Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT1 〔第四次月攻略戦〕

天道ウツキ編

「我が心刀に曇り無し」

 物事は、必ずしも想ったとおりに進むとは限らない。
 他人の横槍とか、運命の悪戯とか……ともかく色んな理由で邪魔される。
 目指す結末に向けて進むには、強い決意を持つしかない。
 何者にも負けぬ意志、あらゆる困難に耐える精神、周囲の変化を敏感に感じ取る機転。
 これらが揃った時……道は自ずと開かれる。
 逆に言えば一つでも欠ければ道は遠退く。
 決意もまた時と共に褪せてしまう。
 だから……。

「だから一瞬に……賭ける!」

“斬!”

 掛声と共に抜き払われた刀が、私の身体よりも太い鉄の柱を切り倒す。
 ……駆け抜けるように、ただ真っ直ぐに目指す物の為に進む。
 これが、何かを達成する為に必要な事であり……私が掲げる、生きる為の鉄則である。
「お見事」
 後ろから掛かる賞賛の声には耳も貸さず、私は“刀”を鞘に収める。
 溢れんばかりの輝きが、静かに鞘の中へ消えていった。
「この鍛錬の最後は一番緊張するっていつも言っているでしょう……失敗したら腕が飛んで行っちゃいますよ、舞歌様」
 “粒子”の活動が収まったのを見計らって、私はゆっくりと微笑んだ。


 心刀。
 それは、己の心を映し出す、正に鏡。
 世界に常にあるという粒子(フォトン)を、己の精神力のみで繋ぎ合せ形にする。
 私達を生かしてくれた“遺跡”の産物ではあるが……私達にとって、これは武器以上の意味を持つ代物なのだ。
「綺麗な色をしているわ……貴女の心刀。私じゃ松明代わりにしか使えないからねぇ……」
「は、はあ……」
 舞歌様が羨ましがるのも無理はない。
 心刀は、限られた人間しか使えない。
 どんなに身体が丈夫だろうが、頭が良かろうが、人格者であろうが……使えないものは使えない。
 使えるのは優人部隊の“木連三羽烏”、後は開発者である超博士と……私、天道ウツキだけだ。
 何故私が、草壁中将閣下や舞歌様を差し置いて、このような物が使えるのかは……今もって謎である。
 博士曰く、遺伝子の段階で既に使えるか使えないかは決まってしまうとの事だ。
 粒子を媒介にして形にするものは他にもあって、粒子銃(フォトンライフル)とか粒子槍(フォトンスピア)とか……これは優人部隊であれば誰だって使える。
 だが心刀(フォトンブレード)だけは駄目なのだ。
 他の武器より粒子の集束率が高く、制御するのは物凄く困難。
 舞歌様が言うように、適性が無い者が持つと明かりぐらいにしかならなかったり、酷い時には暴走して扱う者を黒こげにしてしまう。
 とはいえ適性者でも油断は禁物。常に鍛えておかなければ、いずれ自身の邪な心に身を焼かれるだろうから……。
「所であの話、考えてくれた?」
 舞歌様の瞳が私を覗き込んでくる。とても綺麗で、奥が深い目。
 ……奥が深いのはいろんな意味で、だけど。
 悪戯が過ぎる所が……ねえ?
 だがその実舞歌様は聡明な女性だ。
 戦術戦略のプロフェッショナルであり、木連抜刀術の腕も私とは比べ物にならない。
 伊達に木連最強の兵が集う優人部隊の総司令官であられる訳では無いのだ。
 今、私に舞歌様の直属部隊“優華部隊”への誘いが、先日から続いているのだが……。
 正直言って、自信が無い。

