Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT7〔平和の国で〕
カイト編「舞踏(ロンド)」


「だー!! しつこい子はもてないぞ、ディア!」

〈そりゃコッチのセリフだよカイト兄! 男は潔く無きゃ!!〉


 脚部ギガクローラーがガリガリと地面を削りつつ、アルストロメリアは全力疾走していた。
 何故俺は走るのか? それは単(ひとえ)に友の為。何より羽(フェザー)から逃れる為。
 全ては退屈しのぎにと、ブローディアの中核システムであるディアがガイとシミュレーターをやっていた事が発端だった。
 ……圧倒的すぎるのだ、ブローディア。
 性能は然ることながら、その状況判断能力はオモイカネを上回る。
 オモイカネクラスの高度なAIを二基……いや二人も有しており、しかもそれが機動兵器一体のみにその全スペックが費やされるのだから当然である。
 まあオモイカネの名誉の為に言わせて貰えば、彼は戦闘行動のみならず艦の管理維持までも同時に行っているのだ……この数百人規模が戦うナデシコの。
 オモイカネが本気になればテンカワさんすら圧倒する事は、先の反乱騒ぎで明らかである。
 


「大体、他にフラストレーションの発散手段を持ってないのかお前らは?!」

〈ディア達にとっては勝つ事が一番嬉しいもん!〉
 


 
 しかしそのイジメとも取れる一方的な勝負に、俺は反感を覚えた。
 このやり方……奴そっくりなのだ。
 余りに実力差がありすぎて、相手を害虫の如く考え無しに殲滅する、あの北斗に。
 毒には毒を持って制するつもりか……ルリちゃん、ラピスちゃん?
 それを望む者は誰も居ないというのに……。


「……そうか。なら負けてみろ。それもまた面白いぞ?」

〈んー遠慮しとく。だって負けたらルリ姉達に殺されちゃう〉



 軽い調子だったが、それはディアの悲壮な立場を明確に示していた。
 テンカワさんのサポートプログラムとしてしくじるような事があれば、ディアとブロスはいつ消去(デリート)もしくは再構築されても可笑しくないのだ。
 もっとも、彼らにそんな気負いは無い。
 “ブローディアに収まるディアとブロスには”。


「殴られもせずに一人前になった奴がいると思うなよ!」


 “死”の概念を知らない事は、戦場と言う命のバーゲン会場では大きな問題だろう。
 俺達と無人兵器の違いはそこであったが、今ではそれすらも覆されつつある。
 ……最近の戦闘において、無人兵器同士が不可解な行動を取る場面が多くなりつつあったのだ。
 動けなくなった機体を複数の無人兵器が回収したり、撃墜される寸前に大量のデータを他の機体に送るといった具合にだ。
 ……恐らくこれは度重なる設定更新で、各機体の個体差が均一で無くなり、得られるデータにばらつきが発生し出した事。
 そしてそうやって蓄積されたデータが無視できぬほど高度になりつつあると言う事だろう。無人兵器の撃墜率は、地球規模で見ればかなり低くなっているのだ。
 死を迎えようとする仲間を助け、死ぬとしても必死に何かを残そうとする……でもそれは避けたい事態であるが故に、独自に戦術を向上させていっている。
 只のバッタでさえできるのだ。ディアとブロスにもできる。
 ……死を恐れる事が。


〈殴られても蹴られても、一人前になれなかった人は沢山居るんだよ?〉


 俺が走った後を耕すかの様に、ブローディアはフェザーで絨毯爆撃を行ってくる。
 ……舞台設定を地上の廃墟にして正解だった。
 宙間戦闘ではどう足掻いてもブローディアの機動性には敵わない。
 しかし遮蔽物が多数ある地上ならばそれなりには遣り合えるのだ。


“ゴゴゴゴゴゴゴ……”


