機動戦艦ナデシコ

時の流れに

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CROSSROADS BLUES

プロローグ#1

 

 木星蜥蜴の火星侵攻から、すでに12ヶ月が経過していた。

 とは言っても、一般人にとってみれば、時たま襲ってくる得体の知れない機動兵器が多少目障りだ、くらいの感覚である。言ってみれば、それが日常、ということだ。

 なんにせよ、生活しなければならない。食うためには金を稼がなくてはならない。金を稼ぐためには、仕事をしなくてはならない。

 そんなことで、どれだけ危険であろうが、体調が悪かろうが、仕事を休むわけにはいかないのだ。

「そういや、なんだか知らないが、頭痛もひいてきたなぁ。」

 フルフェイスのヘルメットの奥から、なにやら声が聞こえた。

 声がするということは、少なくとも「人間」なのだろう。たとえ、「彼」が、もはや骨董品レベルである、ガソリンエンジンの大型バイクに跨っていたとしても。

「まぁ、いいか。朝は死ぬほど痛かったけど。」

 とりあえず、深いことは考えないタイプの人間らしい。「彼」は、バイクのスロットルを開けると、制限速度以上のスピードで走り出した。

 「彼」の仕事はバイク便。すなわち、軽い荷物の運送屋だ。骨董品のバイクで運送するのは、社長曰く、「お客様へのサービス」らしい。多分、趣味だ。

 燃料電池の車が、世界の自動車市場を席巻してから軽く半世紀。今時、ガソリンエンジン車を使っているのは、せいぜい一部の金持ちだけだろう。なにより、ガソリンの値段は一リットルあたり1000円と、バカ高いのだ。

 勿論、それらの値段は、全て運送料に入っている。つまり、バイク便を使用する連中は、すべからく金持ちか、戦時成金のどちらかだ。「彼」にとってみれば、ありがたいことであるが。

 「彼」が走っているのは、原っぱを突っ切る、だだっ広い道である。自動操縦機能の普及により、信号が過去の遺物となってしまってから、過疎地の道は、大体がこんなものである。といっても、ここは軍港のあるサセボへと続く道なのだが。

「聞いていた以上に、何もないな。ホントにこの道でいいのかよ。」

「彼」は一旦、炉端にバイクを止めると、ヘルメットを脱いで愚痴りだした。そして、ジャケットのポケットから携帯用のGPSを取り出して、道を確認する。

 「彼」は、一言で言うならば、「不良」であった。両手のライダースグローブはともかくとしても、黒いジャケットに、だぶだぶの、ダメージの入ったジーンズ(チェーン付き)。ジャケットの下のTシャツは、お世辞にも上品とはいえないプリントが施されていた。それに、胸元で揺れるシルバーのネックレスと、耳のピアス。極めつけは、明らかに、生まれつきのものではありえない銀髪。

