休暇当日……。
 ナデシコは横須賀ベイに寄港し、今までの激戦でくたびれ果てた艦と、クルー達を癒していた。
 その時キノコがナデシコを正式に軍に徴用すると言い出したが……その方がいいだろう。
 今までは下らない確執のせいで補給もままならない状況だったのだ。連合軍は腐っているが一応機構としての体制は整っている。
 常に十分は無いだろうが、最低限の物資には困らない筈。
 それに……兵力として地球圏最大のナデシコを手中に収める事ができたのだ。自分の手駒になった以上無下に扱う事はしないだろう。
 かといって行動に大幅な制限が加わるとは少し考えにくい。こちらには極東方面軍のミスマル提督や、欧州方面軍総司令グラシス卿の強力なバックアップがあるのだ。ぞんざいに扱ったりしたらそれこそ何人かのクビが飛ぶ。
 今回の徴用はあくまで形式上なものに過ぎない。だと言うのに、連合上層部はナデシコを完璧に掌握したと思っているとは……愚かな。
 しかし……殆どが民間人のナデシコにとっては大問題。多くのクルーが悩んでいる。
 幾ら相手が無人兵器とはいえ、兵隊として戦いに行くのは抵抗があるのだろう。
 それは正しい判断だ。覚悟が無いなら早く逃げてもらいたい。

 ……何時までも木連が無人兵器だけで攻勢を仕掛けるとは思えないしな。
 第四次月攻略戦での損害からそろそろ立ち直る頃だろうし……次は人間相手の殺し合いにシフトする。
 軍隊がどうだとか程度で悩むようならば、命のやり取りに耐えれる訳が無い 

「で、お前はどうするんだ……?」
「俺?」


 すったもんだの末に、俺はリョーコさんを連れ出す事に成功していた。
 初めて出会ってから早や数ヶ月……ようやく約束を果たす事が出来る。
 イズミさんやヒカルさんから散々冷やかされ、班長からは“ユダめ”と罵られ、アカツキさんは“よーし、じゃあ張り切っていってみようか!”と高級ホテルの予約を取ろうとするし、ルリちゃんは“一人脱落……”と何やら怪しげな笑みを浮かべるし……。
 ここで下手に照れたりしたらそれこそ彼らの思うつぼ。俺が何食わぬ顔で外出したので、最初は真っ赤だったリョーコさんも少しは落ち着いてくれたようだ。
 横須賀の街はクリスマスムードで包まれ、戦争の苦しさを一時ばかり忘れさせてくれる。
 目当てのレストラン目指し二人でぶらついていると、突然リョーコさんが聞いてきたのだ。

「軍の徴用だよ。お前、一応ネルガルに鞍替えしてるんだろ? 降りる事だって出来る筈さ」
「降りる? ここまで来て? 冗談キツイですねリョーコさん」

 他のメンバーも大体こんな理由だ。
 テンカワさんの事を放ってはおけないとか、そんな感じ。
 ……本当にそれで大丈夫か? テンカワさんの追っかけは、口で言うほど楽じゃないぞ?

「そっか……そうだよな……」

 迷っている?
 確かリョーコさん、ユリカ艦長や副長と同じく軍属だったはずだが?
 最初から命のやり取りをする覚悟は出来ていた筈だ……今更何を迷う事がある。

「俺さ、性格も乱暴でこんなだろ? できる事といえば、戦う事しか無いし……」
「はあ?」

 何と……リョーコさんが。
 軍人とは、一度入隊したら棺桶に片足を突っ込むようなものだろう?
 そういった覚悟があったのではなく……戦う事しか誇れる事が無いから軍に?!

