Distraction Days

 SOMEDAY5

 

 

 

 ヒュゥゥゥゥ………。

 

 窓から入ってきた夜風に少し身体を震わす。

 ふと見ると、夜空には欠けた所の無い月がその姿を主張していた。

 

 ………悪い事をする時は、必ずお天道様が見ているんだな………。

 

 

 

「おっ、どうしたアキやん?」

 

 足音を立てないように歩いていたコースケが聞いてくる。

 

「……………………………ちょっと自己嫌悪」

 

 ぎりぎり空気を震わす程度の声で答える。

 

「大丈夫やって、ばれなきゃ犯罪なんて怖かないんやから」

 

 周囲の状況をまったく気にせず言い切る。

 

 

 …………いや、その割り切り方は人として失格だろう……。

 

 

 あらゆる意味で首謀者の一言にちょっとへこんだ。

 それにしても、学校に忍び込んでデータ改竄はやばいだろう。

 

 

 

 

 

 ……………数時間前、

 

 

「手っ取り早く、ナデ校の生徒になるんや!!」

 

「…………は?」

 

 突然のコースケの一言に言葉を無くす。

 

 そーいえば…………すっかり忘れていたが、

 コースケは俺がガイを探すのを協力してくれたんだったな。

 ……まあ、協力というには少し強引過ぎると思ったが。

 

「あ……あのなコースケ、

 張り切っている所悪いんだが、もう用事は済んだんだが………」

 

「あかんっ!!それじゃあかんでアキトっ!!

 せっかく会えた懐かしき友人なんやろ?

 だったら一緒の学校に行きたいと思うのが水心ってもんやないか」

 

 ………なんだ水心って。

 

「つー訳で、今から学校に潜入してちょこっと違法に転入届を出しにいくで!」

 

 違法にって………もろに犯罪じゃないか!?

 

「ちょ、ちょっと待て!別にそこまでやらなくても…」

 

「心配するな、やるからには完全犯罪。

 それも起こった事すらわからんようにきっちりやるわ。

 フッ………なんて友達思いなんやろ、わいって」

 

 だめだ、勝手に一人で悦に入ってる。

 ……そうだ、カズミがいたんだ!

 

「カズミッ!頼む、コースケを止めて…」

 

「あっ、俺は学校以外の根回し担当だから」

 

 ………………もはや回避不可か。

 

「そう落ち込むなアキト。

 ちょっと回りくどいが、急がば回れと言うしな。

 お前だってナデ校に通う事自体は異論は無いんだろ?」

 

 まあ、通えるんならそうしたいが………。

 

「そうと決まれば善は急げだろ。

 ちょいと強引だがそんぐらいは大目に見ろよ。

 ああ、それから………俺たちも通うからよろしくな」

 

 ………………………。

 

 

 

 

 

 ………それで納得した訳じゃないけど、なんとなく流されちゃって、

 でも…………、

 

  カチャカチャカチャカチャ………。

 

「ふふーふーふふーん♪

 今日もー、楽しくー、元気良く―♪」

 

 駄目だ………今更ながらに後悔を感じる。

 

 

 警備体制はそれほど厳重ではなく、予想よりあっさりと侵入できた。

 話しによると本当に重要な根回しはカズミの方がやるらしい。

 まあ当たり前か、この強行手段は半ばコースケの趣味みたいなものだろう。

 

 熱心にコンピューターを操っているコースケから視線を外すように、

 俺は近くにあった椅子に身を預ける。

 

 

 実際、この高校に通う事自体に異論は無い。

 少なくとも、この世界のルリちゃんたちとは接点が持てるわけだし。

 コースケたちの手段は強引だが、今更自分が綺麗事を言えるとは思わない。

 

 

 ………そう、状況は確実に好転しているといっていい。

 

 

 

 

「………ん?」

 

 ぼんやりと考え事をしていると、足に何かが触れた。

 ふと、足元を見る。

 そこには、何かのカードが落ちてあった。

 

「コースケ、こんなのが落ちてたんだけど……」

 

「ふーふふーん……なんや、いったい?」

 

 落ちていたカードをコースケに渡す。

 

「こりゃ……図書カードやな。

 バーコードで生徒さんの情報を照らし合わして貸し出すシステムみたいや。

 今の時代にしては結構古いシステムやけど」

 

 へー、そういう一般知識は疎いから素直に感心してしまう。

 

「名前を書く欄はあるけど真っ白。

 まったく、こういう時の為に必要やっちゅうのに。

 しゃあない、アキやん。

 悪いけど、図書室の方に返してきてくれへん?

 見張りの方は一時中断してくれてかまへんから」

 

「ええ、俺が!?

