Spiral/again 〜auld lang syne〜  第12話





『3・2・1・ジャンプ』

コミュニケ越しのアリスの合図で、カノープスがエステバリスをボソンジャンプさせる。
次の瞬間、エステはヤンマ級戦艦のディストーションフィールド内、センターブロックの直上に出現する。
カノープスはすかさずレールガンを構え、コアブロックに向け2発打ち込んだ。

突然の事態に、戦艦をコントロールしている制御室のヤドカリたちは対処法を出せないでいるが、敵が人型機動兵器1機であることを認識できたら、バッタを迎撃に発進させようとするだろう。

ヤドカリの指示でバッタが発進するまで20秒。
その前にヤドカリが事態を把握して、本隊への連絡とバッタ発進の決定をするまで10秒。
その10秒という時間は、アリスとヤックン以下の並列接続されたヤドカリ達にとって十分な時間だった。

打ち込まれた弾芯から全長1cmあまりのワームが多数飛び出し、ヤンマの制御室内にいたヤドカリに一斉に襲いかかる。
ヤドカリに取り憑いたワームが強制的にネットワークを開くと、アリスとヤックン達がハッキングし、たちどころにダウンさせた。

5分と立たないうちに、ヤンマ:イー443號を制御していたヤドカリ30体は基本設定を完全に書き換えられ、木連の指揮下から外れてしまう。

『ヤンマ本体は終了。続いて虫型機の書き換え開始』

アリスの報告を聞きながら、カノープスは周囲を警戒する。単独艦を狙っているとはいえ、いつ他の無人艦が現れるかわからない。
特にヤンマ級はバッタ、ジョロの母艦としてかなりの数が搭載されており、基本設定書き換えにどの位かかるかハッキリしていなかった。

『書き換え終了。乗っ取り完了です』

10分後にアリスが告げると、カノープスはようやく緊張を解いた。

「お疲れエルシー。後はいつも通り撤収を」

『はい、兄さん。じゃあオリンポスで』

「ああ」

山陰の砂の中からカトンボ級駆逐艦が現れると、周囲の岩陰にいた観測員達を拾い上げ、近くに転がっていたチューリップへと入っていく。

それを見送り、カノープスはヤンマの制御室へ回線を開く。

「あのカトンボについて行く。出来るな?」

『【もちろんでさぁ】』

手前にいたヤドカリがボードに文字を書いて返事を返してきた。

チューリップに入るとカノープスはボソンジャンプをするため意識を集中する。
ヤンマのディストーションフィールドが安定していることを確認すると、カノープスはオリンポス研近くのチューリップめがけジャンプした。








火星に到達したナデシコがイネス・フレサンジュただ1人を救出し、無人艦に追われながらチューリップに飛び込んでから6ヶ月が過ぎようとしていた。
ナデシコがジャンプするどさくさに紛れ、カノープスとアリスはナデシコからオリンポス研究所に移ってきている。
虫型機械をアリスとヤックンのコンビによるハッキングで少しずつ木連から掠め取り、先月からはカトンボ級駆逐艦数隻を確保していた。
この日はついにヤンマ級戦艦に手を伸ばし、見事手中に収めたのだった。

現在オリンポス研究所にいる元ユートピアコロニー避難民は37名。これにカノープスとアリスを加えた39名が一緒に暮らしている。オリンポス研にあった食料と水で飢え死にする心配もなく、発電施設が生きているためユートピアにいた頃よりはるかに楽に生活できるようになった。
それでも、何かしようにも人手は圧倒的に足りない。そのため木連と同じように、労働力として虫型機械を集めていたのだ。
今回ヤンマを捕獲したのは、中に搭載されているバッタ類もそうだが、火星から遺跡を持ち出すための足が必要だったからだ。これを既にあるカトンボのパーツで補強して使用する予定だ。

当初の計画ではネルガル重役の1人:トモナガ・シンイチを味方に付け、シャクヤクを入手するはずだったのだが、彼に自分の記憶を見せて以来、カノープスはトモナガと話が出来ない状態が続いていた。月に行っても彼は帰ってくれの一点張りで話をするどころではないのだ。








オリンポス山の2合目付近に突き刺さったチューリップからエステバリスを舳先に乗せたヤンマが現れる。
木連の追跡をかわすためチューリップを利用し、無人兵器群の捕獲はオリンポス周辺以外の火星全域で行ってきた。
同時に、これは避難民の中にいるA級ジャンパーの訓練にもなっている。

