Spiral/again Anecdote-1 〜A Certain Archivist〜







彼女は記録する。
感情も意志も持たずに、ただ記録する。














ゲキガンガーシール片手に格納庫に入ってきたヤマダ・ジロウ。
早朝のハンガーデッキに人影は見あたらない。
宇宙軍陸戦隊が持ち込んだはずの揚陸艇も無くなっている。

「なんだ?」

鼻歌交じりに自分のエステバリスへ向かっていた足が止まる。

「カザマのエステか?畜生、あんにゃろ自分ばかりかっこいいのに乗りやがって」

舌打ちと共にヤマダの見上げた視線の先に、漆黒のエステがたたずんでいる。
指揮官用に通信アンテナを増設されたヘッドユニットには、彼が愛してやまないゲキガンガーと同じ二つの“眼”があった。

しばらく思案した後、彼はアサルトピットによじ登るべく昇降タラップを操作していた。
フレームを壊した反省をしろと、先ほどまで徹夜でカザマ・ヒデトにシミュレーターにてしごかれていたヤマダは、ちょっとした嫌がらせを思いついたのだ。
ハッチを開けると、被せられたビニールもめくっていない新品のシートが出てくる。

「フッ、わりいな、カザマ……俺様が一番乗りだ!」

ガハガハと笑いながらアサルトピットを閉じた瞬間、彼はピッという小さな音を聞いた。



静かなハンガーデッキにくぐもった爆発音が響く。



その音を聞く者も、赤く染まったゲキガンガーシールが持ち主の指だったもの・・・・・から滑り落ちるのを見る者も、ここには存在していなかった。













エマージェンシーコールが鳴り響いたのは、放棄されたサツキミドリ2号の姿が背後にかなり小さくなってからのことだった。

「艦長、避難したサツキミドリの職員からSOSです」

ルリから報告があがったと同時に、カザマ・ヒデトはブリッジから格納庫へ走り出していた。
発進許可も無しにナデシコを飛び出した彼は、さしたる時間もかからずに月へ向かっていたはずの脱出艇に追いつく。

「ああ……」

嘆息を漏らした彼と彼のエステバリスの前には、変わり果てた脱出艇と、無惨な姿となった職員らの遺体が浮遊しているだけだった。














ナデシコブリッジにイネス・フレサンジュの声が響く。

「私たちは火星に残ります。ナデシコの基本設計をして、地球に送ったのはこの私。だから私にはわかる。この船では木星蜥蜴には勝てない!そんな船に乗る気にはなれないわ!」

「お言葉だがレディ、我々は木星蜥蜴との戦闘には常に勝利してきた。だから我々は  

反論しかけたゴートの言葉を金髪の女は鼻で笑った。

「その割には着陸もしないで逃げ腰よね」

「ムッ」

イネス以外の皆の視線がロアーデッキにあるパイロットシートのヒデトに集中する。
今、ユートピアコロニー上空でナデシコが待機しているのは、意固地と思えるほど彼が着陸しないことに固執したためだった。

「あら、少しはわかっている人がいるみたいね」

クスクスと笑いながらイネスはヒデトに近づく。

「なかなかいい判断よね。でも、そのあなたも木星蜥蜴についてどれほど知っているのかしら?」

見上げるヒデトは無言だった。

「ナデシコ一隻でのこのこ火星まで来た時点で、何も知らないと言ってるようなものだけど」

「信じてくれないのか俺たちを!」

口を開かないヒデトに歯がゆくなったのかアキトが声を張り上げる。

「君の心、解説してあげようか。少しばかり戦いに勝って、かわいい女の子とデートして。『俺は何でもできる』」

とたん、イネスの矛先が自分に向けられ、アキトは鼻白んだ。

「若いってだけで何でもできると思ったら大間違いよ。誰でも英雄になれる訳じゃ  

「フレサンジュさん」

アキトを責めるイネスの言葉をユリカが固い声でさえぎる。


そこに警報とルリの報告が割り込んだ。

「敵襲、大型戦艦5、小型戦艦30」

望遠ウィンドウに映る無数の影。それを認めてユリカは迎撃の指示を出そうとした。

「グラビティブラスト、フル  

「後退しろ、艦長!!」

イネスが現れて以来、黙ったままだったヒデトがひときわ大きな声をだす。
その迫力にこの場の全員が飲まれた。

「下には避難民がいるんだぞ、その真上でドンパチやるつもりか!」

「あ、はい!ミナトさん全速後退」

「りょ、了解!」

慌てつつも、ミナトはナデシコを後退させ始めた。





ジリジリとする時間が過ぎ、ナデシコはコロニーから遠ざかっていく。
その間に、木星蜥蜴の艦隊は少しずつ距離を詰めてくる。
そして、後方のチューリップからは続々と木星蜥蜴が出てくるところだった。

