機動戦艦ナデシコ

時の流れに

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CROSSROADS BLUES

 

第七話

DANDY IN THE UNDERWORLD

 

「アキヒト、ヤマダ… 一体何の用だ?」

 ジュンは、ドアの外に立っていたアキヒトとヤマダに対し、呆れた声で言った。黒いTシャツにジーンズという、かなりラフな格好だ。

「決まっているだろう! ユキナちゃんがさぞかし暇だろうと思って、秘蔵のDVDコレクションを持ってきてやったのだ!!」

 ヤマダはそう言うと、背中に担いでいたズタ袋を床に置いた。一体、何枚のDVDが入っているのだろうか。床に置いた途端、重そうな音が響いた。

「…アキヒトは?」

 本気で疲れた表情で、ジュンが言う。アキヒトは含み笑いをしながら、懐に手を突っ込んだ。

「オ○モトのコン○ームとか、バイ○とか、アナ○プラグとか出したら殺す。」

 アキヒトは悔しそうな表情をした。ジュンは、さらに呆れた表情をする。

「まさか、本気でそんなモノ持ってきたんじゃ…」

 アキヒトは目をそらした。無意味に鼻で笑う。ジュンは、コイツを無視することに決めた。

「…ヤマダ、DVDの内訳は?」

 ヤマダも意味も無く、鼻で笑う。

「ふっ… 聞いて驚け!! まず、ふたり○ッチのアニメに、初めてのH―実践講座―、キューブリックの『ロリータ』に、俺の秘蔵のロリ裏…」

「帰れ。」

 ジュンはドアの自動開閉装置に手をかけた。

「わぁぁぁぁ!! 待て待て!! 閉めるな!! 俺たちが悪かったぁぁぁぁぁぁ!!」

 ヤマダが泣いて懇願する。

「で、本当の所は?」

 ジュンの問いかけに対し、ヤマダとアキヒトはやはり無意味に胸をはる。

「俺たち二人が厳選した、素晴らしき地球の、そして日本の文化だ!!」

「さあ、見ろ! そして泣け、叫べ、ついでにジュンだけ死ね!!」

 上がヤマダの発言で、下がアキヒトの発言だ。

「…そいつの内訳は?」

 アキヒトの発言が気になったが、とりあえず無視。無視されて、ちょっぴり寂しいアキヒト。

 ヤマダが自信満々に言った。

「俺のチョイスはゲキガンガーを主軸とした、ロボット系アニメのフルコースだ。まず、無敵超人ザン○ット3、宇宙戦士バルディ○ス。あまりマニアな方に流れてもつまらないから、聖戦士ダン○イン、伝説巨人イ○オン。国民的番組のガ○ダムからは、0080と0083のOVA二つをチョイスしたぜ!!」

「全部、トラウマ系だな。」

 仕組んだネタを一発で見破られ、ヤマダは床に崩れ落ちた。

 続いて、アキヒトが調子に乗った声色で言う。

「日本が世界に誇る文化といえば、特撮をおいて他に無い! 俺のパックは、特撮番組フルコースだ! まず、基本のシ○バー仮面とミ○ーマン。続いて、スペク○ルマンにファイヤー○ン、アイゼ○ボーグとプリズムファ○ター、コ○ドールマンに怪奇○作戦だ!!」

「つまり、B級作品で固めてみたと。」

 アキヒトは床に崩れ落ちた。しかし、数秒で回復する。

「「さあ、今夜のご注文は、どっち!?」」

 二人の声がハモる。ジュンは少し悩んだような表情をしたが、すぐに顔を上げた。

「僕チョイス。宇宙戦艦ヤ○トに宇宙海賊キャ○テンハーロック、銀河○雄伝説ときて銀河鉄道9×3。特撮系は、仮面ライ○ーblackと人造人間キ○イダー、超人機メタ○ダーで十分だ。」

 アキヒトとヤマダは並んで床に崩れ落ちた。

「ちょ… 直球だ…」

「無意味なウケ、狙うんじゃなかった…」

 ジュンは勝ち誇ったような表情で続ける。

「二人とも、僕を嘗めるなよ。」

 どれほどピンチな状況でも、この三人は元気だった。

「あうー…」

 ユキナは大儀そうに煎餅をかじりながら、エリ○88(OVA版)を見ていた。

 

 ブリッジでは、緊急の会議が開かれていた。先回の作戦の責任により、艦長権限で自室謹慎となったジュンと、正規のパイロットではないアキヒトとヤマダを除いた、主要クルーの全員が集まっていた。

「それでは、今後の展開についての会議を始めます… まず、ウリバタケさん。艦の状況報告をお願いします。」

 ユリカに名前を呼ばれ、ウリバタケが発言する。

「ジェネレーター一基が完全にお釈迦だ。大気圏外に浮上するのは、まず不可能だな。」

 ウリバタケの発言を受けて、ユリカが毅然とした表情で言った。

「ウリバタケさんの報告のとおり、このままでは火星を脱出することは出来ません。皆さん、なにかアイデアはありませんか?」

 周囲を見回すユリカ。プロスが手を上げた。

「元々、ナデシコの原型は火星で開発されました… そのドッグへ行けば、代えのジェネレーターがあるかもしれません。」

 プロスの意見に、殆どの人員が賛成の声を挙げた。浮かない表情をしていたのは、ユリカとアキト、そしてイネスの三人だった。

「? どうしましたか、艦長?」

 ユリカは黙って、スクリーンに投影されていた地図の、一点を指し示した。そこは、例のドッグの位置である。

「…先ほど、無人レーダー機を飛ばした報告で、この近辺には休眠状態の『チューリップ』が存在していることが確認されています。」

 ブリッジが静寂に包まれる。

「しかし、どちらにしろ、それ以外の選択肢が存在しないのは自明の理です。…提督、何かご意見は?」

 フクベは顎を少し撫でながら言った。

「何も無い。君の意見に賛成しよう。」

 内心、フクベは安心していた。先回の事を未だに引きずっている様子なら、無理矢理にでも艦長を変更する予定だったのである。

(やはり、アオイ君の見立ては正しかったようだな。)

