アリス=スプリングで発生した一連の攻防戦……これは木連優人部隊の錬度の低さを露呈するものだった。
 ただそれは重力下戦闘に置ける事。宙間戦闘に関しては変わらず地球軍を圧倒している。
 アデレートやシドニーにおける攻防戦は、戦力の一点集中と迅速な部隊展開によって、それ程時間をかける事無く終了したが、ここでの戦闘は現場指揮官の独断で行われたものだ。戦力も侵攻に見合った規模とは言い難かった。
 そんな彼らを待っていたのは、連合と異なり応戦体勢を整えていたクリムゾン私軍による強固な防衛ラインと、豪州の埃っぽい大地。
 突出した戦力から順次潰された上に、稼働時間が長くなった為に砂にやられ、身動きが取れなくなる機体も出てくる事になったのだ。
 ここに落ちている無人艦も、木連では数少ない損害の一つだ。
 配置を密集させすぎて、砲撃のあおりを食らって進路がずれた所に僚艦が激突。
 片方は爆沈し、もう片方はこうして、住宅街のど真ん中に突き刺さったのだ。
 元々人口密度も低く、住民はシェルターに避難していたから良かったものの、放置して良い代物ではない。   
 


「こんな危険な場所に、他人を巻き込むな……」


 今もここいら一帯は立ち入り禁止とされており、静まり返っている。
 元から建造物同士の感覚が開いているから尚の事……結構密集した住居が多い本国とは違い、何処か寂しい気もする。
 もう日も落ちかけている……そろそろ体力も尽きかけているだろうしな。
 数時間前の私ならば追い込んだ、と笑みでも浮かべただろうが、今では漠然とした罪悪感しか浮かばない。
 話も聞かずに一方的に断罪するのでは、あの一族と全く同じだ。


「……? クーゲルを持ってきたの?」


 虫の音しか聞こえない筈の空に、妙に小気味よい音が聞こえてくる。
 機動兵器のモーターが発する回転音だ。
 だがそれに不協和音である銃声が加わった事で、これが味方でない事がはっきりした。
 こんな市街地の近くでの発砲は、許可されていない!


「レジスタンス!!」


 グレーとブラックで彩られた三機のエステバリスが、マズルフラッシュで浮かび上がった。
 地球連合軍所属を示すマークは塗り潰されてはいるが、部隊票なのか左肩の白い犬のマークはそのまま残っている。
 


「艦長! クーゲルの調整終了しました!」


 後方からトラックに積まれたクーゲルがやって来た。
 ちなみに大型のトレーラーといった大層な物ではない。何処にでもありそうなタダのトラックの上に、窮屈そうにクーゲルが座っている。
 戦車より軽いというエステバリスに対抗したのか、クーゲルは装甲を軽量化して、その重量分を内部機構に組み込んである。
 戦場における火力の向上が爆発的に進んだ為に、DFで凌げなければどんな装甲でもそれまでという風潮があるのだ。
 だったら軽くしてかわすという発想になったのだが……今回はその軽さに助けられた。
 総重量が三十トンを超すTMSでは、運搬には多大な労力がかかっただろうからな。


「ありがとう。で、この状況は一体何?!」


 荷台に駆け上った私はクーゲルの胸元まで行き、コクピットに座り起動準備を急いだ。


〈偵察に来たレジスタンス部隊を、現在ドナヒュー隊長が追撃しています! ですが敵戦力は侮れません、同行していた優華部隊とエアカバー隊は既に後退を〉

「優華部隊に、アンダースンやタイラントがやられた?! 奴等ヤケを起こして戦力をありったけつぎ込んだのか……?」

〈違います! 敵はたった三機のエステバリスです!!〉



 その報告を聞いて私は背筋が凍った。
 こいつらが噂の、“ドナヒューさんが一目置く凄腕”なのか?!
 限られた戦力を最大に活用して、ここまで深く切り込んでくるとは……!
 察するに、後から迫るドナヒューさんを意識して、ここに誘い出すつもりか。


