─ 2096年10月20日 戦艦〈エグザバイト〉オペレーションルーム リース ─

リースはオペレーションルームのシートに膝を抱えて座っていた。白くて細い指先が無意識にコンソールのキーの上をゆっくりとなぞっている。その表情は何かをじっと考えているようで物憂げだった。


【リース、眉間にしわがよっている】

「……え? ウソ!?」


突然リースの目の前に〈エグザバイト〉のスーパーAIである【タケミカヅチ】のエアウィンドウが開いた。ぼんやりしていたリースははっとし、慌てて眉間をこすこすとこすった。そして溜息を一つ。


【調子が悪いの?】

「ううん、ステータスはグリーンだけど」

【マスターの事?】

「うん。もしかしたら元のおにいちゃんに戻ってくれるかと思ったんだけど。それにあの女性も助けられなかった……」


リースの声はか細く真紅の瞳はコンソールをじっと見ている。まるで愛する人が死んだような寂しげな声色だった。


それもそのはず彼女の知っている優しくて兄馬鹿だった桜樹明人はいない。もしかしたらもう死んでいるのかもしれない、そんな想いから出た声色だった。

いま彼女の側にいるのは復讐に燃える暗い瞳をした戦闘機械のような人。明人の心は蜃気楼との戦いで傷つき壊れてしまっていた。今の明人にあるのはリースを護る事と「必ず蜃気楼を殺す」という一念。その為なら信じている人を裏切ることも利用する事も躊躇うことなく行う。復讐という毒を食らい続ける明人にとっていまさら信用など大した事ではなかった。


それでも彼女が明人についていくのは信じると決めたから。今までの戦いで明人は身体が傷つき倒れても必ずリースを護ってきた。仮にすべての人間が、いや世界が明人の敵になったとしても自分だけは彼を裏切らず、最後まで明人の味方でいようと決めた。

別にマスターだからという訳ではなく自分で決めたことだった。リースはプリムローズの制作者ナギによって人工生命体としての制約は解かれている。今の彼女は人間と変わらず自身で判断し決める事が出来るし、今までもそうしてきた。

ずっと明人に寄り添い元の優しい兄に戻るまで側にいる事、それがリースの願いだった。その為には蜃気楼を倒し明人の心に余裕を持たせれば元に戻るかもしれない、そんなか細い希望に彼女はかけていた。

だがその希望も今は揺らいでいた。今回は自分の母ナギが死んだ時と同じシチュエーションなのに明人の瞳に熱は戻らず相変わらず冷ややかなままだったから。

リースは再度ためいきを吐き出し抱えた膝の中に顔を埋めた。


「……おにいちゃん」


オペレーションルームに小さく彼女の声が木霊し膝の間に埋めた顔から涙が一滴こぼれた。その呟きを【タケミカヅチ】だけが聞いていた。




連合海軍物語

第29話 それぞれの立場


─ 2096年10月同日 戦艦〈エグザバイト〉艦橋 明人 ─

明人は〈エグザバイト〉の艦長席に座り、背もたれに身体を預けて天井をじっと見ていた。彼の陰鬱な暗い瞳、その視線の先にある白い天井の内部には艦橋にいるVIPを護る為に仕込まれた様々な防衛機構があった。その機構もこの艦に一二神将の侵入を許し狂女バサラに紗々羅を殺され、インダラに艦の機関を爆破されるという甚大な被害を受けたあと、急遽設置されたものだった。

リースはオペレーションルームにこもり〈エグザバイト〉のシステムメンテナンスを行っている。艦橋には彼一人しかおらず考え事をするにはちょうど良かった。明人は久しぶりにこの世界に転移する直前を思い出していた。彼が閉じ込めていた記憶、さらなる復讐を誓うきっかけになった出来事を。


* * * * *


蜃気楼配下のインダラが〈エステバリス〉を駆って奇襲を行い躊躇いもなく撃ち込んだ1発の特殊弾頭核ミサイル。目映い閃光とキノコ雲と共に〈エグザバイト〉の量産艦〈メガバイト〉と明人が以前乗っていたナハト・シュトラール級戦艦〈プロミネンス〉は爆発に巻き込まれ彼の目の前で轟沈していった。

明人の戦友で〈メガバイト〉艦長代理を務めていた暁特務少佐、〈プロミネンス〉艦長代理であり副長だった赤城少佐とかつての部下達。アスカインダストリーの機動兵器開発技師補で〈エグザバイト〉に搭載されていた明人の愛機〈オセラリス〉のチーフメカニックだった三田も核の業火に焼かれそれぞれの艦と共に沈んでいった。そして〈メガバイト〉を操っていたであろう量産型プリムローズリースの妹も。


そして戦いの最中、〈エグザバイト〉の砲撃で〈蜃気楼〉が中破し艦内にあった《遺跡》に被弾の被害が及んだ時にそれは起こった。《遺跡》から沸き起こった虹色の光が広がり蜃気楼を包みこんだ。更に急速に艦外に広がり〈エグザバイト〉を巻き込み視界が真っ白になっていった。

その現象は同時に世界の至るところで起こっていた。停泊中だった超兵器も戦闘中だった超兵器もいきなり虹色の輝きに包まれ忽然と消え去り世界中にあった超兵器は1隻も存在しなくなった。


自己保存と防衛の為に暴走した《遺跡》による強制転移の発動。


それによりあの世界に存在した全ての超兵器が《遺跡》の因果に引きずられ転移させられた。何隻かが異世界に放り出され、残りは時の狭間に飲み込まれ消え失せた。戦闘中だった明人や蜃気楼はDFを張っていたので生きたまま転移できたが、展開していなかった艦の人間は瞬時に死亡した。そういう意味では明人たちは運が良かったのかもしれない。