 彼女が優秀であることに固執し、自分が艦長になることを最後まで認めなかったのがジュンである。

 ユリカは、彼の思惑通り優秀な人材だった。先日の事件で原石が研磨され、才能が宝石となって析出したのだ。

 持ち前の大胆な用兵に、責任感と慎重さが加われば怖いものは存在しない。彼女のようなダイナミックな采配は、万人に受け入れられる采配である。ジュンのように、勝つためには手段を選ばないような采配では、戦争が終わった後に戦犯として裁かれるのが関の山である。

 フクベはジュンを、一角の人物として好んでいた。正直、彼が表舞台に出るようなことには、ならないで欲しいと願ってもいた。どうやら、フクベの声は天に届いたようである。

「…提督の承諾も得たため、艦長権限で命令します。本艦の次の目的地は、旧ナデシコ開発ドッグ。全ブリッジクルーは、直ちに配置に着くこと。以上!」

 ユリカの声の余韻が消えぬ間に、大抵の人員は所定の位置についた。ユリカの近所に残ったのは、フクベとムネタケ、そしてアキトだけであった。

「? アキト? 何か用事?」

 ユリカは普段の表情で言った。艦長の仕事はもう終わり、これから数時間はプライベートな時間である。

 アキトはユリカの目を見て言った。

「両親の墓参りを忘れてた。少し、出てきていいかな?」

「だめ。」

 即答だった。アキトは怪訝そうな表情で言った。

「何で?」

 ユリカは腰に手を当てて、呆れた様子で言った。

「アキトはこの艦の正規のコックさん兼パイロットなんだよ? 有給は先回で使い果たしたし、そんな無茶なことが言えるのは、傭兵として乗艦してるヤマダさんとアマガワさんだけだよ。」

 尤もな意見に、アキトも納得して引き下がった。

 

 警報が響いたのは、それから数分後の話だった。

「どうしたんですか!? ウリバタケさん!」

 部屋で寝ていたユリカは、寝起きしなにコミュニケの電源をいれ、ウリバタケを呼び出した。

『どうもこうもねぇよ! テンカワの奴が、勝手に自分のエステを動かして出て行きやがった。 ………それにしても、艦長。』

「? 何ですか?」

 突然に口調を変えたウリバタケを見て、ユリカは言った。

『いくらなんでも、ピンクの熊さんパジャマは幼稚すぎないか?』

 ウリバタケに減俸の報告があったのは、この十分後だった。

 

 飛び出したアキトは、実は一人ではなかった。

「アキト君。そこを右よ。」

「分かってる。」

 狭いコックピットの中で、イネスと二人きりである。そんなに色気のある情景ではないが、アキトに抱えられているイネスの頬は、薄く桜色に染まっている。

 彼の0Gフレームは特製品で、大気圏内でも使用することができる。接続できる増槽の数も、他の機体と比べて多い。(アキヒトの“イロモノ”エステの場合、増槽はおろか、ミサイルポットを装着することも出来ないが。)

 エネルギー供給フィールドを離れても、丸一日は飛行しながら移動できる。

 やがて、エステは目的地に到着する。

 二人はコックピットから降りると、それを見ながら言った。火星極冠にぽっかりと開いた大穴。その中に見える、明らかに人工物でしかありえない正六面体の建造物。

「“遺跡”…か。二度と見たいものじゃなかったけど…」

 アキトがポツリと漏らした。それを聞きとめて、イネスが言う。

「この世界でも、あちらの世界でも、これが全ての元凶よ。“喧嘩の原因だから、壊しちゃえ。”なんて子供じみた発想だけど、それしか方法は無いわ。」

 ボソン・ジャンプの演算ユニット。それがこの“遺跡”の正体である。これの発見による利権争いが、この戦争の根底にあることは自明の理である。

 彼らがここに来た理由、それはこの“遺跡”の凍結だ。この“遺跡”の破壊が不可能なのは、“あちらの世界”で既に実証されている。ならば、せめて使えないようにしてやれ、というのが、先回の“逆行者”三人の話し合いの結論である。

 イネスが懐から、液体の入った、トリガー式の自動注射器を取り出して言った。

「この注射器の中の液体は、私特製のナノマシンが大量に含有したものよ。これを使えば、“遺跡”の中にウイルスを流し込むことが出来るわ。」

 この場合のウイルスは、勿論コンピューター・ウイルスのことである。“遺跡”の機能に影響を与えず、ボソン・ジャンプのみを使用不可能にするデータを流し込む、イネスとルリが一晩徹夜して作り上げた代物である。

