第9話 火星への航海

 月での補給が終わった・・・。

残念ながら俺もタチバナ少尉もナデシコを退艦することは出来なかった。

 多少無理したが何とか目的のものを積み込むことが出来た。これで少しは生き残る可能性があがることを願いたい

火星までの時間が俺に残された時間だ。それまでに出来ることをしなければ・・・。



  モリの日記より




 神秘的で酷く冷たく何もかも吸い込んでしまうような宇宙。エステバリスのコクピットでアキトは忙しなく辺りを見回す。

『テンカワ機、落ち着け。目に頼るなセンサーの反応に気を付けろ』

 聞くのも嫌になる奴の声がヘルメットに響く。警報―――前方からトカゲ3機。

「くっ!」

 照準、ロックオン。フルオートでラピッドライフルから弾が飛び出る。半瞬おいて爆発。

「やった・・・!」

 命中した手ごたえ、これならと思った瞬間足元からバッタが現れる。

「!?」

 回避!アキトの意思を汲み取ったエステバリスが動こうとした瞬間モニターに赤い文字で「GAME OVER」と出た。

『テンカワ機撃墜。パイロット死亡。――――終わりだ、上がっていいぞ』

 畜生、また撃墜された。アキトは悔しさをにじませてシミュレーション機から出る。

「惜しかったな。射撃まではよかったんだがその後だな。前にも言ったが撃ったら場所を変えろ。戦果確認する暇があったら回避機動を取れ」

 モリの容赦ない言葉に怒気もあらわにするアキト。

「わかったよ!」

 足音猛々しく去っていくアキトに一瞥をくれるとモリはモニターに視線を戻した。

 思ってたよりはましだな。アキトのデーターをみながらモリは思った。

「問題はほかの3人に比べるとはるかに劣るというところか・・・」

 ほかの3人のパイロットのデーターをだす。スバル リョーコ、近接戦の技量に特に優れる。直情型、指揮官としては不向き。

アマノ ヒカル、万能型。強いて言うなら特に優れた点がないというところか。マキ イズミ、状況把握能力、射撃技術において秀でる。

3人の中では能力的には一番指揮官に向いているのだが、やや統率力に難あり。

 パイロットの練度を考えれば特に指揮官をおく必要がないように思えるのだがその中にアキトを置くと状況が変わってくる。

高練度の3名なら即席で見事な連携も出来るし、相互支援も出来る。しかしアキトに3人と同じレベルを求めるのはさすがに無理がある。

ただ戦うだけなら今のアキトでも何とかならないでもない。しかし状況を把握しそれに沿ってチームとして行動するのには練度が低すぎる。

かといってただでさえ少ない戦力をこれ以上は削れない。

「となると・・・手は一つか」

 何回も同じ思考を繰り返し、たどり着く同じ結論。

「ブリッジ行かないと・・・」

 これ以上悩んでもどうしようもないものはどうしようもない。モリはそう割り切るとブリッジへ向かった。


 今のところ敵との交戦もなくブリッジは平和を思う存分満喫していた。

「ひまだよぉ〜」

 だれきった声がブリッジに力なく響く。

「「「・・・・・・・・」」」

 関わらぬ方が安全と判断したのかブロス、ジュン、ゴートは仕事に専念することでユリカの相手をすることを回避した。

「・・・仕事はいっぱいありますよ、艦長」

 誰にも相手にされないのを見て見かねたのかミサが当たり前のことを口にする。

「仕事いらな〜い。・・・アキトとお話したいよ〜」

「アキトさん忙しいですから」

「それにここのところモリ少佐にしごかれてるみたいだし」

 暇でも最低限の仕事をこなしながらメグミとミナトが話に参加する。

「ユリカは艦長さんなのに、誰もユリカのいうことを聞いてくれないよ〜」

 それだけだれていれば誰でも従いたくなくなりますよ、とミサは言いたくなったが少なからぬ忍耐をつかってこらえる。

「いったい艦長ってなに〜」

 ユリカのぼやきにルリがなにやら調べ始める。

「検索終了―――艦船における最高指揮官、艦の命運などを左右する重大な結論を下すのが仕事。しかしそれは昔の話で現在は艦の意見を

まとめる役としての存在を求められることが多い」

 いくつかの写真と簡単なプロフィールが現れる。全体として昔になればなるほど艦長らしく立派な顔つきで、今になればなるほど好青年や