ヤンマがオリンポス研究所に近づくと地下ドックへの入り口が開く。潰れていたのをバッタとジョロで掘りかえしたので本来の半分程しかスペースがないが、カノープス等にとっては十分な空間を提供してくれた。
ゆっくりとヤンマが着床する。既にアリス達が使った改造カトンボはドックに収まっている。そのカトンボの下にアリスやサトミがヤドカリ達と共に待っていた。

エステがデッキに降り立ち、ヤンマの係留作業が始まるとヤックンが紙を取り出した。

【ミッション・コンプリート♪】

電子音を奏でながら、ハイタッチを互いに繰り返すヤドカリ達。
一方係留作業をしている小バッタ達は、その光景にブーイングらしき音を立てながら仕事をしている。
捕獲の度に繰り返されるいつもの光景なので、カノープスを含め誰も何も言わない。

「ようやく手に入りましたね」

エステからおりてきたカノープスをサトミが出迎える。

「今からこいつを改修しないといけないから、まだまだ時間はかかりそうだな」

「図面もありますし、ブロック構造ですから地球の船に比べれば簡単ですよ。それに労働力は十分ありますから」

「あっちが先だろう?」

カノープスの指さす先に解体中のカトンボ2隻が在る。

「ヤンマにジョロとバッタが結構乗ってませんでした?それを使ったらはかどりますよ」

「バッタが40、ジョロが35でした」

サトミの疑問にアリスが答える。

「ご苦労さんエルシー」

「いえ。いまナンバリングしてますから、しばらくしたら解体手伝ってもらいましょう」

ヤンマのところを見ると、格納庫から整然と出てきたバッタ、ジョロに小バッタがナンバーを書き込んでいる。書き終わった機体は順次整列を始めていた。
別のところではヤンマを制御していたヤドカリがこちらはピーピーと騒ぎながら、お互いにナンバーを書きあっている。

「なあ、あいつらどうにかなんねえのか?」

その光景を眺めていると眉をしかめながらシスがやってくる。

「五月蠅くってしょうがねえ。寝込んでる連中のことも考えてくれや」

この文句もいつものことだった。
ナデシコに見捨てられてから避難民の一部はその反動か無気力になり、カノープス達を手伝わず日々ボウッとして過ごす者がいた。シスはその一部だが、しっかり文句だけは言いに来る。ただ、そういった連中の世話をするのも彼女であることも確かだった。

「毎回毎回これじゃかなわねえよ」

「我慢してくれ」

これが彼女自身のストレス解消でもあるので、カノープスもいつも通りなげやりに返してやる。 実際、生活ブロックにはここの音はほとんど響かないはずだ。

「それより、病人達の様子はどうなんだ?」

「……変わんねえよ。悪くもならねえし良くもならねえ」

「そうか……」

ユートピアコロニー時代に医者代わりだったイネスがいないため、病人、怪我人が出ても満足な治療が出来ない。
現在も数人が熱を出して寝込んでいるが、救急セットに入っていた解熱剤をあたえることぐらいしかできないでいた。
ここに来る前にカノープスが懸念したことが現実になりつつあった。

険しい雰囲気になったカノープスにサトミが声をかける。

「カノープスさんもアリスさんも今日は休んだらどうです?ずっと働きづめでしょう?」

「いいのか?」

「たまにはいいですよ。仕事はヤックンが取り仕切っているようですし」

先程まで大騒ぎをしていたヤドカリ達は解体作業に加わって、ヤックンの指揮で電子・電装関係の取り外しをやっている。

「ならエルシーは先に休んでいてくれ。俺はエステのチェックをしてから休ませてもらう」

「すいません、じゃあ先に」

「?」

普段ならカノープスと一緒にいたがるはずのアリスが素直に頭を下げ自室に向かう。
それを妙に感じつつも疲れているのだろうと思い、カノープスも自分のエステに向かった。
ウリバタケの改造したエステバリスとレールガンはなかなか気むずかしい性格になっており、使用後のメンテナンスが欠かせない。とことん扱いにくい代物だが、ヤンマ級戦艦の中心部までワームを打ち込むためにどうしても必要な物だったので文句も言ってられなかった。

サトミとシスは2人を見送る。

「そんなにあいつ等働いてんのかよ?」

「かれこれ2ヶ月は休み無しですね」

「ふ〜ん、がんばるねぇ」

我関せずとばかりにシスは頭の後ろで手を組んでいる。
それを見てサトミは半泣きになりながらお願いをする。

「少しはシスさんも協力してくださいよ」

「あいつの手伝いならパス。1人で何でもかんでも抱え込んじまってさ、あたし等を信用してないって言ってるようなもんだろあいつ」

カノープスの背中を見ながら、面白くなさそうにシスは答える。

「ま、あんたのためってんだったら黙って手伝ってやるけどな」

「からかわないでくださいよ」

ウィンクに投げキッスつきのセリフにサトミが狼狽える。

「そうじゃねえんだけどな」

「何か言いました?」

「なんでもないよ。あたしももう戻るからな」

「はい」

サトミの返事が気に入らなかったのか、つまらなさそう鼻を鳴らすとにシスはドックの出口へ向かう。
1人残ったサトミも使用したワームを回収するため、端末を手にヤンマへと向かった。