 なお、注射針は杭打ち機の要領で打ち出されるため、“遺跡”の外壁も貫通可能である。

「じゃあ、俺が行く。イネスさんは待っていてくれ。」

 アキトはイネスから自動注射器を受け取ると、穴の底へとラペリングを始めた。

 床に降り立つと、“遺跡”に近づき、自動注射器の先端を接触させる。

 

 変化というものは、いつでも唐突なものだ。

 

「あ! アキト君!!」

 イネスの声で、初めてアキトは“それ”の変化に気づいた。

 “遺跡”はその身を菌糸状に変え、自動注射器ごとアキトの右手に絡みついた。その一瞬後には、その菌糸は自動注射器を粉砕し、アキトの腕の内部に侵入していく。

「い、ぎ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 アキトは痛覚を持って生まれたことを後悔した。吐き気がするほどの苦痛が、全身をさいなむ。

 菌糸は脳髄にまで到達したらしい。脳裏に直接、雑多な情報が送られてくる。気絶しそうなほどの情報の奔流だ。人間の脳で処理できる情報の量を、はるかに上回っている。

 この時点で、“遺跡”の二分の一がアキトの体内に消失している。気の遠くなるような激痛のなか、アキトはその不条理さを気にする余裕すら、与えてはもらえなかった。

 菌糸化した“遺跡”は、ついにその全てをアキトの体内に侵入させた。

「が! ぐ! ぎ! あば! がげ! げど! …」

 アキトは地面に倒れ、身体を痙攣させながら涎をたらしている。まだ苦痛は続いているらしい。恐らく、常人なら廃人か、ショック死するほどの痛みなのだろう。

 唐突に、アキトの痙攣は止んだ。

 イネスからは、アキトの表情は見えない。ゆっくりと立ち上がった彼の背中は、背筋の張った普段と違い、猫背だった。

「あ、アキト… 君?」

 アキトはイネスの方を振り返った。彼の瞳には混乱の色が濃かった。

「俺、いや私は… リチャード・アプトン… いや、そうじゃない… 私は、アブ… これも違う… 俺は、そうだ、俺はテンカワ・アキトか。」

 アキトの瞳に、ようやく平常の色が戻った。イネスは怪訝そうな表情で言った。

「あ、アキト君… 一体…」

「ああ、イネスさん。多分、俺は大丈夫です… ただ…」

 アキトは言葉を切ると、右手を挙げてみせた。その腕には、青い燐光が走っている。

「“遺跡”が、俺の体に寄生したらしいんです。“力をくれてやるから、身体を貸せ”… そう、言われました。」

 アキトは右手を下ろし、イネスの目を見て微笑んだ。イネスはいぶかしむような表情で、アキトを見る。

「“遺跡”が、しゃべったの?」

 アキトは少し考え込むような素振りを見せ、イネスに言った。

「何と言うか… “遺跡”は古代の文明が作り出したものなんですよね? 正確に言うなら、これは一種の生命体なんですよ。同様の存在の住まう“外宇宙”への、“門の鍵にて守護者”というのが本来の役目だったらしいんです。」

 イネスは彼の言葉に、説明の足りない点を見つけた。

「外宇宙とは、一体何なの?」

 アキトはまた、考え込むような素振りを見せた。

「えっと… 未来は常に隣接している、というのがイネスさんの仮説でしょう? つまり、道の数だけ“宇宙”がある、ということですよね? “外宇宙”というのは、それらと全く関係の無い、“宇宙”と“宇宙”の隙間にできた空間のことです。“宇宙”は基本的に正数で成立していますが、“外宇宙”は虚数空間です。この“宇宙”が三次元空間なら、“外宇宙”は四次元空間です。つまり、“遺跡”とは、我々よりも高位の存在だったということです。」

 アキトは一旦、言葉を切った。

「高位の世界の存在は、低位の世界を自在に操ることが出来ます。“宇宙”と“宇宙”をつなげたり、空間を自在に短縮したり。我々が漫画や絵画などで二次元の世界を形作るのと同様に、いとも簡単に行うことが出来ます。

 “遺跡”は本来、“宇宙”と“外宇宙”を繋ぐ“門”のようなものです。“外宇宙”の存在が、この“宇宙”に侵入できるように作られたものです。彼らからしてみれば、粗筋に自分で干渉できる、映画を見るようなものなのでしょう。地球にも“数人”いますよ。“彼”と似たような“人々”が。」

 イネスはアキトの説明に、驚愕していた。傍から聞いていると、アキトの言葉は狂人の戯言にしか聞こえない。しかし、イネスをじっと見つめるアキトの目には、一点の曇りも無かった。

「“遺跡”はその昔、数多くの“同胞”と共に、この宇宙に君臨していました。当時、本体はオリオン座のペテルギウスに鎮座していたのですが、“彼”を含む、当時、地球に君臨していた勢力が、理由は不明ですが結束して謀反をおこし、結局、敗北しました。それにより、地球上やこの宇宙の様々な場所に幽閉されました。

 “彼”は火星の人面岩に封印され、死を超える深き眠りについていました。しかし、古代火星人が、無意識状態の“彼”を利用し、偉大な文明を築きあげました。しかし、その文明は数千年ぶりに意識の覚醒した彼の怒りを買い、虚数の彼方に消え去りました。そして、現在に繋がるわけです。」

