Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜

●ACT6〔新たなる壁〕

天道ウツキ編「筆は銃より強し」


 豪州攻略作戦……。
 木連の主戦力を惜しみなく投入したこの作戦の成功は、戦争の意味すらも大きく塗り替えるものであった。
 地球への宣戦布告と同時に行った火星会戦は、勝利こそ掴んだものの結果的に最悪の事態を招いた。
 次元跳躍門の無秩序な地表投入、火星難民への無差別虐殺……これによって火星が被った被害は甚大であり、第一目標であった移民も、資源採掘すらも困難な程に荒廃してしまった。
 これを教訓とした今回の作戦では、資源確保の為無駄な戦闘行為は厳重に禁止されていた。
 占領地の都市機能を正常に働かせる為にも、現地住民の虐殺などもってのほか。
 逆に極力復興援助を行うよう厳命されていたのだが……。

「それは本当なの?」
「あ……はい。噂かと思ったのですがちゃんと裏付けは取れています」

 木連優人部隊アリススプリング駐屯地……この場所は豪州のみならず、地球各地の通信中継地としての役割があり、その戦略的価値は大きい。故に、当初の目的では極力戦闘を避け説得による降伏を促す算段だったのだが……結果は散々たるもの。
 無人艦十数隻が中破、バッタ五百機が稼動不能、ジン型人型戦闘機実に十二機が大破というある意味輝かしい戦果を上げたのだ。
 これが敵の大艦隊相手に戦った、とかならまだ合点がいく被害である。だがその実、これはたった十数機の人型機動兵器によって受けた損害なのだ。
 これだけの大損害を出した理由は只一つ……現場の士官の暴走である。

「我が隊の隊長の他にも、同様に作戦無視を行った人間がいるようです。もっとも……既にそれらの人物は月臣少佐のような上官に粛清されるか、後に被害を報告した際に自害を命令されたりしてこの世にいない人も居ます」
「自害を……命令ですって?!」
「はい……ほら、自分を始めとした人造人間にもかなりの損害が出ていますから……人造人間擁護法に法り極刑を下したみたいなんです、上層部は」

 私は頭痛がしてきた頭を抑えながら周囲を見回す。
 ここ仮設病院では先の戦闘で負傷した兵士達が今も苦しみながら治療を受けている。
 だが……この場にいる負傷者達の中で、人間は一人もいない。
 全て合繊蛋白質から生まれた生体兵器……人造人間なのだ。
 生まれた方法が違っても、彼らだって生きている。撃たれれば痛いし血が回らなくなったら死んでしまう。
 今私と話している彼も、かつては私の部下として配備された人造人間だ。
 月攻略戦において私が行方不明になるまで、共に同じ艦で闘った事がある。
 配置換えされても私の事を覚えていたらしく、先日の戦闘において危うく味方に殺されそうになった所を助けてくれたのだ。今寝ているのもその時の傷が原因だ。
 ……彼らは確かに人とは違う。だが我々と同じ、正義を愛する熱い心を持っている。
 彼らは兵器や備品などでは決して無い、頼もしい戦友(とも)なのだ……それを蔑ろに扱う連中に、正義を語る資格は無い。
 法に殺されても文句は言えん。

「……何とかならないものでしょうか? 確かに法で定められているならそれに従うべきですが……自分達のせいで誰かが死ぬ事になるのは、その……」
「罪には罰が必要よ。じゃないと社会なんて成り立たない」

「ですが……後味が悪いです」

 包帯まみれの腕を見て、ため息をつく彼。
 ……その傷は一体誰のせいで受けたと思っている? 命令を無視した挙句部下まで手をかけようとした阿呆の所業だろう。
 奴は最早この世には居ないとはいえ、恨む事を知らないのか? 彼らは?
 ……多分、そうなのだろう。
 彼の瞳を見ているとそう感じる。彼らは疑うよりも先に信じようとする……その純粋さ、素直さがある意味羨ましい。


「何かをまた、抱え込んだ?」


 それに引き換え私は随分と難しい顔をしていたようだ。
 仮設病院の外で待ち構えていたアクアに、そう心配されてしまった。 
 本来なら本社にいるべきなのだが、ドサクサに紛れてシャロン派に拉致もしくは暗殺されてしまっては堪らない。
 常に彼女に目が届き、最も安全な場所は……ここしかなかったのだ。

