「どぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 闇夜の市街を漆黒のスカイラインが爆走する。

 速度は時に130キロを超え、事故が起こらないか不思議なくらいだ。

 「アキト!!ヤンの暴走を止めて!!」

 「無理ッスよ!!あぁーーー!!ヤンさん!!前ッ前ぇーーーー!!!」

 前方に道路を横断中の老人がいる。

 このまま走ったなら確実にはねてしまうだろう。

 「何のぉぉ!!」

 スカイラインは老人を避けようと道路ギリギリまで左側に寄るが避け切れてない。

 「甘ぁぁぁい!!!」

 ヤンがグンッとハンドルを切る。

 それと同時に右側の車体が宙に浮く。

 そのお陰で車体の横幅が減り、ギリギリで老人を避けた。

 「なっ!!」

 あまりにも無茶な避け方にアキトは声を上げ、慌てて後ろを振り返る。

 そこには老人が何事もなかったかのように道路の横断を続けていた。

 「ヤンさん!安全運転して!!」

 「うるさい!!こうしている間にも大佐はぁぁ!!たぁいさぁぁぁぁ!!!!」

 「うわぁぁぁぁぁぁ……………」









「With Mythril」

〜第七話〜









 そもそも今回の暴走はヤンの性格の変わりようが問題であった。

 ヤンがアキトと合流したときから様子がおかしかった。

 いつもは比較的冷静でお兄さんタイプのヤンだったが、今回に限っては完全に興奮していた。

 初めてヤンに会ったアキトは元々こういう奴だと勘違いしたのであろう。

 あっさり運転を変わってしまった。

 そしたらこの始末である。

 しかも、

 『そこの暴走車!警察だ!!直ちに止まりなさい!!』

 過度の速度違反は警察の目に留まったようだ。

 アキトたちの車の後ろには二台のパトカーが迫っていた。

 「ヤンさん!!どうするんスか!!?これじゃあ奇襲もへったくれもないッスよ!!」

 「ふっふっふ。何人たりとも俺を止めることは出来ぃぃぃん!!」

 ヤンは更にアクセルを強く踏む。

 「ひぃぃぃぃ!!」

 流石のアキトも悲鳴を上げる。ブラックサレナの数分の一の速度だが場所が違うのだ。

 宇宙空間のようなだだっ広い場所とせせこましく曲がり角の多い市街とは全然体感速度が違うのである。

 先回りをしていたのか新手のパトカーが前方に現れる。

 「甘いはぁぁぁ!!!」

 速度を落とすと予想していた警官だったが逆に加速してくる車に思わず道を開けてしまう。

 そこの隙間めがけてヤンは車を滑り込ませる。

  キキィィィ

 パトカーと一部接触し火花が飛び散るがヤンはそのまま加速を続ける。

 逆に接触されたパトカーは急ブレーキをかけてしまい後方のパトカーに後ろから衝突され、大事故になった。

 「あぁぁぁぁぁ……」

 アキトの顔は完全に青ざめていた。

 「ふはははは!!何人たりとも俺の前は走らせん!!」

 (走りたくない!!!)

 「大佐ぁぁぁぁ!!待っててくださぁぁぁぁぁい!!!」

 パトカーの追跡を振り切って車は順調に(?)走っていった。




 一般の船室よりも少し広い部屋でテッサは扉の前に張り付いていた。

 手元からはカチャカチャという音が聞こえてくる。

 「………ハァ、やはり外側にも鍵がついていますね。南京錠か何かでしょうか?」

 テッサはため息をもう一度つくと、立ち上がりベッドに腰掛ける。

  ガッ

 「えっ?」

 テッサは腰掛けたばかりのベッドから立ち上がるとベッドの端を持って左右に揺らす。

  ガガガッ

 「やっぱり。このベッド固定されていませんね。」

 大抵の船は揺れるため、ベッドはしっかりと固定してある。

 そうしないとベッドが移動して危ないのだ。

 だが、この船室のベッドは固定されていなかった。

 テッサはもう一度ゆっくりと見回す。

 部屋にはパイプ椅子にパイプベッドがしかなく、ただの船室にしてみれば少し広かった。

 (もしかすると倉庫か何かだったのかもしれませんね。)

