機動戦艦ナデシコ

時の流れに

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CROSSROADS BLUES

 

第六話

KILLING IN THE NANE

 

「なあ、テンカワ。お前って凄腕だな。」

 リョーコがアキトに向かって言った。

 ここはナデシコの休憩所。彼女と彼の右手には、それぞれスポーツドリンクが握られている。

 先程の木星蜥蜴との戦闘で、アキトは「チューリップ」を一隻落としていた。無人兵器の撃墜数も、出撃した連中のなかでは一番多い(アキヒトとヤマダは出撃していない)。

「練習すれば、誰でも出来るよ。リョーコちゃん。」

 アキトはそう言って、笑顔を浮かべる。

 リョーコはそのアキトを見て、真っ赤になる。

「どうでもいいけど、私たちがいること、気がついてる? リョーコ?」

 リョーコの後ろで、イズミが呆れた表情で立っている。その横にいたヒカルは、何故か浮かない顔をしていた。

 リョーコは耳まで真っ赤になる。イズミは溜息をつきながら言った。

「ラブコメをするなら、誰もいないところでしなさい。さもないと、要らない嫉妬を買うわよ。」

 そこまで言った所で、廊下から足音が聞こえた。

 暫くして姿を現したのは、アキヒトとヤマダの二人だった。

 ヤマダはヒカルを見ると、バツの悪そうな表情をした。ヒカルも同様だ。

「お水ぅ〜、お水ぅ〜、っと。ん? 何でお前ら、此処にいるんだ?」

 アキヒトが怪訝そうな表情で言った。ほろ酔い加減らしく、イズミを見ても及び腰にならない。

「てか、何でお前らが此処に来るんだよ!!」

 リョーコが叫んだ。顔は真っ赤なままだ。

「水割りのミネラル・ウォーターが切れたんで、買いに来た。」

 アキヒトがしらっとした表情で言った。アキトは妙な表情をして言った。

「俺たちが出撃している時に、飲んでいたのか? お前は?」

 アキヒトはその問いに対し、人の悪い笑みを浮かべて言った。

「お前、俺たちを何だと思っている? お前らがどうだかは知らないが、俺とヤマダは傭兵みたいなモンだ。気に入らない戦闘に出る義務は存在しない。この答えで気に食わないのなら、有給を使ったとでも思え。その間、何していようが俺たちの勝手だろ?」

 アキトは苦虫を噛み潰したような表情をした。

「お前は、何でそう協調性が無いんだ! お前の所為で、仲間が死ぬかも知れないんだぞ!!」

「こんな処で死ぬんなら、それだけ運が無かったってことだろ? 俺が出ていても死ぬ奴は死ぬさ。」

 アキヒトは表情を消して言った。アキトは彼の胸倉を掴んだ。

「仲間を守ろうと、そうは思わないのかよ! お前は!!」

 その台詞を聞いた途端、アキヒトは表情を怒らせた。

「手前ぇ!」

 アキヒトの拳が、アキトの頬にぶち当たる。不意を突かれたアキトは、掴んでいた手を放して、よろめいた。

「あの、何でアキヒト君は怒ったの?」

 ヒカルが、同じように表情を消したヤマダに、おずおずと問うた。

「“仲間を守る”とほざきやがったからさ。」

 ヒカルは未だ、怪訝とした表情を崩せない。黙ったヤマダの代わりに、イズミが続けた。

「ヒカル。“守る”という言葉はね、戦うことの出来ない人に対して使う言葉でしょう? でも、私達には戦う力があるわ。戦うことの出来る人に対して、“守る”という単語を使うのは、相手よりも圧倒的に自分の力が高い場合のみ。つまり、相手を侮辱しているか、見下しているか、それとも信頼していないかのどれかということよ。」

 ヤマダはイズミの言に続けて言った。

「仲間ってのは、“守る”モンじゃない。“守ってもらう”モンだ。」

 ヒカルはようやく、アキヒトがキレた理由が分かった。

「リョーコ。そういうことだから、アキヒト君に対してそんな目をしないで。彼が怒っているのは、単純に自分のためだけじゃないの。」

 リョーコはイズミに言われて初めて、アキヒトを殺気の篭った目で見つめていたことに気づいた。

 アキヒトとアキトの間に、一触即発の空気が漂う。

 それを破ったのは、突然の重力の変化だった。

 全てのものが、自販機の方向に向かって傾いた。傾斜角度は、ゆっくりと垂直に向かっている。

「うわぁ…!」

 リョーコはアキトのいる方向に、不本意ながら飛んだ。ヒカルとイズミはヤマダが支えている。ヒカルを右腕で抱き、イズミを左腕で支持する体勢だ。

 アキトはリョーコを受け止め、自販機に激突する。アキトの清々しい匂いで真っ赤になる。

 アキヒトはその横に激突した。なんとか受身は取っている。

「危ねぇなぁ… 何、考えていやがる? あの艦長は?」

 

