機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 犬河照一

「大見事! 戦車のお土産を持ってくるなんて流石だぜ!」

「褒めるなヤマダ少尉。大体、これ燃料も残り少ないし帰ってくるときに残骸とかを蹴散らしてきたから、装甲は凹むわ、オイルは漏れるわ、砲塔は不備で回らんわ、主砲はさっきの戦闘で焼き付いてるわで、もうポンコツ品だぞ。」

 俺は、所どころ装甲が凹み、燃料計の針が半分以上下に来ている戦車を指差して言った。

 まさに、惨い惨状であり鉄塊と化していて、辛うじて車と判断できるのは正面にライトが(半場外れそうになりながらも)ついているからだろう。

 ちなみに此処は、先程の休憩地点である。

 この戦闘で自力でここに戻ってきたエステバリスは、イズミ機だけだった。ヤマダ機の方もエネルギー切れで捨てて来たらしい。

「へ〜、でも設備はいい戦車ね。自動照準に自動砲弾装弾機。機関銃が左右に二個ついてて主砲の口径は30cm… しかもエアコンまでついてるわ。夜は冷えるから後はここに入っていない?」

 冷静にマキ少尉が、戦車を分析する。

 この後も色々と説明が続いていく…

 俺は、戦車に関しては専門外だった為に大したことは分からなかったが、とにかく色々と有ると言う事は分かった。

「向こうも派手にやってるらしいし。どうしようか?」

 ヤマダ少尉が、明後日の方を見て言う。

 気になって目を向けると、そちら側の方から大量の光が点滅しているのが見えた。

「まだ残りが居たらしいな…」

「そんなこたぁ、言っても。俺たちに出来ることは無いぞ。」

 事実そうである。エステバリスは、全員がエネルギー切れだし、周りの戦車は当然の事ながら殆ど炎上している為に戦車の燃料補給は出来ないし、歩いて追いつくほど鈍くも走っては居ないだろう。

 と、思うと突然睡魔が襲ってきた。

「ふわぁぁぁぁ… まあ、そっちは置いて置くことにしてと… 白兵戦の装備を下ろそう。見張りを一人立てて、他が寝るって事で。」

 戦車はあらかた倒したが、此処は敵地である。油断ほど恐ろしい物は無く、俺は十分に警戒をしていた。

「おっし! 俺が見張りに立とう!」

 ヤマダ少尉が志願した。

「じゃ、お前に頼むわ。」

 俺は、そう言うとエステバリス砲戦フレームのバックパックから武器を下ろそうと、エステバリスによじ登る。

 手動でバックパックの蓋を開ける。

 月明かりに照らされて出てきた物を見て、思わず溜息が出た。

「なんだ? スティンガーにカールグスタフ? それに先の任務で持ってきたチェーンソーと斧? なに入れてくれてんだよ…」

 まあ、取り敢えず武器には違いないので俺は全て背負って降りてゆく。

 結構な重量だ。気を抜くと落ちちまうかもしれないな、慎重に降りないと…

 俺は、気をつけながら降り、地面に着地する。

「こんなもんだ。」

 そう言って、中に有った武器類を見せると。

「………まあ、こんなもんか。」

「こんなもんでしょう。」

 大した反応が返ってこなかった。

 呆れなのか、当然だと思っているのかいまいち分からん。

「まあ、心配してくれてるのは分かるけど真坂こんなところまで…」

 と、その時である。

 

 バサ バサ バサァ バサァ

 

 ザザッ ザザザァッ

 

 キョーン キョーン キョーン

 

 

 

 …………鳥が一斉に飛び去っていく音。

 

 何やら小動物が逃げていくような足音。

 

 得体の知れない鳴き声…

 

 心なしか月が赤く見える…

 

