機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

????視点

 

 俺は… どうなったんだ。

 明るいのか暗いのか分からない。

 ただ、目前には、懐かしい風景が広がっていた。

 ―――ここは…

 お前が捨てた場所だ。

 響く声。

 ああ、あの場所か…

 俺は、響いた声にまともに反応しなかった。

「悪いが… 罪悪感はねぇぞ。」

 俺は、夢見がちな世界でそう言った。

 

 「ナデシコ」被害状況

 大破、電子装備全ておしゃか。コンピューター系オールダウン、相転移エンジン1基消失、回線パンク、予備酸素の残り2週間、その他大量… どうしろと…

 

  ブリッジ ウリバタケ・セイヤ視点

 

「さて… いろいろと有りましたが、とにかく全部説明してもらいます。」

 俺は、困った顔を浮かべて、拘束された手足を軽く動かす。

「これ… 外してくれ。」

 俺は、手錠と60kgの重りに繋がれた鎖。おまけにくっついている嘘発見器を視線で指して言った。

「外したら、喋ります?」

 艦長の容赦ない言葉。

 尋問だな… これ…

 まぁ、あれだけやらかしゃぁ、当然か…

「で、まず何を話せと…」

 俺は、観念してそう言う。

「まぁ、まずは、何故「ナデシコ」の相転移エンジンの一基が消えてるんですか?」

 そう言う質問。順番が違うな…

「……… 順を追って説明しよう。まずは、何故いきなり5200機もの敵機が消えたか? からだ。」

 この場に居る皆が真剣な顔つきになる。あ、ゴートだけは、知っているから違うな。

「まぁ、簡単に言うならば、あれは、犬河の腕が良い訳でもなければ俺が何やら変な改造を施したからでもない…」

「じゃあ、なんでだよ。」

 途中で入る質問。その答えを言おうとした時にそう言う言葉を発されると困るな…

「あるシステムが原因だ。名称はLIMIT IGNORE SYSTEM 略称“LIS”だ。」

LIMIT(限界) IGNORE(無視)?」

「そう、LIMIT IGNORE。まぁ、どういう物かを具体的に言うと全ての物質にある“限界”と言う性質を無視して、その他全ての性質を無限大にまで上げるSYSTEMと思えばいい。尤もエネルギー的な問題も有って、エステバリスでの限界起動時間は1秒だがな。そして、それを使ってボロボロだった相転移エンジンを無理矢理起動させたってこった。人体にも有効で使ってる間だけならほぼ能力は、無限大になる。しかし…」

 皆が俺に注目する。“しかし”が気になるのだろう。

「あくまでそれは“無視”しているだけだ。いつか気が付かなければならない。己の限界をな… つまり、犬河は自身気付かない間に、その限界を超えちまったって事だ。それによりアイツはアバラを5本も骨折したし、機体のマニピュレーターが砂のようになって落ちた。「ナデシコ」のエンジン周りがぶっ壊れたのも、そのせいだ。だが、それにしても… アバラ5本だけで良かったと思うぞ…」

「その心は?」

「今まで生きて帰ってきた奴は皆無だからだ。そう、皆気付かずに限界を一気に超えて居たんだからな。」

「で、なんで九死に一生を得た彼をなぜまたそんな物に連続で、乗せたんです?」

「早い話が、出力の調節だ。起動してから手動で調節するしかなかった。なんせ一気に導線の許容範囲を超えるエネルギーが流れるんだ。機体はLISが効いているから良いが、それの外側に有る相転移エンジンにエネルギーを渡すには、調節が必須だからな。それで生存率の一番高い、始めて生きて帰ってきた奴を乗せただけだが…」

「なるほど、それで解りましたよ…」

 プロスが口を挟む。

「バッテリーが420本も無くなってた理由が…」

 冗談で多少なりとも雰囲気を軽くしようとしたのか?