自室への通路途中でアリスは壁に肩をついて体を支えた。

ハッキングの後だからか少し目眩がする。
ナデシコCの時のようにオモイカネと専用のハッキングシステムの組み合わせではなく、ヤドカリを平行接続した代用コンピューターと簡易的に作ったIFSインターフェース、そしてワームによる強制侵入がいけなかったのだろうか。それともハッキング対象が多かったせいだろうか。

本当ならカノープスといたかったのだが、体調不良を知られたらよけいな心配をかけそうだったから先に休むことにしたのだ。

壁に寄りかかり、そのままズルズルと座り込む。
ものすごく楽になった気がして立ち上がるのが嫌になりそうだ。

「おい、あんたどうしたい?」

座り込んだままボウッと天井を眺めていると声をかけられた。

「シスさん…」

「疲れてるのか?休むなら部屋に帰ってからにしな」

相変わらずの伝法な口調である。
シスとはここで半年間一緒に暮らしていたが、あまり話をしたことはない。それは彼女に限らないが、カノープスとアリスに対して隔意を示しているシスとは特に話をしたことがない。
壁に背中と両手で寄りかかりながら立ち上がる。

「ちょっと気持ちよかったので」

「あ?」

アリスの言葉にシスが器用に右眉を持ち上げる。

「部屋で休みますね」

「チョイと待ちな」

ノロノロと歩き出したアリスをシスが呼び止め、額に手を伸ばす。

「…あんたもか」

「何がです?」

「熱があるんだよ!」

怒ったようにそう言うと、シスはアリスを肩へ俵のように担ぎ上げ、廊下をズンズン歩き出した。













「おはようエルシー」

「…おはようございます……」

ヤンマを捕獲してから1週間。あの日からアリスはベッドに寝かされっぱなしである。
ただの疲れから来る発熱と本人は思っていたのだが、少しずつ熱が上がり一向に回復する兆しが見えない。結局、カノープスが寝ているように言いつけたのだ。

言いつけた本人は、ヤンマ改造の指揮と希に現れる無人兵器への警戒、アリスの看病と寝る間を惜しんで動き詰めだった。
見かねたアリスは、今日1日だけ自分の看病のみをするようお願いし、実質的にカノープスを休ませることに成功していた。
看病といっても額に乗せた濡れタオルを換えることぐらいなので、あとは時間をもてあますアリスの話し相手になることだった。

「改修はどうですか?」

「ヤックンが頑張ってる。カトンボの解体は終わったから、明日からは本格的にヤンマに取りかかれそうだ」

「そうですか……」

カノープスはボードで改修箇所をチェックしつつ、アリスに答えている。

「エルシーは心配しないで休んでいればいい」

これは気休めではなく、カノープスは本心から言っている。
元々ワームにしろ、カトンボ、ヤンマの改造設計図、無人兵器への侵入プログラムまで時間ジャンプ前にアカツキが渡してくれた物だった。アリス=ルリのハッキング能力は無人兵器捕獲の効率化を促してくれてはいたが、本来は此処にいないはずなので無理をしてやらなくてはならないことでもない。
それでも途中までしていた仕事でもあるので気にするなという方が無理だろう。

もう一つ気になることをアリスは尋ねてみる。

「遺跡を手に入れたら、みんなの事はどうします?」

カノープスはボードから顔を上げ、アリスの顔をじっと見る。
返事を返すまで間があった。

「どうしたらいいかな」

「……」

「地球に帰りたいって言うんなら帰そうって考えてた。ただ、地球ではみんな死んだことになっているから、草壁と火星の後継者のことを考えると返さない方がいいんじゃないかって思うんだ。それに俺だけじゃ何も出来ない」