 アキトはようやく、長話を終えた。イネスはアキトに問うた。

「アキト君… じゃあ、それを取り込んだ貴方は…」

 アキトは頷いた。

「“彼”が、自分が住みやすいように、俺の身体を改造しました。おかげで、俺も高次元存在です。不老不死、虚数空間を開くことができ、時間すらも操ることが出来ます。」

 アキトの台詞に、イネスは絶句した。アキトは笑って言う。

「心配しないで下さいよ、イネスさん。俺は今、ここで誓約します。この力は、みんなの幸せを守るための力だと、ね。」

 イネスは震えながら言った。

「アマガワ君は… 殺さないの?」

 アキトは笑いながら言った。

「俺が世界の枠から外れましたから、もう殺す必要はありません。」

 アキトは笑いながら言うが、内容は笑えるものでは無かった。

 イネスは、彼の笑顔にほだされる前に、一つの懸念があった。彼の笑顔に溶けて消えたが、心の底には、消せない澱となって積もった。

(アキト君、貴方は“永遠”に耐えられる? 貴方は“永遠”の中、“貴方”でいられるの?)

 

 ナデシコに戻った二人を待っていたのは、ユリカの冷たい視線とゴートの拳だった。まあ、ゴートの拳はアキト限定だったが。

「アキト。私はエステの使用を許可した覚えはありません。」

 アキトは黙った。ユリカは冷たい声で告げた。

「いくらユリカの王子様とはいえ、これは目を瞑れるほど小さな問題ではありません。よって、私、ミスマル・ユリカは、テンカワ・アキトに対し、二週間の営倉入りを命じます。」

 アキトは両脇をゴートとヤマダに掴まれて、営倉に向かって歩き出した。途中、ユリカの脇を通る時に、ユリカが呟いた。

「これでも、目一杯削減したんだからね… アキト。」

 

 アキトを除いたエステ隊の面々は、旧ナデシコ開発ドッグの調査に出発した。誰が重武装フレームを使うかで口論になったものの、結局、ジャンケンに負けたリョーコが使うことになった。(アキヒトとヤマダは、最初から自分専用の0Gフレーム以外を使う気は無かったが。)

「だから砲戦フレームなんて嫌いだ! 重くって仕方がないぜ!」

 リョーコがぼやいた。すかさずヒカルが、

『ぼやかない、ぼやかない。』

 と、明るく言ってのけるが、彼女の不機嫌さは増すばかりだ。

『なんだぁ〜、リョーコぉ。生理か?』

『リョーコ。生理なら早めに言いなさい。』

「ああ、何だか調子が… って、今月はもう終わったよ!!」

 アキヒトとイズミのボケに、いつもの調子でツッコんだ。

『ノリツッコみとは… やはり、恋をすると女は変わるもんだなぁ…』

 アキヒトは軽い調子で言った。リョーコの顔が真っ赤になる。

「ななななななななななな、何言ってやがる!」

『照れない、照れない。どっちにしろ、恋をするのはいいことだ。』

 ヤマダが会話に割り込んできた。オッサン臭い台詞だが、ヤマダの顔で言われると説得力がある。

『恋はいいぞぉ… 世界が変わる。ま、俺はフラレたが。』

 現実味のある一言である。アキヒトが話を纏めた。

『まあ、とりあえず、リョーコの、麗しの背の君はテンカワってことで…』

「脈絡も無く爆弾発言をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 リョーコは、耳まで真っ赤にして言った。しかし、その程度で追撃を緩めるアキヒトではない。

『んん〜? その台詞は“肯定”と取っていいんだな? 宜しい、俺がアイツとリョーコの仲を取り持ってやろう。一方的に。』

『アキヒト君、それくらいにしておいてあげて。』

 イズミがアキヒトに声をかけた。ウインドウの向こうでは、リョーコが真っ赤になって湯気を立てている。

『仕方ないなぁ… それでは、この件の追求は後日、ということで。』

『つまり、止める気はさらさら無い、と。』

 アキヒトの台詞に、ヤマダがツッコむ。

『ん? あれは…』

 アキヒトが、何かを見つけたようだ。

『戦艦、か? 何でこんな所に…』

 アキヒトの言葉に、そのほかの三人も気がついた。彼らの眼前には、一隻の戦艦が、物言わずに鎮座している。胴体横の艦名によると、この戦艦の名前は「クロッカス」らしい。

 ヤマダが感想をもらした。

『『クロッカス』っていえば、連合軍旗艦『トビウメ』の護衛艦だな。確か、地球で『チューリップ』に飲み込まれたはずだが…』

 アキヒトは艦の装甲にカメラを寄せ、事細かにチェックしている。

『…どう見ても、つい一ヶ月前に行方不明になった艦には見えねぇな。装甲の劣化具合から見て、三年は放置されていたように見える。』

 イズミは頷いて言った。

『矛盾… ね。なにより、地球で消えたはずの艦が、何故こんな場所に存在しているのかしら。』

 アキヒトは首を横に振りながら言った。

『ああ、もう止めだ止めだ。考えるのは俺の仕事じゃない。ここはナデシコに連絡し… ! リョーコ、走れ!!』

「へ? …う、うわぁぁ!!」

 リョーコのエステの足元から、見たことの無い無人兵器が姿を現した。横転した重武装フレームのエステは、そう簡単に起き上がることは出来ない。

 リョーコのエステに乗りかかった無人兵器は、生物であれば口であろう場所からドリルを出し、アサルトピットに突き刺そうとした。

 耳障りな、甲高いドリルのモーター音が、リョーコの鼓膜を犯す。

「た、助けてくれ… イズミ… ヒカル… て、テンカワぁ!」

『期待に沿えず、悪いね。』

 突然、リョーコの視界から、無人兵器が消失した。それは100mほど遠方に“着陸”した。代わりに彼女の瞳に写ったのは、右足を振り上げ、太陽光の照り返しを受けて、クロムシルバーに輝く機体。