「俺が……俺でいるためには、戦うしかないんだ。それっきゃ俺には、無いから……」
「……みんな最初はそんなもんでしょう」

 俺の曖昧な返事にリョーコさんは顔を上げる。

「最初は誰だって、自分の“一番”を見つけて、それをより伸ばそうとする。でも“一番”だけに拘ってちゃ、いつまでもそのままだ。“一番”を大切にしつつ、“二番”“三番”と見つけていって、時には順位を入れ替えたりして……そうやって、人間経験を積んでいくんじゃないでしょうか?」
「……俺、そんな器用じゃねえよ。一番以外の何かって、いきなり言われても……」
「そういった決め付けが、その人の持つ可能性を狭めているんだ……リョーコさんだって、頑張ればもっと、何でも出来る筈です……例えば……うーん料理とか」
「お前……俺の料理の腕前知ってるだろ?」
「そりゃあもう嫌って程に……じゃなくて、それだって練習すれば何とかなるに決まってるじゃないですか。最初から諦めたら何もなりませんって……俺でよければ試食しますよ?」
「いいのか?」


 う、今この瞬間地獄への片道切符を手に取った気が……だが構わない。
 それでリョーコさんが自信を持ってくれるなら安い。
 命なんて安いものさ……特に俺のは、なーんて。

「一番だけに拘らない……か。それだけ割り切れるって凄いな、お前……」
「いえ……只器用貧乏なだけですよ」

 結局俺は、多くの可能性が開かれてはいるがそのどれをも掴めないでいる。
 経験を積んで知識を得ても、それを自らの“成長”と捉える事ができない。
 矢張り……それは人間の特権なんだろうか。




 クリスマスと言えば、ナデシコ艦内でも盛大にパーティが開かれる事になっていた。
 普段からテンションが高い皆のボルテージが更に上昇するのだ。大嵐が来るぞこれは。
 俺もリョーコさんもこっちにも参加する事で意見が一致したので、約束とパーティが被らぬ様昨日の内に行ったのだ。
 帰ってからも散々からかわれ、思わず“二、三日戻って来なかったほうがよかったのでは?” と愚痴った所、リョーコさんからは全力パンチを喰らいアカツキさんは“惜しいねえ”と悔しがっていた。
 ……何がそんなに“惜しかった”のだろうか?
 ともかく、今日は朝からバカ騒ぎ……の筈だった。
 が、そんな盛り上がりは一気に冷めた。
 木連の横須賀に対する攻撃が始まったのだ。

「チッ! ムードも何もあったもんじゃない!!」
「無人兵器にムードを求めるんじゃないよカイト君」

 いや、あれは無人兵器じゃないんですアカツキさん……。
 横須賀の街を焦土にしながら突き進む二体の人型兵器、マジンとテツジン。
 その姿はさながらキョアック星人のメカ怪獣。     
 ……だがこれはAI制御の化物ではない。人が乗った機動兵器だ!
 何故、こんな事をする……中のパイロットには見えている筈だ!
 悲鳴を上げ逃げ惑う人々、泣き叫ぶ幼子、血と炎で染まったショーウインドウ……。

 これが俺の信じた正義の正体か!
 自分達の正義の為なら、虫けらのように民間人をも殺傷するのか!!
 少しは躊躇ってもいいものじゃないのか!!

「野郎……また出やがったな! このゲキガンモドキ!!」

 そういえばリョーコさんらは、昔俺と天道艦長が乗ったテツジンと戦った事があったんだな。
 あの頃からこちらのエステバリスの武器は大して変わっていない……ラピットライフルではフィールドを撃ち貫く事など不可能だ。
 こんな時こそDFSの出番、と言いたい所だが……生憎俺の空戦エステは使用不可。アカツキさんもガイも同じだ。
 重力波受信効率が良い空戦や0G、内部バッテリーが大容量な砲戦と違い陸戦は中途な出力だからな……DFSを稼動させるには少々不安が残るそうだ。
 それに、空間戦闘力に乏しい陸戦ではDFSを使用した場合周囲の被害も大きくなるしな。
 砲戦で使うには……テンカワさん並の腕がないと狙えないし。
 なのでガイとアカツキさんは砲戦、俺は陸戦フレームの通常武装で応戦しているが……ジャンプを多用されて思うように攻撃できん!!

「一発殴ってやらないと気が済まない!!」

 ジャンプで避けられるなら俺も一緒にジャンプすればいい!

「ゲキガンパーンチ!!」

 有線制御されたワイヤード・フィストが上手い具合に腕に巻きついてくれた。
 よおし……跳べるものなら跳んで見ろ!!