 部屋を見回しながら考えをまとめていく。目に留まったのは天井の排気口だった。

 排気口までは距離があるがベッドと椅子を組み合わせればギリギリで届く。

 (……これしかありませんね。他に良い手も考え付きませんし。

 問題は私がこれができるかどうかですね。)

 テッサはパイプベッドを音を立てないように排気口の下に移動させる。

 そしてその上にパイプ椅子を乗せた。

  ゴクッ

 テッサさつばを飲み込み、手をぎゅっと握り締める。

 (ここまでは子供でもできます。問題はここからです。

 神よ。私は運動神経が鈍いかもしれません。しかも私はそれを直そうとする努力を怠ってきました。

 そのせいで大切な仲間を死に追いやってしまいました。)

 テッサの白い手は更に白くなり、震えている。

 失敗すれば大きな音が出て見張りが駆け寄せて、テッサに手錠を取り付けるだろう。

 そうなっては自力での脱走など夢また夢となってしまう。

 (しかし、これだけは成功させて下さい。私のせいで犠牲になった仲間のためにも。)

 テッサはキッと視線を鋭くするとベッドに登り、そして椅子に片足をかけた。

 「くっ」

 (思ったよりベッドが柔らかいですね。安定しません。しかし!)

 もう片足も椅子に乗せ、腰を曲げ両手でバランスを取る。

 その無限とも一瞬とも感じられる十数秒後、危なっかしいながらも中腰でのバランスを取るのに成功した。

 (後は、排気口の蓋を取るだけです。)

 ゆっくりとゆっくりと腰を伸ばしてようやく排気口に手が届いた。

 しかし次の瞬間、気が緩んだのか足元から注意が逸れ椅子が倒れる。

  ガタァンッ

 やたら反響の良い船内に響き渡る。

 「あぐっ」

 それと同時に全体重が排気口の蓋を握ったテッサの指にかかってくる。

 (くっ。とりあえず排気口の蓋を開けて再度椅子を使って上り、予定通り逃げ出すしか!)

