「何を言っている? お前達も社会の中に組み込まれているだろうが!!」

〈いや“分離”されている。第二ロット以降のモデルで、木連社会に入り込んだ個体は皆無。地球(ここ)に斥候として潜り込んでいるのは居るが、それも軍とは無縁で居られない〉


 予想される事態ではある……。
 人造人間のその過剰なスペックは、優人部隊の様に特別な訓練を受けている者でなければ太刀打ちできない程である。
 運動神経、動体視力、耐久力……どれもが常人の基準を上回る。
 彼らが本格的に闊歩すれば……ただでさえ国家総動員状態で疲弊している国民は、対抗する術を持たない。
 故に……。


〈何時までも俺達は“備品”のままだ。朽ち果てるまでずっと……冗談じゃない。俺らの様な高度かつ洗練された存在こそが、地球圏の発展に貢献できるというのに〉

「だったら人と共に手をとって、そうすればいいじゃないか……何を迷う事がある!」

〈遠慮させてもらう。不確定要素は可能な限り排除しておきたい〉


 ……かつての権力者の愚かな懸念が、現実となって現れているとは!
 人造物が不甲斐無い人間に成り代わると言う、大昔の空想小説さながらの事態が、今起ころうとしている……。
 いや、そうだろうか。
 そんなものを見る余裕なんぞ彼らには無い。見ているのはそう、木星に生きる人々……。
 彼らは鏡でしかない。だからその姿を写し取り、ある程度歪めているだけ。
 余裕を無くした社会は、切り詰められて究極までいけば……異質を全て排除する独裁となってしまう。
 しかも彼らはもっと先を行く。相手を屈服させる事は考えず、駆除して一から創り直すつもりなのだ……自分達だけの、社会を!


「そう簡単に、思い通りに行くと思うなよ……!」

〈行くさ。人と言う、俺たちの頚木さえ解き放てばな〉


 もうこいつには言葉は通じない……。
 他の連中が一言も言葉を発していないが、それは任務中における自我が極端に抑えられているからだろう。
 目の前の同胞は、その例外。刷り込みに失敗した個体なのかもしれない。
 ……それすらも投入する木連の冒険心には、怒りを通り越して呆れるばかり。
 そしてこいつが隊長である以上、他はこいつの命令には絶対に従う、手駒だ。
 ……判っててやったのだろう。
 触発したのはまず間違いなく姉さんと俺……元々あの男の“所有物”に過ぎなかった俺達は、超博士によって“人”として歩む事になった。そして方や木連のうら若きエース。方や地球圏最強の男、テンカワ=アキトの同志……。
 真っ白な存在が、機会を与えられる事でどれだけ先に進めるのか。何がそこまで俺らを突き進めたのかを、純粋な興味をもって試したのだ。


「俺が立ちはだかる……俺がお前達を止める為に!」

〈……ほお、それは願ったり叶ったり。早くも次世代を鍛える“壁”になると?〉


「そうだ!」

〈嬉しいねえ〉


 歩み出した夜天光隊は、一糸乱れぬといった風にこちらに迫る。
 スピードは全くない。だが押し潰さんばかりのプレッシャーはある!
 まだ稼動したてである以上、急速な勢いでその脳内の空白を埋めようとしているだろうから、下手に動いて見本を見せるような真似をしたら厄介だ。仮に最後の一人まで減らしたりすれば、その頃には俺の映し鏡とも言える人造人間が一人、満身創痍の俺に向かってくる……悪夢だな。
 読む事も見切る事も困難だろうし……今まである意味“慣れた”相手ばかり相手にしていたからな。
 本来は慣れるどころか、見敵必殺が当然の強者相手に、俺らはしぶとく生き残ってきた。
 ……生き残りを掛けたシビアな戦闘である以上、先読みを心掛けなければ駄目だったとはいえ、この先何も考えずパターン関係なしで突っ込んでくる敵も……。



〈だが今日は荷物がある。置いてきてから越えさせてもらう〉

「!!!」


 ……背後に来たのに気付かなかった?!
 いや、気付こうとしていない?! これだけの脅威を目前にして……!!


