Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT8 〔忘れ難き記憶〕
超新星編「パンドラの箱」


「ちょっと行って来ますよ」

〈……色々あり、もう何年も放置していましたが大丈夫でしょうか〉

「最下層の演算ユニット“その他”は、真っ先に埋めましたから心配無用。草壁中将相手に猿芝居打ったお陰で、誰も気付きやしません。山崎は軟禁状態ですし」

〈ですがあの跳躍の時、残留思念がこちら側に転送された可能性が。南雲義政や、ウツキの様に遺跡も……危険です〉

「それを確かめる為にもう一度アレと対面するのです。蹴りを入れるのは止めておきますが唾くらいなら吐いておきますよ」 











 歩みを進めるたびにざくざくとめり込む白い大地。
 その度に北風を誘発しているのか、風の音がひっきりなしに凍えを呼びます。
 ……火星極冠遺跡。
 開戦以前から、ネルガルはこの遺跡で古代火星人のテクノロジーを得ていました。
 ならば我々も、と考えるのが普通でしょうが、現在戦況はやや優勢。遺跡のテクノロジーを用いずとも事足りるのです。
 もっともそれは、このまま順調に行けばの話ですが。
 勝負の行方はコインの裏表の様に、あっさり変わるものではありません。
 ですがここの技術はそれだけの可能性を秘めている。
 もしここが地球側に奪われたら……と、上層部は恐れているのです。
 火星の戦力が薄いとは言え杞憂だとは思いますがね。
 テンカワ=アキトも際限無いオーバーテクノロジーの応酬を恐れ、此処へは全くと言っていいほど手をつけていません。理性ある行動と言えます。
 ……しかし矢張り、火星でのあの活躍は悪夢のように残っているのです。
 常勝無敗と思われた無人艦隊とチューリップが、紙屑の様に落とされていく様が。
 だったらいっそのこと使用不可能にすればいいと、折角掘り進めた遺跡を埋めている最中なのです。
 


「ぶっ壊してやりたいのは山々ですが……迂闊に手を出しては私とタチアナの様な目に遭いますからね」


 私は只、家族を返して欲しかった。
 タチアナは家族を守りたかった。
 二人は戦った。戦い続けた。
 ただただ自分の為に。お互いが愛する同じ女性の為に。
 その果てない応酬の果て、残ったものは只一つ。
 ……銀色の砂一盛りと、二人分の果てない慟哭だけ。


「その怒りを嘆きと悲しみをあらんかぎりぶつけても、ビクともしませんでしたから“こいつ”は……」


 下へ行くたびにここの異質さが際立ってきます。
 有機質とも無機質とも取れる、幾何学的なレリーフに囲まれた巨大な穴。
 古代火星人と呼ばれる、異星文明の残光……では無いですね。
 彼らは“まだ”使ってませんから。どいつもこいつも、知らない技術を勝手に使っているだけです。
 知らないと言う事は恐ろしい事です。
 認識対象がいつ、自分の予想を裏切るような行動に出るか解ったものではありませんから。
 ただ、“人に裏切られる”のは大いに結構。
 相手に対し思考の余地が無ければ人間関係は枯れます。
 騙し騙され、相手の手の内を段々と理解していく事で深まる仲もあるのです。
 ……それを、出来なかったばかりに私はこんな所に。
 


「しかし作業そのものに停滞は見られ無いのですが、どういう事ですか白鳥君?」


 極冠遺跡防衛任務についている白鳥君に呼び出された事もあり、イツキに留守を頼んで急遽訪れたのですが……見た所作業は順調そのもの。
 何せ遺跡内部で活動している人間は一人といないのです。
 例外的に南雲君が視察に来る事がたまにありますが、基本的には私が構築したプログラムを組み込んだ虫型に任せています。
 ……私が知りうる限りの遺跡への“対処法”をインプットしてあるのです。そうそうトラブりはしないでしょうこの時代では。


