Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT5〔豪州攻略作戦〕
超新星編「誓いと、約束と」


「……」
『……』
「あの……」
『イツキならまだですが何か? イツキが出撃してから一時間……これで同じ問答を361回続けている事になります』

 うぅ……矢張り彼女の懇願に負けて出撃させてしまったのは失敗でした。
 月周辺の残存艦隊の掃討ぐらいだろうと思っていたら、まさか跳躍門を経由して地球軌道上まで行ってしまうとは……。

『幾ら何でもこれは行き過ぎです。彼女がいかなる状態に陥ろうとそれは彼女自身の責任です』
「いや……まあそういう訳にもいかないでしょう……彼女はまだ若いんですし大目に……」

『どうせ私は年寄りです! なんだったら“自力”で探し出したらどうです、さあ!!』

「す、すいません……4032隻もの艦隊制御と並行しての探索は、貴女に負担が大きいですからね……」

 今タチアナは快速反応艦隊の振り分けに大忙しですからね。
 流石にコレだけの艦隊を私一人で統率するのは難しいので、各重要跳躍門などに割り振っているのです。
 他にも月警戒用にも1000規模で残らせないといけませんし、豪州攻略作戦時の一部士官にも預けて……結局最後に私の手元に残るのは百数隻といった所でしょう。

『……解ってもらえばいいんです。ですが超、本当に“自力”で行かないんですか? そうすれば確実に、より早く彼女を発見する事が……』
「まだね、分離機構が完全では無いんですよ。最近只でさえ情緒不安定なのにこれ以上困惑させるのは……」
『……私は一向に平気でしたけど』
「皆が皆、貴女ほど強くは無いんですよ」

 そう……彼女は、イツキは余りにも儚い。
 本来通るべき幼年時代を抜かし、知識のみを得た少女として生まれた彼女……。
 人格形成に最も必要である期間が存在しない彼女はどこかバランスが悪い。
 子供のように頑なに、そして残酷になれる気性を持っている……故に、かなり情緒が激しい。
 間違いを起こさなければいいのですが……。

『超! イツキのダイマジンの反応を確認……本体が破壊されているようです』
「何ですって!!」

 くっ! やっぱり無事には帰って来れませんでしたか!
 いつもならこういう場合、すっ飛んで駆けつけていくのに……こんな地位にいなければ……。 

『現在頭部ユニットのみが未確認の機動兵器に……いえ、これは……ステルンクーゲル? それにこの反応は……』
「どうしました?」

 タチアナが反応に詰るとは……余程の事です。
 一体、何が……。

『ウツキ……ウツキです! クーゲルのコクピット内に天道ウツキの反応が!!』
「おおっ?! ウツキが?!」

 ほほう!
 月で死んだと思っていましたが生きていてくれましたか!!
 いやータチアナと同じくしぶといしぶとい。

『直ちにガイドビーコンを!いえこけたらマズイですからトラクタービームで牽引もしてあげないと……』

 やれやれ、随分と興奮気味ですね。
 頼むからイツキの事を失念しないで下さいよ、全く……。


 あの地球製の機動兵器……ステルンクーゲルのパイロットは間違いなく天道ウツキでした。
 本国では、味方の撤退の為に殿を務め、その儚い命を散らしたとして英雄扱いされています。
 まあ同じ様な“英雄”が大量生産されているので有り難味は薄いですがね……。
 死んだと思われていた彼女が生きていたとは。しかも、クリムゾンの新型兵器というおまけ付きで。
 この機体の性能は現行のエステ以上……私が密かに情報を流していた甲斐があったというものです。
 これで、クリムゾンの開発技術は“彼ら”と並んだ事に。
 幾ら何でもここまで技術力がかけ離れているとフェアじゃありません……“幽霊ロボ”だけでもダウトだってのに。