〈同士討ちを避ける為、味方には手を挙げられない……遺伝子に刷り込まれた基本だろ? 俺らの〉

「馬鹿な、俺は今まで……!」

〈兄弟の姉者も、北辰も北斗も壊れている……自分の意思で敵を潰してきたつもりだろうが、それは単に命令に従って異分子を排除していただけ……全ては基礎原則どおり、木連の未来の為の行動さ〉


「……!!」


〈ま、人の事は言えないかもしれないがね。俺らとて誰かの命無くして、生まれ出る事は出来なかった。俺達は所詮、決められた運命(さだめ)に従っているだけなのか……〉


 運命だと……?!
 姉さんと袂を別ち、殺し合う事が?!
 野獣に襲われ、心から震えつつ命のやり取りをする事が?!
 このまま奴等を見送って、大事な人を失う事が……?
 冗談じゃない!
 俺は一度たりとも、そんな事は望んでいない! 俺は只前に進もうと……今よりもっと良い、何処の何時かまで辿り着こうとしていただけなのに……何故?!
 俺がここまで来たのは自分の意思だ!! それなのに、実は何者かが引いたレールの上を走っていただけ?
 俺がどれほど足掻こうと、何をしても変わる事が……。





「……いや、できる」

〈……?〉


 奴とて、楔を解き放って自分の意のままの世界を作ろうとしている。それは決して計画通りの行動ではない、イレギュラーの筈。
 なら最初から何も望まれず、何も託されなかった俺はどうだ? 何を果たす事も、何も得られない訳じゃない、逆だ!!


「俺は何だって出来る! 白紙であると言う事は、無計画故に何だって起こる! 何者に従う事も、何事に反逆する事もな!!!」


 何の為、誰の為……?
 どれほど崇高な目的があるというのだ、俺には?
 新たな世界の創造なんて、面倒な事はそれ専門に人間に任せればいい。
 俺が出来る事は限られている……引き金を引くなり、刃を握り腕を振るなりして、敵と呼ばれる存在を滅ぼす事ぐらい。
 ……他は、“人並み”だ!


「俺は俺として許せない事の為に……彼女が連れて行かれ、心身共に弄ばれた末に殺される……そんな望まぬ結果を阻止する為に!」


 最早見えているものはただ一つ!
 俺の行く手を遮らんとする……五つの障害物のみ!!


「お前らを……討つ!」


 頭の中にあった躊躇が、根っこから抜き捨てられた気がする。
 お陰で何時も以上に調子がいい。


〈敵性信号を発している?! 自らの存在を脅かす様な構造変化すら、やってのけるというのか! 兄弟!!〉

「俺が今の俺で有るが為に……俺の目的が果たせないならば、変わるさ!!」


 無人兵器と人造人間は、違う。
 故に客観的な判断をもって、どちらかに異常ありと判断した場合、戦線維持の名目で両者共に攻撃権が与えられる……奴等が攻撃してきたのも、俺が今まで無人兵器を落としてこれたのも、これが原因。
 人間相手でも、自己防衛の為あらゆる行動が許可される……向こうが先に仕掛けた場合は。
 だが同族となると話は別だ。
 主観的観点がどうしても入る為に、正しい識別をするのが困難であるとして攻撃権は与えられず、制裁権に止まる。
 姉さんに手を挙げても、殺害にまで至らなかったのはこのお陰。
 ……だが今回はこれが邪魔になった。
 故に俺は自ら異なる存在であると定義を変えた……俺は無人兵器でも人造人間でもない、只の障害に変わった!!
 


〈冗談じゃない、これでは“みたい”どころでは……全機抜刀!! 前方の障害を排除せねば、俺らの行くべき道は閉ざされる!!〉

「それは俺とて、同じ事!!」

“駆!”  
 


 道は、開かれた。
 一斉に殺到してきた夜天光部隊は、錫杖に儀装した仕込み杖から刃を出すより先に、木の葉が風に巻かれる様に吹き飛んだ。
 舞い上がった巨体の中から、一際小さいエステの胴体を抱き着地すると、丁度夜天光が地に激突していった。
 ……だがすぐさま地面を転がって飛び起きる。流石にもう一度踏み出すには躊躇しているようだが。


〈い、いかなる攻撃やフェイントに対しても動じず、精巧にして完全なバランスを保っての突撃か……これでは、見切るどころの話で無いか……〉

「コマを知っているだろう。あれは止まっている様に見えて、触れるもの全てを弾き飛ばす……あれと同じだ」


 教えた所で、こいつの頭では理解できないだろう。
 余りに突拍子過ぎる。テンカワさんの一撃が、常人では見切る事すら敵わないのと同じで……常識を超えた只中にあって、それでも目を晒さず、裸足で逃げ出したりもせず、真正面から非常識に立ち向かう事が出来て、初めてここまで辿り着ける。
 初めから常識を知り尽くしていては……無知から知への衝撃に打たれ強くなければな。


〈……面白い!! だが例え兄弟がどう言おうと……お前は人造人間だ!! 俺達の仲間だ! 何とも頼もしい事じゃないか!〉

「……!」


 接近戦が駄目と解かって、ミサイルランチャーを全弾ぶちこむか?!
 夜天光は、あの男のクセをどうしても考えてしまうからな、これは面倒だ。
 ……そう、面倒だ。只それだけ!!