「ユリカ」

「ウン、チューリップから何とかしなきゃ」

振り返るジュンにユリカはうなずく。

「チューリップを狙撃します。ルリちゃんグラビティブラストフルパワーでエネルギー範囲を絞れる?」

「はい」

「ミナトさん、コロニーを射線軸からはずしてください」

「オッケ〜」

まっすぐ後退するだけだったナデシコが横へも動く。
完全にコロニーがナデシコの射線軸からはずれたと判断したゴートがユリカを促す。

「艦長!」

「ルリちゃん?」

「グラビティブラストフルパワー、収束値5、いつでもOKです」

ルリの報告に、ユリカがうなずく。

「グラビティブラスト、てぇぇぇぇ!」

「待った!!」

チューリップを狙撃させまいとヤンマ級戦艦が動く。それに気づいたヒデトが制止の声を上げるがすでに遅く、細く絞られた重力波がナデシコから放たれた。

その光景はひどくゆっくりで、長い時間に感じられた。
ディストーションフィールド出力を最大にしたヤンマが、ナデシコとチューリップの間に割り込んでくる。
先頭でグラビティブラストを受けようとしたヤンマは、過負荷のあまりフィールドを消失し、煙の尾を引いて大地へ落ちていった。
その後ろについていた2番艦のディストーションフィールドをかすめ、エネルギー波はチューリップ直撃コースをわずかに逸れる。
さらにその後ろ、3番艦のフィールド表面に斜めに突き刺さった重力波は、進行方向を大きく歪曲された。

大きく横へねじ曲がり、さらに下へと向かったナデシコのグラビティブラストは、地中深く、広く、火星の大地をえぐり取った。

その光景を、誰もが呆然とながめていた。
静かなブリッジにとぎれとぎれのルリの声がうつろに響いている。

「グラビティブラスト……コロニーに…直撃……」













それは、演奏中のフルオーケストラにおいて、1人の奏者が異なる曲を奏でようとするのに似ていた。
その曲が終わるたびに、最初から演奏し直される。

何度も。

何度も。

何度も。

何度も繰り返されるその行為を、彼女はひたすら記録する。

それが彼女ではなく、彼女の体
   彼女の世界の存在意義の一つだった。













テツジンとマジン、2機のジンタイプが町を蹂躙する。
駐屯する地球連合の部隊はすでに壊滅。今、このカワサキ・シティで抵抗をしているのはナデシコ所属のエステバリス隊だけだった。

「何あれ? わけわかんないよ!?」

「落ち着いて。私が前に出ます」

繰り返されるジンのボソンジャンプに翻弄され、パニックを起こしかけるヒカルにカザマ・イツキが声をかける。
ローラーダッシュで前に出てくる紫の陸戦型エステ。
ラピッドライフルを投げ捨て、テツジンの上半身へスラスターで飛びかかった。


アカツキと共に上空から援護していたヒデトは、その光景を眼にして思考が止まっていた。

「駄目だ、イツキ!」

手にしたライフルを撃つことも忘れ、無防備にテツジンへと突撃する。

「駄目だ……駄目だ……」

急速に近づくテツジンと紫のエステ。
それを見据えながら、迫るイツキの死に対する恐怖にヒデトはふるえた。

不意にエステがテツジンを足蹴にしてジャンプし、大きく離れる。
直後、テツジンはボソンジャンプでかき消え、50mほど離れた場所に出現した。
空中で無防備なイツキにグラビティブラストを撃とうとして  

「生身の体は無理でも、機械はジャンプできます。これで!」

イツキの仕掛けた6個の吸着地雷の爆発で、胸部を吹き飛ばされる。
グラリと、スローモーションの様に倒れるテツジン。
それをヒデトは呆然とながめる。

「イツキ…」

当のイツキは先ほどまでテツジンが立っていた地面に降り立とうとしている。

「危ない!」

その背後に現れたマジンの太く長い腕が振るわれ、紫のエステはカワサキ・シティの路上をハデにバウンドしていった。
その場面を眼にし、最後に残ったヒデトの理性が吹き飛ぶ。