 仮に逃げられたとしても、この船の構造はテッサよりも乗組員のほうが知っているため逃げ切れるとは限らない。

 そのうえ、今の音で感づかれただろうから時間もない。

 テッサは自分の持てる力を全て指に総動員しぶら下がり、体を揺らして外そうとする。

 外から人の話し声が聞こえるが、反響のせいでテッサには距離がイマイチ把握できない。

 そして、カンカンカンと足音が聞こえる。これも反響のせいで距離はつかめないが一人で走っている事はテッサにも理解できた。

 その足音が余計にテッサを焦らせる。

  ガンッ ドサッ

 焦って体を大きく動かしたお陰か排気口の蓋が外れ、テッサの体が背中からベッドに落ちる。

 「くはっ」

 肺から空気が押し出され、息が苦しい。しかし今はそんなことで休むわけにはいかない。

 敵が来る前に椅子をもう一度ベッドの上に乗せて脱出をしなければならない。

 テッサが椅子を戻すために立ち上がったのとチェックメイトを告げる音が鳴るのはほぼ同時だった。




 漆黒のスカイラインが発信源の側の倉庫の陰に停まる。

 そこから出てきたのはある意味対照的な二人の男だった。

 「ふぅ、着いた。着いた。大佐!待っててください!!今からあなたのヤンが助けに参ります!!」

 「ぜーはーっ。ヤンさん。もう少し安全運転できなかったんスか!?」

 ヤンはストレス発散ができたからなのか思いっきりすっきりした顔をしているのに対して、アキトは相変わらず青ざめていた。

 「大丈夫!!事故は起きなかった!!ポリも撒いたし!!」

 奇跡的なことに事故はなかった。

 しかし警察の被った被害は死者、重傷者こそ出なかったものの大きく、後に『悪魔のスカイライン』と語り継がれることになるが。

 『あんた、ボーナス査定に響くわよ。これは………』

 マオの一言を聞いて少しヤンの肩が震えるが、

 「それよりも大佐だ!!!早くしないと今頃大佐は………うおぉぉぉ!!許せん!!大佐にそのようなことするなんてぇぇぇ!!!」

 それも大して効果なかったようだ。ヤンは怪しげな想像をするとアキトに振り返り、

 「アキト君!!俺は先に行く!!」

 『アキト!!』

 「はい!!」

 アキトは体勢を低くして先に走り出そうとしているヤンの足を素早く刈る。

 そしてそのまま回転を続けヤンが地に付く寸前にヤンの鼻の下目掛けて裏拳を放った。

 「……対象は沈黙しました。」

 ヤンが気を失っているのを確認して静かに告げる。

 『って、気絶させてどうするのよ。』

 「いえ、今の状態のヤンさんだと敵に発見されて一網打尽です。

 一度冷静になってもらわないと。」

 『ま、そりゃそうね。ミイラ取りがミイラになっても困るし。

 この間に作戦をしっかりと練りましょうか。』

 「そうですね。どうします?」

 『ま、一人が発信機を使ってテッサを探し出し、一人が爆弾を機関部や船底に設置して、その混乱に乗じて逃げ出す。

 それを私がサポートする。これでどう?」

 「良い案だと思いますよ。

 ただ、今のヤンさんの状態を見ていると隠密任務は難しそうですから爆弾設置をやってもらいましょう。」

 『それは良いけど、かなり嫌がりそうよ。』

 「その点に関しては任せてください。では、起こしますよ。………はっ!」

 そう言うと、アキトはヤンの背中に手を当てて気付けをする。

 「ゲホッ………ん?君はアキト君。あれ?えと。そうだ!大佐を!!」

 そういって駆け出そうとするヤンの後ろ襟をアキトがグイッとつかむ。

 「な!何で止める!!」

 「作戦なしで解決するほど敵は甘くはありません。実際俺はそれでやられましたし。

 俺が大佐の捜索に行ってくるので、ヤンさんは機関部と船底に爆弾を仕掛けてきてください。」

 「それなら俺が大佐を!」

 「良いですか、落ち着いて聞いてください。

 敵は強いです。俺だけでは到底逃げ出すこともできず、絶対に危機に陥るでしょう。

 そこにヤンさんが登場。危機を切り抜ける。そうすれば大佐の好感度も上がると思いますよ。」

 ここでのポイントは決して『テッサちゃん』と呼ばずに大佐と呼んで自分は決してテッサに気がないと思わせることである。

 「だけど……」

 「それとも、危機に陥って情けない姿を大佐に見せたいですか?」

 「むむ………わかった。では行ってくる!!」

 そう言うとヤンはかなり重量のある装備を担いで颯爽と闇夜に消えていった。

 『アキト……アンタって………』

 「ま、昔取った杵柄ですよ。俺も行ってきますね。」

 アキトもヤンの後を追って闇夜に紛れていった。




 (ここを右だなっと。)

 忍び込み適当な兵士から戦闘服を奪い、アキトはテッサのいる方向に向かっていた。

 今まで着ていた戦闘服は中に着込んでいる。

 (よし、そこの角を右で到着だ。)

 その角を曲がろうとした矢先、テッサのいる部屋から何かが倒れる音が聞こえる。

 (もしかして!)

