「・・・・・・おんや、ハーリー君ってばどうしちゃったの?そんな暗い顔して」
 「サブロウタさん―――」


 ハーリーは寮の中庭に佇んで、ただぼおっと空を見上げていた。
 薄い雲で覆われたその都会の夜空を。
 ―――彼の心を悩ますもの、彼が心を痛めるその対象と言えば決まってただ一人の女性であることは、隣にいるサブロウタでなくてもナデシコCのクルーならば大概の者が知っているであろう。
 そして今夜も例外にもれず、彼女のことを考えているらしかった。

 「・・・艦長、今日はミナトさんのところに泊まるんだって?」
 側の手すりに腰掛けながらサブロウタがそう尋ねる。
 「――――ええ。なんでもユキナさんがどうしても泊まれって駄々こねたらしくて」
 「ふぅん・・・なんだろ?もしかしてテンカワさんを連れ戻す策略でも練ってるのかな?」
 サブロウタが意地の悪そうな笑みとともにそう呟くと、ハーリーの顔が傍目から見てもわかるほどきっぱりとゆがむ。特に『テンカワさん』のくだりでは、彼にしては珍しく険悪な――――と言うよりは、ムスッとした――――表情を浮かべた。
 それを面白そうに見ていたサブロウタがハーリーに問い掛ける。
 「なんだハーリー君、そんなにテンカワさんのことが嫌いなのかい?男の嫉妬はみっともないよ」
 「・・・・・・そんなんじゃないです。艦長があんなに必死になっているのに、テンカワ・アキトはそんなことはお構いなしってな風で全然相手にしてないんですよ?挙句の果てにはクーデターの処理が終わったのを幸いにして行方をくらましたりするんですから・・・・・・!
 こんなのあんまりだと思わないんですかサブロウタさんは?!僕は納得いきません!!・・・・・・だって・・・、これじゃあ艦長がかわいそうじゃないですか・・・・・・」
 ―――最後には俯きながら、しょんぼりと呟くハーリー。それをどこか冷めた目で眺めているサブロウタ。

 「ま、確かにねぇ。あれから一ヶ月は経つっていうのに、向こうもこっちもこの調子だもの。で、肝心のユリカさんはリハビリ中にて身動き取れません、と。・・・・・・いやぁ、困っちゃったねぇホント」
 「茶化していいことじゃないでしょう!」
 サブロウタの物言いに対しさすがにカチンときたのか激昂するハーリーだったが、当のサブロウタは不意に真剣な表情になると、ハーリーのほうへ向き直る。
 「お前が怒るのももっともさ。それはそれでいい。・・・・・・でも、むこうだって色々と悩んで、苦しんでるんだろうよ。
 ―――だから今は、他人の俺達があれこれと口や手を突っ込むときじゃないぜ、きっと」

 「・・・じゃあ、どうすればいいんですか?」
 不機嫌な顔で尋ねるハーリー。
 「とりあえずはユリカさんが動くのを待てって。あの人ならきっとなんとかしてくれるさ。
 ――――艦長のことも、それからお前の嫌いなテンカワ・アキトのことも、な」


 ・・・そう言ってサブロウタは、背筋を伸ばして夜空を仰ぎ見た。








1.

 ハルカ家の縁側。
 その縁側で、二人の少女がぼーっとしている。・・・・・・いや、正確にはそうしているのは一人だけで、もうひとりはなにやら思いつめているような様子だが。

 「ルゥーリーぃ?またアキトさんのこと考えてるんでしょ?」
 栗色の髪をした少女、白鳥ユキナが呆れたような顔をしてもう一人のほうを見やった。
 「・・・・・・悪いですか?」
 その少女――――ホシノ・ルリが、意外と言った顔で見返す。
 「いや、別にいいんだけどさ。・・・・・・でも、いい加減あきらめが悪いわよねぇルリも」
 そう言って「はぁあ〜」と大きなため息をつくユキナ。それを見たルリは怪訝な表情をする。
 「当然です。あの人が帰ってくる場所はただ一つなんです。
 だから、ユリカさんが動けない今、私がなんとしてでも連れ戻さなければいけませんから」
 「・・・いや、確かにそりゃそうなんだけどね。私が言ってるのはそっちじゃなくって――――」