〈どうします?! 本営へ援軍要請を……〉

「ここでジンやバッタを使えば周辺一帯は壊滅よ!! 私とドナヒューさんで何とか片をつけるしかない!」


 奴等がこちらを射程に捉えるその前に、何としても枝織を発見しなければ!
 幾ら人知を超えた力を持っていても、機動兵器の攻撃の余波に巻き込まれれば一環の終わりだ。


「どうしてここまで追い詰めて……!!」
 


 ドナヒューさんでも、枝織に対してでもない。
 自分自身が何故ここまで余裕を無くしていたのか……今更ながら情けない!!。






 町外れに近いだけあって、崖が近い。
 切り立った巨大な岩の塊りが、影絵の様に遠方のこの戦いを映し出している。
    


「あいつ、目がもう一つある?!」
  


 隊長機と思われる機体の指示は的確だった。
 僚機は一糸乱れずフォーメーションを組み、かと思えば瞬時に廃屋へとそれぞれ身を隠す。
 地理に詳しかろうとも、ここまでの動きは無理だ。
 何処かに情報収集専門のユニットが……。


「データ送信が最も多い地域を逆算して……ここか」


 道路に転がっている廃車に紛れ、一台の装甲トラックが停まっていた。
 ここから各種ソナーやセンサーを駆使し、部隊全体の目として機能しているのだろう。


「潰せれば楽だけど火器が無いし……?!」


 こちらのセンサーが厄介な物を捕らえた。
 いや、ある意味探し求めていたものなのだが、この状況では面倒以外の何者でも無い。
 枝織だ。
 枝織が小さな兄妹の手を引いて、物陰に隠れつつ逃げているのだ。
 ……だが次に隠れようとしているのは装甲トラック!
 あのタイプは車体表面そのものがレーダー素子で構成されたコンフォーマルレーダーを採用している。
 うっかり触れれば丸こげになってしまうぞ!!


「ちっ! そこの装甲トラック乗員! 死にたくなくば降車しろ!!」


 外部スピーカーでの警告後、私はクーゲルの機体を踊らせる。
 着地地点には装甲トラック。既に乗員は脱出していた為、躊躇い無く踏み潰す。
 無警告では枝織まで巻き込む可能性があったからな。
 これであの部隊は目を潰されたが、こっちは代わりに自らの姿を晒した事になる。
 もう時間は無い! 一刻も早く枝織を……。


「って逃げないで!!」


 私の声を聞いた途端、枝織は脅えた顔をして逃げてしまう!
 子供二人を抱えてあのスピードで走るとは……ちょっとした乗用車並だ。
 これではいつまで経っても事態は好転しない!
 いやそれどころか悪化している……気付いた僚機がこちらに向かってきているのだ。


〈何をしているウツキ!〉

“閃!”


 いや、現状維持だった。
 追いついたドナヒューさんのデス・スカルが僚機との交戦を始めたのだ。
 DFSの一閃により、ラピットライフルの破壊に成功したが、直に隊長機ともう一機の僚機のフォローが入って乱戦に縺れ込んだ。


「戦闘地域に民間人が“三人!”現在救助作業中!!」

〈何だと、だったら急げ! 戦闘の余波でカトンボが倒れそうだ!!〉

「?!」
 


 今気が付いたが、確かにそびえ立つ駆逐艦から不気味な軋みが響いている。
 これが何処に倒れても……衝撃波だけで生身の人間は軽く吹き飛ぶ!! 


「……了解、何とか説得を試みる!」

〈おい説得って、何をぐずぐず……〉

「すいませんドナヒューさん!!」


 まさかこうもややこしい事になるとは。
 力に頼ろうとしたから?
 単純な方法でケリをつけようとしたから?
 だからこうしてしわ寄せが来たのか?
 問題と向き合おうとせず、問題を別の手段で潰す様な愚かな真似をしてしまった私。
 私も気付かぬうちに、木連の悪しき古い血を継承した人間の一人だったのだ。
 自分が正しい、理解は不要……それを果たす為の力が何より大事。
 私はこれを嫌っていた筈だった。
 だが結局は根底に流れる物は変えられなかったのか?
 ……いや変えなければならない!
 そうでなくては、いつまでも同じ事を繰り返す事に……。





「枝織!! 私の話を聞いて!!」

「や!」


 取り付く島も無く拒絶されたが、今引き下がるぐらいならばとっくに帰っている。
 枝織も同じ事を考えたのだろうか。駆逐艦めがけて突き進んでいた足をようやく止めてこちらを見た。


「てんちゃんも他の人たちと一緒で枝織がいらないんだ! 枝織の事が嫌いなんだ!!」


 大声で叫びながら、枝織の瞳からは涙がこぼれる。
 


「みんな枝織を見ない……みんな邪魔者扱いする! てんちゃんも私が邪魔だから、私を消そうとした!!」


 これほどまでの疎外感を感じながら、彼女は生きていたのか?
 私は私であるから阻害された事はある。だが彼女は、そもそも存在そのものを認められず、真紅の羅刹の仮想人格としてしか扱われなかった。
 北辰や山崎博士、そして舞歌様といった例外はあっただろうが……自らの存在を認めるものが、“例外”だけというのは余りに酷すぎる!
 これでは他者に対し人間らしい感情を持てと言う方が無理な話だ。
 自分の世界を守る為には……自分を認める存在の言いなりになるしか、道は無かったのだから。


“バシュ!”


