機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 ヤマダ・ジロウ少尉

 驚くのにも慣れてきたよもう…

 コイツの過去に何があったのかは俺は良く知らない。

 幸福者と自称しているが、俺から見れば十分な不幸者である。

 コイツは、自分以上に不幸な奴でも知っているのか?

 俺は、後日それを聞いたら見事なほどに簡潔な答えが返ってきた。

 

 “五体がチャンとついているだけで十分な幸福だよ、大体あんなやつらとやりあって手や足を無くさないだけでも十分幸福だろ”

 

 いや、それは幸福じゃなくて悪運って言わないか? と突っ込んだ。

 ってか! やりあう時点で十分不幸だっつーの!

 それに対しては、こう返された。

 

 “まあ、それもそうだが… しかし、悪運と言ったら俺は悪運の塊だな。死んでない時点でさ”

 

 まったくだ。理不尽相手にあそこまでやるんだ。十分な悪運だよ。

 

 “理不尽… か…”

 

 何か遠い目をする目の前の人物。

 

 “そんなの無いだろ”

 

 は?

 

 “理不尽なんて努力や工夫やなんやらで乗り越えられる物さ… 理不尽が相手ならこっちはもっと悪質な工夫をすればいいだけだ”

 

 例えば?

 

 “人質に罠、凶器に目潰しに噛み付きに急所攻撃、もしくは反則武器を使うとかだな… それに、人外でも殆どの場合は焦土作戦でなんとかなるもんだ。まあ、例外が幾らか居るだろうが。”

 

 外道だな…

 

 “人間が理不尽に勝つのに正面からなんて行けるかよ。それに外道に失礼ってモンだぞ俺にその呼び方は… せいぜいそうだな”

 

 目の前の男は暫し考えると、こういった。

 

 “その上を行く「邪道」だな。俺は、まあ理不尽相手でも努力したり頭を使えばどうにかなるってことさ神でも無い限りな”

 

 お前は…

 

 普段なら冗談とでも取っていただろう言葉が、俺の胸の奥に深く… それは深く突き刺さった。

 

 

 

 ガァン! ガァン! ガァン!

「糞ったれ!」

 一回引き金を引くごとに銃身が跳ね上がるのを必死で押さえながらの射撃を俺は繰り返していた。

 ルガー スーパーレッドホークの予備の弾薬も殆ど無くなってきている。

 ガチン!

 数えるのも忘れていたが、シリンダー内には、空薬莢だけになったらしい。

 俺は、スイングアウトしスピードローダーを取るために腰に手を回す。

 だが、手は空を掴んだ。

 糞! もう無いか!

 銃弾には勿論限りと言う物がある。

 コレだけ撃って、訓練を積んでいるのに数えるほどしか当てられなかった事に多少のイラつきと嫉妬を俺は感じていた。

 幾ら精神を壊されたとは言え、こっちは努力してここまで来たのに、それをいとも簡単に越されてしまうのは無論ムカつきと言うものを感じざるを得ないだろう。

 俺は、サバイバルナイフしか後は持っていなかった。

 落ち着け、ダイゴウジ・ガイ… いや、ヤマダ・ジロウ。

 都合よく有るのならば、弱点がどこか分かればコイツを突き立てるだけでそれは済む。

 今まで撃った箇所以外の所を取り敢えず刺しまくれば、何時かは…

 この考えをこの状況で思う俺は、昔の俺から見ればトンでもなく偉大に見えただろう。

 自分でも気づいていなかった。

 恐怖も無く、絶望も無く… ただ有るのはイラつきと殺意だけなのだ。

 どんどん昔夢見たヒーローからかけ離れて行っているな…

 しかし、恐らく俺はそれを知っても最早ヒーローに憧れはしないだろう。

 本気で死線を潜り抜ければ、誰だってそう思うに違いない。

 自分の考えが自己生命至上主義と言う形になっているのが、今の俺であった。

 だが他者を見捨てられるほどの卑劣漢(俺主観)にもなってはいなかった。

 手助けくらいなら相手が邪魔だと思っていなければ、いい事なのだろう。

「だぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は、唯一の武器となった己の五体と一本のサバイバルナイフで、化け物に飛び掛る。

 飛びつくようにして、10cmほどの刀身を肉にめり込ませた。

 ガッ!

 まるで、石に突き刺したような手応えが返ってくる。

「度胸があるのは… 良いけどさ!」

 ドカァ!