「タチアナ、彼女は待たせて置いて下さい……イツキの事が気になります」
『解りました。その間ウツキが病気でもしていないかじっくりみっちりスキャンします』

 はいはい勝手にどうぞ。
 過保護なんだから……。

「うーん、戦闘記録を見る限りではそれほど致命的なダメージは……」  

 だだっ広い通路を走りつつ、端末を小脇にしてイツキの戦闘記録を確認。
 広すぎる……イツキの自室に向かうにはかなりの距離が。
 これでもブリッジからは近いほう何ですが……艦内用のスクーターがいるかもしれませんね。
 さて内容ですが……よりにもよって撫子と接近遭遇戦に入るとは。
 佐世保での戦闘で、漆黒の戦神が消息不明となったのは幸いでしたね……いたら問答無用で撃破でしょう。

 彼女は“彼ら”にとってはイレギュラーですので、躊躇いませんし。

 最初は押してたんですが、赤と白の機体の奮闘により巻き返され、それに続く桃色と青い機体の連携により次々と僚機を落され絶体絶命、といった所でウツキが乱入し一発逆転……といった流れですね。
 ……ただこれだけの戦闘なら彼女が篭ってしまうほど精神的に追い詰められる事は無いでしょう。
 やっぱりこの戦闘で何かがあったのでしょうね……。

「イツキ、大丈夫ですか?」

 やっとの思いで辿り着いたのはいいのですが、一体どうやって声を掛けようとまで考えていませんでした……迂闊!。
 結局いつもと同じ調子で、彼女を気遣うように訊ねたのですが……。

「……はい」

 と弱々しく返事をするだけ。
 扉を開けてくれません。

「……どう考えても駄目っぽいじゃないですか、イツキ」

“プシュ”

 突然扉が開き、私が入ってきた事でイツキは酷く驚いてしまいました。
 ……艦長ですからね、マスターキーぐらいは所持しています。
 ただ、うら若き女性の部屋に婚姻もしていないのに勝手に入るのは礼儀を逸していますので、使わなかっただけです。
 ですが今は礼儀を曲げる時です。

「博士……」

 イツキの姿は見るも無残というか悲惨というか……。
 目は真っ赤に腫上がり、髪だってほつれてクシャクシャです。完璧に憔悴しています。
 目にクマまで……何故ここまで酷い目に!?
 普通の人は躊躇するかもしれませんが、自分で言うのも何ですが私は普通じゃありません。
 迷わず彼女を抱きとめてやります。
 ……というより私が今出来るのはこんな事だけ。
 馬鹿の一つ覚えかもしれませんが、今の彼女が欲しているのは、己の想いをぶちまける事が出来る場所なのです。

「あっ……ぅぅ……」
「今は落ち着きなさい。それが先決です」
「……っ……ぅ……」

 声を殺して嗚咽するイツキ……泣き叫ぶよりよっぽど痛い光景です。
 何が彼女をこんな風に……。




「ミカヅチが……裏切りました」 

 かなりの時間が経ってから、イツキは疲れた表情で言い切りました。

「は?」

 思いがけない言葉に最初は驚きましたが……よく考えれば彼はジャンパー調整も行っています、脱出していたようですね。
 戦闘のドサクサでランダムジャンプを行っていたとしても不思議でも何でもありません。
 ですが裏切ったって……もっと詳しく聞かないことには。

「地球軌道上に撫子が上がったと聞いた私は……抑えが効かなくなって、無人兵器と共に攻勢を仕掛けました」
「……漆黒の戦神がいないことを知っていたんですね?」
「はい……それで、私一人でも大丈夫だろうと踏んで仕掛けたときに……あの子が撫子から出てきたんです」

 ほお。
 ランダムジャンプした地点が偶然近くに存在する安全領域……つまりは撫子艦内だったと言う事ですか。
 壁にめり込むような事が無くてよかった……“似た者”がいたんでしょうね向こう側にも。

「いつもと変わらない調子で……元気一杯叫んで……でも、その矛先は私に向けられていて……」
「なら呼びかけてみればよかったじゃないですか」
「しましたよ!! 一度は応えてくれて、こっちに戻って来てたのに……それなのに……」