〈あーまたビル倒した。煤塵でカイト兄見失ったじゃないか……〉
  
〈だったら直見つけてよ! 出来るでしょ?!〉


 恐ろしい事に今しがた横切った五階建てビルが轟音と共に崩れ去っていく。
 ……地球の建造物が脆い訳が無い。
 何せ常に1Gが働く様な場所に建造され、急な突風や豪雨、そして火災や落雷地震にまで、一通りの防御対策は施されている。
 俺の故郷である木星コロニーでは、建造物もあまり頑丈には作れない。鉄筋コンクリートなど政府の建物ですら使えない技法である。
 そんな代物をいとも簡単に倒壊させてしまうブローディアの破壊力は凄まじいものがある。
 ……これだけの力、使いこなせなければどんな悲劇を生み出すか。


〈あのビルの陰にいるよ?!〉

〈よーし、ゲームセット!!〉
 


 しかしフェザーはまたしても粉塵の中へと突入する羽目になる。
 アルストロメリアでそのビルの支柱部分を二本、間にあるフロアもろとも引き裂いていったからだ。
 本来はトラック程度の重量しかないアルストロメリアがぶつかっても倒れはしない筈だが、今までそこはフェザーの猛攻を受け脆くなりすぎていた。
 倒壊したビルが巻き上げた塵の中では、殆どのセンサーは無意味だ。
 俺のアルストロメリアやアカツキさんのスーパーエステ、そしてイズミさんのカスタムエステ並みのセンサーならば発見可能だろうが、フェザー内蔵のセンサーでは無理だったようだ。
 アルストロメリアの鼻先を掠めるように飛んできては、何もせずに離脱していく。


「システムの勘と言う奴を……もう少し磨くべきだな」


 この僅かな時間を利用して俺は、周囲の地形検索を徹底的に行った。
 二流のシミュレーターならば建造物は単なるオブジェクトだが、オモイカネ特製のこれは違う。
 利用できるものは何だって利用できる様になっているのだ。例えばそう……。


“ドォォォォォォン!!”

〈な、何?! 自爆?!〉

〈違うよ粉塵爆発だよ!! ディアが調子に乗ってチリを巻き上げ過ぎたんだ!!〉
 


 通っている電線をスパークさせればご覧の通りだ。
 そのスキに俺は距離を離し、割と低い高さのビル街から高層ビルディング街へと向かう。
 先の爆発からブローディアのセンサーが復旧するまではそう時間が無い。
 ブローディアが振り向く前に地面を掘り返し、そこに埋まっていた高圧電線を引き抜く時間は……。


〈逃さないよ!!〉



 無かった。
 ならば“巻き戻す”しかないか……。


“キュガガガガガガ……!!”


〈うーん、良い線行ってたけど、ちょっと力が足りなかったね〉


 俺のアルストロメリアをフェザーで包囲し、勝った気でいるディアには悪いが……。
 詰みといかせてもらおうか!


“ヴン”

〈?! ディア! 後方にボース粒子反応……ってカイト兄ィ!!〉

〈ウソッ!〉
 


「俺もテンカワさんと同じく……単独でのボソンジャンプが出来る事を忘れるな!!」
 


 俺がジャンプしたのはブローディアの真後ろ。しかもフェザーを全弾発射した直後だ。
 あれだけの大技、キャンセルするには時間が無い!
   


「接続(コネクト)っ!」

“バチッ!!”
 


 先程地表に露出させていた電線をダイレクトに機体に通電させたのだ。
 幾らアルストロメリアのコネクター規格が、公共のものとも共通になっているとはいえかなり無茶な行為であり、失敗する可能性のほうが高かった。
 確率計算を行ってくれたオモイカネには感謝したい。実際手心は加えていないだろうが。


「喰らえっ!!」

“ヴゥゥゥゥゥゥゥゥ……”


 アルストロメリアの各種センサーを全開にすれば、かなりの電磁波を発する。
 しかしそれは一過性のものであり範囲は狭い。それでも至近距離に人間が居ればたちまち内蔵が沸騰し、破裂して霧となってしまう。 
 電磁波による攻撃手段を持っているのは先に述べたイズミさんのカスタムエステだが、あれだってバーストモードを使用しない限りは使用が出来ない。
 そこで今回は大出力の電力を使い出力を限界まで引き上げ、なおかつその効果を最大に発揮できるポジションを作った。
 高層ビルディングだ。
 ビルディングによって反響した電磁波が一点に集中する地点に、ブローディアとアルストロメリアが存在した。
 程無くしてディアとブロスのシステムが破壊され、ブローディアが動きを止めた。
 それと同時に俺のABC(アクティブバイオチップ)も完全に破壊され、アルストロメリアはその負荷に耐え切れず、俺の肉体を焼き尽くしながら爆砕した……。





