第22話 北極圏のデットリミット 後編




 人生の中で一体どれくらい引き金を引いてきたのだろうか?

空の弾倉をはずし、新しい弾倉を装着して初弾装填。半ば機械化された一連の作業をしながらモリは思った。

 一体どれくらいの木星トカゲを破壊してきたのだろうか?

          

小銃の照準と連動したHMDに映るイメージ化されたジョロに十字のカーソルを合わせて発砲。

ジョロは軽い火花と共に動きが止まる。モリは何の感情も示さずに次の目標に照準を合わせる。

 動くことも出来ず、ただ時間稼ぎの為のみに引き金を引き続けるモリ。限られた弾薬で効果的な射撃を行う。それらのために必要な

膨大な量の情報を処理していく過程でモリの感覚は次第に現実感を失っていく。

 あのころは、隣を見れば同じような立場の戦友がいた。

ジョロのチェーンガンが盾にしている氷塊を徐々に砕いていく。氷の砕ける感触が次第に近づいてくる。

 いまはただ1人。それなのに自分の命を守るための行動すら取れない。

手榴弾のピンを抜き2つ数えて氷塊の向こう側に放る。爆煙にまぎれて次の氷塊に移動。

 もうつかれたな・・・。モリはふと笑い出したくなった。

モードを3バーストからフルオートに変更。こちらをロストして動きを止めたジョロに容赦なく鋼鉄の塊を叩き込む。

 小銃の奏でる轟音も次第に遠く感じられてモリの感覚はますます現実感を喪失していく。

頭部に鈍い衝撃がはしった瞬間、モリはどこか遠くの出来事のようなイメージを抱いて意識を失った。


 人形の様にモリが地面に転がる。ユリカは頭の中が真っ白になった。

「・・・モリ司令被弾。頭部に命中した模様。・・・ひなぎく離艦。合流まで5分」

 これが死?こんなにあっけないの?ルリは生身の人間が撃たれるという光景に何ともいえない寂しさを覚えた。

「モリ司令!?司令!!・・・応答ありません」

 リアルタイムで、生身の人間が打ち抜かれた瞬間をダイレクトに見たメグミは感情の動きを失った。

「・・・仮に生きていても意識はないな」

 運良くヘルメットではじかれても気を失ったままだろう。そしてこの瞬間の気絶は死とイコール。プロスペクターは

口の中だけで呟いた。

 陸戦において絶対的な強さを誇るモリが倒れた瞬間ナデシコは混乱の中に叩き落された。

「ユリカ!?・・・護衛のエステバリスを先行させて司令の周りの敵を制圧!メグミさん司令に声をかけ続けて!」

 ジュンの声がブリッジに響く。

 私はなんて事をしてしまったんだ。私は、私は。

 ユリカは自分の発言が持つ重さに本当の意味で気がつき、立ちすくんだ。



『アカツキ!ナデシコを頼むぞ!』

 モリの支援に動こうとしたアカツキを押しのけるようにしてアキトの機体が飛び出す。

「たのむって・・・。テンカワ君が少佐を助けに行くのかい?」

『人が死に掛けているのに放って置けるか!」

 暑苦しくも真っ直ぐなアキトの言葉に思わず苦笑いが出る。

「少佐の事嫌いじゃなかったの?」

『少佐は嫌いだ!けど・・・けど、だからって見捨てるわけにいかない!ここで見捨てたら少佐と同じだ!

俺は俺のやり方で少佐のやり方考え方を否定してやる!だから少佐は俺が助ける!助けないといけないんだ!!』

 真っ直ぐすぎるな・・・。うらやましい・・・。遠い昔に失った思いをアカツキはアキトに見出した。

「OK。ナデシコは任せてくれたまえ!頼むよテンカワ君!!」

 晴れ晴れとした顔つきでアカツキは言った。


―――俺はどうなったんだろう?

           

―――体が動かない、繋がっていないのか?

 一切の感覚のない、意識だけがいやにはっきりした白っぽい世界でモリは思った。

―――死んだのか?でも意識はある。・・・生きているのか?

―――起きたくないな・・・。このまま眠りたいな。もうつかれた・・・。

 心地よい世界にそのまま身をゆだねていく。

『小隊長、俺達の分まで生き残ってくれ。あんたが俺達が生きていた証拠だ』

―――本当にいいのか?

 顔も名前も覚えていない火星で全滅した仲間の声が響く。

―――誰も覚えていないさ。俺が生きていても証拠にはならないよ。

 まどろみに身を任せたい自分がささやく。

『・・・君は軍人だ、最後まで戦う義務がある』

―――軍人じゃなくてもいい。もう眠りたいんだ・・・。

 火星で散った老人の声がモリの心を揺さぶる。

『モリ中尉。・・・これが君の意思なんだな?ならばその意思を、信念を貫きたまえ。―――軍人として』 

―――オオイソ大尉。

 この手で殺めた上官の言葉が眠りに向かうモリを呼び止める。

―――僕は、軍人なんだ。戦いから逃げちゃいけない、逃げることは出来ないんだ!