 右側に居た、犬河の拳が、化け物を捕らえる。

 恐らく、アイツももう弾薬切れだろう。

 ホルスター内が空の所からも分かる。

デッドウェイトになるからと、何処かに捨てたようだ。

「へ! 何言っていやがる! 度胸だけでも無いんだよ!」

 ガキィン!

 再度、サバイバルナイフを突き立てたが、刀身半場のところで耐え切れずにナイフは折れた。

 だが、“そんなこと”など俺にとって見れば些細な事である。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 何度も折れたナイフを突き立てる。

 明確な殺意が俺の目から放出される。

 狂わなければ放出されようも無いほどの殺意が、俺の目からあふれ出ていた。

 だが、化け物は俺には目もくれない。

 まずは、犬河が先とでも言うように…

「ちっとは、こっちも気遣えよ。手伝う意味が無いだろが。」

「全くね。」

 同階級のマキ少尉が、俺の言葉に同意する。

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 ゴールドシリーズ744から吐き出された弾丸が、化け物に降り注ぐ。

 だが、それも意には介さないらしい。

 俺が喰らったら間違いなく死んでいる地獄の中で…

 そいつは、平気な(実際は結構痛いのだろうが)顔で立っている。

 そいつの中も、激情が渦巻いているのだろう。

 さっき、俺達が殺した男の事で…

 同情などは無い。

 理由は簡単だ。襲ってきたから。

 相手も俺に同情も躊躇いも無いように、俺も同情も躊躇いも無い。

「なろなろなろなろなろなろなろなろなろなろなろなろなろなろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 拳を固めて殴る。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 砂鉄がグローブに入っているのに、拳が痛んできた。

 犬河は、鉈で化け物の攻撃をどうにか受けている。

 一発受けるごとに火花が散り、その凄まじさを物語っている。

 マズルフラッシュ程の一瞬の閃光が受けるごとに放たれるのである。

 途方も無い物だと嫌でも分かった。

 だが、死なない程度なら… いや、他人ではなく友人の為なら死も俺は恐れない。

「この! 腐れ不浄な化け物がぁぁぁぁぁ!」

 渾身の力を込めた。拳の一撃を横から脇腹に見舞う。

「全くだな… ヤマダ。」

 犬河中尉が同意した。頑丈さを重視して作ったと言っていた鉈が、今にも折れそうなほどにヒビが入っている。

「死ね! って・ん・だぁ!」

 犬河の空気を裂いて飛来する右足が、化け物の顔面に入る。

 化け物の空気を引き裂く拳が、受けた犬河の鉈を砕く。

 犬河の蹴りは、顔面に確かに決まった。だが相手の拳の勢いは削がれず犬河に向けて飛翔する。

 人間が喰らったら、終わりだ。

 だが、この程度で当たるほど柔な特訓しかしていない訳は無かった。

 ビュオン!

 凄まじい風きり音が俺まで伝わる。

 拳は今まで受け止められていたから、空気を裂く音が良く聞えなかったのだろう。

 今回は、避けた。

 だから俺の鼓膜を震わす程の風きり音が響いたのである。

 犬河が、伸びきった腕の部分を掴む。

 そして、引いた。

 腰を落とす。

「ダリャァァァァ!!!」

 化け物の身体が宙に浮かんだ。

 梃の要用で相手を持ち上げる。

「一本背負い! 入ったぁ!」

 このタイミングでは、幾ら人外でも決まる。

 避けられる物なら避けて見せろ。

 俺は、それが分かったから叫んだ。

 ドダァァァァァァン!

 受身の取れないタイミングで投げきった。

 つまりは、顔面から地面に叩きつけたのだ。

 死んでいても可笑しくない程の体重と速度を込めて。

 ダメージが確実に一番良く伝わる投げ方だ。

「お見事! 勢いといい体制といい百点ね!」

 ようやく弾薬を取り替えて、シリンダーを元の位置に戻したマキ少尉がそう言う。

 相手の化け物は立ち上がろうとするが、立ち上がった途端に俺はウエスタン・ラリアットを食らわせた。

 腕がジ〜ンと痺れる。

 だが、効いた筈だ。かなりの手ごたえだった。

 でも、素手じゃ止めには遠い…

 全く持って、大変だな。

 でも、無理とは思っていない。

 たとえ地獄の悪鬼でも、今の俺に絶望を刻み込む事は出来ないだろう。

 それほどまでに今の俺は、絶望から遠かった。

 一種の狂気かもしれない。

 これで、絶望しないと言うのは。

 九死に一生を拾う並に大変だというのに。

 唯の人間だというのに。

 なんの力も持っていないと言うのに。

 有るのはただ。

 己の貧弱な五体のみだと言うのに。

 死ぬ気がしなかった。

 いや、それよりも凄まじい物が静かだが、確かに渦巻いていた。

「うおりゃぁ!」

 俺は、倒れた化け物に体重を込めて肘から倒れこむ。

 ドゴォ!