 顔だけ見れば、切れ長の双眸と、薄い唇、シャープな鼻など、少々キツめの美形なのだが、服装が全てを台無しにしている。

 時代遅れのパンク・キッズという感じである。いまや、パンクはクラシックだ。

「一応、これでいいことになってるんだな。てか、何が悲しくて、こんな土地に軍港作るんだ? …あ、何も無いからか。」

 なにやら一人で納得すると、「彼」はまた、バイクに跨り、エンジンをスタートさせた。

 うららかな、春の陽気を打ち砕く排気音。はっきり言って、邪魔だ。

 しかし、「彼」は何を思ったのか、せっかくスタートさせたエンジンを切ると、原っぱの向こう側に向かって走り出した。

 そこには、人が一人倒れていた。

 その人物は、黒尽くめだった。上着から、スラックスに至るまで。さらにこの暖かいのに、黒い外套を羽織り、その上、黒いバイザーをしている。

 どこからどう見ても、真っ当な仕事の人物には見えない。春の陽気に誘われた、変質者の類いを思わせる。

 だが、「彼」はそんなことに頓着しなかった。昔、いろんな「仕事」を経験したとき、これ以上の人物と、何度も顔をあわせたことがあったから。

「おい、大丈夫か!」

 「彼」は、脈拍と呼吸の有無を確認すると、大声で呼びかけた。

 「彼」の意図は、結果的には果たされた。この人物が覚醒したことは確かなのだから。

 ただし、起きると同時に殴られるとは、さしもの「彼」も予測の範疇には無かった。

 そいつの拳は、寸分の狂いも無く、「彼」の顎を狙っていた。直撃を受ければ、脳震盪ではすまないほどの速度だ。

「あ、あぶねぇだろうが! 命の恩人を殴るか、普通?」

紙一重だった。とっさに顎を反らしていなければ、「彼」は帰らぬ人になっていたかもしれない。

「…起こしてくれと、頼んだ憶えは無い。」

「そうかい? じゃあ、もうちっと寝てるか? ともすれば、永遠に。」

 「彼」は、両腕をダラリとたらして、戦闘態勢をとった。修羅場慣れしていたので、こういう時の対処法は心得ている。

 すなわち、「先手必勝」だ。

 喧嘩には、格闘技と違ってポイントやギブアップなど存在しない。ただ、最後に立っていた奴の勝ち。

 そのような状況下では、最初の一撃がモノを言う。最初から腹に銃撃を食らえば、どんなに強い奴でも負ける。

 先ほどの一撃で、「彼」は目の前の人物の力量を見定めていた。間違いなく、自分より強い。

 棒立ちの体勢からでも、感じる殺気が違う。一切の隙が存在しない。

(久しぶりだな、この緊張感。)

   知らないうちに、唇に笑みが浮かぶ。ともすれば、自分が殺されるかもしれないのに。

冷や汗が滝のように流れる。しかし、それすらも今の彼からしてみれば、緊張感の中のスパイスのようなものだ。

 緊張は、突然に破られる。

 それを行ったのは、たった一つのスーツケースだ。

 痛そうな音をたて、「彼」の頭に着弾した。

「ぐあ………」

 直撃だ。しかも、後頭部。常人なら、頭蓋骨陥没で死んでいてもおかしくない。

 「彼」は、大地に接吻した。ただし、彼は回教徒ではないので、結構、不本意な接吻ではあるのだが。

「すみませぇーーーん!! 大丈夫………じゃなさそうですね。そちらの方。」

 勿論、「大丈夫」なはずが無いのだが、別に死んでいるわけではない。

「あの… どこかで会ったことありませんか?」

「…気のせいですよ。」

 どうやら、怪我人の上で、らぶコメが始まったらしい。「彼」はおいてきぼりのようだ。

「大丈夫かい? 後頭部を強く打ったようだけど…」

「………心配してくれる人がいて助かったよ。」

 「彼」を助け起こしてくれたのは、どうやら男のようだった。「どうやら」というのは、彼?がはっきり言って女顔だったからだ。体格も細身で、抱きかかえられたときに、意外と鍛えられた胸板に触れなければ、「彼」は彼のことを女性だと思っていただろう。

「目立った外傷は無し……… あれの直撃を受けたのに?」

 彼は相当驚いたようだ。「彼」は男クサイ笑みを浮かべて言った。

「気合いが違うのさ。」

 彼は、納得は出来ていない様子だったが、とりあえずその問題を無視した。

「僕の名前は、アオイ・ジュン。もし、後遺症とかが残ったら、ここに連絡してくれ。」

 彼(ジュンというらしい)は名刺を渡すと、乗ってきたらしい車(勿論、燃料電池車だ)に向かって駆け出した。思いっきり「彼」を無視した人物は、すでに車に乗り込んでいる。

 その途中で振り返ると、ジュンは大声で叫んだ。

「君の名前はぁー!」

 「彼」は、どこかのレディースコミックに出てきそうな光景に苦笑しながら、叫んだ。

「縁があったら、教えてやるよぉー!」

 ジュンはそれに苦笑で返し、車の中へと消えた。

 彼らを乗せた車が消え去るのを待ち、彼は自分のバイクへと向かった。

「全く、俺にしては珍しい親切が裏目に出るとはなぁ。今日はとんだ厄日だな。」

 「彼」はヘルメットを被ると、今度こそ本気でエンジンをスタートさせた。

 厄日云々よりも、今日の生活である。今回、給料がカットされたら、日干しになるしかない。そして、お届け約束の時間には、本気で走らないと間に合わない。

 黒尽くめの人物は、いつのまにか消えていた。

どうやら、「彼」の厄日はまだまだ続くらしい。

 

 ………数時間後

 

 何とか規定の時間に荷物を届け、餓死の悪夢から逃れることが出来た。

「本気で厄日かよ。 ………冗談、止してくれ。」

 しかし、「彼」の行く手には、未だ困難が待ち受けていたのである。

 すなわち、ガソリンの枯渇。

 燃料電池車ならば、ガソリンスタンドにいけばなんとかなる。都会のガソリンスタンドになら、その名に恥じず、「ガソリン」を扱っているスタンドもあるだろう。

 だが、哀しいかな、ここはサセボ。軍港以外には、それこそ何にも無い。

「怨むぜ、あの糞親父…」

 幾ら依頼主(高級軍人)に毒ついても仕方ない。

 「彼」の乗っているバイクは、YAMAHA VMAX。限定解除の大型だ。重量は300キロを上回っている。その上、運送事務所は、ここから大体、70キロの地点。

 押していくのは、事実上、不可能だ。

 ふと、横を向いた「彼」の瞳に、なんだかよくわからない、軍の施設が見えた。

 守衛さんが二人、こちらを不思議そうに眺めている。

「………軍なら、ガソリンくらい余ってるよな。」

 ふと、そんなことを思いついた。

 