 アキトの頭にテッサが暴行を受けているシーンが浮かぶ。

 アキトはいつのまにか走り出していた。アキトの足音が船内に妙に響く。

 それが人目に着くことだとは分かっている。

 自分の任務が隠密行動だというのも理解している。

 自分が目立つことによって脱出が困難になるのも理解している。

 しかし、もう二度と後悔はしたくなかった。もう二度と大切な人が絶望に陥るのを見たくなかった。

 続いて何かが落ちる音が聞こえる。

 テッサがいる部屋は目の前右側の部屋だ。南京錠がかかっている。

 更に間の悪いことにアキトは後ろから見られている。

 もしここで針金で鍵を開けようものなら開けている最中に射殺されてしまうだろう。

 (くそっ!仕方ない。)

  ドギュギュゥゥン ガキキンッ ガランッ

 鍵はたった二発で壊れた。それを見てアキトを敵と判断したのだろう、右を見ると二人の兵士が銃を構えていた。

 アキトは体を後ろに逸らす。それと同時に先程までアキトの頭と胸があった位置を一発ずつ銃弾が抜けていった。

 そのままアキトは体をそらした反動を利用してテッサの捕らわれている部屋に体当たりをかけた。




 テッサが立ち上がると同時に外の鍵を打ち抜くような銃声が聞こえる。

 (多分、さっきの音を聴いて何が起こっているか敵が想像したのでしょう。

 もし、私が彼らなら部屋の鍵を取ってくるよりも壊すでしょうね。)

 それに続く二回の銃声。

 (え?今のは一体?)

