第四話  物語

 ヤマダ ジロウが死んだ。俺の指揮がいたらなかったために・・・。

確かにあの局面―――護衛艦を撃沈した後―――ではもはや止めようが無かった。あの時の判断には今も後悔していない。

だが、その前にその場を待機するように命じる事が出来たはずなのでは?いや、それ以前に作戦段階で想定しておけば

こんな事にならなかったのでは?その事が悔やまれてならない。

 いずれにせよ俺がいくら悔やもうと、彼はかえってこない。それだけは確かだ・・・



  モリの日記より




 地球連合とネルガルの合意、それはナデシコの軍への編入だった。ネルガルも最終的には軍とは手を組む予定だったらしく

編入自体には特に抵抗しなかった。しかし、編入する時期になると両者は激しく対立した。

ネルガルは火星より帰還した後を編入の時期として適当と提案した。これに対し軍は当然のごとく猛烈に反発した。

いくら最新鋭艦とはいえ、単艦で火星に行って戻ってこられるとは地球連合の首脳部は誰も思っていなかった。

 結局ネルガルが出した妥協案―――ナデシコは地球へ帰還後に軍へ編入。2番艦コスモスはナデシコの火星行きの成否にかかわらず

軍に編入、指揮権は軍が持つ事とする。さらに次期主力艦艇の有償無償の技術提供を艦政本部に行う事を確約する。

          

 一見ネルガルが一方的に不利な案だが、これによりネルガルは次期主力艦艇の開発にある一定の割合は確実にかかわる事が保障された。

ネルガルとしてもこれ以上最大の顧客である軍との関係を悪化させるわけにはいかなかった。すでに艦政本部でも相転移エンジンの実用試験が開始されており

現在の技術差を将来も維持できるかどうかという不安も出てきた。よって現在のリードがあるうちにある一定の利益を得ておこう。それがネルガルの結論だった。

 そしていくらかの犠牲によりナデシコは無事火星への航海を続ける事となった。



 モリは現在の境遇に幾ばくかの悲哀とそれを大きく上回る諦観の念をもって対応していた。

ここまで正直に責められると呆れてくるな。モリは自分に突き刺さるいくつもの非友好的な視線を感じてふと笑いたくなった。

確かに俺は彼らから見て人殺しだろう。特にテンカワさんなどは親友の仇とすら見ている節がある。

「?・・・何でしょう、テンカワさん?」

 さすがに殺気のこもった視線を受け続けるのは疲れるのでけん制してみる。

「・・・別に。ただ何を書いているかふと気になっただけだ」

 アキトは極めて険悪な声で言う。その態度にモリは一瞬、彼にすべてを教えたらどうなるだろう?という興味が湧いた。

そしてその興味は抑えがたいものになっていく。

「仕事ですよ。地球に送る書類の文面を考えているのです」

「・・・・・・その書類でまた誰か殺すのか?」

 さすがにまずいと思ったのだろう、プロスが2人の間に割って入ろうとする。

「ご覧になりますか?実は文面に困っておりまして・・・出来れば一緒に考えていただけませんか?」

 プロスが割って入る前に、モリは手元の草案をアキトのコミュケに転送する。

「!?これは・・・!どういうつもりだよ!!」

「見てのとおりヤマダさんのご遺族への手紙です」

 アキトが見た文章。それはヤマダが木星トカゲとの戦いでナデシコを守るために身を挺して敵の攻撃を防いだ、という趣旨の文章であった。

「ふざけるな!ガイは・・・!ガイはお前達軍隊に殺されたんだぞ!!」

 その一言でモリは自分の中で何かが弾けるのを感じた。

「では何と書くんだ?」

自分でも意外に思うほど冷たい声。

「何とって・・・真実をちゃんとつたえるんじゃないか・・・」

「真実ね・・・。では、あなたの息子さんは艦長の挑発で怒り狂った軍との戦いで殺されましたか?とでも書くか?」

           