………数分後

 

「何でこうなるんだろうな…」

 「彼」は、今は独房の中。ガソリンについて守衛二人とひと悶着起こし、殴り倒したら、こういう結果になったのだ。

「今日はトコトン、ツイてねーなぁ…… これって、まさか銃殺刑とかっつーオチかよ。」

 無論、そんなわけは無い。自分で言っていて恥ずかしくなったらしく、「彼」は煎餅布団に包まって、昼寝を決め込んだ。

 そんな「彼」の独房に向かい、規則正しい足音が近づいてきた。

 その足音の主は、「彼」の独房の前で止まると、格子戸越しに名刺を渡してきた。

「初めまして。私はプロスペクターと申す者でございます。以後、お見知りおきを。」

 「彼」は名刺を受け取ると、苦笑を浮かべた。

「プロスペクター? 舌、噛みそうな名前だな。」

 プロスペクターは、少し微笑すると、虫も殺さないような声色で話し始めた。

「いやいや、プロスで結構です。ところで、貴方のお名前は?」

 「彼」は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「言わなきゃ、ダメかい?」

 プロスは、これまた微笑し、

「いやいや、無理には結構ですとも。それに、ほら、世の中にはDNA鑑定装置という素晴らしい装置がありますし。」

 と言った。どうやら、有無を言わさず本名が知りたいらしい。

「仕方ないな。はいよ。」

 「彼」は髪の毛を引き抜き、プロスに渡した。

「ご協力、感謝いたします。」

 プロスは、しばしDNA鑑定装置の表示をチェックしていたが、不意に驚愕すると(後に「彼」は、これがかなりレアな表情であることを知る)、「彼」に向かい、声を荒げた。

「ど、どういうことですか! 貴方が、『テンカワ・アキト』だなんて!!」

 「彼」は、肩をすくめた。

「俺も認めたくないがね。」

 プロスはその答えには、満足しなかった。

「そんなはずはありません! もう、『ナデシコ』には、『テンカワ・アキト』が搭乗しているのに………」

「はぁ? 俺がここにいるのに? 同姓同名の誰かじゃないのか?」

 「彼」―テンカワ・アキトはいぶかしんだ。

「いえ、DNAも全て同じ、『テンカワ・アキト』です! 別人であることなど………」

 うろたえるプロス。

「じゃあ、何かい? そっちの『俺』はその『ナデシコ』とやらの何かなのかい?」

 プロスは、返事の変わりに、決定打を口走った。

「ぁぁ、もう元々勤めていたらしい会社にも退職願いを出し、アパートも解約手続きが済んだばかりなのに………」

「………待てコラ。今、なんて言った?」

 アキトの声に、殺気がこもった。しかし、プロスは気がつかない。

「ですから! もう退職願いもネルガル名義で提出しましたし、アパートの解約手続きも済ませたと………」

「あのさ、プロスっての。」

 ついに、アキトの声に込められた殺気に、プロスが気づいた。プロスの顔に冷や汗が浮かぶ。

「ちゃんと、就職先、世話してくれるよな。」

 アキトの顔に笑顔が浮かんだ。しかし、目は全く笑っていない。元々、鋭角で形成された顔だ。そういう表情をされると、ものすごい迫力がある。

 プロスの頭が、無意識のうちに上下する。アキトは、満足げな微笑を浮かせると(でも、やっぱり目は笑ってない)、気づかれないように溜息をついた。

(やっぱ、今日は厄日だわ………)

 彼の思いは、大きく裏切られることになる。なぜなら、これはまだ、序の口に過ぎなかったのだから。

 

                      (プロローグ #1 終了 #2に続く)

 

 

 

代理人の感想

うーむ、HomePageBuilderもけっこう凄いタグ吐き出すんだなー、と全く関係ないことを考えつつ。

 

「火星侵攻からうんぬん」だけだと現状がちょっとわかりにくかったかなぁ。

私だけ?

後、どうして「ネルガル名義で辞表を出した」のが「ナデシコの俺」じゃなくて自分の事だと思ったんでしょ?

話の流れからして、ガソリンの事でもめて独房に叩き込まれた人の辞表だとは到底思えないのですが。