「……至極光栄な事だとは思いますが、私はまだ未熟者です。直属部隊に配属されても……足手まといにしかなりません」
 大体、私はつい最近まで剣道が得意な只の女学生だった。
 それが、軍の訓練所の友達に冗談半分で持たされた粒子兵器を振り回した所、適性があるといきなり訓練所に放り込まれた。
 そこで徹底的に木連抜刀術を叩き込まれ、心刀の扱いにかけては自信がある。
 だがそれだけでは駄目なのだ。
 折角鍛えてもらっておいて何だが、これから先戦士は必要では無くなるだろう。
 私達木連が戦う相手……地球連合。
 豊かな国力をバックに、地球から火星軌道まで勢力を伸ばしている我らが仇敵。
 彼らとの戦いで重要となるのは“プラント”で、そこで生産される無人兵器であり、それを指揮する能力を持つ人材であり……戦士である私には出番は無い。
 だから……。
「ある程度実戦で経験を積んで、一人前になって初めて貴女の元に行きたいんです。我侭だとは思います。だけど……だけど私は、己の未熟故に優華部隊を危機に晒したくはありません」
 私は深々と頭を下げる。
 こんな無礼な態度を取ったのだから何をされても仕方が無いが、自分のせいで他人が苦しむ事だけは絶対に避けたい。
 傷つけられるのは痛い。だが傷つける事はもっと痛いのだから。
「あ〜……その、そこまで思い詰めてたんだ……ご免」
 何故か謝る舞歌様。
 私の我侭に何故舞歌様が謝らなければならないんだろう? 何故……。

 ……まさか、優華部隊の隊員を“オモチャ”にしているという噂は本当だったのか?!
 私もその標的だとしたら……ああ、身体が震えてきた。

「でも……貴女の決意、見せてもらったわ。待ってるわ、何時までもね」
 ……その時の舞歌様は、優人部隊総司令としての真摯な顔をしていた。
 あの人は真剣だったのだ。何をバカな事を考えていたのだ私は?!
「はいっ!」
 私は心の中で一瞬でも舞歌様を疑った自分を激しく罵倒しつつ、姿勢を正し敬礼を送った。

「ねえ……私達が実戦投入される事って、あるのかな?」
 その日の晩、鍛錬を終え消灯時間までの僅かな時間夕涼みしていた私に、友人がこう尋ねてきた。
「あるわね。優人部隊は最後の切り札……戦局を決する戦いには必ず投入されるわ。幾ら何でも無人兵器だけでは地球圏制圧は不可能よ……やろうと思えば、今の数倍の数が必要になるでしょうね。次元跳躍門もそう数が無いし……」
 そう答えると彼女は消沈した顔を見せた。
 彼女はイツキ。私を優人部隊に引きずり込んだ張本人であり、男ばかりの訓練所においての数少ない友達。
 成績は優秀なのだが、何かに脅える様な不安そうな表情ばかり見せる。
 よって周囲の評判は余り良くは無い。
 だが、彼女の真の実力を、その苦悩を知ろうともしない連中など放って置けばいいのだ。
 相手の真意を解する事が出来なければ、戦場では死ぬだけだから。
「別に戦うのは怖くないのよ、そう言う風に教育されたんだから……でももし……もし戦後があるならば……私は学者になりたいの」
「へえ」
 これは正直意外だった。
 私達木連軍人は、悪しき地球連合を滅ぼす事のみを目標として来た。
 無駄な事を考えるならゲキ・ガンガーを見ろとまで言われて来た。
 その中で将来の展望を考えられる人間がどれほど居ようか?
「にしても唐突ね……前の貴女なら“今は戦うのみ!”て感じだったのに。何かあった?」
 微かに首を俯かせるイツキ……何でそこで顔を赤らめるの?
「まさか……」
「……」
「……ふぅ〜ん」
 つまりだ。
 彼女は自分よりも大事な人が出来たのだ。それも結構お偉いさんの。
「側に居て力になりたいって訳ね。良いじゃない健気で……で、相手は誰よ」
「い、いいでしょう誰でも! 貴女こそそういう話あるんじゃない?! 私よりウケは良いんだから……」
「無い無い。私の場合は羨みや羨望もしくは嫉妬の類しか縁が無いわ」
 心刀を使えるというのはそれだけで特別扱いされる。
 私なんて、成績に関わらず既に配属先が決定されているぐらいなのだ。
 これだけ特別扱いされたのだ。実戦で実力を示さなければ……私の面子が立たない。