 まぁ、使ったのは確かだ。1本当たり1秒だからな、7分間は、それくらい必要だ。

「一つ質問だ。」

 丁寧に、ヤマダ・ジロウが、手を上げて言う。

「大分前の事だが、なんでエネルギー的な問題があるんだ? エステバリスは、「ナデシコ」の重力波ビーム圏内だったら、半永久的に活動できるはずだし、なにかしらの発電機もつければほぼ無限に動くんじゃ?」

「それか、研究途中だが、答えるぞ。前者のほうは、それでまかなえるエネルギー量を越えている。後者のほうに関しては、LISの性質上何故だかわからないがLISが有効なのは“物質”だけなんだ。つまりは、物質をほぼ無限に“動かせること”は出来るが、エネルギー等を無限に“作り出す”ことは、出来ないんだ。それは、物質を動かす事によって作り出される物も同様なんだな。現に発電機に組み込むと言うのは、何度か試されたんだが、全ては座礁した。なぜかは解らんがな…」

「そこで、質問です。」

 今度はジュンが手を上げて言う。

「“研究途中”と言いましたが、それは“開発”された技術では無いんですか?」

その質問に俺は、黙る。

「そうですか…」

 ジュンは、それ以上は、何も追及しては来なかった。

「まぁ、今日はここまでと言うことにしてと… しかし、何にしても「ナデシコ」が、航行不能になった事は責任を取ってもらいますよ。」

「どうするんです? ここは、火星から5000km程しか離れていない宙域なんですよ。戦艦を直すような設備なんてどこにもありませんよ。」

 それが、当面の一番の問題だな。

「設備はともかくとして、部品ならあるぞ。」

「「「「「え。」」」」」

 提督のいきなりな発言に皆カポーンとなる。

「「クロッカス」の部品を「ナデシコ」に流用すれば良いだろう。中古品の船とボロボロの新造艦。足してどうにか1になる。」

「完全に直すのは無理でも航行できるくらいには…」

 ジュンが、言葉を途中で止め俺の方を見る。

「修理できる。」

 期待通りの返事を言った。

「総員! 即時修理体制!」

 響く艦長の声。しかし…

「なんじゃそりゃぁ?」

 と、まぁ、そんな感じで、「ナデシコ」の修理作業が始まった。

 

 

「って! だれか! 俺の手錠を外してくれぇ!!!」

 

 

 医務室 犬河照一視点。

 

「あ―――、あ―――」

 世界の全てに白身がかかっている。

 どこか、見たことがあるような視界だが、思い出せない。

「―――ち。」

 ち… 血。

「――いち。」

 1?

「起きやがれこの、ダメ人間の代表格!」

「ふがぁ!」

 お、俺の目覚めは、やっぱりこれか!

 上半身が、反動で起き、腹部に深々と突き刺さった楽花の拳を視認できた。

「ぎい!」

 激痛

 どっかの雑魚戦闘員みたいな声をだして、痛みを堪える。

「おー、おー、おけた。おけたぁ。」

 おけた?

 ゴス

「ふがぁ。」

 口にリンゴが、無理矢理突っ込まれる。次々と…

 窒息するって…

「おぶ、おぶ、おぶ。」

「馬鹿に対する腕不思議十字固めの代わりしっかと味わいなさい。」

 ビンタじゃ無いのか!

 リンゴが詰まって、声を出せないため心の中で叫ぶ。

「まぁ、アンタが気絶した間の事だけど… 意識不明期間2週間。でも、まだ火星付近だよ。」

「うびぃ! うびうびぃ!」

 翻訳。なにぃ! なんでだぁ!

「エンジンが、いかれたみたいで修理中。」

「ばがぁ、ばるごぼ。」

 翻訳。ああ、なるほど。

「ばか… って、言った…」

「ぎぎゃうぎぎゃ… ぎゅごぉぉぉぉぉぉぉ!」

 翻訳。違う違… ぐばぁぁぁぁぁぁぁ!

「ふ、またつまらぬ物を打ってしまった。」

「金属のは止めろ、金属のベースボールで使うものは…」

 や〜○だ た〜ろう〜

 何故にどこからかBGMが! しかも曲はいってる! 楽花の鉄拳も俺の腹に入ってる。

「お、俺がなにをしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――」

 ベキィ

「殺った! 第一部完!」

「お、折れたのは俺の背骨じゃなくて、ベッドの足だ。」

「ち!」

「マジで殺る気満々だっただろお前!」

 