「ん……まあ、昔の部下からちょっと。ダメ元で上に掛け合ってみるけど……」
「それは大変そう……ごめんなさい、私を守る為とは言えこんなに被害が……」

 あちこちに無人兵器の残骸が点在している荒野を見渡し、アクアが言う。

「すまんな……少々本気を出してしまった。怪我をした連中には良く言っておいてくれ」

 護衛としてアクアと共に来訪していたドナヒューさんはそう言うが……木連の被害と同じく、正直アリススプリングが被った被害は結構大きい。
 特に貯水タンクを多数破壊されてしまったのが痛い。
 私はオーストラリアで過ごしたからこそ解ったのだが、この地では雨が降ることは稀。
 水源の確保は非常に難しいのだ……それを考えなしに壊してしまった事は、友軍の行為とはいえ良心が痛む。
 しかしドナヒューさんあれで少々本気って……まだ全力では無かったと?
 恐ろしい人だ。そしてとても頼もしい……。

「辛い事があったらいつでも頼って……貴女に頼りっぱなしというのは、不公平でしょ?」
「ありがとう……アクア……」

 自然とアクアが私の胸へと顔を寄せてきた。
 こうしてもらう事で、何故か私は平穏を取り戻す事ができる。
 彼女の胸の鼓動を聞けば解る。苦しんでいるのは私だけじゃないのだ、私は一人ぼっちで戦っているのではない。
 私はアクアや、他の多くの人と共に苦しみ、足掻き、戦い、生きているのだと……。

「ん?」


 アクアの頭の向こうでチラリと見えた人影……誰だ?
 純白の制服に黒い長髪……っておい!!

「つ、月臣少佐?!」
「ぬぁ……ぬぁ……ぬぁにを……」

 そ、そんな目を剥いて亜唐銀二よろしくカルチャーショック受けなくとも……。
 優人部隊の男性は、女の友情を知らなさ過ぎる。
 これぐらいのスキンシップは私とアクアの間ではしょっちゅうだと言うのに……これが木連的にどうなのかは判断に迷うが。
 木連は閉鎖社会なのでどれが“普通”というのが解り辛い。
 只一つ共通するのは正義を愛する心を持っている事か?
 最近それも眉唾物だし……正直“普通”などアテにならん。っと、それよりも少佐だ。
 私はむくれるアクアを引き離すと、真剣な眼差しで少佐に礼をする。

「お待ちしていました少佐。天道ウツキ、現在超博士の特命を受け、豪州における占領任務円滑化を目的として行動しております。個人的に語りたい事は山々ありますが、今はまず一刻も早い豪州掌握を目指しましょう」
「あ、うむ。俺は駐屯軍司令官の幕僚の一人として呼び出されている。君の方が豪州については知識が豊富だ……是非その知識で俺を補佐して欲しい」   
「はっ! 喜んで」 

 真面目な雰囲気に持っていけば立ち直るのは早い。
 人は場の空気によって動くからな……空気の流れが硬直している木連や優人部隊は、ひょっとして駆け引きにおいて非常に不利な性格をしているのかも。

「しかし一体誰が来るのか想像がつかん。前の様な戯けでなければいいが……」

「ほほう、誰が戯けですって?」

 その声を聞いた途端、間違いなく二人の間の空気が凍りついた。

「……全く、せっかく急いで来たのに随分な物言いじゃないの」

 こ、怖い……辛うじて張り付いているその笑顔が怖い!!
 横目で少佐に助けを求めるが……ダメだ、真っ白に燃え尽きている!