 ああ、戦闘記録にあった、途中で不可解な動きをした紅白の機体はそれで。
 しかしその後イツキのダイマジンがグラビティブラストを放ち、続いて撫子の艦載機ごと撃ち貫こうとしていた気が……。
 ……何と無く先が読めてきた気がします。

「私が撃たれたんです!! 何が起こったか解らない私に、あの子は自分は死んだ人間だって……何もかもを捨てるって!!! 私が……私が何か悪い事をしたの?!!」

「……飛んでたんでしょうね、記憶」

 悪い意味で興奮しているイツキに、私は冷たく言います。
 ここで私まで熱くなってたら泥沼化間違い無しですしね。

「記憶が……?!」
「不安定な状態で跳躍をすると身体のみならず、精神にも悪影響が及ぶ可能性があるんですよ……多分、跳躍のショックでミカヅチの記憶は一時喪失していたんでしょう」
「そんな……!! じゃあ何故!!」
「イツキ、貴女は彼が向かってきた後、一度応えたと言いましたね。記憶が完全ならばジンを誤認する事はありえませんし、本当に全部忘れていたなら遠慮無く掛かって来たでしょうに……考えられる事は一つ。“途中で記憶が戻った”のですよ」

 さぞドラマティックな体験していたんでしょうね、ミカヅチ君。
 記憶喪失な身の上に、高い身体機能及び戦闘能力……撫子もこんな逸材逃す訳がない。
 漆黒の戦神が欧州に出向した際、思った以上に撫子がしぶとかったのは彼のお陰だったのですね……。
 そして彼も撫子に戦力をタダで提供していた訳では、無かったと。

「この空白期間で得たものが……今まで積み重ねてきた全てよりも勝ったのでしょう。そして……」

「嘘よ!!!」

 ……確かに冗談なら有り難い事態ですね、これは。
 ですが……明らかにこれは真実。
 ミカヅチ=カザマは木連の正義を見限り、他の何かの為に全額賭けたって事です。

「嘘よ……きっと、きっと私に落ち度があったか……地球人が何かしたか……」
「あのね、もう少しミカヅチ君の事を信用して……ってもしもし?」

 ……。
 ……駄目ですね。
 彼女はミカヅチの姉であると同時に、母親であろうとしていた節がありました。
 それ自体に文句は言えませんが……抱えすぎです。
 全てが自分の手に負えるなどと考えるのは愚かな事です。
 自分の実力が十分だからといって、身体と心は一つ。多くの事をやろうとすると自ずと負担が大きくなるのです。

 それを彼女には解ってもらわないと……“あの男”のようには絶対にさせませんよ……。

「……すいません。ウツキを待たせているので少し離れます。ですがこれだけは言っておきましょう……私は、どんな事があっても貴女を裏切りはしません、絶対に」
「……!」

 ええもうどんな手を使ってでも。


 例え私も“正義”とやらを捨てることになろうとね。
 


 幸いな事に、天道ウツキはイツキを裏切らないでいてくれました。
 ミカヅチ以上に壮絶な体験をし、木連のやり方というのを被害者の立場から見ていた筈。
 それでもなお闘うというのは……芯が強いんですね。
 クリムゾングループのシークレットサービスとして活動してきた彼女は、実に様々な情報を我々に提供してくれました。
 特に欧州関連の情報は美味しい……漆黒の戦神の影響が強い地域だけに、ピンポイント攻撃も想定するべきですねこれは。
 ま、全ては豪州を落してからの事ですが。  
 しかし……ミカヅチが撫子に跳んだように、ウツキも地球に跳ばされていたとは。
 偶然? にしては出来すぎている。
 理解できない事を何でもかんでも偶然だとか奇跡だとか言ってるようだと何時までたっても進歩はナシです。
 物事には必ず原因がありますからね……それを辿っていけば要因は見えてくるものです。