「私もいますよ」

「そうだったな、ゴメン」

アリスが微笑し、それにつられてカノープスも苦笑する。
場の空気が和んだところで、その空気に後押しされアリスは今まで出来なかったお願いをしてみた。

「あの…今日だけアキトさんに戻ってもらえますか?」

「え?」

「真面目な話。ユリカさんとのこと話したいんです」

「……わかった」

ゴーグルを外す。ここに来てからも付けっぱなしだったので、素顔に空気が触れ気持ちがいい。

「話すのは昔のことかい?」

「ユートピアコロニーを脱出した後のことです」

アリス=ルリの言葉でアキトの口元が固く結ばれる。

「ユリカさんのことが許せないんですか?」

ナデシコがユートピアコロニーから敗走した後、カノープス=アキトは北極冠研究所への偵察の際に出撃拒否を宣言していた。

「大人げなかったよな」

自嘲気味にアキトが呟く。

「ユリカがあんなことをしたのはショックだったよ。だけど、許せないのはその後なんだ。ルリちゃんはあいつが前向きだって言ったけど、俺には自分のしたことを解ってないだけにしか見えなかった」

重々しく始まった言葉が急速にテンポをあげていく。

「自分が何を命令したのか。何人死ぬことになるはずだったのか。俺だってあいつのことを責められないってわかっている。けど、人を殺しておいて、次に失敗をしなければいいなんて考え俺にはわからない」

アキトの言葉がさらに熱を帯びていく。

「本当は死んでいないけど、自分が殺しておいて、そのことを反省しないっていうのは俺には出来ない。死んだ人のことを考えられないあいつと俺とはお互い理解できないんじゃないかって思えた」

「アキトさん」

「俺にはユリカがだんだん解らなくなってきた。あの時もそうだった。別れを言いに言った時も、最後にあそこに来たあいつも。俺はユリカにあんな言葉をかけて欲しかったんじゃない」

手にしていたボードを固く握りしめアキトが吐き出す言葉は、ルリには意味がわからなくなりつつあった。

「俺は!」

「アキトさん!!」

アキトのそれより大きな声でルリが叫び、アキトを現実に引き戻す。

「……ゴメン、ルリちゃん」

「私こそごめんなさい。無神経なことを聞いて」

熱で上気した顔のルリを見て、アキトは気持ちを落ち着かせようとした。

「ユリカのことを責める資格なんて俺には無かったよな」

「そんなこと──」

「どのみち、テンカワ・アキトとミスマル・ユリカは一緒にいられない」

またも自嘲気味に呟くアキトの言葉にルリはドキリとさせられる。

「事がうまくいってもいかなくても、そのときが来ればこの時代のテンカワ・アキトは過去に跳ぶしかないんだ。その後で俺がミスマル・ユリカとよりを戻すなんて出来ない」

そこまで言った時、ドアを激しくノックする音とシスの怒鳴り声が響いた。

「おい、こら、カノープス!」

アキトが立ち上がり、ゴーグルを手にする。

「…“テンカワ・アキト”はここまでだ。行ってくるから、君は休んでいるんだルリちゃん」

ゴーグルを付け、カノープスに戻ったアキトが部屋を出て行く。
それを見送る。






アキトの背中が見えなくなって、ルリは今の言葉を思い出す。

もし歴史を変えることが出来ても、アキトとユリカは元に戻らない。一緒に暮らすことはない。

あの懐かしいオンボロアパートでの生活が帰ってこないことを思い知らされ、ルリは静かに涙をこぼした。













「いったいどうした?」

「早く来てくれ」

廊下に出てきたカノープスの手首を掴み、シスが走り出す。

「ちょっと待て、説明を──」

「最初に熱を出した奴が起きねえ」

シスは大股で駆けながら振り向きもせず説明する。

「サトミは意識がないって言ってる」

それを聞いたとたんカノープスはシスを追い越し、全力で走り出した。
負けじとシスもその後を走る。

「そいつだけじゃないんだ。他にも2人、熱にうなされてんのがいる」

カノープスがチラリとシスを振り返ると、彼女はなかば泣きそうな顔をしていた。

「あいつら死んじまうのか!? 何とかしてくれよ!」

背後からの叫びに返事を返せないまま、病人のいる部屋に走り込む。
サトミや他に何人かが振り返り駆け寄ってきた。

「カノープスさん!」

「容態は!?」

「2人、意識が無くなって…」

部屋に寝かされている中年の女性が熱にうなされ、呻いている。
その額に手をやると、火傷をするかと思う程熱い。

〈どうする?〉

医者も看護士もいないここではどうすることも出来ない。
ボソンジャンプを使えば地球へはあっという間だが、事情を伏せたままで治療を受けさせてくれる病院など知るはずもない。
もしそんなところがあるのならトモナガが知っているかもしれないが、あれほど頑なに自分を拒絶する彼が助けてくれるかどうか……。