「やめろカイト君!! 離れるんだ!!!」

 アカツキさんがえらく狼狽しているのは何故だろう……ハッ! そうだ!!
 俺はあくまで記憶喪失であって“ジャンパー”である事は伏せていたんだ!!
 あー無用な心配かけてしまうな……。
 そんな事を考えている内に、俺とマジンは消えていた。

「……!!」

 アカツキさんを始めとし、何人かが蒼然となる中俺はジャンプアウトした。
 ……生体ボソンジャンプの事知っている人って結構いるんだな。
 でもネルガル上層部のエリナさんや科学者でもあるイネス先生はともかく、何でアカツキさんが?
 まあ、いいか。

 俺はワイヤーの張り具合を確かめると、勢いをつけてジャンプ。
 コクピットがあるであろう顔面は避け、重力波砲発射口にむけて思いっきり鉄拳を叩き込んだ。
 これで重力波砲シャッターの開閉ができなくなったろう。無差別砲撃を行うとは、木連軍人にあるまじき行為だ。
 全く……何を考え。

“キィィィィィィィン……”

「!!!!」

 俺は大急ぎでマジンから離れる。
 これは……まさか!!

「い、今のヤバそうな音は何だ!!」 
『説明しましょう!!』

 リョーコさんの問いに鬼の速さで答えるイネス先生。

「あ〜、はいはい……で、あの音の正体は何だよ?」
『アイツは初めから自爆用にプログラムされて、ここに送られて来たのよ。周囲の空間全体を相転移してね。まっ、この街全体が消し飛ぶ事は保証するわ』
「呑気にそんな事言うな〜〜〜〜〜〜!!」

 そうですよ先生!!
 糞っ! 誰だ“自爆は漢の浪漫”だって言ってジンシリーズに自爆装置なんてつけたバカは!!!
 今更ながら木連は……ルール無用の残虐非道な行いばかりじゃないか!
 それで正義を語るなんておこがましい事を……平気で……。

「テンカワ!!」
「テンカワ君は大丈夫だ!! 落ち着き給えリョーコ君!!」
「離せよ!! テンカワ!! テンカワ〜〜〜!!」
「……ん?」

 俺が思考を巡らせている間に、とっくに事態は進行していた。
 テンカワさんのブラックサレナが自爆寸前のマジンに取り付き、ジャンプフィールドに干渉していたのだ。

「ジャンプ」

 そして……虹色の光と共に消えるブラックサレナ。
 一瞬、痛いほどの沈黙がその場を包む。
 だが俺を始めとして何人かは楽観していた。
 あの様子だと、テンカワさんは何らかの策があったんだ。
 これは予想でしかないが、彼も俺と同じく……。

『や、お待たせ』 
「ア、アキトなの!!」
「アキトさん!!」
「やっぱり大丈夫だったようね」
「お疲れ様ですアキトさん」

 間髪いれず入ってきた通信に、皆安堵の溜息をついていた。
 ……矢張りテンカワさんもジャンパーだったのか。
 しかし何処でそんな遺伝子改良を受けたのだろう?