「ま、後で元一郎君はこき使ってやるとして……よく、生きていたわね」

 そう言うとその笑顔から殺意が消えた……優人部隊総司令官、東舞歌様直々にここに来るとは思っても見なかった。

「あ、ありがとうございます。偶然が重なった結果どうにか今まで……」
「偶然でも何でも、生きているだけで儲けものよ」

 が、その笑顔は突如消え直に真剣なものとなる。

「……で、どういう事なの。“前の様な戯け”って」

 舞歌様の追求に私と、復活した少佐が先の戦闘における命令違反について説明した。
 流石にこれには舞歌様も難しい顔をする。書類や映像による報告ではなく、巻き込まれた私達自身の生の証言である。
 説得力に格段の差が出てくる。

「……そう、そんな事が……」
「一応被害者である彼らは望んでいない処分だと言っていますが……」

 無駄だとは思うが言って見る。
 木連としてもあのような役立たずを置いておくメリットなど一つも無いのだから……。

「……戦時特例を優先させて処分を先送りさせるわ。法律なんてね、戦争中は現場の判断で幾らでも曲げられてしまうものなのよ」 
「舞歌様……!」
「舞歌殿それは! 畜生にも劣る大罪人にその様な心使いは……情けは人の為ならずですよ!!」 

「用法が違うわよ元一郎君……彼らにだって汚名挽回のチャンスは必要でしょう。まあ、丁度良いから鉱山の採掘監視等の危険度の高い任務に付かせるつもりよ」
「舞歌様それを言うなら汚名返上……」

 何はともあれ……言って見るものだな。
 後はアクアと舞歌様を引き合わせるだけだが、この調子ならば上手く行ってくれる。
 早速私は舞歌様を紹介すべく、アクアの元へと向かっていった。

「にしてもあいつ、こうなる事は解っていた筈なのに……まさか、ワザと?」
 



 それから数日間、私達は占領地の民生に心を砕いていった。
 ストップした物流を急ピッチで復旧させ、戦闘による都市機能に対する被害の修繕も行っていった。
 今回の作戦はピンポイント攻撃が殆どであり、アデレートやヒューエデンなど軍事拠点に近い地域も最小限の被害――とまではいかなかったが、先日行われた横須賀の戦闘に比べ遥かに少ない被害で戦闘を終結させる事に成功している。
 ……もっともそれは、連合軍がはなから逃げ腰だった事にも助けられているが。
 これ以上の戦線の拡大は危険と判断したのか、上は一切の侵攻プランを送ってこない。
 移動してきた多くの跳躍門はそのまま展開しているし、勢力圏内では絶え間無くバッタや無人艦がパトロールを続けている。
 豪州という貴重な足掛かりを得たのだ……慎重になるのも無理は無い。
 他にも一般市民に対し我々との理解を深めるべく、聖典ゲキガンガーの放送を開始した。
 吹き替えが間に合わなかったので字幕だが、ドナヒューさんによれば子供達の評判は上々のようだ。
 なお、この字幕版……先日白鳥少佐からもたらされた“幻の三話”まで入っているので、これが放映される時間帯駐屯軍の機能が完全にマヒする事は覚悟せねばならない。
 跳躍門からも着々と物資が送られて来ているが、中に食料や医薬品までも含まれている事には驚いた。
 木連の台所事情は非常に苦しいにも関わらず……英断だったに違いない。
 実際これには豪州の人々は大変感謝をしてくれた。
 自分の意思で残ったとは言え、連合の保護から切り離されたこの地で生き延びるのは大変な事なのだから。
 しかし気になる事がある。
 シドニー駐屯部隊の報告によれば、未だ一般市民の脱出が完了していないらしい。
 随分前から我々の侵攻は噂されていた為に、殆どの豪州市民は脱出するか腹をくくって居座るかどちらかを決めていた。
 残った人間は……ここで生まれたからこそ自らの意志で残っているのだ。
 だがどちらにも属さない人間……任務や仕事などで止む終えず留まらなければならなかった人間も多少はいる。
 普通は連合軍が撤退時にどうにかすると思うのだが……まさか、市民を見捨てたのか?
 いやいやそれは幾ら何でも……力無き人々を守るのが軍隊だ。そんな筈は……。