 その噂の艦長は、予想通りというか、重力制御のことを全く忘れていた。

「…ユリカ。グラビティ・ブラストの発射の際には重力制御を忘れるなって、僕、何回言ったっけ?」

 ユリカの首根っこを掴んで、こめかみに血管を浮かべたジュンが、いやに優しい口調で訊いた。

 ユリカの表情は、鬼神を見たがごとく蒼白になっている。

 後のハルカ氏の証言曰く、「あんな怖いもの、初めて見た。」だそうである。

 勿論、ブリッジも垂直方向に傾いている。傍から見ると、結構マヌケな光景ではあった。

 

 ナデシコは火星に到着した。先程のグラビティ・ブラストで地表の無人兵器を根こそぎ“叩き潰し”(“焼き払う”より、こちらの方が的確な表現だろう)、安全を確保した後に大気圏に突入したのである。

 火星の地表は、何の歓迎もなくナデシコ一行を迎えた。尤も、歓迎されても困るが。

「で、我等がテンカワ・アキト氏は、有給使って故郷を見学に行った… っと。」

 アキヒトは玉露を飲みながら言った。ここはフクベ提督の自室であり、玉露はフクベが手ずから淹れたものだ。

「で、何で君はここにいるのかね?」

 フクベは羊羹を食べながら言った。

「無論、暇つぶし。」

 アキヒトの答えは簡潔であった。

 

 アキトが現在いるのは、ユートピア・コロニー―――“アキト”の“故郷”の跡地である。“前回”はメグミと一緒だったが、“今回”は一人だ。

 コロニーの中心部に突き刺さった「チューリップ」が、墓標のようにそびえる廃墟だ。

「たしか… 此処だよな。」

 アキトは地面に跪きながら呟いた。

 横に乗り捨てられた自分専用のエステ(黒)に乗り込むと、近場にあった瓦礫を掴み、そこに落とした。

 地面がいきなり陥没した。地面に偽造した、地下シェルターの入り口だったのである。

 エステから降りたアキトは、エステの股間部分から牽引用のワイヤーを引き出し、制服に巻きつけた。簡単なラペリング用のロープである。

 ワイヤーといっても、エステの主武装「ワイヤード・フィスト」に使用されている、強靭なワイヤーだ。モーター自体も高性能なので、人の一人や二人なら、なんの苦も無く持ち上げられる。

 ゆっくりとワイヤーを下げ、穴の下に下りてゆく。

 ものの一分もかけず、アキトの両足は地面に降り立った。

「待っていたわ。アキト君。」

 突然、背中からかけられた声に対して、アキトはいつもの笑顔で振り向いた。

「久しぶり、イネスさん。」

 

 一方、ナデシコのブリッジでは、それなりの修羅場が展開されていた。

「やだやだやだぁ〜、ユリカはアキトを迎えにいくのぉ〜!!」

「ユリカ、艦長が私情に走っちゃダメだろ?」

 ユートピア・コロニー跡地まで、アキトを迎えに行くと言って聞かないユリカと、それを止めようとするジュンのケンカである。尤も、傍から見れば、ユリカが我侭を言っているようにしか見えないが。

「ジュンさん。アキトさんは戦力の要です。そのアキトさんにより早く前線についてもらうことの、何がいけないんですか?」

 ルリが、心底不思議そうに言った。隣ではメグミも似たような表情をしている。

 ジュンは、ユリカに向けていた顔を彼女たちに向けた。

「彼の問題、というよりも艦長の問題なんだ。艦を私用に使ったりしたら、他のクルーに立つ瀬が無いだろ? 艦長は率先して、規律を守らなければならない。最低限、そうしなければ、他人が命を預けてくれるはずが無いじゃないか。

 それに、この行為で死人が出た場合、誰が責任を取るんだい? ユリカが一人で全責任を負えるのなら、僕は何も文句は言わないよ。」

 ユリカは突然、ジュンに向かって怒鳴った。

「分かりきったようなこと、言わないでよ! お父様のお稚児さんの分際で!!」

 ブリッジが、一瞬にして静まり返った。ジュンは表情を消して言った。

「ならば、全責任を負えるのですね? “艦長”。」

 ユリカは眦を怒らせたまま、答えた。

「勿論、そうよ。ジュン君。」

 ジュンは、傍観していたムネタケ副提督に向かい、声をかけた。

「聞いていましたね、ムネタケさん。」

 ムネタケは頷き、言った。

「確かに、彼女の決意は聞いたわ。アオイ副長。」

 ジュンは頷き返すと、ユリカに向き直って言った。

「“艦長”。ご命令を。」

 