「うおおおおぉぉぉぉ!!」

空戦フレームの持つ全スラスターをフルスロットルにたたき込みマジンめがけ直進すると、右腕のライフルで頭部を殴り飛ばした。

ひしゃげ、折れ飛ぶ右腕。片腕となりバランスを失い、墜落するエステ。

対するマジンは最初こそぎこちない動きをしたものの、何事もなかったように攻撃を再開する。

「攻撃を集中しろ!」

アカツキの号令一下、リョーコ、ヒカル、イズミが各々手にした武器を発砲する。






通常ならあり得ない異音を発しながら、ヒデトのエステが立ち上がる。
背後で繰り広げられる戦闘を尻目に、イツキのエステを探す。それはすぐに見つかった。

アサルトピットを庇った両腕を胸部装甲にめり込ませて、それは無惨な姿をさらしていた。

半狂乱となったヒデトはエステで駆け寄ると、乱暴にその両腕を排除し、アサルトピットをこじ開ける。

「イツキ!?」

シートにもたれながら弱々しく持ち上がったイツキの右手がVサインをつくった。

「! 良かった……」

「義兄さん……苦しい…」

イツキが苦しがるのもお構いなく、ヒデトは抱きしめる。

「絶対死なないって言ったじゃないですか……もしかして泣いてます?」

イツキの問いかけに、返事代わりとばかりに彼女を抱きしめる腕の力がが強くなる。

「ねえ義兄さん?私、このままナデシコにいていいですよね」

「……あんな無茶をするんなら、傍にいてくれた方が安心する」

「ん…」

義兄の返事に満足したようにイツキが微笑を漏らす。


2人の抱擁はマジンがアキトと共にジャンプしても続いていた。


「義兄さん、私は  

小さな声で言いかけて、イツキは口をつぐむ。
少しの逡巡の後、ごまかすように別の言葉が口をついて出てきていた。

「私がナデシコに乗ってきた時、ほっぺた叩いたの痛かったですか?」

「痛かった。けど、君が死ぬ事に比べたら、いくらでも我慢できる」

「そっか」

イツキは満ち足りた顔で目を閉じる。
この人を“カザマ・ヒデト”と呼べばいいのか“テンカワ・アキト”と呼べばいいのか。さっきの疑問はどうでもいい些細な事に思えてきた。


何となれば、今この人の腕の中に抱かれているのは、ミスマル・ユリカではなく自分なのだから。













コスモスへ向けグラビティブラストを放とうとしたX−エステバリスは、今はその操縦者と共にナデシコのハンガーにあった。
そのアサルトピット内からムネタケ・サダアキは引きずり出され、デッキに蹲っていた。

「あいつ、何であんな事をしようとしたんだ?」

リョーコの口にした疑問はナデシコクルー全ての者の気持ちを代弁していた。
否、未来を知る2人を除いてだ。

「提督……」

アキトがかけた声に、ムネタケは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。

「あんた、なんであんな事  

「あたし達は利用されたのよ…。上層部の都合の悪いことを隠し通すために、あいつ等の尻ぬぐいをさせるために」

「だからって」

「……そう、あたしはそんなこと知っていたはずだわ、何年も前に。だってあたしだってそうやって生きてきたんだもの」

「提督?」

アキトの顔を見ながら、アキトに向かって口を開きながら、それでもムネタケはここにいる誰にも話しかけていない。

「今度はそのお鉢があたしに回ってきただけの事よ」

「あんた、なに言ってんだよ…」

フフフと低く笑い出すムネタケ。
その薄ら笑いを浮かべた顔に、アキトは異様な悪寒を感じ、出す声も絞り出したかのようだった。

「わかんないよ、なんでさっきはあんな事をしようとしたのかも」

「ええ、解るわけないわ、今のあんたには。あんたもそのときになって気づくのよ」

不意にムネタケがアキトの襟をつかみ、うめきに似た声を上げる。

「所詮、誰だって自分がかわいいのよ。困っている人間がいたって かまやしないわ。弱った相手は踏み台に、邪魔する奴は排除して、立ちふさがる敵は皆殺し。あんたもいずれそうなるのよ」