 身体に肘がめり込んだ。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 犬河が、踵落しをかます。

 踵が、化け物の身体にめり込んだ。

「はい!」

 マキ少尉が、そう言う。

 俺と犬河は、其方に顔を向ける。

「どうぞ!」

 そう言う声とともに、何かを投げられる。

 よくよく見るとそれは…

「待て! コレ斧! 斧じゃねぇか!」(俺)

「こっちはチェンソーだ!」(犬河)

「受け止めろってか!」(俺)/「俺に死ねってか!」(犬河)

「まあ、努力して。」

 無責任な台詞だが、俺は飛んできた斧を危うくだが受け止める。

 犬河もどうにか、チェンソーを受け止めた。

 ギュィィィィィィィィィィィィィィン!

 取ってしまえば、こっちの物と犬河のチェンソーが高鳴る。

「とっとと…」

 犬河が、息を切らせながらも言葉を紡ぎだす。

「逝きやがれぇぇぇぇぇ!」

 それを合図として、俺は斧を振り下ろす。

 犬河も、チェンソーを振り下ろした。

 ヂャイィィィィィィィィィィィィン!

 肉を断つ音が夜の闇の中響く。

 俺は、何度も何度も斧を振り下ろした。

 ビチャ、グチャ、バチャ、ビチィ!

 どす黒い血が俺の頬に降りかかる。

 肉片が散乱した。

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 頼む! 死ねぇ! 死んでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 俺が、叫ぶと同時に3m程どす黒い“噴水”が次の瞬間上がった。

 吐き気も無い。涙も無い。罪悪感も無い。これが今の俺の感情である。

 そこに有るのは唯の純粋な義務感と狂気であった。

 血が右目に入り、俺は右目を瞑ってしまう。だが、手は止まらなかった。

「言っておこうか… 貴様らが俺をどう思おうと勝手だ!」

 犬河が、そう叫ぶ。

「だがな! 恨みを買ったからと言って死んでやるほど俺はお人好しじゃない!」

 当たり前だろ!

 そんなので自殺するようなタマか、お前が。

「報復なら筋違いだが、勝手にしろ! だが、安々と達成できると思うな! 俺だって死にたくないんだ! 俺を殺そうとするから俺はお前らを殺す! それだけだ!」

 狂気だな…

 だが、それもまた人間だろう。

 狂わない人間なんて居る筈もないのだ。特に人を殺す瞬間という物は…

 今の俺がそれを物語っているからな。

 と、その時俺の持っていた斧が割れる。

 犬河の持っていたチェンソーが壊れる。

 チャンスと見てか化け物が、最後の足掻きか犬河に向って寸切れの腕を突き出した。

 犬河の顔面にHitする。

 傷ついて遅くなっているからとは言え、かなり重そうな拳である。

 犬河の首が引っこ抜けそうな速度で跳ね上がる。

 鮮血が、犬河の顔面から噴射された。

「犬河!」

 俺は、思わずそう叫ぶ。

「GYYYYYAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!。」

 だが、次の瞬間響いた物は、犬河の声ではなく、化け物の声であった。

「ふわあ、っははふ(ああ、ったく)…」

 口から血を流しながら犬河が言う。

「ひゃがはんほんはほれひはっはひゃへぇは(歯が何本か折れちまったじゃねぇか)…」

 俺は、背筋に悪寒が走ったのを意識した。

 どうやって、拳を止めて反撃したのか。それは簡単であった。

 “噛み付き”である。

 犬河の歯が、化け物の人差し指と中指を間に挟んでいた。

 流れ出る赤と黒の入り混じった血。

 混じりながらもハッキリとその色は分別されている。

 水と油の様に…

 交じり合う事のない奇妙な血が大地へ吸い込まれていく。

 俺は、ふとその光景に酔っていた。

 綺麗であった。

 惨劇美とも言うのだろうか…

 緑の植物は赤く染まる。

 大地は黒く染まる。

 闇夜は赤く照らされ。

 白い小さな花は黒く染まる。

 薬莢が撒き散らされ、血の水分と土が入り混じって作られた泥の上で。

 植物という小さな命を踏みつけ。

 大地という動物の住処を荒らし。

 爆音で永遠の夜の沈黙の安らぎを破壊し尽くした戦場を見て。

 俺は間違いなく。感動していた…

 間違いなく…

 