 彼女の場合私が……。

『ウツキがモノリスを使用します。その際の反応をチェックしておきましょう』

 ウツキは本国に帰還するよりも、豪州の協力者の元へと帰る事を選択しました。
 帰っても家族はいませんし、信頼できる人間は皆戦場ですしね……。

「貴女はどう考えているので? タチアナ」 
『……矢張りあの、十数年前のコロニー事故が原因かと』
「あの場合ああする以外仕方なかったですからね……しかし、ちょっとした事が歴史にここまで大きく影響するとは……これは慎重にいかないとなりませんよ」

 に、比べて“あの男”は……。
 慎重どころかその場その場の判断で物事を進めている……そのツケは、もう直ダイレクトで返って来るでしょうね……。

『艦長、例の連中がこちらに接近中。如何します?』
「ウツキのモニターは貴女にお任せしましょう。私が出ます」

 まず……ツケその一。

『久しぶりだな』

 小型のジンタイプが月面を縫うように疾走してきます。
 恐らく慣らし運転をやっているんでしょう。

「調子は如何で?」
『うむ、良いな。我らが五体無事でいるのが何よりの証拠だ』
「と、言いますと? 貴方の目的は白鳥君の救出のみだった筈……」
『確かに。どういう事ですか北辰』

 はいツケその二。

 戦艦ゆめみづきが通信可能領域まで接近していたようですね……。
 白鳥君を迎えに来た……だけでは無いようです。

『フッ……女如きには男子の本懐は解るまい』  
『何を馬鹿な事を……』

 会うたびに一触即発なのは、何も北辰だけじゃ無いですからねぇ舞歌さん。
 その場にいるクルー達に同情したく……ってあれ?

「……月臣君は?」
『彼ならさっき外から戻って来てまた出撃していったわ。白鳥君もほったらかしにして一体……』

 友情よりも任務を優先しましたか。
 ならばこちらも急がないと……。
 しかしツケその三がもう直来ます。
 これは“あの男”のみならず私にも影響してきましたからね……かといって作戦開始を遅らせる訳にはいきません。

 仕方が無い。中将閣下にケンカを売るような真似は今はまだしたくありませんでしたが……。

「舞歌さん。折り入って頼みがあります」
『何よ、いきなりかしこまって……凄い嫌な予感がするんだけど』
「まあまああそう言わずに。北辰も聞いて下さい……現在、本艦後方から月軌道艦隊の残存部隊が接近中です。合流は中止です」

『!!』
『何だと?』

「その数およそ70数隻……月各地の予備役の艦艇も持ち出したんでしょう……これが彼らの最後の反撃でしょうね」
『すぐに反転してそちらに向かいます! それまで持たせなさい!!』
『任せろ……我が到達すれば数分で片をつけてくれる』

「皆さん自分の任務を忘れないで下さい」 

 微塵も慌てた様子を見せず、私は静かに言いました。
 ……それに“彼女”は、私がちゃんと幕を引いてあげないといけませんし。

「ゆめみづきには新型戦艦の破壊が、北辰には撫子への再攻撃という任務がある筈です。それを途中で放り出されたらむしろ迷惑です」
『……く』
『……』
「何、こっちには数百もの無人艦がいるんです。負けはしません」

 嘘ですけど。
 こっちの見積もりが甘かったのか、結局手元に残ったのは二十数隻余り。
 性能ではともかく、数の上では完全敗北しています。
 ですがね……一戦目では出来なかった戦法が今度は使えます。
 勝算は十分過ぎるほどです。

「ですので舞歌さん。暫く豪州攻略作戦の指揮を貴女に委任したいと考えています」
『私?!』
「残念ながら貴女の手柄にはならないでしょうが……この通り、優人部隊の士官や人造人間を助ける為だと思って」