〈納得いかない! インチキ! イカサマ!!〉


 その愛らしい頬を膨らませ、コミュニケからディアが俺に抗議の声を上げていた。
 判定では俺の負けだった。
 何故ならブローディアの対電磁パルス防御は完璧であり、本来中に居る筈のテンカワさんはパワードスーツ型戦闘服にナノマシンと、二重三重に防護されている。
 例えディアとブロスが一時的に沈黙したとしても、テンカワさんならばすぐさま手動でブローディアを再起動させるだろう。
 そもそもあの人がこんな単純な手に引っかかるとは思えないしな。
 今回の目的は、二人に敗北を教える事だ。


〈大体、あの時桜花竜舞使った時はまだ檻の中じゃなかったの?!〉

「ああ。俺はあの時フィールドを展開しつつ、全神経を注いでフェザーを叩き落していた……レーザーじゃなく実体があるからな。動けるぐらいまでにダメージは抑えた」

〈その途中で何で背後から来るのよ!! オモイカネ兄に賄賂でも渡した?!〉

「俺が設定を無理に改変したと?彼がそんな甘い訳無いって……テンカワさんの話を聞いて、出来るんじゃないかと思って咄嗟にな。実戦でこう上手くはいかないが」


〈そ、そうよね……幾らなんでもそんな上手くは……アハハハハハ……〉


 乾いた笑い声を上げながら、ディアは新たな相手を求めて再びシミュレーターに戻った。
 だがブロスのコミュニケ画面はまだ健在だ。どうやら一緒に戦うつもりは無いらしい。


〈……オモイカネ兄のプログラムで出来たんだ。実戦でもきっと出来るよカイト兄は〉

「褒めてくれるのか? ありがとよ」

〈うん……素直に凄いと思う〉


 そしてシミュレーターが再び起動した。
 今度はガイとアカツキさんが二人がかりで挑むようだ。
 現在パイロットはテンカワさんとアリサさんを除き暇をもてあましていて、こうして何度も修練に励んでいるのだ。
  


〈システムの勘って……どうやって掴むんだろう? カイト兄は僕らよりもずっと先に起動したけど、情報の蓄積量は僕らのほうが圧倒的に上なのに……〉

「情報だけ持っていても駄目なんだよ。それが三次元空間でいかに作用するかを一つ一つ分析するんだ……うーん、言うなれば“速くなろうとするな。速いと知れ”って事かな」


“ドムッ!!”


 シミュレーター画面ではブローディアが思わぬ反撃を食らっていた。
 アカツキ機の弾幕に気を取られ、ガイの接近に気づくのに僅かながら遅れたのだ。
 ガイの戦術パターンを呼んで防御を固めたつもりだったのだろうが甘かった。
 殴れば間違いなくクリーンヒットする距離で、ガイはリボルバーをゼロ距離で叩き込んだのだ。
 ディストーションフィールドは実体弾には弱いので、数発が貫いていく。
 しかしブローディアの装甲は豆鉄砲程度では傷すらつかない……豆鉄砲なら。
 そこからのガイの動きは実に鮮やかだった。
 リボルバーをマニュピレーター内で回転させ、バレルを持ったかと思えば銃底でブローディアを殴りつけたのだ。
 武器を持ち替えるのではないのでタイムラグはゼロ。よろめいた瞬間にガイ機は離脱し、すかさずアカツキ機がレールガンを叩き込んだのだ。
 しかも、ガイがリボルバーを撃ち込んだポイントと全く同じ場所に。


「“感覚”を得る事が出来れば、複雑な演算処理は不要だ。いかなる高度な連携すらも実現してしまう」

〈でもこれって不確定要素が大きすぎるよ? 確率的にも……〉

「確率なんて気にするなよ。結果はどうせ1か0だ」

〈難しいね〉


 ブロスは熱心にデータ処理を行っている。
 単なる測量データではなく、画像データをそのまま取り込み、それをあらゆる角度で分析し出したのだ。
 只一つの事実ではなく、様々な考察を交えながら。