  ドカッ

 頭の先から足の先まで真っ黒の戦闘服を着た男が部屋の扉を壊して入ってきた。

 そして、テッサを視認するなりに抱きついてきたのだ。

 「な、な………。」

 テッサはあまりのことに声が出なかった。

 「よかった。テッサちゃんが無事で。」

 その声を聴いた瞬間、テッサの目が大きく見開いた。

 「も、もしかしてテンカワさん?」

 震える声でテッサが言う。

 「ああ。そうだよ。迎えに来るのが遅くなってごめん。」

 そう言うとアキトはテッサから体を離し、顔を覆っていたメットを脱ぎ、後ろに向かって投げ放つ。

 メットが通路に出ると同時に数発の銃声が通路に響き渡った。

 「……近くに一人、少し離れた所に二人か。」

 そう呟くとアキトはぶち破った扉に向かい、外に向かって銃を三発ほぼ同時に放つ。

 「ぐぁっ」

 アキトがテッサに抱きついている間に近くまで忍び寄っていたのだろう。

 部屋の扉のすぐ近くに隠れていた男は三発の銃弾を受けて絶命し、床に倒れる。

 それと同時にアキトは扉からサブマシンガンだけを出すとと外に待機していた敵兵に目掛けて乱射する。

 「ぐっ」「がはっ」

 外の二人が倒れ体に数発の銃弾をくらい倒れ伏す。

 「テッサちゃん。これから脱出するから俺から離れないでね。」

 アキトはそう言って、テッサの手を握って走り出す。

 「テンカワさん。貨物室に行きたいのですが。」

 「無理だよ。今の状態でも逃げられるか危ういって言うのに寄り道なんてしたら………」

 「それでも行かないといけないんです!この船には決して目覚めさせてはいけない兵器があるんです。

 それが目覚める前に破壊しないと。これは私たちの命よりも優先して「駄目だ!!」え?」

 「それなら尚更貨物室には連れて行けない。」

 そう告げるとアキトは足を速めた。その眉間には苛立ちで深い皺が刻まれていた。




 第五捕虜室。その部屋の見張りを任されたタケダに無線が入った。

 「ん?はい、こちらタケダ。どうかしたのか?」

 『人質の娘が逃げ出したわ。彼を操舵室に連れて来て。』

 「何でこいつを連れて行くんだ?必要ないだろう?」

 『艦内放送で彼の名前と呻き声でも聞かせれば出てくるでしょう。

 艦内放送は操舵室からしか流せないし。』

 「なるほどね。」

 そう言うとカリーニンに新しい手錠を後ろ手にかけてベッドに繋がった古い手錠を外す。

 更に念を入れたのか足にも歩くのに支障がない程度の鎖がつけられる。

 そして背中に銃を突きつけ歩くように指示する。

 カリーニンは脱出の機会をうかがうが、相手もそれなりに心得があるのだろう、現在の状態では逃げ出せそうになかった。

 それでもカリーニンはチャンスをうかがって歩き続けた。

 それは数分後に起きた。

 船底から突き上げるように激しい揺れが起き、その後も続けて何度も激しい揺れが生じた。

 どこかが爆破されたのだろう。衝撃が下から来たから船底だろうか。

 更に今までよりも大きな衝撃が船を襲った。機関室を爆破したのだろう。

 その揺れのせいでタケダの銃口がカリーニンの体から外れた。

 瞬間、カリーニンは渾身の体当たりをタケダにぶつける。

 タケダの手から銃が落ちた。

 「くそっ。」

 タケダが殴り返してくるのをカリーニンは体を逸らして避け、肩の関節を一時的に外して手を前に持ってくる。

 そして、体勢が崩れているタケダの足を不自由ながらも器用に払い、倒れたタケダに全体重を乗せた肘打ちを打ち込んだ。

 「ぐほっ」

 カリーニンはそのまま体を側転させ、タケダが落とした銃を拾うと躊躇うことなくタケダの頭部に銃弾を撃ち込んだ。

 カリーニンの動きは別に素早くも力強くもなかった。しかし技術、タイミング、度胸と他の部分が他の兵士と比べて秀でていた。

 (少し傷口が開いたが問題ない。)

 体を素早く的確にチェックし、足の鎖を銃で撃ち砕くとカリーニンは爆発で混乱する船内を貨物室目指して走り出した。




  ガキィンッ ガキィンッ ガキンッ

 扉の前を何発もの銃弾が通っていく。

 「くそっ。」

 アキトがヤンに言ったようにアキトたちは追い詰められていた。

 曲がった先が袋小路で慌てて近くの部屋に入ったのだが、そこには脱出できそうな場所はなかった。

 その結果がこれである。

 扉の前の通路の先には敵兵五、六人が絶え間なく銃を撃ってくる。

 一応、応戦はしているが、狙いもまともにつけられないうえに敵兵の前のバリケードに阻まれて一向に相手を無力化できなかった。

 「仕方ない。」

 そう言うとアキトは通路に手榴弾を投げる。

 一時的に銃弾の嵐は去ったがどうせすぐに復活するだろう。

  ドゴォォォォン

 アキトが投げてから数秒後、爆発が起こる。

 そして続け様に激しい揺れが生じた。

 数回揺れが続くと、最期に一番大きな揺れが船を襲う。

 (ヤンさん、爆発大きすぎですよ。俺たちが逃げ出す前に沈んじゃったら意味がないでしょう。)

 予想よりも大きな衝撃に戸惑うが、それを隠して慎重に扉から顔を出した。

 そこには大きな穴が開いていた。

 (この船が余程オンボロなのか、それとも手榴弾が強力なのか分からないけど、これで脱出路が手に入った。)