2人が気が付いた時〈エグザバイト〉は機関が止まったまま真っ蒼な大海を漂流していた。目の前にいた〈蜃気楼〉はおろか、戦いに参加していた全ての艦は消え失せこの艦だけがぽつんと蒼い海に浮いている。

衛星情報による自艦の位置確認が出来きない事が分かったリースが情報を得る為に通信傍受を行ったところ、耳慣れない国名が幾つか飛び込んできた。ウィルシアにナーウィシア、環太平洋連合といった名前や組織、そして飛び交う暗号通信。様々な通信を聞くうちにリースはある事に気づいた。


「気象情報に制限がかかっているようです」

「制限?」

「はい、普通なら漁業の為に沿岸の気象情報が発信されていますが不自然なほど傍受できません。暗号通信の量も考えるとどうも大戦規模の戦争が起こっているようです」


気象情報は平和な時代なら普通に聞けるものだが戦争時には機密になる。わざわざ敵国に自国の気象を教える必要はない。下手をすれば気象の隙を突かれ攻めこまれるきっかけになりかねないからだ。


さらに夜になり現在位置を確認するため天測を行い分かった事があった。【タケミカヅチ】がはじき出したのは〈エグザバイト〉は太平洋上、トラック諸島より2000キロ北にいるということ。それより問題なのは星座の位置が自分たちが居た2123年ではなく西暦2095年になっているという事だった。

はじき出された年代に驚いたリースと明人だったが〈エグザバイト〉に搭載されている無人偵察機を飛ばし手近にあるトラック基地を偵察してみたところ、そこには自分たちの世界では見る事のなかった戦艦が存在していた。それも超兵器に勝るとも劣らない巨艦たちが停泊している。

自分たちの世界で超兵器を除けば最大の通常戦艦は旧日本海軍の造った戦艦〈大和〉だったがこの世界に存在する戦艦は〈大和〉を更に上回る砲を搭載し、確実に〈エグザバイト〉以上の巨体を持っていた。

この事実を見て明人とリースはこの世界が自分達のいた世界とは異なる世界である事を認めざるを得なかった。


さらにリースと明人は基地と公共施設に潜入しハッキングを行って様々なデータを抜き取り〈エグザバイト〉で解析した結果は驚くべき物だった。向こうの世界で核の直撃を受け戦死したはずの赤城や暁はナーウィシアという国で生きていたが“真紅の夜明けライジング・サン”のリーダーだった桜樹周作やその娘の沙々羅、日本の首相だった御劔省吾は死んでいた。さらに言えば向こうの世界の超兵器大戦で重役を担った人間がことごとく死亡しているという結果だった。

リースの報告を聞いた明人は自分達にとってもっとも重要な人間の安否を聞いた。


「明人さん、この世界の影護四補は死亡しています」

「四補が死んでいる? じゃあナギさんは!?」


リースの情報収集能力は常に信頼出来るものであったのでなおさら確認しておきたかった。明人の言葉にリースは悲しそうな顔をした後、目をつぶり確認するように呟いた。


「……御劔瑞葉も死亡しています・・・・・・・

「嘘だろ、この世界のナギさんも……死んでいるって?」


リースの言葉を聞いた明人は目を伏せた。握りしめた拳がブルブルと震えている。リースは明人の姿を見て顔を背けコンソールのキーを叩いた。


「明人さん、この結果ですが不自然だと思いませんか?」

「不自然?」


呆然としている明人にリースの冷えきった声がかけられた。その口調に明人は顔を上げ彼女を見た。真紅の瞳にはナノマシンの光芒が浮かびキラキラと光っている、リースの感情が高ぶっているという証だった。


「明人さん、しっかりしてください!」


リースの叱咤に明人はまじまじと自分の妹を見た。何かに苛立ちここまで言葉を荒げる彼女を始めて見たのだ。


「おそらくですが……この世界の人間から見れば死亡者はお互い係わり合いのない関係に見えます。ですが向こうの世界の人間関係を知る私たちからすればこの数値は異常です」


リースの言葉に興味をもった明人が聞く。


「どのくらいだ?」

「9割」


リースがあっさりと言った数値に愕然とする明人。彼女の言うとおりその数値は異常で、幾らなんでも死亡率が高すぎた。


「偶然にしては死亡率が高すぎます。桜樹のおじさまは演習中の銃の暴発で死亡し、沙々羅さんと御劔省吾さんは交通事故、その他の人たちの理由は様々ですが必ず死亡しています。そして……」

「?」

「この世界にも“超兵器”が存在します」

「バカな! 俺たち以外に超兵器が存在するはずがない、確かなのか!?」


明人の言葉にリースは頷く。


「ウィルシアという国の暗号を解析した結果です。戦艦〈タッカ・シャントリエリブラック・キャット〉、そして〈アラハバキ〉。この国は超兵器を使用して世界大戦を起こしています」

「〈タッカ・シャントリエリ〉は〈マレ・ブラッタ〉級の4番艦だ。これらを使ってこの世界でも俺たちの世界と同じように超兵器大戦が行われている事か」


あの世界で起こった大戦がこの世界で行われている。もしこの世界が転移世界の平行世界であったとしたら十分それは考えられることだった。ならそれを首謀しているのは……アレスかクルーガーなのか?