「難しいさ……人間は難しいんだ」


 “心”を得るには“心”と接していればいい。
 だが“人間”になるには……人間と全く同じ能力・環境にいなければならないのか?
 ブロスは俺達と同じ時間を同じ場所で共有している。だが肉体が無い。
 俺も同じ時と場所に存在しているが、能力のケタが違う。
 俺達は結局、何になるのだろうか……。





〈あ、カイト兄。ルリ姉から通信だよ?〉
 


 先程の勝負はブローディアが大技を出して力技で押し切った。
 しかしその勝利にディアは満足する事ができなかったようだ。釈然としない表情でシュミレーター室からログアウトしてしまっている。
 今いるのは俺とブロス、そしてアカツキさんと伸びているガイだけだ。
 


「今更何の用かね? しかもカイト君に直接とは」


 アカツキさんがこちらにドリンクを渡しながら訝しがる。
 現在、テンカワさんはピースランドにいる。
 遺伝子的にはあそこの王室がルリちゃんの実家らしいが、ルリちゃんはそれをやんわりと否定している。
 彼女にとってこの場所が、ナデシコが帰る場所だと言う事らしい。戦場が故郷だなんて俺としてはゾッとするが。
 ここでテンカワさんは世界各国から来賓を招き、木連との和平を本気で考えようとしている。
 手始めに軍部の主張を和平に一本化すべく、ここで幕僚会議が開かれる予定なのだそうだ。
 永久中立国を謳っているこの国には戦艦など御法度。機動兵器兵器だって持込み禁止だ。
 護衛はテンカワさんには不要だし、ヤガミやゴートさんもいるので戦力的には申し分ない。
 だから俺の出番は無いものと思っていたんだが……。


〈何か、怒ってるよ……何したのカイト兄〉

「知らないさ。大仕事の前だ、緊張してるだけかもしれない」


 で、ブロスにコミュニケの回線を繋いでもらったのだが……。


〈直ぐに支度してこちらに来てください! なるべく急いで!〉 

「と、唐突だな……いや一体何が」

〈事情が変わったんです〉


 あっさりと言い切るルリちゃんの様子に焦りが見えた。
 ただ、それ程深刻な風には見えないのだが……もうしそうなら俺など素通りして艦長に話を通す。


〈天道ウツキがこちらに来ました……クリムゾンは本気です〉

「天道艦長が?! それはいい、クリムゾンも今回の和平に乗り気で……」


〈いいから来て下さい! アキトさんを好きにならない人は……危険なんです!〉

「は?」 


 それきりルリちゃんの声は途切れた。切られたようだ。


「……やれやれ、子供だねぇ」

「いやルリちゃんが子供なのは間違いないでしょうけど……」


 アカツキさんの幻滅した表情の意図がつかめず、俺は頭をかしげていた。






 その後現れたプロスペクターさんに連れられ、俺は急遽ピースランドに向かう事となった。
 まあ、何にせよ用心に越した事はない。天道艦長もいるのだから大抵の不埒者は成敗できるだろうけど……。
 それにしても解せない。


“アキトさんを好きにならない人は……危険なんです!”

「……世界の人間全てが互いを愛していたら、こんな事は起こらないと思うのだけど」
 


 連絡艇の上空から戦禍の傷跡を眺めつつ俺は言う。
 相容れない考えがあるからこそ、人はここまで大きくなれたのではないのか?
 比較する対象があったからこそ、より己を高める事ができたのではないのかとも、自問していた。
 

