「さてこれで、二つ。残りの一つはどうするんだい?」

 暗くなってしまった空気を切り替えるべく、アカツキさんが質問をした。

「アメリカ方面軍はクリムゾングループの侵食が激しい。多分、ネルガルが今参戦しても泥試合になるだけだろう」
「だよねぇ。シャロン派はアメリカ方面軍に対し今まで以上に露骨な介入を行ってるからね」
「しかし、たかが物売りが世界の命運を左右するなんて……俺らから見るとどうにも奇異に見えるんですが」 

「た、たかがぁ?!」

「まあまあエリナ君怒らない怒らない。でもねカイト君、人間生きていく為には色んなものがいるんだ。戦意だけじゃ戦争はできないし、理念だけで国は動かせない、何より人は霞を喰って生きるわけにはいかないんだ。銃弾を、経済を、そして生活物資を一手に扱う企業こそが、ある意味国家以上に強力なんだよ」

「おー……何と無く解ります。しかしアカツキさん、随分と詳しいんですね……」

「ドキッ! ま、まあねハハハハハ……」

「……まだ教えてなかったのかアカツキ」
「気づかないカイトも相当なものだと思うな……」

 何コソコソ話しているので? テンカワさん、サラさん?

「そして、オセアニア方面軍はクリムゾングループの本拠地でもあります」

 ここで俺はルリちゃんに嫌な顔をされる事覚悟で意見した。

「と言うかもう、オセアニア方面軍は数に入れないほうがいいでしょうね。まず間違いなく豪州は……木連の占領下にあります。例え生き残りが居たとしても、本拠地を失った軍団の力など無いに等しいのでは無いでしょうか?」
「……」


 ……思った程反感は無かったな。
 良い顔もしていないがね。

「確かにな。だがお前が言う様にアクア=クリムゾンが話の通じる相手ならば交渉の余地があると俺は考えるがな」

 うむ……シュン提督の考えも一理ある。
 連合軍内部への影響力は皆無だろうが、クリムゾングループの内情を知るには絶好の……。 

「……いや〜……それなんだけどさ、無理っぽいね」
「? どうしたアカツキ」
「いやテンカワさん……先ほど日本を中心にネットワームを使用して流された映像があるんですが……どうも……」

 躊躇いながらもプロスさんは世界地図が映っていたディスプレイに、全く別の映像を映し出した。
 それを見た俺達は……固まってしまった。

「……!! これは……豪州か!!」

 画面には火星に似た大地に突き刺さっている連合の戦艦と、その上空を悠々と進んでいく木連無人艦。
 バッタに占拠された街、高層ビルと並ぶジンシリーズ……だが、今までとは決定的に違うのは、その足元で人の生活が営まれている事だった。
 市場が開かれ、人がごった返し、子供が道路を走り回る……火星や、佐世保の血生臭い戦場とは正反対の……賑やかで、生命感溢れる空間が形成されていたのだ。  

「やっぱりオーストラリアは……占領されていたんだ」
「今までの木連のやり方とは全く違う……! 草壁らの体制下で、こんな行動を起こせるなんて……」

 俺にも、ついこの間まで無差別攻撃を行っていた集団とは全く別の存在に見えた。 
 木連の正義は……まだ潰えていなかったのだ。他者を慈しみ、愛する心を忘れては居なかったのだ。
 それだけに、次に変わった場面の衝撃は大きかった。



「な……何をやっているこいつらはぁ!!!」
“バン!!”

 テンカワさんなど怒りの余り会議室の机にヒビを入れてしまった。
 果てしなく広がる海原を進む船に群がる海鳥……否、ライフル弾を撃ち込んで来る海鳥などいやしない!

“ゴッ!”
「!!」


 数機のエステバリスに囲まれた一隻の船だったが、そこから一条の青い光が伸び一機のエステを切り裂いた!
 これは……!!

「粒子刀か?! しかしこの出力と色は……!」
「この船には天道艦長が乗っている! やらせなんかじゃ無いぞこれは!!」

 そして後から来た青い人型機動兵器が残ったエステを粉砕した後、海面から連合の戦艦が浮上。
 また上空から青い人型機動兵器に酷似した機体が乱入し、艦隊を攪乱。
 そうしている内に海上に謎の緑の戦艦が現われ、そこから発進したエステそっくりの機体が連合艦隊に向かって行く所で、映像は終わっていた。

「……これは少し前、OREジャーナルというローカル情報機関から無差別配信された映像です。ネルガル諜報部で分析した結果、合成やCGの使用は認められず……全て実際の映像である事が証明されています」
「プロス君、この映像に関する政府の見解はどうだい?」
「ノーコメントですね。その後別ルートから全報道機関に配信された、百年前の月独立運動に関する資料に関しても一切の反応を示していません」
「政府が公表しない事柄は全てデマ、風説だとでも言うつもりかい?! 連中は」
「その様で」

 ……早くも障害にぶち当たったか。
 だがこの程度で怯んでいては何も成せない。
 そうだろう……テンカワさん?