『ヤマダぁ、コイツは俺に任せろ。』

『ドジんなよ。』

 アキヒトの機体が一瞬、リョーコの視界から消失した。速い。

『踏み込みの速度ならぁ!』

 文字通り、一瞬で100mほどの距離を詰める。

『誰にも… 負けねぇんだ、よぉぉぉぉ!』

 何時の間に引き抜いたのであろうか。アキヒトの機体の右手には、イミディエット・ダガーが握られていた。

 無人兵器は、とっさに後部のミサイル・ラックを開くが、遅い。

 一瞬後、無人兵器の頭部にはイミディエット・ダガーが生えていた。運動エネルギーを殺せずに、仰向けに倒れる無人兵器。

 アキヒトがダガーを投擲したのだ。アキヒト機は無人兵器に近づくと、拳を握った右腕を差し出した。

 右腕のカバーが浮き上がり、後退。軽い金属音と共に出現したのは、短い砲身だった。

『色気もなんも無いが、じゃあな。』

 銃口に光る、銃火。続けて響く、腹を震わす轟音。短銃身ゆえに銃声は大きい。

 無人兵器の腹部に、大穴が開く。一瞬、間が空いて、爆音が響いた。

 アキヒト機専用装備「ジャック・ポット」。ワイヤード・フィストをオミットした代わりに、アキヒト機の両腕に装備された短銃身グレネードランチャーだ。装填弾数は、左右一発ずつ。ワイヤード・フィストほどの自由度は無いが、破壊力と携帯性、そして重量の軽さでそれを上回る。

 とはいっても、アキヒト機にそれほどの弾薬が詰めるわけではないので、結局は接近戦時の切り札くらいにしか使用されない。煙幕弾やチャフ・グレネードも発射可能である。

 アキヒトはカバー部を操作して、空薬莢を排出する。未だ硝煙の立ち昇る薬莢は、軽い金属音を立てて地面に落ちた。

 無人兵器の頭部に突き刺さったダガーを抜くと、何事も無かったかのようにヤマダたちの下に向かう。

「ま、待てよ、アマガワ。」

 アキヒトは突然開いたウインドウに、戸惑っている様子だ。

『な、何の用だ?』

 リョーコは口篭りながら言った。

「あ、ありがとう…な。助けてくれて。」

 アキヒトは心底、呆れたような表情をした。

『オメデタイ奴だなぁ… 俺が本当に、お前を助けたと思っていんのか?』

 リョーコはいぶかしむような表情をした。

『いいか、お前が死ねば、俺たちは予備バッテリーも無しにここに取り残されることになる確率が高い。お前の機体が爆散すれば、予備バッテリーも一緒にオシャカだからな。そうなるのは御免だからな。少なくとも、此処は俺の死に場所じゃない。』

 アキヒトは一拍、置いて言った。

『それとも、お礼に俺と寝てくれるのか?』

「だ、誰が!」

 リョーコは激昂して叫んだ。アキヒトは無表情に続ける。

『命、ハッてる野郎はな、何時死んでもいいように、イイ女がいたら襲ってでもモノにするんだよ。戦場で女を庇う野郎には、そういう下心のある奴が大多数だ。恩を売っておけば、後でそれを使って抱かせてもらえるからな。』

 絶句するリョーコ。アキヒトは笑いながら言う。

『心配するな。俺にそんな下心はねえよ。それじゃ、帰るぜ。ヤマダたちがドッグの偵察を終えたみたいだ。』

 

 ナデシコはドッグに入港した。休眠中の「チューリップ」は恐ろしいが、それよりも修理が先決である。

 休眠中の「チューリップ」の警戒は、投獄中のアキトを除いたエステライダー五人のローテーションでの哨戒活動で行われている。

 休憩中のアキヒトとヤマダは、ウリバタケに付き合わされて、ドッグ内の探索に出ていた。

「なあ、おやっさん。」

 アキヒトは、うちっぱなしのコンクリートの壁を見ながら言った。薄暗い廊下の中に、三人分の足音が反響する。

「なんだ? アキヒト?」

 先行していたウリバタケは、振り向かずに答えた。

「何でここにタヌキがいたんだ?」

 ヤマダも隣でしきりに頷く。ウリバタケは振り向いて言った。

「知らん。」

 保護欲をそそる鳴き声が、薄暗い廊下に反響した。アキヒトの腕に抱えられたタヌキは、少しもがきながら、顔を洗う仕草をした。

「火星にもタヌキがいるんだな。」

 ヤマダが緊張感の無いことを言う。アキヒトはヤマダの方を向いて言った。

「いるわけねぇだろ。多分、ここの研究員のペットだ。何食って生きてたのかは不明だがな。」

「二人とも、少し黙れ。」

 ウリバタケは、金属製の大きな扉の前に立ち止まった。アキヒトはタヌキをあやしながら言う。

「おやっさん。何、ここ?」

 ウリバタケは、カードキーに端末の付いた機械を懐から取り出すと、カードキーをセットし、端末をいじくりはじめた。その手を止めずに言う。

「恐らく、ここの所長室だ。プロトタイプ・ナデシコ(以下、P・ナデシコ)の研究データは多分、ここで管理されていたはず…」

 高い機械音がして、「Lock」状態で点灯していたランプが「Open」で点灯する。空気の抜ける音と共に、扉が開いた。

 ウリバタケは続ける。

「さっき、ジェネレーターの予備パーツは見つかったんだが、同時に用途不明のパーツが見つかってな。相転移エンジンを二機積んだ代物が二つ、用途がどうにも理解できん。それで、設計図を見に来たってわけだ。」