 ………ていうか、俺って見張りだったんだな」

 

 今初めてその役割を聞いたぞ。

 

「でも俺、図書室の場所知らないぞ」

 

 そう言うと、コースケはパソコンですぐさま図書室の位置を割り出した。

 

「えーと、図書室の場所は二階に上がって右の突き当たりや。

 まっ、宿直の心配もする必要はないやろ。

 ちゃちゃっと行ってきてや、本を読みふけったりしてたらシバくで」

 

「はいはい、それじゃ、ちゃっちゃと行ってきます」

 

 そう言って、俺は職員室を出て行った。

 

 ガラガラガラ、ピシャ!

 

 

 

 

 相変わらず、窓の外には満月が輝いている。

 シンと静まり返った薄暗い校舎を、俺は歩く。

 

 ……………暗闇とは親しい仲だ。

 例え過去とはいえ、昔は暗闇だけの世界を体験している。

 暗殺や虐殺も、決まって夜の闇の中でやってきたように思える。

 ………あるいは、宇宙という昏い黒の中……。

 

 

 ………そう、暗闇など怖がるほどのものではない。

 真に恐怖すべきものを、自分は知っているはずだから………。

 

 

 だが何故、今この瞬間………、

 ………この闇を恐怖したのだろう?

 

 

 

 

 ほどなく目的の場所に辿り着く。

 プラスチックのプレートに図書室とそっけなく書かれた場所。

 

 ………そう、ただの図書室………なんてことの無い。

 こんな、恐怖するような代物ではない。

 牢獄や研究室などではないのだから。

 ここは学校なんだ、図書室なんてあって当然。

 

 自分でもおかしいと思うほどに理論武装を固め、

 汗で濡れた手の平を拭って、扉を開く。

 

 

 ガラッ!!

 

 

 

 

 

 中に入った瞬間、思い出した事があった。

 

 それは、つい先日の、ルリちゃんとの会話。

 

 

 

『この学校って、図書室が無いんですよね』

 

 

 

 微妙に、言葉の端々は違っているのかもしれない。

 人間の記憶など、所詮曖昧に出来ているのだから。

 ただこれだけは断言できる。

 

 ルリちゃんは確かに、この学校に図書室が無いと言った。

 

 

 

 

 

 最初に見えたのは本棚。

 果てし無いまでに規則正しく並んでいる、本棚の森。

 

 最初に嗅いだのは紙とインクの匂い。

 その独特の匂いは、軽い目眩を誘った。

 

 そして………、

 

「いらっしゃいませ」

 

 最初に聞こえたのは定番の挨拶。

 愛想の良いその子供のような声は、すぐ隣りから聞こえた。

 

 隣りにはカウンターがあり、そこには中学生ぐらいの子供が座っていた。

 本を読みながらこちらに軽く微笑んでいる姿は、微笑ましくもあり……、

 

 

 

 ―――同時に、途方も無い違和感を俺に与えた。

 

 

 

 

 

「………は………はは……」

 

 様々な感情が心から湧き出てくる。

 それが悲しみなのか、怒りなのか、苦しみなのか。

 判断する事すら出来ないほど多くの感情。

 

 

 そう、気づいてしまった。

 ある一つの、わかりきった真理に。

 

 

 ――――――結局、全部夢だったんだ。

 

 

 当たり前だ、今考えてみたらおかしな事だらけじゃないか。

 現実には起こりえない、馬鹿馬鹿しいような出来事の数々。

 そうこれが、全て夢ならば説明がつく。

 全部都合の良い自分の願望、今となっては悲しいだけの幻。

 

「まったく………酷いオチだ」

 

 弱い自分が作り出した、身勝手な夢だったんだ………。

 

 

 

「あのー、落ち込んでいる所悪いんですけど」

 

 

「………はっ!?」

 

 驚いて顔を上げる。

 見るとさっきの子がこっちに話し掛けていた。

 

「あんまりそう深刻に考えない方がいいですよ。

 アキトさんだって人間なんですから、

 現実で嫌な事があれば、夢の中にでも逃げたくなる事だってありますよ」

 

 本当に心配そうに言ってくる………だが、

 

 

 ―――この子は、何を言っているんだ?

 

 

「ああ、この言葉の意味………知りたいですか」

 

 穏やかな笑みを浮かべて聞いてくる。

 

 俺は首を縦に振った。

 

「あのですね、現実の世界では………、

 

 

 

 

 

 アキトさんの大切な人、みんなお亡くなりになっているんです」

 

 

 

 

 

 ………Unlimited Bottom………END

 

 …………To Next Day…………

 

 

 

 

 

後書き

いきなりですが急展開。

夢オチなだけでは終わりません。

アキトの運命やいかに?

次回、最終話デス。

 

 

 

代理人の感想

そう、来ますか。

冒頭と末尾の表記に引っかかる物はあったんですけどね。

さて、現実のオチやいかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・いやほら、前にJOLTカウンター叩き込んでしまったこともあるし(謎爆)。