 氷原に横たわるモリの目が見開かれる。意識をするよりも早く体が小銃をつかみ発砲した。

 そうだ、俺は逃げられない。一番近くにいたジョロのスクラップを見ながら思った。

狙われている!意識したときにはすでに駆け出していた。氷原に点在する障害物を、ジョロの銃撃を、意識するよりも先に避ける。

 人間の持つ感覚が限界まで拡大されている事を感じながら、冷静に容赦なくジョロを破壊する。

その勢いで遮蔽物に飛び込むと弾倉の交換。驚いた事に意識しても認識し切れなかった手の動きが鮮明に認識できた。

命は燃え尽きる刹那が一番輝くってね。モリは荒い息をつきながら顔をゆがめた。

洞窟を吹き抜けるような荒い呼吸音が研ぎ澄まされた耳に他の音と共に鮮明に入る。

視界の外周は極彩色の燐粉が飛び交うのに、焦点の部分は対象物を気味が悪くなるぐらい鮮明に映し出す。

 心拍の一つ、指先の血流1つ、筋肉の収縮1つ、すべてが鮮明に同時に認識される。

 そして何よりも、モリはそれらの情報が整理された状態で個々に認識できるのに、思考は冷静以外の何ものでもなかった。

「・・・まだ燃え尽きるなよ」

 閃光弾を放るとモリは駆け出した。


 モリの復活、神懸りな戦闘能力にブリッジが沸き立つ中、1人プロスペクターは焦燥感に駆られていた。

おそらく少佐は生命の危機に追い込まれた精神が暴走する形で体を動いている。プロスペクターは思った。

「艦長、少佐の回収を急ぎましょう」

 あの青年が燃え尽きる前に!

「分かってますプロスさん。・・・大使の回収状況は?」

 わかってない!艦長!貴方は今の彼の状況がわかっていない!