 その機会は割と早く……いや、予想を超えていきなり訪れてしまった。
 木連優人部隊の早期戦線投入が決定されたのだ。
 原因は火星に襲来した地球連合の戦艦にある。
 たった一隻の新造艦だが、こちらの現行の艦艇を上回る出力の空間歪曲場と重力波砲を装備しているというのだ。
 それはまだいい。むしろ問題は次だ。
 その戦艦に属する漆黒の機体……信じられない事だが、コイツは次元跳躍門を落した。それも複数。
 かつて火星会戦では連合艦隊が束になっても太刀打ちできなかった次元跳躍門。
 これがたった一機の機動兵器に容易に落されたのだ。
 もう、技術面での圧倒的優位は期待できない……無人兵器に依存し過ぎたのだ、私達は。
 このままでは資源面で劣る私達の不利……そう判断した上層部は、私達訓練生を始めとした優人部隊投入を繰り上げたのだ。
「……と、言う訳で、君達も卒業を半年繰り上げこれにて立派な木連軍人と相成りました。立派に戦って立派に殺してきなさい」
 卒業式の壇上から、簡潔かつ容赦無い言葉が私達に発せられる。
 そう、私達は人を殺しに行く。数世紀前に離れ離れになった、同じ星から生まれた人々を……。
 その現実を否応が無しに突きつける発言を超博士が発したのだ。
 木連でも指折りの技術者である彼は、お節介な所はあるが兵からの人気も高い。
 シートの座り心地から艦砲の射撃プログラムまで、意見を聞けば即座に設計に手を加えるという仕事熱心ぶりなのだ。
 年齢は三十代らしいがどう見ても二十代にしか見えない若々しさ。また私と同じ数少ない心刀の使い手でもある。
 まあ、粒子兵器を開発したのが博士なのだからある意味当然なのだろうが……。
 ……それはそうと、ヤケに人数が多いのは気のせいか?。
 私がいた訓練所の規模から考えて、数が倍近くに膨れ上がっている。
 一般から志願兵でも募ったのだろうか?
「……気になっている人もいるでしょうが、見慣れない顔が多いですね? 彼らは、私が直接教育を施した生徒達です。今まで都合上顔を合わせる事はありませんでしたが、彼らもまた君達の戦友(とも)となるのです。仲良くしてあげて下さいね」
 百名規模の集団が一斉に敬礼をする。
 成る程、年齢はともかくしっかりと教育は施されているようだ。
『……あそこにね、私の弟がいるの』
『え?!』
 イツキの唐突な告白に私は思わず大声を上げそうになった。
『ミカヅチって言うんだけど……私と違ってあの子は艦隊に配属されるわ。その時は……お願いね』
 そう、イツキは私と違い本当に科学者としての道を歩み出した。
 独学で学び続けた彼女は、今までとは比べ物に成らない程の成績を出すようになっていた。
 特に科学面での優秀ぶりが評価され、遂に超科学研究所から誘いが来たのだ。
 同期として、本当に誇れる事だと私は思う。
 そんな事を小声で話していると、既に超博士の挨拶は終わっていた。
 が、壇上から降りる際、博士は何故かこちらに向けて目配せしていた……無駄話がバレたか?
「……」
「ちょっと、イツキ?」
 イツキは、幸せ一杯の表情で超博士を目で追っていた。
 ……まさか、ね。

 それから暫くして……何と私は艦長席に居る。
 私は本来、秋山源八郎氏率いる戦艦かんなづきの船員として配属される筈だった。
 だが、今回の優人部隊投入によりその話は消えた。
 今は各訓練所で成績優秀な者に限り艦が廻されており。私はその恩恵を受けたのだ。
 経験不足など関係無い。今は、船を揃える事が重要だと言うのだ。
 私が預かった駆逐艦「すばる」は、リニアキャノン一門しか搭載されていない言わば突撃艦である。
 勿論こんな物単機で扱っても戦力にはならない。だから有人艦が増産されるに当たって、より高度な艦隊が組まれるようになった。
 全ての有人艦を指揮する旗艦を中心に、砲艦や補給艦、空母などが揃えられ、有人艦がそれぞれ割り振られた無人兵器を指揮。旗艦の指示に従い有人艦が無人兵器に命令を下し、不確定要素が発生した場合それに臨機応変に対応するのだ。
 従来は次元跳躍門と無人戦艦を用いた人工知能に任せきりの戦闘が続いていた。
 だがそれでは突発時の反応が著しく悪く、一旦命令を下すと融通が利かない所があると先の火星会戦で判明し、人の手で逐一指示ができるよう改良が加えられたのだ。
 あの悲劇を二度と起こさない為に。