 アキトは挨拶もそこそこに、イネスに質問した。

「イネスさん。質問があります。」

 イネスは表情を引き締めた。

「内容は、言わずとも分かっているわ。“何で此処は、これほどまでに違和感に満ちているのか。”…でしょう?」

 アキトは頷き、言った。

「細かいところでは、IFSのタトゥーの位置、エステのアサルトピットの内装、微妙な時間のズレなど… 大きなところでは、殆どの“知り合い”の性格がまるで違う… イネスさん、教えてくれ。此処は本当に、“あの世界”の過去なのか?」

 イネスは白衣の襟を直しながら、言った。

「これは仮説だけど、“この世界”は正確に言うと、“あの世界”ではないわね。」

 アキトは表情を消した。

「私たちのナデシコCが、貴方のユーチャリスのランダムジャンプに巻き込まれたとき、それぞれの艦に乗っていたジャンパーのみが“この世界”に飛ばされたわ… アキト君、パラレル・ワールドって、知ってる?」

 アキトは顎の下に手を当てながら、言った。

「たしか、“過去には無限の可能性がある。”って代物だろう? 一つの事象から、未来は無数に枝分かれしているって考えだったと思うが…」

 イネスは頷いた。

「そのとおりよ。枝分かれした無数の道は、時に交わりながら、時に途絶しながら流れてゆく… ランダムジャンプはね、言うなればこの“道”を無理矢理、無作為につなげる方法のことなのよ。」

 アキトの顔に、隠せぬ動揺が満ちる。

「ちょっと待ってくれ! 向こうの世界では、何度かランダムジャンプを行ったことはあった。それなのに、時間はずれても今回のようなことは一度も…」

「ジャンプした先が本来の世界だった、と言い切れる? アキト君。」

 アキトの目が見開かれる。イネスは続けた。

「私達が最初にジャンプした世界では、“テンカワ・アキト”と言う人物は死んでいたかもしれない。ナデシコがジャンプした世界では、火星でナデシコが沈んでいた世界だったかもしれない。もし、そうでなかったとしても、それぞれの世界が元いた世界だったかどうかなど知るのは、不可能なことよ。」

 アキトは疲れたような表情で、顔を下げた。

「実はね、この仮説には根拠があるの。」

 イネスは懐から、一枚のMDVDを取り出した。

「これはテンカワ夫妻が記録した、数多くの“実験”の結果が入力されたディスクよ。この中に、“我が子を使った実験”のデータと、“観察日記”が記録されているわ。」

 アキトの目に、驚愕の色が走った。

「おい! それはどういうことだ!! 俺は父さんと母さんに実験に使われたことなんて一度も…」

「“この世界”のテンカワ・アキトにはあるのよ… 実験中のナノマシンの投与実験のデータが、しっかりと記録されているわ。」

 アキトは床に、力なく膝を着いた。

「この写真の子供、貴方には似ても似つかないわ。この子が、本来の“テンカワ・アキト”よ。」

 イネスは、アキトに写真を差し出した。アキトは受け取ると、そこに写った少年に目を奪われた。

 鋭角で構成された顔立ち、明らかに無理矢理に浮かべさせられたであろう笑顔、そして、一切の癖の無い、ストレートの銀髪。

「あ……… アマガワ… なのか?」

 写真の子供は、明らかにアマガワ・アキヒトと名乗る同僚に酷似していた。

 次に驚愕するのは、イネスの番だった。

「まさか… いや、これほどまでに類似していないのなら、有り得るかもしれないわ… でもそんなこと…」

 アキトがイネスに対して、声をかけた。

「一体どうしたんだ? イネスさん。この子供が成長して、ナデシコに乗っているのが、それほどにおかしいことなのか?」

 イネスはアキトの問いに対し、首を振って答えた。

「本来、同じ世界に同じ人物が、二人存在してはいけないの… だから、私達は、多少は違っていても、“この世界”のその人物と、入れ替わる形で“この世界”に来たわ… 同じ世界に、同じ役割を持つ人物が二人いた場合、恐らく、無意識のうちでお互いを邪魔に思うはず… アキト君、心当たりは無い? 無いのなら、彼は同姓同名の別人よ。でも、あるのなら、彼がこの世界で、向こうの貴方の役割を背負う人物ということになるわ。」

 アキトは記憶を洗いなおしてみた。

 アキトは自分でも自分が恐ろしく思えてきた。

 

―――初めてあった時、草原で気絶していた俺を助けたあいつに俺は―――

 

「………ある。」

 

―――初対面なのに、何故か“殺す気”で彼を殴った―――

 