「私達の仕事に何か不備でも?」
「い、いえ……」


 いかん、任務中に余計な考えは不要だったな……。 
 私はそんなシドニーの状況を解決すべく、アクアと舞歌様両方の命を受け現地に飛ばされていた。
 現在豪州駐屯部隊の総指揮は舞歌様が執っているが、クリムゾンは後方支援組織として独立した行動が認められていた。
 そこら辺の裁量の広さがあるからこそ、舞歌様は大陸一つ任されたのだろう。
 シドニーでは確かにかなりの数の市民が立ち往生していた。
 今のところはバッタの数に頼った誘導や、人造人間の角の立たない説明のお陰で騒ぎは起こって居ないが、それがいつまで持つかは解らない。
 木連上層部はシドニーの様な大都市の機能維持は諦めており、市民の脱出は容認するとの事だった。 
 そこで我々は貨物フェリーを何隻か徴用して脱出用に使用する事にした。 
 しかし海上船舶に関する技術など我々は持ち合わせておらず、クリムゾングループの輸送業務隊に支援を要請。
 その輸送関連の深い理解と知識をもって協力してもらっているのだが……。 


「木連の人間ってどうして嘘を吐けないのかしら。顔にそのまま出てるんだけど」

「はあ……」


 何故だろう。
 業務隊を率いる小泉摩耶隊長と相性が合わない。
 始めはそうじゃなかったのだが……テレビで映っていたドナヒューさんの話題を持ち出した途端、これだ。
 何かあったのだろうか……二人の間に。

「で、行けそうですか?」


 話を無理矢理変えてみる。
 無人偵察隊の報告によれば、戦艦数隻程度の艦隊が占領海域に接近中らしい。
 即刻撃破すべきだという意見が現地の士官からは出たが、それをするには全体の疲労が溜まり過ぎという慎重論が出た。
 無人兵器を展開してしまえば占領地の運営に支障が出る上に、占領海域の警戒網に穴が空く。
 こんな時の為に人造人間が……という意見は即刻却下された。誰もが擁護法に引っかかるのを恐れているのだ。
 よってこの艦隊は無視という事で全体の意見は一致した。
 上手く行けば彼らに脱出市民の護衛を頼めるかもしれないという、淡い期待もあったが。

「任せて。私はこれでも博打には強いんだから」
「貴女が賭け事に強いとは知りませんでした。任せろとは勝負師のカンにですか?」
「勝負師? 私は賭け事なんかやった事は無いわよ」
「だったら博打に強いというのは……」

「ビギナーズ・ラックに決まってるじゃないの」 

  
 そ、その根拠の無い自信は一体どこから……。
 だが弱気であるよりかはよっぽど頼りになる。
 何せこのフェリーには数百名の命が掛かっているのだから……優人部隊の誇りにかけても失敗は許されない。



「だから何で私達まで退去しなきゃならないの?!」


 出来る限り穏やかな航海を望んでいた矢先、騒ぎは起こっていた。
 ブリッジ下方に位置するサロンにて、クリムゾンのスタッフとなにやらもめている男女。
 リーダー格と思われる茶髪の女が一人、赤毛で耳が長い女性が一人、後携帯電話片手にひたすら頭を下げてる青年一人……どうも一般人ではないようだ。
 気質と言うかその熱意……目が違うのだ、目が。下の船室及び貨物カーゴで不安そうにすくんでいる人々とは全く正反対に元気である。

「何者? 彼女らは」

 興味を惹かれた私は、スタッフから事情を聞いた。

「開戦の情報をかぎつけて訪豪してきたマスコミ連中ですよ。他は連合が劣勢だと解った途端殆どは逃げ出していたんですが、彼らだけは粘ってね……ですが、今は流石に危険なので強制退去処分にとアクア様が」
「マスコミ……」   


 横文字だが、これぐらいなら私にも解る。
 情報統制されている木連と違い、地球上には様々な情報機関があり、日々互いに競っていると言う。
 情報を金で買わないといけないと言うのは何とも不便な……と始めは考えていたが、様々な思想・理念・立場から論ぜられる事件や問題は、地球の人々の研究資料として大変参考になる。 
 多極的な視点から物事を考える事で、柔軟な思考も育まれるし……何故木連でこれをしないのか謎だ。
 それらの元となる事件を取材し、纏めていくのが彼女らの様な記者と言う訳か……。