「……どう思います高杉副長」

「あ、ばれてた」


 座席の遥か後方、貨物室に相当する部分からひょっこりと高杉副長が顔を出した。
 


「脱出、ですか。見事ですね……誰も貴方の事に気がつきませんでした」

「ああもう見事なまでに忘れられていたな、俺」


 何故そこでいじけるのだろう?
 陰行の業は十二分に誇れるものだというのに。



「成る程ルリちゃんが俺を呼んだ訳が判って来ましたよ……高杉副長を迎えに来るであろう北辰らを抑える為だったのか」

「いや、そうじゃないと……気持ちは嬉しいがついて来るなよ? お前が北辰とぶつかったら……」

「どっちかが死にますね。それでもやらねばならないでしょう」
 


 二人の間に微妙な沈黙が生まれたが、やがて高杉副長は俺の隣の席に座って腕を組んだ。
  


「お前、何でそうやって自己犠牲を好むんだよ。月でもお前は……」

「それが俺の役目だったからです……今は俺の決意ですが。命を賭けてでも、守りたいものがあるならば……戦う他に無いでしょう」


 その後の高杉副長の沈黙は、否定とも肯定とも、どちらとも取れた。 




“ゴォォォォォォォォォォォ”


 回収地点に到着したのは早朝だった。
 朝露を盛大に散らし降下してくる連絡船のお陰で、俺は乾いた唇を濡らす事が出来た。
 さあ……来い。役目でも使命でもなく、決意と意地で動く者の力を見せてやろう! 


“プシュ” 

「へ〜、そう来ましたか」


 連絡船から姿を現した人間の姿を見て、俺は拍子抜けした
 彼らならば命を賭けるほどの実力を有しないし……そんな事態も起こりはしないからだ。 


「高杉殿ですね?」

「はい、そうです……ですが、優華部隊の皆さんが揃って地球に訪れるとは、何事ですか?」


 高杉副長も笑みの仮面を被り応対する。
 木連優人部隊最高司令官、東舞歌の直属部隊ともなればな……。
 実力は確かに高い。が、北辰らに比べればその脅威度は格段に下がる。
  


「何を呆けてるとね。早く私達をピースランドに案内するとよ」

「何?」


“ギンッ”

 冷たい目で睨みながら言い放った女に対し、俺は逆に睨み返してやった。
 こいつら高杉副長をダシにピースランドに破壊工作を行いに行くつもりなのだろうか?


「……あの、誰です貴方?」

「カイトと言えば気がつく奴もいると思うが」


 この俺の発言に、全員揃って震え上がっていた。
 先の北斗との遭遇戦において、俺が彼女らをガイとアカツキさんで殲滅したのは記憶に新しい。
 本格的な活動前のデータしか無いが……今のところ欠員は無いようだ。
 あの戦闘の際戦った三人は、無事に帰れたらしい。 


「な、何でお前がここに……!」

「無理やり来たと言うか何と言うか……ああ、今は敵じゃないぜ、コイツは」

「どういう……事です?」

「高杉副長は俺の上官だった人だ。任務の内容次第によっては手を貸してやろう……俺だって、テンカワさんと同じく和平を望む人間だ」


 それを聞いてどよめきが起こったが、今この場は納得しているようだ。
 ……よく考えれば舞歌司令は穏健派だった。
 例え草壁中将から何らかの命が下っても、命令系統が独立している優華部隊を動かす程忠誠心は無い。
 となると今回の彼女らのミッションは本国の意思に反する……舞歌司令独自の判断なのだろうか?


「……すまん、マジでお前の力が必要だわこれ」


 高杉副長は若干震える指先で命令書を回してきた。 
 内容に目を通す。

『北斗がある理由により失踪しました。手引きをした犯人には、こちらで目星を付けています……が、それは問題ではありません。多分、私の予想では北斗はテンカワ=アキトの元に向かうでしょう。あの子を止めて下さい、まだ二人が出会うのは早過ぎます。そこで各務達、優華部隊を貴方の下に配属します。彼女達と協力をして、この任務を遂行して下さい……追記。この命令に貴方の拒否権は認めません。また、作戦の失敗も絶対に認めません。頑張って下さいね(ハート)……以上、舞歌より』


「……」

「……」


「……ちょっと待て!!ハート、じゃねえだろ!!じゃあ、何か?俺にあの人間凶器の二人の出会いと、戦いを未然に止めろと?しかも、部下7名?俺を含めて8名足らずの工作員で?……ミッション・インポッシブルだぞ、これは!!」