 イネスは震えていた。

「アキト君… どうやら私達は、招かれざる異邦人だったらしいわ…」

 彼女の語尾は、突然の轟音にかき消された。

『アキトぉ〜、迎えに来たよぉ〜。』

 

 ナデシコに乗り込んだ二人は、ルリを交えて今後の相談を行った。この話し合いで出た結論は、今後の歴史上で重要な結果を持つことになるが、今はまだ関係が無い。

 機関を停止させたナデシコは、一時の休憩時間をとっていた。

 アキヒトとヤマダはフクベの命令により、地下シェルター内の人員の避難誘導を行っていた。

「全く、誰も動こうとしねぇ… そんなに死にたいのかねぇ…」

 アキヒトが、わざと大きな声で言った。ヤマダは苦笑しながら言った。

「やれやれだぜ。」

 大袈裟に肩をすくめてみせたヤマダは、周りを見渡して言った。

「それにしてもあんたら、何に脅えているんだ? 妙に女、子供の数も少ないし…」

 そこにいた、初老の男性が答えた。

「俺たちが怖いのは、木星蜥蜴なんかじゃねぇ… “MAD MAX”の連中さ。」

 アキヒトが怪訝そうな表情をした。

「まっど・まっくすぅ? 今時、そんなダサい名前、田舎のゾクでもつけねぇよ。」

 ヤマダも同感のようで、しきりに頷いている。

「名前はダサいが、タチが悪い。この地下シェルターは意外に広くてな。小さな町、一つ分くらいあるのさ。それを三つに分けて生活している。

 一つは、ここ。普通の奴が、それなりの秩序を保って暮らすブロック。通称、Bブロックだ。

 二つ目は、先程話したMAD MAX達の居城さ。一切の無法地帯だ。通称、Aブロック。

 最後の一箇所は… なんて言ったら良いのか… そう、売春宿さ!」

「「売春宿ぉ!?」」

 二人の声がハモった。

「そう。そこだけは中立地帯になっていてな。どっちのブロックの奴も仲良くやっているのさ。

でもな、MAD MAXの連中は、その不文律を無視してこっちのブロックに進入し、略奪や暴行を行う… 全く、やってられんよ。」

 アキヒトは初老の男性に向かって問うた。

「なあ、爺さん。ここを出て行きたくない理由って何なんだ?」

 男性は、言い難そうな表情を浮かべて言った。

「それは… その…」

 アキヒトは、彼のその表情で合点がいった。ヤマダもどうやらそうらしい。

「…素人を無理矢理、中立地帯とやらに送っていやがるな。」

 ヤマダは、隠せない怒気を漲らせて言った。アキヒトからも同様の気配がする。

「し、仕方ないじゃないか!! 俺たちだって必死に抵抗し…」

「たとえ抵抗したとしても、買いに行ってんなら同罪さ。」

 アキヒトはさも当たり前のことのように言った。

 彼らはバツの悪そうな表情で俯いた。

「まあ、こんな極限状況なら仕方ないかも知れん。だがな、俺たちは基本的に自己中心的でな、我慢ならないことは叩き潰すタイプなんでね。」

 ヤマダがシニカルな笑みを浮かべた。無論、目は笑っていない。

「ヤマダ、行くぜ。」

「応!」

 二人は深い闇の中に沈んでいった。初老の男性は、彼らに向かって叫んだ。

「おーい! 行くなぁー!! 奴らを怒らせたら、今度は俺たちが…」

「お前らの事なんて知るか。勝手に死ね。」

 アキヒトの答えは、何所までも冷たかった。

 

 中立地帯は、肉の海だった。

 灰色のコンクリートの床を埋め尽くす、肌色と薄桃色、それに白濁液。

 本来は集会用のホールの目的で作られた部屋なのだろう。ちょっとした体育館ほどの広さがある。そこに充満する、濃密な性の臭い。

 そこで着衣のままに座っている少女は、明らかに場違いだった。白いブラウスに、藍色のセミロングのスカート。きっちりと切りそろえられた髪の毛。服装こそ古臭いが、黙っていれば美少女の顔立ちである。

 ただ今は、その可愛らしい顔も、恐怖で引きつっている。

 彼女の眼前では、ほんの一時間前まで自分と震えながら抱き合っていた少女が、三人の男に犯されていた。注射を打たれていたが、それが薬物だったのだろう。もはや目は焦点を合わさず、与えられる、その年齢の少女に対しては苦痛でしかないはずの行為に対し、明らかに快楽を感じていた。