かわいらしい女性などが多かった。

「つまり人がよければ誰でもいい訳なんだ・・・」

 ルリの説明にメグミが正直な感想を言った。その感想に激しく落ち込むユリカ。

「―――ま、まぁ全部自分でやっちゃう指揮官なんて今時モリ少佐ぐらいじゃない?」

「そうだよユリカ。クルーの意見をまとめるのも艦長の重要な仕事だよ」

 陰々滅々といった雰囲気のユリカにさすがにミナトとジュンが見かねたのかフォローを入れる。

「私がどうかしましたか?」

いつの間にブリッジに入ったのかモリが不思議そうな顔で周りを見回す。

「少佐殿・・・お願いですから忍び歩きはやめてください」

 いい加減慣れたとはいえいきなりいないと思っていた人物の声を聞かされるとやはり心臓に悪い。

「すまん少尉。これでも努力してるんだがな。どうも普通に歩くと忍び歩きになるらしい」

 そういってモリは熟練した歩兵にしか出来ない歩き方―――滑るような無駄のない足取り―――で座席に座った。

「ほんとに物音しないんですね」

 メグミはモリの物音のひとつない動きをまじまじと見つめて言った。

「おかげで視界に入ってないと居るか居ないかわからないらしくてね、よく売店とかで苦労する」

「みんな、無視しないで・・・。艦長命令です、私の話を聞きなさ〜い」

 和気藹々といった雰囲気の会話にユリカは話を戻そうする。

「艦長。・・・命令は軽々しく使うものではないぞ」

 命令という言葉にモリの纏う雰囲気が変わった。

「だって、誰もユリカの話聞いてくれないんだもん」

「だから命令?いい加減にしたまえ・・・!あなたの命令ひとつで人の生き死にが関係してくる局面がこれから先あるかも知れないんだぞ」

 モリは容赦のない言葉にユリカは黙り込む。

「少佐・・・いくらなんでも・・・」

 ブリッジクルーの抗議の視線を受けてモリは表情をゆがめる。

「別に嫌いというわけでもない。艦長としての資質がないと言ってるわけでもない・・・ただ命令というものを軽々しく扱って欲しくないだけだ」

 モリは座席に体を投げ出す。

「正直いうと同情するぞ。学校出てばっかりで実戦経験もないのに責任重大の艦長職をやらせるのは・・・。けど艦長は自分で納得した上で艦長としてこの艦に乗り込んだんだ

辛いだろうが指揮官としておかしいと思ったらいくらでも私は指摘するぞ」

 モリの言葉にブリッジが重い空気に包まれる。しばらくしてミサが意を決したようにモリに言った。

「少佐はかなりの実戦を積まれたようですが、いったいどこでそんなに経験を積まれたのですか?」

 ついに聞いてしまった。ブリッジの数名を除くクルーの誰もが思った。

「俺か・・・。俺は火星で、赤い大地で実戦を経験してきた」




あとがき


 今回はユリカ艦長の「艦長命令です〜〜〜」にスポットを当ててみました。

いや本文見ればそのまんまですね、ハイ(汗

 ナデシコの中でまたはナデシコSSのなかでよく命令違反をする人たちを目にします。

大体命令違反する人は「良識ある人物」で「無能な上官(上層部)」の命令にたいし自分の信念ないし良識を理由に行います。

 正しいことなんでしょうが性根の腐った作者は同時に疑問に思います。「命令とはそんなに違反しやすいもの」なのだろうか?

社会人の方は特にお分かりでしょうが「上官(上司)」の命令にそうそう逆らえる事はないです。多少悪いと思っても多分従います。

 特に軍隊では上官の命令は絶対です。そうじゃないと軍隊という非常識な集団が維持できないからです。

あとこの物語の中で「命令」はかなり重要なキーワードになっていきます。要所要所で『命令』の重さを書いていくつもりなのでご期待ください。

 さて次回はいよいよ気になるモリ少佐の「身の上話」です。唯一作者が細かく決めたキャラの過去を書いていきます。

・・・・・こんなに大風呂敷広げていいのだろうか?(汗

                                            敬句 


 

 

代理人の個人的な感想

Q.何故彼らは命令違反するの?

A.『ナデシコ』というのはそう言う作品だから。

 

 

・・・・いや、本当にそう思いますよ(笑)。

ナデシコってのはそう言う作風の作品だと思います。