 反射的に俺は、柄に手をかけていた。

「なんつー、不吉な…」

 ヤマダ少尉もスーパーレッドホークを抜いている。

「それは当たるもの… 悪い予感は、確かに当たるわ… 経験者だから分かるの…」

 マキ少尉に言われると異様な説得力があった。

 ゴールドシリーズ744の引き金に当然の事ながら指がかかっている。

 俺は、ファイティング・ダガーを鞘から抜き払う。

 緊張が、質量を持ってくるかのように俺を襲ってきた。

 風の音が五月蝿く感じる…

 1秒が10秒にも感じられた…

 大して高い気温でも無いのに手の平に汗が滲んでいる。

 来るな…

 これで来なかったら、お笑いだけで済ませんぞ作者。

 

 ボコ…

 

 心なしか、土が盛り上がったような音が聞えた気がした。……気のせいか。ならばいいのだが。

 

 ボコ、ボコボコ……

 

 いや、確かに聞えたぞ! この音は確かに足元の地中から響いてくる。

 反射的に、歯がガタガタ震え始めた。武者震いだ、と強がりを言いたかったが、どうやら言えそうにもない。

 隣を見ると、ヤマダ少尉の額にも冷や汗が浮かんでいる。

 足元に目を凝らせば、確かにそこは盛り上がっていた。

 

 ズルウゥゥゥゥゥ!!

 

「ひいぃ!」

 マキ少尉が、微かに押し殺した悲鳴を上げた。彼女らしくないが、無理もなかろう。私とて悲鳴を上げたいくらいだ。

 唐突(・・)()地中(・・)から(・・)青白い(・・・)()()生えて(・・・)くれば(・・・)、誰とて同じ反応を返すであろう。

 おお、神よ! 何たることであろうか。この地中から現われし人の似姿の、なんと醜悪なことか。

 その肌は死体の如くに青白く、身体の所々が腐敗し、壊死し、荒廃している。それらの傷口からは蛆すら湧いている。

 その醜悪さを際立たせるのは、その容貌故か。元は美しい少女であったのであろう、腐りきり、血の気を失った顔には、生前を忍ばせるような美しさが垣間見える。無論、それは我々に、より一層の嘔吐感と、恐怖心を増す効果を否応無しに高める物であったが。

 ああ、我が愛する楽花嬢に燈子嬢よ。あなた方の忠告を素直に受け入れておけばよかったと、今更ながらに後悔する。

 しかし私は、もう二度とあなた方に会うことは出来ないだろう。

 青白い手が、私のほうに近づいてきた。ああ、手が! 手g―――

 ……などと三文怪奇小説風に描写してみたが、実際問題、状況はこの通りだった。

 しかし、なんでわざわざ下からなんだよ…

「今回はホラーでゾンビーか…」

 ゾンビと言えば、常識的に考えて動きが鈍いはずだ。

 勿論、この目の前のゾンビらしき元女性であった物は、そんな楽観的な予想など覆した速度で迫ってきたが…

 人間業ではない(勿論人間ではない)跳躍を披露し、俺の頭上へと踊りかかる。

「俺は、キリスト教徒じゃないぞ! 神父服とかそう言うの狙え!(雰囲気が出るから) 少なくとも俺は仏教徒だぁ!」

 俺は何や何やら自分でも良く分からない台詞を吐き出すと、ファイティング・ダガーをゾンビらしき元女性という描写が異様に面倒クサイ物の頭部(と、言って良いだろう)に向って振り下ろす。

 唸りを上げて、空気が裂ける手応えをも感じる。

 結構な力を入れてたみたいだな。

だが、狙いが少しずれて相手の肩口を捕らえた。

 相手の運動と位置エネルギーが、俺に味方しそこら辺の自動車のフレームならへこみそうな強烈な一撃を見舞ったのだが…

 ゴニュ…

 奇妙過ぎる手応えがグリップに伝わる…

 どす黒い血が、三百六十度全方位に撒き散らされた。

 熱い…

 異様なほどに、火傷しそうなほどに熱い血液が俺の顔面に振りかけられる。

 実際火傷したかもしれない。

 元女性は、怯んだ様子も無く俺の腕に掴みかかる。

「このゾンビーが! 我らが中尉どのから離れやがれ!」

 ガァン!