「おうおう、目覚めも元気だねぇ。」

「アバラが5本も折れてるなんて考えられない。運動能力。」

「どうする? ここにジュース置いておくか?」

「それっきゃねぇだろ。」

「ちなみに戦果は、ガイ100機 ジュン100機 リョーコさん100機 ヒカルさん100機 イズミさん100機となっています。」

「ようするに、皆そろって奢る羽目になったと。」

 

 大した設備も無く戦艦の修理を完了したのは2ヶ月が経った時だった。

 その間、幸い木星蜥蜴の攻撃は無かった。

 

 そして、俺が無事ギブス生活からオサラバしたのも2ヶ月後である。

「いやぁ、やっぱり普通に歩けるってのは良いねぇ。」

 俺は、そう言いながら汗水を垂らしてリハビリに精を出している。

「ほ〜れ、ほれほれぇ、千鳥足の犬河ちゃん。こっちにお菓子があるぞぉ!」

「いらねぇよ!」

 俺は、リハビリ担当官代わり(別名遊び屋)のガイ&ジュンに対してそう言う。

「くそ… 時速3km以上は無理か…」

「そんなに歩ければ上等だ。」

 その言葉の後、俺は、バランスを崩して床に接吻した。

 

 ブリッジにて ホシノ・ルリ視点

 

 修理期間が2ヶ月、そうなると、地球へ帰るのは約3ヶ月半程かかりますか。

「当初の予定が、大きく狂ってますね。」

「まぁ、いろいろありましたから。」

 傍に居たプロスさんに私は、愚痴をこぼします。

顔色が悪くなり、いそいそとプロスさんは、退散して行きました。

 なんで、逃げるんです?

「ルリルリ… その目は誰でも退くって…」

 そういって、ハルカさんは、私に鏡を見せます。

 !!

 自分の顔を見て、自分で退いてしまいました。

「誰の顔です? 恐ろしいですね。」

「あんたのだって…」

 びゅぅん

 と、その時、正面にウインドウが開かれます。

『ん? よし、回線修理完了だ。』

「点検ですか?」

 砂嵐交じりのウインドウに写ったのは、無理矢理修理を手伝わされているゴートさん。

『まぁ、そんなものだ。もうすぐレーダーの方も直る。常時3機も探索機を出す必要はなくなるな。』

「楽になりますね。」

 本当に、肩の力が抜けた声でメグミさんが言います。

 徹夜で無線と睨めっこしてましたからね。

 ちなみに、このブリッジに居るのは、ハルカさん、私とメグミさんだけです。

 艦長やコックさん等は、破損部分補修の手伝い中。

 整備員の皆さんは、過労で殆どの人が倒れてしまって人手不足。

 パイロットの皆さんは、レーダーが使えない間、敵機探索のローテーション。

 そして、私達の様なブリッジ専門は、非常時の対処の為に24時間通信機との睨めっこと操舵の準備。

 正直皆さん相当ストレスが溜まっています。

 これに敵襲が来たらどんなことになることやら…

 ブゥン

 一つの計器に光が灯ります。

「レーダー復活。」

「探索機戻します。」

「やれやれ、これで一つ肩の荷が下り…」

 なかったです。

「レーダーに反応!」

「何この大きさ! 200mはある。」

「戦艦クラスの大きさです!」

「種別は!?」

UNKNOWN 不明!」

「全員警戒態勢A発令!」

 ビービービービー

 

 三ヶ月前… 場所???? ???視点

 

