2201年、『火星の後継者』の反乱はナデシコCの活躍により鎮圧された。

 『火星の後継者』の大半は拿捕されたが、テロリスト『テンカワ・アキト』は捕まらなかった。

 テンカワが再び表に現れたのはその半年後のことだった。

 テンカワ・ユリカとホシノ・ルリをさらったのだ。

 世間では「ホシノ少佐のシステム掌握術狙い」だとか「世界征服を狙うか」などと騒がれた。

 しかし、実際は二人の救出のためだと思う。

 ユリカは現存する数少ないA級ジャンパーであり、しかも遺跡とのコンタクトに成功した唯一の人物だ。

 当時、彼女は連合軍の徹底された監視下の元保護されていたが、それも安全とは言えなかった。

 軍の中には「再びミスマル・ユリカを遺跡との翻訳機にしよう。」などというふざけた事を言い出した幹部もいた。

 ミスマル・コウイチロウのお陰でそのような横暴は許されてはいないが、それも何時まで持つかは分からない。

 ホシノさんは「火星の後継者」鎮圧のとき以来、連合軍の幹部達に危険視されていた。

 ホシノさんのシステム掌握術は強力でどれだけブロックしようとしても防げなかった。

 また、ホシノさんは人望が厚く幹部達にとって自分達の地位を脅かしうる存在でも在った。

 ホシノさんもミスマル提督の庇護の下、安全では在るが彼が引退したと同時に幹部達は彼女を潰しにかかるだろう。

 彼女達の境遇をどのようにしてテンカワが知ったのか知らないが、彼は二人をさらい再び姿をくらませた。

 あれから6年。連合軍の必死の捜索にもかかわらず、彼らの足取りはいまだつかめていない。

 なにせ、A級ジャンパーとマシンチャイルドが二人ずついるのだ。

 しかも、ユーチャリスは単独ジャンプ及びシステム掌握が可能というナデシコCに負けないほど高性能な戦艦である。

 彼らがその気になれば永遠に逃げ続けることが出来るだろう。

 僕はテンカワのターミナルコロニー襲撃から始まった一連の『火星の後継者』に関する記事を集めたファイルを閉じると溜息をついた。

 そして、椅子の背もたれに体重を預けて伸びをする。

 そのとき、左手につけていたコミュニケが目に入った。

 コミュニケはこの数年、破竹の勢いでで広まった。

 今では一人一個は当たり前である。

 最近では工事現場でもエステバリスを見かけるようになってきたし、普通の輸送船でもディストーション・フィールドを搭載している。

 時代の移り変わりを思い返して思わず苦笑してしまった。

 いつの間にか三十路を超えてしまい、時代の移り変わりを意識するような年になったのだと自覚する。

 ただ、三十路を超えた今でもよく20代前半と間違えられるが……。

 苦笑しながらコミュニケを操作してメールソフトを起動する。

 その受信トレイの中には、一つだけ5年前のものがある。

 件名は「ユリカだよ〜〜〜」である。

 ユリカがさらわれてから一年後に送られてきたメールだ。

 これを受け取ったときは本当に驚いた。




 当時、僕はユリカの捜索に一生懸命だった。

 そんなある日、徹夜明けでコーヒーを飲みながらメールをチェックしてみると例のメールがあったのだ。

 思わず、コーヒーを吹き出してしまった。

 「な、な、な………」

 いきなりのことで声も出ない。

 目をこすってもう一度ウィンドゥに目を向けるが、確かに件名は「ユリカだよ〜〜〜」となっている。

 震える指でそれを開く。

 『やっほ〜〜〜、ユリカだよ〜〜〜。ジュン君元気〜〜?ユリカは元気だよ〜〜〜。』

  ずでっ

 椅子から転げ落ちてしまった。

 (『やっほ〜〜〜』はないだろ、ユリカ……。)

 ウィンドゥには20代前半(に見える)の黒い長髪の女性―――ミスマル・ユリカが手を振っている。

 その顔は明るく、僕が最後に直接会った時よりも生き生きとしていた。

 『今ね〜、私とアキトとルリちゃんとラピちゃんの四人で暮らしてるんだよ。

 ラピちゃんはねぇ、ピンクの髪の毛の可愛い娘なの。

 紹介してあげたいんだけど、今日は私を残して皆で買い物に行ってるんだ。』

 本当に楽しそうな顔で話し、最後だけ肩を落とすが、それでも顔は微笑んでいる。

 (僕がこの一年間どれだけ心配したかユリカは考えたことがあるのだろうか?)