 ヤマダ少尉のスーパーレッドホークが火を吐いた。

 射撃訓練にも精を出していた為、的確に正面のゾンビー(仮)の人間ならば急所である位置に鉛弾を送り込む。

 グブチャァ!

 肉を引き裂くにしても奇妙な音が響き、元女性は吹き飛んだ。

「ぐぎぐぎゃぐじゃぐぎぐゅるぅぅぅぐぅ…」

 声帯から発せられたとは到底思えない音が、俺の鼓膜を刺激させる。

「ど、どうだぁ…」

 だが、元女性は直ぐに起き上がり、撃たれた胸部に手を当て止血のようなポーズを取る。

 手を傷口から放した次の瞬間。そこには痕も無い完璧に再生された肉体があった。

「しな… ない…」

「な、なんだってんだよ…」

「あったりめーだろ。これくらいで死ぬのなら俺は、楽勝で毎回殺してるぞ。」

 慣れてる俺だけが正常(?)な反応を返す。

 参ったな… どうやって殺そうか?

 俺は、頭を掻きながらそう思った。

 そう思った直後“硫化水素”の様なクサイ匂いが辺りに充満する。

 思わず俺は叫んだ。

「うお! コイツはクセェ! てめぇから、ゲロ以下の匂いがプンプンしやがるぜ!」

 鼻の辺りを手で仰ぎながら俺は言った。

「犬河中尉。そう言うのを女の子に言っちゃダメだよ…」

 マキ少尉。人扱いして良いのか? 実際問題く…

 と、まあ、この議題は此処までにしておいて…

「しかし、さっき組み付いたので名札スッといたんだよな。」

 俺は、“酸化”しかけた金属のプレートに目を通す。

 所々掠れていたが、2の文字が分かった。

 先に何かついている奴は、もうこの世には居ない。

「お前“セカンド”か? あのおしとやかな性格は何処へ行ったつーんだ! そんなゲロ以下の姿がお前の真の姿だったのか!? う〜む、人は内面によらないものだ…」

「待って、凄く意味不明だけど…」

 マキ少尉に質問されるが無視。

 しかし、いきなり話題が変わるが、なんて力だ…

 組み付かれたパイロットスーツの腕部を保護する装甲板が剥ぎ取られていた。

 剥き身で飛び掛られて来られたと思うとゾッとする。

 ウリバタケさん… 重ね重ね有難う御座います。

 最悪、此処で手を無くしている所でした。

 感謝は此処までとして… 俺は、ホルスターからS&Wモデル500を高速で引き抜き、瞬時に照準。

 トリガーを一気に引いた。

 ガァン!

 だが凄まじい反射神経で、セカンドは銃弾を回避した。

 燈子よりは遅いな… どうにかだけど目で追える。

 勘でセカンドの大凡の速度を計ると、続けざまに4発の灼熱した弾丸を送り込む。

 マズルフラッシュが闇夜に煌いた。

 銃弾が尽きた途端、ヤマダ少尉のスーパーレッドホークが火を噴く。

 ヤマダ少尉の銃弾が尽きたら、マキ少尉のゴールドシリーズ744が火を噴いた

 弾薬が尽きた銃にスピードローダーで装弾すると、再度構えなおした。

 見事なローテーションを決める俺達だが、遅かれ速かれ相手を倒す前に銃弾が尽きる事は目に見えていた。なんせ一発も当たってないのだから。

 だが、訓練された射撃は確実に足止めの効果をもたらしている。

 俺は2順目を終えると、すぐさまカールグスタフを担ぎ上げた。

 引き金を引く。

 反動は余り無い。

 だが、500mからでも20世紀後半の戦車を撃破できるだけの威力を持つ84mmの弾が、銃口から吐き出された。

 

 着弾。

 

 土ぼこりを巻き上げ、雷鳴の様な凄まじい音が鼓膜を突き抜ける。

「どうだよぉ!」

 俺は、再度装填している暇が無いと悟り、カールグスタフを脇に置くと、スピードローダーをシリンダーにはめ込みS&Wモデル500に5発の弾丸を装填する。

「やったと思うか! 中尉!」

「できれば、そっちが良いんだけど。」

 少尉達の質問がきこえる。

「ぜ〜んぜん、思ってない。」

 良くて弾は当たっただろうが回避された可能性の方が高い、仮に当たったとしても止められる物とは思っていなかった。

 ビュオン!