「貴女達名前は……」

 好奇心からつい言葉が出てしまったが、それが更に彼女らをヒートアップさせる事に。

「長岡志保、フリージャーナリストよ! 今回の処置について納得のいく説明を願いたいんだけど?!」
 私に詰め寄って来た長岡に便乗するかのように、他の二人も続いた。
「NEDE新聞社のチサト=マディソンです。あ、これ名刺。早速ですが今回の木星蜥蜴の侵攻についてインタビューを……」
「き、城戸です。城戸真司! まだOREジャーナルの見習記者なんすが……って何だよ編集長また電話?!」


 ……ドタバタしてるなぁ。
 三人共別々の報道機関の人間だな? だからこんなに競い合って……。

「ちょっとあんた達少し黙ってくれない?! こっちの話が先でしょう?!」
「こういう場合は先輩に譲るもんでしょう志保?」
「新米記者のクセにナマ言ってんじゃないの! 私はアンタより数年前から現場にいるんだから!」

 泥沼化してきたな……。
 こうなったらスタッフと協力して事態の収拾に……って居ないし。
 逃げた……な?

「あ、あのちょっと落ち着いて……」

「ええっ?! マジっすか?!」


 この混乱を平定したのは私ではなく、城戸の叫びだった。



「何、どうしたのよ真司君。そんな叫んだってどうせ……」

 チサトの諦めの表情が驚愕に変わるのはほんの一瞬だった。
 窓の外を高速で横切ったエステバリス……そして、それと同時に響く銃撃!
 威嚇?! いや鈍い着弾音が響いたという事は、数発船体にも当たってるぞ!
 一体何をやろうとしている、連合軍は!!

「城戸とか言ったわね?! 私が本作戦の責任者、天道ウツキよ! どういう事なの?!」
「あ、あんたが?! 丁度良かった! 詳しい事は編集長に!!」

 投げ渡された携帯電話を受け取ると私は相手の声に耳を傾けた。

『おいどうした真司ィ!! 大丈夫か?!』
「城戸真司から電話変わりました。本作戦の監督をしている天道です! 今の攻撃について何か知ってるの?!」
『攻撃ィ?! クソッ!! 間に合わなかった……いいか良く聞いてくれ! 連合軍はあんたら豪州からの避難民を消すつもりだ!』
「何ですって?!」
『こっちじゃあな、豪州は蜥蜴の空襲を受けて全滅って事になってるんだ! 今木連の正体がバレたら面倒だと判断したんだろうよ!!』

 そんな無茶苦茶な?!
 自分達の都合の為に数百人の生存者を……豪州で生き続ける事を選んだ人間を切り捨てるのか?!

「ちょっと待って?! そんな根拠は……」

『マドラス基地の通信履歴をチェックしてたら偶然にな! ウチには島田って言う優秀なシステムエンジニアがいてな……そいつのお遊びでとんでもないネタ掴んじまった訳だ。ともかく今からでも遅くないから引きかえ……』   

 切れた、か。
 ……引き返せるわけ無いでしょう?!
 確認できただけでもエステは四機……武装も何もないフェリーでは振り切る事は困難だ。
 せめて豪州の駐屯軍に一報を入れられれば……!

「圏外になったんすか?! おかしいな……こいつ衛星受信型だからそんな事は……」
「え……?」

 城戸の言葉に私はある考えが浮かんだ。
 衛星を解しての信号が途絶えると言う事は衛星そのものに原因があるか、もしくは電波障害が発生したか……。
 前者は軍も衛星を使うだろうからまず無い。
 電波障害が広域発生しているならば、外部のエステが作戦行動を行う事は困難である。
 相互の連絡も取れぬまま作戦を行う事の危険さは、連合・木連両方を相手にするハメになった私は良く知っている。
 連合軍は無人兵器でジャミングを仕掛けただけで命令系統が混乱し、木連はハナから連携を怠り突出して各個撃破されるケースが多い……となると、妨害電波を自ら発してこちらの連絡手段を絶つのは危険すぎる。
 ならば……。

「このフェリーの何処かにジャミング装置が仕掛けられてるわ! それで携帯の電波が遮断されている!!」

 私よりも早く長岡がこの結論に達した。

「なーる。でも軍以上に高性能なシステム使ってるクリムゾンの通信装置をも黙らせてるんだから、相当手の込んだシステム……誰か乗り込んでる?」

 チサトもその考えに同意する。
 民間人に紛れて秘密工作とは……姑息な手を!!

