かに広報に載った顔は彼自身の顔とは思えなかった。スマートで才気溢れる若手海軍士官、そんな印象を与えるような顔つきだった。瑞葉あたりから言わせれば格好つけすぎていて艦長らしくない! と主張するだろう。その後、確かにこれはこれで格好良いんデスけどネと頬を赤らめていたが。


「で、沖田提督にお願いして隼人さんの普通・・の写真を見せていただいたんです。その時に“きたーっ!・・・・・”って」


紫は恥かしそうに赤くなった頬に手を当て隠す。その可愛らしさに隼人は視線を奪われたが聞き捨てのならない事を紫が言っていた事に気づいた。


(やっぱり提督が黒幕じゃないか!)


ようやく赤面が収まったのか紫はコホンと咳払いをすると隼人を見た。

「まあ、それ以前にお話は色々聞いてましたし。兵科大では有名ですよ、“連合海軍最強の艦長”って。大学内にはファンの女の子も多いです」


紫の言葉に隼人はなんだそりゃという呆れ顔になった。


「はぁ、最強かどうかは分からないけど。それにファンっすか(汗)」

(しかし・・・ファンとはね、俺、アイドルじゃないんだが。それにしても物好きな女性もいるもんだなあ)


そんな事を考えていた隼人の鼓膜を直撃した単語。


「・・・そして極度の“女好き”」


「へ。」




その一言に隼人は完璧に硬直した。


(はぁ〜、またそういう噂か)


隼人は瑠璃に頼んで誰がそんな噂ながしているのか真剣に噂の出所を調べようかと思ったが今はそんな事考えている場合ではなかった。


「あ、それは嘘なんですって、根も葉もない噂、デマなんです! 信じてください!」


隼人は身に覚えのない事だったんで誤解を解くために紫に向けて必至に主張した。


(紫さんにまで誤解されちゃたまらないよ)


「司令、後でお仕置きです」(第七戦隊乗組員一同)

そう思った隼人の耳にはどこからともなく声が聞こえたような気がした。


隼人は聞こえた空耳に首を捻っていたが紫は笑って隼人の手を握った。


「もちろん信じてます、今までお話してそんな不実な人じゃないのは分かりましたから」

「良かった、ありがとう紫さん。あ、そういえばさっき“きたーっ!”って言ってたけど何のこと?」

「えっ。そっ、それは・・・言わなくちゃ駄目ですか?」


隼人の手を離し紫は手をお腹の前で組み合わせ指をもじもじさせ始めた。その様子に隼人は言いたくないのではないかと思ったので無理強いをしない事を伝えた。


「紫さんが言いたくないなら別にかまわないけど」


隼人の言葉に紫はハッとすると顔を赤面させながらも真っ直ぐ彼を見つめる。


「は、白馬の・・・王子さまなんです。隼人さんは私の・・・私の・・・王子様・・・なんです。・・・なんて」


自分の言っている事がとても子供っぽく恥かしいのか顔を真っ赤にした紫は隼人に向かって伝える。そして最後は照れ隠しなのか冗談めかして言ったあと可愛らしく舌を出してくるりと一回転、隼人の視線から自分の顔を隠した。

長い黒髪が隼人の目の前を流れた。それでも髪の間から覗く耳が真っ赤になっているところを見ると相当恥かしかったのかもしれない。


「あ・・・」


(紫さん・・・俺のことを王子さまって)


───アキト! アキト! アキトは私の王子さまだから!!



「・・・じゃあ、またお会いしてください」


そう言って紫は隼人に向け素早く一礼すると未だ赤面したままの顔を隠すように頬に手を当て小走りで去って行った。


隼人は挨拶する事も忘れ呆然としていた。


紫が「隼人さんは私の王子様」と言った時の顔がミスマル・ユリカの顔と同じだったから。



(───まいったな、こりゃ)



隼人は溜息をついて頭を掻き毟ると紫の去っていった先をずっと見ていた。




─ 2096年11月6日 佐世保〈金剛〉艦内 瑞葉 ─

瑞葉はふらつきながら歩いている隼人を見つけた。


「あれ艦長、元気ないデスねぇ、やっぱりお見合いダメだったんデスか?」


彼女はは憔悴している隼人を初めて見た。というかあのお見合い相手の写真を見てから隼人の様子はすごい変だった。どこか心ここに在らずという感じがして仕方がない。


「いや、ちょっと憑かれて、いや疲れてるだけ」


隼人は溜息をつき、壁に手をつきながら歩いていく。その姿を心配そうに見る瑞葉。


「早く休んだ方が良いデスよ」

「ありがとう、しばらく私室で休んでいる。何かあったら連絡を」

「はい、了解デス」


瑞葉は敬礼し艦長を見送った。


(どうしたんだろ、艦長。妙に憔悴しているみたいだけど)


