ラーメン屋奮戦記(アキトの事情)

 

 

 

 

 

 

 

「アキト、ユリカのこと忘れないでね。」

 

普段は自分のペースでアキトを巻き込むユリカが、珍しくベソをかいてアキトに言った。

 

「う、うん・・。」

 

隣さん同士のため、いままでいっしょにいたユリカが、父親のコウイチロウの昇進と配置換えのため、地球に

戻ることになったのだ。

ユリカは火星に残ると言い張ったが、さすがのコウイチロウも許すわけがなく、とうとう引越しの当日になってい

た。

そして、宙港までアキトを無理に連れてきてしまったのである。

 

「さ、ユリカ。」

 

コウイチロウに手を引かれ、ユリカはシャトルに消えた。

アキトはぼんやりと家に帰った。

 

「ただいま・・。」

 

玄関を開けると両親が折り重なって倒れていた。

状況がわからずあいた口がふさがらなかった。

 

「・・・・・。」

 

アキトは無言で傍に歩み寄った。

赤く血に染まり、体中に蜂の巣のように銃弾がつきささっている。

2人の着衣と、家で倒れているということがなかったら、顔の判別もできず、両親であることさえわからなかった

ろう。

 

「お父さん。お母さん・・。」

 

呼びかけても、もちろん返事はなかった。

何も考えられず、アキトはその場に座り込んだ。

そのとき視界に青い光が入ってきた。ふと見ると、父親の右手に青い宝石が握られている。

おずおずとその石を取る。父親の指は冷たかった。

どうして?

手が白くなるほど形見の石を握り締める。

なにも考えられずにアキトは座りつづけた。

ぱちぱち。

どこからか焦げ臭い匂いがただよってきた。

いつのまにか辺りは火の海になっている。

だんだん、その火の粉がアキトに降りかかってきたが、アキトはその場に座りつづけた。

そして。

ごとん。

天井の一部が崩れ落ちてくるのをぼんやりとながめた。

やけにゆっくりと落ちてくるように見える。

そこでアキトの意識はとだえた。

 

次に目がさめたのは白い病室らしい一室だった。

アキトは体を動かそうとしたが、包帯とギブスに包まれ、うまく動けなかった。

なに?ここ・・・。

あれ?お父さんとお母さんはどこに行っちゃったんだろう?

まるでアキトを監視していたかのように、ドアが開き、赤いベストを着て、ちょび髭とめがねをかけた男性が中に

入ってきた。

 

「お目覚めですか?テンカワアキト君。わたしはネルガルに勤めているプロスぺクターと言います。」

 

ベッドの横に椅子を引き寄せて座った。

 

「・・・・・。」

 

アキトはぼんやりと相手の顔を見た。

 

「ご両親はクーデターに巻き込まれたんです。お気の毒に・・。

 あなたは死体を処理しようと、テロリスト達によって火を放たれた家で倒れていたんです。」

 

少しずつ、アキトの記憶がよみがえってきた。

折り重なる二つの冷たい体。

物が焼ける嫌なにおいと、肺を焦がす熱さ。

 

「どうして。」

 

「なんですか。アキト君。」

 

「どうしてネルガルの人が僕を助けるの?」

 

火星の利権のほとんどはネルガルが握っているが、自分がなぜ、一般の施設ではなく、ネルガルの世話に

なっているのか不思議だった。

 

「・・・あなたのご両親は高名な科学者です。

 クーデターが起こった際、わたしどもはお二人を保護しようとしましたが、間に合いませんでした。

 そして、倒れているあなたを見つけて保護したんです。」

 

プロスの言う事はもっともだが、なにか違和感をアキトは感じた。

 

「ところで。この石はどうしたんですか?」

 

そういって、プロスは胸ポケットから青い石を取り出した。

それはアキトが拾った石だった。

 

「お父さんが握っていたのを見つけたから・・。」

 

「ふむ。なにかこのことで聞いていませんか?」

 

静かな口調で尋ねてくるが、アキトにはそれが刑事ドラマの尋問のように聞こえた。

 

「初めて、そのときに見たから。」

 

そういって、首を横に振った。

 

「そうですか。これからのことはわたしどもがあなたの面倒をみます。ですから心配要りませんよ。」

 

プロスは立ち上がったが、アキトに袖をつかまれた。

 

「石。返してください。お父さんのなのに。」

 

プロスは困った顔で言った。

 