 ユリカたちがさらわれた後、テンカワから連合軍に対して犯行声明が送られてきたがそれが騙りでないという保証は何所にもなかった。

 テンカワは軍の上層部では有名だったので、誰かがテンカワに罪を着せて彼女達をさらったとしてもおかしくなかったのである。

 しかも送られてきたのは文章だったので声で確認をするという方法は出来ない。

 また、ワープロなので筆跡鑑定も無理。

 世間ではテンカワが犯人となって報道されているが実際は未確定なのである。

 そういう訳で僕はこの一年間、ずっとユリカたちの行方を追っていたのである。

 『ねぇねぇ、聞いて聞いて。この前とうとうアキトが笑ったんだよ。

 だけど笑った理由が酷いの。

 ダッシュの調子が悪くてルリちゃんとラピちゃんが忙しかったから…あ、ダッシュはユーチャリスのメイン・コンピューターだよ。

 ええと……そうそう、それで二人が忙しかったから私が料理したの。』

  ぶほっ

 また、コーヒーを吹き出してしまった。

 (う、ユリカの料理………)

 ナデシコ時代の苦々しい思い出が脳裏に浮かぶ。

 『そしたら《ユリカの料理を食べれるんだから味覚がないのも悪くないな》って言うんだよ〜。

 酷いと思わない?それじゃあ、私の料理が味覚があったらまずくて食べれないみたいに聞こえるよね。プンプン。』

 (………。

 今更だけど自覚がないのか………。)

 『ただいま。

 あ、皆が帰ってきた。じゃあ、またね〜。』

 手を二、三回振ったところで画像がぴたっと止まる。

 メールが終わったのだ。

 なんとも能天気なメールだと思わずため息をついた。

 逆探知されると考えなかったのだろうか?

 試しに逆探知をかけてみるが、差出人は不明になっている。

 それを確認してホッと一息つく。

 一応、連合軍でもかなり高性能なソフトを用いたのだが逆探知は無理だったのだ。

 それでも安心だとは言えないが最低限の事はやっていることがわかった。

 ま、テンカワたちが帰ってきたようだし。

 その気になったらすぐに行方がくらませられるだろう。

 もう一度ため息をつくと僕は背もたれに体を預けた。




 あれからユリカからのメールはもう来てない。

 たぶんホシノさんに叱られたのだろう。

 僕に迷惑をかけたと思って。

 オモイカネ・ダッシュは6年経った現在でも世界最高クラスのコンピューターだろう。

 それにマシンチャイルドが二人。

 逆探知をしようとしても勝ち目は全くない。

 危険度が高いのは僕のほうだ。

 僕はこれでも軍人である。

 このメールは大丈夫だったが、次のメールは軍に知られるかもしれない。

 知られたが最期、テンカワたちと繋がりがあるとして尋問にかけられるだろう。

 聡明なホシノさんのことだ。それぐらいはすぐに気づくと思う。

 考えを巡らせながらユリカのメールを見ていると、

 「ジュ〜〜〜〜〜ンく〜〜〜〜ん!!」

 ユキナの声が聞こえてくる。

  ガーー

 僕の部屋の扉が開く。

 一応ノックはして欲しい。

 「あ〜〜!!またそのメール見てる!!!」

 ユキナがウィンドゥを指差す。

 「い、いやこれは、その、昔を懐かしんで……」

 慌てる必要がないことは分かっている。

 だけどユキナに迫られるとその、何と言うか…ねぇ。

 「ジュ〜〜〜ンく〜〜ん。」

 恨めしそうにユキナが迫ってくる。

 (ああ、目が据わってるし……)