 実はタチアナと協力すれば戦闘と指揮、両方同時にやれますけど……ここいらで舞歌さんに華を持たせないと後々面倒ですからね。

『手柄が欲しくて戦っている訳じゃ無いわ……了解しました、貴方も武運を』
『……承知』

 舞歌さんも北辰も、ちゃんと自分の信念をもって戦ってますからね。
 方向性はともあれ、こういった人間は本当に心強い……まだ死なないで下さいよ。

「さて、こちらもお姫様を出迎えるとしますか」

 レーダーに映し出された月軌道艦隊残存部隊……その中には、あのカグヤの姿もあったのです。


 今度もまた彼女に語りかけるべく、タチアナがハッキングを開始します。
 前回のように半壊した戦艦を利用せずとも、月軌道に浮かぶ通信衛星、もしくは地表の通信施設そのものを電子制圧するだけで済みました。
 同時に彼らは目と耳を塞がれた事にもなりますが……。

「やあ、随分と早く戻ってきましたね……」
『……結論は出ました。もう迷いはありません』

 おお、本当に吹っ切れている。
 前の無理矢理気味な様子は薄れ、間違いなく自分の意思による強い目線……恋の、せいですかな?

『私の愛した人は……死んでなどいなかったんです。今も、元気に……』

 げ。まさか本当だったとは。

『愛するアキトさんの為に……いえ、漆黒の戦神テンカワ=アキトの為にも、私は貴方を倒さねばならない!!』
「何ですと……? 戦神の為に戦う事が、正義や大義よりも重要だと??」
『ええ!』

 うむ、それで構わないんですよそれで……。
 下らない理想や正義を追い求めるよりかは、ね。
 しかしカグヤさんと漆黒の戦神がお知り合いだったとは……そんな“情報”ありましたっけ??

「そうですか。ですが私にも譲れないものがあるんでね……ここで貴女がたには退場してもらいましょう」

“ゴウァァァァァァァァァ!!!”

『!!』

 遥か彼方で重力波に巻き込まれ、爆砕していく連合艦隊。
 途中にあった岩山をも吹き飛ばしてしまっています。
 レーダーには映ってますが、こちらもむこうもまだ視認できていない距離でです。

『超大型重力波砲、正常に作動しました。敵艦艇の損失は以下の通りです。戦艦10、駆逐艦8、護衛艦20……』
『な……あんな大規模なグラビティブラストを……!!』
「さーそこまで言ったからには頑張って下さいよ。さもなきゃ死ぬまでです」 



 そうして始まった月軌道艦隊最期の抵抗。
 砲撃可能領域に辿り着く前に、その半数以上を喪失したにも関わらず果敢に挑んでいきます。
 ……多分、火星の事を気にしているのでしょう。
 ここで負ければ月の各都市も同じような結果になると考えているのか、死に物狂いです。

「トンボとヤンマを前方に展開し盾にします。その間に大型レールガンチャージ!」  

 実体弾、レーザー、グラビティブラストが入り乱れて撃ち込まれてきますが、大抵がトンボとヤンマに阻まれこちらには届きません。いつまでも亀の様に防御に徹するのも何ですし、再攻撃をしなければならないのですが……たっぷり半日時間をかけてチャージした超大型重力波砲は、もう使えません。
 冷却などシステムの関係で、次に発射できるのはまる一日経った後……そんな時の為に対艦用大型レールガンが下部に一基ありますが……すぐにはチャージできんのです。

『敵機が防御網を突破し接近中! 相転移エンジンを搭載した大型機動兵器の模様です!!』

 先の戦闘の反省をもう生かしているのですか。
 快速反応艦隊の艦艇は防御力が桁外れに向上しており、通常の火器では撃墜は困難……ですが石蒜はそうでもないと踏んだのでしょう。
 ……大正解です。
 石蒜はエネルギー系統の不備から、“攻めるか守るか”しかできないようになっています。
 グラビティリング使用中は大型レールガンまで電力が回りませんし、超大型重力波砲を使った後は歪曲場が大幅に弱体化してしまうのです。
 基本的に単独での行動は想定されていませんし、なりよりベースが移民艦です。バランスが悪いのは仕方が無いのですが……現場で使う人間の事を少しは考えて欲しかった……。
 快速反応艦隊は、高速航行能力を得た代わりに戦闘時のスピードが極端に遅い。本艦に対する支援は間に合わない……。