 ――――『びしいっ』と言った感じで、ルリの左胸を指差すユキナ。
 「・・・あんたのここの気持ちのほうのことを言ってるの!」

 ・・・・・・途端、息を飲んで動きを止めるルリ。
 「んっふっふ〜。どうやら図星みたいねぇ〜」
 最上の獲物を見つけた肉食獣のような、いやもっとひどい何かを含んだ怪しい笑みをユキナは浮かべる。
 「――――何のことですか?」
 「ふふふ、ごまかしたって駄目よぉ〜ルリちゃん。このユキナさんはなんでもお見通しなんだから」
 心なしか動揺しているように見えるルリ。そして満面の笑みを浮かべるユキナ。

 ――と、急にユキナは勢いを無くし、寂しそうな目で地面を眺めた。
 「・・・ユキナさん?」
 ルリが訝しげに問いかける。何も言わぬユキナの横顔が、彼女を不安へと駆り立てていく。
 「―――――でもね、いかに愛し合う二人と言えども・・・・・・たった一つだけ・・・・・・
 そう、たった一つだけ乗り越えることの出来ないつらい運命が待ち受けているのよ――――」
 「・・・・・・?」
 ・・・が、ここに至って、ユキナの様子が普通とは違う意味で『変』なことにルリは気づいた。
 「・・・わたしもこの運命には逆らえなかったわ・・・・・・」
 かまわずヒートアップするユキナ。
 「――そう!!愛し合う二人を引き離す非情の運命!!人が人である限り、決してこの運命には逆らえない!!!」
 突然立ち上がると、ルリのほうを振り向いて声高らかに叫ぶ。
 「いいことルリ!!よぉく覚えておきなさい!!!!」
 「はぁ・・・・・・」


 「――――初恋とは、決して成就しないものと昔から決まっているのよおっ!!!!!!」



 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・イタッ」
 ――――――問答無用で、ルリは持っていた団扇でユキナの頭をはたき倒した。




 「・・・・・・はぁ、いったい何を言うのかと思ったら・・・、こんなくだらないことにエネルギーを費やさせないでください」
 「なんでぇ〜、これって未来永劫変わらない真理だと思うんだけどなぁ、私」
 小さくため息をつくルリ。再び縁側に座りなおしたユキナは、尚もこのくだらない話題を続行させるつもりのようだ。
 「そんなことを言ったら、ユリカさんはどうなるんですか?あの人の場合も初恋だと思いますけど」
 「―――うーん・・・、あの人はニンゲンの規格から逸脱してる部分があるからねぇ〜。一般的な真理も、より大きな非常識の前には通用しないものなのよ、きっと。
 ・・・・・・まぁ、それはともかく!!今ならまだ引き返せるんだから、これ以上の深追いはしないほうがルリのためだってば!――――それともアンタ、ユリカさんと泥沼の三角関係になりたいの?」
 やや冷ややかな眼つきでルリのことを横目で見やるユキナ。だが、次のルリの言葉を聞いて思わず硬直してしまう。

 「・・・・・・・・・さあ、どうなんでしょう・・・、自分でもよくわかりません」


 「――ちょ、ちょっとルリ?アンタ、マジで言ってんの?・・・他の人ならともかく、相手はユリカさんなんだよ?」
 背筋に寒いものを感じたユキナは慌ててルリを説得しようとする。
 が、
 「それはわかってます。でも、私のアキトさんへの気持ちは・・・、恋人とか、好きな人とか、そういうのではなくて・・・・・・
 ――――――『大切な人』――――――それが全てなんですから」
 そう言って静かに目を閉じたルリを見て、ユキナは今度こそ完全に思考が停止しかけた。



 (・・・こ、これは・・・・・・・・・ルリってば、恋愛とかそういう次元をすでに超えてるわ・・・・・・)




 ・・・長い沈黙の後、小さくため息をついたユキナはゆっくりと夜空を見上げた。それにつられてルリも同じように見上げる。
 「そっかぁ・・・・・・」
 ―――呟くユキナ。ルリは何も言わない。

 「・・・・・・アキトさん、今ごろ何やってるんだろうね・・・・・・・・・」
 そしてユキナの小さな声が、夜の空へと吸いこまれていった。



2.