「で、何処にいるのアキト?」
『ん? 今は月だ。』
『月?!』

 これには俺を含めて殆どの人間が仰天してしまった。
 また随分と遠くに跳ばされたもんだな……。

『そうなんだよな〜。そうそう、皆にまだ言ってなかったよな。女装とかで連れまわされてさ……メリークリスマス!!』

 はは……相変わらず“自分らしさ”を忘れないお人だ。
 



 さて……。
 ナデシコはテツジンの残骸を回収した後横須賀を後にし、月に跳んだテンカワさんを迎えに行くべく全速力で向かっている訳だが……。
 どうやら、俺はここで選択しなければならないようだ。
 残るか、行くかを。
 先の戦闘で……テンカワさんは何を思ったかテツジンを完全に破壊しなかった。
 彼は木連の正体から何から何まで知っているのに何故トドメを刺さなかった?
 ナデシコクルーの幸福を願うなら、憂いを断つ為にもテツジンのパイロットをみすみす招き入れる事などしなくても……。
 俺の時といい今回といい、あの人の行動は時々解らない……。
 ナデシコのクルーは皆優しい人ばかりだ。
 抵抗しなければそれほど乱暴には扱わないだろう。
 ただ例外もある。
 キノコやゴートさん、それに……ヤガミ=ナオ。
 あの男は元グラシス卿のSPであり、生身での戦闘技術に関しては何とテンカワさんに匹敵(能力は遠く及ばないが)。
 しかも使命感に燃える密かなる熱血漢であり、ナデシコの皆を守る為ならどんな犠牲も躊躇わないだろう。
 頼もしい事は頼もしいが……今はそれが仇となる。
 あんなのに捕まるより先に、テツジンパイロットの身柄を確保しなければ……。
 と言う訳で、俺はナデシコダクト内を探索している。
 オモイカネの目が光っている全艦内で、唯一目が届きそうにない場所だ。
 俺と同じくテツジンのパイロットも、逃げるなら恐らく……。

“ビーッ! ビーッ!!”

 け、警報かよ!
 こんな時に敵襲とは……何て間の悪い。
 ん……?
 まさかとは思うがテツジンのパイロットを救出する為に誰かを潜入させるのか?
 いや、十分にありえる。
 単独行動が許されるジンパイロットは、艦長か副長クラスしかいない。
 そういった人材は貴重だ。例え無人兵器が蹴散らされようと、その隙に艦長一人救い出せれば大きな成果になるしな。
 しかし、敵地侵入なんて芸当ができるのはまず“奴ら”しか……参ったな。




「班長! 俺が使えるフレームは?!」

 大急ぎで格納庫に向かった俺は、すぐさま自分のピットに飛び込み班長を呼び出す。
 とっとと外の無人兵器を張り倒さないと、最悪“奴ら”が暴走する。
 テンカワさんがいない状況で“奴ら”と事を構えたら……ナデシコは全滅だ!

「すまん! ピットがまだ完全には直ってねえ!! 特に接続ユニットが調子悪くてな、お前の専用0Gは使えない!」
「では他に使えるのは?!」
「重武装フレームしかないが、構わないか!!」
「念の為ポテトも追加頼みます!!」

 重武装フレーム……かつてガイが大気圏突破の際に使おうとしたフレームで、陸戦をベースにしてはいるが装甲が強化され、背部の二連荷電粒子砲など強力な武装が施されている。
 一番フレームはガイが盛大にぶっ壊して失われているが、最後の二番フレームが誰にも使われる事無く残っていたのだ。
 こいつの火力なら例え戦艦が来ても吹き飛ばせる!   

 吸着地雷も追加してもらい、俺は素早くカタパルトで発進した。 
 敵はバッタなど細かいのとヤンマ三隻トンボ二隻……微妙に強力だな。
 足止めにしては火力が大きすぎる。それに……。

「な! こいつらまた固くなってないか!!」

 またしても戦艦やバッタのフィールドが強化されていたのだ。
 特に戦艦のソレはケタ外れに強い……これだけあれば、船ごとぶつけても無傷かもしれない!

『敵集団中心部にボソン反応……来ます!!』

 単独ジャンプ!
 ならば来るのはジンシリーズ……何故だ、足止め程度でここまで大規模な戦力を投入するなんて!

“ブゥン!” 

 しかも、ジャンプしてきたのは只のジンではなかった。
 カラーリングはフォルムはマジンに酷似しているものの、四肢はより強化され、一回りは大きくなっている。
 ……なんてこった。こいつはマジンの強化改良型、“ダイマジン”!!
 俺だってプランでしか見た事ないこの機体が、もう実戦投入されているのか!!

「ヘッ……ゲキガンもどきの親玉登場って訳か」
「顔も凶悪そうだしね」
「……凶悪、今日……空く……んー、イマイチ」

 ダイマジンはナデシコへと向き直ると、即座に重力波砲発射体勢を取り始めた!
 しかしダイマジンのフィールドは重力波砲チャージ中でも一向に衰えていない!
 何とかして射撃をキャンセルさせねば……。

「フィールドランサー!!」

 背部にマウントしてあったフィールドランサーを取り出し、俺は全速力で突貫する!!
 ええい! 小競り合い程度と甘く見てDFSを持ってこなかったのが悔まれる!!
 俺って本当この武器(DFS)に縁が無い!
 やがてフィールドランサーがダイマジンのフィールドに接触、盛大に干渉波を撒き散らしつつフィールドをキャンセルしていく。
 しかし、ダイマジンは微動だにせずナデシコを狙っている! 何て集中力の持ち主……正に一意専心!!