「これが……これが正義だとでも言うの!?」

 火星に辿り着いたその日……偵察部隊が伝えた火星の惨状は、正直目を覆わんばかりの有様だった。
 次元跳躍門に押し潰された集落。
 原型を止めていない死体の山。
 無人兵器に蹂躙され、シェルター一杯に染み込んだ血。
 コロニーには知らされていない戦争の悲惨さ……よく考えれば解る事だった。
 戦艦が沈めば乗員は真空に投げ出されミイラになる。
 虫型戦闘機の機関砲を浴びれば肉塊と化す。
 次元跳躍門が街に落ちれば巨大な熱が起こり、全ての物を焼き尽くす……。
 これらの現実が私達に突きつけられたとき、私は吐き気を覚えた。
「……知らなければ良かった! 誰よ、こんな物を見せるのは!!」

『それは私です』

 全艦隊の共通回線を通じ、モニターに一人の男が映し出される。
「超博士……!」
 一体何を考えているのだ、という考えが頭を巡る。
 人をこれほどまで苦しめて何になるというのだろうか……!
『……これが真実。私達が犯してしまった償い難い罪です。我々の攻撃により火星の集落に住む数千もの命が一瞬で失われ、僅かな生き残りも無人兵器に掃討されて、発見された時には数える程しかいませんでした』
 淡々と事実を述べる博士。その口調には一切の妥協も何も無い。
『この蛮行により、地球人に対し大義名分を与える事になってしまいました。“復讐は正当な行為”とね……そしてこの恐るべき事態は、地球上のあらゆる場所で今も続いています。この調子でいけば、地球の人々は一人残らず我々を恨み、憎しみを糧にこちらに向かってくるでしょう。そうなれば終わりです。技術面での優位が崩れている以上……我々は敗北します』
 ……確かにそうだ。
 木連は徴兵を当然の様に行っているが、地球では一生軍とは無縁の生活をする“一般人”もいる。
 それらが全て兵として立ち上がれば……人的資源の乏しい私達に勝利は無い。
『機械に心は理解できません。痛みもありません。だから相手の事を理解出来ない。この戦争、機械に頼って勝とうなどと言うさもしい事を考えたのが、そもそもの間違いだったのですよ……貴方達はこの戦いの切り札です。人の手で人の戦いを終わらせなさい。貴方達はそれができる』
 光を失ったモニターの前で、私は俯いたままだった。
 きっと他の艦長らも同じだろう。
 この戦いはもう、過去の復讐戦でも何でも無い。
 博士の言葉で、この戦いは私達が起こした、私達の戦争なのだと、否応が無しに気づかされた。
  

「遂にここまで……」
 火星軌道上で数ヶ月もの演習を行った後、私達は第四次月攻略戦に参加するべく艦隊を進めていた。   
 幾つもの跳躍門を越え、多くの小惑星を掻い潜った先に青い球体が見えた時、ブリッジには歓声が響いた。
 流石に地球の衛星だけあり真っ先に前線基地化され、今まで三度も攻略戦を行っているがいずれも失敗している。
 だが今回は一味違う。優人部隊による臨機応変な指示により、無人兵器が見違える程大きな戦果を上げているのだ。
 連合の艦艇も空間歪曲場や重力波砲を搭載するようになったが、そんなものはお見通しだ。
 味方の艦隊がリニアカノンなどの実弾兵器で応戦し、次々と連合の船が落ちていく。  
 新型の機動兵器がちらほらと見受けられるが、何故か母艦の周囲しか展開していないので、船共々艦砲射撃で叩き落されていく。

「全艦戦闘準備! 右翼から回り込んで敵艦隊を攪乱します!!」

 私の部隊もまた戦列に加わり、砲撃を開始した。
 虫型戦闘機が15機に無人駆逐艦カトンボが二隻。後、牽引してきた人型戦闘機テツジンが一体。
 これが私の持つ全ての戦力である。
 多くの同期達はとっととジンシリーズに乗り込み戦場を駆け回っているが、船だけならまだしも無人兵器まで指揮せねばならない状況ではオススメできない。
 私を含め多くの船の乗員が半人前である以上、指揮官不在というのはかなり堪える。
 乗員を不安にさせない為にも、私は出来うる限り船に残るつもりだ。

