逆行者+突破者

 

 

 

 

 待ち人は『アヤト』だった。

 ……どっちがどっちかなんて些細過ぎる事ではあるが。

 

 自然と口元が綻ぶ。

 腕の痛みも、再会の嬉しさで大分軽減される。

 零れていた涙も、いつしか乾いて消えていた。

 

 

 これで申し分無く…………アヤトを殺せる。

 

 

 物思いに耽っていると、ナイフが飛んできた。

 見覚えのある………アヤトのナイフだ。

 別に速いともいえない速さだったので軽く横にずれてかわす。

 

 そのあたしの横を、誰か三人ほどの人が駆け抜けた。

 …………ああ、あたしが大穴の入り口を塞いでいたからか。

 口で言えば退いたのに。

 

 

 

 二人っきりになる。

 心地良い静寂………。

 

 破ったのはアヤトの方だった。

 

「………自殺する気は、ありませんか?」

 

 ……『ジサツ』?……いまいち聞き覚えの無い言葉だったので首をかしげる。

 

「今、自殺をすれば苦しまないで死ぬ事が出来ます。

 殺し合いで、僕はあなたを苦しまずに殺せる保障はありませんから……」

 

 悲しそうに呟くアヤト。

 いまいち質問が良くわからなかったが、とりあえず……、

 

「………嫌」

 

 と、言っておこう。

 

 

 

 

 

 右腕の調子が悪いので、左手で球電を作り、撃ち出す。

 

 バチッ!

 

 球電は空中でナイフに弾かれ、虚空で消える。

 一方、何とか樹脂製のナイフも、その熱には勝てなかったのか、

 鋭く尖った先が、熔けて丸まってしまい使い物にならなくなっている。

 

「無駄ですよ、いくら電撃を放とうと、僕には届きません」

 

 アヤトは冷たい表情でそう告げる………が。

 

「………そのナイフはあんまり数持ってないでしょ」

 

 あたしの言葉に、少し意外そうな顔をする。

 なんか、子供が思いがけず高学年の問題を解いてしまったような……。

 

「……ええ、意外と値の張る物でしたから。

 でもまあ、使い切る前に殺してしまえばいい事です」

 

 そう言うと、わざわざ片手で数本のナイフをひろげて見せた。

 

「残り7本………これで決着をつけます」

 

 

 普通に考えれば見え見えの嘘………でも。

 なんとなく感じる……嘘は言っていない。

 ………『オンナノカン』って奴かな?

 

 理由の無い確信に突き動かされるように、再び球電を放つ。

 

 

 狙いをつけず、撒き散らすように無数の電撃が空間に満ちる。

 アヤトはそのほとんどを予測と脚力と勘でかわすが、

 やはり弾幕状態になった所を切り崩すにはナイフは不可欠だった。

 

 ……………後、三本。

 

 着実に相手の切り札を削っていく。

 

 

 実は、この時心の片隅ではアヤトが逃げるのではないかと思った。

 アヤトは目的の為なら手段を選ばない。

 それが逃亡という行為だとしても躊躇せず行うだろう。

 

 だが………あたしはその考えを抹消した。

 間違いない、アヤトは必ずあたしを殺しに来る。

 あたしが『生きて』いるなど、アヤトには耐えられた事じゃない。

 それが、私の中で『絶対の事実』だった。

 

 

 

 

 電撃の弾幕を突破して、迫るアヤト。

 

 ヒュバッ!!

 

 回転させながら投げてくるナイフをかわし、

 左腕で至近距離から電撃を放とうとする。

 

 だけど………。

 

「―――王手」

 

 両手を翻して二本同時にナイフを投げてくる。

 正確に首を狙って投げられ、近すぎる為かわす事が出来ない。

 しかも二本の軌道、タイミングが微妙にずれている為、球電では防げない。

 

 バチィィッ!!