「この映像から考えるに、既にオーストラリアとアクア派は完全に連合政府から決別しているな。俺らが行っても協力を望むのは難しいか……」
「まあ、俺らが直接行けばそうでしょうね……ならば向こうから来て貰えるよう呼びかければ?」

 それならば先方も対応がやり易いだろうしな。
 極端な話メッセンジャー一人で済む。

「おいおいそれは……待てよ、その手があったか。何処にも気兼ねする事無く会談の場を設ける事は、できる!」    
「アキトさんそれは……!」
「少々危険かもしれないがやってみる価値はある……どの道、シャロン派は必ず顔を出して来るんだ。上手くいかなくても抑止力にはなってくれるさ」

 多少の計算違いはものともせずに柔軟に対処したか、テンカワさん。
 高杉副長も満足気な表情だ。

「二対一……残りはアフリカ方面軍のみ、か」
「そう、このアフリカ方面軍の意見によって、和平か徹底抗戦かが決まる。だが……人間考える事は、何時でも一緒だ」
「……高いのか?」
「ええ、クリムゾンとの競売状態ですよ」

「ならいっそのことシャロン派にくれてやればどうです?」

 言った後で随分と過激な意見だな、と俺は感じた。
 だが言わなきゃならない……。

「……どういう事だ、カイト?」
「戦争を数字でしか評価できない輩の集団など、和平と言う大義の前では烏合の集に過ぎません。いても邪魔なだけでは無いでしょうか?」
「だが意見の統一を怠ると……」
「どちらが正しいかは、あの映像の後だ……直に一般市民が判断してくれますよ。どうしても不安なら、それこそネルガルの出番では無いでしょうか? 武器がなけりゃ戦えない、先立つものが無ければ理念を語れない、そして喰う事ができなければ兵士は動けないのですから」

「アメリカ方面軍とアフリア方面軍に、経済戦争を仕掛けるのか?! そんな事をすれば……」 

「現状は二対二ではなく、三対二です。アクア派にとってはシャロン派は邪魔な存在……敵の敵は味方です。更に高杉副長が上手く木連にこの事実を伝えれば四対二になるかもしれないんです。そうなれば、勝手に二方面軍は木連相手に損耗してくれますよ」

 我ながらかなりリスクが高いものである。
 これをどう判断する?

「……その方法だと確かにこちらの力は温存できるかもしれない。だがそれでは連合と木連、双方共に大きな犠牲が出るぞ!」

「軍人は死ぬものです。それに……ある程度木連の勢力も削っておかないと和平どころでは無いと思いますが」

「軍人もまた人間だ! そんな犠牲に乗った和平など、意味が無い!!」

「おぉ良かった。そう言ってくれて……」

『!!!』

 演技というものを初めてやってみたが……矢張り気持ちいいものではなかったな。
 しかも悪質な“偽り”を口から吐いたのだ。自らの信念に背く事がこんなにも苦しい事だとは。

「ひょっとしてあなたも、超博士から……」
「博士は関係有りません。和平を目指すのは俺の意思です、ユリカ艦長。でも博士もまた、同じ様な事をテンカワさんに問うだろうと思います」
「カイト……」

「俺は生まれながらの兵士です。だからこそ、兵士が無為に犠牲になる事には耐えられません。俺達人造人間の存在意義は戦う事……それができなくなる“死”は何よりの恐怖なのです……回り道だろうが何だろうが、少しでも同胞の犠牲が減るのならば俺は……その方法を支持します」
「……そうか」

 ぶつかっていたテンカワさんと俺の視線が、反目するのを止め惹きあった。
 俺はもう、誰も犠牲にはしたくない。リョーコさんも、姉さんも……皆生き残って新しい時代を生きて欲しいのだ。
 その為だったら俺は……何だってしてやろう!