「作業そのものには何ら支障はありません。ですが……」


 しかし彼自身、何かが引っかかっているようです。
 言うまでも無くそれは……。


「いい加減……私のやり方に疑問をもち始めましたか」

「はい」


 白鳥君の腰にも心刀がぶら下がっています。
 そちらにちらりと目を向けると、彼は語り始めました。





「我々木連は、戦力維持の為に生体端末である彼ら、人造人間を生み出しました……しかしそれは、本当に必要だったのでしょうか?」

「必要でしたよ。さもなくば我々が月や地球の大地を踏む事は不可能でした。領域の拡大に彼らは貢献してくれたのです」

「……私はその活動領域を広げすぎたと思います」


 ほう……鋭い。


「人造人間は先天的な才能が高く、例え負傷等で通常任務につけなくても十二分にその力を発揮しています……充分過ぎるほどに」  

「木連の社会システムに十分じゃない部分が山ほど在る事を貴方は知っているでしょう? 人間じゃないから、というつもりは無いのですが専門的知識が無い人間では対処できないケースが多い」


 全ては画一的な教育方法が原因でしょうね。
 他と異質な事をすれば直に糾弾されるようでは、プロフェッショナルの登場は望む事も出来ない。
 誰からも文句を言われず、好きにやるには……闇に潜る他にない。
 北辰とか山崎とかが良い例でしょう。
 彼ら、性格は歪んでしまっていますが能力は一流です。


「……ええそうでしょう。確かに木連の市民は十分な教育を受けれているとは思えません。我々軍部でも、幹部クラスで無ければ深く学ぶ機会はありません。それが全体的な質の低下を生んでいるのでしょう」

「質の低下? 努力根性熱血気合……これに関してはかつて無い程充足しているような気がするのですが」

「それ“のみ”では駄目なのです! 文を極めるには健全な肉体と心が、武を極めるには論理的思考が欠かせないかと!」


 熱い。
 熱いですが実に理に叶った言葉です。
 精神論が先行するきらいがある現在の優人部隊で、こんな言葉が聞けるとは嬉しい限りです。


「ですが人造人間の進出によって、肉体的にも精神的にも成長が遅れ気味……いえ完全に停止しているように思えてならないのです。苦境に立たされても、壁にぶつかっても、隣には決して裏切らず微笑を絶やさない彼らがいる。その甘えがこの先何を生むのか……」

「……そう深刻な顔をしない。何時かは解りますよ。解らなければ滅びていくだけです」


 気負った表情の彼に軽く語り掛けつつ、強烈な一言を突きつけてみました。  


「彼らは確かに先天的なスペックが高い。家事から戦術戦略観点に至るまで、この地で生き延びる為のありとあらゆる知識を詰め込んでいます。逆に言えば彼らはこれ以上の成長がし辛い。成長は知識を得るまでの過程が重要ですから……よって“地球人”に比べればその脅威度は遥かに低い」

「地球人が?!」

「単一の価値観を持たず、国という概念によって全く違った方向へと成長しているのですからね。多種多様な“文化”を有する彼らは魅力的なのです……そうでしょう白鳥君?」


「た、確かにミナトさんは聡明で優しく……って違う違う、私は何を……」


 あの、遺跡にヘッドパット繰り返さないでくれます?
 何かの手違いで活性化したらややこしいので……。


「おほん……ともかく、酷な言い方ですが人造人間如きに遅れを取るようでは、我々の文化はあっという間に地球に飲み込まれてしまうでしょう。自らをより高みにあげる為には、多少の試練は必要なのです」

「彼らは壁なのですか?」

「そう。脅威から私達を守ると同時に、新境地に向かう為の越えるべき障害として……ですがここが問題です。もしこれを越えるのではなく、力づくで叩き壊そうとしたら……? そうなったら木連は産業革命以前の、ミシンを壊す労働者と同レベルです。高度な火星文明の恩恵に預かる資格はありません」


 では私は彼らと同レベルなのでしょうかね?
 木連の人々を生き長らえさせ、太陽系の全人類に対し様々な恩恵を与えておいて、同時に病巣としてあり続ける遺跡を破壊しようとした私は。
 まあいいんですがね。
 私は何も高尚な人間になりたいとは思いません。
 結果はどうあれ、彼女を助け出す事ができたのです。それで野蛮と言われようが一向に構わないのですから……。
  