「止まれ! 止まれ!!!」
『……!! その声……まさか!』

 ダイマジンは急に重力波砲のチャージも、フィールドの展開も止めてしまった。
 そして俺のエステを両手で捕まえると、接触回線でこちらに呼びかけて来たではないか!!

『ミカヅチ……生きて……生きて……!!』
「ねえ……さん!」



「テメー!! カイトを離しやがれ!!!」

 当然、他の皆には俺が捕らえられたと見えるわけで……。
 だがそんな事は姉さんは御構い無しだ。
 フィールドを最大出力で張り、誰も俺らの会話に割り込めないようにしてしまっている。

『どうして……月で死んだとばかり……』
「心ある人に助けられてね……暫く、ナデシコのクルーとして厄介になっていた」
『撫子の……!!』
「そう……正直、どうするか迷っていた所だったが……お陰で決心がついた」
『ミカヅチ……!』

 俺は一端ダイマジンの腕から離れると、その腕を蹴ってナデシコの方向へと跳んだ。
 傍から見ればダイマジンに投げ飛ばされたようにも見えるだろうが……これは俺の意志なのだ。
 丁度ブリッジの上に着地した俺は、素早く吸着地雷をセット。
 そして背部二連荷電粒子砲を、ブリッジへと向けた。

『……! な、何を……』
「聞け!! ナデシコのパイロット!! 今すぐ戦闘行動を中断するんだ……さもなくば、撃つ!!」
「な……!! 何言ってるんだカイト……何訳の解らない事を……」
「俺はカイトではない! 俺は……木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊所属、ミカヅチ=カザマだ!!」

 俺は、本気で連合側につく事だって考えていた。
 木連の攻勢は圧倒的であり、連合軍の劣勢は目に見えていた。
 負けるほうに味方をする、という訳では無いが、少なくとも弱者をいたぶるような戦法を取る木連に疑問が湧いていたのだ。
 だが姉さんと戦場でまみえ、それが大きな勘違いだと痛感した。
 姉さんのような優しい人が戦場に出なければならぬほど……木連の戦況は苦しくなっているのだ。
 優人部隊の投入も、現在の状況を打開するギリギリの策に違いない。
 ……確かに俺にはナデシコで得た大切な仲間がいる。
 だが俺には……たった一人の肉親を見捨てる事など……出来無い!!!!

『あ、貴方が……木連の……』
「木連の存在を、矢張り知っていたようだなエリナさん。流石は憎きネルガルの会長秘書……数百年前、政変争いで追放された人間の末裔である我ら木連は、生きるために止む無く戦争を開始した……その兵隊である俺はな、あの月での戦闘で撃墜されて記憶を失いここに転がり込んだんだ。特殊部隊云々なんてのは、方便に過ぎない」
『じゃあ、じゃあアキトは……』
「あの人は全てを解った上で俺を拾ったんだろう……あの月で、数百の同胞を殺した贖罪のつもりだったのかもな」
『す、数百の……同胞?』

 流石にこの言葉はメグミさんを始め一部ブリッジクルーに激しい動揺を呼ぶ事となった。
 だが、ルリちゃんを始めとしてラピスちゃんやハーリー君、それにシュン提督ら欧州組の反応が乏しいのは……矢張りあの人が教えたんだろうが、何故肝心の艦長らには真実を伝えなかった……?

