第二話・目的

 

 テンカワ アキトという青年をあの後無事回収して我々は太平洋へと進路を取った。
プロスペクターさん―――プロスさんと呼ぶことにした―――に聞いた話ではどうやら俺の出港時のいくつかの行動の
おかげで、周りの連中には俺を「歴戦の軍人」と誤解しているらしく何かと事件が起こると俺のところに厄介ごとを持ち込んでくる。
冗談じゃない!俺はまだ19歳で士官学校も出てないし、つい半年前までうだつの上がらない貧乏工科学生だったんだ。勝手に期待されては困る。
それにこういうのは本来は艦長ないし副長が処理するはずなのに、・・・厄介ごとの中心はその艦長だったりする。正直言って頭が痛い。
 まぁ世の中なるようにしかならないことは火星でいやになるほど思い知ったから、前向きにやっていこう。

    モリの日記より。

 

 

 

「モリ大尉、少々お時間いただいていいですか?」

 モリが艦内での少ない楽しみの一つにしている食事へと行こうとした時にプロスがにこやかに声をかけてきた。

「なんでしょう?」

 あまりいい予感がしなかったので、モリは表情を殺して相手の出方を見る。正直腹も減ってるので、手短に話を済ませてほしかった。

「先ほど本社を通じてあなたの戦歴がとどきました。―――いやはや驚きですなぁ〜。まさか火星軍にいたとは。」

「何が・・・言いたいんですか」

 モリの目が心持細くなる。かなり剣呑な雰囲気を漂わせていたらしく、近くにいた副長のアオイ ジュンの顔が引きつっていた。

「おや?気に障りましたかな?申し訳ありません。で、此方としてはモリさんの経験を生かしてエステバリスの指揮官をしていただきたいのです」

 モリの視線に動じることなくプロスは言った。

「たしかに職業柄IFSをつけてますが、ご存知のとおりの過去ですので腕は平均以下、エステバリス指揮は無理ですよ。それにそういう指揮はゴートさんがいるじゃないですか?」

「確かにそうなのですが、まぁ彼は彼で忙しいことですし・・・やはりこういうことは実戦経験者にお任せしたいというのが此方の意向なのです、ハイ」

 体つきや身のこなしから想像するに、絶対に戦闘経験はゴートのほうが多いと思ったが、その点はあえて聞かないことにした。

「しかしナデシコにいるといえ、自分は軍人であり任務役職は直属の上官ならびに艦政本部により決定されております。自分の一存では動けません」

 自分の戦歴が民間人であるプロスに届いたくらいなのだろうからおそらく上のほうでも話をまとめてるだろう、モリは無駄と知りつつも精一杯の抵抗を試みる。

「たしかに。しかし、すでに本社のほうが上のほうにもお話を通しておりまして、特別顧問という形でお願いすることになりました。あ、もちろん顧問料は別途このぐらいは」

「!?・・・・・・・・・」

 プロスの示した金額は、モリの俸給より多かった。モリは承諾する旨を伝えると何も言わずにブリッジを出た。

「・・・・・・ただの情報収集だけの士官だと思ってましたが。おや?アオイさんどうしたんですか?」

 プロスはそこで初めてジュンの存在に気がついたようだった。

 

 

正直に言ってナデシコの食堂の飯はうまい。性格はともかく腕は超一流というのはどうやら徹底されているらしい。

「ほらほら、ボーっとするんじゃないよ!―――はい火星丼ね」

「ありがとう。・・・・・・この艦にきてから、随分食生活がよくなったな」

 普段は貧しい弁当か買いだめしているレトルトで生きてきたモリには、正直言ってこの飯だけでもナデシコに来た価値はあると思っている。

「いただきます」

 律儀に手を合わせると、多くの軍人にある早食い大食いを始めた。

「正面いいかい?軍人さん」

 モリに負けず劣らずの量をお盆に載せた整備班長のウリバタケ セイヤがモリの正面に座る。

「ウリバタケさん、軍人さんはやめてもらえますか?」

 一人の時間に突然乗り込んだ賓客に多少の非難の視線を送る。

「じゃあモリ、でいいか?」

「お任せします」

 しばらくお互いのトレイの中身を消費することに専念する。

「こんなこと聞くのは野暮かも知れんが、なんで民間船のナデシコに軍人のあんたが乗ってるんだ?」

 大体トレイが空になったのだろう、ウリバタケは周りの誰もが聞きたかった理由を口にした。

「上からの命令だからです」

 モリの回答は簡潔にして明瞭だった。

「命令って・・・上からの命令が死ねだったら死ぬのか?」

 冗談っぽくウリバタケがいう。が、モリを映した一対の瞳はこれ以上にないくらい真剣だった。まるでモリの態度にある種の怒りを覚えるかのように・・・。

「意味があること、必要なことならば死にます。・・・自分は軍人として行ってはならないこと以外でしたら従います。で・・・この話はコレぐらいにしませんか?」

 軽い口調で言うがモリもウリバタケも視線をはずさない。

「別に後ろ暗いことはしませんよ。―――自分の任務は現在使われている次期主力艦艇の予備調査の一環として革命的技術を導入した
ナデシコの実戦におけるデーターと有効性を確認する、です」