「おい、もうコイツ、ガバガバだぜ?」

「久しぶりのガキだったからな。調子に乗りすぎた。」

「おい、俺、まだ前の穴でヤッてねぇぞ!」

「ワリぃ、ワリぃ。このガキのシマリが良すぎてよ。…死ぬ時ぐらい、締まるだろ?」

「お? いいねぇ、それ。」

「まだ、代わりはいるみてぇだしな。」

「待てよ。ソイツはボス用だぜ?」

 “ソイツ”とは、自分の事を指しているらしいことが分かった。彼女は、ついに堪えていたものを吐き出した。

「ひ…ぃ。」

「おい、あのガキ、漏らしたぜ?」

「かーわいーじゃないのぉ。ボス用じゃなかったら、俺が貰いたいくらい。」

「黙れよ、尻好きの変態野郎が。でも、しゃぶらせるくらいならいいんじゃね?」

 少女の口腔を犯していた男が、彼女に近づいてきた。

 男は、彼女に向かって勃起した怒張を突きつけた。きつい性臭が、彼女の鼻腔を犯す。

「い… いや… イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

「五月蝿ぇガキだな。とっととしゃぶれって……… え?」

 少女の頭に、生暖かい液体が降りかかった。性臭が消え、代わりに鼻腔を満たしたのは、“血臭”だった。

 男の左胸に大穴が開いていた。そこから見える向こう側に、見慣れぬ制服姿の二人の男性が、着衣のまま立っていた。

 男はグラッと揺れると、少女の横に倒れた。少女の恐怖心は、現在、麻痺状態になっていた。

 片方の、銀髪の青年は、未だに硝煙の立ち昇る拳銃を握っていた。

「H&K USPモデルの45口径だ。装填されている銃弾は、炸裂鉄鋼弾。威力は見たとおりだ。抵抗するな。した奴からコイツをぶち込む。」

 相棒らしい、黒髪の長身の青年が声を張り上げる。

「俺たちは、ネルガル社所属の戦艦、ナデシコから来た者だ。死にたくない奴、此処から逃げたい奴は、女性最優先で助けてやる。………希望者は?」

 誰も手を上げなかった。

 突然、身長が二メートル以上ある巨漢が立ち上がった。顔は、泣く子がショック死するほどに強面(?)だ。

「ごぅらぁぁぁぁぁぁぁ!! おでさまのジマでなにざらずぅぅぅぅぅぅ!!」

 銀髪の青年は、明らかに迷惑そうな表情で言った。

「そこの見るからに脳ミソがミニマムそうな奴、喧しい。」

 巨漢は銀髪の青年の皮肉に対して、思いっきり怒った。

「おではまっど・まっぐすのボス、ダイゴウジ・グァイだぁぁぁぁぁ!! もど、プロボグザーだどぉぉぉぉぉぉ!!」

 長身の男性は思いっきり嫌そうな表情で言った。

「お前みたいなのと、一緒にするな。アイツは少なくとも、お前よりはスマートだ。」

 ダイゴウジ・グァイ(自称)は、機嫌を損ねたご様子だ。

「おまえ゛、本人にあっだごどがあんのがぁぁぁぁ、あ゛あ゛ん?」

「ヤマダ、黙らせろ。」

 ヤマダと呼ばれた長身の青年は嬉々として、右手に持ったMINIMIの銃口を向けた。

「え゛… じょっどま…」

「相棒、久しぶりに大暴れだ………」

 安全装置を外したMINIMIの銃爪を絞る。

 MINIMIの歓喜の咆哮があがった。

 ダイゴウジ・グァイ(自称)の腹に、五つの穴が開き、それぞれが炸裂する。結果として、彼の胴体は半分以上、血煙と化して消し飛んだ。

「黙らせたぞ、アキヒト。」

「GOOD JOB!」

 少女は唖然とした表情で彼らを見た。

 ヤマダと呼ばれた青年は、ダイゴウジ・グァイ(自称)に近づくと、ベレッタ M92FSを引き抜き、彼の頭部に照準を定めた。

「先程の質問だが、俺は毎朝、髭剃りのときに鑑の向こうに見ているぜ… じゃあな。」

 彼は容赦なく銃爪を絞った。軽い音がして、ダイゴウジ・グァイ(自称)の脳天に銃弾が食い込む。打ち込まれた銃弾は、頭蓋骨を砕き、脳漿を引き裂き、コンクリートの床に着弾する。無論、即死だ。