〈違うな……〉

〈……?!〉


“ドッ!!”


 夜天光部隊が沈黙?!
 触れもせず、一瞬で全機に致命傷を負わす事が出来る機体とパイロットと言えば……一人しか、いない。


〈カイトは……俺達の仲間だ!!!〉

「テンカワさん!」

〈間に合ったよ! カイト兄!!〉


 良く見れば、ブローディアから発射されたフェザーが地面に突き刺さっている。
 これが不意に降り注いだら、幾ら夜天光でも防ぎきれないか……元々、出力は大きいがフィールドの展開範囲は狭いしな。
 ……だが、テンカワさんが来たと言う事は、限界か。
  


「……すいません。折角……」

〈まだ終わっていないから、気にしないさ〉

「は?」


 何やらテンカワさんには考えがあるようだが……何だ?
 このままでは皆さんの“お仕置き”という名の制裁は確実かと……。


「そうさ、何もまだ終わっちゃ居ない」

「!?」


 沈黙した夜天光の足元に、奴がいた。
 機体は戦闘能力を喪失しているが、こいつは無傷……しかもまだ切り札を隠し持っていやがった!!


「……取りあえず物騒な羽を休ませてくれないか、漆黒の戦神」


〈貴様っ……!!〉


 ずっとそっちに居たのか、リョーコさん……!
 奴の手の内に彼女が居る以上、全てが振り出しだ!!
 俺がエステの残骸を放り投げ、ブローディアがフェザーを全て収容する。
 ……その途端、夜天光が全て燃え上がった。自爆したつもりだろうか。
 炎に照らされた奴の顔は……俺の顔ながら実に憎たらしく思えた。


「機体は失ったが、戦闘データの収集は完全に果たされた……礼を言う」


 奴の周囲に他の四人も集まっていく……成る程、俺だけのデータを反映した訳じゃ無さそうだ。顔立ちが似ているのは、この隊長だけ。
 


「……その代わりと言っては何だが」
 


 と言って何をするかと思えば、意識が無いままのリョーコさんを地面に寝かせた?
 何だ?何を……。


「本気で“お荷物”になってしまったんでな。引き取ってくれ」

「……!! どういう事だ!!」

「今しがた“命令した人間”が居なくなったんだから、仕方が無いのさ」


 俄かには信じがたい言葉を吐きつつ、奴は踵を返した。
 命令を撤回、ならば……理不尽ながらも納得がいくが、居なくなった?
 山崎博士は一旦研究に没頭すれば、殆ど外へと顔を出さない筈……。
 ……まさか、そのままの意味で……?


「じゃあな、実に有意義だったよ……今度は越えるさ」

〈くっ! 待て!!〉


〈アキト兄! 五機全部からロックオンされた!!〉

〈?!〉


 ブローディアは奴等を追うより先に、燃え上がる夜天光から放たれたミサイルの迎撃をしなければならなかった。
 俺もその余波からリョーコさんを守るべく、機体を盾にする事で精一杯だった……。










 結局、逃げられた……。
 ブーピートラップと化した夜天光を全てスクラップにした頃には、奴等が使ったと思われる小型跳躍門は爆破されていた。
 逃げ際も鮮やか……しかも今回の経験は、他の個体はかつて一度も味わった事は無いだろう。
 データは幾らでも反映できるが、矢張り実戦での空気の読み方は、そいつらだけのもの。
 一体後々どんな影響が出て来るか……。

「では、全員の投票により一番星コンテストの優勝者を……」

「……ちょっと待て!! 真打ちは最後に登場するものだ!!」
 


 まあ今はそんな事はどうでもいい。来るなら来るで、相手にする事しか出来ないのだから。
 ……それよりも、滑り込みセーフで間に合った事に、今は心を砕くべし!