「これで納得しろと言うのは無理でしょうが、参考ぐらいにはなったでしょう。私は何も木連を駄目にする為に彼らを生み出したのでは無いのです……所で何故唐突にこんな話を」

「実は……木連女子挺身隊への入隊募集に、妹が落ちまして」   

「ユキナちゃんがですか……それは残念」


 彼女だけじゃないでしょう。
 後方に送られた人造人間の為に、大体の枠は埋まってしまうものですから、余程の事が無い限り軍への採用は無い。
 前線でも無能な軍人は次々と脱落しています。今大戦最期となるであろう第三ロットも投入が開始されましたし、ますます競争は激しくなるばかり。
 まあ実は彼女、採用しようと言う動きが有ったり無かったりしたのですが、南雲君と二人で潰しました。
 ……“人質”を取ろうと言う魂胆が見え見えなのですよ全く。
 


「貴方達二人、余程木連の将来を案じているのですね。普通喜ぶでしょう戦場に出なくて済むなら」

「逆に泣かれましたよ。何も出来ない自分が悔しいって」

「貴方も彼女も真っ直ぐですねえ……」


 その二人を“かつて”良いように利用した草壁中将閣下……。
 遺跡がらみの争いで、彼らに悲しい未来を与える訳にはいきません。
 ……箱の奥に眠るものを手にするのは、一握りの人間であってはならない。


「だから私も正直になってみたいという気分になりました。ご覧なさい、真実を」


“ガクン”


 私達の足元に巧妙に隠していたエレベーターが動き出します。
 行き先はそう……遺跡最下層、演算ユニット前。





 極冠遺跡は幾重にもディストーションフィールドが張り巡らされ、未だかつて誰も足を踏み入れる事が出来なかった。
 最初に発見したネルガルでさえ、当初は手も足も出せなかった。
 正史では暫く後、遺跡の活性化も重なり機能に隙が出来た所を、ナデシコが突破したのですが……。


「これは……!!」


 ここにはもう、先客がいるのです。
 胴体を真っ二つに切り裂かれた真紅の破戒僧。
 そして……金色の箱の前で、全身を錫杖に貫かれながらも巨大な剣を杖にして、立ちはだかり続ける一機の機動兵器が。


「夜天光に……クリムゾンのクーゲル? いやしかし何故こんな場所に……」

「ここはいつも変わりません。こいつの周りにあるのは破滅の臭いだけ」


 台座の様な場所で、鈍く光を反射しているこの立体。
 ……時を越えて存在し続けるこいつのせいで、私を初め結構な人が人生狂わされている筈。
 


「……そしてこの演算ユニットは、貴方にも破滅をもたらす筈でした」

「えっ……」

「もし月で負けていたら? 戦力の集中が間に合わず、地球上の戦力が各個撃破されていたら? 人的資源から何もかもが限界に達したら? そうなったら木連はこれの力にすがるしか無かったでしょう……」


 こいつを使ってどうこうできるレベルではありませんでしたけどね。
 戦争終結から三年後、ようやく実戦での有効使用が可能となりましたが、それも所詮は特攻もしくは神風戦法。
 機動兵器の総合システム化に伴い、電子戦に特化していたあの歴戦の船には手も足も出ませんでしたし。
 


「実行するには木連の意思を束ねる必要があります。同時に反対勢力を黙らせる事も……」

「それと私にどんな関連が?! そもそも何故そのような事を!!」


 私が嘘を言っているとは微塵も感じていませんね。
 戦士は、生身の人間と相対する事でその感覚が研ぎ澄まされるものなのでしょう。
 目線、気迫、呼吸……それらは多くの事を語ってくれますからね。


「……2198年2月。貴方は和平の使者として撫子へ赴き、草壁春樹との会談へと導きます」

「?!」

「その席で……和平派の勢いを潰すべく、貴方を草壁一派が暗殺。そしてその死は撫子側の陰謀と市民に大々的に報道される事になります……結果、残された秋山君や月臣君の働きでクーデターが発生するまで、半年近く戦争が継続する事になるのです」


 自分が近い将来死ぬ。
 しかも信じてきた正義によって……。
 これを信じるか、跳ね除けるか。随分前に正義の実体とやらを見せましたが、それが白鳥君にどう影響を及ぼしているかここで解る……筈でした。


「……それも遺跡が見せた、“未来”ですね」

「!」


 今度は私が驚く番でした。
 彼はボソンジャンプが、時間移動の性質を持っている事を知っていたのか?いやそれ以前に!