「抵抗する奴はいるか? ………いねぇよな。」

 銀髪の青年が、拍子抜けしたような声色で言った。

「じゃあ、逃げたい奴は?」

 今度も、誰も手を上げない。銀髪の青年は、明らかに落胆した様子だ。

「じゃ、俺たちは行くぜ。まあ、この判断が賢明だったかどうかは、後の歴史が証明してくれるさ。」

 少女は突然、立ち上がった。何故か、そうしなくてはならないような気がしたから。

「ん? ………来るのか?」

「あ… あう。」

 少女は何か言おうとしたが、口からは、意味のなさない音声の羅列しか出てこなかった。

「あ!! あう! あう!!」

 少女はパニックに陥った。

「喋れなくなったのか… いいぜ、来い。」

 銀髪の青年は、彼女に近づくと、ポケットから取り出したハンカチで、彼女の顔の血を拭った。あらかた拭き終わったら、今度は左手を差し出す。

 少女は、彼の手を取った。彼の手は、大きくて硬かったが、優しそうだった。

 

「ジュン、避難の希望者を連れてきたぜ。」

 ヤマダの大声に対し、外で煙草を吸いながら待っていたジュンは、それなりの音量で答えた。

「………たった一人か。二人とも、ちゃんと説得した?」

 アキヒトが手をつないで連れてきた少女を見て、表情を綻ばせながらのジュンの台詞に対し、アキヒトは変態でも見るような瞳を向ける。

「ジュン… お前、ロリコンか?」

「僕の名誉のために言っておくが、僕の好みはグラマーな女性だ。」

 ジュンは平然とした顔色で返した。ヤマダは笑いながら、彼の先程の質問に答えた。

「ジュン、俺たちが無駄な説得はしないことなんて、分かりきっていたことだろう。それを見越した人選をしたのは、提督に見せかけてお前だ。ネコを被るのも、大概にしたほうがいいぜ。」

 ジュンもヤマダの言葉に笑った。煙草を携帯用の灰皿で揉み消す。

 アキヒトは、意外そうな表情をして言った。

「しかし、ジュン。お前が煙草を吸うなんて、意外だな。」

 ジュンは苦笑して言った。

「十二の頃からの悪癖だよ。ブリッジと居住区は禁煙だから、艦内ではあまり吸ってないんだ。」

 ヤマダもアキヒトも、酒は飲むが煙草は吸わない。肺を汚さない種類の煙草は開発されているが、それでも喫煙者が、文字通り“煙たがられる”のは二十世紀から変わらない。

「ああ、言い忘れてたぜ。コイツ、レイプされる寸前だったんでな。ショックで失語症になったらしい。ジュン、対策は任せる。」

「結局、僕任せなの?」

 ジュンは少女に近寄った。少女は脅えて、アキヒトの後ろに隠れる。

「男の人もダメ、みたいだね。アキヒト、ジロウ、自己紹介はした?」

 アキヒトは胸をはって、さも当然のように言った。

「するわけが無いだろう!!」

 ジュンは額に指を当てると、大きく溜息をついた。ジュンは、彼女の目線にあわせて、腰を屈めた。

「君に期待した、僕が馬鹿だったよ。………さて、お嬢さん。僕の名前はアオイ・ジュン。君の頭の上の戦艦の副長だ。歓迎するよ。」

 ジュンは人好きのする、裏表の無い笑顔を浮かべた。

 少女は思った。

(この人は、信頼できる。)

 少し勇気を出し、震える手を差し出した。

 ジュンは僅かに驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔を戻すと、彼女の手を義手でない方の手で握った。

 

 ブリッジに戻る前に、ジュンは少女をアキヒト、ヤマダと共に自室に連れて行った。

「君の名前を訊いておかないとね。今後、何かと不便だから… この紙に書いてくれないか?」

 ジュンは少女に、紙とシャープペンシルを差し出した。

 彼女は受け取ると、女の子らしい丸い字で自分の名前を書いた。

「白鳥… 柚木奈… シラトリ・ユキナか。」

 ジュンが言うと、ユキナは頷いた。

「身内の人は?」

 ユキナは紙に、「兄が一人」と書いた。

「出身地は?」

 ユキナは、紙に「木星」と書いた。ジュンは、怪訝そうな表情をした。

「木星? 冗談のつもりなら、面白くないよ。」

 ユキナは首を横に振る。ジュンやヤマダ、アキヒトでさえ、彼女が嘘をついているとは思えなかった。

「なるほど… 大体の事情はおぼろげながら、理解できたよ。なら、最後に一つ。何で君は火星に?」

 ジュン以外の二人は、何がなにやらさっぱりの様子だったが。

 ユキナは紙に、長い文章を書いた。要約すると、こうなる。

『よく分からないけど、兄の戦艦に密航してうとうとしていたときに、気がついたら火星にいた。』

 ジュンはそれを読んだ後、ユキナに向かって話しかけた。

「よし… 木星のことは、僕ら以外には話さないことだけ約束してくれれば、この艦内を自由に使ってかまわないよ。あとは、寝る部屋だけど… どうする? 一人部屋でも用意しようか?」