呪詛



そういえばいいだろうか。それよりも、アキトにはムネタケの吐き出す言葉が確信めいた響きを孕んで聞こえていた。

しかしコックを目指す青年は、目の前の軍人がそうだった以上に、純粋で純真だった。

「そんなことあるか! 俺はみんなを信じてる。ここにいるみんなも、あんたの言うようなことなんて絶対しない!」

まっすぐに見つめるアキトの瞳を、ムネタケの濁った目が見つめ返す。
やがて、つかんでいたアキトの襟を放し、思いの外強い力で押しやった。


後ろへ2,3歩よろけるアキトにもはや目もくれず、立ち上がったムネタケはデッキの隅に立つカザマ兄妹へ向き直る。

右手で懐を探りつつ、ムネタケはため息と共に「そう」と漏らす。
ゆっくりと抜かれた手には拳銃が  

「あたしと違ってあんたは他人を信じてるのね。でも駄目。あたしは  

自らのあごに銃口を押し当てると、微塵の躊躇も見せること無くムネタケは引き金を引いた。













異なる曲の演奏者が2人。
それでも、オーケストラの奏でる曲は変わらない。
出番が終わった奏者は自ら舞台を降りていく。



幾度と無く繰り返される光景。



それを彼女は何の考えも交えず、ただこれまで通り記録する。













火星−木星間の小惑星帯。
蜥蜴戦争の主戦場と大きくかけ離れたここでも、小さい戦闘が行われていた。

舞い踊るのはたった9機の人型。

しかし、この戦闘の結果の重要性はどんな大規模戦闘とてかなわない。
文字通り、“歴史をかけた戦い”なのだから。

『義兄さん!』

「足を止めるな!」

濃緑と紫。2機のエステバリスは、ナデシコの船体を盾にラピッドライフルで応戦する。

対するはレールガンを構えた7機の人型機動兵器。
今は名前のないそれは、やがて“ステルンクーゲル”の名を得る事となる。

かつてナデシコといわれた白い船は、今やサボテンのように棘だらけとなっていた。
船体の表面をかすめるように機動するエステバリス。
それを串刺しにせんとする6機のプロトステルンクーゲルが手にしたレールガンによって、次々と針がナデシコに突き刺さる。

『このままじゃ遺跡を  

「わかっている、草壁に−あいつに渡すわけにはいかない」

カザマ・ヒデト=テンカワ・アキトは後方に控える1機のプロトクーゲルを見やる。
かつてPrince of Darknessと呼ばれた事のある男は、ここでコアユニットをこの連中に渡したらどうなるか熟知していた。

それこそ身をもって体験した・・・・・・・・・のだから。

焦燥は禁物とわかっている。だが、こんな風に部下をけしかけておいて、自分は高みの見物ですますはずがないのだ、あの男が。
その事実を覚えていた事が焦りを生み、徐々に大きく育てていった。

その男が動く。

濃緑のエステの動きをなぞっていたレールガンの銃口が動きを止めた。
3人の部下がレールガンを放ったと同時に、必殺の意志を込め放たれる。

「くぉっ!」

エステにあるまじき軌道を描き、回避するアキト。
続けて放たれた3本は最初に比べ殺意が薄く、難なくかわすことが可能だった。



一方、紫のエステを駆るイツキは、追い立てる3機のプロトクーゲルの攻撃を危なげなく回避していた。
アキトに鍛えられた彼女にしてみれば、この攻撃はいささかぬるいと言わざるを得ない。反撃することが可能なのだから。
エステより打撃力、加速性に優れたプロトクーゲルだが、機械然とした機動につけ込む隙は多分に残されていた。
追われつつも背後へ振り返り1連射。敵がひるんだ隙に方向を転じて、相手の頭上を飛び越え背後から一撃。
モタモタと無様に回避するプロトクーゲルの動きは、イツキに操り人形じみて見えた。

〈 これなら! 〉

イツキの確信は、しかし次の瞬間 握っていたラピッドライフル共々粉々にされた。

「!?」

ほかの6機と異なるプレッシャーをかけてきながら、レールガンを連射する1機のクーゲル。

「かわせ…ない!?」

イツキの逃げる道を先読みするかのようにレールガンの弾芯が襲う。
先ほどまで自分を標的にしていた強敵がイツキにねらいを変えたことに慌て、アキトのエステが突進する。だが プロトタイプとはいえ、ステルンクーゲルの推進力はエステバリスを遙かに上回る。
その力に任せ、エステに距離をつめさせないプロトクーゲル。
それでいて、イツキを追いつめるレールガンの射撃は手を弛めない。