「ああ… これで研究は終わりだな。」

 隣の若い研究員が、そう言う。

「不本意だが… そうする他あるまい…」

 私は、残念な声を出してそう言った。

「“ラスト”が居ればな… 後1年は、続けられたかも知れん。」

「でも、あいつの脱走は、10年も前の事でしょ… そんな昔話したって、到底生きちゃいませんよ。」

「だが、残念だよ。警備が甘く奴に逃げられたのは一生の不覚だ。」

「ですが、“ナイン”も死んだ今、あいつに成功の可能性は殆どありませんよ。」

「まったく、工業部の方は、「ナデシコ」とか言うグラビティブラスト装備の戦艦を作ったと言うのに… また、我々は上に謙遜されるな。」

「えっと… このサイトですか?」

 若い研究員が、そう言ってパソコンを操作して、サイトを開く。

 ………………ピ

 電子音。私と若い研究員は、その方へ振り向く。

 ピッピッピッピッピッピ…

「馬鹿な… 被研体が生き返っただと!」

 夢を見ているようだった。一瞬で被研体の生命反応が復活したのだ。

「どういうことだ! なぜこんなことが!」

 私は、若い研究員に質問を投げる。

「わ、解りません。このサイトを開いたら… !!!」

 若い研究員は、しきりにマウスを移動させていた手を止めた。

「生きて… いた… のか…」

 クルー名簿。“犬河照一”の所で画面は止まっている。

「はは、ははは、なるほどそうか! 人間の感情とは凄いもんだぁ! “怒り”が蘇生剤になるとはなぁ!」

 その時の私は、狂喜で狂っていたのだろう。

「憎い… か?」

 私は、被研体の“ナイン”へ向けてそう言う。

 僅かだが、顎を縦に振った。

「自分一人逃げ出し、そして生き残ったアイツが憎い… そうか! なら、簡単だ! アイツは今火星に居る! アイツを連れてこい! アイツを連れて来ればお前にアイツをやろう、好きにして良いぞ!」

「きょ、教授!」

 若い研究員が止めに入る。だが、彼も研究を続けることへの好奇心があったのだろう。すぐに、大人しくなった。

「しかし、どうやって火星まで…」

「ん、“ナイン”には、当然のことながらIFSが付いている。なら簡単だ。ちょっとしたツテを使って、X−2196を手に入れれば良いだろう。」

「え、X−2196ですか! 確かに、人が生活できるようにコックピットを改装して使えば良いですが… しかし、あんな物が手に入るんですか!」

「そう、手に入る… あの開発者にはデカイ借しが有ってな…」

 手に入るのだ。

「あの、世界初の相転移エンジン搭載機がな…」

 

 更衣室、犬河照一視点

 

「い、一応… 俺も用意しておいたほうが良いよな…」

 俺は、痛む体を引き摺りながら着替えをする。

「く… そ… 上着が脱げねぇ…」

 俺は、悪戦苦闘して、どうにか上着を脱ごうとする。

「ほれ。」

 いきなり上着を脱がされる。

「ああ、どなたか知りませんがありがとう… って! 楽花ぁ!!!」

 俺は、上着を脱がせて貰った人物に突っ込みを入れる。

「どどどどどどどどどどぉ〜して、お前が此処にいんだ! ちゃんと男用の更衣室に入ったぞ俺はぁ!」

「待ち伏せ…」

 即答される。いたいな、いろんな意味で。

「はい、次、トレーナー。」

 無理矢理脱がされる。

「次ズボ…」

「ンは! 自分でやるからいいって!」

 そう、その現場を人に目撃されたら間違いなく誤解される。

 速攻で、俺はズボンを履き替えた。

 そして上の方は、結局楽花に着せてもらった。

「肩が上がらないんだな… これが。」

 俺は、そう言って、自身に説明をすると。

 体を引き摺って、格納庫へと向かおうとする。

「待てぃ!」

 背後から裏襟を掴まれて、スウェーの体制になる。

「なななぁにぃ、すんだよ!」

「どりゃ。」

「うほうぇ!」

 無理矢理手に握られていたものを口に突っ込まれる。

 なんだこの、味は?

「美味しい?」

「まぁ、不味くは無いな…」

 俺は、正直な感想を言う。

「で、これなんだ?」

「ん? ん〜と…」

 楽花は、返答に困っている。

「秘密。」

「何食わせた!」

 思いっきり、戻そうと努力する。

「戻すな!」

 止められて止めた。

「マジでなんだか教えろよ。」

「ダメ! 吐くじゃない。」

 要するに聞いたら吐く物を入れたって事か…

 しかし… 涙目で言われると言い返せん。

「……… ああ、解った降参だ。何かは聞かないよ。」

 俺は、両手を上げて降参の意を示した。

「あんまり待たせ過ぎると怒られちまうから、そろそろ行くぞ、俺。」

 バチィン

 ビンタを受けた。仰け反る俺。

「気合を入れただけ、ちゃんと帰って来い。」

 俺は、叩かれた部分を人差し指で掻きながら廊下へ続く扉を開いた。

 

 そして、走り出した。

 明日が、あるかどうかも解らぬ戦場へ向かって…

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第八話上

END

第八話下へ続く…