 それを、確定するかのような風きり音。

 俺は、聞えた方へ向かってS&Wモデル500の銃口を向ける。

 だが、向いたほうには風に煽られる植物以外の動く物は無かった。

 見失った事を悟る。

 してどうにかなるものでもないが俺は、舌打ちをする

 やばいな… 奇襲されたら一間の終わりだ。

 事実俺たちには、あれ程の速度で奇襲されて、無事でいられる様な自信も装備もある訳が無かった。

 俺は、ファイティング・ダガーを拾い上げ、鞘に収めるとジリジリと歩を進める。

 戦車の装甲に背中を合わせた。

 どうだ、これで向ってくるのは正面と横と上だけになったぜ…

 S&Wモデル500を構え、全神経を張り詰めさせ気配を探る。

 他の二人の少尉も似たような事をしていた。(背中に合わせてあるのは、エステバリスの装甲だが…)

 6分程が経っただろうか…

 息を潜めた… 夜にしても異常なほどに静かな時間が過ぎていく…

 来るとしたらどっちからだ… 上か! 正面か! 横か!

 だが、俺はこの時に忘れている方向があった。

 そう、アイツが来る時どのようにして現れたか…

 ボゴォ!

 地面が、瞬時に盛り上がる。

「“下”かぁ!」

 だが、時既に遅し、銃口を向けようとしたが、俺は強烈な一撃を胴体に受ける。

 すぐ背後の戦車の装甲に当たり瞬時に運動が止まる。

 肺が押しつぶされそうな一撃であった。

 その時の衝撃で、持っていたS&Wモデル500への握力が弱くなる。

 続けざまにもう一撃を貰い、弱くなっていた握力がさらに弱くなり取り落としてしまった。

「くそ… たれぇ…」

 パイロットスーツの防御機構を通してでもかなりの衝撃が俺に降りかかっていた。

 身体を鍛えていなかったら、アバラの一・二本は逝っていたかもしれない。

 調子に乗って、もう一撃を見舞おうとするセカンド… だが…

 ゴイン!

 俺は、避けた。戦車の装甲を軽く拉げさせる拳が脇を通りすぎていく。

 ギュッと拳を握りこみ、顔面を狙って殴りつける。

 だが、技術も何もない、反射神経だけの無駄だらけの動きで回避された。

 頭の方に放った右腕の一撃は…

 ドゴォ!

 だが、同時に放った下腹部を狙った左手の拳は見事に命中した。中の砂鉄が固まる感覚と共に、何か果物にめり込むような感覚が拳を伝わる。

「うぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は、渾身の力を拳に込めて、セカンドを弾き飛ばす。

 土壇場からの脱出に成功したかに見えた。

 ヒュゥン!

 だが、怯みも隙も留まった瞬間も見せずに再度セカンドは、俺に飛び掛ってくる。

 俺は、左手の一撃で大振りしてしまった為に、体勢を立て直せないでいた。

 無論、回避などできるはずが無い。

 正面に拳が、迫ってくる。

 間違いなく、顔面に当たる。

 チクショウ!

 俺は覚悟して、防御に神経を集中させる。

 拳が、前髪に当たるか当たらないかと言う所まで接近してくる。

 そして、俺の皮膚に拳の感触が…

 伝わらなかった。

 すんでの所で、セカンドの拳は止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 分からなかった、状況が理解できなかった。

 どう言う事だ? なんで止まるんだ? もしや、昔の絆がセカンドに残っていて、友情(もしくは、愛情)パワーで本能をも理性が突き破って体を止めたと言うのか?

 だが、セカンドの目は、俺の方を向いては居なかった。(まあ、そんな間抜けな事を本気にしていた訳でも無かったが… ホントだ!)