「リース、アレスとクルーガーは!」

「テュランヌス総帥アレス・テレストリも死亡しています。ですがジョナサン・H・クルーガーは……行方不明です」

「アレスが死んでクルーガーが行方不明?」

「はい。この世界の超兵器を調べて分かった事は数年前に合衆国沖に突如現れた超大型の不明艦の存在です。その不明艦の出現と前後して彼の消息は消えています。その後、急激に覇権国家に変貌していった合衆国、いえウィルシアという国。もし不明艦が〈蜃気楼〉だったとしたら?」

「米国海軍と抗テュランヌスレジスタンス組織“星 条 旗スタースパングルドバナー”の元提督だったクルーガーなら向こうの世界の人間関係は良く知っている、か」

「クルーガー提督でしたらあの大戦でそれぞれが担った役割と結果は知っています。戦を起こすにしても邪魔になりそうな人間を排除する可能性は高いかと」


リースの言葉に目を瞑った明人が問うた。


「四補やナギさんもそうなのか?」

「……おそらく」


リースの短い返事に明人の拳が震え、憎しみを露にした口調で呟く。


「向こうの世界だけじゃ飽き足らず、この世界でも四補やナギさんはクルーガーに幸せを奪われ殺されたというのか。周作おじさんや沙々羅ちゃんも、みんなも」


明人の呟きにリースは黙って俯いている。彼女の耳には明人のギリギリという歯軋りの音が聞こえている。その音は彼女が明人にした報告の中でたった一つだけついた嘘・・・・・・・・・・・を責めているように聞こえた。咄嗟についてしまった嘘を明人に告白すべきか彼女は迷った。


【リース、通信がはいっている】


その時だった、発信元が不明の通信が〈エグザバイト〉に届き【タケミカヅチ】のエアウィンドウが開いたのは。それによりリースはこの事を明人に言うきっかけを失ってしまった。


───事実を知りたければこの地点にある島へ向かえ。


明人とリースは訝しがりながらもその島へ向かい影護四補と再会することになった。


あれから1年。仇である一二神将のうち狂女・バサラを始めとする大半は討ち取ったが、ナギを撃った相馬裕樹インダラと蜃気楼ことジョナサン・ハーバート・クルーガーは見つかっていない。この2人を討ち取り、ナギの墓前でその報告をするまで自分の復讐が終わることはなかった。

* * * * *



明人は自分の立場というものを考えていた。随分長い事この世界にいるような気がしているが実際はたったの1年。彼の親友である影護四補は世界の枠組みも違うこの世界で30年もの間、一人で生きてきた。


(───もし仮に自分だったとしたら耐えられただろうか?)


そんな事を漠と考えている。たった1年なのに元の世界が酷く懐かしかった。

同じ機動兵器乗りドールマスターでテストパイロット仲間であった山田次郎ダイゴウジ・ガイ。自分が〈ナハト・シュトラール〉級2番艦〈プロミネンス〉の艦長時に副長を務めた赤城孝三。影護四補の旗艦〈近江〉副長を務め、転移世界で〈蜃気楼〉との決戦を援護してくれた暁泰山。そして自分に名字を貸してくれた桜樹紗々羅とその父・周作。

その他さまざまな人間との関わり合い。かけがえのない仲間たちとの関係はあの世界での戦いと偶然起こったこの世界への転移により失われた。桜樹明人という人間を知るものは妹の〈リース〉と沖田十五と名を変えた影護四補、そして敵側である〈蜃気楼〉。


明人は上着のポケットから写真を取り出して眺める。場所はオアフ島にあるレストラン・アンバー、明人と四補、ナギ、紗々羅が写っている。向こうの世界で撮った写真だった。四補の腕に自分のそれを絡ませ嬉しそうに笑っているナギ。それを見て四補をからかっている自分と紗々羅。古き良き時代の写真。


(ナギさん、オレは……四補に貴女の事を言わなきゃいけないんだろうか? そして娘であるリースやクルーガーのことも)


明人は何者かの通信に導かれ、やってきた小さな島の祭壇にいた人物の顔を見て驚愕した。死んだと思っていた、心の中では生きている事を願っていた人物、この世界の影護四補ではない、自分達の知っている影護四補が実際に生きていたのだから。

彼の姿は数十年の時を経て歳をとり自分の知っている姿とは違っていたが、雰囲気や振る舞いはあの影護四補に間違いはなかった。

四補にとっては30年、明人にとっては5年ぶりの再会。久しぶりに四補と話をした明人は彼の人格に変化が起きている事に気づいた。以前とは違う、ナギに対する心遣いがそれだった。

そう感じた明人は四補に聞いてみたのだ。


───この世界に大事な人間は出来たのか、と。


四補も明人に負けず劣らずの不器用だったし、明人の問いは誘導尋問に近かった。彼は少し思案し口に出すべきか躊躇ったような表情を作った。


「……多分な。伊達が……そうなのかもしれん」


そう言葉を返した。

その言葉で四補にナギ以外の想い人がいる事を知ってしまった。そしてナギや向こうの世界の事を問われた明人だったが彼女の苦しみを知っているだけに四補の心変わりが腹立たしい。ナギを裏切った四補に向こうの世界の事を素直に話す気にはなれなかった。


四補の連合海軍もしくはナーウィシア海軍の参加要請にしても以前の自分なら一も二もなく頷いていただろう。だがナギの事で四補を信用し切れてない自分に気づいた明人は要請の返事を曖昧にした。転移技術の供与の代わりに自分たちと〈エグザバイト〉補給の約束をしてあの場を離れた。

結局、様々な想いが重なり四補にナギの話を出来ないまま1年という歳月が流れた。その間この世界のどこかに隠れている〈蜃気楼〉をあぶり出すために超兵器狩りを続ける明人たちに一つの情報がもたらされた。


リースが連合・ウィルシアのネットワークをハッキングし、〈蜃気楼〉の行方とこの世界の情勢を調べていた時に得た情報だった。

現世型とはいえ超兵器を数隻葬り去りウィルシアに馬鹿にならない被害を与えている連合海軍・第十三独立実験艦隊の指揮官・伊達遙を暗殺せよ───。


伊達遙……四補が言葉少なげに話した女性将官の名。その情報を得た明人は最初は無視しようとした。あまつさえ囮として使い蜃気楼の出方を見るつもりだった。だが明人を諫め、伊達遙という女性提督を護る事を主張したのは妹のリース。そしてナギと同じように不条理に殺されようとしているのを知ってなお見過ごすのかとリースが明人に詰め寄ったのだった。