 

 そこであたしは、放射状に電撃を撒き散らした。

 壁のようにナイフが弾かれる。

 

 勝ったと思った。

 これで、アヤトに切り札は残されてない。

 

 だが、これでアヤトの攻撃は終わらなかった。

 

「………もう一つ、王手」

 

 ガキィィイン!!

 

 強烈な痛みがあたしの脳神経を焼く。

 見れば、左腕にナイフが刺さっていた。

 

 ………そんな、さっき回転させて投げたナイフが、

 ブーメランのように戻ってきたの……?

 最初っから、あたしの左手を潰す為に………。

 

 完全にスパークしている左手はもう使えない。

 呆然としているあたしに対して、

 アヤトは止めを刺そうと貫手を作り、首を狙う。

 

 

 

 

 

 痛い………嫌だ………。

 こんな………こんな痛いままなんて………。

 

 絶対に…………………嫌だっ!!!

 

 

 

 

 パチ――パチパチッ!

 

 機能停止状態だった右手が動き出す。

 まだ、アヤトは油断している。

 

「だああああああっ!!!」

 

 無我夢中で、右手をアヤトの心臓に叩き込む。

 

 

 バチバチバチィィイインン!!!

 

 

 ――――閃光が弾ける。

 ―――視界が白く染まる。

 ――その中でアヤトは、

 ―ゆっくりと、後方に倒れた。

 

 

 

 ――――――ドサッ。

 

 

 

 

 

 

 ……………やった。

 ………殺した、殺せた。

 

 達成感と充実感、あるいは他の知らない感情に突き動かされて歓喜する。

 目標を………自分で初めて決めた目標を達成できた。

 

 

 

 今、この瞬間―――――――――あたしは幸せの中にいた。

 

 

 

 

 …………ドォォォンン!

 

 ?………遠く遺跡の中で大きな音がした。

 なんとなく振り向く。

 

 

 ―――シュッ!

 

 

 ―――突然聞こえた、微かな風切り音。

 ほとんど条件反射で、顔の前に右手を持ってくる。

 

 ザスッッ!!

 

 刺さったのは………ナイフじゃないっ!!

 前の敵が使っていた、片刃の短い刃物!

 

 

 あわてて、刃物の敵の死体があった方を見る。

 

 死体は………そのままの形で座り込んでいた。

 

 ただ………その前にあったはずの二本の刃物が無くなっていて、

 

 

 再度、アヤトの死体の方を見てみると、

 

 

 視覚は、そこには何も無い事を伝え、

 

 

       チェックメイト
「―――――詰み」

 

 聴覚は、背後から聞こえたその言葉を伝え、

 

 

 ――――ドスッ!

 

 触覚が、背後から鉄の刃を心臓に突き込まれるのを伝えた。

 

 

 

 痛覚は…………何も伝えてはこなかった。

 

 

 

 

 

 

 ………背後から、

 深雪が使っていた長刀でトールさんの心臓を突いた。

 

 完全に貫通して血を流しているトールさんは、

 それでも倒れずに立っていた。

 

 

 ふいに、こちらの方に振り返ると、不思議そうな顔をしていた。

 

「……………なんで、生きてるの?

 心臓は、確かに止まったのに……」

 

 素朴な疑問、といった感じでこちらに問う。

 

「……僕は、自分の意志で反射行動や筋肉をコントロールできます。

 普段は、筋力のリミッターを外すのに使いますが、

 それを心臓に応用しただけの事です。

 感電する直前に心臓の鼓動を停止させ、

 僕から気をそらした瞬間に再び動かす。

 まあ、そんなに長くは止めてられないですけど」

 

 本当は、人外の力を使えば、もっと簡単に出来るんですけど。

 ………使っちゃったらルール違反ですから。

 

「ふーーん、なんか………すごいんだね」

 

 上の空の声を出した後、唐突に微笑みだした。

 

 

「―――ありがとう」

 

 

 満面の笑みを浮かべながら、トールさんは語る。

 

「あのね、今、全然痛みが無いんだ。

 腕とか本当に泣きそうなぐらい痛かった。

 でも今は…………ほらっ」

 

 ボロボロに傷ついた両腕を楽しそうに振り回す。

 

「心臓を刺されたショックかな?