 ヤマダは、タヌキに噛み付かれた指を押さえながら言った。

「おやっさんでも分からないのか?」

 ウリバタケは首を横に振る。

「いや、大体は理解できた。信じたくないのさ、あんなものが完成していたなんてな…」

 ウリバタケは苦笑しながら、部屋の中に入った。アキヒトとヤマダは、顔を見合わせて首を振った。

 部屋の中は、かび臭いことを除けば、機能的でいかにも研究室の所長室然とした部屋であった。ウリバタケは、デスクの上のコンピューター端末をいじくり、P・ナデシコの設計図を呼び出した。途中、様々な防壁があったりしたが、難なく突破する。

 設計図が画面上に映し出されて数分後、ウリバタケの表情が曇った。

「やっぱり、そうだったか… 道理で、艦内にブラック・ボックスが多かったわけだ…」

 アキヒトとヤマダは、ウリバタケの肩越しにそれを覗き見た。途端、二人の目は驚愕に見開かれた。

 そこに映し出されたもののシルエットは、前に張り出した艦首を除けば、明らかにナデシコだ。ただ、それは圧倒的にナデシコとは別の用途をもって制作された設計図であることは、誰の目にも一目瞭然だ。

 艦の全体に装備された、陽電子砲。多連装式のグラビティ・ブラスト。そして―――

「おやっさん… コイツが例の…」

 アキヒトの呟きに、ウリバタケは冷静な声で答えた。

「ああ、そうだ。コイツがここに埋まってた代物だ…」

 

 「チューリップ」になんら動きがないまま、一週間が経過した。ナデシコの修理は完了していたが、動くことは出来なかった。

 例のパーツは、結局取り付けることになった。P・ナデシコの開発は、このパーツの完成の時点で頓挫したらしく、他のパーツはスクラップ同然の状態で放棄されていた。

 取り付け自体には、なんら不具合は生じなかった。元々、規格が同じ作りなうえに、ナデシコ自体にも開発段階から、これを取り付ける思想があったらしく、配線もすぐに繋がった。高出力のDF発生器と、元々、ナデシコに装備されていたものよりも上位のスラスターとブースターも一体化されていたので、艦長も副長も、提督でさえ反対しなかった。

「さてと… ジュン?」

 アキヒトがジュンに向かって言った。謹慎は解かれているが、ジュンは現在、非番である。

「なんだい、アキヒト?」

 ジュンはユキナの方を見ながら言った。

「タヌキの名前だが、本当に“ダイゴロウ”でいいのか?」

 ユキナは、膝の上で寝ているダイゴロウにかまっている。ジュンはアキヒトのタンブラーにスコッチを注ぎながら言う。

「ユキナが決めたんだ。僕が言ってもどうしようもないだろ?」

 アキヒトはタンブラーを傾け、スコッチを口に含んだ。

「それより何よりも訊きたいのはだ… お前、本当にユキナちゃんに手ぇ出して無いのか?」

 ジュンが机に思いっきり額をぶつけた。

「あ、あのなぁ… 君は僕を何だと…」

「光源氏計画を立てている、変態予備軍。」

 アキヒトは即答した。ジュンが返答しようとした瞬間、耳障りな警報が部屋中に響いた。

 「チューリップ」が、活動を再開したのである。

 

 ブリッジでは、多少の混乱が起こっていた。

「『チューリップ』より、ボソン粒子反応。哨戒中のヤマダさんとアマノさんは回収完了。アマガワさんとイズミさん、そしてスバルさんは配置についています。しかし…」

 メグミが口篭る。その言葉尻をとって、ルリが言う。

「先程の『バッタ』の砲撃により、カタパルトを瓦礫が塞いでいて、発進は不可能。艦長、どうしますか?」

 ユリカは慌てずに言った。

「グラビティ・ブラストは?」

 何故かブリッジにいた、イネスが答える。

「無意味よ。『バッタ』や『ジョロ』は撃墜できるかもしれないけど、『チューリップ』までは不可能… 旗艦を落とさなければ、いくらでも湧いてくるわ。」

 ユリカは指を噛む。

「なら、“あの”装備は…」

 イネスは再度、言った。

「“あれ”なら『チューリップ』の撃墜も可能よ。でも、今は電力が足りないわ。相転移エンジンの出力が、大気中では大幅に落ちることは自明の理でしょう?」

 ユリカは、はっ、とした表情をした。

「…外部から電源を取ることは、可能でしょうか?」

 イネスは虚をつかれたような表情で、言った。

「え? ええ、可能よ。勿論…」

 ユリカは、顔に笑顔を張り付かせた。

「なら、ここの地下の核融合炉を使えば、電力は足りますね。」

 そこで、ウリバタケは会話に割り込んだ。

「それを使ってもギリギリだ。それに、一昨日から少しずつ充電しているが、全ての相転移エンジンの電力を“あれ”に回しても、まだ三十分は必要だ。DFも張れずに、三十分耐えられるか?」