「大変だ!センドウさんもおかしい!!」

懊悩するカノープスに追い打ちをかけるように、駆け込んできた男が叫んだ。
もう、悩んでいる暇はない。

「3人を連れて行く! サトミさん、CCを出してきてくれ!」

カノープスの指示に慌てたのだろう、サトミは返事もしないでドタバタと走り出す。

「センドウさんともう1人もここに!」

その場にいる人間が動き出し、中年男性ともう少し若い男をマットごと運んできた。
カノープスと3人を中心に、息を切らしたサトミが幾つかのCCを円形に並べる。

「サトミさん、ルリちゃんのことを頼む!」

ジャンプ間際にカノープスが叫び、ボソンの輝きと共に消える。

「るり?」「あの子のことか?」

カノープスの言葉を耳にした者達がざわめく中、サトミは難しい顔をして腕を組む。
それに気付いたシスが声をかけた。

「どうしたんだよ?」

「…以前聞いた、ナデシコのオペレーターに予定されていた女性と同じ名前だなと」

「まさかあの娘がナデシコのオペレーターだってことか?」

眉根を寄せ、シスが声を低くする。
ここにいる人間にとってナデシコクルーは唾棄すべき相手だった。

「カノープスさんもアリスさんもあの時一緒にいたんですから、怒る相手では……」

「わかってるよ」

サトミとシスが小声で話していると、若い男が声をかけてきた。

「サトミさん、今の話本当か!?」

「え?ええ、まあ、確証は──」

「あ、バカ!」

しどろもどろになりながら答えるサトミの後ろ頭をシスがはり倒す。

(そんなこと言ったら不味いだろ!)

(どうしてで……あ!)

襟を掴み、シスがサトミにかみついている間に、先程の男は仲間と話し合っている。

「もし、アリスさんがナデシコのオペレーターだとしたら……」

「俺たちを殺そうとしたのは……」

「でもよ、あの時は俺たちと一緒だったし──」

「いや、もしかしたらそうプログラムして──」

「俺たちは騙されてるってのか?」

「大体、今みたいに地球や月にジャンプで行けるなら最初からすればいいじゃねえか」

次第に周囲の人々を巻き込み、不穏な空気が漂い始める。
自分達を見捨てたナデシコへの嫌悪がカノープスへの不満へとシフトしていく。
それを見て取ったシスは、大柄な体に似合わない目立たない動きで部屋を抜け出した。








ノックも無しに部屋に飛び込んできたシスにアリスが目を丸くする。

「あの……」

「静かにしときな」

低い声でシスがアリスの言葉を遮る。その手には途中で手にしてきた金属パイプが握られていた。
剣呑な雰囲気にアリスが口をつぐむ。

「あんたに聞きたいことが…ちっ、もう来やがった」

シスが入り口を振り向く。幾人かの人の話し声が聞こえてきていた。

「あんたはおとなしく寝ていればいい」

アリスを指さしながらそう言うと、シスは扉を開け隙間からすり抜けるように出てドアを閉めてしまった。






どこか危うい雰囲気の男達5,6人がアリスの部屋の前に来ていた。
その先頭にいたサトミが中から現れたシスに尋ねる。

「シスさん?どうして…」

「あんたらこそ病人の女の子の部屋に何押しかけてきてるんだい?」

金属パイプを片手に腕組みをしたシスが、ジロリと男達をにらみつける。
並の男より背の高い彼女に見下ろされ、その場にいた連中が決まり悪そうにそわそわしだした。それでもそのうちの1人に背中をつつかれ、気が進まない風にサトミは口を開いた。

「…アリスさんの本名を確認しに来たんですよ」

「聞いてどうするんだい?」

「いえ…」

避難民達に担ぎ出されただけのサトミが口ごもる。と、後ろのほうから声が上がった。

「ナデシコのオペレーターだったとしたらただじゃおかない」

「ただ!?」

シスの眉がギリギリと音を立てるように持ち上がる。

「小娘1人のところに!しかも病人だってのにこんな人数で押しかけて!文句があるんならカノープスが帰ってからにしな!!」

大女の剣幕に怯えながら、それでも男達は不満の色は隠さない。

「そうかもしれないが…」

「確かにあたしだってあいつにゃ不満がある。けどな、それとこれとはまた別の話さね。だから──」

そこまで静かに告げると大きく息を吸う。

「カノープスが帰るまでここに来るんじゃない!!!」

一際大きな声で怒鳴られ、頭上からがんを飛ばされた男達が渋々という感じで帰っていく。
それをサトミとシスが見送る。

「…じゃ、じゃあ私も──」

「待ちな」

ばつが悪そうに立ち去ろうとしたサトミの襟をシスが掴む。

「あんた、あいつ等に無理矢理つれてこられたんだろうけど、元はといえばあんたの不注意だからな」

「済みません」

さっきの大声を思い出したのかサトミは首をすくめている。

「罰として、あいつが帰ってくるまであたしとあの子の分、3食運びな。あたしはここに寝泊まりするから」

シスが親指でドアを指す。有無を言わせぬその態度に、掴まれている男はコクコクと頷いている。
それを確認して、シスが手を離した。その拍子によろけるサトミに彼女は穏やかな声をかけた。