「やーめーろー!! お前らぁ!!」

「往生際が悪い!」
 


 で、引きずられる様に現われた美しい人は……まだ無駄な抵抗を続けていた。
   


「リョ、リョーコちゃんのスカート姿……それもピンクハウス系……こ、これは希少価値が高いぞ!!」


『おおおおおおおおお!!!』

「テ、テメー等!!」

「リョーコ!! 今日は大人しくしてないと駄目だよ!!」


「うっかりブラックアウトして遭難だなんて、カッコ悪〜……あ、そうなん…… 」
 


「よせ止めろ出るからそこから先を口走るなイズミィ!!」


 ……実は、リョーコさんずっと気を失っていたらしい。
 あの夜天光部隊との激戦は、未だ俺とテンカワさん、それにブロスとディア、そして……。


「よっこいしょ……すいませんウリバタケ班長。態々こんな真似を」

「いいさ。あの二人絡みならば幾らでも手は貸すぜ」

「何か騙したようでちょっと心が痛みましたけど」


 等身大の人形らしきものを、片手で足元にしまうテンカワさん。
 そして何食わぬ顔で、席についた。


「……それに俺らの目的も果たせたしな」 

「ええ」


「は?」


「いやいやいや何でもねえよ? テンカワ……」

「そそそそそうですよ僕らは別に何もやましい事は……」


「???」


 班長、そしてハーリーだけの秘密だ
 ハーリーは自力で異変に気が付いたらしく、すさかず警報を鳴らそうとして……テンカワさんに止められたのだ。
 そしてテンカワさんが飛び出した後、何とかテンカワさんの不在を隠し通すべく班長らと骨を折ってくれたのだ。
 キャスト製の精巧な上半身人形を使うとは流石は魔術師(ウィザード)。
 しかも目の部分にはカメラが仕込んであり、テンカワさんはまるで自分がそこにいるかのような、臨場感溢れる映像を後から見る事が出来る……ケアも万全だ班長は!


「困りますなぁ、カイトさん。もう投票も終わって……」


「俺は彼女の歌が聞きたい」

「……え」


 ステージに引きずられていくリョーコさんが、呆気に取られた顔をした。
 まあ不思議だろう、訳が解からないかもしれないが……とにかく俺は、望む事を言う。


「貴女の気持ちを……想いを。今度こそ一言一句逃さず聞きたい」

「カイト……」


 彼女のマイクを握る手が汗ばんで、ぎゅっと力を込めなおしたのを見た。
 そんな彼女が再び顔を見上げた時……俺達は互いに、笑う事が出来た。





 そして曲が始まって、静かな前奏に美しい声が重なった。
 こんな事になって残念だが……もうコンテストの結果はどうでもよかった。
 間違いなくこの姿は、皆の心に訴える物があっただろうし、俺は勿論、心に焼き付けた。


「俺……自分勝手だ。遅れておいて、棄権者引っ張り出してこの騒ぎ……」

「本当に、そうかしら?」


 ステージに見入っていたからか、イネスさんが側に居る事に気が付かなかった。
 失礼とは解かっていても、目を合わせる事も出来ない。それ程、リョーコさんは俺を惹き付けていた。
 


「有象無象の星々に、一瞬明るく照らされるよりも……たった一つの輝く星に、ずうっと頭上を照らしてもらいたい……そう思えるのが人間よ」
 


 人間……。
 奴は俺を仲間だと言った……自ら内部構造を変革させた俺をなお。
 敵と断じて憎む事すら出来たと言うのに……奴は俺のもう一つの姿かもしれない。
 自分が輝ける場所を……その輝きを求めたくなる人とめぐり会わなかった俺の。
 俺は奴とは違う。だが……その違いは本当に紙一重だった。


「それをエゴと言うのは勝手だけど……それだって、大事な自我の一部なのよ」

「好き勝手やる事を受け止めるのも……人」

「まあ、ね」


 他人を深く傷つけない様にして、勝手に振舞う……人間とは、複雑で大変だ。
 でもそれを苦痛と感じ無い俺がいる。無知から知への衝撃を……俺は心待ちにしているのかもしれない。
 もっと俺はあの人の事を知りたい。
 そして俺は……近付いていくのだ。俺が信じ、愛する存在へと。
































 こうして俺らは心機一転。
 一番星コンテストはその機能を存分に発揮したと言える。
 ただ……。


『……駄目だ、駄目だよ! 僕もう我慢なんて……!!』


『待て』


『あっ……?!』


『……何も言うな。全て俺に委ねてくれ』

『……はい』


“ガシャアン!!”


 その後ちょっとブリッジに用があったので顔を出したら、何やらルリちゃんやラピスちゃん、メグミさんにサラさんといった面々がモニターの前で悄然としていた。
 会話の内容から察するに、恐らくテンカワさんの出撃前のやり取り。
 真赤になって泣きそうなハーリーを、そっと優しい笑顔で諭すテンカワさん。
 年上の余裕が感じられる行動である。


「ふ……ふふふ……も、盲点でした……アキトさんが……そういう……」


 皆顔面蒼白ですな……ああ、そうか。 
 この美しい信頼の絆を目の当たりにして、今までの疑心暗鬼にかられた行動を猛反省しているのか!
 思わずコンソールを破壊してしまう程ショックだったのか……これはいい機会となるだろう。
 いやあ世の中、何がどういった結果をもたらすか未知数だなあ……。





 
  

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

純粋培養にもほどがあるな、カイト君は(苦笑)

ま、周囲が周囲なので余計に浮いて見えるだけかもしれませんがね。

最後のオチの後、アキトとハーリーはどんな運命を辿ったんでしょうか(爆)