 だんだん自分が抑えられなくなるのが頭の片隅で分かった。

「それともまともに状況を把握せずにやっと休戦できた軍の護衛艦を撃沈し、多くの死者を出した挙句、濃密な対空砲火の中に

自分から突っ込んで死にました。―――あなたの息子さんの死はただの犬死です、か?」

 たまっていた欲求が吐き出される開放感。

「あんたの言う真実を知って一体何が救われる!悲しみにくれる家族はさらに深い悲しみに陥るだけじゃないか!手前勝手な正義を振りかざすんじゃねぇ!!」

 モリはそこまで言って、初めて自分が行なった行為に気がついた。

「真実を伝えてもヤマダ ジロウは帰ってこない。真実を伝えても悲しみは癒されない」

 大きく息を吸い気分を落ち着ける。

「戦争はたぶんこれからも続く。そして多くの人間が死ぬ・・・。多くの残された遺族達の悲しみを少しでも癒すために物語は必要なんだ。

あなたの息子さんは、夫は、父は、勇敢に戦い―――そして倒れました。たとえそれが真実でなくても、真実でないからこそ物語はいるんだ」

 ブリッジに重苦しい空気が流れる。

「自分を恨むのでしたらご自由に恨まれるがいいでしょう」

 モリは作業を中止すると立ち上がる。しゃべりすぎたし何よりも1人で少し頭を冷やしたかった。

「ただしこれからもこれからも此方の指示には従っていただきます。―――自分もこれ以上の犠牲は生みたくありません」

 モリは沈黙したブリッジを出ると自室へと足を向けた。

「物語ね・・・。いいわけだよな、これは」

 そこでふと自分の机の引き出しに日本酒があることに気がついた。酒か、溺れてみるのも悪くないかもな。

モリはこの日生まれて初めて酒に溺れた。





あとがき


 俗に言う『戦いの後の後始末』です。

前回のあとがきで「ナデシコの世界に持ち込んでみたい疑問がある」とかきましたがその疑問がこれです。

 別にモリを悲劇の主人公に仕立て上げてるわけではありません。

ただ作者が日常生活でたまに出会う「真実を言うべきだ」という勇気ある声に対する作者の考え方です。

ひねくれてる、性根が腐ってると思われてもかまいません。

 ただ『現実に真実を公開して果たして何が得られるのか?』というありふれた疑問を自分なりに答えた結果です。

 もちろん、ナデシコクルーがモリに敵意をいだくのは仕方ない事です。そこまで人間割り切れませんから(汗)

モリは性格面で作者の分身とも言える存在です。よって「作者のひねくれた思考」も踏襲しています。

だからそういう局面になったときに作者が答えそうな本音を書いてみました。

 う〜ん・・・あとがきにまとまりが無いですね(笑) 

とりあえずシリアス(?)路線はこれくらいにして次回は少しナデシコにおけるモリの日常を書いてみたいと思います

                                            敬句 


 

 

代理人の感想

・・・・う〜む。

モリくん案外性格が悪いのか、それとも追い詰められて少々キレてたのか。

あそこでアキトにあんな物見せたら火に油を注ぐような物だとわかっていたでしょうにねぇ(苦笑)。

その後の行動から見れば下手をすれば「悪意」と取られかねない行動であったと思います。

 

ちなみにこの疑問に対する代理人の意見は「ケースバイケース」。

糖衣をしゃぶるより苦い真実を口にした方がいいときもあります。

特に、それに耐えられるだけの強さを持っている場合は。

 

後気になったのはガイの命の重みですね。

具体的には今回提起された疑問が物語全体の根底を流れる物なのかどうか。

もしこの疑問が今回限りの物であるとしたら、

それだけの為に殺されたガイの命は少々軽すぎはしないかなと思います。

キャラクターと言うのは話を作る為、話を盛り上げる為だけに殺していいものではないと思いますから。