「ほら、ボサッとしてないであいつ等をなだめてこいって」

「え?ああ、そうですね」

バタバタと走り去るサトミを見送り、シスは頭をかきつつ天井を見上げぼやいた。

「まぁったく、世話の焼ける……さてと」

気を取り直した風にドアに向き直ると、またもノック無しに中に入る。
ベッドではアリスが体を起こしたところだった。

「わりいな、そう言うことだからしばらくここにいる」

先程の騒動は中にいたアリスにも聞こえていたので、ただ頷く。
それを確認し、シスは持っていたパイプをドアのつっかい棒にした。

「あの…さっき聞きたいことがあるって」

「ん?ああ、めんどくさくなったからカノープスに聞く」

「はぁ」

部屋にあったスツールをドアの近くまで引きずり、ヒラヒラと手を振ってみせるシスにアリスは呆気にとられるしかなかった。













トモミナガが執務室でシャクヤク建造作業の進捗に関して報告書をまとめていた時、部屋の隅に青白い光が踊るのが目に入った。
現れた影の細部がハッキリする前に、顔も上げずキッパリと言い放つ。

「君と話したくはない、帰ってくれ」

それでカノープスはおとなしく帰っていたはずだった。今までは。

しかし今日は違った。あわただしく駆け寄ってきた男が机を叩く。

「トモナガさん助けてほしい!」

ただならぬ雰囲気に顔を上げると、カノープスの後ろで3人の男女が床に伏せている。

「なんだ!?」

「だいぶ前に熱を出していたんだが、今日になって意識が無くなった。医者がいないんだ、何とか助けてくれ!」

女性の額に手のひらを当ててみると、信じられないほどの熱さが伝わってくる。

「俺が医者を知っていれば良かったんだが──」

早口に捲し立てるカノープスを片手で制し、トモナガはインターホンを手に取るとSSのミサキを呼び出し、車を手配するように指示した。






カノープスがトモナガの執務室に現れてから、3時間あまりがたっていた。
ソファにトモナガと向かい合って座り、カノープスは祈るかのようにずっと手を組んだまま項垂れている。
その後ろにはミサキが後ろ手に手を組んで佇む。
半年前、カノープスにあっけなく負けて以来、彼1人が本社に帰らず月でトモナガに付き従っていた。

呼び出し音が鳴り、ミサキが懐から携帯電話を取り出す。
二言三言会話をして、電話をトモナガに渡した。
しばらく会話をした後、電話を切ったトモナガが身を乗り出す。

「……非常に言いにくいが」

重々しくトモナガが口を開くと、カノープスがビクリと顔を上げる。

「3人ともダメだったそうだ」

「……ダメだった?」

「ああ」

頷くトモナガの前でカノープスの手がノロノロと頭を抱える。

「…ダメだった……」

「それで医者が話を聞き───」

「死んだのか……」

事務的に話すトモナガと逆に、カノープスは虚ろな視線で呟いている。

「……助けたのに…ユートピアコロニーから助けたのに……」

呆然としているカノープスを見て、トモナガはミサキに合図を送る。
部屋を出て行ったミサキは、数分後白衣を着た医師らしき人物を伴って戻ってきた。
その医師に自分の隣へ座るよう促し、トモナガは依然ショック状態のカノープスに話し始める。

「3人の治療に当たったホッタ先生だ。彼が君に聞きたいことがあるそうだ」

「お亡くなりになった3名ですが…タルシス熱です」

「タルシス熱…?」

オウム返しにカノープスが呟く。その虚ろな様子を無視してホッタ医師は話を進める。

「火星のタルシス山地に行った人間がかかる病気ですよ。徐々に熱が上がり最後には意識の混濁、そして死亡する伝染性の病気です。栄養状態が良ければ発病することは滅多にありませんし、弱い抗生物質でも完治するのでここ20年は発症例など聞いたことがなかったんですがね」