 犬河照一

 血の味が舌の味覚を刺激させる。

 痛みが襲ってくるはずであったが、軽い物であった。

 俺は、確りとセカンドの腕を掴む。

 両腕で掴んだのである。完全に腕を封じ込めた。

 必然的に攻撃をすることが出来るのは、足と頭だけである。

 だが、相手の下半身はあらかた破壊し尽くしてしまった。

 もはや肉片が散らばるだけである。

 俺は、反動を付けると、思いっきり頭を相手の頭部に叩きつけた。

 ガン!

 鈍い音。

 一瞬の静止。

 いわゆる頭突きである。

 もう一度やる。

 ガン!

 もう一度…

 ガン!

 もう一度、もう一度、もう一度… もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度もう一度一度一度一度もう一度一度一度一度…

 視界が赤く染まった。

 頭部から大量の血が流れ出ているのだろう。

「いってぇな… お前… 痛みを感じるか?」

 ボタボタボタ…

 俺の血が流れ落ちていく…

「さっき悲鳴上げてたもんな… 感じるか…」

 ガン!

 再度俺は筒頭突きをかました。

 ようやく我に帰ったか、ヤマダ少尉が止めに入る。

「おい! 止めろ! 凄い出血だぞ!」

「そうか? 痛み麻痺してるみたいだ… なんも感じないな…」

 頭に血が上ったのだろうか… 俺には冷静な判断など出来なかった。

「それにしてもさ… 殺せないな… どうするべきだろ… 殺せない 殺しきれない。」

 狂えば… 楽だな。

 どうやろうか? どうやろうか? どうやろうかどうやろうかどう殺ろうか…

 逃げるなよ… 俺。

 狂いに逃げるな。

 意識まで狂うな!

 理性なんて狂ってもいい! って言うよりもう狂ってるだろう!

 でも、意識まで狂ったらダメだ!

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa。」

 意識を繋ぎとめるために俺は吼える。

 ビチャァ!

 正面に血が散乱する。

 血反吐が出る。

 歯茎から血が出る。

 血が血が血が血が血が血が血が…

 だが… 痛みなど些細な物であった。

 頭突きを俺は止めた。

 噛み付く。

「GIGYAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 食い千切る。

 違和感―――

 歯が抜けていたのでやりにくかった。

「GYAaaaaaaaaaaaaaaa!」

 そして、俺は肉片を唾と血と一緒に吐き出す。飲み込むほど狂い具合が浸透してはいなかった。それに胃袋が上品になっているから腹を壊したら大変だ。

「これ、久しぶりだな…」

 味は… 違うな… 記憶してたのと。

 もチョット“酸味”が利いていなかったか?

「お前…」

「ん?」

 あ、ヤマダ居たんだっけな…

「歯が折れるぞ…」

 いや、そこを心配してくれるのか。

 と、その時である。

 けたたましい拡声器越しの怒鳴り声とクラクションが響いたのは…

『そこの中尉と少尉! どきなさい!』

「いや、階級上なんですよ、俺。」

「まあ、とにかく…」

 俺と、ヤマダ少尉は、スタスタと軸線からズレる。

ギギャァァァン!!!

 戦車が、(といっても俺が拾ってきた奴だけどな)セカンドをキャタピラで押しつぶす。

 もはや、聞きなれた肉を引き千切る音が聞えてきた…

 千切れる肉体。

 シルエットしか見えないが、俺たちの目は暗闇に慣れていた。

 つまりは良く見えたのである。

「………あ、あ、あああ。」

 ヤマダ少尉が、一気に泣き崩れる。

 どうやら、自分でも意識していなかったようだが、相当神経に負担をかけていたのだろう。良くある事だ。

 バタン!

 戦車のハッチが開く。

「う… あ…」

 中から出てきたマキ少尉も呻き声を漏らした。

 殺すまでは簡単なのだ…

 本当に辛いのは、殺してしまった後なのだ。

 つまり、罪悪感。後悔。反省。悲しみ。苦しみ。が一気に襲ってくるのである。

 俺は、戦車に潰されたセカンドに向かって歩いていく。

 行く途中で、俺は潰された影が動くのを見た。

 俺は、折れたファイティングダガーを拾うとその影に向って歩き出す。

「ホントに死なないな… ったく、面倒くさい。」

 本気でそう思った。

 そこには、まだ“生きている”セカンドの姿があった。

 俺は、一度そこを素通りした。

 そして、先に殺したセブンの死体を担いで、そこまで行く。

「お別れくらい… キスしてやれっての。」

 乱暴にセカンドに向けてセブンの死体を投げつけた。

 そして、完膚なきまでに折れたファイティングダガーをチェックする。

 グリップを二つの手で対になるように力を込める。

 ギン!