「とにかく何とかしないと!……そんな馬鹿げた事止めなきゃ!」 

 城戸の言葉に私を含めた全員が頷いた。




 事の全てを小泉隊長に知らせた後、私達は全力で貨物カーゴへと向かっていた。
 小泉隊長は直にでも人を集めると言ったが、それはまずいと進言した。
 あまり大規模に動けば工作員もこちらの動きに気が付く。その結果何を起こすか予想が付かないのだ。
 そこで、気乗りしないがあの三人に協力して貰うことにした。
 取材という風に装えばある程度は目を誤魔化せる……もっとも、ダメと言ってもついて来そうな勢いだったが。
 軍事技術にも深く精通している長岡の話によれば、これだけ強力なジャミングを行うにはかなり装置の大きさが必要だと言う。
 トランク程度の大きさでは到底無理な話であり、恐らく中型貨物コンテナ一つ分くらいの容量は必要になると言うのだ。
 余り時間は無い。今は小泉隊長の見事な操船により持ってはいるが、一撃で仕留めようとしない所からも何らかの意図があるのだろう。
 それに嵌るのが先か、勢い余って轟沈させられるのが先か、それともジャミングを解いて駐屯軍の応援を呼ぶのが先か……ここが勝負どころだ。

「一体何なんですかあの騒ぎは! 何で連合が……」

 船室を横切ろうとすると、避難民であろう男数人が詰め寄ってきた。
 こんな状況なら不安になって当然だが少しは黙って……。
 ん? 船室は基本的に子供や病人に優先的に割り当てた筈……。

「邪魔!!」

“ガスッ!!”


 と、考えていた矢先であった。
 長岡は有無を言わさずその細い足で、男の腹を蹴り上げていたのだ。
 その威力は男が悲鳴を上げる間も無く悶絶し、意識を失った所からも相当なものだ。
 そして男がはずみで取り落としたのは……大型ナイフだと?!

「クッ、この……!!」


 残った連中が一斉に掛かってきた!!
 一人はメリケンサック片手に長岡に掴みかかろうとしたが、遇えなくニーキックで轟沈。
 だが最後の一人がワイアーを構えつつ後ろに回った?!
 こちらもチサトも狭い通路故思うように動けない! 多少の被害覚悟で心刀を抜こうとした私だが、それより先に動いた影が!

“バキャ!!”
「お、折れたー?!」

 城戸が船室に置いてあった座椅子を持ち出し、それを男目掛けて命一杯振り下ろしたのだ。
 この強烈な一撃には流石に男も絶えれず気絶してしまった……こいつらが、そうだったのか?

「見張りね、これは。今の騒ぎで多分気付かれたわ……急ぎましょう」
「ああちょっとタンマ! 先行っててくれません? ほらこいつら縛り上げておかないといけないし……」

 急かす長岡にそう答える城戸は、何処か浮ついた言い方だった……長岡とチサトは溜息をついて先へと進んでいった。
 だが私は城戸が何をしているか気になり、二人を追う途中振り返ってみた。
 すると……。

「あ〜よしよし。ほら、もう悪いおじさん達は俺達が倒したから……ね? 泣かない泣かない」

 船室から泣き声? しかも子供。
 元々部屋にいたんだな……いきなりあんな輩に踏み込まれて不安だったろうに。
 城戸は泣いている子供を放っておけず残ったのか。
 良い所があるな……私も子供の頃一人で不安だった時に、誰かが側にいてくれればそれだけで嬉しかったからな。
 ……誰かだと?
 何でこんな時に親の顔が浮かばない?
 ……まあ今の状況で死んだ親の顔を思い出すのは、何処か縁起が悪い。
 まだ私は三途の川を渡る訳にはいかないのだ。
 