「大使は確保。現コースで3分後に回収できます」

 3分・・・回収を含めるとギリギリか?プロスペクターは自分の経験に照らし合わせて思った。

「・・・大使を回収と同時に反転。弾薬の多い順に2機追加でモリ司令の援護に、ナデシコは想定される敵増援に備えます」

 艦長の判断は正しい。だが、それは少佐がまともな状態であるということが前提だ。プロスペクターは目を細めた。


「アカツキさん!あたしに行かせてください!」

 イツキは大使を後部デッキに下ろすとモリの援護に向かおうとするアカツキとヒカルに言った。

『行くって、弾薬底ついてるじゃないか?命令は―――』

「分かってます!でも・・・」

 火星で少佐に助けられてたのに私は少佐に何も出来ないなんて出来ない。待つだけなんて出来ない!イツキは思った。

『じゃぁ、貸し一ね?』

『おいおいヒカル君どういうつもりだい?』

 ヒカルは困惑するアカツキの前でイツキのエステバリスに持ってる弾薬をすべて手渡した。

「・・・ヒカルさん。ありがとうございます!!」

『これでイツキもいけるな!ロン毛!これで文句ないだろうが!さっさと言って来い!!』

『了解。それじゃ、いそごうか?』

 アカツキは苦笑いを浮かべてエステバリスのスラスターを吹かせた。


 ジュンはひなぎくのハッチを開け放ってモリが来るのを今か今かと待った。

「・・・あの兵隊さんは来ますかね?」

 一息つけたのかカメラマンが逃げる時も手放さなかったカメラを片手にハッチから身を乗り出す。

「危ないから中にいてください。・・・流れ弾が来たら命がないですよ」

 すでに他人事のように言うカメラマンに不快感を覚えながら、それでも軍人としての義務心からジュンは言った。

「だったらさっさと発進したらどうだ?ここにいるほうがよっぽど危険じゃないか!?」

「まだモリ少佐が来ていません。あなた方は・・・命賭けで戦っている人間を見捨てろというのですか!?」

「見捨てるだなんて心外ね!でも貴方もあの兵隊さんも軍人よ。軍隊は市民の安全を第一に考えるのが義務じゃなくて?」

 無責任な、こうして助けられた事さえ当然と考える中年男女にジュンは激しい怒りと虚脱感を覚えた。

「・・・これが・・・これが貴方が守ろうとしているものなのですか?少佐・・・!」

 ジュンは呻いた。


『少佐!』

 聞きなれた声に顔を上げると上空をアキトのエステバリスが通り過ぎた。

「テンカワ!救助者は!?」

 手近な遮蔽物に身を伏せるとモリは現状を確認しようと思い言った。

『ひなぎくが助けた!あとは少佐だけだ!あと300mだ!援護する!!』

エステバリスはモリの隣に降り立つとラピットライフルを連射する。

「頼む!」

 ラピットライフルの轟音に顔をしかめながら小銃と大半の装備をはずすと駆け出す。

時たま近くに着弾があるが振り返ることもなく走り続けると発進体制を整えたひなぎくが目に入った。

「少佐!早く!―――右からジョロ!」

 ハッチから顔を出していたジュンが叫ぶ前にモリの体を地面に投げ出していた。

ジョロ!?右から、応戦。

 体が地面を滑りだして初めてモリはジョロの攻撃を意識した。

そしてモリが気がついたときには拳銃を構えた自分にジョロは破壊されていた。

「すごい・・・。!?下がって!少佐!早く!!」

 ジュンは目の前で行われた神懸りな行動に一瞬我を忘れたが、シャッターを切る音にわれを取り戻した。

ジュンに言われるまでもなくモリは駆け出そうとする。が、体が動かなかった。

燃え尽きたか?モリは感覚のなくなった体を引きずりながら思った。

「少佐!?一体どうしたんです!はやく!」

 あと少し!あと少しだ!そのまま倒れこみたくなる体を叱咤してモリはハッチのジュンに手を伸ばす。

「少佐!絶対はなさないでくださいよ!・・・手伝って!!」

カメラマンと2人がかりでモリを引きずり込むとジュンは叫んだ。

「要救助者確保!ひなぎく発進!!」


「ひなぎく。モリ少佐を確保。衰弱してますが命に別状はない模様」

 ルリの弾んだ声にブリッジは沸きかえった。ユリカは安堵の息を漏らすと顔を引き締めて言った。

「ミナトさん、進路2−1−1。第二戦速。ひなぎくを収容して当海域を離脱します」

「了解!」

「ひなぎくより通信。・・・艦長!モリ司令です」

 メグミはユリカのほうに振り返る。

「こちらにまわしてください」

『艦長、状況の報告を』

 毛布に包まりジュンに支えられてた状態でモリは言った。

「大使の回収は成功。エステバリス隊も損害ありません」

『・・・突然の転進理由は?』

ブリッジクルーがユリカのほうを見る。

「木星トカゲの陽動により戦力が分断されたため合流を優先しました。責任は私にあります」

 モリは目を細めると笑みを浮かべて言った。

『いや、艦長の判断は適切だった。ご苦労・・・。ところで中尉は?姿が見えないが?』

 先ほどまでの神妙な顔から打って変わって、戸惑った顔を浮かべている。 

「いえ・・・ちょっと」

 ユリカは冷や汗を流しながらプロスペクターを見る。

「・・・司令が戻ってくると聞いて厨房にホットココアを作りに消えました」

 顔を引きつらせながらプロスペクターは言った。他のクルーがあきれた目で2人を見やる。

『ほんと!?そいつは楽しみ!・・・じゃあこれで。以上、交信終ワリ!』

大好物を目の前にした子供のように顔を輝かせたモリの姿が消えるとユリカは叫んだ。

「プロスさん!!ミサさんを大至急覚醒させて厨房へ!最優先!!」





あとがき


ルリ:モリ司令再起動!

イネス:まさか、暴走!!

 書いてるうちになんとなくお約束の台詞を思い出してしましました(笑

 しっかし今回は膨らみました。それでも描写もいまいち足りない気がするし・・・。

 今後の課題です。

まぁ、愚痴はともかく、いかがだったでしょうか?「モリいじめ計画第一弾(物理編)」は。

原作で言うところの「奇跡の作戦『キスか?』」です。今回は小細工として「民間人」を放り込んでみました。

 ナデシコSSを読んでてあまり戦闘中に民間人が巻き込まれることもないし、重要なファクターになる場面を

あまり見なかったので面白半分出してみました。おかげで恐ろしく膨らみましたが・・・(汗

 まぁモリ少佐を追い込めましたし、結果オーライかと・・・(核爆

これからも「民間人」やら「ジャーナリスト」やらをバシバシ出して行こうと思ってます。

 そのかわりナデシコ艦内のラブラブ描写の比率が減りますね(汗

ダメダメ作者ですがお見捨てのなきよう!

                                             

 敬句 


代理人の感想

そーか、汎用人型決戦兵器だったのか、少佐は。

ならあの強さにも納得だ(爆)。

裸になって背中の皮膚をはがしたら、15cmくらいのエントリープラグが出てきたりして(怖!)