第32話 政治家と軍人 後編




 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。俺は何でこんな事をやっているのだろう?

「外交次官、事は緊急を要するのです。このままでは貴国は木星トカゲに蹂躙されてしまいます」

『木星トカゲが接近しているのは我が王国の防空サイドでも既に認識はしております。しかし木星トカゲの目標が我が王国と決まった訳ではありません

その様な状態で我が王国の国是を無視する様な、行為を行うわけにはいかないのです』

 念入りに手入れされた髭に、片眼鏡、これぞ貴族の嗜みと自己主張する外務次官は答えた。

「貴国の置かれた状況は理解しています。しかし事は非常時です。連中に国際法も永世中立も関係ありません。時間がないのです、外交次官!!」

 外交次官はモリの勢いに圧倒された。そしてしばらく視線を漂わせて奇妙な笑みを浮かべると言った。

『今の発言は我王国の成り立ちを無視した発言です。この様な一方的な言いがかりを付けられるのは我が王国としてはまったく持って遺憾ですぞ』

 このヤロウ。モリは沸騰した血液を宥める様に時間を置いてから言った。

「その様な事は言っていません。・・・・・・すでに統合幕僚本部と欧州司令部からは迎撃の許可とそれに伴う戦域迎撃指揮官の権限を委譲されています。

後は貴国の決断しだいなのです。これは地球連合政府の正式な要請です」

 置き去りにしてきたアカシオとオオシオ以外艦艇はヤハギを基準に集結した。各航空基地も発進し空中給油しながら待機している。

そして何よりこの戦域にはまだ数少ない相転移戦艦が2隻もいる。戦端が開かれれば勝負は一瞬でつく。

『あ・・・う。・・・とにかく、私の職務ではその様な判断をする権限はございません。これより直ちに首相に連絡して―――」

「時間がありません。首相と直接交渉をさせて頂きたい。あなた方の迅速な決断に、ピースランド国民の命がかかってるんです」

 だったら何で貴様が出しゃばるんだ!と言いたいのをぐっと堪えてモリは言った。

『わかりました。首相の地下シェルター移動後直ちにご報告いたします。それでは、失礼』

「ピースランドとの交信が途絶えました・・・。途絶えましたけど・・・・・・」

 メグミは恐る恐るモリの方を振り仰ぐ。モリは底冷えのする声で言った。

「艦長・・・グラビティブラスト発射用意だ」

 瞬間、ブリッジが凍りついた。

「ちょ、ちょっと!司令!!本気なの!?」

「そうですぞ、司令!ピースランドに銃口を向けたとなればネルガルは・・・ネルガルは・・・」

 いきなり飛び出た過激な命令にムネタケとプロスは慌てた。

「別にピースランドに打ち込むと入っていませんよ。最高収束率、最大出力で打てばトカゲ共の鼻先を掠める事ぐらいできる。

連中が特別命令を受けない限り一番脅威のある本艦を狙ってくるはず。・・・参謀長、艦長、どう思う?」

 モリは戦域図に多目的マーカーで大まかな行動を書き込んでいく。

「そ、そうですわね」

 モリが錯乱していないと言う事に安堵しながらムネタケは実戦熟練者特有の機転に舌を巻いた。

「わかりました。グラビティブラスト最大収束率で発射用意!出力オーバーブーストで!!」

 ユリカは何の躊躇いも無く指示をだす。

「りょーかい!艦長、目標は?」

「適当に。離れすぎていなかったらどこでも構いません!ミナトさん、やっちゃってください!!」

「これ、敵の予想進路図です」

 ブリッジ下段ではアットホームな会話をしながら急速に準備が整えられていく。

「・・・流石ですわね。正直此処までとは思いませんでしたわ、司令」

「伊達に年がら年中戦争してませんよ。・・・民間人が此処まで出来るようになってしまう状況も状況ですけど」

 感心した様子のムネタケにモリは苦笑いを浮かべて言った。しかしその表情はどこか誇らしげだった。