 
 貨物カーゴに辿り着いた私達が、工作員と思われる集団を探し当てるのは容易だった。
 不安と悲しみで緊張する一般人に比べ、明らかに別の意味で緊張し殺気立っている者がいたのだ。
 人数は二人……コンテナの前でたむろしている事も早期発見に繋がった。と言うよりそんな見え見えの警戒の仕方でどうする? ここですよと自ら言っているに等しい状態だ。
 先程の輩の方がよっぽど強力だったぞ。何せ殺意も無く何食わぬ顔で近づいて来たのだからな……。

「どうもこう言う所は抜けてるのよね連合軍は。面倒な事は直に下っ端に押し付けようとするから」

 成る程、チサトの言う通りかもしれん。
 さっきの連中もここに居るのが嫌だから船室を占拠したとも考えられる。

「それでどうする? どうやってあのコンテナの中身を調べてやろうかしら」
「下手な演技も小細工も無用よ長岡。正面突破あるのみ!」

 そのまま大股でズカズカとコンテナに近付く私。
 突然のこの行動に工作員らは一瞬戸惑い、その間に私の手は動いていた。

「臨検よ。荷物を調べさせてもらう!」
“斬!”

 心刀によって焼き切られたコンテナから現われたのは……予想通り、設置型ジャミング装置だ!

「こいつ?! クリムゾンの……っ!!」

 ガシャッとスライド音が響いたが、引き金が引かれる事は無かった。
 ……それより先に心刀で薙いで砲身が溶け落ちていたからな。
 工作員が呆気にとられているスキに昏倒させる事など、造作も無かった。
 が……。

「わーお! まるで宇○刑事!」

「動くな!!」


 もう一人の工作員が至近距離でチサトに銃を向けている!
 感心するのは良いが自分の事も考えろ……!

「何が木星連合だ! 何が月独立派の生き残りだ! そんな奴らが俺の仲間を殺りやがったんだ! 火星の連中も、アフリカの同期も、月の後輩達も!! そして今度は豪州の部下達だ!!」

 何?!

「奴らは蜥蜴だ! 侵略者だ! 侵略者は侵略者のままで、宇宙の藻屑と消えればいい! それに協力する奴も……同じだ!」


 この工作員から発せられるのは、底無しの憎悪。
 それが奴をこんな行動に駆り立てた……いやこの黒い感情を利用したな?! 連合軍!
 私達木連に対するその憎しみは解らないでも……いや、その絶望と怒りは被害者である彼らにしか解らないだろう。
 今後我々が幾ら償いをしようとも、残した戦禍は永遠に消えない。
 だからと言って……。

「やめろ!!」
「城戸君?!」 

 長岡の驚愕の声は、今しがた辿り着いた城戸に向けられていた。
 その手には、先に通路で伸した工作員から奪ったと思われる銃が!

「あんたがやろうとしている事は馬鹿げてる! 憎いからって、許せないからと言って、罪も無い人々を巻き込んで良い筈が無い!」

 周囲で震えながら私達を見つめている人々を見回し、その後で銃口をブラす事無く、ピタリとジャミング装置に向ける城戸。

「そんな方法で戦いを終わらせちゃいけないんだ!! 本当に戦いを終わらせるには……お互い解り合うしか無い!! 人はこんな方法に頼るんじゃなく、自分達の手で戦いを終わらせないといけない!」
「よ、よせっ?!」

“バンッ! ドコッ!!”

 何事かと皆の視線が工作員に向き……凍りついた。
 銃口の前にチサトが……。

「やりなさい真司君! 数世紀前と同じ過ちを、繰り返す訳にはいかないのよ、私達は!!」

 平手打ちで工作員を張り飛ばし、浮いた所に必殺の掌を叩き込んでいたのだ。 

「おおおっ!!」

 そして引き金は引かれた。
 その弾丸は一発たりともそれる事無くジャミング装置に吸い込まれていく。

「これが、真実を追い求める者達の力……」

 黒煙を上げて機能を停止した装置を見つめ、私は呟いていた。
 現実から目を背けようとも、都合の良いように歪曲したりせず……只ありのままを知り、伝えようとするその姿。
 ある意味……彼らも戦士なのだ。
 手に取る物が銃か、筆か……それだけの違いがあるだけで。


  
 

 

 

その2へ