「それはできません。これはわが社の機密のひとつでもあるんです。これはわたしが預かります。」

 

プロスはそのままアキトを残して部屋を出ようとしたが、不意をつかれて、アキトに石を奪われた。

 

「アキト君!?」

 

プロスは相手を、怪我をした子供だと油断していた。

アキトはそのまま開いたドアから外に出た。

 

まるで収容所のような造りをした建物の中を夢中でアキトは走った。

体がきしんでいるかのような錯覚に陥る。包帯で包まれた体がいうことをきかず、何度か転びそうになる。

それでも走るのをやめなかった。

ぜ、ぜ、ぜえ。

上に続く階段をみつけて駆け上る。後ろからは大勢の大人が追いかけてくる足音が聞こえた。

階段の突き当たりのドアを開くと、そこは屋上だった。

クーデターの被害にあったらしい、焼け落ちた建物がいくつか見えた。

 

「アキト君。いたずらはよしなさい。石を返すんです。」

 

その言葉に振り返ると、黒ずくめの男達をつれたプロスがいた。

 

「今なら、間に合います。」

 

そういって、近づいてくる。そのぶん、アキトは後ろに下がった。背中がフェンスにあたる。

 

「アキト君・・・。」

 

アキトは無言でフェンスをよじ登った。

 

「危ないですから、戻ってきなさい。いい子だから。」

 

プロスは必死に説得しているが、背後の黒ずくめ達が怖かった。

 

「・・・本当にお父さん達はクーデターで死んだの?なんであんなに撃たれる必要があるの?」

 

子供の直感が大人の隠し事を当ててしまうことはままある。

このときのアキトの言葉は大人たちにとって、非常に知られてはいけない事実に肉薄していた。

 

「君のご両親は、クーデターに巻き込まれたといったでしょう。

 その石は渡せませんが、かわりにおいしいものをごちそうしてあげますよ。

 だから、こちらにいらっしゃい。」

 

なんとかプロスは後ろのシークレット・サービスにアキトを処理させないように必死で言った。

しかし・・・。

 

「説得は失敗だな。」

 

黒ずくめの一人がアキトに狙いをさだめて、銃の引き金を引いた。

 

ぱん、ぱん、ぱん。

 

乾いた音と裏腹に、ものすごい衝撃にアキトの体は空に舞って、地上に向かって落下した。

痛い、イタイイタイイタイイタイ。

アキトの意識はあまりの衝撃のできごとの連続に混乱した。

 

ダレカ・・・タスケテ。

 

『アキト。』

 

「あ?」

 

アキトは白いワンピースを着た少女が嬉しそうに草原で自分の名を呼ぶのを聞いた気がした。

 

「なんてことを。」

 

プロスは急いでアキトが落ちたと思われる付近に走った。

しかし、そこには血の一滴も見つからなかった。

 

 

 

「さーて、肝試しをかねて、夜釣りに行ってくるぜ。」

 

「隊長ー。ほどほどにしてくださいね。」

 

部下の忠告を無視して、キムラ大尉は軍の敷地内の小川に釣りざお片手にやってきた。

 

「まったく、あいつらは。この風情がわからないなんて。」

 

何人か、誘ったのだが、訓練で疲れているのに釣りに出かける酔狂な人間はキムラしかいなかった。

 

「最近の若い連中は・・・。」

 

この台詞が出てくるということは、ふけた証拠なのだが、キムラは万年25歳を自称していた。

釣りざおをたらし、しばし夜風にひたる。

そのとき。

ぽとり。

なにか赤いものが顔についた。

 

「んなっ?」

 

慌てて立ち上がる。

そして。

淡い光が凝固して子供の姿を形作った。

それは白い入院用の浴衣を着た少年だった。

少年は目を閉じたまま、数秒間、宙に浮いていたが、次の瞬間、どさりと地面に落ちた。

 

「お、おい。坊主、どうした。」

 

触ってみると、実体である。本物の幽霊かと内心、あせったのだが、人間だった。

ライトで照らすと黒髪の少年で8歳くらいだろうか。白い服にはところどころ赤いしみが付いていた。

 

「!?」

 

慌てて、自分の頬をさわるとぬるりと血が指先についた。さきほどの赤いものは少年の血であった。

キムラは釣りざおを置いたまま、車に飛び乗り宿舎に走った。

 

「なんです。隊長、夜釣りはあきらめましたか?」

 