 下半分が取れ、小さな刀身が姿を現した。

 グリップの下にウリバタケさんに頼んでつけてもらった仕込み刃だ。

 別に、これでバンパイアを倒せるとかそう言う御大層な物ではない。

 単なるなんの力も持たない、凶器である。

「三途の川…」

 俺は、刀身をセカンドに向ける。

 殆ど動かなく原型を留めていない手を必死になってセブンの死体へ向って伸ばす。

 確かに、その手はセブンの死体に触れた…

「二人で渡れて良かったな…」

 その瞬間俺は、10cmも無い刀身を突き刺す。

 刺す、刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す。

 何度も、何度も… 刺す。

 刺し続けた。

 半場恐慌状態になりながら。

 かつ、意識はハッキリと持ちながら。

 絶叫を漏らしながら。

 

 セカンド

 イタイ。

 それが、最初の感覚だった。

 何かに突き刺される感覚である。

 聴覚や触覚など今の痛覚の度合いの足元にも及ばなかった。

 何かが流れ落ちていく。

 確実に命が減らされていく。

 誰が…

 絶叫。

 誰だろう。

 その時、私は痛みを忘れた。

 奇妙なほどに懐かしい気分だった。

 誰?

(さあて… 誰だろうな。)

 あれ?

(お迎えにしては早すぎたか?)

 あ、セブン。

 目の前の青年に私は声を出そうとする。

 でも、何か喉に詰まっているようで声が出なかった。

(頼み事は… 守ったぞ)

 え?

(言ったじゃないか。人は誰も殺さない。殺したくないって、だから俺頼んだんだけどな。アイツに)

 頭をポリポリと掻きながらセブンは言う。

 誰に?

(ああ、ラストだ。殺してくれって…)

 え、ラスト?

(いや、こう言った方が良いかな。犬が…

 私が生きていた瞬間は、そこで終った。

 最後に理性が戻った事を、どう思うべきだろうか… 狂ってたのかもしれないが。

 でも、良かった。幻影みたいだけど最後に… 生きている間に。話が出来て。

 意識が闇に呑まれていった。

 異様なほどに晴れやかな心を引き摺りながら…

 

 犬河照一

 俺が、ようやく手を止めたのは…

 その持った刃が折れたときであった…

 セカンドの肉体はもう無く… 唯の肉塊が、そこに有った。

 全力疾走をしたような息切れが俺の口から出ている。

 手には返り血がこびり付き、出血は殆ど固まっている。

 目の前の肉塊を見て、俺は思う。

 終ったあとの感情が溢れて来る。

 何時も、それは歓喜ではない。

「火葬にしてやるか…」

 俺は、戦車に残っていたディーゼル燃料を取り出して、二つの死体(一つは死片)にかける。

 二人の少尉は、それを現実味の無いと言った感じの目で見ていた。

 かけ終わると、俺は“止血用”ライターを取り出し、火をつける。

 ディーゼル燃料は一気に燃え上がった。

 夜の闇を月明かりではなく炎が照らす。

 幻想的… いや、感傷的であった。

 全ての血が、一片も残らないように燃えていく。

 後始末が大変だなと、俺は今になって思った。

「燃えるな… 良く燃える… 季節外れのキャンプファイアーだぜ…」

 俺は、そんな感想を漏らす。

 心なしか視界が霞んできた。

ドォォォォォォォォン!