「……」

「あの人達がどこにいたかはお聞きしませんが、もしかして他にも同じ症状の方はいませんか?」

「あ……」

目の前の男の言葉に、ベッドに寝込んでいる少女を思い出す。自分が守ると約束した少女──。

「ルリちゃん……」

「なに?」

ポツリとこぼれた言葉にトモナガが反応する。

「ルリちゃんが──!」

カノープスがいきなり立ち上がり、CCを取り出すため懐に手を入れようとした。

「ミサキ」

トモナガの声にカノープスの後ろに立っていたSSが両肩を押さえつけ、無理矢理ソファに座らせる。その手を逃れようとカノープスが暴れるが、ミサキはがっしりと抑え込んだ。

「放せ!ルリちゃんを助けないと!!」

「落ち着け!君が行ったところで何も出来ないだろう!?」

トモナガの張り手と怒鳴り声にカノープスが動きを止める。

「相変わらず後先を考えん奴だな。よくこれでアカツキ会長が跳ぶことを許したものだ」

あきれかえった口調のトモナガ。それに続けてホッタ医師が淡々と続ける。

「他にも患者がいらっしゃると。では、これをお渡ししておきます」

無芯注射器と5本ほどのアンプルが入ったケースを差し出される。
カノープスがそれに慌てたように手をかけたところで、トモナガに手首を掴まれた。

「ジャンパー用ナノマシンは用意できるな?」

「あ、ああ」

「それを持って明日にでも来るんだ」

掴まれていた手が離れると、カノープスは返事もせずにボソンの光だけを残して消え去った。
その光景にホッタ医師が目を丸くする。

「今のは!?」

「これも含めて、最初に言ったとおり他言無用ということで」

「いや、しかし──」

さすがに自分の常識外の出来事を目の当たりにし、ホッタは落ち着いていられないようだ。
その表情をクツクツと笑いながらトモナガが見る。

「まあまあ、それは彼が説明するとして。それより1つ頼まれてくれないかな?」

チェシャ猫を連想させるトモナガの笑い顔。自分の背後に無言でそそり立つ黒服・黒眼鏡の男。 イヤな予感を感じつつ、断れないだろうことを悟ってホッタはたまらずため息を漏らした。













カノープスがオリンポスに帰った直後、避難民等は不満と不信の籠もった顔で出迎えてくれた。
連れて行った3人が死んだと聞かされて、それに怒りが加わる。
薬を手に入れていたおかげと、翌日には医者と看護士を連れてきたため、怒りは何とか収まったものの、一度抱いたカノープスへの不信感は拭いきれない。



3日が過ぎ、タルシス熱に罹っていた病人たちが快方に向かった後、カノープスは全員を集めた。

「……今度のことはすまなかった」

“………”

頭を下げるカノープスに避難民等の向ける視線は複雑な物だった。
ユートピアコロニーから脱出させ、安心して生活できるここへ連れてきてくれた感謝の気持ちと、自分たちを死なせようとしたナデシコの人間ではないのか、自分たちを利用するため地球に返してくれないのではないかという猜疑心が混じり合ったものだ。

「できるなら最後まで聞いてほしい。その上で決めてくれ。地球に帰るか、俺を手伝ってくれるか」








「アキトさん?」

オリンポス研究所の最上階のさらに上。ピラッミド型の建物の天辺近くに空けられた小さな入り口をくぐり、アリスが姿を現す。

「上だよ」

入り口の上、建物の斜面にカノープスは寝ころんでいた。
その側までアリスはよじ登ると隣に腰を下ろした。

「もう1週間です」

「そうだな」

避難民達にすべてを打ち明けてからそれだけ経っていた。
あの日以来、彼らは1人で悩み、あるいは幾人かで討論をし、そしてあるいは全員で話し合うことを繰り返している。
その間、カノープスもアリスも誰とも話をすることは無かった。

「もし…地球に帰りたいってみんなが言ったらどうします?」

「もちろん送るよ」

「……その後は?」

恐る恐るアリスが尋ねる。

「その後か。どうするかな」

ナノマシンで輝く空を見ながらカノープスは呟く。

「遺跡のコアユニットを今隠しても都市を巡って戦争が長引くからな。コアユニットを奪うなら木連や地球側の見ているところじゃないとダメだろうし、そのためには俺だけじゃ無理だから手助けがいるしな」