 今度、会話に割り込んだのは、フクベだった。

「それについては、私に一任してくれないか?」

 

 何とか発進可能だったジープに、ムネタケとフクベが乗り込んだ。

「じいさん。」

 アキヒトが、フクベに声をかけた。

「なんだね? 小僧。」

 アキヒトは苦笑いしながら言った。

「向こうで逢ったら、酒でも飲もうぜ。おっさんも、な。」

 最後はムネタケを見ながら言った。

 二人は笑うと、エンジンを起動させ、出発した。

 空は夕暮れ時、真っ赤な血の色。

 アキヒトは彼らの後姿を見ながら、叫んだ。

「後ろのシートに、いい日本酒入れといたぁ! 向こうで飲めよぉー!」

 フクベが、親指を立てたように見えた。

 

 クロッカスのブリッジは、ナデシコのそれよりもいくらか機能的で、デザイン性など考慮されていなかった。

 フクベは、久しく忘れていた、艦長席の感触を確かめた。

「すまんな、ムネタケ。老人の我侭に付き合わせてしまって。」

 後ろに立っていたムネタケは、微笑んで答えた。

「私も若くはありませんわ、提督。」

 ムネタケは艦長席に、深く座りなおした。

「老人の時代は終わった。この乱世に必要なのは、柔軟な思考をもった若者だよ。あの船には、未来がある。私はそれに賭けてみたい。我侭よなぁ… このような死に方で、今まで積み重ねてきた負債を、返済できるとは思わんのだが…」

 ムネタケは、真面目な表情で言う。

「彼らも許してくれるのではないですか? 彼らも、未来を勝ち取るために死んでいったのですから…」

 ムネタケが言う彼らとは、昔のフクベの部下のことである。第一次火星大戦時に、チューリップ一隻を落とすために、進んで捨て駒となった数千人のクルーのことだ。

 フクベは、一本の瓶を取り出した。

「少なくとも、私は幸せ者だ。戦場で末期の酒を飲めるものなど、そうはいまい。」

 フクベは用意してあった紙コップに、酒を注いだ。

「ん? 怒らんのかね? いつもなら、艦橋で酒を飲むなどけしからん、といって怒り出すじゃないか。」

 ムネタケは苦笑した。

「今日だけは、特別ですわ。提督。」

 フクベは紙コップをムネタケに渡すと、もう一つにも酒を注ぎ、言った。

「さて、黄泉路への航海を始めようか。」

 ムネタケは前を見ながら言った。

「ゆっくりと行きましょう。三十分ほどかけて。」

 

 フクベの戦術指揮は、まさに獅子奮迅のものであった。敵の陣の薄い場所を的確につき、ミサイルの砲火をあびせる。

 主砲の運用も的確で、まさに歴戦の兵(つわもの)であった。

 DFも装備していない艦で三十分を持たせるなど、通常の士官では考えられない。

 ユリカとジュンは、目の前の光景にただ見とれていた。

「なんて… 大胆な用兵なの…」

「違う。大胆な中にも、緻密な計算が見て取れる。猛将であり、知将という通称は、伊達じゃなかった…」

 ナデシコに、クロッカスから通信が入った。

『ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ。並びに副長、アオイ・ジュンに告ぐ。』

 ウインドウの中心には、フクベとムネタケが大写しになっている。

「提督!」

「…」

 予想通りだったらしい反応に、フクベは笑った。

『そろそろ『クロッカス』は持たなくなってきている。約束どおり、三十分は持たせたぞ。』

 ユリカは大声で言った。

「提督! そんな死ぬみたいなこと、言わないで下さい!」

 フクベは苦笑いをした。

『無茶を言うな、艦長。ようやく私にも死に場所が見つかったのだ。黙って逝かせてくれ。』

「でも…!」

 ユリカの肩を、ジュンが掴んだ。ユリカが振り向くと、彼は首を横に振った。

『二人とも、仲良くな。君たちは、二人で不足分を補い合って、初めて最良の将となる。しかし、同時に君たちは、決して混ざることの無い水と油だ。私は、その反発が最悪の結果を産まないかどうか、それだけが心配だ。』

 二人は黙った。

『老婆心もこれまでにして、老人はそろそろ舞台袖に引っ込むとしよう。…なあ、ムネタケ。』

『ええ。』

 ウインドウの向こうの二人は、互いに紙コップを合わせた。

 そのコップを二人が傾けた次の瞬間、通信は途絶した。ウインドウには、砂嵐が写るばかり。

 少し遅れて、爆音が響いた。続く、ルリの報告。

「『クロッカス』、レーダーから反応が消えました。」

 

 同時刻、カタパルト。

「あばよ、おっさん、じいさん。」

「今度、地獄で会おうぜ。」

 

 同時刻、営倉内。

「未来は、変わらないか。」

 