「グラビティブラスト!発射!!」

 ブリッジの照明が一時瞬いたかと思うとナデシコから漆黒の棒が一本放たれた。

「!?敵のうち戦艦1駆逐艦3、機動兵器10が本艦に進路を転換。・・・残りはそのままです!」

 砲撃から1分も立たないうちに敵の戦況が入る。

「ヤハギを統制艦に指定。艦長、本艦はピースランド到達を最優先とする」

 うん、いい感じにエンジンかかってきたな。モリは手早く指示を出す。

「わかりました。速力最大戦速から第一戦速へ。グラビティブラストのチャージ急いで!」

 モリの意図を完全に把握しているユリカは到着と同時に迎撃が行えるように出力配分を改めて指示する。

 どよめくブリッジをよそにモリは現在位置と迎撃可能ポイントとの距離を見る。大丈夫!間に合う。許可が下りれば・・・。

「敵戦艦グラビティブラストを発射。イワキに命中しましたが損害軽微。ヤハギ戦域防空ミサイルで敵機動兵器を制圧にかかります」

 デフォルメされた戦域マップにヤハギ以下3隻からなるミサイル攻撃が機動兵器を殲滅するの状況が示される。

「敵機動兵器制圧。イワキ、敵駆逐艦群を砲撃。敵駆逐艦に被害多数」

 こっちはこれで良し。後はピースランドに向かっている残存部隊のみ!モリはネクタイを緩めた。

「!?ピースランドから通信です。発信者は首相です!」

 ブリッジクルーの視線が盛りに集る。

「うん、じゃあ―――」

「その前にネクタイをあげてください。司令」

 ミサの猫なで声にモリの背筋がぴんと伸びる。察しのいいブリッジクルーは半ば同情の視線をモリに向けた。

「・・・繋いでください」

 モリは取り繕うように表情を澄ませると言った。

『モリ司令!一体どういうつもりかね!!』

 激昂し唾を飛ばしてくる中年男にモリは失礼にならないくらいに冷ややかな視線を送ると言った。

「我々の職務を実行しているだけです。貴国の領空外でです」

『確かに領空外だがここまで至近でしなくても良いだろう!いいか!我王国は永世中立国なのだぞ!」

 そんなの木星トカゲには関係ないと思うけどな〜、誰かのつぶやきに思わず噴出しそうになりながらモリは言った。

「その点は十分認識しており遵守するつもりであります。しかし!!木星トカゲの破壊行為から一般市民を守るのが我々の職務です」

 前半の言葉に気を良くした首相に釘を刺すようにモリは言った。

『だが、このままでは我が国民を戦火にさらしてしまう。司令もう少し穏やかな方法はないのかね?』

「敵の目標は貴国です。領空の進入許可と戦闘許可を!そうすれば人口密集地帯に入る前に撃退できます!」

『そうとも限るまい。少なくとも我が王国には木星トカゲの目標となる軍事設備はない』

 呆れと相手の無見識をあざ笑うような視線を首相はモリに向けた。

「!?駆逐艦3機動兵器20がピースランド経済水域に到達。進路変わりません」

「首相!決断を!!」

『しかし!閣議の決定もなしに私の一存では・・・』

「それでは遅すぎます!事は非常時です。民主主義は大いに結構、しかしこのままではピースランドが戦火に包まれてしまいます」

「モリ司令!ナデシコ、敵艦隊を射程に収めました。エステバリス隊も10分で会敵可能です」

 ユリカの声にモリは大きく頷くと、首相を見据えて言った。

「首相!ご決断を、貴方の決断さえあれば我々はピースランドを守りきって見せます。決断を!!」

 モリの視線と言葉に首相は誰かに助けを求めるかのように視線をさまよわせる。

「敵部隊、領空に入りました。・・・機動兵器、あと5分でピースランド王都に到達します。!敵駆逐艦がミサイル発射!」

 ブリッジクルーは呆然とミサイルが市街地に着弾するのを見守った。

『馬鹿な・・・永世中立国を攻撃するなんて・・・』

 モリは呆然と呟く首相をにらみつけた。