「艦長!敵巡洋艦射程距離内! まだこちらには気付いていません!」
「乱戦状態とはいえ迂闊ね! リニアカノン発射! 続いて無人艦にミサイル発射指示!!」

 電磁音と共に弾丸が砲身から吐き出され、遥か彼方で火球が生まれる。
 即座にカトンボからもミサイルが飛び出し、一つだった火球が更に増えた。
 こちらが下した指示に戸惑う事無く動く私の部下達。
 彼らは他でもない、超博士が直接指導したという生徒達である。
 反応速度や知識などでは非凡な能力を有し、何と小型ではあるが心刀まで扱う。
 あの超博士が“設計”しただけの事はある。
 生半可な人間よりもよっぽど役に立つし、何より私を女だからといって舐めたりはしない。
 それだけ頼られているからこそ、こちらも全力を出せる。

「敵艦沈黙! 炉の出力が落ちていきます!」
「構わずに次の船を! 念の為バッタを数機向かわせなさい。倫理プロテクトを確認した?!」
「既に完了しています!」

 部下が素早くプログラムを叩き込むと、三機のバッタが沈黙した敵艦に向け飛んでいった。
 空間歪曲場の出力が向上しているだけでなく、無用な殺傷を控えるべく倫理プロテクトまで組み込んでいる。
 尤も、戦場では気休め程度にしかならないが、これで白旗を揚げ武装解除している人間を殺す事は無くなった。
 “その場に存在する敵性因子全てを殲滅する事は、最早戦争ではなく虐殺である”。
 そう判断した超博士が態々プログラムを更新したのだ。
「いよいよ本格的な戦争になる訳ね……」
 索敵圏内には既に敵影は無く、連合艦隊が後退を始めている事を私は悟った。      
 その間にも多くの人型戦闘機が追撃を続け、成す術も無く連合艦隊が殲滅されていく。
 これであの場に居る人間はエース確定だろう。私も今から行けば間に合うかもしれない。
 だが、今の私には興味がない事だ。今は自分の部下を守る義務があるのだし……。
 そしてその判断は私の命を救った。

「艦長! 跳躍門から異常なエネルギー反応を感知……こ、これは?!」

 私達の目の前で突如一基の跳躍門が膨れ上がり、四散した。
 そこから現れたのは味方の船ではない、奇妙な形をした白い船だった。

「撫子!!」

 私は頭の中が真っ白になった。
 火星に突如出現した連合の白い悪魔。
 展開していた偵察艦隊を瞬殺し、これを受けて出撃した殲滅艦隊を五分で全滅させたという驚異的な船である。
 この船自体脅威だが、もっと脅威なのは内部に搭載されているであろうあの漆黒の機体。
 あれが出てきたらこちらの被害は甚大なものになるだろう。

「で、でも地球人は跳躍門を越えれません! 何ら問題は……ヒッ!」

 船員の淡い希望は脆くも崩れ去った。
 撫子の艦首に重力波が集束し、それが放たれていったからだ。
 生体跳躍までやってのけるなんて……恐るべし撫子!
 撫子の攻撃により味方である筈の連合艦隊ごと、友軍が沈んでいく。
 無人艦だけであったらどれほど救われただろうか。だが、重力波砲を受け爆散する船や人型戦闘機には……私達の同期が乗っていたのだ。

「お……おのれぇ!!」

 ここまで声を張り上げたのは何年ぶりだろうか。
 私は同期を殺された怒りを抑えきれず、遂にブリッジから席を立った。

『か、艦長!』

 脇目も振らずテツジンの発進準備を整える中、私を冷静にしたのは泣き声で訴える乗員の姿だった。
 危うく怒りに目を曇らせて取り返しのつかない事をする所だった。
 私は今後の指示を彼らに下してから戦場に出る事にした。

「一番近い跳躍門を通ってこの戦線から離脱しなさい! 私は……生存者の救出に向かいます」
『ならば私達も!』
「これ以上の犠牲は認めないわ!」
『ではせめて無人機を連れて下さい! それと、どんな状態でもいいから必ず生きて帰ってください!!』

 ……随分と無茶を言う物である。
 私の部下達はこんなに甘えたがりだっただろうか?
 ……いや違う。
 彼らは純粋に私を慕ってくれているのだ。
 私の事を必要とし、私の事を頼ってくれる……ならば、それに応えるのが筋と言う物だろう。
「……帰ったらまた、こき使ってやるわよ」