 「アキト、今ごろ何やってるのかなぁ?」
 「・・・さぁ?軍だかネルガルだかに追っかけられて、必死で逃げてるんじゃないですか?」

 ――――ここは、テンカワ・ユリカの病室。当初は歩くことも起き上がることもほとんど出来なかったユリカだったが、リハビリの甲斐もあって現在は日常生活が送れる程まで回復している。

 「あはは、そうかもしれないね。でも、アキトは逃げるの得意だから大丈夫だよ」
 「それ、笑えませんよユリカさん」
 ・・・そう言いつつも、くすりと笑うルリ。アキトが一向に帰ってくる気配のない今、ユリカがこうして元気でいることは彼女にとって嬉しいことであり、また、ほんの少しだけ腹立たしいことでもあった。
 「そうそう、ルリちゃん。お医者様から聞いたんだけどねぇ、私もうそろそろ退院できるって!」
 「本当ですか?」
 「うん!『もう十分に元気が有り余っているから、この分なら当分は病院と縁のない生活を送れるでしょう』って言ってたよ」
 「・・・・・・そうですか、安心しました」
 元気一杯の、あの頃のような笑顔のユリカを見て、ルリはほっと胸をなでおろす。
 「それでねぇ・・・ルリちゃんさえ良かったら、また一緒に住みたいなぁって思ってるんだけど・・・・・・・・・駄目?」
 ―――が、そこから紡ぎだされたユリカの言葉は、ルリにとっては――――あくまでルリにとってはだが―――予想外の一撃だった。
 「・・・私、今は軍の寮に住んでいるんですよ?」
 半ば呆れた表情になりながら言う。
 「私とルリちゃんは家族なんだよ?」
 ふくれた顔をしながら、たしなめるように言い返すユリカ。・・・その、『家族』という単語に反応したルリが、ほんの少しだけ寂しそうな・・・複雑な表情を見せる。
 そのことに気づいたのか気づいてないのか、ユリカは静かに言葉を続けた。

 「それにね・・・・・・アキトに『お帰りなさい』を言うときには、やっぱり三人が一緒にいたほうがいいと私は思うから――――――」

 「ユリカさん・・・・・・」
 どことなく辛そうなユリカの表情を見て、ルリは言うべき言葉を失った。ユリカはゆっくりと屈んで、自分の手元を見る。
 「――――私にとっては一瞬のようで、本当に夢の中の短い時間だったけど・・・・・・アキトやルリちゃんにとっては、2年間も離れ離れの状態でいたでしょ?それで、アキトもルリちゃんも辛い思いをいっぱいして、・・・アキトはラーメン屋さんを続けることがもう出来ないかもしれなくて――――」

 ・・・・・・言葉を遮るように、ルリがユリカの手をぎゅっと握る。だがそれに構わずユリカは続けた。
 「――でも、アキトは生きてる。私もルリちゃんも生きてる。アキトがまだ帰ってこないのは、きっとまだ苦しんでるってこと、迷ってるってことだろうから・・・・・・
 だから今度は・・・アキトが私を、ルリちゃんを支えてくれたみたいにして・・・、そう、今度は私たちがアキトを支えてあげないと・・・・・・ね?
 ――――だからさ、一緒に暮らそうよ、ルリちゃん。一緒に・・・アキトを『お帰りなさい』って迎えてあげようよ!」



 「・・・・・・はい、そうですよねユリカさん――――」
 ユリカの瞳をじっと見つめながら、ルリは静かに、ゆっくりとうなずいた。

 ・・・彼女の中には迷いがあったのかもしれない。確かに目の前にいる女性も、彼女にとってはとても『大切な人』だ。
 でも、目の前の彼女は―――テンカワ・アキトにとっての、最愛の人。
 ―――彼にはきっと彼女のことしか見えていない。彼女のことしか想っていない。きっと自分の気持ちなど、露も知らぬのだろうと―――そう彼女は思う。