「説明しましょう!」


背後からいきなり声をかけられて瑞葉は飛び上がった。


「うわっ! 愛さんどこからわいたんデスか?」

「わいたなんて失礼な、さっきからここに居たわよ?」


そう愛は言ったが気配なんてものはなかった。隼人や彩が使う流水をこの女医が使えるとは思えない───瑞葉は冷汗を流して愛を見る。


「で、憔悴している理由が分かるんデスか?」


瑞葉はとりあえずその疑問を考えるのを止め、隼人の憔悴している理由とやらを聞く事にした。


「もしかしたら一晩あの女性と過ごしたのかも」


愛は顔を赤らめほんの少し腰をくねらせるとそんな事を言い出した。

その意味を瑞葉の頭が理解すると同時に・・・。


「きゃははははははははっ! ま、愛さん、そ、そ、それ、さ、サイコーのじょ、冗談じゃないデスか〜。お、お、お腹がイタイ〜っ!!」


大爆笑だった。あまりに笑いすぎてお腹が痛くて瑞葉の目じりには涙が浮かんでいる。


「か、艦長って、そ、そんなに器用ですかねえ? お、お、お腹が捩れる〜ッ! きゃ、はぁっ、く、くるし〜!」


そして艦の床をバンバン叩いてしまう。あの隼人がそんなに手の早い筈がない。

瑞葉に大爆笑された愛は少しむっとすると真面目な表情を作って未だに大笑いしている彼女に聞いてきた。


「隼人君はそうかもしれないけど向こうから誘われたら彼は断れると思う? 美人でナイスバディのあの娘さんに」



ピタっ。




瑞葉の笑いは瞬時に氷付き彼女の口元がヒクヒクと震えた。そう、その可能性を彼女は全く考慮してなかった。押しに弱い隼人のこと、あの豊満な胸で迫られたら・・・瑞葉は最悪な想像を頭を振って追い出す。


「で、で、でも・・・か、艦長って意外に意思が強いし」


少し考え込んでいた瑞葉は自信なくその言葉を口にするしかなかった。


「冗談よ、瑞葉ちゃん。まあ、あの人がそれほど要領が良かったら私たちがこうして苦労してないでしょう。別な意味で苦労はしていたかもしれないけどね(笑)」


瑞葉はさっきの言葉が愛の言葉が冗談だという事に安堵する。実際迫られたとしても彼なら上手い具合に相手を傷つけずに断るだろうと思っている。自分で試してみようかと思った事もあったがその後の事を考えると避けられるのが怖くて出来なかった。


「確かにそうかもしれませんネ。じゃあ可能性って?」

「そうね、一番考えられるのは致命的なドジか地雷でも踏んだってとこかしら」

「あ、それはありそう(笑)」


瑞葉と愛は顔を見合わせて笑いあった。



─ 2096年11月6日 佐世保〈金剛〉艦内 暁副長 ─

暁副長は苦笑して呆れていた。


(・・・おいおい、好き勝手言ってるなあ彼女たち)


副長は瑞葉と愛の会話を偶然立ち聞きしてしまい艦長の立場に涙した。


(ま、なんだかんだ言われても彼女たちに好かれている訳だしな、艦長は。それにしても瑠璃が本気で艦長の下へ嫁に行くとか言い出したら俺はどうすれば良いんだ!)


暁副長は自分の愛娘が自分より隼人に懐いており、そのうち下手をすれば本気で嫁にいきかねない事に不安を募らせながら気づかれないようにその場を去った。



─ 2096年11月6日 佐世保〈金剛〉艦内 瑞葉 ─

ちらりと通路の陰を見て会話を続ける愛。


「でも、どういう形であれ艦長には幸せになって欲しいわね」

「そうデスねぇ、艦長って不器用なのに一人で抱え込む事多いし、一生懸命な人デスから」


愛の言葉に大きく頷き同意する瑞葉。暁副長が思ったようになんだかんだ言っても2人は隼人の事が好きなのだ。


「そうね。でも渡さないわよ? うふふふふ」

「そうですか、望むところデスよ くすくす」


〈金剛〉の艦内に2人の怪しげな高笑いが響き渡った。その声を聞いた隼人が気分が滅入りさらに寝込んだのは余談である。




おまけな後日談。

お友達の葵潤くんに隼人さんの事を相談してみました。


「話を聞いている限り、不実じゃないけど・・・少佐って“天然”じゃないの?」

「天然って?」


首を小さく傾け疑問を呈する紫。その無垢な姿を見て潤は深く溜息をついた。


「はぁ・・・。ある意味お似合いだと思うよ、紫と」


彼のほんの少しやっかみの入ったセリフだったが紫はその真意にまったく気づかなかった。


「やっぱり! 潤くんもそう思ってくれるんだ」


(・・・やっぱり僕の気持ちに気づいていないんだね、紫(涙)

(潤くんも応援してくれたんだし、頑張らなきゃ! でも・・・潤くん、やけに疲れているみたいだけど、どうしたんだろ?)