 これ以上は軍機になりますので、と言葉をつないでお茶をすする。モリの言葉でウリバタケは表情が変わった。

「ナデシコの有効性の調査っておまえ技術家か?」

「えぇ、細かいことはちょっとやばいラインにふれますけど、一応半年前まで火星のほうで工科学校の学生やってました」

「学生だと!?・・・おまえ歳いくつだ?」

学生の言葉に食堂にいた大勢の視線があつまる。

「今年で19になります」

食堂全体を喧騒が包む。何か悪い事いったかな?モリは周りの反応を意外そうに見回した。

「えと・・・・・・何か問題発言しましたか?」

 結局この後2時間に渡ってウリバタケ主催の尋問会に被告人として出席することとなった。

  

 

  

波乱な出港から3日間、ナデシコは各部システムの調整と水、食料の補給を行った。

「モリ!そっちはどうだ!」

「問題なし、水密隔壁もちゃんと稼動してます」

 食堂の一件以来半ばウリバタケの舎弟にされてしまったモリは緊急時の応急体制のチェックを手伝っていた。

軍艦と商船の違いはいくつかあるが、区画数の数も大きい違いの一つである。被弾などにより船体外壁に損傷が発生した場合以下に被害を極減できるか、

そして艦の戦闘能力をいかに維持するか。それらの回答がウリバタケたちの行っている応急体制である。もちろんナデシコには強力なディストーションフィールドが

搭載されているが100%の安全は保障されていない。よって今も昔も軍艦には多くの水密区画と応急体制の完備が求められている。

「ようし。これで大体終わったな?おいモリ、飯でもいくか?」

 ウリバタケは後片付けを始める。

「そのまえにブリッジ行かないと。この船の目的が今日発表されるらしいですよ。ウリバタケさんも呼ばれてるでしょ?」

 ウリバタケ達は他のものに片づけを任せてブリッジにむかった。

 

 

「我々の目的地は火星だ」

 ゴートの言葉にブリッジに集まったクルーがざわめいた。

「なぜ火星なんですか?」

メグミが言う。周りもその言葉に同意の意を記した。

「たしかに、火星は木星トカゲによって占領され通信などは途絶えています。しかし火星に残された人々や資源はどうしたのでしょう?」

「死んだんじゃないですか?」

 プロスの説明にルリのさめた声が答える。近くにいたミナトがルリになにやら注意を促した。

「しかしわからない。だから確認にいくのです」

 火星に行くか、上の連中はコレを知っていたから俺をこの艦に配属したのかもしれないな。モリは思った。

その後もプロスの説明はまだ続いていたがモリは何も聞いていなかった。

 

 

あとがき
今回はだらだらとやっておりますね・・・。(汗
戦闘シーンがないからなんか書きにくかったです
今回は作者の趣味で意外に知られていない軍艦の特徴について少し触れてみました。
これからも日常場面ではこういう描写を書いていきます。(戦闘中にいちいち説明したらスピード感が落ちるので)
一応主人公は「機関科士官」なので、「本来は戦闘指揮は専門外です」
本来軍人もそれぞれ分野があって砲撃などを司る「砲術科」航海を司る「航海科」情報全般の「通信科」
弾薬食料などの管理をする「主計科」そして主人公の専門である、エンジン船体被弾時の応急などを司る「機関科」
 それなのに、主人公は戦闘指揮ができる。これは「主人公だから」ではなく「過去にそういうことを経験したことある」という設定があります。
おいおい書いていくので気長に待っていてくださいね(笑)
(注:軍人の分野については旧日本海軍をモデルにしています。アメリカなどでは別に応急専門の科があります)
それにしても、戦闘シーンを早く書きたいな・・・。←コレが本音です。
 次回からはテンカワ アキト氏があまりよい書き方をされなくなってきます。アキトファンの方ご容赦ください。
  
 では次回「物語」でお会いできたらお会いしましょう。

 

 

代理人の感想

戦闘中の解説・・・そういう意味で白土三平先生は偉大だったなぁ。

 

 

 

何の事かわからない人に解説いたしますと、白土三平というのは忍者漫画の大家でして、

「カムイ伝」「忍者武芸帳」「サスケ」などの傑作を数多く残しています。

言わば妖怪漫画における水木しげる先生のようなその道の開祖、第一人者なんですが

この人、緊迫した戦闘シーンの中にいきなり忍者の道具や術のトリックの説明を絵入りで何ページも入れて、

それでも戦闘シーンの緊迫感やリズムを崩さないと言う

恐るべき「芸」の持ち主だったんですね。

「解説」の仕方や表現について、物書きとして非常に参考になりますので

興味のあるかたは読んでみるとよろしいでしょう。

もちろん、ただ読んでも面白いですが。