 アキトは後ろにいるテッサに振り返ると、

 「いくよ、テッサちゃん。」

 「え?」

 テッサを所謂お姫様抱っこして、その穴に向かって飛び降りた。

 「きゃぁっ」

 いきなりの状況の変化にテッサがアキトにギュッとしがみつく。

 アキトは着地するとテッサを下ろし、すぐにその穴から離れた。

 彼らのいた位置に銃弾が撃ち込まれる。上から穴に向かって撃ってきたのだ。

 「こっちだ。」

 彼らは階段目指して走り出した。




  ドギュゥゥン

 貨物室の入り口まであと一歩の所でカリーニンの足元に銃弾が突き刺さる。

 「やはり、逃げ出したのね。」

 貨物室の入り口でカリーニンを待ち構えていたのはセイナだった。

 片手に拳銃を構えており、肩にサブマシンガンを掛けていた。

 セイナの後ろには広い空間があり、そのほとんどを一つの巨大な塊が占めていた。

 その塊の周りには様々な太さのケーブルが繋がっており、赤黒いそれは不気味に鎮座していた。

 カリーニンは静かに銃口をセイナに向ける。

 「タケダに無線かけても通じないから想像できたけどよく逃げ出せたわね。」

 「こう見えてもタフなんでね。」

 「それでここになんか用?」

 「ああ。悪魔退治に来た。もう一度聞く。君は弟を悪魔への生贄にするつもりか?」

 その問いにセイナの銃口が少し揺れる。

 「ええ。ここまで来たもの。もう引けないわ。」

 「それは姉としての意見か?それとも指揮官としての意見か?」

 「それは………」

 セイナが言いよどみ、目を伏せる。

 「そして、それは本当に武知征爾の望んでいることだと思うのか?」

 「っ、そんなこと分からないわ。それにもう全て遅いのよ。タクマはもうアレの中にいる。

 あなたならこの意味が分かるわね?」

 そうセイナが言って背後の<ベヘモス>に視線を送った、次の瞬間。

  ドゴォォォン

 今までで一番大きい爆発が船を襲った。

 それと同時にカリーニンの背後から水の流れる音が近付いて来た。




 階段には待ち構えていたように大量の兵士が銃を構えてこちらに銃口を向けていた。

 アキトたちの背後からは複数の足音が迫ってきている。

 「くそっ。」

 アキトは舌打ちを打つ。

 (考えろ。サブマシンガンは弾切れ。手榴弾ももう無い。どうしたらいい?一体どうしたら……。)