 わかんないけど、痛みを消してくれたから、お礼を言ったの。

 あっ、殺させてくれた事もすっごく嬉しいよ。

 あの時………なんか幸せだったから」

 

 

 いまだに胸を刀に貫かれた状態で、

 鮮血で足元を濡らしながら、

 酷く純粋すぎる笑顔を見せるトールさん。

 

 

 

 

 たった一言、僕は質問した。

 

 

 

 

 

「――――――死ぬ気分は………どうですか?」

 

 

 

 

 

 トールさんは小首を傾げて、笑顔のまま言った。

 

「…………『死ぬ』って………何?」

 

 

 

 

 

 質問に対する質問。

 僕はその質問には答えなかった。

 もはやどこにも、その答えを聞くものはいなかったから………。

 

 

 

 

 最初に会ったときから、普通じゃないと思っていた。

 

 始めは『獣』のような子だと思った。

 従順で純粋な、そして無邪気で哀れな。

 

 けれど違った。

 彼女は生物としてすら不完全だった。

 なぜなら…………『死』を知らなかったから。

 

 知識としてでなく、本能的に『死』への認識が欠落していた。

 それは、自分が死んでいるか生きているかすらわからないという事。

 

 耐えられなかった、そんな『モノ』がいる事が。

 『存在』する事すら、認めたくは無かった。

 無知が罪なのだと初めて知った。

 

 だから殺した、殺さなければならなかった。

 殺す事で死を教える………そんな方法しか思いつかなかった。

 

 所詮は僕のわがまま、殺されたトールさんはいい迷惑。

 それでも、このわがままを突き通さなかったら、

 僕は生きる事をやめていたかもしれない。

 それほど、トールさんは僕の価値観の中にいてはならない存在だった。

 

 

 

 

 ズッ、ズシャッ

 

 トールさんから、長刀と短刀を引き抜く。

 離れた場所に投げられていた専用のジュラルミンケースにしまう。

 

 死に顔から眼鏡をそっと外し、ポケットにしまう。

 

 

 形見というわけじゃないが、なんとなく持っておきたかった。

 

 

 刀をしまったジュラルミンケースを持って、

 全てが終わりつつある遺跡に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 命が尊いなどと思わない………

 思いが叶うなどとは信じない………

 奇跡などありはしない………

 ……死ぬ事さえも絶対ではない………

 

 

 

 

 

 

後書き

ヒース:………この死亡率の高さはなんなんですか?

無識:いやー、決してあの二人が嫌いなわけじゃないんですよ。

   逆に好きなんだけどな〜、好きだから殺したい……みたいな(笑)

ヒ:(笑)で済まさないでください。

無:まあ、冗談を抜きにしてもあの二人には死んでもらわないと困るのだ、

  こっち側の話しの展開的に。

ヒ:…………なんか納得できませんけど、いいでしょう。

  では、次回予告いきます。

  ついに迎える「逆行者+突破者」の最終回。

  遺跡の奥でアヤトを待っていたものとは………。

  そして、アヤトはどこへ向かうのか………。

  Aルート「遺跡=永遠」&エピローグをお待ちください。

無:Tルートもよろしくお願いします。

 

 

代理人の感想A

む・・・・・・・考えてみれば他のブーステッドマン達もこれくらい無知で、無邪気で、残酷だったとしても

ちっともおかしくはないんですよね。

みんな、世界から隔離された施設の中で育っていたわけですから。

最後までなにも知らないまま逝ってしまうのと、

知った事で苦しみながら逝ってしまうのと・・・どちらが幸せなんでしょうね。