 私はコクピットを開けた。
 声だけならスピーカーで届く。
 だが想いは……この眼で感じてもらうしかない。


「枝織……私は今のままでは貴女の事が好きにはなれない。でも嫌いにもなれないのよ!!」


 否定とも肯定とも取れる私の言葉に、大いに困惑する枝織。
 それは私も同じだ。
 私は一体、何をしたいのだ……。
 彼女を肯定する事は、今までの自分を否定する事になるかもしれないのに……。
 ……いや、否定するのだ。
 否定して、崩して、壊して、また新たに創り上げれば済む事だ。
 それが自分自身であるならば……幾らだって許される!


「私は知りたい。貴女が何なのか……貴女がどんな人間か!」

「え……」

「そうでなきゃ好きも嫌いも解らない! 解らないまま……貴女と断絶したくはない……」


 顔もわからず、今までの生き様も知らぬまま、私は何人と永遠の別れを告げたのだろう。
 戦争と言う人格否定の場に置いて、私は幾つの想いを消し去ったのか。
 ……それをこれからも続けるのか、それともここで歯止めをかけるか。
 


「もう私は逃げない……これから先、貴女が何をしていくのか見つめ続けてみる、真正面からずっと!」

「てんちゃん?!」

「だから貴女も私を見て! 軽蔑してもいい、嫌ってくれても殺意を抱いてもいいから……戻って来て!! そこに居ては駄目っ!!」


 その時枝織はハッと背を向けた。
 気付いてくれたのだ!
 だが……。


“ゴォォォォォォォ……”


 影が、私達をゆっくりと覆い始めた。
 ピシピシと氷が割れるような音を響かせながら、駆逐艦の表面装甲が剥離していく。
 それが雨の様に降り注ぎ始め、枝織は慌てて二人の子供を連れてこちらに向かってきた。
 でもこのままでは、私もろとも……。


「……言ったじゃない。もう逃げないって」


 ハッチを閉め、後退の為にスラスターを吹かそうとする、臆病な私を押さえ込む。
 今は只、守るべき者達を真正面を見据えるだけ。


『……って……くれ……ね?』


 この力は何者かを否定する為にあるのではない。


『てん……は……しの……』


 逆に誰かを否定する為の力から、守る為にあるのだ。


『……から』


 他者を否定するのではない……私は力を……誰かを侵そうとする邪な力を否定する!!


「……刃は敵を……」


“ヴゥン”


 飛び上がったステルンクーゲルが柄を握る。
 体躯に不釣合いな、巨大な“白き刃が機体を映し出し”、風をかき乱しながら下ろされた。



「……断たねばならない!」

“断!”


 奇妙な感覚に気が付いたのは、刃を振るった後だった。
 こちらに向かって倒れてくる駆逐艦が、左右に分かれて街道をそれ、住宅を鞭を振るう様に吹き飛ばしていった。


「……?! これは……」


 私はDFSを展開した筈だった。
 だが……今クーゲルに握られているのは見た事も無い巨大な刃だ。
 刃渡り十メートルはあろう見慣れない両刃剣。
 平たな刀身に長い柄、刀と言うには余りに野暮ったい形をしていたが、刀身そのものは特殊な金属を使用しているのか、こちらのカメラアイから漏れる光で美しく輝いていた。 
 


「てんちゃん!!」


 見とれている暇も疑問に想う暇も無かった。
 確かに足元の枝織達への危機は去った。
 しかし急に駆逐艦の崩壊を早めた為、大きな破片が高速であちこちに飛んで行っている。
 ……その進路方向上には、私のクーゲルもあるのだ。
 


「! そんな……っ」


 もう間に合わない。知らない武器を“知らない方法”で動かした為、機体も言う事を聞いてくれない。
 DFも当の昔に解除されてしまっている。
 ここまで来て終わりという現実に、私は絶望した。
 何も始まっても、終わらせても居ないのに……ここで?


“ゴッ!”