「明人さんは知っているのに目を逸らしています、残された人間の悲しみを知っているのに! それに父さんは母さんを裏切ってはいません!」


その姿は今まで一緒に居た彼から見ても激しい感情の起伏でまるで自分の事のように熱がこもっていた。


「なぜそう言える?」


リースの声色とは反対に明人の声は冷たく冷め切っている。リースは明人の表情を見て悲し気な表情をすると目を逸らし呟くように答えた。


「……父さんは母さんの事を忘れていません。そして存在を忘れられてしまう事ほど悲しく寂しく辛い事はありませんから」


そう言ってリースは俯き嗚咽を漏らしはじめた。彼女の頬を流れる涙を見て明人はこの世界に来てはじめて狼狽した。今の自分の四補への想いは正しいのか、リースの涙を見てそう彼女に言われたような気がした。


冷静に考えれば四補も誰一人として自分を知らない、頼る者もいない、歴史や世界の枠組みすら違うこの世界でずっと一人で生きていた。世界から忘れられたような自身の存在を四補はどう感じていたのか。


転移世界では超兵器大戦を終わらせた“英雄”と呼ばれる四補もちっぽけな一人の人間に過ぎない。仮に転移したのが自分だったらどうなるだろう?

今でさえ側にリースがいても昔の仲間を懐かしむ自分がいる。最終的には敵ですら自分を知っている人間が居る事に安堵している自分がいた。大幅に減ったとはいえ自分という人間を知っている存在がいる事に酷く安心している自分がいた。

転移してきたこの見知らぬ世界で自分一人ではないという事がどれほど心強いか明人は身をもって知っている。


なら頼るものもなく自分の才覚一つで生き延びてきた孤独な四補に心を通わせる女性の一人くらい出来てもおかしくはなかったのだ。それに未だに四補は独身を保っている。彼が結婚をしない理由は明人には分かり過ぎるくらい良く分かることだった。


明人はリースの言葉に自分の間違いを認め、四補への拘りを捨て伊達遙を救うべく動いたが一歩遅かった。


伊達が乗った戦略爆撃機〈飛鳥〉は蜃気楼配下の白い機動兵器エステバリスに撃墜され、彼女は重傷を負った。〈飛鳥〉を撃墜した〈エステバリス〉と母艦となっている潜水戦艦を叩き潰し多少の溜飲は下がったものの彼女を護れなかった事には変わりない。

重傷を負った伊達が搬送され入院しているナーウィシアの海軍病院の玄関で四補の顔を見て彼女が逝ったことを知った。自分は愚かにも何度も、そうナギや紗々羅の時と同じ過ちを繰り返している。


変わらない愚かな自分、変わった四補。その自分への苛立ちが八つ当たりのように「あんたは変わったな」という四補への言葉となって出てしまった。


さらに四補への対応を重くしているのは彼の愛する新城ナギがすでに亡く、その原因に蜃気楼いや、クルーガーが関わりあるということだった。仮にクルーガーが生きている事を知ったら四補はどう思うのだろう。あまつさえナギの死に大きく関わっているとしたら。


そして彼の遺伝子上の娘である〈リース〉。自分の側に常に寄り添っている銀の少女の事を四補にどう言うべきか。話すとなるとやはりナギの死亡にまで話が及ぶ。

伊達遙を亡くし失意の四補にナギが死んだ事まで話したらどうなるか? 明人にとってその想像は恐怖だった。この事を四補に話すくらいなら身一つで敵弾に突っ込んで行く方が余程精神的に楽だろう。

もし仮に死んだ人間が伊達遙でなかったら話せたのかもしれない。だが秘密はいつまでも隠してはおけない、いつか四補に話す時がくる。

リースとクルーガー、この2人の存在を四補にどう話すか? 明人にとって係わり合いになりたくない、出来ればずっと秘密のままにしておきたかったがそれも望めない。なら一刻も早くクルーガーを見つけ出し、〈蜃気楼〉を討ち取ることしか明人には策が考えつかなかった。



─ 2096年10月11日 太平洋グアム・アプラ軍港 ─


「何を考えているんだ、ナーウィシアは!」


グアムに駐留する連合海軍グアム駐留艦隊旗艦・周防級戦艦〈とさ〉の作戦会議室に怒号が響き渡った。

現在、グアムに駐留する巡洋艦以上の艦長を集め、予想されるウィルシアの侵攻に迎撃作戦の計画書を元に今後の対策が話し合われていた。


「東司令、落ち着いてください!」

「これの何処が落ち着いていられるんだ!」


先任参謀が慌てて東を静めようとするがその行動はよけいに怒りを煽るだけだった。

ウィルシア侵攻作戦迎撃総司令・連合海軍大将・沖田十五から送られてきた作戦計画書をテーブルに叩きつけて日本海軍提督・東伸吾少将は再度怒号した。怒りで顔を真っ赤にし禿頭を光らせている姿はまさに茹で蛸を想像させる。幕僚達は内心でそう思っていたが口に出して言う者など当然いない。


ゼエゼエと荒い息を吐き出しドッカと席に座り直す。


「ふざけている、あまりにもふざけている。駐留艦隊はグアムを放棄し硫黄島まで撤退だと?」


鋭い眼光に睨み付けられた先任参謀が冷汗をかきながら反論を試みる。


「ですが提督、我が艦隊だけではとてもウィルシアの侵攻部隊に対抗できません。なら迎撃総司令の言われるようにグアムを明け渡し、戦力を集中した方が得策ではないでしょうか」

「貴様、何を言っている? このグアムを獲るのに、ここまでの規模にするのにどれだけの損害と金を使っているのか分かっているのか! 日本は元よりナーウィシアもかなりの損害を受けようやく手に入れた前線基地だぞ」