 それでも彼女は想う。・・・・・・彼女は願う。

 (―――でも、それでもいいんです。あの人とユリカさんが一緒にいるのを見るのは、きっと辛いでしょうけれど・・・・・・・・・それでも―――今はアキトさんに、帰ってきて欲しいから―――)


 ―――そして、


 (・・・・・・あの、幸せだった日々を・・・、ほんの少しでもいいから、取り戻したいから・・・・・・・・・)







 「・・・・・・でもユリカさん。どうやってアキトさんを連れ戻すんですか?」
 しばらくして、ルリが不思議そうに問いかける。その疑問にユリカは静かに首を振って答えた。
 「ううん、違うよルリちゃん。アキトには自分で帰ってきてもらうんだ。無理やり引っ張ってきても、アキト逃げちゃうもんね」
 「――――なんかユリカさんが言うと説得力ありますね。でも・・・・・・今のままじゃ、アキトさん、いつまで経っても帰ってこないんじゃないですか・・・?
 ・・・それに私、待つだけなんて・・・・・・嫌です」
 そう―――寂しそうに、少しだけ辛そうに言うルリ。それを見たユリカがやさしく微笑む。
 「そうだね。・・・・・・そうだよね。――――だから、アキトには頑張ってもらって、アキト自身の力で帰ってきてもらうけれど――――、私たちも、私たちにできる精一杯のことをアキトのためにするの。
 アキトはアキトで、頑張る。私たちも、頑張る。・・・・・・だから、待っているだけじゃないよ」


 『――――まぁ、半分くらいはイネスさんの入れ知恵なんだけれどね』と、ユリカは微笑みながら言った。それを聞いて、妙に納得するルリ。そんなルリの態度に頬を膨らませるユリカ。

 ・・・・・・ほんの少しだったが、ルリは自分の中の不安が取り除かれていくのが、はっきりと感じられた。――――きっと彼は帰ってきてくれる――――、以前は漠然とした希望に過ぎなかったものが、今ははっきりとした将来のように感じられる。そう思える。
 今はそう思えることが、ユリカがそう思わせてくれたことが、何よりも嬉しかった。



 「・・・・・・さて!!これから忙しくなるからね。ルリちゃん、一緒にがんばろ!」
 「――――はい」


 そうして二人は、柔らかな陽射しの中、一緒になって微笑いあった。









3.

 「・・・・・・ねぇミナトさん。アキトさん、いつになったら帰ってくると思う?」

 ―――――夕食の後片付けをするミナトと、それを手伝うユキナ。

 「さあ、ねぇ〜。でもユキナ、急にどうしたのよ?」
 「別にぃ〜」
 しらを切るユキナに対し、ミナトは思い当たったことがあるのか宙を見やった。そして、どことなく呟く。
 「・・・ルリルリも大変よねぇ〜」
 ―――刹那、ユキナの手が止まる。
 「・・・・・・うむむむ、ミナトさんも知っておりましたか・・・」
 唸るユキナ。それを見たミナトは、心の中で苦笑する。

 ・・・ついでにふと訊いてみる。
 「で、ユキナお姉さんとしては、どっちを応援してるの?」


 ――――――返事は返ってこなかった。
 代わりに台所にひたすら思案をめぐらす置物が現れて、ミナトの後片付けをひたすら邪魔し続けたのだが。


 (――――ま、ルリルリのそれが叶わぬ想いだとしても、その気持ちは決して無駄にはならないからね・・・・・・)


 それでも、そんなユキナをちょっと困りながらも微笑ましく見ているミナトだった。






4.

 夜の帳が下り始めた病室。
 蛍光灯に照らされる、二つの人影。

 「・・・・・・でも、ユリカさん。軍に戻るって本当ですか?」
 「うん、本当だよ。私が出来ることを考えたら、それが一番だと思うから。・・・・・・・・・アキト、怒るかなぁ・・・・・・?」

 「きっと、ユリカさんらしいって言って納得しますよ」


 「そっかあ。・・・・・・そうかなぁ・・・・・・?」

 「ええ、・・・きっと」



 ・・・・・・そうして二人は、それぞれに彼のことを思い・・・、









 ―――――そして、



5.