 爆音。其方を見ると、「ナナフシ」が炎上していた。すっかり忘れていたが、ジュン達もうまくやったらしい。

「聖水ってガソリンの事なんじゃねぇのか… よく燃えるしな… 火傷もするだろ…」

 俺は、再度そんな感想を漏らす。

 今の俺に有るのは、歓喜ではなかった。どんな吉報でも今、俺を満たす事は出来ない。

「天国逝けるぜ… お前ら…」

 その時… 地面が濡れた。

 雨だろう… そう思いたかった。

 でも頬を一直線に濡らす感触がそれを否定していた。

 視界も霞んでいる。

 理解している。理解しているのだが否定したかった。

 また… 流れた。

 なんで、流れるんだ。

 いっつもだ…

 何で…

 なんで、流れるんだよ… (こんなもの)がよ。

 殺すたびに流れる…

 今までは人知れずに泣いてきた。

 でも此処じゃ…

 隠せないよ…

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 俺は、叫んだ…

 叫ぶしかなかった。

 もう止まらなかった。

 涙も… 叫びも…

 目前の燃える炎が俺の涙を拭うように乾かしていく。

 まるで、あの二人が、泣くなと言うかのように…

 俺の叫びに呼応するかのように何処かで野犬の遠吠えが聞えた…

 仲間の悲しみを悼む様に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして涙が乾ききった後。

 ヤマダ少尉が、俺に向ってこう言った。

「聞く資格は無いんだろうが… どうしても聞きたい。お前はこの感傷を何時も味わっていたのか… お前はどれくらいこんな後味の悪い思いを味わったんだ… 教えてくれ、要するにだ… どれだけお前はこんな感情を背負ったんだ。」

 その事の意味は、続けなくても分かった。

 現にそこから先はヤマダ少尉ではなく、マキ少尉が代弁するように言った。

「つまりは“貴方は、何人人を殺めたの”ってこと…」

 そんなの、答えは決まっているさ。

「そうだな…」

 重くなった口を懸命に動かして俺は言った。

 まるで唇に重石をクリップでとめている様なほどにその口は重かった。

「百から先は… 覚えてない。」

俺が言える限界がコレだ。

コレっきゃねぇだろ… マトモに数えている訳がない。

今までに喰ったパンの枚数を聞くような物だ。

 即時に溜息が出る。

 その時、視界がブレた。

 目の前が真っ白になる。

 全身から力が抜けた。

「あ…」

 拍子の抜けた声が思わず漏れる。

 凄まじい疲労が俺を襲った。俺もかなりの神経に無理をかけていたのだろう。

 気づいた… いや、気づかぬ間に俺は感覚も無いまま大地の上に倒れこんだ。

 途方も無く大地が柔らかく、暖かいと感じていた。

 砂のジャリジャリした感触が心地よかった…

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十七話 下

END

第十八話へ続く…

 

あとがき

「……今回、俺の原案だけあって、後半全般が暗いのな。」

「まあ、ラブコメと壊れ以外はジェノサイドかグランジ系列しか書けない兄者の原案だし。……大変だったんだぞ。特にセブン。」

「はあ。先回、メイドについて熱く語ったから、今度はニーソックスの魅力について五ページほど語ろうと思ったのだが。」

「それはそうと兄者。」

「……流す事を覚えたか。弟者、腕を上げたな。」

「(無視して)今まで更新が出来なかった理由は実にシンプルだよな?」

「………(汗)」

「単にFate中だったというだけの話だよな。」

「………(滝汗)」

「まあ、俺はただ単に期末試験だったんだがな。兄者。」

「誤解のないように記載しておくが、俺は18歳以上だからな。」

「ギリギリな。」

「ギリギリだろうが何だろうが、俺が18歳以上であることは可決されたわけだ。」

「ああ。」

「叫んでいいか。」

「却下。」

「セイバァァァァァァァァァァァァ!!」

「あ、あとがきでフォント換え使ったの、コレが初めて……」

「あ゛ー、桜ルートをヤル気が起きねぇし。」

「気持ちは分かるが、兄者。やらんとコンプした人の話についていけないぞ。」

「うーむ。」

「それに、あまり大きな声では言えないんだが…… その…… 書くのだろう、兄者?」

「は! 忘れていた!」

「CROSS〜も全く書けていないし、これから実生活でも追い込み時だろう? 一体どうする気だ?」

「スミマセン。更新ノぺーすハサラニ遅クナリマス。」

「私のほうも兄者と同様に遅くなります。重ねてお詫びいたします。」

「時に弟者、MXは終ったかね?」

「リアルはな。スーパーやる気起きね〜し。」

「……お前もゲームしてたんじゃないか。」

 は! 墓穴を掘ってしまった!! 

 

 

 

代理人の感想

だから状況がわからないっつーの(爆)。

重力波レールガン喰らうシーンだってナデシコがどう言う状況だったかがわからないし。

空を飛んでいた(例えホバークラフト並みの超低空飛行だとしても)なら接地の衝撃が全くないのは変だし、

地面の上をずりずりと動いていたならその旨の描写はあってしかるべきだし。

何度も言ってますが読者は作者の頭の中に浮かんだ情景を直接見ることが出来ないんですってば。