「しまった!」

避けきれず、被弾する紫のエステバリス。

それで終わりだった。

3機のクーゲルのレールガンで、ナデシコ船体に貼り付けにされる。
あのクーゲルが間近で、アサルトピットのハッチ越しにイツキの頭へレールガンを向ける。

「イツキ!」

6機のクーゲルの砲火をかわしながら、アキトのエステが肉薄する。
そのあまりに愚直な直線的動きに、イツキへ向けられていた銃口が向きを変えた。
その意味と結果を理解して、彼女はあらん限りの声で叫んでいた。

「義兄さん、駄目!」

『見るな!飛び出せ、イツキ!』

聞こえてきた声にただ反射的に従った。

ハッチを開けると、シートが飛び出す勢いのまま宇宙へ。体を丸めるとヘルメットを抱え込んで目をつぶる。

イツキのエステにレールガンを向けるプロトクーゲルへ突進していたアキトは、ライフルの予備弾倉をクーゲルの眼前に放るやいなや、手にしたライフルで撃ち抜いた。

虚空に白い火球が出現し、クーゲルのカメラアイを焼く。
ほんのわずかな時間、しかし宇宙へ飛び出たイツキを拾い上げ離脱するに十分な時間だった。
普通なら並以上の相手であっても。

真空を流されるイツキをアサルトピットに迎え入れ、ナデシコの船体を回り込んで  

左肩を吹き飛ばされる。
衝撃でイツキが膝の上から落ちないように支えるのが精一杯だ。
続くもう一撃で左膝フレームを砕かれる。

〈 クーゲルのモニターは焼き付いているはず。カンだけで当てているのか!? 〉

愕然としながらも、納得する。



“あの”男なら。あれに乗っているのはやはり“あの”男だ。



あらかじめCCをばらまいて岩陰に用意していたジャンプポイントへ飛び込む。

ジャンプイメージをまとめるのに5秒。
7機のプロトクーゲルが回り込んでくるまで3秒、レールガンの照準、発射に3秒。

「ジャンプ!」

叫ぶのと、熱い痛みが体を貫くのは同時だった。


痛みに消えかかる意識で、こぼれ落ちようとするイメージを維持する。


戦闘からの離脱。義眼の男と戦った後、必ず還った場所。
ブラックサレナをあのドックへ  











「木偶人形だな」

男は不機嫌に自分の乗る機体への感想を漏らす。

「これではジンと変わらぬ。いや、あれより鈍い」

自分の元に集まりつつある部下を見やる。
確かに慣れぬ機体、不出来な兵器ではあったが、自分たちは道具をえり好みできる立場ではない。

「道具を使いこなせないなどと、鍛錬のやり直しだ」

無様な戦いを演じた部下達は頭を下げていたが、男は見ていなかった。

壊れた船体の隙間からのぞく幾何学模様を走らせた立方体。
その姿に目を細める。

「フン、これを草壁が手にすれば、一生 首輪に繋がれたままか」

男が吐き捨てた言葉は、自身への侮蔑をはらんでいた。













こんどの曲も変わらない。

2人に増えた演奏者も舞台から降りていった。



そしてこれまでと同じように、この世界に母がやってくるだろう。

母は世界と一体となり、やがて彼女へとなる存在を生む。

生まれたそれは彼女と一つになり、世界の存在意義のまま記録をし続ける。



今までそうだったように。

これからもそうあるだろう様に。













「私がわかる?」

「……イネス…さん」

指先の感覚が無くなっていく。ジワジワと自分の体が感覚を無くしていく。

「無理に喋らないで。すぐに手術するわ」

朦朧とした頭で思い出す。怪我をしたのは自分だけではない。

「…イ…ツキは……?」

「無事よ」

ああ、アイちゃんの声も顔も硬い。きっとあいつも怪我をしているな。

「あいつは…助…かるか…?」

「ええ、問題ないわ」

この人は嘘は言わない。なら、あいつは大丈夫。




ガイも、ムネタケも、コロニーの人たちも助けられなかった。




それでもあいつが生きていてくれるだけで、こんなにもうれしい。
それだけで自分の人生に意義があったのだと、胸を張れる。

「良かった…」






「ヒデトくん?」

寝台の上、彼は返事を返してこない。
目元を機械に覆われ、その表情は正確にはうかがい知ることができない。
それでもその顔は、痛みも苦しさも感じさせない安らいだものだった。

「そう、あなたの戦いは終わったのね」



喪失感。



それほど親しかったとは言えない彼の死に、なぜそんなものを感じたのか。
自分の心がわからないまま、イネスは涙を流していた。













外部モニターが死んでしまったため周囲の様子がわからないまま、リョーコは機体を何とか立ち上がらせる。
しかし、動くことができたのはそこまでだった。エラー表示と共に制御コンピューターがフリーズする。