「サブロウタさん……彼は本当、何なのでしょう? もう解りません……」
「アイツは嘘偽りを吐きませんよ艦長。あれがアイツの本心……アイツは、俺達以上に誰かの犠牲を恐れているんですよ。本来戦争で“消費”される存在だっただけに……」



「……これが、俺達の!!」
「そう!! 専用武器はテンカワとラピスちゃんが考案して、俺が作成!!フレームその他の制御系は、ルリルリとイネスさん、そしてレイナちゃんの合作!!そして、俺が作った新型エンジンを搭載!!このエンジンはな、小型相転移エンジンの技術の流用により、従来の10倍の性能を示すぜ!!」
『おおお〜〜〜〜〜!!!』

 リョーコさん達は目を輝かせて、生まれ変わった愛機の姿を眺めていた。
 先程、テンカワさんを仮想敵としたシミュレーターで、俺達は次世代機への適性を図られていたようなのだ。
 俺やガイ、それにアカツキさんは一足早く新型を使っていたが、これらの性能をもってしてもブラックサレナを落とす事は叶わなかった。
 生存時間は30分。まあテンカワさん相手にこれだけ持てば地球圏最強レベルだが……木星圏最強クラスの化物には、正直遠い。
 和平するにしても、俺達は必ず戦場の矢先に立たされる。その時に北辰や北斗とはまず間違いなくぶつかるのだ。実力は幾らあっても足りない。
 もっとも、この山を越えれば終わりと言う訳ではない。木連三羽烏や南雲少佐……何より姉さんと博士という強大な壁が存在するのだ。
 例え鎧を強くしようと、己を磨く事を止めてはならないのだ。それが戦場で生きる為の原則だ。

「なあ博士!! リョーコやアリサには剣とか槍とかあんのに、俺らには何も無いのか?!」
「何も無いって……ヤマダ君とアカツキさんのエステ全身火器の塊じゃない?」
「そうですよ……スーパーエステは連装砲、ミサイルポッドを基本装備として、ヤマダさんはSBレールガン二挺、アカツキさんも高速レールガン二挺装備してるじゃない」
「ダイゴウジ=ガイだヒカル! アリサ!! 大体、ゲキガランチャーもゲキガミサイルも“KJリボルバー”も牽制にしか使えないぜ、アイツら相手じゃ!」
「大体カイトもさ、クローアームだけじゃちょっと厳しいんじゃねーの?」
「ガイやリョーコさんの言う通りです班長……俺が依頼していた“二振り”、まだ無理なのですか?」

 急かす様で悪いが、俺が前に提供した木連の技術を使用した新兵器はどうなったか訊ねた。

「……もう形はできている。だが最終調整が難しいんだ……生身でも十二分に危険なのにエステでこれをやるとなれば……安全確認も厳密になるさ」
「……だそうだ、ガイ。俺とお前が正義の刃を振るうのはもう少し先の様だ」
「チッ……それまで敵が来ない事をひたすら祈るっきゃねえな」

 俺とガイの会話に、班長とアカツキさんを除いた皆が頭に疑問符を浮かべていた。
 この新兵器、班長の天才的な技術をもってしても実現不可能な箇所が多々あったからな……ネルガル重工から特注の部品を用意してもらわねばならなかった。数セット分でエステ一体分の費用がかかるからな……エリナさんと繋がりが深いアカツキさんが、頭を下げてお願いしてくれたお陰である。
 だからこそ万全の体制で使用せねば申し訳が立たない。

「さて、新たな力を手に入れて喜んでいる所悪いが……皆に一つ言っておきたい。」

 テンカワさんの言葉に何か深い意味を感じ取り、俺を含め整備班の皆さんも手を止める。

「まず、自分が生き残る事を優先してくれ。巨大な力を持てば、確かに可能な事は増えていく……けど、何事にも限界はある。その時の自分には無理でも、他の人には可能な事も多々ある。一人では無理でも、二人なら可能な事もある。本当に必要と思った時に、助けを求める事は恥ではない力不足で嘆くのは簡単だ、だけど生き残らなければそれも出来ない……実際、俺も万能じゃない、限界はあるんだ」

 それはそうだ。
 誰しも一人では戦争なんてできっこない。
 一人でもいい……友軍がいれば、それだけで可能性は大きく広がる。
 月で、天道艦長と共同戦線を張った時もそうだった。お陰で俺も天道艦長も……生きている。

「その時になって、悔やんでも仕方が無い。最後には後悔を胸に……生きていくしかないんだ。」
「アキトさん……」

 アリサさんが愁いを帯びた瞳でテンカワさんを見ている。
 テンカワさんは欧州という戦場も渡り歩いた。
 最初はたった一人だったが、アリサさんやサラさん、シュン提督やカズシさんといった強力な戦友(とも)を得て、生き残った。
 だが……例えテンカワさんと言えど、全く何も失わずにそれを成すのは無理だろう。
 俺もまた……今を生きる為にかつての自分を全て失った。