すぐに戻ってきたキムラに部下の一人が茶化した。

 

「ばかやろう。けが人だ。医療班のミヤベ先生のところに運ぶんだ。」

 

必死の形相の、キムラの腕の中には呼吸が浅く、汗をかいた子供がぐったりしていた。

慌てて、宿直担当医のミヤベを呼んで、緊急手術をさせた。

 

「じゃあ、アキ坊は火星のネルガルのところから逃げてきたのか?」

 

キムラは意識の戻った少年に向かい合っていた。

本人が言うには、どうやってかわからないが、火星から地球に来てしまったらしい。

わかっているのは、形見の石が消えていたことだけである。

宇宙軍はネルガルに資金の提供を受けているため、あまり強い態度にでれない。

しかし、裏側でネルガルが暗躍しているのを知っていた。

キムラはアキトの話から、テンカワ夫妻を殺害したのはネルガルだろうと推測した。

彼が生きているのを知れば、ただでは済まさないだろう。

 

「アキ坊。お前、軍人にならないか?ここは治外法権がきくからな。ネルガルといえども下手な手出しはできない。

 軍人になれば、生活費は軍が出してくれる。ここをでれば、ネルガルにまた捕まるだろう。どうだ?」

 

アキトはしばし黙っていたが、顔をあげた。

 

「あいつらに殺されたくない。それに、どうしてお父さん達が殺されなくちゃならなかったのか知りたいから・・・。

 だから、軍人になる。」

 

迷いのない答えだった。

その言葉に、にかっとキムラは笑った。

 

「いいか。いつでも望みを捨てるんじゃないぞ。俺がお前を立派な大人に育ててやるからな。」

 

父親と同い年くらいのキムラの言葉にアキトは安心して、眠りについた。

 

「・・・・ん。なに?」

 

アキトはベッドから体を起こそうとしたが、なにか暖かくてやわらかいものが乗っている。

恐る恐る見てみると、アキトの腹を枕代わりにしてラピスが眠っていた。

 

「久しぶりに夢に見たな。」

 

「うに?」

 

ラピスがもぞもぞと起きた。

 

「寝癖ついてるぞ。」

 

ピンクがかった銀髪を指ですいてやる。

 

「アキトのお父さんとお母さんはネルガルに殺されたの?」

 

どこか夢うつつなままのラピスが尋ねた。IFSを通じて夢を共有していたらしい。

 

「さあな。ただ、一番怪しいのは事実だけどな。」

 

「・・・アキト、復讐するの?」

 

「いや、事実を知りたいだけだよ。

 もう、10年は経っているし、軍人をやめて外にでてもネルガルに狙われる可能性は低いけどな。

 ここに残ったほうが調べやすいから。」

 

ぽふん。

 

ラピスがしがみついてきた。

 

「ずっと、そばにいるからね。急に消えたりしないでね。」

 

「大丈夫だよ。」

 

安心させるために軽く抱きしめた。

ラピスはネルガルの研究所から宇宙軍に所有権が移っていた。

違法行為によって生み出されたラピスをそのままネルガルに渡すわけにはいかず、諜報部に身柄を移されて

いた。

彼女を救出したアキトと波長が合うらしく、二人のナノマシーンを調整してみた結果、コンピューターを通じて

リンクすることも可能になった。

まるで昔の自分のようになし崩しに軍人になったラピスだが、やはりこれからのことが不安なのだろう。

最近はアキトの周りをなかなか離れようとしない。

 

「大丈夫だよ、ラピス。君を守るから。」

 

その言葉にラピスは一層、しがみつく手に力をこめた。

 

 

 

 

あとがき

 

アキトが軍人になった経緯を書いてみました。

ラピスはアキトにかなり依存しています。はたからみたら、ロリコンのようですけど(汗)。

生まれて初めて見たものを親鳥と認識してしまった、雛鳥のような状態とおもってください。

 

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

ぽちさんからの投稿第五弾です!!

北辰の次に、アキトときましたか。

でも、アキトは既に迷いを振り切ってますね〜

本当に強いです、このアキト君。

しかし、今後ユリカはストーリーに絡んでくるのでしょうか?

そして、某令嬢は?(爆)

最後に、あの電子の妖精も気になりますね〜

・・・出番が無ければ無かったで、無理矢理自分で作りそうですが(汗)

 

それでは、ぽちさん投稿有難うございました!!

 

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