 「・・・・・・それじゃ、ルリちゃん。入ろっか」
 「はい」

 ――――――まだ荷解きも済んでいない、引越ししたての住まい。
 その玄関に立つ、二人。



 「ここが私たちの・・・そして私たちとアキトたちの、これからのお家だよ―――――」
















6.

 ――――――それから、数ヶ月。


 「・・・・・・・・・はぁ」
 「最近ため息多いぞハーリー」
 ―――極東方面軍の本部にある食堂の一角。そこで一人ため息をつくハーリーにサブロウタが声をかける。・・・彼らの艦長、ホシノ・ルリはまだカウンターに並んでいるようだ。

 軍の寮を出てユリカと一緒に二人暮しをはじめたルリだったが、この二人とは相変わらずのようである。ユリカが軍に復帰したこともあって、時々は彼女を交えて四人で食事を取ることもあった。


 いっぽう、なにやら意気消沈しているハーリー。力なくサブロウタの問いに応える。
 「そりゃあ、ため息もつきたくなりますよ、近頃の艦長を見ていれば」
 そう言いつつ、傍目から見ればルリよりも元気がないように見えるハーリーはそのままテーブルの上に突っ伏した。なにやら思案顔になるサブロウタ。
 「ん〜、それもそうかもねぇ。・・・・・・あれからもう四ヶ月か?」
 「そーですよう。・・・・・・なのに、テンカワ・アキトの奴からはいっこうに音沙汰ナシですもんね・・・」
 そう言って悔しそうに拳を握り締めるハーリー。それを黙って見ていたサブロウタは、不意にあさっての方向を向く。

 (・・・・・・実は定期的に、テンカワさんに関する連絡がイネスさんからあったりするんだよね〜。艦長の耳にもそれは入ってるし。・・・でも、コイツに教えると殴りこみに行きかねんからな・・・・・・)

 ―――そんなことを考えている様子はおくびにも出さずに、サブロウタはハーリーの隣に腰掛けた。
 「・・・ま、確かにちょっと元気ないよな、艦長」
 「そう思うんだったらサブロウタさんもすこしは心配してください」
 険悪な表情で睨むハーリー。いっぽうサブロウタはそれを気にした様子もなく、食堂の入り口のほうを眺めている。まるで誰かが来るのを探しているように。

 「・・・・・・どうかしたんですか?」
 ――と、チキンライスをトレイにのせたルリがカウンターから歩いてきた。そのままサブロウタの向かいに座る。
 ―――――それを見て、ちょっとだけがっかりするハーリー。
 「いえ、艦長。コイツの初恋の話をしてたんですよ」
 「なっ・・・?!!」
 さらりと言ってハーリーにヘッドロックをかけるサブロウタと、顔を赤くするハーリー。そのいっぽうでルリは、少しだけ驚いたような顔をして言った。
 「そうなんですか。そういえばハーリー君もそういう年頃ですものね」
 「え、ええと・・・・・・」
 赤くなった上にあらぬ方向を向いて呟くハーリー。その視線は踊っている。
 ―――――が、


 「・・・でも、ハーリー君。知ってましたか?前にユキナさんに聞いたんですけれど―――
 ―――――初恋って、決して叶わないものなんだそうですよ」
 「?!!!」



 ・・・予想もしなかったルリのきつい一撃に、ハーリーは顔面をひきつらせると―――
 「う・・・・・・トイレ、行ってきます!!!!!!」

 ――――――そのまま、俯いて食堂を駆け出していってしまった。






 「おお・・・・・・。あの場で泣き叫ばないとは、アイツも成長したもんだ」
 なにやら感慨深げに呟くサブロウタ。不思議そうな、困ったような顔をしてそれを眺めるルリ。やがて気を取り直すと、そのまま彼女はチキンライスを口へと運ぶ。