「……北斗」

 この呟きに、その場の空気が凍りついたのは言うまでも無い。
 俺らの当面における最大の障害である。

「皆はもう解ってると思うけど、奴を止めるのに俺は全力を尽くさないといけない。これからは、俺のサポートは期待出来なくなる……敵も活発に動いている。きっと、木連も新しい兵器を持ち出してくるだろう」

 うむ……夜天光や六連による戦果を考えれば、ジンシリーズの生産ラインはもう直止まるだろう。
 これらの量産型に人造人間でも乗せれば、恐るべき脅威となる。
 バッタも博士によって週単位で設定更新されている筈だ……苦しい戦いになりそうだ。

「これからは、激戦を繰り返す事になると思う……俺に出来るのは、皆を鍛える事と強力な武器を与える事くらいだ」
「でも、十分心強いよアキト君。」
「今の装備だと、不安だったのも確かだしね。」
「これだけの装備ですもの、テンカワさん達の心遣いは十分に伝わりました。」
「そうだぜ!!ここまでお膳立てをしてくれたんだ!!俺達の実力、木連の連中に見せてやる!!」
「私は……私達はそう簡単に負けません。」
「ま、僕も死にたくはないんでね。有り難く使わせてもらうよ」

 力を与える……か。
 そうテンカワさんは言うが、俺はこう思う。
 この力は俺達が自らの闘志により……テンカワさんと共に培った力なのだと。
 きっとテンカワさんも解っているだろうが、成長を喜ぶ皆に敢えて水を差す必要も無いだろうし。

「ちょっ……」

「よ〜し!! 熱血パワー全開だぜ〜!!!」

 音量全開だったので、俺はガイより先に発言した人物の存在に気付いたのは……少し後の事だった。
 



「では班長、ここのエネルギーバイパスを枝分かれさせて、IFSコネクターの接触を広くすれば……」
「あーそれだとエネルギーを実体化させるタイミングが凄いシビアになるぞ? いけんのかそれで?」
「俺は問題ありません。ガイは……逆に制御系統を単純化して出力を稼げば……」

「ちょっと、ウリバタケ整備班長!!」

「あ? 何だ気が付いたのかよ、提督さんよ。」

 起きたのか、キノコ。
 馬鹿だなぁ、耐性の出来ていない人間がガイの魂の叫びを聞いて無事でいられる訳無いだろうが。

「まあ、アンタの事なんてどうでもいいわ。提督として命令するわ!! あの新型エステバリスを量産しなさい!!」
「無理」
「何でアンタが即答すんのよ!!」


 露骨に表情出してるな……普段から感情の起伏が激しい奴だとは感じていたが今日は極め付きだ。
 ……嫌な事でもあったのだろうか?

「まずメンテナンス性が最悪、次に操縦性が劣悪、最後にソフトウェアが複雑過ぎ。これらの面から考えれば兵器として失格と言って良い存在だよ、あのカスタムエステバリスは」
「おいおいおい……随分言ってくれるじゃねえかカイト。俺は……」
「最早あれは兵器などという範疇に収まるべきではない。匠の技と最新技術、そして戦士の血と汗と涙で生み出された超一流の機構(メカニック)だ……二流三流揃いの連合軍には過ぎた存在なんだよ、キノコ」

「な、何よそのデカイ態度! 裏切り者のクセにそんな口……」

「この野郎! 言っちゃいけねえ事を……! 表に出ろ! 簀巻きにして外放っぽり出してやらぁ!!!」

「まあまあ落ち着いて。キノコですし」

 椅子を蹴飛ばす程の勢いで立ち上がった班長を、俺は宥めた。
 こいつの言っている事、決して間違いではない。

「確かに俺は裏切り者だ……だがな、俺はこの道が正しいとひたすら信じ、闘っている……そして皆も俺を信じて共にいてくれる。そうやって多くの人に支えられた意思を、お前だけの下らないプライドの為に浪費する余裕は、無いんだよ!!」
「!!」

「俺達は俺達の正義の為に前に進むんだ! 他人から与えられた大義のみで動くような連中と、一緒にしないでくれ」
「正義……私にだって……私にだって……!」

 だがそこから先を言う事無く、キノコは俺達の前から消えてしまった。

「やる気はあるんだけど、それを全く生かすことが出来ていないんだよなあの人」
「だからってこっちにいちゃもん付けられても迷惑なだけだ……大人なんだ。自力で答えぐらい見つけやがれってんだ」