『覚悟しています!』

 ブリッジの全員が私に対し敬礼する。
 相変わらず、ピッタリと息の合ったタイミングだった。

 私は戦場を駆ける。
 敵を倒すのではなく、味方を救う為に。
 ゲキガンガーを模したこのテツジンはバランスが良いものの、突出した性能を持っていない。
 言ってしまえば特徴が無いのが特徴なのである。お陰で細かい作業も力仕事も卒なくこなせた。
 ……これがマジンだったりしたら腕が貧弱なので戦艦など押せず、デンジンだったら腕がごついので漂っている味方を拾うのには大変な労力が必要だっただろう。
 テツジンもマシなだけで難しい事には変わりは無い。大きすぎるのだ、これ……。
 戦場には結構な数の脱出ポッドが浮かんでいた。
 優人部隊の貴重な人材を守るべく導入された脱出装置は、確実に機能していてくれたようだ。
 私は連れて来たバッタやカトンボに航行不能となった船を牽引させ、それに生存者をまとめて収容させた。
「クッ……闇は近いわね」
 すぐ近くでは、同じ様に艦長に置いてけぼりにされた船員が残した無人兵器が奮闘している。
 多少フィールドを強化してあるので簡単には落されまいと思っていたが……甘かった。
 唯一漆黒の機体だけは、さして苦労もせず無人兵器を叩き落してこちらに迫っているのだ。
「このままじゃ追いつかれるわね……足止めしないと」

『自分も付いて行きます!』

 私が思案していると横に一機のテツジンが跳躍して来た。多少の損傷はあるがまだまだ戦える。
「解っているの? 私と来るって事は……」

『承知の上です!』

 ちょっと長めの髪をした青年が真剣な表情で頷く。
 幾ら主力の連合艦隊が撤退したとは言え……正直、私だけでは抑えきれない事は明白だった。
 暫く悩んだ後……私は彼を道連れにする事にした。  
「君、名前は?」
『戦艦かんなづき所属、ミカヅチ=カザマ少尉です』

「……?! 貴方が?!」

 この子が、イツキの弟……。
 私はイツキに、約束を守れなかった事を心の底から謝罪し、何とかしてこの子だけでも助かる方法を模索し出した。


「ゲキガン・パーンチ!!」

『おおっ?! 何だ何だぁ〜!!』

 跳躍で奇襲を敢行した私達に敵の部隊は大きく動揺したようだ。
 まず無人兵器に囲まれ立ち往生していた桜色の機体が盛大に弾き飛ばされた。
 だが撃破されてはいない。どうやらあの小さな機体には空間歪曲場が張られているようだ。

『今度はゲキガンガー?!』
『何だよそりゃぁ〜!!』

 慌ててる慌ててる。
 確かに無人戦艦を除けばこれだけ巨大な機動兵器は見た事も無いだろう。
 相手のデータに無い新型での奇襲は、案外有効な手ではある。
 それにしても地球人がゲキガンガーを知っているとは……意外だ。  
 しかし今はそれどころではない。何とかして後方に下がりつつある救助者を逃さなければ。
 私は盛んに跳躍を繰り返し、相手を混乱させる。
 多少豆鉄砲は食らうが、戦艦並の空間歪曲場をもつこのテツジンには何でも無い。
 重力波砲は極力使わない事にしている。
 あれはスキとエネルギー消費量が大きすぎるし……叫ぶのは少し恥ずかしい。
 それに目的は攪乱であり殲滅ではない。重力波砲を使うぐらいなら空間歪曲場にエネルギーを廻さねば。

『強化されているとはいえ、無人兵器如きに皆が遅れを取るとは……なっ!』

 ……そして遂に現れた漆黒の機体。
 姿形はその辺を飛び回っている物と同じ。

 だがそこから発せられる気迫は群を抜いている!
 私は勝てるのか? いや、今弱気になっている時点で勝ち目は薄い……

足止めに徹するのが精一杯!

『馬鹿な……ジンシリーズが登場するには早すぎる!』

「何?!」

 漆黒の機体のパイロットからであろう音声を拾い、私は顔が引きつった。
 確かにジンシリーズは、政策変更により当初の予定より遥かに早く実戦配備されている。
「何故その事を! まさか……本国に間者が!!」
 恐ろしい想像ではある。
 それならば連合軍に相転移炉の技術が渡っていた事も納得できる……だが、そうだとしても一介のパイロットが何故そんな事を?!