「戦後は草壁春樹元中将が率いる“火星の後継者”が、火星のA級ジャンパーを拉致、そしてその殆どを死に至らしめた……唯一の生体翻訳機として成功したテンカワ=ユリカの本格運用の目処が立った時点で彼らは決起……そして失敗」

「そこまで……」

「残存部隊をまとめ上げた南雲中佐は、再び決起するも……こちらで戦死されたと聞き及んでいます」


 鉄くずと化した夜天光を見る白鳥君。
 矢張り……あの時遺跡を使った時、彼らの未練、とも言うべきものを持ち出してしまったようで。
 それが今の時代の彼らにも影響……と言うより記憶のフィールドバックが行われた。
 未来の、記憶の……。
  


「……私が駆けつけた時にはもう、この状況でしたから。“あのお方”を残して放置されたナデシコBの防衛で、結構忙しかったので」


 あそこで本来遺跡奪還に用いられる筈だった戦力を、殆ど潰しましたからね。
 “あのお方”と言う宝を前に、引くに引けなかったというのが実状でしょうが……。


「確認もせずに、と言う事は……」

「“あのお方”、そう永くは持ちそうにありませんでしたから……慌ててしまって気持ちだけが先行してしまったのですよ。“互いに”時間が無いとばかり思っていましたから」


 互いの視線が交わりますが、やがて白鳥君は安堵したように表情を和らげます。


「貴方の目的は、そうか……木連の構造を大幅に変えたのは、目的達成を容易にする為の一アクションに過ぎなかったと。我々の警戒は取り越し苦労だったようで」
 
「我々……南雲君、私に黙って色々やってるみたいですね」

「ええ。私を含めた信頼できる人間を集め、木連が暴走した場合の対処を検討しています。今回もその一環でしたが、真意が確認できた以上問題ありません」


 ううむ。
 木連に負けさせ無い為とは言え、度が過ぎた軍備拡張だったのかもしれませんね。
 自らが及び知らない力の膨張は、自然と周囲の不安を煽る。
 ……一世紀程無意味な時間を過ごしたせいで、ボケてましたね全く。


「不安を覚えるような行動に出てすいませんね。私も必死なので……そうだ、メンバーに他の三羽烏は?」

「私を撃ち、見殺しにしたと二人が知ったら大きな負い目を背負う事になります。そうなれば対等な議論は二度とできず、建設的な意見が生まれなくなるかもしれません……二人の機智は、これからの世界にこそ必要です。私にとっては“IFの世界”の結果等もう無価値なのです」


 自分の死を認め、飲み込む事が出来たとは……。
 これほどの鉄の意志を持つ若者も、時代によってはあっさり退場を余儀なくされるのです。
 ……それが嫌だったからこそ、私は時代を一から組み上げていった。
 その場限りでは無く、次世代を担う人間の事も考えて。
 でもどうやら、余計なお世話でしたね。
 彼らはもう、自らの手で未来を掴みつつある。後は……。





“キィィィィィィ……”


 その時でした。
 私たちの周囲を光が包み込んでいったのは。
 これが朝日や夕日なら画面栄えするでしょうが、こいつはそんな温いものでも、悠長に構えていられる代物では無いのです!


「遺跡が活性化している!?」

「しかし何故このタイミングで? まさか……!!」


 一瞬脳裏に漆黒の戦神が浮かびます。
 全身を遺跡のナノマシンで侵蝕されている奴ならば、近付いただけで遺跡がある程度の反応を起こすかもしれないのです。
 それどころか多分、うっかり触ろう物ならば問答無用でジャンプするでしょう。かなりイレギュラーな跳躍の仕方してますので、因果律の調整の為に。


『守……って……くれ……るよ……ね?』


 ……しかしそうでは無い事を、この声が教えてくれました。
 この声は、私が良く知っている声でした。
 奴が否定し、ウツキも否定し、カイトも否定した……彼女の声なのです。   