 ザッザ…

「よ… よせよ… セ… カ… ンド…」

 !!

 声が響いた。弱弱しく今にも消え去りそうな声である。

 俺は、反射的に目を向ける。

 やつれはて、肉がこけ落ち。みずぼらしい姿をした男が居た。

 腕は細くなっており殆ど骨のような感じだ。それは足も叱り。

 樹木にしがみ付いてようやく立っていられると言う感じであった。

「よお… ラ… す… と… ひさし… ぶり… だ… な…」

「………WHO ARE YOU?(お前誰だ?)」

 落ちたS&Wモデル500を拾いながら俺は言う。

 俺のおどけた口調に、そいつは、笑ったように見えた。

「は… は… わか… らんよな。 セ… ブン… だよ…」

「道理でカラータ○マーが付いてない訳だ。」

 場違いな台詞を俺は吐く。

「おい… 中尉… 緊張感無さ過ぎだ。」

「もちょっと警戒しなさいよ。」

「しかし… 本題に入るけど… お前なんだその姿は… けど、チャンと喋れてるって事はどういうことだ?」

 俺は、前者達の質問をまるで無視すると、イキナリ真面目な話へと戻す。

「は… そこの彼女とは… 逆だよ。 彼女は、適応できなかった… まあ、そのことに関しては…… あま、ガフゴフッ! あ、あまり人のことを言えないがな……」

 吐血しながらセブンは言う。心なしか、セカンドが悲しげな瞳を作っているように思えた。

「適応できてねぇのかよ二人とも… まあ、それはともかく。なんでそれなのにお前はチャンと喋れるんだ? まあ、チャンとと言って良いかどうかは微妙だが…」

 最大の疑問を俺は言う。燈子の時のような事も有り得るが、そう何度もあんな風になるとも思えない。

「せっかち… な奴… だな、相変わらず… 簡単さ僕は肉体的には完全に適応した… だけどね… 免疫細胞の急激低下… 単純に言ってしまえば、HIVに感染して、発病したみたいなものさ… しかも… 投与される… ワクチンは… 全て… 不純物として体内で処理され… ちまうんだ。完全な… クリーンルーム以外じゃ… も、のも見事に… 数日で死んじまうだろうな。」