 こいつは一体何者なのだ?

 その時……幾筋もの閃光が私達を襲った!

『おわああああああ!』

 ミカヅチの乗るテツジンが重力波に貫かれ、機体が四散していく!

 だがコクピットのある頭部だけは無事だ。私は重力波が放たれた方向に一隻の巨大戦艦を確認した。
 良く見れば大きさは違えど、そのデザインラインは撫子そっくりであった。

「撫子は一隻じゃないって事?!……第二射が来る!!」

 私は躊躇わず跳躍し、残骸と化したミカズチのテツジンを弾き飛ばした。

 ……が、弾き飛ばした先にはあの漆黒の機体が!

 だが何を思ったか、漆黒の機体は頭部のみを残骸から引き剥がし、離脱していく。
「そうか……態々助けてくれたんだ」
 私は漆黒の機体のパイロットの人間性に賭ける事にした。
 彼ならばミカヅチを何とかしてくれるかもしれない……と。

『早く脱出しろ! 巻き込まれるぞ!!』 

 後方からは重力波が迫りつつあった。
 だが残念な事に、度重なる跳躍により私も、テツジンも限界だった。

「もう動かないの。だからその子を……お願」

 最後まで言う間も無く、私のテツジンが重力波に飲み込まれていく。
 どうやら、舞歌様との約束も、イツキとの再会も、部下達の元に戻る事も無理のようだ……。
 これが私の道、私の結末……。
 後悔は無い、とは言い難い。
 結局……私は私が目指したい結末すら見つけられなかった。
 イツキと違って好きな人もできず……壮大な目標も無く……私は……これでよかったのか?
 そんな事を考えながら……私の視界は薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

え〜、なんでも主人公三人それぞれの視点から蜥蜴戦争を描く、というのが目論見らしいのですが・・・・

よく見ると(見ないでも)時ナデ準拠ですね、この設定は。

月攻略戦でジンタイプが出てる時点で時ナデとは展開が変わってますから、

これからどう歴史を変えていくのかが楽しみです。

 

それはともかく・・・・なんつーか、暑苦しいですね、このひと(爆)。

女性だからまだ現実に帰って悩んだりしてますが

男だったら多分月臣やガイのような熱血ゴーゴー路線を突っ走っていたでしょう。

ヤローは単純だから(笑)。

 

 

で、最近恒例になりつつある間違い指摘のコーナー。

 

>「無い無い。私の場合は羨みや羨望もしくは嫉妬の類しか縁が無いわ」

「羨み」って「羨望」のことですよね。

言うまでもなく間違いなので「羨望や嫉妬の類しか」とでもするのがベターかと。

 

>その現実を否応が無しに突きつける発言を超博士が発したのだ。

まず、「否応が無しに」という表現は使いません。

「が」という助詞はその前の単語が「主格」「主語」になる事を意味します。

で、「否応」というのは必ず「誰かの(いいえ)、あるいは(はい)という意志」である筈ですから主格、主体にはなり得ません。

よって、こう言う使い方をする場合「否応」と言うことばの後ろに「が」とつく事はおかしいのです。

ですからここは「否応無しに」、あるいは「否も応も無しに」「否応も無しに」とすべきでしょう。

 

また、「言を超博士がした」と言うのも変です。「発」が二重に言われてますから。

「言葉」は「発する」ものですが「発言」は「する」ものです。

ですから「発言をした」か「一言を発した」というあたりがよろしいでしょう。

 

>私は本来、秋山源八郎氏率いる戦艦かんなづきの船員として配属される筈だった。

文章の間違いではありませんが、軍人だったら普通軍属への敬称は階級を使うはずです。

つまり「秋山少佐」とすべきであって、「秋山氏」ではないと。

 

>だがそれでは突発時の反応が著しく悪く

え〜、「緊急時」とはいいますが「突発時」とはいいません。

なぜかというと「緊急の」は形容詞ですが「突発」は形容詞ではなく「突発する」という動詞だからです。

ですから「突発」は「時」という名詞を修飾する事が出来ないんですね。

「突発的事態に対する反応が著しく悪く」くらいが適当でしょう。

 

>私達の戦争なのだと、否応が無しに気づかされた。

既出の「否応が無し」です。