『そうよ……第四次月攻略戦において、未帰還者の数は300人以上。あなた達が放った一撃で、これだけの人が死に、倍以上の人が絶望に沈んだ!! あなた達にそんな自覚は無かったでしょうね……木星蜥蜴は“悪の侵略者”と教えられていたあなた達に!!』
『そ、そんな……私が……そんなに……い、いやぁぁぁぁぁ!!』

 姉さんが言ったこの重い事実は、メグミさんには辛かったようだ。
 隣のサラさんが何とか落ち着かせようとするが……無駄だろう。
 艦長シートでは顔面蒼白になったユリカ艦長と副長が。
 流石に混乱したりはしていない。意外な事にキノコもだ。
 いや……奴の場合はあきれて声が出ないという所か。 

『それが戦争と言う物でしょうが!!』  
「随分と辛辣な事を言うねルリちゃん……だがそれは真理だ。人と人との殺し合い……それが戦争。それで恨み辛みが発生するのは極当たり前……だからといって俺らは、黙って殺される訳にはいかない!」
「アキトさんが目指すものが、何か知らないくせに……!」
「知ってるさ。勝者無き戦争終結だろ? だがな……それは木連にとっては屈辱に他ならない!! 数百年に渡って信じてきた正義を捨て、悪の連合に尻尾をふれなどと、誰が納得する!」

 接近してきたアリサ機にライフルを向けつつ、俺はさらに続けた。

「俺は! 俺の信じる道を行くだけだ!! あんたらはあんたらで違う道を進めばいい! それをとやかく言うつもりは無い。だが目の前に立ち塞がる以上、俺は……」

『どうやら何を言っても無駄なようですね……ラピス』
『ウン……あれ?!』

 思い通りにいかず迷ってるな、ラピスちゃん。
 ……俺のエステにハッキングをかけていたようだが、そんなものお見通しだ。

『だ、ダメ……システムが書き換えられている!』
『そんな! どこにそんな暇が……』
「優人部隊を舐めるなよ……この程度、“面倒だった”の一言で終わらせる事ができる」

 実際は優人部隊は関係なく、人造人間特有の高速処理能力の賜物だが……。

『クッ……アキトさんがいない事をいい事に……!』
「違うな。俺は……テンカワさんがいてもこうしただろう」

 俺は一度はセットした吸着地雷を外すと、ゆっくりとブリッジを蹴り、離れていった。




『え……なんで……』

 事を構える気満々だったルリちゃんは、俺の突然の行動に驚いたようだ。

「……俺とて、助けてもらった義理を忘れる程無粋ではない。ナデシコで過ごした日々は、俺にとっては偽らざる時間だった。心の底から楽しかったと……礼を言いたい」

 ……確かにここでナデシコを沈めれば後々は楽だろう。
 だが俺はそこまで外道にはなれない。
 一時とは言え共に命をかけた仲間なのだ……無下にはできん。

「カイト、お前……」   
「ガイ……お前も、お前の正義を見つけろ。この戦争、思った程単純では無いぞ。アカツキさんも……お元気で」
「だから僕なんかの心配をするより先に……ほら」

 慣性だけで進む俺のエステは、やがてリョーコさんのエステとすれ違った。

「……行っちまうのか?」
「ええ……姉さんを放っておく事はできない……リョーコさん、“一番”……見つかるといいですね」
「あ……おい……」

 俺のエステを目で追っていく一同。
 一瞬アリサ機が動こうとしたが、即座にアカツキさんとイズミさんに止められていた。

「何故止めるんです! このままじゃ……」
「いいんだ……行かせてやってくれ」
「それにここで撃ったらリョーコがどれだけ怒るか……」

 しかしそれでも堪えきれないのかまだ照準を合わせている。
 ……アリサさんはテンカワさんの目的も知っている筈だ。
 それを俺に否定されたのが……悔しいのだろう。
 二つの正義……どちらが正しいか証明するには、戦う以外方法は無いのだ!
 次に遇いまみえる時こそ……。

“ギュワァァァァァァ!!!”

 俺の直横を通過する重力波……。
 狙いは外れたもののそれは間違いなく目標を破壊すべく放たれていた。

 脅しでは……無い!

「何故……何故……」

 この場で撃つ必要は無い筈だ……ちゃんと意志を表明したじゃないか……。
 だと言うのに……。

「何故撃った!!! 姉さん!!!!!」

 今まで黙っていたのは、重力波砲のチャージの為か!!
 不意打ちとは何て卑劣な!