 なんか背景に《ズゴゴゴゴゴゴゴ》って文字が浮かんで見える気がする。

 そして僕と顔がぶつかるぐらいに迫ってきて急にシュンっとなる。

 「ねぇ、ジュン君。もしかしてまだ未練があるの?」

 少し身を引いて目に涙を溜めながら上目遣いで見上げてくる。

 (ユキナもこの数年でしおらしくなった。)

 と、感慨深くなるが、今はそれどころじゃない。

 「ち、違うよ。皆、元気かな?って思っただけで。

 それに……その………」

 その間にもユキナは上目遣いで僕の事を見上げてくる。

 「………その………僕はユキナのことが好きだから!!」

 顔が暑い。

 自分の顔が真っ赤になってるのが想像できる。

 ユキナを見ると顔を下に向けて肩を震わせている。

 次の瞬間、僕の部屋はユキナの笑い声に包まれた。

 「あははは、ジュン君、本当にこういうのに弱いんだね。あはははは。」

 (前言撤回。こんなことだろうと思っていた。

 ユキナが嘘泣きをするのは今回が初めてではない。

 しかし、嘘泣きだと思っても心配してしまうんだよな、僕って。) 

 肩を落とす僕の唇に軽く何かが触れる。

 僕は驚いて目を開ける。

 予想通り僕の目の前にはユキナの顔があった。

 その顔はイタズラが成功した子供のような笑顔が浮かんでいる。

 ……我ながらそのままの描写だ。

 「でもね嫉妬を感じるのは本当だよ。私たち来月に結婚式挙げるんだよ!

 それなのに新郎が他の女のメールを顔を緩めて見ているのはどうかと思うんだけど?」

 そうなのだ。僕たちはとうとう来月結婚する。

 ユキナは

 『高校出たらすぐ結婚だ〜。』

 とか言っていたけどミナトさんが反対したのだ。

 『せめて、大学出てからにしなさい。』

 この言葉に従って、残り後わずか一月。……長かった。

 同僚にはロリコン王とからかわれ、ユキナの友達にはおもちゃにされ、両親にはショックで倒れられ………。

 本当にユキナに振り回されっぱなしだった。

 それも今となっては良い思い出……なのかもしれない。

 たぶん結婚すれば周りもユキナも落ち着くだろう………きっと。

 「うん。だけど本当に未練はないから。」

 「分かってるって。そうそう、ミナトさんが一緒にご飯食べないか?って。」

 「ああ、ご一緒させてもらうよ。」

 「なら、七時に『日々平穏』に集合ね。」

 「うん、分かった。」

 ユキナが手を振って部屋から出て行く。

 それを見送ると僕は残っていた作業に取り掛かるためユリカのメールを閉じた。

 さっき言ったようにユリカに未練はほとんどない。

 あるとすれば僕たちの結婚式に彼らを呼べないことだけだ。






 後書き

 あけましておめでとうございます(遅すぎですね)nelioです。今回は私にとって初の公開した短編『ユリカの手紙』を書きました。

 ナデシコの中で私が好きなキャラのトップに位置するジュン君とユキナのSSです。

 すいません、調子に乗ってジュン君とユキナの結婚一月前などという設定です。

 ジャンルはなんなんでしょう?

 シリアス、ギャグ、ダーク、ラブコメ……どれも当てはまらないような気がします。

 強いて言えばほのぼのでしょうか?

 あと、今回書いていて初めて気がついたのですが、

 ユキナってルリと同い年なんですね。

 今まで気がつきませんでした(汗)

 そうなると、ジュン君はアキトよりも2こ上ですから……うあ、ジュン君って思いっきりロリコン!!(核爆)

 9歳差は犯罪だと思いますよ。

 誕生日の情報はないので分かりませんが、誕生日によっては10歳差になる可能性も………。


 あと『With Mithril』はもう少しお待ちください。

 なんか一月以上更新が止まってますが決して投げ出したりはしませんから。

 ただ、本物とあまり変わってないので四苦八苦しているだけです(汗)

 感想を下さった、すあまさん、浅川さん、谷城さん、v&wさん、危険地域さん、ノバさん、本当にありがとうございます!

 遅筆な私ですが今年もよろしくお願いします。

 

 

代理人の個人的な感想

ごちそうさま、良いお話でした。

短編(というより掌編かな)というのはこんなものでいいかなと言う気もします。