『てん……ちゃんは……私の……』
 
「博士! クーゲルが……」


 掠れ掠れに声が聞こえますが、そうしている間に残骸に異変が起きていました。
 ひび割れを起こした巨大な剣……と言うより殆ど鉄塊とも言うべき武器だけが、光り始めているのです。
 ですが私を含め、白鳥君にも異常は見られない。
 人間がジャンプするならば、体内のナノマシンが紋様として浮き上がる筈ですから。
 となると、遺跡はこの剣だけを跳躍させるつもりです。
 その送り相手は……。

『……“護人”だから』

“ヴン”


 私達の目の前で、巨大な質量が跳躍していきました。
 同時に遺跡も光が収まっていき、最後には演算ユニット周囲だけが、微かに輝きを保っています。
 ですがこれも、死に際の蛍の様に弱々しい……。
 そして、燃え尽きる前の最期の輝きといった風に花開くと、そこには……。


「し、真紅の羅刹?!」

「……違います。あの子は枝織ちゃん……北斗君は……」

『北ちゃんはもういない……疲れて先に、眠ったよ』


 今にも崩れそうな、実に儚げな笑顔でこちらを見る枝織ちゃん。
 その姿は上半身のみ。下半身は遺跡に融合したままです。


『貴方も、枝織を見てくれるんだね……』

「私、も?」

『てんちゃん……また私を見てくれた……私をまた守ってくれた……嬉しい……』


 ウツキが彼女を許したのですか?!
 いや……と言うよりかつての使命を、南雲君と同じく思い出したのか。
 矢張りタチアナの仮設は正しかった……彼女はタチアナと同じく、遺跡の“護り人”だったのです。
 しかし……しかしですね!


「そこで安堵して目を閉じない! 死にますよ次こそ!!」


『……もう……駄目だもん……てんちゃんに……剣を返すだけの余力しか、私には……』


 そうで、しょうね……。
 我々と一緒に跳んで来、演算ユニット内に蓄積された彼女の意思は、言わばバグ。
 休止状態にあるならまだしも、一度活動すれば全力でこれを除去に当たるでしょう……。


「……満足、ですか?」


 もう永くない。
 気付いた私は最期に只一言、訊ねました。



『うん……今度こそ、私は……私達は……幸せになれると……おも……』


 満足げに逝く彼女に対し、私は只微笑み、何度も何度もうなずく事しか、できませんでした。
   



 



 再び最下層には静寂が戻りました。
 あれだけの輝きが周囲を満たしながらも、変化は微々たる物。
 巨人を支えた剣が消え、その背後に一握の銀の塵が、残されていたぐらいで……。


「……こんなもの、矢張り使うべきでは無かった……!!」


 変わり果てた枝織ちゃんが、指の隙間からさらさらと流れ落ちます。
 亡骸すら、残らない……彼と彼女が存在した証しが、どこにも無いだなんて虚しすぎる。
 ……二人は幸せになるべきです。しぶとく、逞しく、狡猾に……生きて。


「破壊は、できないのですか! この災厄の箱を!!」
 


 熱い物を瞳から落としながら、白鳥君が叫びます。
 私はもう、叫ぶ気力もありません。
 いつまでもいつまでも同じ事を繰り返す歴史とやらには、いい加減ウンザリしています。 


「彼女の行為を……無駄にはできません。何より今まで繰り返された全ての跳躍履歴を抹消しては……時空に歪む程度では済まない」

「……っ!」

「私達に出来る事は、こいつを二度と使えない様封印する事です……これに関しては、貴方方の協力が欲しい所ですが、どうでしょう」


 回答は実に迅速、かつ簡潔でした。
 首を振った反動で彼の靴が、微かに涙で滲んだぐらいです。


「この中のどこかに、希望があるのかもしれませんが……私達はもう、自らの足で楽園を探す事が出来るのです」


 足がある限り、自力で先へと進める限りは行くべきだ。
 これを止めた存在に……まともな未来等期待できないのだから……。
 





管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

九十九がこうなるとはちょっと意外ですね。

出来れば、未来図を突きつけられて、深く悩む九十九の姿も見たかったですが(苦笑)

・・・もしかして、これでユキナの出番はもう終わりなんでしょうか?