『なんて事なの……記憶を失っていたとはいえ、ミカヅチにここまで言わせるなんて!! 恐るべきは撫子……矢張りあの人の障害となる。今すぐに……消す!!』
「止せ! 姉さん!! もういいだろう逃げよう! それにあの船にはまだテツジンのパイロットと潜入部隊が……」
『たかが一人の士官と外道共の命で木連の脅威……いえ、あの人の障害が取り除けるなら安いものよ!!』
「……!!!」

 それは……そうだが……。
 だが……こんな事を……こんな事を許せるのか! 姉さん!!

『クッ……卑怯です!』
『卑怯? 構わないわ。一日でも早く、あの人の目指す未来が訪れるなら、私はどんな汚名だって被ってみせる!!』

 ……博士の為に?
 博士の為に、姉さんはここまでやるというのか?
『だが俺は……多くの犠牲を出してでも、身近な人達の幸せを目指す。世界の命運、人の究極の未来……そんなものよりも、俺は愛する人達の幸福の為に戦う……そんな俺は、独善的かな?』
 テンカワさんの言葉が頭に蘇る……人は誰かを愛すると、こんなにも無茶をするのか?!
 自分の全てを投げ打ってでも、その人に尽くそうとするのか?!

「ふざけるなぁ!!」

 俺を跳ね飛ばすように前に出たのはリョーコさんのエステ!

「俺達からカイトを奪って、今度はナデシコを落すだって!? ゼッテぇやらせねえ!!」

 まずい! 今の姉さんは手加減なんてしない!!

“ガゴゥッッ!!!”

「……! グッ……!!」
「リョーコさん!!」

 瞬時に突き出されたダイマジンの腕に捉えられ、リョーコさんのエステはモロに衝撃を受けてしまった!
 今のは木連式柔か……!
 クッ、これではフレームは勿論リョーコさんにも相当な……。
 だがそれで姉さんの攻撃は終わらない。
 もう一方の腕で両側からエステを捕まえそして……胸の重力波砲の前に掲げた??!!      

『そんなにあの船が大事なら……一緒に消えなさい!!』

 ダイマジンの腹部に重力波が収束していく……! 
 あんなもの至近距離から受ければ、リョーコさんは!!
 それに軸線条にいるナデシコだって、直撃を喰らうぞ!!    

「……い、嫌だ……そんな……」
「……!!」

 殆ど身動きが取れない状況で、リョーコさんのエステがこちらに手を……?!
 そんな、俺に何をしろと?!
 俺は……俺は木連軍人だ!!! 貴女を助ける事なんて……!
 いや、俺はそれ以前に……。

「た……助けて……カイトォ!!」
「!!!!」

 ……ゴタクはいらない、大義も不要!
 肩書きはどうとかはこの際無視だ!!!
 今俺が成すことは……只一つ!
 動け! 俺!!
 感じたままに動くんだ!!!!
 


“ドォォォォォォン!!!”  

 煙から晴れた先には、吸着地雷の爆発により右肩を失ったダイマジン。
 そして……ボロボロになったリョーコ機を抱える俺のエステが。

『何を……!!!』
「……姉さんの知っている、ミカヅチ=カザマは死んだ」
『!!』
「今ここにいるのは……かつてミカヅチだった者の名残に過ぎない……」 
『ミカヅチ……貴方は……』
「それに……」

 気絶しているリョーコさんに目線をやり、おれはキッパリとこう宣言した。

「俺は姉さんと同じ様に、全てを投げ打ってでも守りたい人ができたんだ! 俺は、その人の為に……全てを捨てる!!! 過去も! 正義も!! 本当の名も!!!」

 決別だ……!
 その為に俺は、国を、肉親を裏切る!
 我ながら何て身勝手な奴だ……こんな奴の事を、誰一人として信用する訳が無い。
 嘘や裏切りは、最も卑劣で許し難い行為なのだ!
 リョーコさんは無論、ナデシコの皆も……俺の居場所は、何処にも無くなった!
 だがこれでいいんだ。彼女が永遠に消えてなくなる事の方が、俺には耐えられなかった!
 例え、裏切り者の汚名を着ようとも……。

『カイト機への重力波リンク再開』

 え?