 ユキナはジュンの言葉を聞いた途端、ジュンの服の袖を掴んで首を横に振った。

「仕方ないな… じゃあ、僕と一緒の部屋でいい?」

 ユキナは頷く。表情は不安そうなままだ。

 ジュンは彼女に笑顔で言った。後ろで、光源氏だとか、若紫だとか、ナボコフの小説だとか言っている声が聞こえたが、完全に無視する。

 ユキナは彼の笑顔にほだされて、ゆっくりと微笑んだ。

 

 三人は、ユキナを部屋に残して外に出た。アキヒトは、ジュンに向かって、先程は言えなかった質問をした。

「なあ、ジュン。なんで俺たち以外に知られると不味いんだ?」

 ジュンは先程までとは打って変わったような、真面目な表情で答えた。

「アキヒト、皆が君たちのように、“人殺し”に慣れているわけじゃない。でも、戦ってもらわなければ、皆が死ぬんだ。僕はこの“戦争”――もうそう言ってもいいだろう――に生き残るためなら、どんな卑怯な手だって打つ。つまり、僕の都合のためには、皆に敵が人間であることを知られては不味いのさ。」

 アキヒトは皮肉そうな笑みを浮かべた。

「本音を言えよ、ジュン。」

 ジュンは頭を掻いた。そのまま、気の弱そうな笑顔を浮かべて言った。

「本音を言うとね、ユリカのためにも、僕が前に出るような事態が無い方がいいんだ。ユリカには、間違いなく用兵の才能がある。無人兵器やシミュレーター相手なら、まず、間違いのない用兵が可能だ。でも、相手が人の場合、そうはいかない。」

 ヤマダがジュンの後を引き継いだ。

「あのお嬢さんは、ゲーム感覚でしか用兵を理解していない… ってことか。」

 ジュンは、不本意そうに頷いた。

「そう。多分、本気で周りの、大切な人間が死んだ時には取り乱すと思う… 今時、まだ死体も見たことの無い“お嬢様”さ。自分の指揮が、人の生死をも指揮することになるという事実が、いまいち分かっていない。相手が人だと知ったら、彼女は正気でいられるかどうか分からない。多感な人だからね。必然的に、僕が指揮することになるだろう。」

 アキヒトがいかにもな表情で言った。

「そうすれば、あの“お嬢様”は使用人にも負ける、役立たずな存在ということになり、よりいっそう落ち込むことになる …と。」

 ジュンは苦笑いで答えた。

「考えすぎならいいんだけどね… 最悪、そんな事態にならないとも限らない。僕は常に最善を尽くしたいんだ。難しいことだとは分かっているけどね。」

 ヤマダが、顎に手を当てながら言った。

「でも、敵が同じ人間だということを知らせれば、戦争は終わるんじゃないか?」

 ジュンは首を横に振った。

「終わらないよ。戦争なんて、権力者が儲かるからするのさ。多分、この戦争も何かの利権争いの類いだと思うよ。」

 そこまで話したところで、耳障りな警報が聞こえた。

「やれやれ、連中も休ませてくれないな。」

 ジュンが、いかにも苦労しているような声色で言った。アキヒトとヤマダは笑った。

「よく言うぜ、これもお前の計算の内だろうが。」

 ジュンは、わざとらしく唇に人差し指を当てて言った。

「それは、秘密だ。」

 

 ブリッジにジュンが戻った時、そこはパニック状態だった。比較的冷静だったのは、提督に副提督、それとオペレーターのホシノ・ルリの三人だ。

 ジュンはこの中から、提督を選んで声をかけた。

「何が起こったんですか?」

 フクベ提督は年の分の余裕を見せて、言った。

「木星蜥蜴が攻撃を仕掛けてきてな。グラビティ・ブラストを撃ったまでは良かったが、全く通用しなかった。浮上するにも、機関が温まっていない。DFを張るにも、下はシェルター。このまま留まるも木星蜥蜴と、三重苦の状態というわけだよ。」