 ―――と、ふとルリのほうを向き直ったサブロウタが、おもむろに口を開いた。
 「やっぱりテンカワさんが恋しいですか?艦長」
 「・・・・・・!!」
 いきなりの不意打ちに、ルリにしてはめずらしく慌てた仕草をする。ご飯を吹きだしそうになったのを何とか抑えながら、恨みがましい眼つきでサブロウタを見た。
 「・・・・・・・・・サブロウタさん」
 「いやぁ、すいません。まさかそんなに慌てるとは。――――でも、艦長にしては珍しくハーリーに意地悪してるのを見れば・・・、そうも思いますよ」
 ――それを聞いて、肩の力を落とすルリ。
 「そう・・・かもしれませんね。いい加減・・・・・・私も我慢の限界なのかもしれません」
 それを聞いたサブロウタの動きが止まる。
 「―――か、艦長?マズイっすよ、それは。・・・せっかく三ヶ月も辛抱してここまで来たんですから。なのに今、彼のところへ押しかけたら元の木阿弥ですよ?」
 どこか自嘲気味に呟くルリに、本気で慌てるサブロウタ。
 ・・・・・・ちょうどその時、

 「―――ねぇルリちゃん、ハーリー君どうしたの?なんかすごい勢いで走ってたけど」
 空っぽのトレイを抱えたユリカがルリの隣へとやってきた。
 「ああ、迸る男の純情って奴ですよ。今は気にしないでやってください。――――――それよりも大佐、なんか進展ないんですか?艦長・・・もう限界だそうですから」
 そう困った顔をしてユリカ――――テンカワ・ユリカ大佐――――に問いかけるサブロウタ。それを聞いてルリがむっとした顔をするが、ユリカがやけに明るい顔をしているのに気づき、何かを期待するようにその顔をすがり見た。

 「・・・・・・ユリカさん?」
 問いかけるルリに対し、やけに能天気な声でユリカが告げる。

 「イネスさんから連絡があったよー。そろそろ作戦段階をBに移行してもよさそうだって」


 「――――本当ですか?!」
 その言葉、意味ありげなその言葉を聞いて、声をあげるルリ。
 「ついに俺の出番っすか」
 神妙な顔で呟くサブロウタ。
 「うん。ハーリー君が帰ってくるといけないから、詳しくは後でね」
 それだけ言うと、ユリカは昼食のオーダーをしにカウンターへと歩いていった。そして残されたのは、喜びを抑えきれない様子のルリと、いつになく真剣な表情のサブロウタの二人。

 「・・・ところで艦長。ホントにハーリーも連れて行くんですか?正直、アイツとテンカワさんを会わせるのは不安なんですけどね、オレ」
 「私も不安ですけれど・・・・・・、ユリカさんがそのほうがいいって言ってますから」
 「ふむ・・・・・・ま、確かにハーリーの奴は、良くも悪くも真直ぐな奴ですからね。それに期待するとしますか!」
 「ええ・・・。私とユリカさんはまだ会いに行けませんから・・・・・・・・・ですから、お願いします。期待してますよ、サブロウタさん」
 少しだけ残念そうな顔をしながらも、喜び一杯の顔でそう言うルリ。
 「このタカスギ・サブロウタ、できる限りのことはさせてもらいますよ。――――――でも、艦長」
 そして苦笑しつつも、少し神妙な顔になってサブロウタはルリに問いかける。
 「・・・・・・なんですか?」
 「あとでちゃんとハーリーの奴に謝らないと駄目ですよ?アイツも協力してくれるんですから」
 そう、いたずらっぽくサブロウタが言うと、ルリはバツの悪そうな顔をしながらも頬を膨らませた。