「そ、それは承知しています、ですが……」


東の迫力に先任参謀の声は小さくなってしまう。

4年前に起きた小笠原〜グアム奪還作戦で日本海軍は当時最新鋭だった〈すおう〉級戦艦4隻を含む1個艦隊、ナーウィシアも新鋭戦艦〈筑後〉〈越後〉の2隻、〈周防〉級戦艦2隻を含む1個艦隊を失っていた。ナーウィシア艦隊を指揮していた早瀬提督の座乗する〈筑後〉が超兵器〈アラハバキ〉に特攻をかけ相打ちとなって沈めた事でなんとか勝利することが出来たのだった。

沖田はその基地を手放せと言っているのだ、あの戦いを巡洋艦艦長として生き残った東としてはとても納得できない話だった。なんの損害も受けずに撤退するなどあの戦いで死んでいった仲間達に顔向けが出来なかった。

それに現在はアプラ軍港は拡張と浚渫を行い、かなりの大型艦が停泊できるようになっている。さらに小型艦艇 の建造・大型艦の修理用ドッグを持つことで基地としての価値は当時よりはるかに高いものとなっていた。


「〈筑波〉〈鞍馬〉艦長はどう思う」


激高する東を冷ややかに見ていたナーウィシア海軍巡洋戦艦〈筑波〉艦長・岩本透大佐が口を開いた。


「確かにグアムを放棄することは残念に思います。ですが小官たちは迎撃総司令の指揮に従います」


東とは対照的に酷く落ち着いた声色で答えた。きっぱりそう言い切った岩本に〈鞍馬〉艦長・宮内俊介大佐も頷いている。


「ちっ」


東は軽く舌打ちすると叩き付けた計画書を再度めくった。

戦艦を含む打撃艦隊は硫黄島に撤退して待機、空母を含む機動艦隊は補給線寸断のための遊撃部隊として活動するように指示されていた。海軍だけではなく、陸軍の守備兵は同じく硫黄島へ、海軍・空軍航空隊はトラックに、戦略爆撃機、〈富嶽〉〈飛鳥〉が主力の戦略爆撃兵団は北海道の釧路基地に移動となっている。


(戦力を集中するといってもこの配置はおかしい)


東は兵力配置図を見て疑惑に捕らわれた。自分の艦隊と陸軍が硫黄島に撤収して日本本土を護るのは分かる。万が一ウィルシアがナーウィシアにある風雅島の攻略を止め、日本を落とす事を優先した場合に盾となって時間を稼ぐ必要があるからだ。

だがそんな事はほとんど考えられない。今の日本は極東地区の大海軍国であった昔と違い、国としての価値は低くウィルシアが自軍の損害を許容してまで確保したいとは思えない。資源も出ない、金もない、技術力に至っては超兵器を保有するウィルシアが日本を欲するとは思えなかった。そんな国を獲ってどうするというのか?

あり得るとすれば連合の獅子身中の虫とも言える中国を抱き込む、もしくは叩く場合の前線基地としてだが、その場合後方をナーウィシアに襲われかねない。事実、この世界でウィルシアに対抗できるのは日本を見捨てた日本人が作ったあの国ナーウィシアだけなのだ。

その認識は日本を愛し、海軍を志した東にとって苦い現実であったのでなおさら不愉快にならざるを得なかった。

ウィルシアとしてはまずナーウィシアの首を獲ってからその他の雑魚を押しつぶすのが一番損害が出ないはずだからだ。その際にあの国の金や連合の兵器開発廠である技術力を吸収できればもっと良い。損害に見合うだけのものが得られ、最終的にはオーストラリアを屈服させれば世界の半分を支配しているウィルシアが得られない資源はほとんどないと言える。

その後にナーウィシア戦で失った兵力を補充し日本や中国などの環太平洋連合を叩きつぶせば良い。


(日本を得る事より遙かに利益が出るのだ、あのナーウィシアという国は!)


東はさらに考えを進めた。

戦略爆撃兵団を釧路に移す意味も分からない。本来ならトラックに配備して航続距離あしの長さを生かし、敵の後方基地の爆撃、補給船団への攻撃に使用すべきだった。なのに日本の釧路基地に配備するという。北方航路の通商破壊する事で侵攻艦隊の補給を圧迫する事は出来るが南洋方面に配備するより効率が良いとは思えない。


〈飛鳥〉はこの世界の航空機としてはずば抜けた性能を持っているがあまりにも高価。その確保の為に釧路に移したいのかもしれないが決戦で負けては意味がない。


(〈飛鳥〉や〈富嶽〉に航空魚雷を搭載して戦艦、いや敵輸送艦隊に雷撃を行わせる事はできないものか?)


まるで航空主兵主義者のような考えを抱いた東だったが慌てて頭を振った。


(馬鹿な、このワシがそんな考えてどうする! この世は戦艦が支配しているのだ、脆弱な航空機でウィルシアを叩けるはずがない)


どちらにしても東に出来るのは迎撃総司令である沖田の言葉に従う事だけだった。自分は連合海軍の扱いではあったが少将であり一基地に駐留している艦隊司令でしかないのだ。向こうは連合海軍大将、その名の持つ権力はたかだか一艦隊司令の少将などの比ではない。