 そう言って再び作業に没頭する班長。熱っぽいこの人にしては珍しい態度ではある。

「所でカイトよぉ、やっぱりさっきの言葉はキツかったぜ……俺の入魂の作品を、お前がそんな風に見ていたなんてよ」

「……最高の兵器は、少ないコストで大量の破壊と殺戮を遂行できるマシーンの事です。班長の作ったものに、敢えてそんな称号を与えたくはありません。痒い文句とは解っていたんですが」

「ヘッ、ありがとうよ……だが大丈夫さ。俺だって、仕事と理想の踏ん切りはついているさ……俺はお前達と一緒に、戦争をやってるんだ」

 その姿は、一人の大人としての責任を全うする、漢のものであった。



 だが世の中には、図体ばかり大きくなって中身の伴わない子供もいるようで……。

『アキトさん、大変です!!提督が新型エステに乗って、ナデシコから発進しました!!』

 信じられない事に、キノコは自らナノマシンを体内に打ち込んでIFS処置を施し、エステに乗り込んでしまったのだ。
 地球では、ナノマシン技術は一般化しているものの、社会へはそれほど浸透していない為拒否反応を示す者も少なくない。
 軍部でもパイロットならばいざ知らず、将校がこれを使用することはまず考えられない事であるという。
 ……アオイ副長も、かつてユリカ艦長を追いかけるべく自ら進んでナノマシン処置を行ったそうだ。
 果たしてキノコにアオイ副長程の覚悟があったかはどうかは、判らないが。

「馬鹿な!! あの新型エステは、専用パイロットのIFSにしか反応しないはずだ!!」
『御免テンカワ君!! 実は予備の八台目は、IFSがあれば誰でも操縦出来る仕組みなの!!』
「そうだったの、レイナちゃん?……くっ!! 専用性に拘り過ぎたか!!」

 常識的に考えれば兵器に専用性も何もあったものじゃない筈。
 木連でもコクピットのデコレーションなどは大いに推奨されていたが、外観や武装を変えるまではやっていない。
 そんな事をすれば作戦行動の遂行に支障をきたしかねないからだ。整備の面からも、専用兵器の類など存在せずオプションという形で大量に同型ユニットが生産される。
 俺たちのエステの様に一体一体武器まで含めて丹精込めて作り上げる事が……本当はおかしいのだ。
 だが俺達が戦っている相手も常識を無視した荒唐無稽な奴等ばかりなのだ。それと対するには仕方がない。

「テンカワ!! 早く連れ戻さないと、大変な事になるぜ!! 基本性能だけでも、あの新型エステは大変なものなんだからな!!しかし、パイロットのミーティング中を狙いやがるとは……変な所で頭が回りやがる!!」

 先にも言った様に、奴には奴なりの力があった。
 それをこんな風にしか使えないとは……哀れな奴だ。

「とてもじゃないけど、あの提督が新型エステを操縦出来るとは思えないよ」
「……この小惑星帯で、あの新型エステに素人が乗るなんて。まるで……自殺行為ね」
「案外、そうかもね。提督の降格の通知が、今日届いたらしいからね」

 降格?
 実質全世界に木連の正体は伝わってるんだ。今更何故キノコのみを罰する?

「スケープゴートって奴さ……見苦しいね、どいつもこいつも」
「困難に対し足掻く様子は、第三者から見ればそうでしょうね……奴も必死だ。まさかこのまま放って置くつもりでは無いでしょうね?」
「……アキトさん」

『アキトさん』
『テンカワ君……』
「……勿論、見殺しには出来ない。出るよ、みんな。ユリカに伝えてくれ」

“ピッ!”
『許可します!! お願いアキト!! 提督を止めて!!』

 艦長もこれを黙って見ているほど非情ではない。
 別に奴が提督の肩書きを持っているから助けるのではない。と言うか、俺を含め奴が提督だと思っている者などいるのだろうか?
 あれはキノコだ。あんなのでもナデシコで生死を共にしたクルーなのだ。
 俺達は、それを戦友として救う……見捨てる理由はどこにも無い。

「……ああ、解った。俺としても、もう少し話をしてやるべきだったかな」

 しかし全ては後の祭りだ。
 今はひたすらキノコの無事を祈るしか無いか……何せもう、月は半分博士が制圧しているのだから。


その三へ