紫は首を傾げ背を丸めて去っていく幼馴染兼大事なお友達を見つめた。


− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:ハイ、お馴染みのご挨拶デスけど、最後まで読んでいただきありがとうございます!

隼人:ありがとうございます。

瑞葉:今回は初の2部構成になってましたね。

隼人:そうだね、さすがに一本にするには長すぎたから。

瑞葉:それとまさか沖田提督があの人だったなんて。

隼人:作者としてはもう少し後にしたかったらしいけど伊達さんのとの絡みで早くしたみたいだね。

瑞葉:それとようやくアタシの真のライバルが登場デスね。

隼人:ライバル?

瑞葉:そう、紫さんデスよ。このSSは鋼鉄の咆哮とナデシコのクロスです。咆哮側のヒロインのアタシ(注:ゲームの咆哮シリーズににヒロインはいません)とナデシコ側のヒロイン・紫さんと決戦して真のヒロインを決める時がきたんデス。

隼人:真のヒロインねえ。

瑞葉:
艦長、紫さんのこと古都さん以外では初めて異性として意識してるじゃないデスか。

隼人:ちゃんと瑞葉クンのことも異性として認識しているって(汗)

瑞葉:
ホントですかあ? とてもそういう風には思えないんだケド。

隼人:あ、じゃあ時間なんでいつものよろしく。

瑞葉:誤魔化しましたね、艦長。次回連合海軍物語二十七話「インターミッション 御統紫」でお会いしましょう。

 

 

 

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代理人の感想

ほほう、こう来ましたか。

ただ、ちょっとばらすタイミングとしてはどうかとも思います。

これだけインパクトのある設定をばらすならもっと印象深く使える場面があったんじゃないかなと。

 

それとここのところ感じていましたが、ちゃんと推敲してますか?

見直せばすぐわかるような意味不明の脱文や誤字脱字が山のようにあって、正直鬱陶しいです。

そうでなくても主語を省略しすぎたりなんだりと文章が読みにくいですね。

例えば下の文。

 

>沖田と隼人の会話に出てきた〈和泉〉という名の艦の名前と実用化が想像されている兵器の名前に口を挟んだ。

 

「沖田と隼人の会話」に口を挟むのですから主体は勿論浩一郎なのですが、ここは主語を省略していい所ではありません。

地の文で主語・目的語を省略するのは基本的に「主語が同じ文が連続する場合」にのみ許されます。

例えば「浩一郎が突然口をはさんだ。2人の会話に出てきた名前に記憶があったのだ」とか。

またこの文は目的語も省略していますが、これも主語同様に省略していい流れではありません。

この文章を省略なしで書くとするなら以下のようになりますが、

 

沖田と隼人の会話に出てきた〈和泉〉という名の艦の名前と実用化が想像されている兵器の名前に(反応して)浩一郎は2人の会話に口を挟んだ。

 

「〜名前に」までの部分は文章の核ではなく、ただの飾り、修飾なわけですよ。

本来「浩一郎は二人の会話に口をはさんだ」という文章なのに「口をはさんだ」だけでは訳が分からないでしょう?

それを、修飾部があるからわかったような気になって本来省略すべきでないところを省略してしまうのが極めて読みにくい原因となっているわけです。

後ついでに言うと修飾部が長すぎるのでもうちょっと体裁を考えることをお勧めします。

まず「沖田と隼人の会話に出てきた」という部分、直前にセリフとして書いてあるわけですからここは余分です。

わざわざ書かなくても直前の会話に出てきたそれとして理解してもらえるでしょう。

「和泉という名の艦の名前と実用化が想像されている兵器の名前」の部分、ここは「名」と二つの「名前」が被っています。「頭痛が痛い」の類ですね。

「実用化が想像されている」というのはよく分かりませんが「既に実用化に成功したことが予想されている」ということかな?

どっちにしろちょっと長いですね。

また「和泉」は固有名詞で「レールキャノン」は一般名詞(レールキャノンが世界に一門しか存在しないなら別ですが)なので同列に並べるのは問題ありです。

まとめると「和泉という名前、そして実用化が噂される新兵器の話題に反応し、浩一郎が会話に口を挟む」というあたりですか。

随分スッキリしたと思いますがどうでしょう。