『モ、モリ司令、直ちに迎撃を。領空進入と必要と思われる戦闘行為を許可する』

 ようやく我に返った首相は咳き込むように言った。

「了解しました。全力を尽くします。」

『か、勝てるんだろうね?これ以上被害をこうむるのは困る。何とかしてくれ!!』

「最速、最良の戦闘を行って勝ちます。後は小官どもにお任せください。それでは」

 モリは手振りで通信を切るようにメグミに合図をすると言った。

「付近の全部隊に告ぐ。ピースランド領空内で行動、それに武器の使用を許可する。繰り返す武器の使用を許可する・・・敵を叩き潰せ!!」

 それだけ言うと荒々しく椅子に座り込む。そして小さく、しかし激しく呟いた。

「・・・・たんだ・・・!」

「司令?」

 聞き取れなかったミサが聞き返す。

「だから!遅すぎたと言ったんだ!!」

 ブリッジクルーが思わず身をすくめてしまうほどの怒声をモリは張り上げた。

 それから3分後、駆逐艦はナデシコの砲撃で殲滅され、バッタによる市街地への攻撃も領空ぎりぎりで待機していた航空部隊とエステバリス隊の活躍で最小限の被害にとどめる事ができた。

それでも、失われたものは既に戻る事もなく、市街地にいた数千人の民間人に死傷者が発生した。

「モリ司令・・・そろそろおやめになったほうが良いと思います」

 食堂の片隅でひたすらに酒を煽るモリをミサは悲しい表情で止めようとする。が、モリはそれに耳を貸そうとせず更にコップに日本酒を注いで一気に飲み干した。

「無様ね」

 近くで遅い夕食を取っていたムネタケが言った。

「・・・何だと!」

「司令!?ダメです!!」

 激昂したモリはムネタケに掴みかかろうとするが、ミサの必死の努力でそれはかなわなかった。

「あたしたちは法を遵守して法の定める範囲内で敵を迎撃し撃破したわ。市街地の被害もピースランド自身が決断しなかっただけで

彼らが決断していれば被害はまったくないと断言できる。あたし達は正義のヒーローじゃないしその必要もないわ。貴方だってそれはわかってるんでしょ?」

「・・・わかってますよ。そんなこと」

 気遣うミサを振りほどいて椅子に座り込む。そして何かを嘲る様な笑みを浮かべた。

「俺達は正義じゃなくてもいい。国家が定めた命令を忠実に実行するだけ・・・ただそれだけ」

 モリはコップを掴むと不意に泣きそうな顔になって言った。

「それでも僕は正義のヒーローになりたかった。どんな状況でも被害を出さずに完璧に敵を葬り去る。そして満面の笑みを浮かべて迎えてくれる、人たち」

「幻想ね」

 歩み寄ったムネタケは日本酒をモリのグラスに注ぐ。

「えぇ幻想です」

 泣き笑いを浮かべるモリ。

「でも・・・酔ってる時ぐらい幻想に浸ったって良いじゃないですか・・・」

 注がれた日本酒を一気に煽る。味もわからなくなったがアルコールが食道を焼くのが心地よかった。

モリはそのまま意識を手放した。





あとがき


 後編です。今回はアクションよりアクションを行うまでの過程を書いてみました。

書いてて何ですがピースランドの政治家の皆様。悪役になってます(汗

 別段悪い事はしてないんですけどね〜。(決断が遅かったのはアレですが)

そういえばアキトとルリ(と護衛の方々)のピースランド滞在描写が無いですね。

第一版では書いてたんですけど、思いっきり削ったんで無くなってしまいました。

 そういうのを全部書いたうえで纏めないといけないんですが・・・作者には無理でした(泣

 ダメダメ作者ですがご容赦を・・・・

                                             

 敬句 

 

 

 

代理人の感想

モリ目立ちすぎ〜、は毎度のことなので置いといて、割とタイムリーな感想を一つ。

 

有事関連法の無い国ってのはこんな感じなんですかね(爆死)。