「そんなデリケートな身体引き摺って何しに来たんだよ…」

 半場呆れを含めて俺は言った。

「い、いや… 彼女と… ぼくは… 世間一般で言う恋人でさ… 頼まれ事があってね…」

 セカンドの表情が動いた様に見えた。

 どうやら… 俺のさっきのフザケ半分の推測… 強ち外れじゃ無かったみたいだな…

 まあ、相手が違ったが。

「頼まれ事ってなんだよ? しかし、良く来れたな… お前みたいなのに良く外出許可が下りたもんだ。」

「は… は… キミや… シックスと… 同じさ… 抜け出してきたんだ。」

「…………」

「セカンドの… 後つける… だけでここまで来た… んだけどね… はは… カッコ悪いよな。女の、尻追っかけ回さ、なければ… 辿りつくことも出来ないなんて… さ。」

 泣かせる話だよ…

「で、セカンド? お前はどうしてだ? どうして俺を狙うんだ?」

 俺は、狙う理由をセカンドに聞いた。聞いておかなければならない気がした。

 セカンドは、歯を噛んで、自分の歯茎から血を流させる。

 十分すぎるアプローチだった。

「なるほど… やっぱしかなり恨み買ってたらしいな… 俺。」

 恨まれるのは筋違いと言いたいが、この状況で言うほど俺は命知らずでもなかった。

「はは… 買いに買われてたよ… 売れ行き好調で羨ましかった位さ。」

「………羨ましかったのはそこだけか?」

 俺は、そう言った。

「嘘になるか… グッ! キミにそれ以上の嫉妬ってのを抱いていないというとな…」

 当たり前だ。“嫉妬”という単語も知らない、聖人君子のような輩と付き合った覚えなど、俺には無い。

 誰だって、そんな理想的過ぎる人物と付き合おうなどとは考えないだろう。どう考えてもウザイだけだ。まあ、仕事とかを押し付けて自分は楽するという打算もあるが…

 不順な動機だな…

 自分で自分に呆れてしまった。

「でもな、その嫉妬を押し殺してでも… やって欲しい事があるんだよ…」

「お見事だ。“復讐なんて何も生まれないから”などという奇麗事よりも、よっぽど俺好みの言葉だな。俺だって、お前の方の側にいたら復讐も考えるだろうしな… っていうかするだろうな… しかし、その憎しみを踏みにじってでも頼みたい事ってのは何なんだ? 俺のような“幸福者”には到底理解が出来ないんだけどな。」

「何を言ってるんだよ… ツゥ! この命ばっかし狙われる“不幸者”が… じ、時間があまり無さそうだな… 用件を言うぞ… 簡単だ…」

 それは、本当に簡単な頼みだった。

 余りにも簡単すぎていた…

 呆れてしまうほどに簡単だった。

 呆れてしまうほどに予想できていた。

 呆れてしまうほどにお決まりだった。

 呆れてしまうほどに互いの役が似合っていた。

 呆れてしまうほどに俺の唇は簡単に肯定の言葉を紡ぎだした。

 それは、余りにも簡単すぎる頼み。

 本当に簡単であった。

 

 僕とセカンドを殺してくれ… 

 

 なのだから…

「おい、忘れられてたみたいだが… 手伝うぞ。」

「私も。」

 マキ少尉とヤマダ少尉が、そろって右手を挙げる。

「じゃあまずは…」

 俺は、S&Wモデル500を引き抜く。ヤマダ少尉は、スーパーレッドホークを構える。マキ少尉は、ゴールドシリーズ744の撃鉄を起こす。

 流れるようなモーション。

 モタモタもせずにピッタリと息の合った行動。

 そして、声までもが揃っていた。

 気のせいならいいのだが、セブンがかすかに笑ったように見えた。

「「「一人目。」」」

ガガガァァァンンン!!!

 綺麗に銃声は揃わなかったが、3つの銃口からマズルフラッシュが輝いた…

 放たれた3つの銃弾が、セブンの眉間と胸と腹に突き刺さる。

 一瞬だが痙攣したように見えた。

「呆れてしまうほどに楽勝だったぜ。」

 俺は、物言わぬ完全なる物と化したセブンに向けて親指を下に向けて右手を突き出した。

「「一人目はな(ね)。」」

 そう、問題は此処からだ…

 この後は、呆れてしまうほどに面倒くさい場面しか俺には思い浮かばない。

 だが奇妙な感覚だった。

 吹っ切れた。

 それが今の正しい感情だろうか?

 俺は、ゆっくりとセカンドの方へ振り向く。

 セカンドは、肩を震わせている。

 感情は見えない。

 怒りか悲しみか… 憎悪か迷いか… 理解できないのか…

 とにかく感情があるならばそれの奔流が留まる事無く荒れ狂って居るのだろう。

 だが、俺の心は呆れてしまうほどに涼やかだった。

「恨まれるのは筋違いだが… まあ良いさ…」

 俺は、言葉を紡ぎだす。

 さっき殴られた物が、今更効いて来たのか俺の口の端から赤い物が流れ落ちる。

「約束もあるが… それ以上に俺がお前を殺したい理由があるらしい。」

 ハッキリとは分からない。だが、確実に存在する“何か”によって俺の感情は高ぶっていく…

 そもそもそんな物だろう… 人を殺す直前と言う物は…

 理性などとうに吹き飛ぶか、理性が有りながらも感情の押さえが利かないかのどちらかなのだろう。

「だから、恨み言は俺じゃなくて…」

 俺は多分後者の方だろう。自分ではそう思う。

 だが、とうに感情など吹き飛んでいるのかもしれなかった。

 中の思いが燃え滾っているのか、氷のように滞っているのかも分からずに俺は銃口を向ける。

 そして、俺は手をかざして言った。

 

「この手に言ってくれ。お願いだからさ。」

 

 土下座が出来るならしていただろう。地面に落ちたミルクを舐めろと言われたら舐めただろう。42.195kmを完走しろと言われたらしただろう。

 それほどまでにこの“お願い”は、今の俺にとって重要な事だった。

 けれども、相手はそんな暇さえも与えてくれなかった。

 殺すな…

 確実に俺はコイツを殺す。

 殺すだろう。

 殺すだろうな。

 何のために?