ふと顔を上げると部下達の視線が集中していた。短い時間ではあったが我を忘れていたようだった。その無言の視線は東に決断を求めている。


「グアムを放棄し艦隊は硫黄島に撤退する。ただし向こうから仕掛けてきた場合は別だ、全力で迎撃する!」


その声が作戦室に響き、会議の終了の合図となった。出席者が立ち上がり、東に敬礼し自分たちの責務を果たす為に続々と部屋を出ていく。

東はその様子をずっと座ったまま見ていたが誰もいなくなったのを確認すると目先にあった椅子を思い切り蹴飛ばした。


「やってられるか!」



─ 2096年12月10日 グアム・アプラ軍港 巴 ─

「やれやれ、今度は里帰りかよ」


撤退準備で慌ただしい桟橋で第9駆逐隊司令の巴はボヤいていた。彼女の周りには第9駆逐隊を構成するいつもの面子、天野碧、牧出水、風間理緒が揃っている。

第十三実験艦隊は前司令官である伊達遙の方針で泊地にあっても艦が海上にある限りは半舷上陸、常に臨戦体制を取っているのですでに出航準備を終わっていた。他の部隊、特に日本海軍の動きが鈍く、それを待っているという状況だった。


「いきなりだよね、この基地捨てちゃうのはもったいないけど」


そう言って碧が基地全体を見まわした。巴は自分の艦の隣に停泊している〈高千穂〉を見た。すでに伊達の後任の新司令と共に第一三艦隊に向けての指令が届いている。


───第一三艦隊は撤退する友軍を護衛後、速やかにナーウィシア・風雅島に帰還せよ。


ようやく燃える戦いが出来ると考えていた巴だったのでその命令を聞いて力が抜ける思いだった。それが愚痴となって口から出た。


「そうだな。伊達司令が生きていれば別な方法もあったのかもしれねえけど」

「そうね、あの指揮官には生きていて欲しかったわね。運・才覚両方とも持っていた人だったから」


出水が真面目な顔で同じように〈高千穂〉を見ている。その隣でぷんすかといった感じで憤っているのもいた。


「ウィルシアは許せないですよ、私達に勝てないからって個人を狙ってくるなんて!」


理緒がこぶしを振り回してウィルシアを非難している。それを見て巴がしょうがないといった感じで口を開いた。


「理緒、はっきり言っておくぞ。超兵器にも格があってオレたちはその弱い方に勝ったってだけだ。オレ達が勝ったのは司令の指揮もあるが敵が弱かったからだ」


巴が憮然とした表情で言う。その後を碧が引き取り説明を続ける。


「確かに普通の戦艦としては〈高千穂〉級は強力だけど、ウィルシアが持っている本物の超兵器を相手にしたら私達だってどうなるかわからないんだよ」

「え? あれで下級の超兵器なんですか!?」


碧の言葉に理緒は愕然とした。

確かに〈高千穂〉級4隻の力は現世型超兵器を圧倒していた。DFで敵の砲弾から自艦を護り、60口径40センチ72門という圧倒的なまでの鉄量をぶち込み、超兵器を力まかせに撃沈できる程に。

もし普通の艦だったらDFもなく、あっという間にこっちが撃沈されていたのは分かった。そういう意味では超兵器というのは凄い艦だというのは理解できていたのだが、実際はアレ以上に強力な艦が存在するというのだ。


「あれはこっちの世界で作られた紛い物。レーザー兵器も搭載されてなかったしね」

「れ、レーザーってアニメじゃあるまいし」


出水のレーザーという言葉に理緒の表情は呆れ顔になった。


「そうか、お前は知らなかったんだな。ウィルシアの太平洋艦隊旗艦グロース・シュトラールはレーザーを持っているんだ、DFがなかったらオレたちは瞬殺だ」

「今まであの艦に遭遇して生き延びた艦はいないんだよ」


同僚達の話を聞いて理緒は頭が痛くなった。いつからここはアニメの世界になったんだろうか?

もしそんな艦があるなら世界の海は簡単に支配できるのはないかと疑問を抱いた。


「でも何でその無敵艦を使わないんですか?」

「量産が出来ないから出し惜しみしているんだろうな。だけどよ、今回は必ず先頭にたってやってくるはずだぜ、指揮官先頭の伝統に則ってな」


巴は遙か彼方を見据えた。この海の先にはウィルシアの基地となっているハワイがあり、敵本土があった。そこでは着々と侵攻の準備が進められこの海を押し渡る準備がされている。すでにハワイの真珠湾に集結しつつあるのが確認されていた。





─ 2096年同日 ナーウィシア首都 沖田 ─


「君はこれで勝てると思っているのか?」


不機嫌そうな面もちでナーウィシア首相である三木重里の指がぽんぽんと黒塗りのバインダーを叩いている。それは東が見ていた物より詳しく書かれた迎撃計画書だった。


「小官は最善の方法を採ろうと考えています」

「それがグアムとトラックを捨て風雅島まで後退してウィルシアを引き込むという事かね?」


三木は不満そうに顔をしかめ手元のバインダーを見た。


「はい、現在の連合の海上戦力では彼国の侵攻を阻止出来ません。1%でも勝率を上げる為に考えた策です」

「だがな、風雅島まで侵攻を許した場合、下手をすれば艦砲射撃でこの水都が壊滅する。あの島はここの40キロ先だぞ! 50センチ砲なら十分射程範囲内だ。おまけに艦砲射撃なら精度はいらない」


(政治家が中途半端に軍事知識を持たれると困るんだがな。そうか、三木首相は元海軍か)


三木の言葉に内心で舌打ちしたが表情は動じもしない。沖田は三木の経歴を思い出した。

三木は若い頃、ナーウィシア海軍に入隊していたが親が政治家をやっていたこともありもっぱら後方勤務をしていた。親の力を使い前線には一度として出征していない。その後、除隊し政治家に転向して今に至っている。軍人としては凡庸だったが政治家としてはまずまずで、無能な2世議員を排除するためにある政治家登用試験をクリアし地道に議員活動を行いナーウィシア首相にまでなった。国民の受けもまあまあで支持も50%を下回ったことがないが、逆を言えば突出したカリスマがないとも言えた。