 クーゲルと同じ程度の大きさの破片が、私の目前で急に曲がった。
 エステバリスのワイヤード・フィストが命中し、その進路が変わったのだ。


「さっきの隊長機……」


 ドナヒューさんを下したのではなく、戦闘中に強行突破して来たのだろう。
 すれ違いざまに致命傷を叩き込まれたのか、左腕がごっそりと無くなっている。
 そんなほうほうの体でこちらに攻めてくるとは考え難い。
 ……まさかとは思うが、そのまさかだ。
 この隊長機は私を助ける為に……。


「人間とは矛盾に満ちた存在なんだよ」
 


 後方からデス・スカルが追いついたが、こちらも負けじと損傷が激しい。
 陸戦フレームの装備でどうやったらここまで損害を与えられるのかとても興味深かったが、今は些細な事だった。
 私は動かなくなったクーゲルを、心配そうに見上げる枝織の方へと、意識をやっていたから……。





 其の後、事後処理やらクーゲルの回収やらで、枝織と二人っきりになれたのは夜だった。
 今は私の部屋で向かい合って、話を続けている。
 ……あのレジスタンスグループは、一人の死者無く全員投降した。
 残り二機のエステバリスは、一応隊長から撤退命令が下されていたのだが、見捨てる事が出来なかったのか戦闘区域に留まり続け、最後は降伏したのだ。
 残り“者”には何とやら、と言うが……正直神皇シリーズやTMSを撃退するような戦力を置きっぱなしとは、連合の指揮系統はかなり混乱気味らしい。適材適所という言葉を知らないのだろうか……。
 現在はドナヒューさんが処理を行っているが、何故か嬉しそうだ。
 どうやら豪州占領以前から度々見えた事がある仲らしい。
 それと、突如現われたクーゲルの武装だが、あれは超博士の実験で送られた物だそうだ。
 ボソン砲の原理を利用した武器転送システムのモニターとして、私のステルンクーゲルを使用したらしい。
 ……が、余りに出来すぎた展開だ。オーバーホール中だったクーゲルにいつそんなものを……。
 何か裏がある事は確かだったが、あの巨大な刃、“禍断(かだん)”によって私達は助かった。
 柄に刻まれていたのだから、そうなのだろう。何処かで見たような筆体ではあったが、今回ばかりは突っ込むのは……止しておこう。


「それで……何であんな事をしたの?」


 ピースランドでのシャロンの事については深く追及せず、流した。
 病院で会った時の様子から考えて、本気で何も知らない可能性がある。
 となると矢張り真紅の羅刹の仕業だろう……バグめ。
 それに枝織は、善悪の判断が曖昧な点以外はとても素直だ。嘘を付くようには見えない。
 ……と言うより嘘をつけなかった。
 “良い娘”でなければ捨てられると言う、恐怖から……。


「えーとね……父様が褒めたから。同じ事をしててんちゃんにも褒めて欲しかったから」

「あの外道が人助けを褒める? 素面じゃなかったのかしら……」

「それだけじゃないよ! 枝織も嬉しかったし……」
 


 本当に楽しそうに、そのきっかけとなった出来事を口にしだす枝織。
 反して私は生々しい彼女の“仕事”を知る事になったが。


「昔ね、父様に言われてお仕事に行ったの。三人ぐらい消して、火をかけた所までは良かったんだけど……道に迷って、おまけに足をくじいて……」

「……」

「怖い、怖いって泣いても誰も来なかった……もうここで消えちゃうのかって震えてた。そんな時にね、てんちゃんによーく似た人が、私を抱いて連れ出してくれたの」

「……そう」

「その人も血まみれだったから、父様の知ってる人かと思ったけど違った。燃える屋敷から出た所で気絶したてんちゃん似の人を見て、父様驚いていたもん」

「……それで、その人はどうなったの?」

「お仕事を見た人は消さないといけない筈だったけど、父様“見事な奴だ”って笑いながらほったらかしていっちゃった。気になったけど、私も一緒に帰って……どうなったんだろうね」

「……あの炎の中で死ななかったんだ。今でも元気よ」


 そう、目の前でね……。
 もしやと思ったが矢張りそうだった。
 あの姉妹が殺された時、逃げる前に私は枝織を助けたのだ。
 只ならぬ雰囲気だった。
 無垢と言う表現が最も似合う愛らしい少女が、身体中を赤く染め上げていたのだから。
 こいつがやったのでは? と考えるのが普通だった。  
 放置したかった。でも結局は悲痛な声に抗えなかった。
 背負っていた亡骸の見開いた瞼を閉じ、手を組んでその場で寝かせ、今まだ温もりがある枝織へと向かっていった。
 ……ひょっとしたら、冷たい死の感触から逃れる為に、枝織の温もりを求めたのかもしれない……。