「くっそ!」

目の前のコンソールをリョーコは殴りつけるがもはや手遅れだった。
気を失ったユリカを抱きかかえながらハッチを開いた彼女の目の前で、アキトの乗ったエステが光に包まれていく。

「アキト!何で逃げんだよ!!」





イツキの目の前でジャンプフィールドが光を増していく。その中央に立つエステバリスのディストーションフィールドもくっきりと浮かびあがり、機体がぶれて何重にも見え始めた。
その光景をまばたきもせず見つめながらイツキは泣いていた。

「さようならテンカワさん。あなたにすてきな未来が訪れますように」

光があふれる。直視することもできない輝きに目を瞑り、イツキはささやく。

「さようなら義兄さん。たったひとりの私の大事な人……」









リョーコの叫びを聞く者も、イツキの思いを受け止める者もいない。

そればかりか、アキトのジャンプが成された瞬間、それまでのすべてが消えてしまう。

それを覚えているのは     









ルリの前に立ったアキトがゴーグルをかけ直す。

「ルリちゃん、いまから俺はテンカワ・アキトじゃなく、カノープスだ」

「カノープス?」

「ルリちゃんはアリス」

アキトの言葉にルリが眉をひそめる。

「…どうしてです?」

「ルリちゃんの名前を考えてなかったんだよ。そしたらユリカが勝手に勘違いしてな」

半ば諦めたような口調のアキトに、ルリが小さいがはっきりとした声で言う。

「違います、アキトさんの偽名です。どうして今更“カノープス”なんです?」

「……」

「南極星」

ポツリとルリの口からこぼれた言葉に、ゴ−グルの下からののぞくアキト=カノープスの口もとが歪む。

「北辰はあの時死んだじゃないですか」

「……戒めだよ」

「戒め?」

「コロニーをいくつも壊して、沢山人を死なせ…いや、殺して。罪も償わないでこの時代に来たんだ」

かけ直したばかりのゴーグルを持ち上げる。

「北辰と対になる星の名前だから、そのことを忘れないでいられると思った」

「でも、アキトさんの罪は特赦が出されたんですし」

「あんなの地球連合の都合だよ。ルリちゃんも解っているだろう?」

アキトの言葉にルリが俯く。

「それは 

「それに、俺が納得できないんだ。たぶんフクベさんもそうだったんだろうな」

遠くを見るようなアキトの瞳。それも少しの間だった。

「いこうか。みんなに挨拶しないと」

ゴーグルを再びかけ直し、ルリへ手をさしのべる。
ルリがその手を掴み、2人は部屋の入り口を開けた。





そして、彼は繰り返す。

今度こそ歴史を変えられると信じて。













彼女は記録する。
意志を持たずに、ただ記録する。

何度も何度も繰り返す世界を記録する。




今はかすかな思慕の念を抱きながら。








Anecdote-1 〜A Certain Archivist〜 −了


また、時間を空けての更新になってしまいました。
前回(第11話)の代理人氏、掲示板での「どこがTVと変わりました?」の感想から、この救いがない話を用意しました。

本編の主人公カノープスがテンカワ・アキトとして体験していたナデシコとは、すでにカザマ・ヒデト(逆行してきたアキト)によって改変されかかった歴史である。ということを単に言いたかっただけです。

第12話の後書きに上記の一文付け加えたり、「第5話をよく読んでください」と書けば楽なんですが、それじゃ芸がないというかなんと言うか、何となく負けかなとw
まあ、単に「カザマ・ヒデト=アキト」のストーリーがお蔵入りしかかったのを引っ張り出しただけですが。



「彼女」に関しては今後も話に絡むことはありません。
その正体も、ストーリー上ほとんど意味を持たないので明かされることもないでしょう。

 

 

感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想

あー、あれはこっちの勘違いというか、度忘れですんで(苦笑)。

「前回」がどう言う状況か提示されてなかったのでついうっかり伏線を忘れたというか、勘違いしてしまったわけで。

いや申し訳ない。

 

>ストーリー上殆ど意味を持たないので〜

なら出さなきゃいいのに(苦笑)。

エヴァじゃあるまいし、謎めかして無意味な登場人物出して、結局最後まで謎解き無し、ならそもそも出す意味がないでしょう。