『敵機照合、エステバリス月面フレームです! 火力が高すぎてバッタでは押さえ切れません!』

 まずいですね。
 エステバリス最大の利点である小型故の高機動力を一切捨てた、大型大火力のこのフレーム……スペックデータ通りならば対艦ミサイルが二基装備してあった筈。
 あれを連続で喰らったら流石に危ういかもしれませんね……。

“ドォォン!!”

「早速一発喰らってしまいましたか?」
『違います。これは……イツキのダイマジンです!』



 青い巨人が月面に立ち、それより一回り小さい月面フレームをちぎっては投げちぎっては……ジンシリーズでここまで格闘がこなせるのは三羽烏と彼女ぐらいです。
 柔の技を応用した挙動は、通常の格闘動作よりも何倍もインパクトがあります。
 ですので、通常のエステバリスより遥かに強固な筈の月面フレームが、くの字に曲がったかと思えばそのままポッキリといっちゃってます。
 先程再編制用の補給として届いた予備機でしょうが、何時の間に……立ち直ってくれたんでしょうか……。

『博士!』

 優人部隊のパイロットスーツに身を包んだイツキが、真っ直ぐこちらを見て呼びかけてきます。
 無心。
 そう言い著す事しか出来ない程、彼女の瞳は深かった。

『ごめんなさい博士……私の我侭で、本当に迷惑をおかけしました』
「いいえ、そんな事はありませんよ。好きな人の我侭の一つや二つ、聞けないようでは男じゃないです」 
『博士……』
『とても戦場での会話とは思えませんが』

「やかましい」

 そう、こうしている間にもダイマジンがまた一機月面フレームを地表に叩きつけ、石蒜が長距離ミサイルで駆逐艦を爆砕している……命が瞬く間に失われている場面としては、いささか不謹慎かもしれませんね。

『いえ、今だからこそ……言わせてください。私は……あの……』

 そう言ってる間にも、また一機月面フレームがジンの手の中で潰されてます……怖い。   
 でも怖いぐらいに求め合うのが……人間ですから。

『い、言います……私は、イツキ=カザマは、生涯貴方を信じ……付き従います!』
「!」
『ですから……あの……』

 ……矢張り、そう来ましたか。
 あれだけ互いにべったり依存しておきながら、はっきりとは関係を明言してませんでしたから。
 嬉しいですよ、喜ばしいですよ。でも、今すぐYESと言える度胸が私には無いのです。
 あれからもう何年も経過していますが……未だ私は、あの人を……。

『いいんじゃ……無いですか?』

 何を思ったかタチアナがポツリと言って来ました。
 今まで、こういう時には一度も口を出してこなかったタチアナが……。

『例えイツキの気持ちを受け入れたとしても……貴方のあの人に対する想いが消えるのでも、薄れる訳でも無いんです。貴方はそれぐらい背負える強さがある……他の誰かを愛する事は、あの人に対する裏切りではありません。むしろ、貴方の意固地な態度で彼女を傷つけ、自身も傷つく事のほうが……許し難い事です』
「……すいませんね、いつもいつも」
『何と言っても、私と貴方との付き合いは……私が生まれた瞬間から続いてますからね……大体何を考えているかは察する事ができます』

 また、大きな想いを背負う事になりますか……。
 その大半が後悔や無念ですが……それだけに気を取られていても仕方が無いですしね。
 ありがとう、タチアナ……。

「……私も誓います! 何時如何なる時でも、私は貴女を守り……愛す事を!!」
『……! はい!!』

 そしてイツキ……どうしょうも無い馬鹿者ですが、よろしく。
 

 

 

その2へ続く