 そのとき、階段の上で異変が起きた。

  ガガガガガガガ

 マシンガンというよりもガトリングガンをぶっ放したような音が通路に響く。

 その音が止むと、階段を下りてくる足音が聞こえる。

 アキトは拳銃を握りなおす。

 「大佐!!無事ですか!!!」

 そう言うと同時にヤンが飛び出してくる。

 「「ヤンさん!」」

 「よお、アキト君。大丈夫かい?」

 「ええ、大丈夫です。ヤンさんこそ大丈夫ですか?」

 「ああ。それよりも急ごう。大佐は俺の背中に乗ってください。それと俺が良いというまで目を閉じていてくださいね。」

 テッサに会って元に戻ったのか、ヤンの顔は好青年の顔だった。

 行動にも落ち着きがあり、危なっかしい所が何所にも無い。

 階段を上るとそこは惨殺場だった………

 無数の穴が開き肉塊となった人が大量に倒れている。

 その上を通ると血の匂いでむせ返りそうになる。

 歩くたびにグニャッとした感触が足の裏に感じ、ピチャピチャと血の跳ねる音がする。

 そこをヤンとアキトは猛ダッシュで駆け抜けた。

 あのような所に長居はしたくなかったし、テッサにあのような場所を見せたくないという気遣いだった。

 いくら立ち直ったとは言えどテッサは人の死を初めて見てからまだ数時間しかたってないのである。

 もしこの惨状を見ていたら確実に胃の中のものを全て吐き出していただろう。

 二人はそのまま階段を上り続け、とうとう甲板までたどり着いた。

 甲板は浸水のせいで少し傾いているが普通に歩ける程度だった。

 「ヤンさん、爆発の割には沈みませんね。」

 「ああ、それは俺たちが逃げるまでに沈まれちゃ困るからゆっくりと沈むようにした。」

 「あの、まだ目を開けちゃいけませんか?」

 律儀に目を閉じていたテッサが問いかける。

 「ええと、もう開けても良いんですけど今から少し高い所から降りますからそれまで目を閉じてたほうが良いと思いますよ。」

 笑いながらヤンが答える。

 「ええと、わかりました。」

 「さて。」

 ヤンが甲板を見回す。甲板にいた敵兵は皆スタンガンを喰らったように気絶していた。

 多分、マオが前もってM9に付いている電磁銃で気絶させといたのだろう。

 ヤンがお目当てのものを見つけたようだ。それは縄梯子だった。

 「俺が敵が来ないか見張っていますから、ヤンさんが先に下りてください。」

 「わかった。」

 ヤンはテッサを背負っているにもかかわらずスルスルと降りていく。

 それに続いてアキトも降りる。

 「もういいですよ、大佐。」

 ヤンはそう言いながら、テッサを下ろす。

 「ヤンさん、ありがとうございます。」

 「いえ、俺は当然の事をしただけですよ。それよりも早くここから離れましょう。」

 そう言ってテッサの手をつかんでヤンが走り出す。アキトもそれを追って走り出した。

 十分距離が取れたところで船が爆発した。

 正確には船尾が船底から爆発し物凄い勢いで沈んでいく。

 「どういう仕組みなんですか?時限式ですか?」

 アキトがヤンにたずねる。

 「いや、発信機の応用でこれから一定の電波が出ていてそれが感知できなくなるとドカンって仕組み。」

 そう言いながらヤンがネックレスを顔の前に掲げてブラブラさせる。




 それは一瞬だった。

 「姉さん!!」

 タクマはコックピットの中でそう叫んだ。

 物凄い衝撃の後、貨物室に通じる通路全てから大量の水が流れ込んできた。

 セイナのいた通路も例外なく流れ込んできてセイナの姿はもう確認できない。

 「……姉さん?嘘だよね?死んでないよね?これが終わったら二人でゆっくりと暮らそうといってたじゃないか!?

 姉弟水いらずで暮らそうって言っていたじゃないか!?そんな!そんな!!ああああああああああああああああああ!!!!」

 タクマは混乱に陥っていた。

 それに合わせてベヘモスが起動する。

 しかし、混乱したタクマにベヘモスを扱うのは無理だった。

 そのまま仰向けに倒れ、手足をじたばたさせる。そのせいで貨物室の壁は壊れ崩壊寸前だった。

 『タクマ!!落ち着け!!こんなことしてセイナが喜ぶと思っているのか!!』

 『セイナ』の名前が出たときベヘモスの動きがピタッと止まる。

 『いいか!タクマ!セイナが喜ぶ事を考えてみろ!!それはこの世界の崩壊だ!!冷静になって考えてみろ!!』

 「………わかった。作戦通りこの街を火の海に沈めてやるよ!姉さんへの手向けに!!」

 『この爆発は捕虜を助けに来た奴がやった。セイナと交渉してた奴が生きていたらしい。』

 「………」

 ベヘモスが無言で起き上がる。

 その巨体はすぐに天井がつかえ、天井を破り、更にその上の階の天井も破りとうとう甲板までも突き破ってベヘモスは初めてその姿を外気にさらけ出した。

 それはまるで悪魔が卵から生まれたような光景だった。






 後書き

 作:お久しぶりです、nelioです。

   テスト前のせいか、やたらSSがはかどって戸惑っています。

   何でテスト前って勉強以外のことしたくなるんでしょうね?マオさんどう思います?

 マ:……なんかいつもと雰囲気が違うわね。

   それとあたしテストしたの何年か前だからもう覚えてないわよ。

 作:そうだね、おばさんはほっとい…ぐはぁぁっ

    ドグゴッ

 マ:今、なんていったのかしら?

 作:い、いえ。マオさんは聡明ですからテスト前はしっかりと勉強していらしたのではないかと言いました。

 マ:ふ〜〜ん。ね、かなめ。あんたはどうなの?

 か:え?あたしですか?あたしよりも宗介のほうが面白そうじゃないですか?

  ピポピポポ

 宗:『む、どうした?千鳥。』

 か:宗介?あんた今何やってんの?

 宗:『M9に乗って千鳥を探している。』

 か:いや、本編の話は良いから。

 宗:『ヒントか何かくれないか?一向に見つからん。君の安否が心配だ。』

 か:いや、その、心配してくれるのは嬉しいんだけど。今は後書きであって………

 作:青春ですねぇ、マオさん。かなめ、顔を赤らめてますよ。

 マ:そうねぇ、宗介も思ったことそのまま言うから。

 か:外野!うるさぁい!!