三木の言う艦砲射撃の危険性も分かり切った上で策をたてている。そしてこの風雅島に至るまでの連合統括下の島々を見捨てようともしていた。だがそうでもして兵力を集中しない限り今の連合海軍ではウィルシアに勝てない。撤退する島々には中立宣言を出せさせて極力民間人への被害を抑える───それがこの作戦の骨子になっている。

風雅島まで引き込めば敵の長大な輸送線寸断を出来る可能性が高まるし、この島にある新兵器でウィルシアを迎撃できるのだ。そうなれば飛躍的に勝率は上がり敵艦隊を壊滅に追い込める。


「残念だがこの作戦は認められないな。連合海軍は民衆を見捨てない。グアム撤退は仕方ない、だがトラックを放棄する事は認められない」

「ですが……」

「これはナーウィシア首相、そして連合国上層部としての決定だ」


聞く耳を持たないといった感じで三木は断言した。そして更に言葉を続けた。


「それに……君は自分は何でも出来ると思っているのかね?」


その言葉に会議室の空気が凍った。沖田は三木の突然の言葉に困惑を隠せない。


「……何がおっしゃりたいのか分かりませんな」

「そうか。でははっきり言おう、君は独断専行が過ぎる」

「……」


あまりにもはっきり言われる言葉。沖田と三木の視線の間に火花が散った。


「本来なら日本との同盟は政府が主導すべきモノだ、軍がやるべきものではない」


睨みあう2人の険悪な雰囲気を和らげるようなのんびりした声が聞こえた。


「もちろんそれは承知しております。軍はあくまで戦うだけの道具です、今後は注意しますので」


7割方白い物が混じった頭髪を掻きながらナーウィシア海軍総司令佐伯大将が三木を見ている。老将のにこやかな顔になぜか三木は気圧された。表情は笑っているが豊かに生えた眉から覗く目が笑っていない事に気づき、それを誤魔化す為によけい居丈高な口調になった。


「わ、わかっていれば良い。それでは時間もない、各自最善を尽くしてくれ!」


三木の閉会宣言と共に会議が終了しぞろぞろと参加者が出て行く中、佐伯と沖田は肩を並べて会議室を出ると視線を交わしあった。


「沖田、あまり気にするな。今の連合海軍は押されている、彼らは士気を下げないためにその戦況を覆い隠すのに必死だ。それだけに日本との同盟は自分たちの手柄にしたかったんだろうがな」

「しかし佐伯総司令、小官は……」


沖田の言葉を遮り、佐伯は軽く首を振った。


「わかっているよ。だが首相が言っていた事は私も感じている事だ」


そういうと佐伯は真面目な顔を作り沖田を見る。三木が気圧された視線だった。


「かつての戦友として忠告しておこう。君がこの国を思って行動している事はもちろん知っている。だが今の君はどこかおかしい、焦っている風にも見えるな」


佐伯の視線を真っ向から受け止め沖田は苦笑して言葉を発した。


「焦っているつもりはないのですがね。昔から生き急いでいるとは良く言われますが」

「自覚しているなら注意した方が良い。それが分からない君でもないだろう?」


沖田の苦笑につられるように佐伯も苦笑する。


「ご心配をおかけします、ですが私は自分の策を撤回する気はありません。喧嘩と戦争は負けては意味がありません、やるからには必ず勝たねばいけませんから」

「相変わらず君は強情だ。だが言っていることは正しい、こっちも出来る限りの支援はしよう。だから我らは必ず勝たねばならない、負けたら連合海軍に次はないからな」

「ええ」

「そうだ、沖田。三木首相に注意した方が良いぞ、どうもかの御仁は君に嫉妬しているようだからな」


佐伯は沖田と別れる間際にこんな事を言った。佐伯の言葉を聞いて沖田は一瞬嫌な顔をしたがすぐに普通の表情に戻り敬礼した。佐伯は答礼すると首都司令部に向けて去っていく。その後ろ姿と言葉を聞いて沖田が思い出したのはあのクルーガーの顔だった。

彼も沖田の、いや影護四補の才能に嫉妬して道を誤ったからだ。すでに死んでいる人間の顔を思い出してどうすると思い直し風雅島へ向かう高速船のバースに足を向けた。


だが沖田は気づいていない、自分の背中を憎憎しげに睨みつける三木の姿があったことを。



─ 2096年同日 ウィルシア・サンディエゴ クルーガー ─


空調の効いた部屋に2人の男がいた。一人はこの部屋の主、もう一人は黒髪を伸ばし、女と見まごうばかりの顔立ちをした優男が定時報告を行っていた。


「インダラ、〈大天使エルツエンゲル〉の準備はどうだ?」

「はっ! ハイラさんとシンダラさんが準備を進めています。ですが今回の侵攻には……」


クルーガーの問いにインダラが言い淀んだ。だが彼は怒る事もなく鷹揚に頷いた。


「かまわん。この戦は双方にそれなりの被害が出るだけで終わる。それに乗じて我が掌にある“大天使の剣”でナーウィシアを、いや我らに敵する人間に罰を下してくれる。その時になってヤツラは自分の愚かさと立場を理解するだろうがな」


クルーガーの声に嘲笑の響きが混じった。インダラは無表情にその顔を見て頷く。


「では準備を急がせます。陸軍の方はいかがされますか?」

「こちらも予定通りだ。〈始祖鳥アルケオプテリクス〉の生産準備は整っているな?」

「はっ。すでに数機の準備が出来ています」


インダラの返事を聞いたクルーガーは更に命じた。


「それと欧州戦線にいる第九任務部隊を太平洋に回航だ。間に合わないかもしれんが、今回の作戦の後詰めをさせろ、我が軍が勝つ分には何の問題もないからな」


第九任務部隊はトモサダ・ムネタケ中将率いる日系人だけの部隊で転移型超兵器ドリル戦艦〈アマテラス〉と大型空母〈ホーネット〉級8隻を基本とした世界最大規模の機動艦隊だった。現在は欧州戦線の主力部隊として展開している。