 何言ってんだよ。

 理由を考えながら人殺しが出来るか。

 そんな奴は、よっぽど慣れている奴か、理性で瞬時に思ったことこそが理由だと思っている奴だろうな… たいがいの“復讐者”ってのだろう。

 まあ、恨みが殺す理由ってのが一番解りやすい理由の一つだろうな。

 正確に言うなら単なる自己満足の為でしかないのだろうが。人のことを言えた義理でも無い。

 現に俺は、大切な物を本気で奪われたと思ったことなど無いのだから。

 されたらどうなるか、などということは分かるはずが無いのだから。

 いや、こんなにアイツが飛び掛ってくるまでに時間があったのか?

 今までも相当集中していたと思ったのに?

 ふと、意識を其方に向ける。

 相手は、まだ飛び掛ってすらいなかった。

 脳内の情報処理速度が、コンピューター並になったのか俺。

 全く、“人間の身体”ってのはいい加減なもんだな。

 無性に頭が掻きたくなった。

 その時である。

セカンドが動く。

 止まっていたような時間が動き始める。

 瞬間、俺とセカンドの相対距離は殆どゼロになった。

 相手も感情が高ぶっているらしい。

 人間切れると、途方も無い力を出す事もある。

 それと似たような物だろう。

 いい加減だな。

 まあ、そのいい加減さが奇跡を起こすとかなんとか言われているのだが。

 俺は、限りなく関係の無い事を考えながら引き金を引く。

 何時もは凄まじい反動が返ってくる筈のグリップからは、なんの抵抗も感じられなかった。

 否、それは遅くにやってきた。

 強烈な反動を受け、俺の腕は跳ね上がらんとするが、全力を込めて跳ね上がらんとするのを出来るだけ押さえつける。

 それは、俺は人間だから。こんだけ反動のデカイ銃の反動を受けても全く狙いをブラさないなんて人外的な芸当が出来る訳が無い。

 今までも、あくまでも人間のレベルでの射撃である。

 まあ、この距離では狙いもへったくれも無いだろうが。

 第二射を、銃身が跳ね上がりつつも放つ。

 静かだった。

 嫌に静かだった。

 沈黙ではない静かさが此処には出来ていた。

 奇妙な物である。

 コレだけ喧しくしているのに静かだなんて。

 二発の強烈な銃弾を受けて、吹き飛ぶセカンド。

 俺は、射程距離外に逃げられる前に足を跳ね上げ蹴りをかました。

 狙いもへったくれも無い一撃。

 だが、確かに捉えたと言う手応え(足応え?)が返ってくる。

 普通の女性にやったらしっぺ返しを喰らいそうな胸板に蹴りは入った。

「本番はこれからだ。」

 脚を踏ん張らせて吹き飛ぶのを堪えるセカンドが目に映る。

 ガァン! ガァン!

 続けざまに脇から放たれた二発の弾丸が、セカンドの肩口に命中し貫通した。

 ヤマダ少尉のレッドホークとマキ少尉のゴールドシリーズ744から硝煙が漏れている。

「やろうじゃないか。」

 ヤマダ少尉が合わせる。

「ハイ…」

 マキ少尉が決める。

 

 

「「「ACTION!」」」

 

 本番が開始された…

 主演は、犬河照一。

 ヒロイン役は、マキ・イズミ

 友人役は、ヤマダ・ジロウ

 敵役は、セカンド。

 監督と脚本無き映画の行方は誰も知らない…

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十七話 中

END

第十七話 下へ続く…