 「・・・・・・・・・わかってますよ」



 ・・・・・・それでも、こみ上げてくる喜びを抑えられないのか頬が自然に緩んでいくルリ。
 先はまだまだ長いけど、今日の僅かな一歩がとても大きくルリには感じられる。





 ―――――ふと、食堂の入り口を見やったサブロウタが、その頬を引きつらせた。
 「・・・・・・あのヤロォ、アオイ中佐にまで迷惑かけやがって」


 見ると、どこか困ったような表情のハーリーがジュンに連れられて入り口に立っていた。そのまま彼に背を押されて、こちらへとやってくる。

 ・・・・・・それを見たルリは、彼の元へと小走りで駈けていった。




 「・・・ごめんなさい、ハーリー君。――――私、無神経なこと言ってしまいました」
 「え・・・・・・艦長・・・?」



 ――――そして、そのままぺこりとハーリーに頭を下げる。
 それからゆっくり微笑んで――――





 「お昼、食べましょう。・・・・・・早くしないと、冷めちゃいますよ?」



 「―――はい!!!」









 その先にあるのはいつもの見慣れた光景。
 ――――その中で、彼女は微笑んだ。




 ・・・・・・・・・先はまだまだ長い。確かに長いけれど。
 あの幸せだった日々、忘れえぬ日々を取り戻すために・・・・・・、ルリは、ユリカは、精一杯に走り続ける。

 ―――――そう、いつかきっと、『あの人』は彼女達のもとへと帰ってくるから。
 だから、彼女達はあきらめない。









 ・・・・・・そして―――――――彼女はあの人のことを想う。
 ――――――それが、叶うことのない想いであろうことは・・・・・・わかっていても。


 それがわかっていてなお、彼女はずっと想いつづける――――――







 なぜなら、そう――――彼は・・・・・・・・・

 ・・・・・・彼は彼女にとっての――――、『大切な人』だから――――――












 そして―――――――――

















 ・・・・・・・・・そうして、月日は流れて、





Epilogue.


 『日々平穏』

 近辺ではなかなか評判の、女主人が切り盛りするこの店のカウンターに、三人の女性が並んで腰掛けていた。

 ・・・・・・誰かを待っているような様子の三人。彼女達の表情はどこか嬉しそうに、それでいて緊張しているように見える。




 そして不意に店内に現れる、淡い光。
 ―――――その中から現れた男性は、いつものようにゆっくりと顔を上げると・・・、何かに驚いた様子でその動きを止めた。





 ――――――――そして、





 「おかえり、アキト!」
 ――いつものように、でも、いつもより嬉しそうに声をかけるラピス。



 「アキト・・・、お帰り・・・・・・・・・」
 ――――柔らかな微笑を浮かべながら、それでもかすかに震える声で言うユリカ。




 ――――――そして・・・・・・







 「・・・・・・・・・お帰りなさい、アキトさん・・・・・・」
















 ――それから先のいろいろな話は、彼女達と彼だけの秘密にしておこう。


 (Fin)








 後書き


 珍しいものを書いてしまいました。
 『ハーリーに謝るルリ』、こんな話、少なくとも私は見たことありません。書いているうちになんかこうなってしまったわけですが、思わずやめようかと思ったほどです。
 ・・・・・・・・・論点がずれましたね。


 それはともかく、この短編は前作『日々、平穏』の裏側にあたる、ルリを中心としたお話です。言うまでもなくそっちのほうを読んでいないとわからない事だらけですからご注意を。
 ・・・・・・まぁ、読んでいてもわけのわからない描写は意外とあるかもしれませんが。

 実際、かなり断片的な内容となっていまして、書こうかどうか迷った末に切り捨てたシーンも結構あります。ユリカとイネスの結託の話とか、サブロウタ&ハーリーとアキトとの邂逅とか、ジュンがハーリーに関わったいきさつとか。
 おかげでやや説明不足な感じになっていますが、前作と本作を合わせて読めば、
 イネス・フレサンジュ企画・立案 「アキト君更正プロジェクト」 の一端がおわかりになっていただけるかと思います。多分。


 それでは、本作を読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。





代理人の感想

むむむむむむむむむむむ(汗)。

ひょっとしてルリってラピス以上にアキト依存が激しいんじゃなかろうか(汗)。

と、いうか更正し損なったラピス(ラピスがまだ更正できるかどうかはさておくとして)

なんですよね、ユキナとのやりとりを見ていると。

ナデA時代にインプリンティングされて、それが完全に定着しちゃっているという感じです。

ある意味某ランスに対するシィルの心情に近いものがあると言えましょう(爆死)。

・・・・・・これもある意味で「壊れて」るのかなぁ?

 

#もっとも、それを言ったらルリというキャラそのものが元々壊れを内包してるとも言えるわけですが。

 

 

ま、なにはともあれ、いい話を楽しませて頂きました。

 

そう言えば、サブの喋りかたがびみょ〜にロンゲ会長っぽくなってるよーな(爆)。

 

 

ちょっと気になった文章のコーナー

 

>何かを期待するようにその顔をすがり見た。

微妙に変ですね。

正しくは「すがるように見た」「すがりつくように見た」でしょうか?