「貴女が連れたあの二人……悪い人にこき使われていたけど、貴女のお陰で助かったわ。感謝してるって」

「え?」


 不幸にも戦争で両親を無くし二人きりで生きていたが、テロリストに無理矢理家事をやらされていたらしい。
 今後はクリムゾングループが保護する形になるだろう。元々、“クリムゾンの問題として片をつける”つもりだったし。



「……人助けは大変でしょう? 貴方の父親の言いなりになるよりもずっと」

「うん……」

「でもどうだった?」

「んー、何かこう、ほわーっとした感じ。楽しいとか、そんなんじゃないんだけど……」

「気持ちは良かった、でしょ? 誰かに感謝されるって事はこういう事なのよ」


 汚れた仕事ばかり押し付けられたからな……。
 他に何かしようにも、真紅の羅刹のおまけ扱い……彼女を彼女として認めてくれる存在がいないのでは、何をやっても意味が無い。


「もっとしたい?」

「できるの?!」


「ただしその前に教えて下さい」


“プシュ!”

「!」


 開いた扉の向こうからアクアの姿が見えた。
 しかも後には、銃を装備したSSの姿が……!


「アクアっ!」


 アクアの前に立ちはだかり、私は息を飲んでいる枝織に背を向ける。


「貴女が信じた人ですもの……酷い事はしません。でも一つだけ、聞かせて欲しいの」


 有無を言わさぬ彼女の目線は、歳相応の少女のものではない。
 冷酷なクリムゾン指導者としての、深みを持ったものだ。


「……シャロンをあんな目に遭わせたのは、貴女?」

「ち、違うよ!!」


 その気迫に圧倒され、ぶるぶると首を振る枝織。
 こうしてみるとどちらが強者なのか解ったものではない。
 ……矢張り目の力は強い。


「枝織は、北ちゃんの見たモノ、聞いた事を全て知ってるけど、北ちゃんもそんな事やってない! だって北ちゃん撃たれて動けなかったし……」

「そういえば……!」


 ピースランドで私とカイト、そして超博士の三人の猛攻を受けた真紅の羅刹。
 隙が生まれた際に、月臣少佐が放った麻酔弾によって昏倒していた。
 あそこから復帰したものかとばかり思っていたが……ずっと眠っていたと言うのか?
 では信じがたい事だがあれは……北辰?
 あの時見た影は“長髪”だったが……カツラまで被って実の娘に疑惑を持たせる等、何を考えている!!


「その表情を見る限り……彼女では無いのね?」

「……うん、状況的にもありえない」

「なら、大丈夫ですね」


 笑顔に戻ったアクアは、私の脇を過ぎて枝織の方へと向かっていった。
 相変わらず枝織はおどおどしている……力があって何故こんなに腰が引けているのか謎だったが、今ようやく解った。
 枝織は何かされるのが怖いのではなく、自分から目を背けられるのが怖いのだ。


「もし良かったら、私達の仕事もお手伝いお願いできるかしら?」

「ふえ?」

「ボランティアじゃなくって、ちゃんとお給金も支払いますし、ウツキに面倒は見てもらいますし……」

「え?! ちょっとアクア、舞歌様は……」

「“これは私達クリムゾンの問題として片をつける”……でしょ?」


 おいおいおい……笑顔で言う事じゃないって。
 どれだけの圧力をかけたのだアクア……力が強すぎて、関係に亀裂が走った事はまず間違いないだろうに。


「アレほどのスペックを持つ人材が、本当に安全なのか。それが確かめられない限り迂闊には帰せません」


 ……流石に訳も無くそんな事はしないか。
 一日の間に色々都市伝説を生み出したぐらいだからな。野放しにしては危険だし、かと言ってカンズメは酷いだろうし……。


「それに本人も、帰りたがってなさそうですし」

「うん! てんちゃんとまだ居たい!」



 あれだけ大暴れしたというのに元気だな……。
 だが悪くない……付き合えば付き合うほど、彼女と言う人間を知る事が出来る。彼女の世界を変える事が出来る。
 世界が彼女を必要とするのではなく、彼女が世界を必要とし、逆に必要とされるようにしていけばいい……。
 彼女にならば出来る筈だ。戦うしか出来ない、何処ぞの誰かと違って……。

    
 

 

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

あー、何か空回りしていたウツキ嬢でしたが、最後にはなんとかなりましたねぇ

さて、シャロンを切り刻んだ外道は、本当に北辰なのでしょうか?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女装をしてたんか?北辰が?w