「私もいます」

「そうだね、ルリちゃん」

カノープスがフッと笑う。
そのまま会話が止まり、2人で風に吹かれていた。



赤茶けた大地。青い空。そこにたなびく白く輝くナノマシンの帯。
それらを眺めていると自分がひどく小さく、頼りない存在に思えてくる。



「ルリちゃんはどうしてナデシコに乗ろうと思ったんだ?」

「最初の…ですか?」

唐突な質問にアリスが首をかしげる。

「ああ、ゴメン。ナデシコBの方だ」

「Bですか……たぶんもう一度ナデシコに乗ってみたかったんです」

「もう一度…か」

「ええ」

「そうか」

また、会話が止まる。


タルシスの山地を吹き抜け、乾いた風が二人を打つ音が耳に響く。


会話を再開したのはやはりカノープスだった。

「なんでだい?」

「え?」

「オモイカネはいるけど、ミナトさんもセイヤさんも居なかったろう?」

自分も、ユリカもいなかった。

「だから…ナデシコを作ろうとしたんです」

2人がいなくなって自分に残された思い出の中に、ホシノ・ルリが大切に思う唯一の世界に居続けるため。

「そうすればまたアキトさんとユリカさんに会えるような気がして……」

「そうか……」

〈ルリちゃんは強くなんかなかったんだな〉

ナデシコに乗っていた頃からずっと思っていた。
何があっても動じない姿にそう思いこんでいた。

「ルリちゃん、サトミさんたちがみんな地球に帰りたいって言ったら……」

「言ったら?」

「どこか2人で誰も知らない場所で──」

そこまで口に出して、ためらいが生じた。
政治家も軍も企業もこの子に関わることもなく、知ることもなく、当たり前の人生を送ることができる。
それが良いはずだと頭では思っている。そうすれば妹のようなこの少女を悲しませることは無くなるのだ。
けど──。

「…けど、イツキさんは?」

「!」


『テンカワさん、私のことお願いします』

最後に交わした約束とあの笑顔は裏切れない。


「白鳥さんやムネタケ提督も──」

『テンカワ君…最終回、一緒に見れなくて残念だ……』

『あたしと違ってあんたは他人を信じてるのね。でも駄目。あたしは──』


「そうだね……ごめん、ルリちゃん。誰かが手伝ってくれなくても助けなきゃ。そのために此処に来たんだから」

どこかあきらめの混じったような笑みをカノープスが浮かべる。
そこへ、

「おーい。カノープス、いるかー?」

「今行く!行こうルリちゃん」

中からシスの呼ぶ声が聞こえてくる。それに答え、カノープスは降りていった。
その背中を見送りながら、涙が出る時のようにアリスは鼻の奥にツンとしたものを感じていた。

もし、自分からイツキの名前を持ち出さなかったら、一緒に静かに暮らせたかもしれなかったのだ。

彼にとっても自分にとっても、それは傷をなめあう馴れ合うだけの生き方だとわかっていても、それでもその想像はひどく抗いがたい蠱惑的なものだった。










シスに呼ばれて、集会場として使っている食堂にカノープスが入ると、オリンポス研究所にいる避難民全員が揃っていた。

「結論…でたのか?」

「ああ」

シスが頷くと、サトミが立ち上がる。

「私たちは皆、地球に帰りません。草壁が倒されるまで、火星の後継者を潰すまで、あなたと一緒にやりますよ」

「サトミさん……いいのか、それで」

「ええ、もちろんですよ」

力強く首を縦に振るサトミの後ろで、幾人かが同意の声を上げていた。

「今なら、すぐに家族に会うこともできるんだぞ?」

「そうしたら火星の後継者に見つかって、人体実験が待ってますからね」

「いつ終わるかわからないんだぞ?」

「あなた1人だとそうでしょうけどね」

カノープスの問いにサトミは肩をすくめて見せた。

「途中で死ぬかもしれない」

「いいんだよ、決めたんだから」

なおも言い連ねるカノープスに今度はシスが答える。

「いろいろ腹立つことはあるけどな、あんたが居なけりゃみんな死んでたんだ」

全員をグルッと指さす。

「ちったぁ恩返しさせろ」

腰に手を当て胸を反らしたシスが鼻息荒く言う。
恩返し云々言う割にはでかい態度にカノープスが苦笑を漏らす。

「そうか、わかった」

カノープスが全員に向き直ると頭を下げる。

「すまなかった。これからよろしく頼む」

「そ、そんなに頭を下げること無いですよ」

サトミが慌てる横でシスが腕組みをして皆に聞こえるように宣言した。

「ま、なんだ、とりあえずあたしらにさっさと話をしなかったってが一番気に入らなかったからな。一発殴らせたら許してやるよ」

「…それは勘弁してくれ」

頭上からのシスの言葉に避難民の間から笑い声が漏れてくる。

その光景をカノープスの後ろから眺めながら、アリスは胸の中でこれで良かったんだとしきりに自分に言い聞かせていた。






第12話−了


次回、もう1話オリンポス研究所が舞台です。

 

 

 

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代理人の感想

・・・・むう。

なんというか、こういうすれ違いは見ててつらい物がありますな。

悪意も全く感じないわけではありませんしね。