「一端敵に寝返ったと見せかけるとは、何て熱いシチュエーション!! 美味しすぎるぜ、カイトォ!!!!」
「いやあ、ごちそうさん。いいもの見せてもらったよ」
「うんうん、思いっきりネタにできるねこれは!」

 あの、皆さん……?
 そんなアッサリと……お、俺の決意は一体何処にぶつければ……。

「アンタは自分の行動で皆に意志を示したんだ……心配しなくても大丈夫だよ」

 イズミさん……。

「……リョーコを裏切らないでくれて、ありがとう」

 裏切らないでありがとう……?
 その為に俺は、多くの裏切りを働いたというのに“許す”事ができるとは……。
 これが地球人……いや、“人間”なのか?

「最後まで責任を果たせる人って、今じゃ少ないからね……カッコ良かったよ、カイトさん」

 アリサさんまでもが……。
 責任を果たさない奴が多い……ねえ。
 このご時世、自分本位に動かないと生き残れないのかもしれない。
 だが人は人だ。俺はそうはなってたまるか!!
 皆の信頼を……裏切ったりは!!    

『おのれ地球人! ミカヅチに何をしたぁ!!』
「……何もされてないさ、姉さん。俺は彼らと接し、“成長”しただけだ!!!」

 姉さん。
 貴女に信じる人がいるように、俺にもまた信じられる仲間がいる……。
 覚悟……してもらう!!
 



 そして、ヤンマもトンボも叩き落とし、姉さんを着実に追い詰めていった頃……突然それはやってきた。

『?! レーダーに反応……これは……ステルンクーゲル?!』
「何?! クリムゾンの試作機が何だってこんな……」

“ガォン!!”

 い、一発でアカツキさんのカスタムエステが!!
 あの弾速は火薬じゃない……レールガンか! あんな小型高出力のものを……。

「あ、アカツキさん! クッ!!」

 アリサさんが前に出て迎撃を試みるが……速い。
 エステの数倍の推力がありそうだ!
 テンカワさんのブラックサレナには及ばないが、少なくとも今の俺らの機体では追いつけない!
 次々に皆を振り切ってこちらに迫る機動兵器。
 ルリちゃんはステルンクーゲルとか言っていたな……こっちのデータにはない、新型か!

「敵の新型か……随分と今日は燃える展開ばかりじゃねえか、ええ!!」

 敵……?!
 いや、木連の向こう一年間のプランは博士の端末にあったデータで全て把握している!
 それらから推測される発展タイプとも改良型とも違う……だとするとクリムゾン製か?
 ガイの一撃もあっさりかわし、一旦距離を置いたクーゲルは、背から伸びていた棒を取り出した。
 最初は只の細長い半錘形の棒だったが、先端のユニットが花開くように二つに割れ、そこから黒い刃が生成されていく!

「離れろガイ! あの武器は……」

“斬!!”
「な、何でコイツまでDFS持ってるんだぁ!!」

 クッ……!
 矢張りあれはDFS!
 どっから情報が漏れたんだ?!
 ……いや待てよ。確かテンカワさん、DFSのサンプルを軍かどっかに提供していた気がする。
 確かにあれをそのまま量産し扱うことは無理だろう。特攻兵器も同然なのだから。
 だがそのバランスを再調整したら……常人にも扱える!
 ちょっと迂闊じゃないか?! テンカワさん!!
 ガイのエステは大きな損傷を負って爆発。
 ピットは無事か……よかった。
 だかこっちはかなりまずい!
 重武装フレームは運動性が低いんだ! このままでは追いつかれ……?
 何だ、この挙動は。
 繊細ながらも、時には大胆に躍動するこのやり方は……。

「そ、その動きどこかで……まさか!」
“閃!!”

 まさか天道艦長か?!
 俺と同じ様に、あの戦いを生き残って、クリムゾンに……。
 ……しかしこちらのDFSよりも出力が弱い筈なのに、問答無用で一刀両断とはっ!
 だが、俺はここでは死なん!!
 俺にはまだ、やる事が山積みなんだ!!!

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

ま、人それぞれですわな。

私は例えひとつでも誇れるものがあればそれでいいと思いますけどね。

 

しかしまぁ・・・暑苦しいのことよ(爆)。