 まさに魂の叫びだった。思わず声に出してしまっている。
 ……いかに高杉副長が優秀でも、流石にこの任務は重すぎる。
 北斗……宇宙で対面した時からその顔は忘れられなかった。
 刃の様に鋭い目線が、体を芯まで侵す様な濃厚な殺気が、今も俺の中に残っている気がするのだ。
 


「ねえ、高杉さんの顔色悪くない?」

「まあ、あの指令書の内容は推測出来るから……気の毒にな」



 対する優華部隊の連中は呑気だ。
 ……最強の味方が敵に回ったときの恐ろしさを、まだ知らないが為の悲劇だな。
 


「……高杉副長。嫌と言っても付いて行きますよ。貴方も、この連中にも死んで欲しくありませんから」



 青ざめている高杉副長が、弱々しく頷いた。  





「さて……まずは全員の特技を言ってくれないか?」


 その後意外に早く復活して、作戦を立て始める高杉副長……流石だ。 


「なあ、かなりキケンじゃないか?」

「……目が虚ろですね、確かに。」

「仕方が無いんじゃない? あの二人を止めろ、何て命令されたんだし。」


 それに対してこいつらは……お祭り気分でいては困る。


「ふん、優人部隊の一人とは思えん気弱さばい!!」


 しかもこんな言葉まで飛び出す始末だ。
 上官侮辱とはいい度胸をしている……!


「……人間を制服と勲章でしか図れない馬鹿は黙っててくれ」

「な……何ですと?!」


 眼鏡を掛けたキツイ女だ。
 ヒカルさんの様な柔らかさや明るさは微塵も感じられない……本国も深刻だな。
 こんな人材しか残っていないとは。


「お前は高杉副長の何を知っていると言うんだ! 上辺の態度だけで人を量るようでは、優華部隊も底が知れている!」

「……! お前!! この男に、三姫がどんな目に遭わされたか知らないで……!!」
 


 長髪を後で結っている女が俺に食いかかってきた。
 ……これが本当に噂に名高い優華部隊なのだろうか……もっと“まとも”なのを期待していたのだが。


「思い違いだろう? 確かに今の高杉副長はおちゃらけですっとこどっこいの軟派な風貌をしてはいるが……過ちは犯さない」

「おま、それ庇っているのか叩いてるのかどっちだよ……とにかくやめやめ! 早く打ち合わせを……」

「ええそうですね止めましょう。こんな未熟な連中信用ならん……俺達だけで任務を遂行しましょう」


『な……!!』


 無駄な時間を過ごしてしまった!
 東舞歌もどうかしている……あの化物を止めろだと?
 普通は“抹殺”するしか無いだろう! 使える手駒なのは解るがそれに拘り続けてもらっても困る!!
 おまけに物の役にも立たない連中をよこしてきて……。


「待って!」


 高杉副長を引きずってピースランド城へと向かおうとした俺を、優華部隊の一人が呼び止めた。
 全員を仕切っている様子から多分、彼女が優華部隊の隊長各務千沙だ。


「私達は真剣なんです! この悲惨な状態を何とかしないと、私達のコロニーも、地球も駄目になるって事は解っています!! だからこうやって敵地に赴いてでも、北斗様を止め様としています……お願い! 私達を信じて下さい!!」


 振り向くと各務隊長を始めとした全隊員の眼差しがこちらを向いていた。
 あの三姫とか言う隊員も、俺に恨みめいたものを含みつつも真摯に訴えている。
 こいつら、いや彼女らはここで骨を埋める事すら覚悟していたのか!
 俺は自らの未熟を恥じ、深々と頭を下げた。
 人に言える立場ではなかった。俺もまだまだ、観察眼が浅いと見える。
 


「まあそう卑下すんなって。お前の洞察力は確かさ……でもな、人間思いもよらない長所を持っていたり、ありえない力を引き出すときだってある。人間はなかなか量れない。だから面白いんだ」

「火種が何を言うとるか!」


 三姫隊員の厳しい突っ込みに、皆苦笑してしまった。
 しかし気になるな……彼女が言う高杉副長の過ちとは一体何だ?
 彼女がそうまでして高杉副長を嫌うのは……何故なのだろう。
    



 

その2