   スパァァァァン

 作:ぐはっ(何故、私だけ!?)

 宗:『千鳥、何かあったのか?君のハリセンの音が聞こえたが。』

 か:気にしないで。そうそう、それであんたはテスト前って勉強以外のことしたくならない?

 宗:『………そうだな。何故かテストの前は任務が入ってくるが、そういうことか?』

 か:それは違うと思うけど。そういうことじゃなくてテスト前に急に部屋の掃除がしたくなったりとか模様替えがしたくなったりしない



 宗:『ナンセンスだな。「やるべきときにやるべき事をやる」それが戦士の鉄則だ。』

 か:そ、そう。(クルツ君を見ている限りそうは思わないけど………)

 宗:『もういいか?少しでも早く君を見つけなくては。』

 か:う、うん。がんばってね。

   ピッ

 か:………なによ、そのいやらしい笑みは。

 作:いえ、なんでも。

 マ:かわいかったわよ、かなめ。

 か:……それは置いといて、ヤンさんのあの性格なんなんですか?

 作:話を逸らしたな。

 マ:あたしとしてはかなめと宗助のラブラブ話のほうが良いんだけどな〜。

   ギンッ

 作:あ、あれはな、原作でヤンって特に特徴がないんだよ。

   まともに出てきたのは<終わるデイ・バイ・デイ>だけだし。

   しかも出番悲しいぐらいに少ないし。ある意味フルメタでジュン君に当たる人かもしれない。

 か:それであの性格?

 作:うい。だけど一応「火のないところに煙は立たぬ」という諺通り、あのような性格にも元がある。

   「あてにならない六法全書?」の「女神の来日」でテッサにスクール水着を勧めたり、

   「ドラゴンマガジン」に記載された「フルメタ見聞録」ではテッサの身長、体重、3サイズを知っていたりしたので。

 か:へ〜、それじゃあストーカーじゃない。テッサも苦労するわね。

 マ:だけど、「フルメタ見聞録」の4コマ漫画はオフィシャルじゃないと思うけどね。

 作:こちらとしても始終あの性格じゃ可哀そうだと思いましてテッサがピンチのときだけああなります。

   ちなみに戦闘力は自分の死もいとわない性格になるためかなり増加します。

 マ:今回の話の「階段でのガトリング惨殺」の言い訳ね。

 か:だけど本編では怪我をしているみたいな描写が全くなかったけど………

 作:結果的の反撃前に倒して余り酷い怪我は追ってないけどね。今回は。

 マ:あくまでご都合主義ね。

 作:小説なんてご都合主義の倉庫みたいなものだし(爆)

 か:それはあんたのだけだと思うわ。

 マ:なんか今回も収拾がつかないわね。

 作:だね。どうしてこうなるかな?

 か:それだけあんたが未熟だってことじゃないの?

 作:ウ…

 マ:読んでいただいた皆様ありがとうございました。

 作:あ、勝手に締めに入ってるし。

 か:感想を送っていただいたすあまさん、ノバさん、ナイツさん、T.Kさんありがとうございます。

   遅筆で飽きっぽい作者(通称ダメ人間3号、知能の高いナマケモノ)がこうして続けていけるのも皆さんのお陰です。

 作:ではまた〜



注:この後書きは本編と全く関係はありません。



管理人の感想
nelioさんからの投稿です。
いやー、ヤンさんすっかり壊れちゃって(苦笑)
ま、彼も能力が一流という条件の元で、スカウトされた人物ですからね。
あれだけのスキルを持っていても、おかしくはありませんが・・・でも、ねぇ(笑)
ソウスケとカナメは後書きだけの登場ですしね、目立ちまくりですよヤンさん。







普段目立たないキャラが目立つと・・・・後半不幸になりやすいんですよねぇ(ぼそっ)