 そして、艦橋。

「提督ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「………ユリカ、泣いている場合じゃない。」

 ユリカはジュンの冷静な声が信じられなかった。

「ジュン君! 提督が死んだんだよ! 何で悲しんであげないの!!」

 ジュンは冷静に答える。

「悲しむことは何時でも出来る。でも、提督が作ってくれたチャンスは、この期を逃したら二度と手に入らない。君にも分かっているはずだ。」

 ユリカは、ジュンを睨んで言った。

「私は、君が嫌いだよ… ジュン君。」

 ジュンは自嘲気味に微笑んだ。

「気が合うね。僕も君が嫌いだ。」

 二人の間に、険悪な雰囲気が漂う。それを破ったのは、ウリバタケからの通信だった。

『“あれ”の充電が完了した! 何時でも撃てるぜ!!』

 ユリカはジュンから目を逸らすと、言った。

「でも、今が私情を捨てなくちゃならないときだってことは、分かってる。だから今は、貴方の意見に賛成するわ。」

 ユリカが声を張り上げる。

「両舷、ブラックホールキャノン『ケーニヒスティーゲル』、展開!!」

 ユリカの号令と共に、ルリが号令を復唱する。

「了解、『ケーニヒスティーゲル』、展開します。」

 ナデシコの左右に装備されたブレードは、この改修工事によってかなりの大型化がされていた。ブースターと一体化したブレードは、装甲板が足りなかったのか、一部機械や配線が剥き出しになっている。

 そのブレードから、本来のナデシコのブレードが左右にせり出した。裏側には、排熱フィンのようなものが見える。

 増加されたブレード部が、カニの鋏のように上下に割れた。

 その中から露出したのは、巨大な銃身だ。

「『ケーニヒスティーゲル』、展開完了。」

 ルリの報告に被さる形で、ウリバタケの発言が届く。

『本体はともかく、この銃身は俺たち整備班がでっち上げた代物だ。左右とも、一発ずつしか耐えられん。試作型だから、どんな不具合が起きても文句言うなよ!』

 ウリバタケの言葉に頷き、ユリカは全体に号令を発した。

「右舷『ケーニヒスティーゲル』、発射準備。総員、対ショック、対閃光防御。」

 ユリカの号令に答え、メグミが艦内放送を入れる。

「これより本艦は、『ケーニヒスティーゲル』を発射いたします。振動にそなえ、近くの固定されたものにお掴まり下さい。また、窓の付近におられる方は、支給した対閃光グラスを着用の上、極力、窓から離れてください。繰り返します…」

 そう言いながら、自分でも対閃光グラスをかける。それは言うなれば、サングラスよりも暗度の高い眼鏡である。

 ルリがユリカに報告をする。

「右舷『ケーニヒスティーゲル』、発射準備完了。何時でも発射できます。」

 ユリカは頷くと、ルリに向かって言った。

「目標、『チューリップ』と射線上の『バッタ』。照準、合せ!」

 ルリがコンソールを操作すると、正面ウインドウ上にロックオン完了の文字が躍った。

「『チューリップ』、ロックオン。」

 ユリカは声を張り上げた。

「右舷『ケーニヒスティーゲル』、発射!!」

「了解、『ケーニヒスティーゲル』、発射します。」

 ユリカが指揮卓上の安全装置のボタンを解除した。その次の瞬間、ルリの軽いボタン操作の後、薄暗いはずのブリッジとドッグは、真っ白に染まった。

 突然の強力な縦揺れ。グラスをかけていても、未だ眩しく感じるほどの閃光。それらが一瞬にして襲ってきた。

 ようやく目が見えるような暗度になった時、彼らの眼前にあったのは、吹き飛んだドッグの残骸と、遠目で見ると、穴の開いたように見える「バッタ」の陣形だった。その向こう側にあったはずの「チューリップ」は、跡形も無く吹き飛んでいる。

「右舷、銃身外せ! 続けて左舷、発射準備!」

 ユリカの命令の真意を理解できたのは、ジュンだけだった。他は、グラビティ・ブラストでも十分だろ、という表情をしていた。

「艦長、それは…」

 ゴートが代表して進言しようとするが、ジュンに阻まれた。

「ゴートさん、この前方には、何がありますか?」

 ゴートは思わず、地形図を見直した。そこには、木星蜥蜴に占拠された反射衛星砲台を示す光点があった。

「木星蜥蜴に使用されている確率は、非常に高いです。後顧の憂いは断っておくに限ります。」

 ジュンの台詞に、大半のブリッジクルーは納得した。

 ユリカが号令を発する。

「左舷『ケーニヒスティーゲル』、発射準備… 発射!!」

「了解、発射します。」

 今度に目が見えるようになったときには、「バッタ」の陣形には二つの穴が開いていた。

「左舷、銃身外せ! 続けて、グラビティ・ブラスト、発射準備!」

 ウインドウ上に、まとめてロックオンされる「バッタ」の群れが表示される。

「発射!」

 今度の一撃は、前の二つほどのインパクトを感じなかった。ただ機械的に、DFの張れない「バッタ」が撃墜されてゆくのを眺めるだけである。

「ユリカ…」

 肩を落としたユリカに、ジュンが声をかけた。ユリカはそれを聞くと、突然に毅然として前を見つめた。

「これより、本艦は火星を脱出します。なお、クロッカス上空を通る時には、総員、最敬礼を忘れないこと。次の目的地は、地球です。」

                        (第七話、終了 幕間劇之一に続く)

 

 

 

代理人の感想

うーん。やっぱオリキャラばっかりが花を持たされてるとしか思えませんねぇ。

つーか何故に救心(誤字上等)ですか。オーガスト・ダーレスですか!?

それより何より不思議なのが、何故遺跡の内部に画家だの詩人だののデータがあったかって事ですね(そっちかい)。