通常戦艦を8隻を主力とした第六、機動艦隊編成の第九の2つの任務部隊によりすでに欧州の連合海軍は崩壊間近になっていた。

欧州連合海軍は現在はナーウィシアとオーストラリアで建造された戦艦を片っ端から回航し、持ち込まれた転移技術を使い通常戦艦を大車輪でDF搭載型に改装している。小型艦は新鋭駆逐巡洋艦〈汐海〉級も量産がはじまり何とか持ちこたえているといった状態だった。


「欧州連合海軍の主力となっているイギリスは〈ヴォルケンクラッツァー・ツヴァイ〉を使ってトドメをさす」

「ですが〈ツヴァイ〉の出撃は大統領が許さないのでは?」

「いい加減茶番にも飽きた、転移技術の提供を渋ってやれ」


インダラの言葉に眉をしかめウンザリしたようにクルーガーが吐き捨てる。

〈ヴォルケンクラッツァー・ツヴァイ〉は〈蜃気楼〉を元にした現世型超兵器だが限りなく転移型に近い艦だった。クルーガーが持つ転移技術を惜しみなく投入し建造され、その力は元となった艦を除けば世界最強という名がつくだろう。

それでも転移直前に行われた異形の黒との戦いにより破損した〈蜃気楼〉の代役でしかなかった。〈蜃気楼〉の方もこの世界の優秀な特殊鋼を使った修理と改装を行っており、8割がた作業はが終わっている。あと1年もすれば出撃が可能となっていた。


その時こそウィルシア大統領に危険視され幽閉されている我が身を解放する時を迎える。転移直後で中破した〈蜃気楼〉の修理の方法がなかったとはいえ、自分を屈辱的なこのような立場においたウィルシアに、そして自らが得るべき世界へ向けて〈蜃気楼〉の主砲、重力波動砲グラビティブラストを向けることが可能となる。


さらに情報部に席をおいているインダラに5年をかけて仕込ませておいた種を発芽させ、クーデターを起こしこの国を手に入れ、本格的に世界制覇に乗り出す事ができる。


超兵器〈蜃気楼〉と共に自分の持つ切り札である超兵器〈大天使〉と彼女が振るうその剣をもって世界を我が物とすることが出来るだろう。その前になんとしてでもこの世界の《遺跡》を発見し、覇道の邪魔となる異形の黒の始末をしなければならなかった。


(もう少しだ、もう少しで私はこの世界を手にする事が出来る。待っていろ、異形の黒め、必ず貴様に後悔の涙を流させて殺してやる)


退出するインダラが見たものは窓から差し込む逆光でクルーガーの顔ははっきりしなかったが愉悦を浮かべた口元が歪んでいるのだけは分かった。その姿は聖書で見た悪魔と呼ばれる想像上の生物に似ていると思いながらドアを閉めた。



− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:最後まで読んでいただきありがとうございます!

隼人:ありがとうございます。

瑞葉:って事で今回はずいぶん投稿に間が開きましたネエ?

隼人:そうだね、作者がリースアフターで燃え尽き、連合海軍はスランプというのもあるけど、さすがに感想でマイナスばかり貰ってやる気が失せたみたいだね。

瑞葉:はぁ、“無垢なる刃”の方デスか。

隼人:1話まで書き上がっているけど投稿する気も失せたようだし。

瑞葉:確かに仕方のない部分はあるかと思いますケド? イヤなら感想なしにすれば良いんじゃないデスか?

隼人:そうだね。ま、作者には頑張って貰うとしてだ。

瑞葉:あ、艦長って冷たいデスねえ。

隼人:そうかな?

瑞葉:自覚がないんデスね(汗)。そう言えばオリジナルの超兵器が出てましたね、〈大天使〉っていうヤツ。

隼人:似たようなネタで某漫画には登場していたりするんだけどね(大汗)

瑞葉:パクリ?(超汗)

隼人:そのつもりはなかったけど絶対的な攻撃力として書いてみてふと気が付いたんだ。なんか見たことのある攻撃方法だなと思って片っ端から蔵書を引っ張り出して確認したら某漫画の中にあった(大汗)。ただ漫画の中では統制された使い方をしていたけどクルーガーは無差別に使うからあんなもんじゃ済まないはずなんだ。

瑞葉:あんなもんじゃ済まないって(汗)。そういえば核兵器も遠慮なく使用していたと書いてありましたケド。〈メガバイト〉と〈プロミネンス〉に向けて撃ったんデスよね?

隼人:そう。一つ言える事は暴走したクルーガーは何をしでかすか分からないってこと。

瑞葉:はぁ、そうするとアタシたちがますます苦労するって事デスよね?

隼人:そうだね。

それと前回代理人さんから指摘のあった“〈金剛〉の乗組員は機動兵器(エステバリス)を見ているんじゃないか”という質問だけど実は見てないんですね。あの時〈金剛〉のレーダーには〈エグザバイト〉のノイズとこの艦が目視出来る距離に出現したので慌てていて無力化した〈はりま〉を注意している余裕はなかったんですねえ。

瑞葉:はあ、だから艦長が前楼の上から〈エグザバイト〉の姿を見ていたんですね。

隼人:そういう事(笑)。

瑞葉:ナルホド。あ、もう時間デスね。次回、連合海軍物語30話「トラック沖海戦」デス。

 

 

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代理人の感想

オーラロードが開かれた〜♪

 

いやぁ、遺跡ってジャコバ・アオンだったんですねぇ(笑)。

それはともかく今回の話は暗いですねー。

暗いというか黒いというか。

読んでて神経にタールが絡み付いてくるかと思いました。

・・・まだ続くのかな、この展開(苦笑)。