 ジュンは彼に礼を言い、ユリカの元に駆け寄った。

「で、どうしますか? “艦長”。」

 ジュンはユリカの判断を仰いだ。とは言っても、彼女も分かっているはずだ。取るべき手段が、唯の一つしかないということを。

 俯いた彼女は、その決定的な一言を口にした。

「…ディストーション・フィールド、展開。」

 か細い声が、ブリッジに響く。

 DFは重力力場である。つまり、質量が存在する。DFを纏った拳で殴られたりすると、抉り取られたような傷跡が残るのは、このためだ。

 つまり彼女の命令は、下のシェルターを押しつぶして、防御に徹せよという意味である。

『了解。DFを展開します。』

 オモイカネのウインドウが、DFの展開を知らせた。

 押しつぶされる大地。ひしゃげる鉄骨。かすかに聞こえる、肉の潰れる音。

「………うっ!!」

 ユリカは吐き気を催し、トイレに駆け込もうとする。

 しかし、ジュンはそれを許さなかった。

「責任は自分で取るんだろ? せめて、自分で殺した人の死体くらい、確認してやらなくちゃいけないんじゃないのかな?」

 ジュンはユリカの襟を掴み、引き寄せた。

「ジュ…ジュン君!! お、お願…」

「吐くなら、ここで吐け。掃除くらいなら、後でいくらでもしてやる。」

 ジュンは、ルリに向かって言った。

「ホシノ・オペレーター。下の様子を写してくれ… 多分、それほど厚い天井では無かったはずだ。」

 ルリは、命令が信じられないような表情で凍りついた。

「副長権限で命令する! 早くしろ!! 木星蜥蜴は待ってくれないぞ!!」

「は、はい!」

 ルリは、正面スクリーンに、真下の映像を投影した。

 そこに写っていたのは、瓦礫の山だ。ところどころに、血が滲み出してはいたが。時折見える肌色は、押しつぶされた手だろうか。生存者が存在する可能性は、絶望的だ。

「う… うえ。」

 ユリカが嘔吐した。床に吐瀉物がぶちまけられる。

 オペレーター席を見ると、メグミも戻したらしい。必死に口元を拭っている。

「ユリカ。これで分かっただろ? “艦長の責任”の意味が。」

 

 戦闘自体は、これまたアキトの活躍により短期間で終わった。ナデシコの損害は軽微だが、ジェネレーターが一機やられ、低空飛行しか出来なくなっている。

 修理が完了するまで、ナデシコは火星を脱出することが不可能になってしまったのであった。

「全く、君もたいした策士だな。」

 フクベが、玉露を淹れながら言った。ここはフクベの自室である。この部屋では、三人の男が会合を開いていた。

ムネタケは、フクベの淹れた玉露をすすりながら言った。

「本当に、たいしたものね。あの艦長に、責任の意味を叩き込むなんて…」

 ジュンは、フクベが淹れた湯のみを受け取りながら言った。

「いや、そのために数多くの人を死なせてしまった… 僕もたいした殺人鬼ですよ。」

 フクベは、自分の湯のみに玉露を注ぎながら言った。

「そのために、君は彼ら二人を行かせたのだろう? 彼ら二人がどのような生き方をしてきたのかは知らないが、人を見る目は確かだ。彼らは、救うに値する人物だったら、間違いなく救ってきた。その彼らが、たった一人しか助けてこなかったということは、あそこの住人の性根は、相当腐っていたと見るべきだろう。」

 ムネタケは、湯のみを置いてジュンに話しかける。

「アオイ副長。貴方が行ったことは、誰に言っても恥ずかしくない大量虐殺だわ。貴方の行為を正当化するつもりは無い。でも、貴方はこの艦のことを第一に考えて行動した。それは軍人としてなら、当然の思考よ。民間人を犠牲にしていい理由にはならないけど、作戦の必要上、民間人が犠牲になることは多々あるの。それは、軍人も生き残りたいから。たとえ誰を犠牲にしてもね。」

 ムネタケの言葉を、フクベが補った。

「誰だかが言っていたじゃないか。戦争とは、命にランクをつけるということだ、と。尤もじゃないかね。君からしてみれば彼ら民間人の命よりも我々の命の方が、ランクが高かったということだろう。人の思考なんぞ、そんなものだ。誰しも、赤の他人を守れるほど強くはなれんよ。」

 ジュンは玉露を飲み干すと、言った。

「僕は、この虐殺行為に一切の良心の呵責を感じません。何でそうなのか自分でもわかりませんが、僕も友人の言葉を引用したいと思います。」

 フクベとムネタケは、手を止めてジュンの方を向いた。

「“俺は常に自己中心的なんだ”、だそうですよ。」

                          (第六話、終了 第七話に続く)

 

 

 

代理人の感想

うーん。ユリカのこれは余計だったように思いますねぇ。

原作のままでよかったんじゃないですか?

これってオリキャラがナデシコキャラを蔑み虐げてるのと大して変わりません・・・・というか全く同じですね、構図が。

 

ついでに言うと、重力制御の維持なんてのは艦長の仕事じゃないと思います。

艦長がいちいちそんなところまで指示してたら過労で倒れてしまいますよ。

 

>守る/守ってもらう

キレるほどの事じゃないと思いますけどねぇ。

こんな性格でよく社会生活が送れるなと思うくらいに。

それに自分が仲間を守ることは自分が仲間に守ってもらうことなんじゃないのかな?

それとも他の人には理解できない、譲れない一線があるのかな?